今日の朝の祈りは、明日からの旅立ちの無事を。 ニ年もの間悩み苦しんだニーズさんがいよいよ旅立つ。そう思うと胸は弾み、勇者宅へ向かう足取りも軽いです。 いつも昼過ぎに伺うのですが、幸運なことに道すがらニーズさんとばったり出会うのでした。これぞまさに神様の思し召しですね。 「ニーズさん、こんにちは!」 ニーズさんは昼食にパンを買っているところでした。お母さんの分も合わせて。勇者様はとってもお母さん想いな優しい人なのです。 その店のおばさんが、僕に気づいて挨拶をしました。 「ジャルディーノちゃん、焼きたてなんだよ、いっちょどうだい〜♪」 いつも親切にパンを薦めてくれる方です。 「あっ、ありがとうございます。美味しそうですね」 「こっちはね、新作なのよ〜。食べてみて欲しいわ〜」 「あっ、はい。頂きます」 「ジャル君、君の好きなジャムパンが今焼けたよ〜」 奥からおじさんも出てきました。いつもお世話になっています。 いつの間にか山積みにパンを抱えて、そんな僕をニーズさんは呆れた様に見つめていました。 「また買わされやがって。断るってことを知らないのかよ。…で、何か用」 歩き出しながら、ニーズさんは訊ねる。危ないです、うっかり、目的を忘れてしまうところでした。さすがニーズさんなのです。 「はい。明日いよいよ出発なので、ご挨拶に行こうと思いまして」 「いつも来てんじゃないかよ。ってゆーか、毎日」 「そうですけど、やっぱり明日ですし。はい……」 「……なんでそんなに嬉しそうなわけ?」 「だって、それは……、嬉しいですよ。だって、明日からニーズさんと旅に出れるんですよ?嬉しくってたまりません!」 ボカ。頭の横を殴られました。痛いです。 「すみません……。でも、あの、どうか、あの、連れて行って下さいね。お願いです」 「そのためにイシスから来たんだもんな。解ってるよ。悪かったな、ニ年も待たして」 ・・・・・ボト。 パンの袋を落としました。 「そ、そんなっ!あの、いいんです!すみません!そんな意味で言ったんじゃないんです」 大変な誤解をされてしまいます。そんなことを気に病まれたら困ります。肩を掴んで必死に僕は弁解しなくてはなりませんでした。 「僕の方もまだ未熟者で、ニ年経ってもまだまだ未熟者で。悪い事なんて何もないですよ。一緒に連れて行ってくれるなら、本当に本当に光栄なんです」 ニーズさんは眉間にしわを寄せ、明らかに怒り出す寸前でした。た、大変ですっ。 ……そうなのです。 僕はニーズさんにいつも叱られて、叩かれてばかりなのでした。よく「むかつく」って言われます。 「どうしてお前はそうなんだよ……。わかってるよ。悪かったよ。ほら」 しかし、意外なことに落としたパンの紙袋を拾い、僕に渡してくれた。彼の背には眩い太陽が後光のように射していた。 「明日からよろしくな」 か、感動です……! いつも僕の至らなさに怒ってばかりいるのに、こんなに優しくしてくれて。だから大好きです。だからニーズさんが大好きなんです。 「ありがとうございます!ニーズさん大好きです!」 全身で心を込めて笑うと、そのままニーズさんは90度に後ろに倒れてしまいました。 「だ、大丈夫ですか!いきなり倒れるなんてどこか……」 ベシッ。 額を思い切りはたかれました。とっても怒った顔です。どうしよう……。 「だからお前が嫌いなんだよ。いらないこと言いやがって」 「い、いらないこと?何か言いましたか」 立ち上がって土をはたきながら、いつもながらすごい剣幕の勇者様。尖ったオーラがちくちく僕を刺して痛い。 怒るニーズさんに困っていると、不意に名前を呼ばれ僕は振り向いた。 「よー、ジャルディーノじゃねえかよ。いいの持ってるじゃねえか」 道端の反対側から、現れたのは僕と同年代の三人組。アリアハンに来た当初からお世話になっているので、僕は笑顔で挨拶を返します。 「俺たち丁度腹が減ってるんだよなぁ〜。なんかいい匂いがするぜぇ」 「あ、お腹が空いているのですか?よろしければこちらのパンいかがですか?美味しいですよ」 「へっへっ。いつも悪いなぁ。ジャルディーノぉ」 彼らに買ったばかりのパンを渡そうとすると、その手を勇者の手が遮った。 「もう、コイツらに金貸すなって言っただろ。まだこんな事やってんのかよお前は。何処までおおボケなんだ」 怒りはやはり僕に向けられたままで、でも怒られる理由が分からずに、僕はまばたきを繰り返す。 「お、お金は貸してませんよっ???」 「そうだよ。引きこもり勇者は帰ってママと仲良くしてろよ」 三人組を蹴り飛ばし、横暴さに彼らは文句を言いながら離散していきます。 「相変わらず、いいようにタカられてんじゃねえよ。アイツらはお前の友達なんかじゃない。いい加減に気づけ」 以前も、こうして怒ってくれたことがありました。今の人たちがお金に困ったと言うので少しながら貸してあげていたのです。 返ってこなくても僕は良かったのですけれど。 でも、僕のために言ってくれている事です。ありがたいことでした。 「お前のせいで、すんげー疲れたよ」 「すみません……。あ、僕パン持ちますよ」 慌ててしまったせいか、転んでパンを潰してしまう僕・・・・・・。 「てめぇもう帰れ」 ・・・・・またやってしまいました。どうしていつもドジなのでしょうか……。 しょんぼりと帰って、夜も一人、教会でお祈りをしていました。どうか、みなさんの足を引っ張りませんようにと……。 こんな事、祈ってはいけないんですけれど。 祈りの前に、自分がしっかりしなければ 不意に、外から知らない男性が僕に語りかけてくるのでした。 窓越しに、それでも不思議と良く通る優しい声色で。 「いよいよですね……。頑張ってくださいね。勇者を守る僧侶さん」 「……どちら様ですか?」 窓に手をかけて、僕は相手の姿を探した。 「いえいえ、通りすがりの名もなき好青年ですよ。私も勇者の一ファンなんです」 「そうなんですか。僕もニーズさん大好きです」 「イシスからアリアハンに来てニ年ですか。あなたのおかげでアリアハンも、こうして立ち直りましたね」 「・・・・・・・・・・・・・・」 窓を開けてみました。姿は見えません。この人は僕を『知って』いました。 そして僕も『知って』いました。 「貴方ですね。ニーズさんを見守っていた人……。僕は何も、何もしていません」 「ご謙遜が上手ですね。貴方がいなければ、アリアハンは失くなっていた」 好青年さんは、褒めてくれていました。でも、僕はとても、とても受け入れる事ができませんでした。まだ全く足りていないのです。 まだ自分のできる事を果していない 声の男性はそのままいなくなりました。 きっとまた会うでしょう。あの人はいつも勇者を見つめているから。 窓を閉めて、僕はまた祈り始めました。 ……お父さん。兄さん。お元気ですか。 僕は、明日旅立ちます。心配をかけています。 でも、送り出してくれた、信じてくれる事に感謝しています。 お守りの赤い石を握り締めて祈ります。どうか、僕の側にいて下さい。 どうか、僕が一人でも多くの人を守れるように。出会えるように。愛せるように。 信じる勇者の、力になりたい。 どうか、勇者に加護がありますように。 旅立つ明日はもうすぐ来ます。 明日の太陽に僕は希望の光を見ます。 |
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