「さーて、どーすっかなー……」 明日は勇者の旅立ちの日だった。 町中がどこかどよめいているのに、自分も例外じゃない。 ・・・・・・・・以前の事もあるワケだし。 みんな緊張しているのが分かっていた。もちろん俺だっておっかない。祝いの準備をしながらも、皆どこかビクビクしているのは黙認の事実だった。 二年前の旅立ちの前夜には、ここは地獄になったんだ。そんでもって勇者の旅立ちは流れて、今になったワケだけど……。 「もっかい。こうなったら根比べで、頼みに行くかー」 そうとなれば、あの人の好物を買い込んでいざ出陣。 「こんっちわー!ニーズっさーん!勇者さまー!我らが誇る勇者さま!あんど美人なお母さーん!」 すでに誰が着たのか当然知る勇者様は、狙いを済ましてドアを叩き開け、見事に陽気な少年は挟まれる事に。 「何だよ」 「いやー、今日も男前っすねー。このしかめっ面がもうサイコー!」 腫れた頬を押さえつつも、めげません。 「ああっ!ごめんなさいごめんなさい閉めないでー!」 「だから何だよ!用件を言え」 少し開けて、勇者様は相変わらず面倒くさそうなのだった。アリアハンの顔とも言える、勇者オルテガの息子さんは、はっきり言って温厚な性格ではない。 「あのですねー」 「嫌だね」 「まだ言ってないのに!」 「はん。どうせアレだろ。一緒に行きたいとか言うんだろ」 「そう!その通り!ごめいさん!ここはひとつ……!」 「嫌だね」 言う度に口調はキツくなり、背中を涙の滝がドドーッと落ちた。 「お前ただ、ジャルの奴に連いて行きたいだけじゃねえかよ!知るかよそんなの!」 「そ、そーですよ。いいじゃないですか!連れて行って下さいよ!」 バン!!! 優しさのカケラもなく、黒髪の勇者は扉を閉めて拒否を決めた。 ……ああ、駄目なのかなぁー。強引について行くしかないかなぁー……。 勇者様の言う通り、俺の目的は僧侶ジャルディーノさんにあった。 あの人は特別だ。何てったって『特別』だ。 そのまま足は教会へと向い、毎日恒例、今日もあの神々しい姿を拝んで、その加護にあやかろう計画を実地します。 ニ年前、かの僧侶様はアリアハンへとやって来た。 当時十三歳の、赤毛が印象的な腰の低い少年。小さいし、強そうにも見えなかったし、腰も低いが、何が嬉しいのかいつもニコニコとしていて、笑顔は女の子にも間違った。 でもそれが、勇者の同行人に選ばれた、《王様認定の凄腕僧侶》。 みんな影では馬鹿にしていたし、町の悪ガキも少年をからかった。イシスの名だたる僧侶の息子とは言え、こんな子供に『魔王退治』もないだろうって、俺だってそりゃあ思っていた。……でも、俺は見たんだ。 本当にあの人は偉大だったんだという証を 二年前のこの日、俺は勇者の旅立ちに浮かれていた。 町も浮かれていた。 そこに襲ったモンスター達。俺はロマリアからアリアハンに行商に来た商人で、この辺よりも強いモンスターを見たこともあるけれど、あの日遭遇したモンスター達は別格だったんだろうと思う。親父も母さんも、俺を庇って死んだ。 動けなかった俺を助けたのは幼い赤毛の僧侶。勇者の同行人、僧侶ジャルディーノさんは俺の命の恩人になった。 見せたこともない厳しい顔をして、実はあの人はすごく強かったのだと知った。何より勇敢で、モンスターも恐れず、剣でモンスターを斬りつける。 そして威力のある魔法。 俺や町の人を気遣って逃げ道を作り、そういう時は人の指示もできる。 なんてすごいんだと思った。でもそれだけじゃなかったんだ。 勇者ニーズのところへと焦るジャルディーノさんを、少しでも補佐をしようと親父の形見の銅の剣を持って俺は追いかけた。後ろぐらいは守るつもりで。 ニーズの家には行かず、何故か彼は城下町郊外へとひた走った。 『何か』に気づき、少年は弾かれたように外に向かう。 俺はこっそり物陰から見ていた。あの人が銀髪の女と張り合うところを。 美人だけど、すぐに悪人だと俺は判別する。銀髪の女はそれはゾッとする様な微笑で彼と対峙していた。 会話までは俺の耳に届かない。けれど彼が赤く光るのが見えた。その後は振動でちじこまり、何がどうなったのかは解らない。 ただ、何か《すごい戦い》があったんだ。そう思った。 隠れていた、もう崩壊寸前の家が崩れて、俺は気を失った。 気がつくと、辺りは静かになっていた。 周りにモンスターはいなくなっていた。 そしてジャルディーノさんも倒れていた。 力を使い果たして、ジャルディーノさんはもう歩く事もできず、担いで勇者の家に俺は向かう。無事だった勇者の姿を見せるまで、彼は眠る事もできなかったのだから。 モンスターも、あの女もいなくなって・・・・・。 アリアハンはぎりぎりの所で命を繋ぎとめた。彼が追い払ったのだとしたら、それこそ、この国の救世主と言ってもいい。 暫く意識は戻らず、一週間くらい彼は昏倒を続け、毎日教会へと見舞いに行った。他にも見舞いに来る人は大勢いたが、誰もが彼を恩人だと感謝していたんだろうな。 この日一気に彼の株は急上昇。その襲撃以降、彼は更に町の人気者になる。 意識が戻ると、すぐさま体を引きずって、彼は勇者の家に訪れたと言う。 そこの家はそれから二人とも出てこなくなるんだけどさ。 毎日ジャルディーノさんは出かけて行った。食べ物などの差し入れを持って。 俺の方はと言うと、ジャルディーノさんに礼を言う前に、何故か受けたのは謝罪。 アリアハンを救った救世主であるにも関わらず、彼は人々に頭を下げてばかりで、救国も喜んでばかりはいなかった。 守れなかった者も多く、俺の両親も例外ではないが故に。 「ジャルディーノさんが、守ってくれたんでしょう。アリアハンを助けてくれたんじゃないですか。あの女から」 「見てたんですか・・・・」 彼の勇姿を語った。でも、彼は泣き崩れた。胸を張るべき偉業に首を振って。 「僕は『知って』ここへ来たんです。……でも、守れなかったんです。それだけの力があっても、使いこなせない僕が……。僕がもっと強かったなら、誰も死ななくて済んだんです……」 俺よりも幼い少年は自責の苦い涙を流し、俺ごときにまたしても頭を下げるんだ。 「知って?」 「……ごめんなさい。泣くのはずるいですよね。ナルセスさんは両親を亡くしてしまったのに。本当にごめんなさい」 「……んな、そんなの、ジャルディーノさんだってそうでしょうが」 この人だって母親を亡くしている。 しかも彼の母親は彼を生んだ時に亡くなったと言うじゃないか。つまりは彼に母親の記憶はない。 「すみません。あの日の事は、誰にも言わないでおいて下さい。僕は何もしていません」 言われたとおり、俺は誰にも話さなかった。 本当は話したくてうずうずしていたけど、辛そうな彼の顔を思い出せばできそうもない。国を救った英雄が、どうしてこんなに悔いているのか、それは未だに消えない疑問。 俺はおかげで(薄情かも知れないけど)そんなに落ち込むこともなく、むしろ感動の方が大きく、笑ってその後も生きる事ができたんだ。 逆に悲しむよりも、元気に笑っていたかった。 それ以来断固として憧れ崇拝する、ジャルディーノさんを見習って。 今日も教会に来れば、心温まるその笑顔が見ることができる。 「やっぱり断られちゃいましたよー」 「そうですか……、僕からも頼みたいのですけど、また今日も怒られてしまって……。僕じゃきっと聞いてくれませんよね」 「アイザックに協力頼むかなー」 「そうですね!アイザックさんとニーズさんは無二の親友ですしね!」 ほら、この笑顔!この優しさ。やっぱりついて行きたいって。 あんなに強いくせに普段はなんか可愛いしさ。女の子みたいな顔して。素直なのがいいよね。 また懲りずに頼むことにしようっと♪ またあのジャルディーノさんの勇姿も見たいしね。そして俺もいつか、あのくらいカッコよくなりたいもんだ。 その後直ぐに八百屋の息子、アイザックのにぎやかな家にお邪魔した。 なんかえらい前夜祭で盛り上がってたけど・・・・・・(汗) 住んでる共同住宅に帰れば、もうすっかり行く気で身支度を始めている自分が居る。 どんな世界が待ってるか、すんごい楽しみになるじゃないか。 今夜は、どーか平和に。モンスターなんか襲って来ませんように。 |