DRAGON QUESTV _to divide story
プロローグ〜旅立ちの前日
■戦士アイザック■

『黒い髪、黒い瞳の「信念」の少年。
アリアハンで暮らす、「勇者」に憧れた戦士』



 いよいよ明日、勇者は旅立ちを迎えようとしていた。
 飛ぶように起きて、いつもの様に親父の畑仕事の手伝いをし、それから週に一度の新聞配達に取りかかる。更にその後で牛乳配達に荷車を引き、母親に頼まれていた朝市にでかけ、魚や肉をしこたま買い込むと自宅に運び冷蔵庫にしまった。
 日常の仕事を終えた後、朝飯を食って町外れの『勇者の家』に出かけて行く。

「おーい!!朝だ!起きろー!!!」
 ドドドドドンッ!
 激しく玄関を叩いた後、庭木を登って勇者の部屋の窓を叩いた。寝起きの悪い低血圧の勇者のこと、このくらいでは絶対起きない。
「今日も町内一周マラソンと打ち込みと水泳とやるんだから!寝てる暇なんかないぞ!起きろニーズ!」
 窓を開けて(すでに鍵は壊れている。って言うか俺が壊した)部屋に入り布団を剥ぐ。そこにはあからさまに不機嫌な、勇者の寝ぼけ顔が俺を鬱陶しそうに睨み上げていた。
「うるせーな……。いつもいつも……」

 勇者オルテガの一人息子。アリアハンの誇る勇者の後継者。
 それが朝にすこぶる弱いニーズの肩書き。
 俺と同じ黒い髪に、瞳は青。寝起きは特にいつにも増して機嫌が悪い。
「起きろよ!!」
 二度寝しようとするニーズの布団を再度剥いで、ジト目を全く気にもとめずに仕切り始めた。
「ほら、だらだらしない!」
 腕を引き上げベットから引きずり下ろし、着替えを指示して俺はそのまま階下に挨拶に降りていった。


「おはようアイザック君。今日もありがとうね」
 いつものんびり、息子の起床を待っている、母親のエマーダさんが下の台所で悠長にお茶を飲んでいた。
 母、息子揃って、黒髪に青目の細い体つき。ニーズは明らかに母似と言えた。

「おはようございます。今日はいい魚があったんですよ。おすそ分けしますね」
 玄関に置いて来た袋を持ってきて、魚とうちで採れた野菜と、母さんが作った漬物とをテーブルに並べ、説明する。
「毎日、ありがとう。いつも感謝しています。おうちの方にもよろしく伝えて下さいね」
 ニーズの母さんはうちの母さんと同じで、あんまり体が良くない。昔はそうでもなかったみたいなんだけど、ニーズを生んだ辺りからとか何とか    

 昔は力のある魔法使いだったと言う事で、時々魔法を人に教えたり、文字を教えたり、無理のない程度に先生みたいな事をしていた。
 ニーズと同じで、あんまり外には出てこないし、あんまり人と付き合わない。
 二人とも、一時期は全く外に出てこなかった時期もあった。

     その頃から、俺は毎日この家に通っている。



 ニーズの奴がもたくたと着替えている間、エマーダさんが出してくれるお茶を、いつものように飲んで俺は勇者を待つ。
「いよいよ明日ですね。勇者の旅立ち。十八の誕生日」
「そうね………」

       なんで       、いつも 、
 この家は寂しい感じがするんだろう……。


 湯飲みから立ち昇る湯気の向こう、女性の横顔は今日もやはり影を持つ。
 勇者の旅立ちなんて、もっと盛大に祝ってもいいものじゃないか?国の無関係な一般市民の方がよっぽど浮かれて騒いでいる。
 旅立ちを喜んでいないのは、当の勇者にしても同じこと     


 俺は、このアリアハンの出身。ニーズも同様にアリアハン生まれのアリアハン育ち。
 いつも聞く勇者オルテガの話に憧れ、いつか自分も勇者になりたいと思っていた。勇者オルテガは殆どこの町にはいなかったけれど、英雄譚はいつも何処でも聞くことができた。
 その勇者の家族だって俺には特別だった。家を良く覗きに行ったし、ニーズとも友達になりたかった。エマーダさんからも話を聞いたりしたかったんだ。

 でも、エマーダさんもだけど、ニーズも体が弱いと言って、ほとんど家から出て来ることが無く、たまに見かければ、「ありがとう。でも、ごめんね」と言って、微かに笑って帰ってしまうんだ。
 エマーダさんにオルテガさんの事を聞けば、「町の人の方が良く知ってるわ」なんて遠まわしに断られてしまう。

     おかしかった。

 世界に誇れる勇者の家族がなんでこんなに暗いんだと。
 常に俺は疑問を抱え、この二人を見つめ続け、羨望は増すばかりだった。



 それでも、オルテガさんの死が伝えられ、ニーズは意志を継いで旅立つことになった。ニーズが十六歳の誕生日に。
 ついて行きたかった。勇者の旅について行きたかった。それを夢見て剣も練習していたし、外で適当なモンスターだって一人で倒せた。
 でも、同行する面子はすでに王様が決めてしまっていた。その時俺は十四だったし、王様の選んだ戦士達の方が断然強かったんだ。

    年なんて、理由にならないな。
 同行に選ばれた僧侶は俺より二歳も年下。幼くとも、誰もが認める力を持つ偉大な僧侶だと称されていた。……悔しかったな、弱い自分が。


    でも、ニーズは旅立たなかった。
 事実は、『旅立てなくなった』だが。
 旅立ちの前夜、アリアハンは未曾有のモンスターに襲撃されることになる……。





 見たこともない凶悪なモンスターの大群がこの町に押し寄せ、アリアハンは事実上半壊状態に陥った。
 襲撃の後、勇者の旅立ちを祝う余裕など誰にもなく、同行する予定だった勇者の仲間も僧侶一人を除いて皆殉職。
 ニーズもエマーダさんも負傷、家に閉じこもり、カーテンも閉めたまま、買い物にも出ていないようで、二人がそのまま死んでしまう恐れを感じた。
 俺は野菜などの食料を持って、何度も何度も見舞いに行った。

 訪問はずっと無視され続け、城の使いの者なんかも何度も門前払いされ、二人は頑なに姿を隠した。


      ある時いてもたってもいられなくなって、庭の木を登り、ニーズの部屋だと思う窓を叩き壊し、俺は強引に部屋の中に入ってしまった。

 自分でやったのか、荒れ放題な部屋の中、ベットに死んだようにもたれ寝ている奴を見つけた。痩せこけた少年に無理やり食事をさせて、同じように下の部屋で倒れていたエマーダさんにも食事をさせて、必死で説教したもんだったっけ……。

 二人ともが、どうにもこうにも「生きていてもしょうがない」、そんな風に絶望しきっている様子で……。俺はニーズに掴みかかって、激しく肩を揺さぶって怒鳴った。

「お前が旅立つって決めたんじゃないかよ。母さんは大事にしてたじゃないかよ!いいのかよこんなんで!なぁっ!」
 ニーズは死んだ瞳で無反応だったが、『母親』という言葉には反応をする。
「母さんは、守らなきゃならない……」
「そうだろ!」

      それから、ニーズは動き出した。
 毎朝通う俺が来れば無表情ながらも応対して、食料を貰っては戸を閉めた。
 何ヶ月かしては取ってつけたように礼も言い、「返す金がない」と言えば、「そんなん欲しくて来てるんじゃない」と叱りつけ、ちゃんと母親の面倒を見るように言って聞かせた。
 俺の言葉は届いたのか、ニーズは静かに頷いた。

 実は母親の方が精神的に重症であり、息子は一人、絶望に伏せる母親の世話を懸命にやいていた。人目を避けて夜に洗濯に出かけ、家の掃除も奴が行う。料理は簡単なものだったんだろうが……。


 襲撃から半年以上経ったある日、
 昼間外でニーズの姿を見つけ驚いた事があった。

 昔から、あいつが何故か良くいた町外れの杉の下。
 俺も座り込んで声をかけたら、初めて、あいつが俺を見た気がしたんだ。
 きっと初めて、青い瞳は俺の顔を真剣に映し揺れたと思う。

「お前、強いのか」
 唐突な質問は、子供の自分には到底真意がわからなかった。でも、「弱い」なんて言いたくなかった俺は、熱く夢を語る。
「強いよ」
 右手を握り締めて、自分の顔はどこか嬉しそうだったに違いない。
「俺より強い奴はいっぱいいるさ。でも、俺は負けたくないんだ。明日はまた強くなるんだ」
「何のために」
「守りたいものがあるんだ!」
 夢があった。なりたい自分の姿が俺にはあった。

「いつも自分に誇りを持っていたいんだ。今日は負けても、明日は勝つさ。そうやって前を見て生きていきたいんだ」
……………………
 ニーズは杉の幹にうなだれて、多分見慣れていない空を仰いだ。

「守りたいものは、……もういない」
「何言ってんだ。母さんは?エマーダさんがいるだろう?」
 それには答えずに、「でも、母さんは、守らなきゃならない」独り言のように、その口は言葉をもれ落とす。

「アイツのために……。意志も、残ってる。旅立たなくてはならない……」
「そうだよ。お前、勇者なんだよ」
「アイザック、だったよな……
 ちょっと、驚いた。久し振りに名前を口にされたせいで。
 その後の言葉は、今でもずっと忘れられない。無気力だったニーズの、久方に聞いた力ある言葉。


「俺に剣を教えてくれ」


 ………………。
 教えられるほど、強かったわけでもなかったけれど    ……




 俺は前以上に奴の家に通い、剣の稽古に励み始めた。
 朝は叩き起こして差し入れして、色んなとこに引っ張り出して。
 ひ弱なアイツを鍛えるためにメニューも考えたし、アイツが金づちと知れば海へも駆り出し泳ぎの練習も繰り返した。
 一緒に城の訓練に参加させてもらったり。個人でもきっと努力していた。
 文句とは言え良く喋るようになったし、外にも出てくるようになった。

 その内エマーダさんもつられて顔を見せるように変わり、王様から勇者として期待されているニーズに使いが何度も現れ返事を求めた。
 母親が外に出れるようになった事で、ようやく返事を返したらしい。

「十八歳の誕生日に旅に出る」、と     



 その日のうちに家に駆け込み戸を叩いた。
 今なら一緒に行ける気がしたんだ。
 その日からニーズの誕生日まで何ヶ月も余裕がある。何度でも、しぶとく頼んでやろう。それまでにまた強くなる。

「そんなに来たいなら、来ればいいじゃん」
 頼めば、存外ニーズはあっさりしていて戸惑った。
「………………!???そ………!そんなんでいいのかよ。仮にもこれからの旅を左右するだろう勇者のパートナーだろ?真剣に決めてくれ!」
 俺の熱意に負けたと言うよりは、面倒くさそうな物言いに抗議する。

「………。そんなこと言ったって、お前、来たいんだろ?それが夢なんだろ?」
「まぁ、……うん……そうだけど」
「他に…、国王なんかの選んだ大人も気に入らないし、まだお前の方がいいよ」
「お前の方がいいって何だよ!」
「だから、うるさいな。勝手に来いってば」
 怒りに震え襟首掴んで揉み合うと、奥からエマーダさんが仲裁に手を伸ばしてくれる。
「アイザック君がいいって、王様の申し出を断ったのよ」

「なんだって〜〜〜〜!?」

 信じられなくてニーズの顔を至近距離で見ると、「けっ」と吐き捨てて俺の感動を一瞬にして殺してくれた。
「アイザックの方がまだ使えるって意味で言ったんだよ。深い意味はない」
 その後たまにする五分ぐらいの取っ組み合い。
 喧々囂々(けんけんごうごう)揉めながら、なんだかんだで俺の意図を汲み、同行を認める勇者に心中で感動していた。


 そんな    旅立ちの日がいよいよ明日に迫っていた。
 今日俺の家では盛大に門出式が開かれる。

 随分時間を浪費して、眠そうにニーズが一階の居間に降りてきた。
「行ってきます」
 ぼーっと飯を食べ、しゃっきりしないまま家を出る。
「行ってらっしゃい」

「なぁ、ニーズ。今日うちで門出式やるんだよ。勇者も呼べって言われててさ」
「……はん?お前ん家がいかにもやりそうな事だなー。嫌だよ。だってどうせ大根だろう?野菜鍋とか……」
「大根だよ。そして鍋だよ」
 我が家の祝いの場には、『大根の味噌汁』がつき物だった。うちの親父が好物だったせいで。

「今日は、一人でいたいんだって。そっとしておいてくれ」
 期待はしていなかったけど、その誘いは拒否された。
 今日はあんまりぼやかないなーと思いながら、いつものように体力作り。
 いつもだいたい昼までで終わり、俺は店(八百屋)の手伝いとか町内会の手伝いとかゴミ拾いとかに移るのだった。


 別れ際、右手をさし出す。
「じゃあ、また明日。明日からは《勇者の仲間の戦士》としてよろしくな!」
 ためらうニーズは高くなった太陽の下、大げさなため息をついて右手を重ねる。
 ……まあいい。俺は満足そうに微笑んで背を向けた。

 いよいよ、明日から始まるんだ。待っていた旅立ちの日がやっと来る。新しい世界が開けようとしていたんだ。
 期待ばかりが膨らみ、俺は興奮が止まらなかった。



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