誰かに抱き運ばれた私は、駆けつけた家族の声も遙かに遠い。

 あの日仲間達と「地球のへそ」への入り口をくぐってから、もう十一回目の夜が始まろうとしていた。
 外は静かに雨が落ち、少し肌寒さを覚える中、呼ばれていたのか懐かしい家族が駆け寄り、再会に涙する。

「ああ、サリサ。良かった…。良かった…」
「お姉ちゃーん…!」
「ああっ、サリサ!ありがとうございます!ありがとうございました!」
 弟は鼻をぐずぐずさせて、母親は父にもたれて肩を揺らした。父親は何度も頭を下げ、朱色の髪の戦士に感謝を繰り返す。

「ちゃんと弁当も食ったみたいだぜ。ホラ、空だ」
 母親から預かった包みを振り、音で確認させる。弁当箱を返すと戦士はそのまま私を運んで歩き出した。

 礼拝堂には聖女ラディナード様と私の家族、そして家族を呼んできたワグナスさんの姿しか見えてはいなかった。

「まだ今夜は寝てるだろうから…。また明日会いに来るといいぜ」
「あ、私着替えを持って来ましたから…」
 母親は宿泊施設にまで着いてきて、私を着替えさせると退室して行った。
 個室で私は眠りにつく。
 耳には静かな雨音だけが響いていた。



「泥娘 2」


…コンコン。
 控えめなノックを叩いて、その人は朝方部屋を訪れた。
 雨の音はまだやまず、カーテン越しの空は少し薄暗い。
 時折雨水の滴る音がポツポツと途切れがちに聞こえる、それは眠りに心地好いリズムを奏でていた。
  けれどその人の気配は    
 鮮明に私の意識を呼び覚まし、私はうっすらと瞼を開く。

 まだ寝ているのを知って、人影は音を立てないように様子を伺うと、棚の上に置かれた十字架の剣に手を伸ばす。
「へえー…。これがゾンビキラーか……。すごいな……」

    ガバッ。

「うわっ!ビックリした!」
 声に   弾かれて起き上がった私に、驚く彼は酷く懐かしく、眩しく認識された。
 青紫の衣服に、まっすぐな黒い髪、黒い瞳。一緒に旅をしてきた仲間の戦士。

「悪い…、起こしたか…?」(汗)
「あ…。アイザック…!アイザック…!」
 戸惑う彼の袖に手を伸ばし、私の腕は感情の昂りにがくがくと震動を起こした。帰って来たのだと認識して、目元が熱くなる。

「……。おかえりサリサ。良くやったな!」
 アイザックは今までと変わらぬ笑顔で、私の両肩を少し強めに叩く。「信じてたぞ」と告げる声も、笑顔も、何ひとつ変わっていなかった。それがとても嬉しかった。

「……。うん…!ただいま…!」
 心から喜んで、彼に応える。ベットの横に立つ彼は、やはり私の好きな人だと思った。

「ゾンビキラー、これだろ?やったな!ニーズ達ももう帰ってる。ちゃんとオーブも見つけて来たんだぜ」
「シーヴァスは?無事?」
「ああ。その後ちょっと体調が悪いんだけどな。だからお前ともひとまず別部屋らしいんだけど…。新しい呪文と、聖女ジード様から杖を貰っていた」

「……。アイザックの、隼の剣は…?」
 ドキドキしながら、彼に尋ねる。彼に限って不安はなかったのだけれど…。
「…ん…。俺の剣になったよ」
 答える前の僅かな間は、私の心に微かなひっかかりを残してくれた。

「………」
 私は俯いて、自分の心を落ち着かせるように深呼吸をする。

 辛かったけど、地球のへそから帰って来れた。仲間たちもみんな無事に戻って来て、目的も果たしている。
 そして私の前に彼がいる。二人きりで、言うなら今しかない…。

 イシスで出会ってから、この数ヶ月間、ずっとためてきた想いを伝える言葉を探していた。緊張に胸が早く鳴り、毛布を握りしめて、にわかに体が震える。

「あ、あのね…。あの…。前に、言ったよね?地球のへそから帰って来たら、聞いて欲しいことがあるって…」
「ああ、言ってたな。覚えてるよ」
「あ、えっと、……その……」
 はっきりしない私を見て、アイザックは椅子を引っ張り出してきて話の開始を待つ。その仕草を見ながら、「あっ」と気付いた事がある。

    最初にイシスで話した時と同じ構図だった。
 倒れた私が気がついて、傍にアイザックがいて…。

「……。イシスの時と、同じだね…。アイザックがここまで運んでくれたの?」
「いや。見たことない男だったな。ワグナスの知り合いみたいだった」
「そっか。残念」
「残念?」

「あのね…。イシスで助けて貰った頃からね、私は…」
 胸がドキドキして仕方がない。でも、この日のために、今まで私は頑張ってきたんだもの。ここから関係を変えるために勇気を振り絞る   

「アイザックのことがね、好きだったんだ…」
 毛布を引き上げて、やはり顔を隠し気味になってしまう私だった。
 恋の告白なんてことも生まれて初めてのこと。
 恥ずかしくて、顔を見られたくなかった。

 アイザックの顔も俯く私には見ることができない。一体どんな顔をしているのだろう。どんな返事を言ってくる?
 雨の日のこともあり、部屋の中はしんみりと露気を帯びていた。
 シトシトと雨が木々をつつく、優しい音だけが鼓動と反してとても静かだった。

 相手から伝えられる返事は、おおよそ想像もしていなかった言葉。
 短い沈黙。

 それから……。

「…ごめん。全く気がつかなかった…。でも、ごめんな、俺……。他に好きな奴がいるんだ…」
        !?
信じ  られなかった。

「うそ…」
「……」

「……。誰……?まさか、シャルディナさん…」
「……」
 顔を上げて見つめた、無言の横顔が悲しかった。何も言わなくても解る、好きなのはあの彼女なのだと。
 伏し目がちになる黒い瞳は、知らぬ間に切ない恋心まで見せる色になった。

 嫌だった。そんな変化。
 嫌だった。

「嘘…。嘘…。なんで、なんでそんな事になってるの?だって、アイザックは恋愛なんて何も興味なかったでしょ?自分にはまだ早いって言ってたじゃない!どうしてそんな、そんな……!そんなぁっ…!」

 気づかれていない、それは承知していた。
 この堅物が「俺も好きだよ」なんて言わないことも分かり切っていた。
 でもそれで良かった。これから「女の子」として見て貰えればいい。そこから意識して貰えたら嬉しい。
 私のそんな淡い期待も崩れてしまうのですか。

「そんな…。そんな…。なんで…。一体いつの間にそんな事になったの」
 泣き出しそうになるのを堪える、私に彼はただ謝るしか方法がない。
「ランシールで、俺も色々あったんだ…。本当に、ごめん。まさかそんな話だとは思わなかった……」
「……ラ……」

 ランシールで……!?ランシールなの…!?
 直撃された衝撃に、世界がグラグラと歪む。


     嫌だ。嫌だよ。嫌な夢が本当になるとは思わなかった。追いつこうと思ったら、もう二人は進んでしまっていたの?
 こんなに頑張ったのに、ずっと一緒に居たのに…!私は遅すぎたの   

 ランシールにさえ、こだわらなければ、もっと別な返事が聞けたのだろうか?
 もっと早く口にしていたなら、まだ間に合った?
 どんな返事が貰えたんだろう。

「ふ…。うっ…。うっ…!」
「サリサ…。ごめん…」
「もっと早く言っていれば良かった。もっと毎日好きって言っていれば良かった」

 アイザックは謝るしかできなくて、私は馬鹿みたいにまた泣いている。
 もういい加減泣きすぎだよ。目が痛い。胸が痛い。

 後悔は後の祭り。私は道化師に過ぎなかった。


++


 腫れて重くなった瞼を隠して、私は毛布に潜り込んだ。
「もしかして…。もうシャルディナさんと…。うまくいっちゃったの…?」
 そんなこと聞かない方がいいのに、馬鹿な僧侶娘は確認してしまうんだね。

 覚悟しておかなければならない。   これから、二人の恋人姿を見せられるのかと考えたら…。

 毛布の中で聞いた、片想いで終わった人の声。
「振られたんだ。ごめんなさい、って。だからサリサと同じだな。俺も振られた」

 それこそ、在り得ない。

「でも俺は…。これからも想っていくけど…。その先どうなるかは、分からない。サリサが俺の事そのまま好きでいてくれても、俺が好きになるかどうかは、分からない。ごめんな…」

 この戦士が、嘘をつくような人でないことは知っている。一体どういう事なの?
 私はベットから抜け出し、ふらりと扉を目指した。足元がふらついて、アイザックが慌てて抱きとめる。
「何処行くんだよ、まだ寝てろって」
「シャルディナさんの所へ行くの」

「何言って…。何を聞くつもりだよ。本当に振られたんだ。アイツには他に相手がいて、だから俺の気持ちには応えられないとはっきり言われたんだ。もういいんだ。寝てろ、な?」
「こんな気持ちで眠れない。何よ、それ…。そんなの初耳。嘘だよ。絶対嘘だよ。いいからどいてよ…」

 気持ちばかりが先走るけれど、足は言う事を聞いてはくれない。フラフラしているのをアイザックは強引に押し戻して、ため息をついた。
「安静にしてろ。こんな時ぐらい」
「じゃあ、シャルディナさん呼んで来て。じゃなきゃ私が行く」
「はああ?」

 頑固娘に呆れ果てて、しぶしぶ向こうは折れることにしたようだ。
「何を話すつもりだよ。アイツだって辛いんだ」
「本人に会わなきゃ解らない。いいでしょ、女の話よ」
「声だけかけてみるよ。来なかったら寝ろよな」
「来ないなら私が行く」

 ムスッとした私に閉口して、彼はあの娘を呼びに向かった。
 一体何なのよ。一体どうなっているのよ。



 暫くして、金髪の吟遊詩人は部屋を訪れた。すんなり応じてくれるとは意外だった。ノックして部屋に入り、廊下にアイザックを残して扉を閉める。
「…アイザック、誰も来ないように、見張っててくれる…?」
 声も姿も、一層儚さを増し、今にも消えてしまいそうな弱々しさで彼女は現れた。

 パタリ。扉の閉まる音。
 もうそろそろ起床の時間、誰かが部屋に来るかも知れない危惧はあった。けれど彼女自身が人目を阻むのも意外だった。

 なんなのよ…。
 罪人が勧告を受けに来た、誰かが見たならきっとそう比喩した。
 青ざめた白い顔を終始上げず、彼女は上半身だけ起こした、私のベット横の椅子にそっと腰かけた。

「お久しぶりです。サリサさん…。無事で何よりでした」
 一度だけ、申し訳程度にだけ私の顔を見て、彼女は前髪で表情を隠すために俯いた。
「……。随分、打ちひしがれた感じ、ですね…」
 私だってへそから戻ったばかりで、憔悴が見えるはずなのに。
 彼女は不愉快な位に私以上に憔悴している。

 挨拶や世間話はいい。私はすぐにも本題に入った。

「アイザックの事振ったって本当ですか…」
 呼び出した理由は解っていたのかも知れない、彼女は話題をごまかしはしなかった。
「はい。私は、断りました…」

 弱弱しい…。
 すき間風で、がくりと彼女は今にも倒れてしまいそう。
 彼女は折れそうな細い花、今日の弱い雨にも潰れてしまいそうなほどに。

「何故…。あなたはアイザックのこと好きだった。今も、でしょ…?決まった相手って何ですか?嘘でしょう…?」
「嘘じゃないです。私を、…待っている人がいるんです。だから…。彼とは、さよならなんです。だから…」

 口元は無意味な強がりのような、微笑みを形作る。
 私はあの戦士のように鈍感じゃない。それが意思にそぐわない、辛い選択なことなんか見抜く。

「私は、あなたの本心が聞きたいのですけど」

 口調は徐々に、棘を含むようになっていった。だって、姿を見た瞬間から私の胸は苛立ちを覚えた。不愉快。彼女の態度全てが不愉快。
 そんなに断った事が辛い    

それなら本心を言えばいいのに。


「………」
 彼女は、無言。身動きも、せず。
 私の毒気も当たり前のように耐え凌ぐ、彼女が更に忌々しい。

「私は、今さっき、彼に振られました。…悔しいです。あなたが…、あなたの事が、アイザックは好きだから…」

 私の本音に、彼女はようやく…、薄い唇を開く。
「私も、サリサさんに言いたいことがあったんです。だから、来ました」
 
 …何だろう?彼女が、私に言いたいこと…?
 よくよく考えれば、彼女と二人で話す事なんて今までなかった。お互い避けていたような気もする。お互い恋敵と思っていたせいで。

 その彼女が私に伝える、その内容は    

「確かに…。私も、…好きでした…。好き、です…。でも、この想いはこの地上に残して帰るつもりだったんです」
「地上……?」

「今まで黙っていましたが…、私は、ラーミアなんです。ラーミアの魂。いずれ空に帰ります。私を待っているのは夢の世界の神さま。彼とは、結ばれない、です」

 彼女のことは    今まで疑問に思ったことも何度もあった。
 隼の剣、オーブ、全ての謎に納得する答えに今出遭う。

 彼女を悲しくも思ったけれど…。

「大丈夫です。もう、サリサさんの邪魔をしないですから…。今まで、ごめんなさい。もう、アイザックからは離れます」
「……」
 今度は、私が黙る番。
「この気持ちも…、すぐに忘れます。だから…、安心して下さい。きっと、アイザックも…、私の事なんて、すぐに忘れますから…」

「忘れるの…?」

「忘れます。…おかしい、ですよね。きっと、何かの間違いです。アイザックが私の事を…なんて…。きっと勘違い。だって、サリサさんがいるから…」

 スルリ。スルリと、窓を伝う雨の雫。
 粒が集まった重みに負けて、加速して地上に落ちる。
 私の想いも加速していた。

「羨ましかったです。ずっと一緒にいれるサリサさんが…。傍に居て、一緒に戦っていける。羨ましかった…。これから先も、ずっと一緒に居られる。きっと、サリサさんの方がお似合いです」
 彼女は微笑んだ。痛々しいことは自覚していない。

「私のことは…。もう、気にしないで下さい。忘れますから…。忘れて、下さい。忘れて…」
 最後に続くのは、か細い願い。
「忘れさせて、下さい。彼から、私のこと、なんて…」



 ベットから身を乗り出し、私は    強く彼女を平手で殴った。
 ガタンッ    

 案の定、弱い彼女は椅子ごと床に倒れる。
 髪を乱し、何が起こったのかと目を回した。
 私は立ち上がり、憎しみの限りに見下ろした。やるせない怒りに歯を食いしばりながら、強く瞳でなじる。

「どうして殴られたか、解りますか…」
 今まで、彼女の事は恋敵として疎んでいた。そんな感情も比ではない。
「あなた、アイザックのこと侮辱しましたね…」

「何が、「間違い」…!アイザックのこと何だと思っているの!?あんな人が…!あんな人が簡単な気持ちで好きとか言うと思ってるの!?半端な気持ちで言うわけがないでしょう!?」
「………!!」

「何が、忘れるよ!笑う力も無いくせに!そんなにやつれて説得力ないのよ!何が、気にしないでよ!何が羨ましいよ!あなたなんか、一緒に居なかったくせに私の欲しいもの持って行くくせに……!」

 悔しい。悔しい。悔しい。
 怒りで体が爆発しそうだった。悔しさに体が燃えてしまう。

 どうしてこんな人に負けるんだろう。どうしてこんな人に負けるんだろう。

 どうしてこんな人に負けるんだろう。



「ご、ごめ…ん、なさい…」
 威圧されて、床に手をついたまま吟遊詩人は震えた。でも私は許さなかった。

「謝らないでよ。他に謝る人がいるでしょう!?それに、私の事も侮辱した…。何ですか?私のこと何だと思ってるんですか?
あなたから譲ってもらって、喜ぶとでも思ったんですか…!?

 物欲しそうな女みたいに。
 私はそんな風に恋を手にしたかったんじゃない。
 ちゃんと自分のことを見て欲しかったのに。誰かの代わりなんて嫌だ。誰かの穴埋めなんて許さない。
 誰かに譲られるなんて心が許せない。

「人のこと何だと思ってるの…!人の心を何だと思ってるのよ…!!」

 言葉で人をぶつ。
 相手の心を抉りたい。踏み躙り返してやりたかった。

「最低よ!あなたなんか最低よ!どうしてあなたなんかに負けるんだろう。悔しい。悔しい…!私だって、私のこと見て欲しいけど。でも、アイザックの事を悲しませるのは許せない。私なら悲しませたりしない!」

「あ……。…っ…!」

「あなたなんか大嫌いよ…。今までも恋敵だから、好きと思った事はなかったけど…。今日改めて、あなた自身を嫌いだと思いました」

 見下ろす私に、断罪者。
 言葉の殺傷力にきっと耐えることはできそうにもない。
    消えてくれないかな?

「…いいですね。そうやって、綺麗なだけで、守られてるだけで、誰かに優しくしてもらえる。羨ましいです」
 嘲笑に混ぜて、痛烈な嫌味を吐き捨てる。
「何もしなくても勝てるあなたが。またそのまま、泣いていればいいじゃないですか。そうしてれば誰かが心配してくれる」

 最悪に毒を吐いた。もう消えて欲しくて。ここまで人をなじった事はない。
 私は最悪に嫌な女になっていた。

「………!」
 謝る事も許されず、私の嫌味に泣くのも許されず、立ち上がると、彼女は私に背中を向けた。
 どうせ、逃げる位しか彼女には残っていない。
 何処にでも消えてしまえばいい。
 できるならもう二度と出てこないで欲しい。抹消したい。彼女に関する全てを。

「…帰ります」
 ひと言、それが堕ちた女神の精一杯。私は鼻で笑った。

 廊下にはアイザックが待っていたけれど、彼女は振り払って一人で帰った。


「サリサ…。大きな音がしたけど…、どうした?一体何を話したんだ…」
「入って来ないで。何も聞かないで」
 問答無用で、私は部屋に鍵をかけた。
「一人にしておいて。食事も何もいらない。誰にも会わない」

「おい…!サリサ…!おい…!」

 毛布にくるまって、耳を塞いだ。
 部屋だけじゃない、自分の全てに鍵をかけてしまおう。

 彼女も嫌いだ。
 でも自分はもっと………。


 彼女を憎んだ、それは嫉妬や逆恨み。
 ずるいよ。あなたはずるい。あなたは一緒に居なくてもいいんだ。
 もう彼の心に棲みついた卑怯者。

 そして、私はただの敗者。


++


ザアアアアアア。

 雨足が強くなり、いつの間にか落ちていた眠りから、呼び起こされた私は寝返りをうった。
 まだ明るい、時間は昼を回っていた。
 神殿内は静かで、ひとまず私はほっとしていた。

 心の底から、今は誰にも会いたくない。

 ベットから起き、カーテンからそっと窓の外を覗く。天気は悪化し嵐が来る予感。今は逆に煙る視界が荒んだ心に良く同調した。

 体が冷えるまで、眺めた外。
 ベットに戻ろうと振り返った私の視界に『剣』が入り込んだ。
 先の聖女から受け取ったゾンビキラー、あんなに嬉しかったはずなのに…。

 小さな棚の上に安置された聖剣を手にして、私は再度願った。
 こんな私を浄化してくれませんか    

 きっと今の私の心は淀んでいます。
 両手で柄を握りしめ、私は自分の胸に剣を突き立てた。


++


 コンコン。
「サリサ…。私です。そろそろ起きてはいませんか…」

 エルフ娘が部屋を訪ねた、何回も。
 けれど扉の向こうの返事はない。

「サリサー…!いい加減に出て来いよ!お前の家族も来てるんだぞ!」
 黒髪の戦士もドンドンと扉を叩いた。

「……。仕方ないですね。開けますよ?サリサ…」
 時は夕刻に近づいていた。
 私を心配したエルフの魔法使いが、静かに扉を開いて私を探した。

 私はそこにはいなかった。


 整えられて無人だったベット。その上に寝巻きもたたんで置かれていた。
 多くの荷物は残され、金銭もそのまま。

「サ…。サリサ…?」
 寝巻きの上に重ねて置かれたゾンビキラー、その上には短い手紙。

「シーヴァス、これ…」
 一緒に入って来た戦士はゴミ箱の中身に気づいて慌てた。箱の中散乱していたのは、切り落とされた長い金の髪。

「サリサ…!サリサ……!!」
 窓を開け、雨の中にシーヴァスは叫んだ。手紙の内容に、アイザックも顔色を変えて追って窓の外を探した。

 一階の窓の外、雨によって足跡も何も、残されたものは無い。
 荷物の中にはミトラ神のロザリオも残されたままだった。せっかく持ち帰った十字架の剣も、主を失くす。



ニーズさん達へ
私は戦う意味を見失いました。どうか私を置いて先へ行って下さい。
今までありがとうございました。

お母さんへ
お弁当美味しかったです。ありがとうございました。

聖女様へ
ゾンビキラー、お返し致します。勝手をお許し下さい。




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