■勇者ニーズ■

『意志を継いで旅立つ勇者。
しかしその瞳には悲しみが消えず』



 自分の部屋で開放感に溜息をついた。
 今日も今日で、全くもって疲れた一日に終わった。戦士アイザックに僧侶のジャルディーノ、行商人のナルセス。よくもまぁ、毎日毎日付きまとってくれる。
 明日から、そんな奴らとの旅かと思うと、かなりうんざりしてるんだ。


 いつも通り、会話の無い夕食に、ただ食べ物だけを腹に詰め込む。
 重い空気に何も言うことができず……。
 きっと、明日の朝もそれは変わらないだろう。
 俺がいない間は、城の保護や、おせっかいな町民どもが母親の世話をしてくれる。俺がいなくても不自由も寂しさもない。

 俺自身にも、新たに生まれる寂しさは存在しなかった。


 深夜ベットに寝転がり、天井を睨みながら、どうしても忘れることのできない『悪夢』に寝返りを繰り返した。



     眠れない。

 ………眠れるわけが無かった。



 ニ年前の『悪夢』。
 それは国以上に、きっと俺こそが、深い消えない傷を刻み付けられた夜だった。
 睡眠を諦めて、窓から木を伝い外へ出て、俺は夜の町をひた走る。

 いつも行く町の外れ。この辺じゃ、一番背の高い杉の木の根元へと辿り着く。

 その根元を無言で掘った。
 そんな俺を見ている者は月ぐらい。今まで手も付けなかった、「約束の物」を掘り起こすため、土をかいて金属を掴んだ。
 青い宝玉の嵌め込まれた、シンプルな額冠。
 自分の汚い手に静かに納まって、埋まった宝玉は鈍い聖なる光を発していた。

 アイツとここに埋めた、いつか「勇者」になる時に付けるんだと話していた。



    これは「勇者の証」だった。



 近くの川へ移動し、土を洗い落とした。追いかけて上った月が水面に映り、木々のさざめきと共に揺れる。
 本当に、俺がこれを付けていいのだろうか。
 俺が勇者でいいのか……?
 額冠はその身をさらして、中央の宝玉は静かに青く輝くばかり。

「これでいいのか……。これでお前は許してくれるのか・・・・・
 川に映りこんだ自分に、応えるはずの無い問いを呟いた。映る姿は川の流れに揺れるだけで、永遠に答えなどは得られない。
 額冠を嵌めてみる。思わず一人で笑い飛ばした。



「似合わない」







「くそっ     !」
 慟哭が押しよせて、口から叫びに変わってしまいそうで、頭を川に押し込んでゴボゴボと空気を吐き出した。胸中の叫びは誰にも聞こえることはない。


    どうして、死んだんだ。

 消えない場面がまた繰り返す。
 俺にだって、守りたいものがあったんだ。
 他はどうでも良かった。俺なんかどうなったって良かったんだ。
 それなのに、どうして『俺』が残っているんだろう。

 濡れた頭をそのままに、俺は川辺に転がった。


 ………でも、行くしかないのか、俺は。他に何もできることがない。このままアリアハンにいても、母さんに何も出来ない。
 ずぶ濡れのままに帰り、ろくに拭きもせず横になって目を瞑った。
 夢でなら会えるのにな。いつでも【お前】に。





 暗い部屋。俺は自分に良く似た子供に声をかけられる。

「ねぇ、君は誰」
「……ニーズ……」
「えっ?君も……ニーズなの?」

「……、そう、ニーズ……」

「……そうなんだ……」

 小さな子供の夢。でも、つかまれた手はとても温かかった。
 まだ忘れていないその感覚は・・・・・


「同じだね」


 子供は本当に嬉しそうに笑った。
 同じだったのは、名前か、容姿か、手の温かさだったのか。

 会いたいよ。



 でも、もう会えない。
 目が覚めたら、俺が「勇者」になっている。
 お前が生まれた、記念の日。

    もう朝はそこまで来ている。












いきなりプロローグから長くてすみません。
最初から伏線も多いですが、本編にも読み進んでいただけたら光栄です。
賢者ワグナス、魔法使いシーヴァス、僧侶サリサのプロローグも番外編として置いてあります。
良ければそちらも覗いて下さいね。
読んで下さってありがとうございました。

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