「そのまま…。私を、消してくれませんか…」 抱きしめたフラウスは、切ない声で、ただそれだけを僕に懇願した。 「私は、あなたの、障害になりたくないのです。私は、魔王の…。私がいては、魔王は決して倒せないでしょう。取り戻した光で、私を消し去って下さい。私は、このままでは、ユリウスの中に消え去ってしまいます。私のままで、消えたいのです。あなたの中に…」 「…………」 彼女を抱きしめる手は、脱力し、だらりと投げだされた。 こんなことって…。僕は何を恨んだらいいのだろうと……。 「ニーズさん。私、幸せでした…。短い時間でしたけれど、一緒にいることができて…。騙していて、すみませんでした…」 「…いいんだよ。そんなことは。そんなことは…」 ようやっと、こうして会えたのに、どうしてすぐにも別れなければならないのだろう。何処にも行って欲しくないのに。 どうしたらいいのかわからずに、暫く沈黙していた僕は、おもむろに、再度彼女を抱きしめてうなだれた。 「フラウス…。君が好きだよ。子供の頃から思っていたんだ」 「そ、んな…。駄目です。ニーズさん…」 フラウスは驚き、間をおいて首を振る。 絶望しかねない僕には、他に言える言葉がないと思った。心の中にある素直な感情だけを、口にするだけしか。 「……。何が、駄目なの。誰が決めたの。魔物、勇者?関係ない…!君を離したくないんだ。そんなお願い聞けるわけがない!」 強く抱きしめて、彼女の存在を確かめようとする、僕の腕から逃げようとフラウスは身をよじる。 「ねぇ…。僕に、君が消せるはずがないよ。障害になるなら、その時まで。…ごめん。僕は選んでしまったんだね。その時まで、ぎりぎりまで、二人でいよう。精一杯君を愛するよ。君が好きだ…!」 「ううっ、ニーズ、さん……!」 彼女は抵抗をやめて、僕の胸に顔を押し当てて泣き叫ぶ。 「ごめんなさい!私は、まだ、あなたに謝らなければならないことがあります。あなたを苦しめる、その原因を私も作っているのです! 勇者オルテガ、あなたのお父様の 唐突に、彼女の身体は何かに反応して跳ねた。 「ア……!アア……!アアアアアアッ!!」 「どうしたのっ!?」 「あ!うう!ニーズさん!逃げて……!」 逃げてと言うわりに、その腕は僕をしっかりとものすごい力で抱き締めていた。編んでいた髪が乱れ、生き物のようにザワザワと蠢きだし、さすがの僕も異変に離れようと試みる。 「妬けますわ…」 彼女の口からこぼれる、声の調和が変化をみせた。 「同じ台詞、私にも、是非話していただけないでしょうか。ニーズさん…」 「なっ!!」 フラウスだった者は形相を変える。 青い瞳は紅く怪しく輝き始め、視線は邪悪な波動を現して僕を捕らえた。 忘れない、僕を呪いに捕らえる恐ろしい死神の姿が甦って、みるみるうちに僕は青ざめて狂気に堕ちた。 「は、離せ!!誰がお前なんかっ!!」 僕を絡め取る腕はびくともせず、まるで石像にでも捕われたかのように冷たい束縛の中から逃げ出せない。 「嫌だ!離せっっ!!このっ……!」 幼い頃から植え付いてきた恐怖も重なって、僕は狂ったようにその手から逃れようと必死に足掻いてもがいた。 腕がもげてもいいとさえ抗い、僕は裂けるような悲鳴を上げる。 触れられている時間が長ければ長いほど、魂を喰われる錯覚がするんだ。 「嫌ですわ。フラウスを愛するなら、私を愛するも同じことですよ、ニーズさん…。私とあの娘は、元は一つの同じ存在なのですもの…」 「さ、触るな!僕に触るなァ 抗う僕の目は殺気に満ちて、爪を立てたユリウスの顔からは血は流れては来なかった。微動だにしない虚ろな紅い瞳が、激しく拒絶する僕を静かに映すだけ。 「そんなにあの娘がいいのですか…。悲しいですわ…」 「離れろ!この化け物めっ!…!ベギラマ!!」 抱き締められたまま、そう、距離も取れないままに自分もろとも呪文を撃ち放ち、反動で僕は横転していた。 ユリウスから解放はされたが、呪文のダメージと、魔法を使ったことでの反動で僕は苦しみ、激しく雪の上に転がる。 ベギラマによって焼けただれた自分の腕もすぐには動かせられず、僕はそのまま立ち上がれずに呻いていた。 「苦しいのでしょう。お可哀相に…。苦痛に呻くあなたも素敵ですけれど…」 横たわった僕の傍にユリウスが近ずいてくる。すかさず転がって触れられるのを僕は拒否した。 頭が、ガンガンと鳴るように痛い。 見上げた死神は呪文のダメージも無く、髪の毛一つも焦がしてはいなかった。こんな呪文じゃ傷一つも負わせられないらしい。 「……。悲しいですわ。私にはこんな仕打ちなのですね…」 雪降る世界を背景に、普通の娘のように寂しそうに呟く、初めてユリウスが儚く見えた。 「羨ましくて、憎いですわ…。同じ姿で、これほどの差を受けてしまうなんて。あなたを想う気持ちに、違いなんてありませんのに…」 「何を言って…」 「私も、あなたに恋する女の一人に違いありませんわ。言いましたね、魔物、勇者、関係ないと…。私も、ただあなたを好きなだけの一人の女ですわ…」 仰向けに雪の上に倒れる、自分の脇にそっとユリウスは座るが、その行動に戸惑う僕は逃げ出すことを忘れていた。 「私は、ただあなたが欲しいだけですわ。フラウスと同じように。あなたを形作る事柄の全てが、どれもこれも苦しい程に愛おしいのです。何よりも焦がれますわ…、あなたの全てに」 冷えた頬に伸ばされた指先、それすらも、僕は受け入れてしまってゆく。 寒さにあてられて、感覚が麻痺したのかも知れない。 ユリウスの指先に優しさを感じてしまうなんて…。 「愛していますわ…。ニーズさん…」 僕の両脇に手を付き、覗き込む彼女は甘い言葉で酔わせようとする。 その術中におそらく僕は嵌まってゆく。 どうしてだろう……。 僕はずっと、そうして、誰かが自分を守ってくれるのを待ち望んでいた。 嘘でも邪悪なものでも、自分だけを抱きしめてくれる存在を。 「あなたの髪の毛一つのために、私は世界を滅ぼしますわ。あなたの吐息一つのために、私は神を一人殺すでしょう。永遠に、あなただけに焦がれる私…。愛して下さいな、私の事も…」 彼女の抱擁と、塞ぐ唇に僕は喘いだ。 このままじゃ、心ごと彼女に侵されると予感した。 「ニーズさん…、あなたはずっと、寂しかったのでしょう…?そして、今も…。私はずっと、あなたの傍にいますわ。未来永劫、あなたを護ってあげます。それができるのは、私だけ…」 細めた視線の先、微笑んだ紅い瞳の死神は、心奪われるほどに美しいと思った。 思ってしまったんだ。 悪魔は、僕の欲しかった言葉を知っている。 「ユリ、ウス…」 「はい…。初めてですね、名前を口にして下さったのは。嬉しいです…」 二人、元は一つだったと話したユリウスとフラウス。 確かに、二人の容姿は良く似ていたんだ。にこりと微笑めば、二人の影は一つに重なってゆく。 思ってはいけない。でも、人恋しい僕は彼女に腕を伸ばしてしまう。 「嬉しいですわ。ニーズさん…」 そのままずっと、意識を失うように、僕は自分が沈んで行く感覚に揺られていた。 最下層で、待っているのがおそらくはユリウスか。 何もかも忘れて、心地よいぬくもりの中で生きられたなら……。 |
++ |
「ニーズ、さん…」 闇の中、悲しそうに僕を呼ぶ声に、閉ざされた意識は呼び戻される。 「ニーズさんとは、一緒にいたいです。でも…」 呼んでいたのは、澄んだ鈴のようなフラウスの声だった。 いつも、ずっと、僕を見守ってくれていた小さな女の子の、消えそうな言葉に僕は意識を取り戻す。 「私は、あなたの障害になりたくありません…。ニーズさんは、勇者になりたいのでしょう…?消して下さい。私ごと、ユリウスも」 「あなたが選ぶのは…、私ではないですよ…」 瞳を開いた、眠っていたのはどれ程の時間だったのだろうか。 僕に寄り添っているユリウスが目覚めに気づいて、顔を上げて僕を見下ろす。 「………。どうしましたか。このまま、私を受け入れて下さいませ」 「…………」 身を起こして、ユリウスから離れた僕は彼女の言葉を無言で拒否していた。 「できそうにない…。僕は勇者だから。君たち二人と、一緒になることはできないよ。ごめんね…」 身体に積もった雪をパラパラと落としながら、覚束ない足取りで僕は立ち上がる。 「何を言うのですか。他の者など…、勇者にすがる愚か者共の事など、あなたにはどうでも良いはずですわ。何のために私達を、拒もうと言うのですか」 向かい合って対峙した、ユリウスの瞳には怒りが揺らいで燃えてくる。 「あなたのために何もしないこの世界のためになど。そのために、あなたを何よりも想う私達を拒むと言うのですか」 「拒むよ」 言い切る、僕の決意を感じ取って、ユリウスの表情が歪んでくる。 「確かに、僕は、世界のために、とか、人々のために、とか、思って勇者になりたかったわけじゃない。僕は何も知らなかったからこそ、そんな事が思えたんだ。…寂しい人間だった。誰も信じない、愛さない、心開く事のない、僕はでも、人の優しさを知ったから。何も知らなかった子供じゃなくなったから」 「何もしてくれなくてもいい。僕は僕のために、独り勇者になる事を選ぶよ」 自分の欲望よりも、後に残される者たちのために何かしたくなる。 ムオルで再会した弟の涙を思い出す。 暫く世話になった、ムオルの村人達も、もう「どうでもいい存在」には戻らない。 アリアハンにいる母親。弟を助けてくれた仲間達。 未来を憂う竜の女王。生まれる時を待つ竜の卵。 何もしてくれなくてもいい。 僕は命の限りに何かを残したいだけなんだ。 「…わかりません…」 「君達の気持ちはとても嬉しいよ。僕も返したい。でも、自分の感情よりも僕は勇者としての使命を選ぶ」 対峙した、死神に向けて僕は呪文の言葉を紡ぎ始めた。 「 「…まぁ…」 先程、覚えたばかりの勇者の呪文だ。 死神を消し去るためになら暴走も免れない。覚えたての術だが、これ以外にダメージを与えられそうな呪文が僕にはない。 「我より出でて…、天を裂き、大地に降り注げ……!」 呪文を早口でまくし立てる。 ユリウスは口元で笑い、勝ち誇ったように囁くのだった。 「私が消える時は、あの娘も消えますよ…。それも、覚悟の上ですか…」 その言葉は、呪文より後にもたらされた。 「いいんだ!さよならだよっ!フラウス!!」 「 自分の中から、弾ける躍動がもう止まらない。 詠唱の後で大きすぎる光の力に全身を激痛が襲う。 「うあっ!…うああああああっ!!」 試した事もない、まだ未熟な技ゆえに、思うように制御できず、手元で呪文の力は暴走しようとする。 「本気のようですね。でも、まだ光の魔法はあなたには制御できないみたいですよ」 叫びながら、昏倒した僕の横に、ゆらりとユリウスは鎌を構えて立ちはだかる。 横たわる自分から迸った光は空に突き上げ、それを受けて静かだった空は急に渦を巻いて騒ぎ始めた。 膨大な光の束が降って来る!! ゴオオオオオオオ…!! ビシリビシリと、上空の雲が閃光を弾き始めた。 光の雨が地上へと落ちるとの予告をちらつかせて。 苦痛にまみれて、やっと視界に捕らえた死神が、何故かまたフラウスの姿に戻っていて血の気を引いた。 「ニーズさん!私も、あなたを愛していました!さようなら……!」 彼女は鎌を放り捨て、両腕を抱き締め、落ちようとしている光の雨に覚悟するように雪の上に座り込む。 「フラウス……!」 「ユリウス!このまま消えるのよ!私と一緒に……!」 このままじゃ、彼女が消える。いなくなる。僕が殺す。 「ニーズさん!ユリウスは私が抑えています!早く逃げて下さい!」 わかってした事なのに、懺悔するように光を待つ彼女の姿に後悔を始めた。 せめてもう一度……! 「ニーズさん!!こちらへ!」 動けなかった僕は駆けつけた賢者に抱き起こされ、安全な場所へ移動させられようとしていた。 「離して下さい!フラウスがっ!逃げるんだ!逃げて 手を伸ばした、けれど彼女には届く事もない。 光が彼女を貫く刹那に、最後に彼女は涙まじりに微笑んでいた。 「おはようございます。ニーズさん」 そんな他愛ない日常の、挨拶を繰り返しただけのように。 ドォン……ッッ!! ドオオオン・・・・・・・! 「フラウス 視界は閃光でかき消され、耳を破る程の衝撃音に空しい叫びも空に消える。 轟音は世界を揺るがし、雪煙も上げて光の槍は何本も大地を貫き刺した。音を立てて森の木々が倒れ、また倒れ、それでも空はまだ光を撃ち下ろす。 自然に起こる落雷など比べ物にもならない。 雲の中にいる竜が、光の咆哮を何度も大地に吹き付ける様にも似ていた。地上の全てを焼き尽くすかのように。 頭が割れるように痛い。 視界が定まらない。拡がった空に閃光と言う名の竜が暴れて地上を席捲していた。 胸の奥で同じように竜が暴れている気がする。 僕の中でも何かが叫んで暴れていた。 「フラウス…!!ああ、フラウスー……!!」 「ニーズさん、落ち着いて下さい!フラウスさんは逃げました。大丈夫ですよ!」 遠巻きに、僕の肩を揺さぶる賢者の声が聞こえる。 ドォォ また、空に鮮やかな閃光のひびが奔る。 そして燃え上がる森が、煙と炎を吐き出して崩れていこうとしていた。 「逃げた…。本当ですか…」 呼吸が戻った頃、ようやく視界が定まってきて、賢者に抱えられたままの僕はその言葉に安堵していた。 「正確には助けられた、ですが…。助けが遅れてすみません。私は魔法使いの少年の相手をしていたもので…。フラウスさん、もといユリウスさんでもあるようですが…、彼女はその少年がかろうじて連れ去っていましたよ。手傷は負ったようでしたが…」 「…そうですか……」 良かった、と思ってはいけなかったのかも知れない。 思ってはいけなかったんだ、本当は。 「しかし…、恐るべき力ですね。まだ制御しきれていないようですが…」 「すみま、せん…」 僕自身が落ち着くのに合わせて、ようやっと空も咆哮を鎮めてくれる…。 「さて、私は鎮火に行ってきますね。元ニーズさんはお休み下さい。これだけの力を無造作に使ってしまったのなら…」 言い終わらないうちに、僕は全身の痛みを感じて呻き始めていた。 「がはっ!!うっ!…ううっ……!」 「ニーズさん!ベホマ……!」 賢者は気休めの回復呪文をかけ、僕を休んでいた部屋にまで戻し、横にさせて人を呼んだ。外の騒ぎにもちろん誰もが気づいていたし、賢者は外へ森林火災の鎮火に、僕の傍には古エルフの老人が数人残される。 「はあ、はあぁっ!うう……!」 「しっかりして下さいませ!勇者様!」 「勇者様!」 「あ、はい…。大丈夫です、から。大丈夫です。一人でも、平気です…」 人払いをして、僕は声を殺して全身の苦痛に耐え忍ぶ。 心配そうな顔で、見つめられるのは苦手だ。 こんな醜態は誰にも見られたくはない。誰にも……。 激しい疲労から眠りに堕ちて行く、自分のまぶたの裏には鮮明に裂かれる空の姿が繰り返していた。 空を裂いて、地上を突き刺した光の槍たちは空だけじゃない、多くのものを切り裂いて、深い傷痕を残して帰って行った。 引き裂かれたのは、幼い頃の淡い恋心もか……。 恋した少女は今夜死んだ。そう思わなければ。 次に会う時には、勇者として、彼女を攻撃するだろう。少女に恋したあの日の少年も、今夜雷に裂かれて息の根を止めた。 「僕も、幸せだったよ。…ありがとう…」 死んだのは、ニーズという名の幼い少年。 |
++ |
夜空に突然鳴り響いた轟音に、俺は弾かれたように外に飛び出していた。 「なんだっ!あれは……!!」 異常気象、そんなレベルでは到底説明ができない、北西の空に恐ろしい量の稲妻が空をのたくって暴れているじゃないか。 最果ての村、再会したと思ったニーズが消え、俺はニーズが居たという家でその帰りを仕方なく待っていた。 大地を揺さぶった地響きと轟音に眠りを遮られ、見上げた異様な空の情景に胸騒ぎを覚える。 「まさか…。勇者の呪文…?いや、他に何か考えられるか」 空の位置からして、ここからだいぶ距離はあるはず、しかし震動も落雷の音も鮮やかに、ここまで届いた。 こんな状況は、これ程の大きな力の現れは、なんとなくジャルディーノの神の力を思い出させて不安がよぎる。 でも、雷だ。雷の呪文は、あのワグナスでさえ、使えないんだぜ。 使えるのは、勇者だけだと聞いている。 そんなの、そこに「ニーズ」がいるって事じゃないかよ! 取るもの取らず、俺は光の荒れ狂う場所へと走り出していた。そこに会いたかったニーズがいる。 地図を広げ、だいたいの位置を確認したが、どうにもその付近は人のいる地域では無いようだ。一面が森で、目印にできそうな場所もない。 ルーラで飛んでいけそうにもなく、しかし俺は徒歩でも、ひたすらその場所を目指して森を掻き分ける。 「くそっ。…鬱陶しい……!」 人の手の入っていないムオルから先の樹海は歩きにくく、重ねて雪と寒さでなかなか思うように進めない。 「畜生…。見てろよ。必ず見つけてやるからな…」 かじかんだ手に息を吹きかけながら、憎憎し気に俺は死神の女を思い出していた。やっと出会えたニーズとの再会を邪魔して、俺を村の外まで吹き飛ばし、ニーズは何処かへ消えていた。 それだけじゃない。 戻った村人の記憶からは、ニーズの事が綺麗さっぱりと消されていた。 あの女のことも。 家はそのまま残されていたので、探すあてもない俺は、しぶしぶもしかしたら帰ってくるのではないかと待っていたが、どうやら遠くへ移動していたらしい。 大丈夫なんだろうか……? 苛立ちながら、俺は不安と心配で気持ちばかりが焦ってゆく。アレがニーズの呪文なら、使った後できっとアイツは苦しみ倒れているはずだ。 無事なんだろうか。今どんな状況なんだろうか……? 天候は悪化し、ムカツク事に俺は吹雪の中に取り残された。 「ハックシュン!ハックシ!くそぅ……」 慌てて飛び出した俺はたいした防寒対策もなく、食べ物すら持っていない有様だった。このまま誰も通らない、こんな樹海で震えていればいずれ凍え死ぬ。 ルーラで帰れば済む事なんだが、頑なに俺はその場から動こうとはしなかった。 寒さが止まらず、鼻をすすりながら、俺はそれでも光った空の下を目指して森を歩いていた。行く手を阻むように猛吹雪になり、視界が途切れたために一歩も進めなくて、俺は何処かの樹の下でガタガタと震えている。 吹雪で、火を焚いてもすぐに消されるし、風を凌げる場所もないし。 手足はもう、痛くてたまらないし。歯はガチガチとうるさいし。 誰かなんとかしてくれ……。 誰か来てくれるなら、もちろんニーズがいい。 幻でなくお前に会いたいよ。 「ニーズさん!!何をしてるんですか!こんな場所で!死にますよ?」 不意に俺の腕は掴み上げられて、説教する男を俺は力なく見つめる。 「てんめぇ…。今まで何処行ってやがった。ニーズは何処だ。ニーズに会わせろ」 「ニーズさんはあなたですよ。全く、帰りますよ」 「ふざけんな。誰が帰るか。俺はニーズに会うんだ。ニーズに会わせろ」 「はいはい。ルーラ!」 賢者ワグナス、許すまじ。 意思に反して連れ戻された俺は、最果ての村ムオルで悔しくも看病されることになる。 「この村には宿がないそうで…。こちらの空き家、使って下さいとの事でしたので、甘えさせていただきましょう」 「…ここにニーズがいたんだよ」 しぶしぶ飯を食いながら、俺はすこぶるムッとしている。 「ニーズさんが先程から言っているのは、元ニーズさんのことですよね?まさか、彼は亡くなられたのでしょう?」 にこにこと、ワグナスは苦笑しながら俺の発言を流そうとする。 「変な名前で呼ぶなよ。なんだよ元ニーズって」 「ほら、なかなか紛らわしいじゃないですか、便宜上ですよ。わかりやすいでしょう?元ニーズさんって」 「うるさい。本人が聞いたら嫌がるだろう?」 「そうでもないと思いますよ?元ニーズさん愛称が欲しかったらしいですから」 「…おい。ワグナス」 賢者が作った粥を食べ終えて、俺は真顔でベットから半身を起こす。 「ニーズは何処だ。ニーズに会わせろ」 「嫌ですねー。なんですか?彼はもう…」 「うるさい!ニーズに会ったんだ!ここに暮らしていたんだあの死神の片割れと!ごまかすんじゃねえよ!お前が知らないはずがないだろう!アイツに会わせるために俺をここに連れてきたんだろう!ふざけんなよ!ニーズは何処だ!何処なんだ!」 まくし立てて、思わず俺の肩は上下する。 「あの雷はなんだ…?ニーズがやったのかよ。ニーズはあれからどうしたんだ!何処に居るんだよ!」 「ああ、見ましたか。いや〜、すごい雷でしたねぇ…。思わず消火活動に出向いてしまいましたよ」 「ワグナス!!」 ガシャン…!!食器を投げつけた、その行動に後悔はなかった。 「言えよ。…言わないと、本気で殺すぞ」 「ニーズさん、まだ休んでいた方がいいですよ。遭難していたのですからね」 食器を投げつけられて怒りもせず、そのままワグナスは割れた食器の後片付けを始める。 たまらず、俺はベットから飛び出して外へ出て行こうと走り出した。 「ニーズさん!何処へ行くんですか!」 「うるさい!お前が言わないつもりなら俺が行くからいい!」 「また遭難しますよ!やめて下さい!」 「うるさいっ!!離せよ!俺はニーズに会いに行くんだ!」 「元ニーズさんが、会いたくないと言ってもですか!」 「なに……」 意表つく言葉で、俺は一瞬足を止めた。 腕を引く賢者は、真摯な瞳で俺にこう諭しやがる。 「気持ちはわかりますが…。やみくもに探しても、きっと見つかりませんよ。もし生きているのならば、何故、元ニーズさんはあなたの前に現れないのでしょうか」 「…それは、…。アイツは記憶を失っているから…」 「記憶のない彼に会っても、あなたは寂しいだけですよ」 「…いいんだよ!俺の事なんか知らなくても!ただ俺が会いたいんだよ!」 「これから先、探し続けるのですか。あなたを待つ仲間たちを無視して」 「…………!」 口にされた仲間たちの顔を思い出して、俺は口ごもって視線を逸らした。 「あ、アイツらだって、ニーズの帰りを待ってるんだ。アイツが生きているって聞けば、アイツらだって喜ぶ。母さんも喜ぶんだ」 「確かにそうでしょうが…。もう少し、はっきりしたことが分かってから、お伝えした方が良いと思いますよ。ぬか喜びになってしまいますからね」 「…なんで隠すんだ?生きているんだろ?あの雷はニーズがやったんだろ?どうして会わせてくれないんだよ」 熱も合わさって、頑ななワグナスに対して、俺は泣き言を言うに変わってゆく。 「頼むよ。他は何もいらないんだ。俺は女神の奴隷でも構わないから、ニーズに会わせてくれ。頼む…」 「ニーズさん、まだ熱があるんですよ。ひとまず眠りましょう。大丈夫、お兄さんはどんな時もあなたの事を思っていますよ。生きているのなら必ず会えます。きっと何か理由があるのですよ」 力ない、俺はベットにまで戻されて、大きなため息をついて横になる。 ニーズがおそらく使っていた部屋で。 懐かしい匂いがする。生きているんだ。 そう、ニーズはきっと、あの雷鳴の下で……。 目が覚めて、具合が良くなったら、俺はまたニーズを探すだろう。 いつか、なんて言ってられないんだ。 きっと今、何処かで、アイツが無理して笑っている。 心配をかけないように、夢の中でもまた笑う。 「大丈夫だよ。心配しないで」と……。 笑えば笑うほど、不安にさせた、アイツは今何処に……。 |