咎めを忘れて、私は危うく ずっと大好きだったけど、誰より大好きだけど、 気持ちを伝えるのとは また別なこと。 だって、私は帰らなくてはならないんだもの。 彼のためにも私は飛ばなくてはならない。 檻が必要でした。 頑なに想いを封じ込める、開かない檻が |
「禁じられた遊び」 |
深夜の礼拝堂に、聖女ラディナードの後に続いて俺は帰還した。 普段から厳かな雰囲気で、張り詰めた空気の静かな場所ではあったが、久し振りに戻った地上は静か過ぎて、少し寂しく思った。 聖女と帰る道の行程で、ニーズやシーヴァスがすでに帰って来ていることは聞かされている。二人とも目的を達したとのことで、安堵していた。 俺が潜っていた期間は九日程度。 まだ戻っていないサリサのことは気がかりでもあるが……。 思考は、俺の前に笑顔で現れた友人によって遮られる。 「おかえり。待ってたよ」 懐かしくもアリアハンでの幼なじみ、リュドラルが横手からひょっこりと顔を出した。アリアハンでの日常に帰ってしまったかのような懐かしさで、一瞬戸惑う。 それは余りに自分に遅く浸透していった。 「………」 「……。どうしたの?…ぼんやりしてるね。疲れた?」 「………。リュー…。なんか今、すごく…」 自分は今、とても情けない顔をしていただろう…。運良く仲間が誰もいなくて助かったと、本気でありがたく思った。 「アイザック、心配したよ…!」 どちらからでもなく、俺たちは抱き合って、無事を喜び合った。 会いに行くつもりだったのに、クロードのことですっかり忘れてしまっていた。 見送りに来るかとは思ったが、友達は姿を見せなかった。 でも、そんな事はどうでも良くて 「最初に会えたのがお前で良かったよ。…ほっとした…」 抱き合った顔の向こうで、リュドラルが神妙な顔をしていたのは、些細な時間。 聖女に挨拶をして、リュドラルに案内され、俺は休息のために宿舎に入った。 「隼の剣、手に入れたんだね。おめでとう」 「……うん」 「アイザックなら、大丈夫だと思っていたよ」 「……」 与えられた部屋に入ると、深夜だけあって、そこではニーズやジャルディーノがすでに就寝していた。 小声で話しながら、着替える自分の返答はかたことで、はずみもしない。 体を拭いて寝巻きに着替えた、俺にリュドラルは確信めいて訊いた。 「元気ないね。…シャルディナと何かあった?」 答えることができなくて、俺はずっとベットに座ったままだった。そんな状況も、この友達はおそらく予想していた気もする。 黙ってる俺の横に座ると、柔らかい口調でリュドラルは話し始めた。 「僕はずっと、シャルディナと一緒に居たんだよ。君のために歌ったシャルディナ、その隣に居て君を見送っていた。彼女が差し入れを作るのも見ていたし…。帰ってきたと思ったら…。部屋に閉じこもって。ずっと泣いてるんじゃないのかな」 「シャルディナのこと…。責めたの?今まで黙っていたからって、もしかして怒った?クロードの事も聞いているけど…。また、その事でケンカしたの?」 「違う。そんなんじゃない」 ランプの灯りが揺れて、静かなランシールの夜を照らす。仲間たちに気づかれないように、俺は声を殺して呟いた。 「こんな話したことないけど…。お前、好きな子とかいる?」 話題にするだけで、どうにも苦手意識が込みあがってるのを否めない。顔を合わせない様に訊くと、金髪の少年は目を丸くして俺の顔を覗き込んだ。 「気になってる子ならいるよ。…え?何?恋の話?うわ〜!すごいな!アイザックの口からそんなの聞けるなんて嬉しいよ!アイザックはシャルディナが好きなんだよね?」 「……。何で分かるんだよ」 「多分、皆知ってるよ。うまく行くよ。僕は応援するな」 「もう、振られた。シャルディナは、空に帰って、夢の神と結ばれるんだ」 「嘘……!?」 信じられないぐらいに、リュドラルは真剣に驚きを見せる。 嘘じゃない。それは、言葉ではなくて、沈黙する事で肯定していた。 「クロードは、あれからどうしてたか知ってるか?」 納得していない風の、友人には悪いが、俺はごそごそとベットの中に潜って話を打ち切ろうとする。 「うん…。特訓してたみたい」 「起きたら、クロードに会うよ」 「……。そう……。うん、分かった…」 暫く立ち尽くして、友人は静かに退室していった。 |
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翌日、あの時と同じ場所で、俺とクロードとは再会していた。 降格された騎士は勲章こそないけれど、身なりはやはり高価なものを着用している。ポリシーなのか、額には十字架のサークレットが今日も光を放っていた。 ここに来るまでに纏っていた白いマントを外し、傍の柵にかけると、気合のこもった視線でクロードは俺をねめ上げる。 「良く帰って来たな。でも、「隼の剣」を貰うのは僕だっ!」 決闘用に準備した刃の無い剣を俺に示し、まだ自信ありげに宣言する、その自信は何処から沸いてくるのか、不思議な奴だとある意味感心していた。 「……。渡さないぞ。何度やっても」 別館の修練場の土の上、対する自分は、今日は冷めた態度で接する。 「僕が勝ったら、隼の剣を貰う。そして姉様から騎士の称号も返して貰う」 「了解だ」 観客には、クロードの姉である聖女ラディナード、それから俺の友人のリュドラルが傍らで見守ってくれている。 リュドラルが声をかけたらしいが、彼女は来ない。 昨日の今日で、俺には会いたくないのかも知れないが……。 「行くぞ!あのままの僕と思うなよっ!!」 「 明らかに、確かに奴の気迫は別人のように昂っていた。踏み込みも早いし、目に違う『強さ』が見える。 軽くあしらう予定が、何度か避けられずに剣で受け止め、睨み合った。 「無我夢中って感じだな。いい顔になった」 「当たり前だ!」 鉄の刀身が何度もぶつかり合って、さすがに奴の「真剣さ」を打ち合う剣の中に感じていた。 でも、それでも…。どんなにコイツの真剣さを分かっても、想いが本当だったとしても、俺に譲る事はできなかったんだ。 「悪いな!クロード!!」 「ぐはっ!」 力で押し返して、怯んだ所を、素早く肩、腕、腰と撃ちつける。片手の振りでも打撲しかねない力配分だった。 完全に倒れるかと思うと、倒れざまに突きを放ち、喉元付近に突きを喰らってこちらもよろめく。 「ぐっ。げほっ!ゴホッ!」 呼吸困難に陥って、咽る俺の前に、地面に手をついたクロードは根性を見せて立ち上がり、体当たりと合わせた突撃で俺を弾き飛ばす。 「僕は、お前に勝つんだ!僕は、負けない…!」 弾かれた俺は、倒れてはいなかったが、視線を上げるとすでに跳躍するクロードが間近に見えていた。 確実に喰らう 「 跳躍から、地面に戻ったクロードは、何より自分自身で驚きに目を見開いていた。結構な打撃を受けて、左肩を砕かれた俺は、それでも歯を食いしばって仁王立ちしていた。 「な…。なんで…」 「何故かな。俺は、…お前に謝らなくちゃならないんだ」 「な、何だって…?」 困惑するクロードに、俺はまっすぐに向かい合う。 そうしなければならないと思った。受けた打撃は自分への罰のようなもの。 眩い金の髪の青年の、青い瞳を見つめ、俺は本心をさらけ出す。 それは「同じ願い」を持つ者としての礼儀だった。 「俺も、シャルディナが好きだ。お前と同じで。だから嫉妬して、必要以上に冷たく当たった、申し訳ない」 「……!」 「同じ言葉、そっくり返すよ。シャルディナを守る場所は、誰にも譲れない」 お互いの上がった呼吸だけが、暫く交互に修練場に繰り返された。 「シャルディナは…。シャルディナは…?くそっ。…分かってはいたけど…、シャルディナは、お前の事が好きなのかな。何度も何度も、断られていたけど…」 悔しがるクロードに、俺は肩を押さえて苦笑していた。 「俺も振られたよ。同じだ」 「なんだって…?」 すっかり剣を下ろして、クロードは素で驚く。 そんなクロードに、どうしても訊ねたいことがあった。 「お前は、シャルディナのことを知っていたのか?それでも、何度も告白して、君だけの騎士になるとか言って…。彼女が帰ること、知らなかったのか?」 「……。帰らないよ」 今度は、俺が驚かされる番だった。 「シャルディナは帰らないよ。帰らせたくないから、隼の剣が欲しかったんだ!」 苦い感情を吐き出すクロードは、俺にも、観客の二人にも、そして宿命のようなものにも、反発するかのように叫び上げた。 「確かに彼女は空に帰った方がいいのかも知れない。元々の世界でもあるし、何より安全かも知れない。でも、地上でも彼女の事をしっかり守れる僕が居たなら、彼女だってここに残れるかも知れないじゃないか!」 喰らった打撃よりも尚心に突き刺さる。 「彼女はずっと辛い思いをしてきているんだよ?彼女を好きになって何が悪いんだ!傍に居て欲しいと思って、何がおかしいんだい?彼女は確かに女神かも知れないよ。でも、地上で彼女はただの「女の子」として生まれて来たんだ!人として幸せに生きたっていいと思わないかい!?」 淀んでいた空に、ひと吹きの清風が吹き込んだような、 何かにハッとした瞬間 「………。いいこと言うな、クロード…。感動したよ」 俺が褒めたのに、クロードは少しだけ不満そうに、頬を膨らませていた。 「そんな考えもあるんだな。俺も…、お前みたいに、夢の神に挑んでもいいのかも知れない」 「なっ!なに〜!僕だってその時は夢の神にだって負けないよ!お前にだって誰にだって、シャルディナは渡したくないよ!」 必死に俺に喰らいつくクロードに、たまらずに吹き出して笑った。 涙が出るほど可笑しかった。 「あっはははははっ!可笑しい奴だな、クロード。泣けてくるよ」 「何が可笑しい!わ、笑うなっ!」 「でも、やっぱり、隼の剣は渡せないけどな」 にやりと笑い、負傷していない右手で構えた剣を、クロードの鼻先に突きつける。 「僕が貰う!」 今頃体が痛み出してきたのか、苦痛の汗を流しながら、クロードも再度構えて戦闘態勢に戻る。 高い陽射しにお互い眩しさを覚えながら、数分間の剣戟、 大事なことを教わった気がする、クロードには、全身全霊をかけて応えたいと思った。 「これで終わりにするぞ!クロード!」 「望むところだ 勢い良く奔り出す、と相手も駆けて来ていた。砂埃が舞い、風に前髪が揺れ、擦れ違うクロードの剣と俺の剣とが激しくぶつかり合う。 「うおおおおおおっっ!!」 「わああああああっ!!」 「ああああああっ!!」 相手の怒号は後半悲鳴に変わる、鉄の剣が折れて、腕の痺れにわななきながら、がくりとくず折れる。 「畜生……」 相手の敗北を確認して、俺は観客である聖女を呼んでいた。 「ラディナード様、コイツを騎士に戻してはくれませんか?もう、こちらの気は済みました」 俺に回復呪文をかける聖女に願う、自分に倒れたクロードは慌てている。 「何を言うんだ貴様っ!ど、同情なんかいらないぞ!僕は自分の力で称号を取り戻すんだ!」 「……、そうね」 俺の次に、聖女は弟を抱き起こして、にこりと微笑んだ。 どこか嬉しそうな、優しい微笑み。 「戦士アイザック、せっかくの申し出ですが、私からこの子に一つ条件を与えたいと思います。一種の試験のようなものです。それに合格したのなら、私は弟に称号を戻します。それで良いですか」 「いいですよ。お任せします」 回復呪文を受けて立ち上がったクロードに、俺は右手を差し出した。 「挨拶だよ。今日はありがとう。おかげで心が晴れた」 「な…。なっ、なっ…!?」 「もし自分が志半ばで倒れるようなことがあったなら、隼の剣を持つのはお前でいいと思う。また試合しような」 思い切りクロードは動揺していたが、半ば疑心半疑で俺の手を握る。 「お前の分も、戦うよ。必ずシャルディナは守る。約束だ」 握りしめた手に、力を込めて、するとクロードも暫く沈黙した後に、俺を睨みつけて宣言した。 「必ずだ!シャルディナに何かあったら、許さないからな!」 「ああ!」 俺はもう一人の観客の前に戻り、どちらからでもなく、顔が綻んだ。 「良かった。吹っ切れたみたいだね、アイザック」 「うん。俺はこのままでいい」 無理に気持ちを封じ込めることもなく、かといって押し付ける事もなく。 自然な心のままでいよう。俺は一人、心中で呟いていた。 誰も居なくなった修練場を、見ていた影はようやっと僅かに動きを見せた。 「いや〜♪アイザックさん、かっこいいですねぇ〜。惚れ直しますよね、シャルディナさん」 「………」 茂みの影に、魔法で姿を隠して見ていた二人の観客は、片方はやたらと楽しそうではあった。 「ワグナスさん…。私、見ない方が良かったと思います。見たくなかった」 「そうですか〜?燃えましたよ〜」 「私、戻ります…」 もう一人、少女の方はその場から逃げ去った。 |
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「下着程度でいいわ。身の回りの物をまとめなさい」 「何処へ行くのですか?姉様。遠出するならそれなりの準備をしないと…」 「いいえ。マントもお金も持たないで頂戴。剣は、そうね…。戦うこともあるかも知れないから、レイピアだけは許すわ」 「はい…」 屋敷に戻り、姉様の指示に従う僕は、本当に簡単な身の回りの物だけを鞄に詰め、両親に留守を告げなければならなかった。 「では、これからクロードは家を留守にします。お父様、お母様」 「行って来ます。父様、母様」 両親は姉に説得されているのか、何も言わなかったが、両親ともに僕を抱きしめて別れを惜しんでくれた。 姉は僕を何処へ連れて行こうというのか…? 不安は止まらなかったが、案内された場所は その見知らぬ「街」には、姉のルーラの呪文でふわりと降りて立つ。 潮の香りが僅かにする港町。建設中の教会が三件も見え、ざっと周囲を見回しても、不思議と建設中や準備中の建物が目に付く。 人の行き来が多いが、様々な国の民が雑多に見えた。 何処かへ向う姉に従いながら、僕はなんとなくこの「街」に予想がついていた。 おそらくはあれだ、最近新しく造り始めた、「ナルセスバーク」。 「あっれ〜!?聖女様じゃないですか?お久しぶりです!」 街道の通行人の中から、ターバンを巻いた少年が一人図々しく姉に近づいて、後ろで僕はムッとしていた。 「こんにちは。彼は何処にいるかしら」 「え…?えーっと、多分今頃お役所仕事ですよ」 「そう。頑張ってね」 「えっへっへ〜。聖女様の微笑みで元気倍増ですよ〜♪」 「………」 後ろで、とにかく僕はむすっとしていた。 「ん?こちらはどちら様ですか?ラディナードさん」 「あなたこそ、一庶民が、聖女である姉様に随分馴れ馴れしくありませんか。無礼ですよ」 「うえっ!?弟?あーっ、でも、似てるかも!よろしく!俺、ナルセス!」 「ナルセス!?」 町の名前と重なり、僕は怪訝さに眉をしかめた。しかしこの男、馴れ馴れしいし、図々し過ぎる。 「この街の盟主様よ。覚えておきなさい」 「め、盟主!?こんな奴がっ!」 「あはは〜。よろしくね弟くん」 「弟をこの街で雇って貰おうと思うの。もう雇い主は決まっているわ。世間知らずな子だけど、大切な弟なの。クロードをよろしくお願いね」 姉はさらりと、僕を驚かせた。雇う?働く? 「へ〜!じゃあ、新しい仲間だ!歓迎するよ、クロード!」 いきなりもう呼び捨てか!姉の手前何も文句は言えなかったが、ずっと胸の内はムカムカとしていた。 その図々しい盟主と別れ、姉は街役場のような、小さな施設のドアを開く。 中では商人らしい数名が何人か、揃いも揃って子供に泣きついていた。 窓口に立っていたのは青髪の少年、正直、品格の悪そうな子供だ。書類の束を片手にペンを握り、大人相手に大層生意気な口を聞く。 「だーかーらー、てめえんトコはまだ先月の町会費もまだ払ってねぇじゃねえかよ!こちとらしっかり調べはついてんだよ。言っとくけど、お前の店、売り上げごまかしたろ?」 「そそそそ、そんな〜!滅相もないですよぉ〜!先月は不幸な事件がありまして…。今月も苦しいのですよぉ〜。どうかお坊ちゃま〜!」 「子供扱いするな。規律によって、不正と延滞には罰則が与えられる。次!」 「すみませんビーム様…。実はうちの家、いつの間にか規定より大きく土地を取ってしまっていて…。隣の人も怒っていて…。損害賠償とか言われていて…。どうしたらいいでしょう…」 「あーん?何やってんだ、この馬鹿。仕事増やすなよ。…そうだな〜。そっちの家に取られた分だけの土地を追加させてやるよ。そっちはまだ土台建設中だろ」 「そ、そうですか。ありがとうございますビーム様…」 口は悪いが、どうやら手腕はあるような印象だった。対応の途中で姉に気がつき、声をかけてくるが、それがとんでもなく失礼で腹が立った。 「あ?聖女ラディナード…。悪いけど、ちょっとそこに座って待っててよ」 「ええ。お構いなく」 「なっ!なっ!なーーーーーっ!?」 「今馬鹿女(クレイモア)もいないし、お茶は自分で入れて」 「ちょっと!君!!」 商人たちをかきわけ、子供の前で窓口の机を思い切り叩いて黙らせる。しかし、僕の怒りにさえも、子供は不敵に顎を上げて見下した。 「なんだよ」 「聖女である姉様に対して…!なんて無礼なんだっ!子供だからって許される行為じゃないぞ!今すぐ謝罪しろ!」 「フン。嫌だね。俺は別にミトラ神なんて信仰してねーよ」 「なっ!なんだと!神まで侮辱するか!!」 「クロード、やめなさい」 突然のケンカに集まっていた商人たちはざわめき、しかし聖女がいることで、遠慮して彼らは外に出て行った。 やれやれ、とでも言うように子供はわざとらしいため息をついて、姉に荒んだ目を向ける。 「これが例の弟か?本当にいいんだな?俺は容赦しないけど?」 「ええ、厳しくお願いするわね」 「ね、姉様っ!まさか…!!」 顔色を失った弟に、姉は死にも似た宣告をもたらした。 目の前が真っ暗になった。 「彼があなたの雇い主よ。私の出す試験は、ここでこの街のために働き、彼、ビームに認められること」 「なんだってーーーーーっ!?」 見 れば、子供は悪魔よりも意地悪く笑っていたじゃないか。こんな子供にいいようにこき使われるなんてまっぴら御免だった。 「いいこと、それまで、ここで私の弟を名乗ることも禁じます。もちろん騎士を名乗ることも、家の名に頼ることも禁じます。どんなに理不尽に思っても、彼はあなたの雇い主、あなたはただの労働者です。一切の特別扱いは彼が禁じます。ランシールの者に頼ってもいけませんよ。ここで一生懸命働きなさい。きっと得るものがあるはずです」 「姉様…」 余りにも厳しい規定に、僕は絶望しかけていた。 「信じているわよ、クロード…」 姉は抱きしめてくれるけれど、僕は姉を信じられなくなっていた。 ここで死ぬまで働けと言っているんじゃないの…? 姉は去り、僕は呆然と見知らぬ町に取り残されてしまう。 事態に対応できなくて、頭がグラグラ回っていた。 「お前の姉さん、よっぽどお前が嫌いなんじゃねーの?」 傷に毒を差すように、容赦なくこの子供は僕を刺す。 「だって俺は言ったんだぜ?俺が貴族の馬鹿息子を認めるなんてこと、一生かかってもないってな」 「………。貴族…?」 振り向いた先に見えた、子供は、明らかに僕を敵視していた。 僕自身を、憎悪の目で見られたのは生まれて初めてだった。 「俺は、お前たち貴族が大嫌いだ」 焼けつくような憎悪を抱いた子供に、このまま視線で射殺されそうな恐怖を覚えた。 姉様…。姉様…。 不安に押しつぶされてしまいそうだ。 姉はもしかしたら、僕を捨てたんじゃないか?そう思うと悲しくてたまらなくなる。 姉様…。 騎士以外の仕事をしたこともない僕に、苛酷な日々が始まろうとしていた。 |
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クロードとの決闘の後、久し振りに仲間たちとの昼食を取った。 戻って来たシーヴァスもニーズも、俺も、地球のへそでのことは詳細を話したがらなかった。が、それぞれ変化があったのは明白なこと。 ニーズはブルーオーブを持ち帰り、シーヴァスは新しい呪文を取得したらしい。それから、聖女ジードに竜族の杖を授かった。 俺は隼の剣を正式に自分の物にしたし、残るはサリサの帰りを待つばかり。 「ジャルディーノの奴は留守か?アイツも行ったり来たりご苦労なことだな」 「私はジャルディーノさんに助けられましたよ、お兄様」 「……。実は俺もだ」 「そうだったのですか…」 「ジャル?アイツもへそに入ってるのかよ」 「ジャルディーノさんは別のお仕事なのですよ」(にっこり) 食事しながらのなにげない会話がひどく懐かしく思えて、今更ながら帰って来た事を実感する。 「俺、今更だけど、少しランシールの町を見てくるよ。来た時はそれどころじゃなかったしさ。まだ見てない所多いんだ」 「そうですね。ランシールはアイザックさんには憧れの国でしたもんね」 「そうそう。親父たちにみやげとか買って送らないと…。じゃあな」 食事も手短にして、俺は町へと繰り出して行った。 その後で、ワグナスも席を立つ。 残った兄妹は神殿で過ごすことを選ぶようだった。 「だいぶ気分は良くなったか?」 「はい…。でも、肉は食べられないですね」 妹は苦笑して、兄に弱気な顔を見せた。 「そう焦るな。…体質も変化してるみたいだからな…。怖がるな。必ず、もしもの時は俺たちが止めてやるから」 「はい…。信じています…」 エルフの魔法使いは、帰って来てから思い詰めている姿を見るのが多かった。体調もあまり良くないらしくて、外にも出ていない。 ニーズはどこも問題なしだが、妹の傍に離れずについていた。 「……。大丈夫だ。ニーズのことも…、時間がかかっても、きっとお前の事を解ってくれるから。俺も話をするから」 「ありがとうございます…」 |
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同じ頃、閉じこもる少女の部屋を叩く者があった。 「シャルディナ?まだ出てこないつもり?シャルディナ…!」 無反応な扉に、彼は一人話しかけていた。 「どうして…。もっと僕らを信用してくれないのかな」 弓を装備している、亡きネクロゴンドの王子、リュドラルは悲しみに暮れて扉に呟く。 「悲しいよ。僕も、アイザックも。僕ら二人は君を守るために居るような戦士。君が望むなら、どんな道だって切り拓いてあげるのに…」 戦士の声は空しく廊下に響いて、返事は待っても帰っては来なかった。 |
何故ですか?何故…? 私には分からない。どうして私を選ぶの?私にそんな価値は無い。 彼の気持ちを信じていなかった。 きっと私のことなんて忘れると思っている。 あなたにはもっと傍に居て、一緒に戦えて、あんなにあなたを好きな彼女がいるじゃない…。 どうしてこんなに怖いのか、私は知らなかったのです。 遠い空で私を待つ、優しい兄のような人、あの人には何一つの怖さもなく抱きつくことができる。 でも、地上で戦うあの彼に、 私は抱きつくどころか、好きと言うことも、瞳を合わせることですら、怖いのです。怖いです…。 私は檻の中で震えていました。檻には名前がありました。 それは |