「呪われた村」 |
+NEEZ+ |
ロマリアは都会だが、そこから随分北へ向い、カザーブは山間に小さく開けた村になる。カザーブはナルセスの彼女、アニーの暮らす村に当たった。 ロマリアを旅立ち、北へ向った俺たち ジャルディーノが行ってみたいと発言したのが大きな理由だった。 カザーブまではアニーも同行していたが、村に彼女は帰還している。 ここら辺まで来ると、すっかり田舎というか山の中と言うか、森しかないと言った背景に落ち着く。 「ナルセス、お前、ここに残ってもいいんだぞ。彼女できたんだし」 外意味は優しさを気取って、本心はていのいい厄介払いだったんだが・・・。俺の発言はあっさり跳ね除けられたのだった。 「何言うんですか!ニーズさん。嫌ですね・・・。まだまだ、そんな事じゃ男の夢は止まりませんよ!」 夢だったのか。ジャルは。ジャルディーノを追いかけるのは「男の夢」らしい。 「いつでも会いにいけるようにキメラの翼も買ったし、心配ないですって」 使用者の記憶に残る場所へと、瞬間的に移動できる魔法道具。離れた恋人にすぐに会えるように、ナルセスはキメラの翼を何枚か買い込んでいた。 「結構高いのにな、キメラの翼」 「ちょっと値切ったけど〜」 カザーブにも奴の知り合いが多いから、うまいこと言ってまけてもらったようだ。 ほんと調子いいよな、ナルセスの奴は。 嬉しそうに袋にまとめて、荷物の中に押し込んで背中に背負う。 そんな準備をカザーブでしてから、俺たちは目的地ノアニールの森へと出発する。 ノアニールの森は鬱蒼として、昼なお暗い。 人の手は一切無いせいか、なかなか進むにも苦労をさせられてしまった。モンスターも強くなっている。 ノアニ−ルまでの道も、もはや森が侵食していて道とは到底言えなくなっていた。道だったであろう痕跡を辿り、カザーブを出てから三日。目的地の村に到着する。 第一印象は・・・・、以外にきれいで面を食らった。 もう何年も死した村のはずなのに、荒れ果てた様子もなく、道端に雑草も生えていない。しんと静まり返り、もちろん人は皆石像。風と森のざわめきしか聞こえてこない。 ノアニールの村は、妙な静寂に包まれて俺たちを待っていた。 不思議な感覚がする。エルフの呪いのせいか……。 「本当に石になってますね……」 一人の村人に触れ、ジャルは心配そうに呟いた。どのくらいの時をこうして石像と化して過ごしているのか。 「…エルフ、いないよなぁ……。どこかに隠れてるのかな」 アニーの話では、村にはエルフがいると言う。この村を監視し、迷い込んだ人間を追い返すらしい。 「探してみよう。気を抜くなよ」 アイザックに言われ、村を見回ってみる事に決めた。見れば見るほど村人ぜいは全て石に変えられている。造形としては見事なものと言えるが・・・・・。 本物の人間を石にしてしまったのだから、…まぁ当然なのだが。 各家を回る中で、一つだけ、生活感の残る小屋があった。 村のはずれの小さな小屋で、他の家とは違い、桶に水も汲まれているし、カーテンも開いている。食べ物も新鮮な状態で保存されているようだ。 各民家に不法侵入していた俺たちは、警戒しつつも同じようにその家を調べた。 どうやら生憎の留守。暮らしているのは衣服からして女。 「・・・・誰か住んでるな。コレ。茶もある」 「例のエルフじゃないかなぁ。・・・まずいんじゃないの。帰ってきたら俺たち皆呪い殺され・・・いやいや、ここで張り込みします?」 情けなく、びびりながらナルセスは言う。 「いや、探しに行こう。お前とジャルは留守番な」 「あ、はい。そうします」 「何かあったら騒げよ」 「はい。そうします」 「くれぐれも、警戒しろよ?いいな。すぐさま信用するなよ。ナルセス見張ってろよ」 「は〜い♪」 お目付け役の商人は大きく手を挙げて返事したが、いまいち不安だ。 俺はアイザックと二人、少しの間近くの森を周ってみることにする。 暫く森の中の探索が続く。 余りに静かで、エルフもいなければモンスターも出てこないが……。 「アイザック……?」 そう言えば静か過ぎるな、と振り返れば、木に手をついてうなだれている奴の姿があった。 「……なんだよ。疲れたのかよ」 珍しいこともあるもんだと思った。一番頑丈な奴が。 「……違う。なんだか知らないけど、すっげー眠いんだよ。おっかしいな。しっかり寝たはずなのに」 「眠いだ?」 また珍しいことを言う。俺じゃあるまいし。 ・・・・・・まてよ。 また少し森の中を散策して、俺は「はた」と振り返った。 後ろにアイザックの姿が見えなくなっていた。邪魔な植物をかき分けて、俺は引き返して仲間を探す。 嫌な予感がして、俺はアイザックを戻って捕まえる。 奴は不自然なくらいにぐったりしていて、歩けないのか森の木にもたれかかっていた。 「おい!寝るなよ。寝たら死ぬぞ」 半分冗談ではなく……。 「…うっ…ニーズ、やばい。本気で寝そう……」 「コラッ!馬鹿!寝るな!寝たらお前の1000G使うぞ!嫌なら寝るな!」 それでも、睡魔に負けそうな貧乏性戦士。これでも起きないとはおかし過ぎる。 「まだ寝るなよ!戻るぞ!」 かろうじて半目を開けているアイザックを背負い、俺は村の小屋へと引き返していた。重いアイザックを半分引きずり文句をブイブイ垂れ零しながら。 「おいっ!ジャル!ナルセス!」 やっとのことで戻ってくれば、嫌な予感は的中し、テーブルで突っ伏して寝ている二人の姿がある。 「おいコラ!起きろ!起きろってば!」 もう、外の入り口でアイザックは寝果てているし。ナルセスはいくら叩いても気持ちよさそうに寝ているし。頼みのジャルディーノはうっすら起きていたが、何か言おうとして、そのまま椅子から倒れて眠りに落ちた。 「・・・・・・どうなってるんだ・・・」 これが呪いか。どうして俺だけなんともないんだ。寝ることなら、俺が一番かかりそうなものを。 少しの間途方に暮れた俺は、外の気配に戦慄し、弾かれたように振り向いた。 「大丈夫ですか。起きて下さい」 女の声だ。エルフかも知れない。外のアイザックに声をかけているんだろう。 俺は剣を持って外に飛び出し、すでに戦意をむき出しにして吠える。 「おいお前!どういうことだ!説明しろ!」 アイザックの横に座って様子を見ていたエルフの女に、剣を突きつけ俺は叫んだ。少し紫かかった銀髪の、若いエルフの女が俺をゆったりとして見上げる。 黒い尖った帽子を被り、草色のマントに身を包む。 折れそうな細い肢体のエルフ 「貴方は平気なのですか」 動じず、立ち上がると女は部屋の中を覗き見た。二人倒れているのが見えた事だろう。 「このままでは、三人は石になってしまいます。早く村から移動させないといけません」 「なに……!」 移動?移動といっても、三人も担いでは行けない。 ・・・・・・・・・。そうだ、アレが使える! 咄嗟に俺は、ナルセスの荷物からキメラの翼を引っ張り出す。 使用者の記憶に強い場所に瞬時に移動できる魔法の道具。三人とも外に引きずり出し、キメラの翼を使おうとする。 「こちらも持って行って下さい」 エルフが仲間の荷物を持ってよこす。すぐさま俺はカザーブに飛んでいた。 |
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つい先日出てきたばかりのカザーブの村。その入り口に俺たちはドサドサと降って来た。 なぜかエルフの女もいた。 ・・・・しまった。エルフが離れる前に使ってしまったかも知れん。 しかし、そんなことは後回しにして、俺は三人の頬を強く叩く。 「すみません。彼らは、もう目覚めません」 「なに」 申し訳なさそうに、謝るエルフを俺は睨みつける。 「外に出たら起きるんじゃないのか。どうやったら起きるんだよ!」 俺は女だろうが容赦はなく、怒りをそのままにぶつけていた。襟首を掴み、乱暴に揺さぶる。 「言え!どうしたら起こせるんだ!」 「……エルフの女王が目覚めの粉を渡してくれれば……」 少し怯えて、細い声でエルフは答える。 「女王?よし。案内しろ」 「・・・・里に行くと言うのですか」 驚くエルフ。そこへ村人が集まってくるのが横目に映った。 「エルフだっ!エルフがいるぞ!!」 「大変だ!この村も呪われる!」 村人はエルフの姿に怯え、悲鳴を上げて武器を手に集まろうとしていた。この村の者はノアニールに近く、最も呪いに恐怖を感じていたんだろう。今にも手に取った武器を振りかざして襲い掛かりそうな勢いだ。 「お前、呪いとかかけるのか」 しかし、そんな騒ぎも面倒臭い。俺はエルフに確認していた。 「かけません。私は人を憎んではいないのです」 動揺する村人を横目に見つつ、俺は鋭く問いた。俺に 「おい。大丈夫だから、アニー呼んでくれないか。武器屋の娘だ!」 アニーが来てから、簡単に事情を話し、暫く三人を預かってくれと頼んだ。 「そ、それはいいけど……。だから止めたほうがいいって言ったのに……。本当にエルフの里に行くの?本当に呪い解けるの?」 「解いてもらうんだよ。何が何でも」 アニーや、彼女の親の力も借り、三人を彼女の家に運んで寝かせる。寝顔だけ見ればいつもと何ら変わらないのに エルフの女も、戸惑いながらも俺の傍で様子を見つめていた。 「すみません。私が席を外していなければ、すぐに帰るように忠告できたのです。眠ってしまってからでは遅いのです」 「いいさ。すぐに呪いは解いてもらう」 寝ている三人の顔をもう一度見直し、俺はいつにも増して厳しい顔つきに変わってゆく。すぐさままた、ノアニールまでキメラの翼を使わせてもらう。 ナルセス悪いな。せっかく買い込んだもの、使わせてもらうぞ。 こんな時に、悠長に森を行ったり来たり歩く気の余裕は無い。瞬時に移動できるキメラの翼が非常にありがたくあった。 心配そうなアニーに、挨拶も簡単にノアニールに戻る。 村人が石化した村に降り立ち、ひと呼吸もすると俺は更に西の森に向って体を回転させる。 「すぐに里に向うのですか」 「そうだ」 俺はむっつりと、エルフと共にすぐに出かける意志を伝える。 もうじき日が暮れるが、そんなことはどうでもよかった。 たいまつを灯し、深夜の不気味な森を問答無用でこじ進んでいく。 エルフの呪いの漂う不気味な森。炎の揺らめきに、俺とエルフ二人の影がゆらゆらと木々に照らされる。深い森で空は伺えなかった。月も見えない。 自然のまま、伸び放題の草木、蔦は通るには邪魔で、剣で掻き切ろうとするとエルフに止められる。 森の木々を傷つけては欲しくないと。 仕方なく、俺は鞘のつけたままの剣で道を開きつつ進んでいた。 「・・・・心配なのですね。大事な人達なのですか」 心配……?エルフの言葉に俺は自問していた。 あんな奴ら放っておいて、石にでもして、そのほうが面倒臭くないんじゃないか。 「エルフの呪いで石になりました」って、伝えに行けば……。 行けないだろう・・・・? アイザックの家族に、どんな顔して伝えに行くんだよ。あの家なら、親父なんか、敵討ちにここへ乗り込んでくるさ。ナルセスには家族はいないけど、アニーに何て言う? ジャルの家族もイシスにいる。会ったことはないが、大事にされてることは確かだ。 どうして俺は平気なんだろう……。 俺なら、悲しむ奴なんていなかったのに。 「俺は心配なんかしてない。あいつらには心配する家族がいるんだ。だから起きてくれないと困るんだよ」 「・・・・・・・・・。貴方にはいないと言うのですか」 帽子を押さえながら、エルフは不思議そうに訊く。 「いないな。誰もいない」 「・・・・・・・・。あの人達なら、悲しむのではないですか。貴方のように、必死に私に噛み付いてくるのかも知れません」 「・・・・・・・・・・・」 いらないことを言うエルフだった。 ジャルは心配するだろうが、あいつは誰にでもそうだ。ナルセスも・・・、必死になるかどうかもわからないが。アイザックは・・・俺の代わりにバラモス倒してくれるかもな。 「貴方は、勇者なのですか」 心底、エルフの魔法使いは余計な事を聞いてくると舌を巻いた。 「そう、呼ばれていました」 「……そう、かもね」 決して後ろは振り向かず、俺は一人ズンズンと森を急行してゆく。方向が違えば後ろから「違う」と言ってくれるだろうと勝手に信頼して。 「勇者オルテガを、知っていますか」 俺はうっかり、エルフの問いに一瞬立ち止まってしまった。 「……皆知ってるよ。有名人だからな。でも、もう死んだよ」 「 声が震えている。エルフは立ち止まり、一歩も進もうとはしない。いや、撃たれたかのようにエルフは動けなくなったんだ。 「…なんだよ。そんなにショックなのかよ。オルテガのファンか?エルフなのに」 仕方なく、エルフの所まで戻る。つばの広い帽子からはその顔が伺えなかった。照らすモノは松明の灯りしかない中、それでもエルフの震えははっきりと伝わって来る。 「火山に落ちて死んだんだってさ。もう、何年か前の話だ」 「・・・・・・・・・・」 なんなんだ。余りに心砕かれたような、その態度は。理解できない……。 「・・・・お父様・・・・」 女の頬をひとすじ、涙が伝って落ちる。 「お父様・・・・・?」 聞き間違いか。聞き間違いと思いたい。 「勇者オルテガは、私の父です」 聞き間違いとの願いは届かずに、今度は俺が何かに打ちのめされる番だった。 |
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俺は何も言えず。女も何も言わず。 ただ時間だけが過ぎ、やがて森を歩く疲れも限度に達した。 杖に呪文で灯りを灯し、土に立て、今晩はここで休む事にする。 エルフの女も同意を示して、同じように向いに座って沈黙していた。 ・・・・言うべきなんだろか。オルテガの事を。 母さん以外にもそんな相手がいたなんて。面食らっても、けれど、自分には無関係だと思った。 ・・・・母さんに言ったら、どう反応するんだろうか。 アリアハンに残る母親の姿を思い出して、不安がよぎるのをうっすらと感じる。 妹になるんだよな。多分……。あいつは喜ぶんだろうか……。 俺はじっとそのエルフを見つめている。確かにどこか似てるのかも知れない。 「ニーズさん。他には、何か知りませんか、お父様の事。私のお母様も、お兄様も、行方不明なのです」 「・・・・兄・・・・兄貴もいるのかよ」 また面食らって、俺はすっとんきょうな声を上げてしまった。母以外の相手との子供が二人もいるなんてどういうことだよ。 「母は、父を探していたはずです。兄は、人の魔法使いに攫われてしまったのです」 「……いや、悪いけど。知らないよ」 親父のことも無関心な自分は、エルフを喜ばせることができなかった。 「黒い髪の、魔女だったと母は話していたのです。兄も、母も、もういないのでしょうか」 そんなのは知らないけどさ……。 「・・・・・・・・・・・・・」 どう接していいものかわからない。 「お前……シーヴァスとか言ったっけ……」 「はい」 ・・・・・やっぱり止めよう。呪いの事でも聞くか。 「あそこのエルフの呪いは……どういういきさつでなったワケ」 「それは・・・・。始まりは、エルフの女王の娘と、ノアニールの村にいた青年との恋が原因だと聞いています。種族の違いから、どちらからも反対されていた二人は、手を取り合って二人で暮らそうと逃げたようなのです」 「駆け落ちね・・・」 「しかし、娘は裏切られ、この近くの洞窟で殺されていたそうなのです」 「殺され・・・・」 それは、また……。呪われて、仕方ないのかも知れない。 「洞窟の奥で、娘の死体が見つかります。相手の青年は何処にもいなかったそうです。女王は怒り、人を許さず……ノアニ−ルの村も含め、眠りの呪いをかけたのです」 「どうして更に石になるんだよ」 「一度、私も女王に聞いたことがあったのです。実は石化は、女王の処置ではないのです。女王も驚いていたことです。洞窟の泉を汚したために、この付近に魔の力が働いているのではと、女王は話していました」 魔力・・・・。俺には解らないが、しかし事実人は石化している。 エルフの仕業でないとなると、どういうことだろう。 夜の森の中、マントに包まりながら俺は一人考えていた。 「洞窟の泉の元に、女王の娘アンは倒れていたのです。それによって泉は穢され、聖なる泉は涸れたと言われています。アンの死と、泉の穢し、二つの仕打ちにより、女王は人を遠ざけたのです」 なんだか、説得するのは困難に思えてきた。 いかんな……。行く前から後ろ向きでどうする。 「でも……、ニーズさんが、どうして森に入れるのか。不思議ですね」 「・・・・・・・・・・・」 まさか、勇者だからとか……。いや、それもないよな。 「エルフの血をどこかで引いているのではないですか?そうとしか思えません。エルフ以外は、呪いにやられてしまうのですから」 「エルフの・・・・。無いな。母さんは人間だし、親父も・・・・」 まてよ。自分の生まれに心当たりがあって、俺は口を閉じた。 「ニーズさん?」 「 けれど、その心当たりは、俺には知りえない場所にあった。一生、知らなくてもいいことだ。どちらかと言えば、知らないでいたい事かも知れない。 シーヴァスに、先に休んでもらい、俺は一人、久しぶりにあいつらのいない夜の空気に触れていた。・・・・随分静かに感じるな。 四人での野営で、俺が見張りサボってジャルにその分やらせたり、ナルセスがアニーといちゃついていたり、アイザックがうるさく叩き起こしてきたり。 いつも先にあいつらは起きているから、起きてくれと揺さぶるのは初めての経験だった。今もカザーブで眠っているんだろう。 勢いで来たけれど、エルフの女王をどう説得すればいい? 娘を殺された恨み。怒り。 きっと簡単なものではない。そんな怒りは俺だって知っている。 ……そういえばこいつ。どうしてあそこに暮らしていたんだ?エルフの里でなく。 木にもたれて寝息をたてている、シーヴァスと言う名のエルフの顔を改めて見つめ直す。親父とエルフの子なんて。人との子供だから村にいられないのかね。 ・・・・・・・・・・・・・・。不安でたまらない。 この不安はなんなんだ。 女王が話を聞いてくれなかったら。あいつらが戻らなかったら。 母さんがこのエルフの事を知ったら。 妹のことをあいつが知ったら。 こいつが俺のことを知ったら・・・・。 息の詰まるような夜は、旅立ち前夜以来だった。 先の見えない不安は、また何かを失いたくないと、必死に叫ぶ心の現われのようだった。俺は、あいつらを失いたくないのか……? 朝方俺はシーヴァスと交代し、浅い眠りにつく。 |
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翌日、晴れてはいるんだろうが暗い森の中、俺たちはエルフの里を目指し進んでいた。途中何度か魔物に遭遇し、撃退しながら、不安を押し切るように口数少なく進んでいく。シーヴァスは呪文の方で俺より遥かに腕が立った。(当たり前か) 二人だが、特に窮地に立たされることも無く、里はすぐに見つかった。 森の中にひっそりと、小さな集落がある。質素な、つつましい雰囲気の静かな里。 さすがに見えた影はエルフ族ばかりで、みな草色の髪を長く伸ばしていた。 俺に気づくと、里はさざめき立ち、口々に悲鳴を上げてエルフが行き交う。 「人間よ!人間がきたわ!」 反応はほぼ全員が同じもの。エルフは人間を恐怖と言うよりは、嫌悪していると言う方が合う。 「どうして人間がここへ……!」 「大変よ!誰かっ!女王様をっ!!」 悲鳴を上げ、奥へ走って逃げて行く者、武器を持つ者、誰一人歓迎はしない。シーヴァスを見た、カザーブの人々を思い出した。 ・・・・下らない。 「すみません。女王様にお目通りお願いしたいのです!」 騒ぎの中、ふてぶてしく立っていた俺の前に立ち、シーヴァスは告げる。知っているエルフもいるようで、また里のエルフはざわめきたった。 「貴女が、今更女王にどんな用事なのかしら」 「もう、里には戻らないはずでしょう!?」 ・・・・シーヴァスも歓迎されていないようだ。 「ノアニールの村の呪いの事です。お願いします」 ざわめくエルフたちの中、女王らしき品格のあるエルフが姿を現す。 「シーヴァス。何の騒ぎですか。人間を連れてくるなど……。どういう事なのです。貴女はもうここには来ないはずではありませんでしたか」 頭に小さな額冠らしき飾りが見える、おそらくエルフの女王。これも緑の髪に、白い肌、長い耳。ひときわ質のいい布のドレスに身を包み、幾人かの従者らしき男エルフを従えて威圧的に立っていた。 「はい。私は案内役です。彼が女王様にお願いがあって来たのです」 「彼・・・・」 エルフの全ての視線が俺に集まった。俺は女王を見つめ返し、言葉を話そうとした時、女王は俺を見てがくりとよろめいた。 「お、恐ろしい・・・何者なのですかっ!?この歪んだ命は!」 「女王様!どうしたのですか!」 多くのエルフが女王を支えるために集まってきた。女王は顔色を青く染め、支えられながら魔物でも見つめるかのように俺を嫌悪の瞳で捕らえる。 「・・・・・なりません!あの者を直ぐに帰しなさい!恐ろしい。禍々しい魔の力を感じます」 女王の非難を浴び、俺を見る目は全て敵対心に鮮やかに変わっていった。 俺自身のショックは少なかった。そんな事柄は決して、今までに味わってこなかった訳ではない。 「俺のことはいい!仲間の眠りを覚まして欲しいんだ!頼む!」 『敵』と睨む視線に、無抵抗で俺は声を張り上げて女王を呼んだ。しかしその言葉も「人」としてすら捕らえてはくれない。 「聞けるものか!去りなさい!異形の者よ!」 「女王様、どういうことですか。彼は人ではないと言うのですか!」 シーヴァスも、俺の前で叫んではくれるが・・・。女王を取り囲むエルフたちが数人、弓をこちらに引き始める。 「貴女も去りなさい。もう何人たりともここへ連れてきてはなりません!よいですね!」 「そんな!女王様!」 多くのエルフに武器を向けられ、俺たちは下がらなくてはならなかった。 女王はよろめきながら姿を消す。シーヴァスは食い下がってくれたが、俺がそれを止めた。 ・・・・まさか、こんなことになるとは……。 「どうして。どうしてですか。貴方は異形なのですか」 里から少し離れ、昼の薄暗い森の中。俺は背を向けたまま、自虐的に笑っていた。 納得がいかず、シーヴァスは怒ってくれている。 「そうかもな」 「何故反論しないのですか!こんな非難を受けて!歪んだ命なんて、とても許せる言葉ではありません」 「だろうね」 「ニーズさん!貴方のことです!」 俺の前に回り、真剣な目で俺を映す魔法使いシーヴァス。 「反論なんてしないさ。俺は歪んだ命なんだ」 「何を言っているのですか……」 「俺は異形なんだ」 本音を言えて、俺は嘲笑う。 「もう、潮時なのかもな。俺も……」 絶句するシーヴァスに、俺は一人喋り続けた。 「呪いは、解かなくちゃいけない。でも、俺には無理だろうな。もっと信頼のおける、女王が信頼のおけるような奴を探して、俺の代わりにあいつらを助けてもらおう」 「その役目、私が引き受けましょうか」 聞き覚えのある声が何処からか届けられた。 自称賢者ワグナスが、またいつの間にか木々の間から現れてにっこりする。 今回は、いい時に来てくれたかも知れない。 「・・・そうしてくれ」 「ニーズさん!」 俺は背を向けて歩き出したが、最後になる、そう思った俺は少し立ち止まった。 「シーヴァス。お前、もう一人兄貴がいたよ」 「・・・・え・・・・」 「こっちも、死んでしまったけどな」 「ニーズさん!どういうことですか!教えてください!」 また、俺にすがりついて来る。 「………俺が、お前の兄貴だったら、良かったのにな」 細いエルフの女、俺のために今、心を怒りに染める、正直感謝もする。 意味も、解らないだろうこの台詞の けれど精一杯の優しさのつもりで、俺はエルフの瞳を見下ろした。 俺は、兄でもなければ、勇者でもない。人であることすら、否定されてしまった。 俺は歪んでいるんだと。それでも足掻いていたつもりだった。 「ごめんね」 搾り出した言葉。 心を込めて、せめて優しく伝えたかったのだが、ぎこちない笑顔だったかもしれない。 俺は振り返らず二人から離れ、キメラの翼でカザーブへ飛んだ。 |
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三度、カザーブへやってくる。 明るい陽気の中、村は変わりなくそこにあった。 まっすぐに武器屋へ向い、アニーに会う。 「呪いは!?どうなったの!?大丈夫なの」 「問題ない」 確信はないが、あいつなら平気な気がした。あの自称賢者なら、うまくあいつらを助けてくれるだろうと。 「一人にしておいてくれないか」 「えっ、・・・・うん・・・どうぞ」 奴らの寝こける部屋で、俺は大きく溜息ついた。 強引に作ったベットの上で、三人は静かに眠っている。 ナルセスのベットの横に立ち、のん気な寝顔を見下ろしてみた。 「ジャルが戻ったら、また付いていけばいいさ。悪かったな。勇者じゃなくてさ」 ナルセスは持ち前の明るさで、きっと何も気にせず、ジャルと仲良く旅でも続けることだろう。 ジャルディーノの横に立つ。 今にも、「ごめんなさい!寝過ごしました!」と起きて謝りそうな気がする。 ……でも、起きてはこない。 「悪いな。お前の待っていた勇者は、俺じゃなかったんだ。ごめん……」 思い出された言葉は、いつもいつも言っていた俺を好きだという言葉。 馬鹿だな、ほんと。悪いが、イシスに帰ってくれ。本当に悪いけど。 「ありがとうな」 一応、言っておくよ。 二年も待たせたあげくのこの結果に、本当に頭を下げる。 アイザックの横に立ち、頬をつねる。・・・・この際落書きでもしておくか。 我ながら名案だと思った。ペンを持ち、何を書こうか考える。 右頬に「貧」左頬に「乏」と、書く。 ・・・・・・ぷっ。 ひとしきり笑った後、俺はアイザックの寝るベットに腰を掛けた。 「なぁ、お前が昔から声かけてた勇者、俺じゃないんだよ。残念だったな。夢、叶えられなくて」 アイザックは勇者について行くことが夢だった。すまないな。 「でも、お前の場合、自分が先頭に立って、バラモス倒しに行けると思うよ。お前の方がよっぽど勇者らしい。そっちの方が、夢としては大きくていいだろ」 「元気でな」 俺はカザーブを後にした。 そして、最後のキメラの翼を使い、アリアハンへ飛ぶ。 誰とも口をきかず、誰にも目を合わせず、俺は家に戻ってくる。 「母さん」 部屋の戸を叩く。突然帰ってきたことに戸惑う母親に、俺は言うのだった。 「もう……俺は………」 最初から代わりにもならないこと、解っていたけれど。 「ニーズでいることが、できません」 多分、『ニーズ』だと、俺を思ったことは無いだろう。 これで、勇者ニーズは消える。この世から、完全に消えるんだ。 歪んだ命。 アリアハンの勇者は、もういない。 |