「黒い宝珠」


 彼女はアッサラームでその宝珠を手に入れた後、砂漠を越えたイシスへと向かった。
 占い師として町行く人々に声をかけ、悩みを見出し、的確な言葉を贈る。
 美しい容貌もあり噂は瞬く間にイシスに広まったが、彼は噂などには無関心な部類の人間だった。

 そんな彼が足を止めた。
 黒服の占い師の告げた、ただの一つのキーワードによって。


「あなたの背中に、『闇』が見えます」

「な……っ」

 彼はドキリとして振り返り、深いフードの奥に閃く彼女の瞳に射抜かれる。
 振り向いた後で激しい後悔に彼は襲われた。自分を名指しされた訳じゃない。それなのに認めるように自ら振り返っていたことに。

 唾を飲み込み、彼は無視して通りすぎようとする。

 けれど占い師の語りは異様なほどに彼だけを狙って穿つ。
「あなたは一度『闇』に堕ちた。今もどこかで恐れは続いています。…消えたように見えても、いつまた捕われるか解らない。闇は常に……、あなたの傍に」

 彼はみるみる青ざめながらも、逃げるように足早に街道に消えた。

 

 数日後、占い師の前に彼は姿を現す。
 あれからずっと、その道は通らないように避けてきた。しかし、どうしても消せない不安が己の中に生きていることも知っている。占い師が諭した言葉、そのままに。

 忘れようとしても忘れられない、己の闇に怯える彼は思い詰めた瞳で銀髪の占い師を静かに見下ろしていた。

「……。僕に、闇が見えますか?」
「…はい。あなたの傍に、大きな光在り。それ故に、濃くなるあなたの影に」

「…そこまで解るんですね…」
    肯定して、彼は占って貰うべく、黒い布の張られたテーブル前、置かれた椅子へとゆっくりと腰を下ろした。
「僕は……」
 座ったがいいが、何をどう訊けば良いのだろうか。彼は整った顔を俯かせ、唇を噛みしめて金の前髪を揺らす。

「安心して下さい。人にはそれぞれ闇はあります。この宝珠をご覧下さい」
 豊かに波打つ銀の髪、神秘的な紅の瞳には手のひら大の黒い宝玉が映りこむ。占い師は黒い宝珠を彼の眼前に掲げると、謳うように祝言を唱えた。

「彼の闇を鎮めたまえ。どこまでも吸い込み、そして浄化へと導きたまえ」
「……うっ!」
 宝玉越しに見た紅い瞳に目が眩み、彼は一瞬その双眸をしかめる。占い師の祝言は後半聞きなれぬ言葉へと変わった。

「お手を」
 彼女は素早く彼の手を取り、左右の手のひら、額、身体を反転させて背中へと、指で文様を描いて、最後に胸へと力を送った。

「これで大丈夫です。あなたの闇は、この宝珠が吸い取ってくれます」
 初めて占い師は微笑み、彼は身体の変化を感じながら、乱れた呼吸を整えようと無言。彼女の白い指はスッと     、黒いテーブルの上に一枚のメダリオンを提示する。

「宜しければお持ち下さい。黒い宝珠の力を込めました、お守りです。あなたに降りかかる闇を、災いを吸収してくれます」
「ありがとうございます…」
 彼は宝珠同様に黒いメダルを手に取ると、裏表をひっくり返して仕様を確認していた。裏表ともに、身体に描かれたのと同じ文様が刻まれている。

「……、少し、身体が軽くなった気がします」
「そうですか。それは良かったです」

 彼女は去り行く彼の後姿を見送ると、長い吐息で疲労を吐き出す。

 その日の晩に店を片付け、彼女は別の町を目指し旅立った。
 サマンオサの北、新しく建設されている、ナルセスバークへと。


 ++

 俺が彼女に会ったのは、まだこの町の土台作りに奔放していた頃だっただろうか。
 「恋人のために町を作りたい」
 願ったグレイさんの一言から始まった町創り。有志を世界中巡って探し、まずは土地作りのために付近の伐採や魔物討伐から作業を始めていた頃の話だ。

     気がつくと、彼女は作業員たちに囲まれ、すでに占い師として大人気だった。
 休憩中にできていた人だかりに気がついて、好奇心から輪の中心を覗きこんだ。
 人に囲まれた美人占い師、そこまでは良かったのに、俺は目を見開いて危うく悲鳴をあげそうになる。

 長く流れる銀色の髪。赤みを帯びた神秘的な瞳。
 全身を包むのは果てしなく黒い衣装。

 目の前に恐ろしい『死神』の微笑みが甦り、全身を一斉に冷たい汗が滴り落ちる。

「こんにちは。あなたがナルセスさんですね」
 占い師はにこりと微笑み、自然な仕草で俺へと挨拶してくれた。

「あっ。えっ、えっとお……っ!」
 一人顔面蒼白な俺の、心中など当然周囲の作業員は知りはしない。背中でダラダラ汗を流しながら、ぎくしゃくと俺は美人さんに敬礼する。それはもう、まるで機械のような不自然さだった。

 砂漠の王国イシス、ピラミッド内で遭遇した死神。
 確か名前はユリウスと言ったっけ。
 彼女は色調だけが似ているだけで、別人     だった。

     そうだ。……別人。
 あの存在だけで震え上がるような、恐ろしい死神とは全くの別人だよ。
 思いなおしつつも、俺は緊張と警戒を発しながら応対する。


「あ〜…。なんで俺の事を知ってるんですか?」
「この町の噂を訊きました。あなたの名前は良く出てきましたから…。素敵な計画ですね。私も応援させて頂きたいと思っています」
 話す彼女の両手の内には、珍しい真っ黒な宝玉が握られている。
 作業員達は口々に「彼女の占いは良く当たるんだよ」とまくし立て、彼女は謙遜しつつ花のように可憐に笑った。

「ナルセスも占って貰えよ。当たるから」
「そうなんすか〜。じゃ、じゃあ、占って貰おうかなぁ…」
 軽く頭をかきながら、作業場の中に座れる場所を見つけ、彼女を誘う。

 この占いがもたらす災いなど今は知る由もなく、
 座る頃にはだいぶ警戒心も薄れ始めてしまっていた。



「やはり、勇者と共に旅をされる方ですね。大きな運命の渦中におられます」
「…………」
 黒い宝珠を見つめる横顔が美しくて、彼女の人気は容姿も含むものなんだと再認識している。作業場の資材に腰かけた俺は、すっかり彼女の語りに魅了されていた。

「けれどあなたは…、悩んでいますね。自分にそれだけの技量があるのか…。修行をしながらも、不安は拭えない。焦りが見えます」
「…………」
 おいおい。そこまで解っちゃうのかよ…。訊く俺の頬は軽くひきつって動く。

「…大丈夫です。あなたの未来に希望が見えます。不安を乗り越え、努力を忘れなければ、思う以上の活躍ができると思います」
「……ホントですか〜〜……?」
「皆さんに行っているのですが、おまじないをかけてもいいですか?この宝珠に、焦りや不安、訪れる災いを吸い込み、浄化させるのです」

「おまじない?どんな?」
「はい。簡単です」
 微笑んだかと思うと、彼女は素早く俺の手を取り、呪文のように宝珠を掲げて祈り始めた。突然美人に手を取られて、思わずドキッとしたりして……。
 左右の手のひら、額、身体を反転させて背中へと、指で文様を描かれて、最後に胸へと手をあてられ熱を撃ち込まれる。(そんな感覚)

「熱っ……!ててっ……!」
 胸を押えて軽く叫ぶと、一瞬だが世界がグラリと一回転した。
 目眩いを堪えて、額を押えて占い師を見つめる。そこには妙に静かな、冷めた彼女の瞳がガラス玉のように光っていた。
 ひとすじの波紋もない、湖面のように研ぎ澄まされた不気味な紅の瞳に寒気を覚える。
 またしてもそれは例の『死神』を思い出して……。

「…これで大丈夫です。あなたの不安も、焦りも、全てこの宝珠が吸い取ってくれます」
 決められた動作のように、彼女の白い指は俺の手のひらに一枚のメダリオンを提示する。
「宜しければお持ち下さい。黒い宝珠の力を込めました、お守りです。あなたに降りかかる闇を、災いを吸収してくれます」

「…あ、ありがとうございます…」
 俺の鼓動はやけに早く、気がつけば全身総毛立っていた。

 …いやだな。
 …だから違うんだって。
 彼女はあの『死神』とは関係ないんだって……。

 トラウマになっているのかな?と、俺は何度も自分の中の畏怖を揉み消し、笑顔で彼女に礼を伝えた。
 それ以後も    彼女は大事な町の仲間の一人。

++

「と、言うことで。セレモニーの日程はこれで決定。各国に招待状を出さないとね!」
「わーいっ!ついに!だねっ♪」
 ホワイトボードに日程を書く、その俺の背中の向こうでクレイモアちゃんが歓声をあげて拍手していた。

「そうだねぇ…。ついに世界にお披露目かぁ……。すごいなぁ……」
 町の企画原案者であった青年、グレイさんは実にしみじみと感慨深く頷いている。

 町役場に主要メンバーが集まり、以前から考えていたお披露目セレモニーの会議を開いた。町の中心となっている三柱神の教会が完成し、町並みもキレイに整えられ、すでに数ヶ月の自治も成功している現在。

 『町』として世界に認められるための準備は整った。

 世界各国の代表を招待し、町の紹介を兼ねたパーティを開く。新しい仲間として世界に迎え入れて貰うための友好の儀式。
 表向きは「皆さんどうぞよろしく」。「こんな町ができました!」
 裏の事情は「エジンベアよ、どうだこれで文句は言えないだろう、ハハン!」。


 たった一つの問題国、エジンベアにも招待状は出すことに決定している。
 
「エジンベア、来るかなぁ……。あの王国が…」
「多分来るよ。他の国が来るのに、エジンベアだけ来ないなんておかしいもん」
 招待状を手作りしながら、漁師の青年は不安をこぼし、貴族の少女はいくらか安易な意見を口にする。
 テーブルに散乱した色紙を掃除して、再度俺はチョキチョキと招待状の角を円くハサミで切り落とす。
「来たら…、やりたい事があるんだよな。この町と各国の繋がりを見せるだけでも有効だとは思うんだけどさ。ちょうど場所は教会広場だし…」

 作業しているのは俺と、グレイさん、弟のビーム。そしてもっぱらデザイン係となっているクレイモアちゃんの四人。

「この新しい教会で、最初に結婚式を挙げるカップルがいます、って皆の前で紹介するのってどうかな。エジンベアの奴らの前でさ。他の国の皆は当然拍手喝采で祝福するだろうし。思い切って各国の著名人も結婚式に招待しちゃってさ。そんな世界各国から祝福されたカップルを、引き裂くわけにはいかないじゃん?」
「…なるほどぉ…」
「そうか。その場でドンドン話を進めちゃえばいいんだ!聖女様も協力してくれるよきっと。その場で聖女様が神父役に立つと言えば、誰も文句言えないよ」
「…………」
 盛り上がる面々の中で、相変らず最年少のビームは不満げに無言。

「じゃあ、こっそり聖女様宛の招待状に作戦メモを挟んでおこう」
「マイスさん宛て、イシスの王女様宛てにも挟むよ。お姉ちゃんにもこっそりね★」
「うまくいくといいなぁ…」
「…………」


「よーし!そうと決まったら、またニースさんに相談してみようかな。セレモニー上手く行きますか、って」
 招待状の作業が終わると、快活な女の子は立ち上がって身支度を整える。持参した筆記用具などをポーチにしまい、食べ残りのクッキーをいそいそと袋に包んだ。
「お菓子の残り、持ってっていいよね?まだ食べる?」
「いいよ、持って行って。…しかしクレイモアは毎日のように占って貰ってるよね。すっかり常連さんだよ」

 占い好きは女の子の性なのか。一体何を占ってるのか知らないけど、彼女はそれは毎日通い詰めていたりした。

「あの弟に会うのが目的なんだよ。バレバレじゃんか」
   あっ!何それ!」
 ビームに鼻で笑われて、クレイモアはぷっくりふくれる。
「なーんだ。クレイモアちゃんってそうだったんだ?」
 ビームの口調にはトゲがあったけど、俺は可愛いなと思ってちょっとからかってみたりして。

「ち、違うよ!ほんとに占いが目的なんだよ?」
「どうだか」
「むっ!ほんとビーム君はかわいくないんだからっ!ファラ君は人気あるんだよ?知的だしお姉さん想いだし、優しいし!密かにみんな狙ってるんだから!ビーム君も見習いなよ!」
「ほんと、暇だよな。もっと仕事しろよ」
 両手をあげて「下らない」とビームは馬鹿にし、更に少女は沸騰してゆく。
「フン!だからビーム君もてないんだよ!」

「まあまあ…そのくらいで……。で、クレイモアちゃんも彼を狙ってる一人なの?」
 日常茶飯事な展開になったので宥めつつ、もう一度訊く。

「う。……。そ……。そんなんじゃないよ……。ただ最近はちょっと心配。だって全然元気ないんだもの」
「……そうだねぇ…。まだ具合悪そうだよね、彼」

「……とにかく!女の子には毎日気になることがいっぱいあって忙しいの。占いたい事ばっかりなの!私だって素敵な彼氏欲しいしー…。町の事だっていろいろやりたいし、お姉ちゃんの事だって心配だし……」
 栗色の前髪を揺らして力説し、クレイモアは強引に話題を変える。
「ニースさんは頼りになるよ?恋愛相談とかも、町のことも……。実はね、この町のデザインだって相談に乗ってもらってたんだ。だから今回も占って貰わなくっちゃ」

 この町のシンボルともなっている三角に配置された教会も、元はと言えばクレイモアの提案だった。町のおおまかな設計図、町役場、町のシンボルマーク、実は全部彼女がデザインを担当している。

「ニースさんはもう、町になくてはならない人になったよね。皆彼女のお世話になってる」
 一抹の不安を覚える、グレイさんの言葉。
 数ヶ月付き合ってもまだ拭えない不安に、いい加減呆れてしまうけど……。

 この町で、彼女に占って貰ったことのない奴なんていなかった。
 彼女が配る真っ黒のメダリオンも、おそらく町の住民全てが所持している。
 彼女自身もこの町の看板になりつつあり、そのお守りメダルは観光客に配られる記念メダルにまでなりつつある。
 建物にもその文様は良く刻まれるようになっていた。この町を守る守護方陣のように、まるで……。

「……俺も、会っておこうかな。一大イベントの前だし。これからの運気でも…」
「うん。一緒に行こっ!ナルセス君!」

 何度目かの占いを聞きに役場から出かける。
 ある意味「大丈夫だ」と確認するために。



 彼女は通常通り広場にお店を展開していた。
 今日もやはり大盛況で、十数人が列を押し合い待っている。その占い師の後方に付き添う弟の姿が見え、迷わずクレイモアは近づいて行った。

「こんにちはファラ君。具合大丈夫?」
 占い師の弟。彼も彼で謎の多い人物ではあったんだけど(俺にとっては)、とかくクレイモアは彼に親密に接している。
 黒髪に赤みのある黒い瞳。少し長めの髪を縛っていたんだが、この間どうやら少し切ったようだ。
 数日前、彼は突然日中苦しみ出し、その時も訪れていたクレイモアの目の前で倒れ、数日間高熱にうなされ続けた。

 それ以降、どうにも笑顔は消え、ほとんど口を聞かなくなったらしい。(クレイモア談)

 まぁ、そんな事があれば心配にもなるよなぁ……。


 弟は以前は人当たりがいい方で、客に愛想良く笑顔を振りまいていたはずだ。けれど今は押し黙り、瞳には何も映っていないようにも感じる。
 声をかけたクレイモアにも視線を動かしたが、冷たくフイと横を向いた。

「気にしなくていいって、言ってる」
「……。あ、あのね、お披露目セレモニーの日程決まったの。ファラ君も出れるよね?たくさんお料理が出て、皆で踊るんだよ。ファラ君も一緒に踊ろう?」
「…出ない…」
「え?なんで…?具合悪いから…?」
 冷たい態度に、浮かれていたはずのクレイモアの声がか細く震えてゆく。
「君には関係ないよ。…もう話しかけないで。もう二度と」

 言われて、みるみるクレイモアの両目に涙が溜まってゆく。セレモニーに出ないだけでなく、声もかけるなとまで言われてしまったんだ。

「な、なんで?なんで…?私、何か気に障ること言った?図々しすぎたかな?ごめんねファラ君、怒ってるの……?」
「ちょーちょーちょーい!いきなり可哀相じゃんか。クレイモアは君を心配して…」

 明るく、いつも元気なクレイモアを泣かすなんて言語道断・横断歩道。
 女の子の味方、ナルセスはしっかり弟の肩を掴んで抗議に繰り出す。

 弟は俺の手を払うと、涙をためたクレイモアの姿を見ては言葉に躊躇していた。

「…セレモニーには出ない。クレイモアも出ない方がいいよ。と、言うより、もうエジンベアに帰りなよ」
「なっ……!」
 またしても彼の口からとんでも語が飛び出し、今度は俺まで目を丸くする。

「な、なんで?…なんでそんな事言うの?」
「…クレイモアがこの町にいると、迷惑なんだ。帰った方がいい暮らしができるだろう?帰りなよ。…僕ももう会いたくないし…」
「………。うっ。ふえっ……。……そんなっ!ひどいよ!ひどいよファラ君!」
 本格的に泣かしておいて、弟はそっけなくまた横を向いた。

 クレイモアは泣いて走り去り、俺は……、怒りの余り周囲の目も気にせず怒鳴った。
「コラ!あんまりだろ!?クレイモアが貴族が嫌でここにいるの知ってるだろ?この町をどんなに好きか知ってるくせに、良くそんな冷たい事言えるなお前は!」
 
 姉の傍でクレイモアの相談を聞いていた、コイツだって事情は知っているんだ。どんな理由があるか知らないが、可哀相すぎる。
 襟首を持ち上げ揺すった俺に、語らぬ瞳で彼は抗議の意思を示す。

「追いかけて、クレイモアに謝れ!今ならまだ間に合う!」
「必要ない。…だいたい、目障りだったんだ。あんな女」
「なあっ……!」
 思わず手が出かけた、その腕を占い師ニースが止める。

「もうその位で良いでしょう、ナルセスさん。ファラも……。クレイモアに本当のことを話したらどう?私は構わないわ」
「本当のこと…?」

 弟は歯を食い縛り、苦い思いを飲み込んだのか。
「何のことかさっぱりです。…帰ります」
 彼は謝りもせず広場から足早に去って行く。クレイモアが走った方には向かっていなかった。
 彼の代わりに姉がそっと頭を下げて、俺の耳元でフォローを囁いた。

「弟も彼女の事を心配しているのです。決して嫌いなわけではないのですよ。そうクレイモアに伝えておいて下さいますか。私も後で会いに行きますが…」
「…はぁ…。本当ですか?それ…」

「皆さん、弟が失礼致しました。占いを続けましょう」
 騒然とした客に謝罪して、彼女は何事もなかったように仕事を再開する。

 占いする気も失せて、俺はため息つくと役場へと戻って行った。
 ちょうど並んで待っている間にも天気が崩れそうだったし………。


 結局姉弟の謎も解けないまま。
 ファラとクレイモアの仲違いも修復されないまま。
 俺達はセレモニーの日を迎えることになる。

++

 人々は慌しく、来るべきセレモニーの準備に追われて町を奔放していました。
 町の中心人物だけではなく、商人にとっても人が集まるイベント事は活躍の機会です。観光客も集まることでしょう。
 町は密かに浮き足立ち、誰の顔にも希望が満ち溢れていました。

 夕刻を前にして空は曇り始め、時折頬に雨粒が落ちるようになってきた。
 いつもより早くお客さんを断り、ゆっくりと店の片づけを始める。今日の収入をスーツケースにしまい、お客さんに配っているメダリオンをその後に納める。
 
 占った者全てに手渡している黒いメダリオン。
 これまでに受け取らなかったのはたったの四人だけでした。

 一人はアリアハンより旅立った勇者ニーズ。そしてその恋人。
 彼は占い内容に大きく反発していった数少ない人物でした。
 もう一人はランシールを治める聖女ラディナード。彼女は丁寧に受け取りを断った。

 最後に賢者ワグナス。彼は勇者二人の未来を占いましたが……。
 「私にお守りは必要ありません」と笑って受け取りを拒否。

 
 雨の雫がレンガの道に斑点模様を描き始め、私は少しだけ急いで黒い宝玉を布で磨く。その黒い球体に背中越しに訪れた来客の姿が映リ込み、私の腕はぴたりと止まった。

      この町を踏んでからきっと、初めての動揺。

 きっと客足が引き、私が一人になるのを待っていたのでしょう。
 この日最後の客は、人目を避けるようになめし皮のフードを深くかぶり、そっと立ち尽くす私の前へと足を進める。

「…今日はもう終わりですか?」
 優しい     青年の声。曇り空の下、それでも彼の瞳は海のように深く、綺麗な色をたたえたまま。
「いいえ。あなたで最後です」
 微笑みを作った私は、一瞬だけ揺れた心を封印して、『占い師』として彼に向かい合い仕事の椅子につく。彼も「それは良かった」と丸椅子に座った。

「何を占いましょうか?」
「探している女の子がいるんです。名前は、フラウス」

「………。近くにいるのかも知れませんね」
 宝珠を覗き、占い師は淡々と答えた。
「僕もそんな気がしています。もしかしたら、貴女かも知れない」

「………ふふっ。もしそうだったら、どうしますか?」
 我ながら見事な程に無邪気な笑顔が彼に向けられ、彼はぐっと表情を引きしめて真摯に見つめる。
「一体何をしようとしているの?その姿は何?」
「あなたにとって、……いえ、人にとって良くない事なのは確かですね」

 問い詰める青年。占い師の私は動じず微笑み続ける。
「……。ワグナスさんは君たち姉弟は『人』だと言った。人に宿っているとしても、魔物の匂いは消せるものじゃない。賢者なら絶対に見逃すはずがないんだ。どこかがおかしい。君たちは一体何?」

「占いの結果はこうです。彼女は死神。あなたは勇者。それだけが未来永劫変わらない真実」

 本来なら渡すはずのメダリオンを彼には見せず、占いを終え片づけを始める。
「フラウス……!」
 彼が腕を掴み、無理やりに自分の方へと向き直させる。久し振りに至近距離で彼と見つめ合い、悲しくもやはり愛していると感じた。

「教えたら、あなたはどうするのですか?あなたのすべき事はたった一つのはずですね。私は、この町を      

 我々の用意した罠を、あなただけに教えてあげましょう。



 黒い宝珠をケースに片付け、テーブルをたたみ、カートにくくりつける。椅子二つもしまうと彼一人残して私は広場に背中を向けた。

 彼に向けた背中を、剣で貫かれる覚悟もしていた。

 けれど彼の決意は固まらず、占い師は霧の中に消えてゆく。



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エジンベア編「穢れた舌」へと続きます。