「二枚の葉」 |
最果ての村、ムオルに俺が着いてから、すでに二日目の昼が終わろうとしていた。 今頃アイザックなんか、待ちくたびれて怒り狂ってるんだろうなぁ…。 面倒くさい事を考えながら、祠の宿屋に待たせている仲間たちの事を思う。 おかげで、体調も良くなった。 いつでも移動できるのだが、さすがにもう遭難したくないので、目的地の手がかりを探すために、ニーズが暮らしていた家の資料を漁っている。 「感心しませんねぇ…。よそのお宅の家捜しなんて…」 呆れ顔でワグナスが注意するのを無視して、パラパラと書物をめくる。 「無いなぁ…。それにしても、遠すぎる…」 大げさにため息ついて、床にへたり込んで俺は恨めしそうにワグナスを見た。 「誰かさんが、どうあっても連れて行ってくれないみたいだしよー…」 「使えそうな物は、いくつか持って行ってもいいのではないですか?すでに服も借りてますしね。ニーズさんお似合いですよ」 「話聞けよ」 会話に疲れて、また俺はため息つく。 「そうか、これ、そうだよな、ニーズの服なんだよな」 「ニーズさんのは洗って干してますしね。冷え切ってましたし」 「まさか、お前が洗ったとか」 「ええ、もちろん」 ガッ。 手にしていた厚い書物をストレートに投げつける。そのままワグナスは額から流血して仰向けに倒れた。 「気色悪い…。洗濯しなおしてやる」 「酷いですよ。こんなことお兄さんは許しませんよ?」 「なんでうちの兄貴が許さないんだよ」 「人様に乱暴働くような弟がいたら、お兄さん悲しいじゃないですか」 「お前はいいんだよ」 「そんなっ」 「お前と漫才してる暇はないんだよ。うざいな」 「しくしくしく…。いいですよ。元ニーズさんに会ったら言いつけますから」 ホントに…。気分が沈んでくる。 絶対、コイツ知ってやがるのに。教えないでからかってやがるのか? 「そろそろ諦めて、皆さんの元に帰りましょうよ。ニーズさん」 「嫌だね。行きたいならお前一人で行けよ」 床に積み上げた本を、また俺は足を投げ出しつつ読み始める。 「そんな…。皆さん待ってますよ。アイザックさんにまた怒られますよ。今頃鬼神と化してますよ」 「だいたい、お前がここに連れて来たんだろ。素敵な出会いがあるかも、とか言って。俺は、ニーズをここで待つ。来なければ探しに行く」 「皆さんと旅しながらでもいいじゃないですか。皆さんが可哀相ですよ」 「ニーズが生きているんだ。だったら俺が勇者でいる理由は無いんだよ。アイツらもニーズに従って行くべきなんだ」 「ニーズさん…」 俺の強情っぷりに呆れて、今度はワグナスが大きなため息をついた。 額をホイミで治して、おもむろに背を向ける。 「ひとまず、私は一度皆さんの所に戻りますよ。不安でしょうからね」 壁にかけてあった杖を取り、この場を立ち去る意志を見せる。 「……、あ、そうそう…。ニーズさんに、渡す物がありました」 芝居がかった仕草で、ワグナスは二枚の葉を俺に渡してよこす。 「…………?」 手にして、俺はその不可解な葉に目を見開いた。 ただの葉っぱじゃない。 触れただけで、じわじわと聖気に当てられるのが俺でさえ分かった。葉に触れた場所が、僧侶の回復呪文を受ける時のような温かさに包まれるんだ。 「なんだ、この葉…。おい…」 「偶然手に入ったのですよ。なんと!世界樹の葉です」 さすがの俺もその効用ぐらいは知っていた。にこにこと戦利品を自慢するワグナスだったが、俺は奇妙なひっかかりを覚えていた。 「たまたま世界樹の跡に行ったのですが、ルビス様からの贈り物ですね。是非有効にお使い下さい」 「…………」 「おや、嬉しくないのですか?貴重品ですよ、これは」 「…なんで、二枚なんだ」 「……は?」 苦い思いに歯噛みしながら、俺はワグナスに問う。 「さぁ…。何故と言われましても…」 「なんで二枚なんだよ!」 「ちょっと、ニーズさん?」 「ルビスの贈り物…?これ、お前、…。お前、やっぱり、ニーズに会ったんだろ」 「はぁ。何を根拠にそんな事を言うのですか」 とぼけるワグナス、俺は渋い顔で、二枚の葉をぎゅっと握りしめて目を伏せた。 「この俺に、ルビスが二枚も世界樹の葉をくれるわけないだろう…?勇者でもない俺なんかに。どう考えたって、二人分だよ。それがなんで二枚とも俺のトコに来るんだよ」 ワグナスには分からないだろうが、俺はやり切れない思いに、身体が震えるのを隠せなかった。 「世界樹の跡に行ったって言ったな。お前アイツとそこで会ったんだろう。きっとそこで、この葉を貰ったんだな。それで…。おそらくニーズは言ったんだ。二枚とも弟にやってくれと…」 「ニーズさん、探偵になれますよ」 心底感心したようにワグナスは頷く。 「茶化すなよ。…なんでだよ。俺は、アイツの分まで奪う気は何処にもないって言うのに。いつも半分で良かったはずなのに…」 俺たちは、いつも決まって二つの物を分け合って手にしてきた。 アイツは何か貰えば、半分にして俺に渡す。どちらかが『全部持っていく』ことなんて、今まで無かったんだ。 それがどうして二枚とも俺の元にあるんだ…! つまりは、うちの兄貴は、まさか、これからは全部俺に渡すつもりなんだろうか。 冗談じゃない…!!受け取れるはずがない。 「返す。これ、返す!二枚とも兄貴に返上するよ」 「…困りますよ。持ってて下さい」 「受け取れない。…冗談じゃない。…と、これもだ。これも返してくれ」 額冠を無造作に掴み、立ち上がってワグナスに突き出す。 「これは俺の物じゃない。今日を限りに返すから」 「……。勇者をやめると言うことでしょうかね…」 オルテガの形見の額冠、それは俺たちにとっては勇者の証だった。 「当ったり前だ。これとこれをアイツに叩きつけて、弟は怒ってたと伝えて来い。今すぐだ」 「お兄さんは更に、あなたよりも怒ると思いますけどね…。いいのですか?」 「う……」 想像してしまって、一瞬怯んだが後には引けずに強気で出る。 「そうしたら、また俺の方が怒るからいいんだよ」 「ニーズさん、子供のケンカに付き合ってはいられないですよ。いらないのなら自分で捨てて下さい。それでは」 くるりと背を向けて、ワグナスは仲間のところへ戻って行く。 二枚の世界樹の葉と、額冠はそのままに残して。 一人取り残された俺には、突然に言いようのない寂しさが押し寄せてくる。 小さな家の空気すら重く、息が詰まる感覚がした。 二日目の日は落ち、空は夕焼けに染まっていた。少し風が出てきていて、今夜もまた吹雪になりそうな気がする。 俺はアイツに、叱られるんだろうか。素直に好意を受け取らないで。 |
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島国ジパングの大地を東に覗く、祠の宿屋に私はひとまず報告に戻っていました。わがままなニーズさんに閉口しながら、頭を冷やしてくれるのを期待しながら。 「おい!ワグナス!ニーズはどうしたんだよニーズは!アイツ何油売ってんだよ!」 予想通り、戻った私にアイザックさんは見つけ次第に掴みかかって来ました。 「こちとら早いとこジパング行きたいって言うのに!あのクソ馬鹿!!」 「本当ですね…。申し訳ないです」 「お兄様は、まだ戻らないのですか?」 「ええ…。戻って来ないつもりかも知れないのですが…」 「なんだよそれ!案内しろよ!連れ戻してやる!!」 「それは少し、待って下さい。できれば、ニーズさんは自分から戻って来ると、信じたいのですよ」 「あの、ワグナスさん。昨夜…。ものすごい雷が北西の方に見えたのですけど、ワグナスさん何か知ってますか?」 詰め寄るアイザックさんから離れて、一息ついた私に、質問をしてきたのは僧侶ジャルディーノさんでした。 「もしかしたらアレは…。デインの呪文なのではないかと…。皆で話していたのです」 「…そうですね…。そうかも知れないですね。私には返答しかねます」 「そうですか…」 「どうしても、ニーズさんが帰って来ない時には、皆さんに迎えに行ってもらおうと思います。申し訳ないですが、もう少し待ってあげて下さい」 私は簡単な説明をし、ムオルの方向の空を険しい顔で見やる。 この後に行く予定のジパングの状況を考えて、あまり時間が無い事は分かっていました。私は思い立って、再びお仲間さん達の宿から離れます。 ルーラで向った場所は竜の女王の城。 困った時の最終手段とも言える、あの方の元に向います。 「…すいませんね。まだ、休んでいたいところでしょうに…」 「まぁ、そうですね…」 「聞いて下さいよ。ニーズさんたらですね、こんな事を言っていたんですよ。酷いと思いませんか?」 「…………」 訊ねた人物は、衰弱した状態で横になったまま、気だるそうに会話に応じてくれていました。 「…確かに、乱暴はいけないですけど…。ワグナスさんって、弟に嫌われてるんですか…?そんな乱暴者ではなかったと思うのですけど…」 「いつも酷いんですよ。まるで人として扱ってくれないのですから。いつも泣かされています。助けて下さい」 「いえ、えっと…。すみません…。ご迷惑おかけします…。今度、注意しますから…」 「ありがとうございます元ニーズさん」 心の内で満足し、私はにこりとします。 「それからですね、お兄さん。なんとお兄さんにケンカを売ってましたよ」 「…………」 「これこれ、こんな事も言っていたんですよ。どう思います?」(嘘率高し) 「……。それはちょっと…。おしおきが必要かもですね…」 「頼みますよ元ニーズさん。わがままで、ほとほと困ってるのですよ。私の言う事なんて、てんで聞かないのですから。過去にはですね…。あんな事もこんな事も、そんな事もありました」 「そうですね…」 私の頼みに、彼は同意を示してくれました。 半分安心して、半分、私の悪戯心は舌を出していたのですが。 |
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案の定、外は今夜も吹雪いていた。 どうしていいのかわからないまま、アイツの匂いのする家で俺は一人、アイツの帰りを息を殺して待っている。 物音がする度に、帰ってきたんじゃないかと、過剰に反応する自分がひどく惨めだった。アイツを失ったと思った頃の、臆病な自分を思い出す。 今と同じ、アイツの部屋で、帰って来ないアイツをひたすらに待ち続けた、何もかもが怖かったあの頃の。 灯りもつけずに、外からの雪明りだけで俺は片膝を抱いてじっと考えていた。 ベットの上でただ一人、枕元にさらしたままの世界樹の葉と、オルテガの形見の額冠とを見つめながら。 ニーズは…。どうして帰って来ないんだろうか。 記憶が戻ってない……? なら、俺に二枚とも葉っぱを渡すとは思えない。 記憶が戻っているのに、俺に会いに来ない…?まさか、そんな。理由がない。 まさか、もう俺なんかに会いたくない?…それは、ないか。 葉っぱを貰ってるし。嫌になったんなら、大事な額冠だって俺から持っていくはずなんだから。何故なんだろう。 何故なんだろう。お前が分からないよ…。 ガタガタ。ガタ。 いつの間にか、俺は悩み疲れて眠っていた。 揺れた窓の音に俺は目を覚まし、まだ明けていない夜に、孤独を感じて毛布を引き上げる。 こんな、夜だった。いつだったかの夜を思い出して、俺は黒髪の少年のまっすぐな瞳を思い出す。 こんな夜の連続から、俺が抜け出せたのは誰のおかげだった? 遠慮もなく、閉じこもった俺の部屋に入り込んできた黒髪の少年。 今だって、窓を叩き割って連れ戻しに来そうで笑える。 「うるさいな…。もう少し、頼むから、ここに居させてくれよ…」 毎日訪ねて来た僧侶も、うるさい商人も。俺を信じてやまない妹も。 「だってな、ニーズが…。俺はニーズを待ちたいんだよ…」 「嫌だなぁ…。寝言?」 部屋の中に、誰かがいた。 くすりと俺のぼやきに笑って、振り向いた俺にそっと毛布をかけ直した。暗い部屋の中、懐かしい、青い瞳が穏やかに俺を映していた。 「ニー……!」 「ただいま」 言葉にならなくて、俺は夢かと疑い、目を擦ってもう一度確認する。 「駄目だよ。僕を探して遭難なんかしちゃ。もう、二度としないでね」 言いながら、ニーズらしき幻は枕元の二枚の葉と額冠に手を伸ばす。 「これ、ニーズ似合ってたね。ずっとしてていいよ。この世界樹の葉も、どうぞ使って」 「な……」 反論しないと、そう思うのに、口が思うように動かないのは何故。 「僕は亡霊だから、必要ないんだよ。僕なんか探さないで、君を待つ人の所に早く帰りな。嬉しい事じゃないか。君を信じてる人がいるんだよ?」 「……。う…」 俺は起き上がって、声にならずにただ首を振った。 「俺は、お前を護るために生まれたんだ。お前を護るために動き出したんだ。全部お前のために、生きてきたんだ…。これからだってそうだ」 子供に返って、俺は亡霊だと言う兄に泣きつく。 亡霊なんかじゃないだろう。そこに確かに温かさがあるっていうのに。 「ありがとう。でも、僕のために生きるのはやめて。お願いだよ」 優しいようで、けれどそれは突き放す台詞。 「今までごめんね。ありがとう。……もう、君は自由だよ。自分のために生きていいんだ。僕のために何もしなくていいんだよ。…僕を踏みつけて行ってもいい。…それは僕もお互い様だから。 「…………」 言ってる意味が良くわからないで、俺はただ、呼吸だけを荒くしていた。 鼓動が恐れから早くなる。 「待ってる友達がいるんだろう?みな君が好きだよ。所詮、僕には君を抱きしめられる腕は二本しかない。もっと、たくさんの腕に触れておいで。僕以外の人にも、こうして泣きついていいんだよ」 優しく背中を叩く。俺はもう、どうしようもない別れの予感に号泣していた。 これ程悲しいことはない。 言葉は優しいけれど、ニーズが語るのは別れを示唆するものだったから。 「泣かないで。君は強くなった。自分を信じて。仲間を信じて…。もっと、素直に人を好きになって…。そうしたら、幸せになれるよ。僕を探す必要はないよ。僕はいつでも君の事を見てるからね」 「嫌だ。ニーズ!何処にも行くなよ。お前がいなければ寂しい」 駄々をこねる子供みたいに、俺は言う事を聞こうとしない。 「僕のために、勇者として旅立ってくれてありがとう。また、考えてみて。何のために戦って行くのか。何を守りたいのか。自分を大事にしてね、ニーズ」 離れる、兄の腕を俺は掴もうとして、その手を払い落とされてショックを受けた。 「あんまり、仲間を困らせちゃ駄目だよ。ワグナスさんに暴力ふるったり」 「はぁ?そ、そんなの別に関係ないだろう」 「叩かれれば誰でも痛いんだからね。自分がされて嫌な事は人にしちゃ駄目だよ」 「…………」 帰って行くのか、幻は背を向けた。 俺は、ベットから這い出て、帰り道を塞いで、ドアの前に背中を貼り付けた。 「聞き分けて。ニーズ。君はもう、僕の後についてくるだけだった、幼い子供じゃないんだよ」 「………!」 こんなに鋭く、睨まれたことがあっただろうか。 俺はドアの前から動かされ、幻は消えて行こうとする。 「またここで、僕を待つだけなら、君は全く成長していない事になるよね」 たたみかけるように、辛辣な台詞は俺を撃つ。厳しく、俺を突き放しているんだニーズは。もう自分の後について来るなと。 「それでもいいけど…。もし、君が勇者としての道を歩むのなら、また、何処かで会えるかもね…」 帰ろうとしていた幻は、暫くドアノブを手に、その場で躊躇していた。 すっかり撃ちのめされた俺に、後ろ髪を引かれていたのか…。 視線を感じて顔を上げると、ニーズはそっと一歩踏み出して、俺の肩に手を置き、耳元に伝言を残した。 そして何事も無かったかのように、音もなく部屋から消えて行く。 後から追いかければ、ニーズの姿は何処にも見つからなかった。 本当に、亡霊だったのか……? 「意地悪言って、ごめんね。元気でいてね……」 |
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夜は明けて、空は昨夜の吹雪も嘘のように晴れ渡っていた。ニーズの幻の残した物は何も無く、本当に夢だったような気もしてくる。 俺は…。暫くは寝ぼけていたが、のさくさと身支度を始めていた。 仲間の元に帰るために。 借りた部屋を少し片付け、せっかくだったのでいくつか防寒具を借りて行く事にした。置き手紙にそれを書いて、戸締りをして後にする。 「…いってきます」 今まで誰の物かわからなかった、ワグナスから貰った魔法書を大事に抱え、俺はルーラで仲間のいる宿にまで移動する。 ジパングに近い祠の宿、この付近に来ると気候も結構変わってゆく。 借りてきたマフラーも外して、俺は宿の入り口をくぐった。 入ると、宿帳を記入する受付の前で、イライラと落ち着かずに行ったり来たり繰り返している嫌な奴に目が合う。 「ニーズ!!」 「…ただいま。遅くなって悪い」 間髪いれずに、何か言われる前に俺は謝った。怒鳴られる一秒前と分かり切っていたからだ。 「遅いんだよぉおお!!言っただろ!緊急非常事態だってなぁあああ!この馬鹿!ボケ!阿呆!」 「だから悪かったって。反省してるから」 襟元を掴んで揺さぶる、アイザックに俺は棒読みで謝っていた。 「心がこもってない!!もっと精神誠意を込めて!」 「なぁアイザック…。ジパング行く前に、話があるんだ。大事な話だ」 「なんだよ。改まって」 俺は心ここにあらずで、怒り狂ったうちの戦士も冷静に変わる。 宿の部屋に仲間を集めて、俺は話し始めた。 最果ての村でニーズに出会った、おそらくニーズが生きていると言う話を。 男部屋に集められた仲間たちは当然驚き、誰もが歓喜した。 「…マジか!?うおおおおっ!そうか!生きて…!そうか……!」 よく知っているアイザックは喜びもひとしおで、ガッツポーズを決めて感動にうち震えていた。 「良かったです。本当に良かったです。無事だったのですね」 勇者を守るためにアリアハンにやって来た所のジャルディーノも、少しだけれどうちの兄貴と交流があった。涙をじんわりと浮かべて、感動に目をこする。 「お兄様…。良かったですね。私も嬉しいです」 「そうだな、シーヴァス」 抱きついてきた妹の頭をなでて、俺は目を伏せて約束した。 「アイツも、きっとシーヴァスのこと大事に思ってくれる。会えたら、きっと優しくしてくれるから。良かったな」 「はい…。会えるのが楽しみです」 俺たちのやりとりを、賢者ワグナスは黙って、壁によりかかって傍観していた。 一番状況の分からない新しい仲間のサリサは、戸惑っていたが、遅れて追加説明をしてやる。 「悪いなサリサ。実は俺には…、双子の兄貴がいてな…。事情があって兄貴の名前もニーズなんだが…」 「愛称は元ニーズさんです」 横から、いらない補足をワグナスが入れた。 「兄貴の方が…。勇者の器なんだな。だから、勇者の呪文もアイツは使えても俺は使えないだろうし。何処にいるのか分からないが…、本当に勇者と呼べるのは兄貴の方なんだ。それでも、一緒に来るか……?」 「ニーズさん…」 意外そうな顔で、サリサは周りの反応を見てから返事を返す。 「私なんかが言えた義理ではないですけど…、私、勇者なら誰でもいいと言うわけでもなくて…。ニーズさん好きですよ。今いる皆が好きですし…。お兄さんとも会って見たいですけど。でも、勇者なら目指す場所は一緒ですよね?私はこのままニーズさんと一緒にいたいと思います」 「どうせ世界を回るんだから。しかも同じくバラモス打倒を目指す勇者なら、元ニーズとも何処かで会って、きっと一緒に戦えるよな!!なんか燃えて来た!リューにも教えてやらないと!」 サリサに続いて、アイザックも熱く決意を語る。 「そうだな。ジパングのゴタゴタ解決したら、アリアハンへ行って…」 アリアハンの友人の名前に、俺はそう決める。 その内、ナルセスにも教えてやろう。 本当は双子なんかじゃない、事実を知っているのはワグナスとシーヴァスとジャルディーノの三人。アイザックには双子だと言って、サリサにも今そう話した。 ナルセスもそれでいいだろうな。 「よおおおしっ!燃えて来た所で、早いとこジパング行こうぜ!早くしないと手遅れになる!船出準備だ!」 アイザックは先陣を切って準備に乗り出し、つられて、仲間たちも身支度にせわしく動き始める。 真の勇者たるアイツが生きているのに。俺がこのまま勇者でいていいなんて。 全員がまだ俺と一緒にいようとしている事が。 どうして今なお、俺は戦おうとしているんだろう。 ただ、一人小さな部屋の中で、待っているだけの自分には帰りたくなかっただけだ。答えは見つからないけれど、ただ俺は「外」にいたかったんだよ。 ニーズにも会いたい。 部屋の中、身支度する仲間たちの中で、俺は一人、ベットに腰掛けて悠長に考え込んでいた。 ワグナスが知ったような顔で、いつの間にか、にこにこしながら覗き込んでいた。 「良かったでしょう?帰ってきて。やはり、皆さんと一緒にいたいですよね」 ガッ。 半分条件反射で、俺は拳で顔面を殴りつけていた。 「ひっ!酷いですっ!元ニーズさんにも注意されたでしょう!?偉大なる賢者さんに暴力ふるってはいけませんよと」 鼻血を押さえて、ワグナスはシクシクと泣いて抗議する。 「…あぁん?…お前、まさか、妙な事吹き込んだか……?」 良く考えればおかしかった。 なんでコイツに暴力ふるってるなんて、ニーズが知っていたのか。 「元ニーズさんは優しいですからね。亡霊となっても、人のために弟を叱りに行ってくれるのですよ。私の祈りが通じて、またお兄さん怒りますよ?」 「この窓から突き落とすぞ」 首の後ろを掴んで、俺は窓越しで脅した。 「…ふう。もう、ニーズさんは…。いい加減にしないと、私も奥義を出しますよ」 いきなり強気になって、ワグナスはニヤリと笑う。 「なんだよ、奥義って…」 「モシャス!」 「!」 ワグナスは唐突に呪文で変身して、俺は思わず怯んだ。そりゃあ怯んだ。 「わぁっ!ニーズさんですね。それとも元ニーズさんですか?」 横で荷物をまとめていた、ジャルディーノが嬉しそうに歓声を上げている。 「ふふふ。どうですか。これなら殴れないでしょう」 しっかり服までアイツ仕立てにしていて、芸が細かい。 「中身がお前なんだから知るか!!」 「 「!!」 殴ろうとした腕は寸時にして止まる。 青い顔したニーズがふらりと倒れて、俺は思わず追って屈み込んでいた。 「おいっ!大丈夫かっ…!……って、あ バシッ。 あまりに奴の勝ち誇った顔がむかついたので、俺は目を瞑ってワグナスを叩いた。 さすがに悔しいがグーでは殴れなかった。 「…殴ったね。父さんに殴られたこともないのに!」 「おい…」 頬を押さえて、変身したままのワグナスはまだふざける。しっかり、アイツの顔なんだから非常にやめて欲しい。勘弁だよ。 「いいかげんにしろよ!変身やめろよ!」 「二回もぶった!僕が一番うまく光の玉を使えるのに!」 「その顔で遊ぶなぁああぁっぁぁぁああああ!!」 俺の絶叫は宿屋じゅうに轟き、俺は続けて泣きたい気分になった。 ホントに情けない事に、その姿でいられると殴れない。俺は自分の馬鹿さかげんに本気で泣けた。 「コラー!ニーズ!何ワグナスと遊んでんだよ〜!」 「アイザック、頼む!アイツを殴ってくれ!刺してもいい!ジャルでもいいぞ!」 「えっ?ぼ、僕ですか?!」 「ワグナスさん…、それが、元ニーズお兄様なのですか?」 「そうですよ。こんな感じですかね」 奴の遊び心に火が付いたのか、騒ぎに寄って来た女二人を両脇に抱えて、変身したワグナスは悪乗りする。 「シーヴァス、会いたかったよ。君みたいな妹ができて嬉しいよ」 言って、思い切り抱擁。 「サリサさん、こんな可愛らしい人が弟と一緒だったなんて。羨ましいな」 「そんな事言わね〜!何処のたらしだー!」 「ニーズ、ワグナスさんには敬意を払わないと駄目だよ。借りた剣もちゃんと返してね」 「まだ根に持ってたのか〜!」 祠の宿屋には、場違いな悲鳴がこだましていた。 |
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宿屋では、ジパングに関する事件の報告がされていた。 彼らを手引きする商船を見上げて、僕は少し疲労を覚え、宿の庭先に身を屈めた。 「すいません。ちょっと、無理でしたか。帰って休みましょう。まだ呪文の疲労が残っているでしょう」 宿の影で休んでいた僕の脇に、日差しを背に賢者が小声で声をかける。 「おかげで、いいものが見れました。ニーズ、本当に楽しそうだ…」 「そうですね。あんなに叫んで。私も仕返しができて良かったです」 「その事なのですけど…。ワグナスさん…」 「はい?」 「ちょっと、やり過ぎだと思います。それに僕も、あんな事言いません」 「…………」 にこにこしていた、ワグナスさんもさすがに危機を感じた様子でした。 「…すいません。実は怒ってますね。元ニーズさん」 「怒ってないですよ。体調が良くなったら、デイン系の呪文を練習しようと思うんです。付き合って貰っていいですか」 「………」(にっこり) 「………」(にっこり) お互い笑顔を交換し合って、ワグナスさんは観念したように了承する。 「では…。ランシールへ向いましょうか…」 |
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世界樹から落ちた、二枚の葉、 消して元の幹に戻る事はない。 |
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+ムオル編 あとがき+ 読んで下さりありがとうございます。<(_ _)> 元ニーズには多くの反応が貰えて、全く作者冥利につきました。光と影が反転し、それぞれの道を往く二人のニーズ。再会はいつになるのでしょうか。楽しみです(鬼) 元ニーズは仲間にならないわ、フラウスとは別れてるわ。ニーズとは再会も微妙だわ。裏切りまくりですいません。お話は核心、クリティカルヒット!そして最後にオチ。(え?) 元ニパワーで怒涛の更新でした。ありがとうございますv |