「空を裂く」

 最果ての村ムオルから更に北西。
 そこには一大陸もあるような深い樹海が延々と拡がっていた。
 樹海から先、西のカザーブ、ノアニール地方までの間の大地には人の住まう土地は見られない。

 深い森と険しい山脈、そこに人は介入せずに過ごしてきたのは、無意識に神聖なる土地と知っての畏怖からだったのかも知れない。
 樹海には四つの岩山が四方に正しくそびえ立ち、その交わる場所に世界樹は世界を癒し立っていた。
 けれど数百年もの昔に世界樹は枯れ果て、姿を失っている。


 私は世界樹の消えた跡に残る聖気を頼りに、そこに大切なものを封印した。
 偶然にも出会った、古から生きる銀髪のエルフの一人に封印を頼んで。
 世界樹の跡の大地は、そこだけ森にぽっかりと穴が開いているのですぐに知る事ができる。私は跡から少し離れた場所で、一人ニーズさんを待っていた。

 記憶を思い出して、ニーズさんがどんな顔で私に会ってくれるのか。声をかけてくれるのか。それとも、もう二度と声をかけてくれないのか…。
 私は静かに彼を待ち、自分のすべき事を冷静に考えていた。
 私は人ではない、魔に属する者。
 ニーズさんとは一緒にはいられない。
 魔物を裏切った私にはもちろん、魔物側にも帰る場所などない…。私にできるのは、彼の障害にならないように     

 日は沈み、闇はますます濃く重く私の回りに満ちてくる。
 余りに、想う人のことばかり考えていた私は、闇から現れる気配に反応がまばたきひとつ遅れてしまった。
「フフフ。お別れの時が来たようね…」
 気づいた時にはもう遅く、私の背後には姉のユリウスの囁きが響いていた。私の首元に光を放つ銀の大鎌で、いつでも首を落とせる位置に一瞬にして現れる。

「私は、ニーズさんのために、消えます」
 身動きできぬまま、汗だけがつうと首筋を伝う。
「そんな事、優しいあの人にできるのかしら…」
 私の想いなど、見透かしていたかのようにユリウスは笑う。

「長かったわね…。二年以上もの間。あなたにとっては短かったかしら。二年もの間、私から勇者を隠して…、ご苦労だったわね…」
 ユリウスの声には凄みがあり、私は彼女の怒りの深さを知る。

「ラーのよこした僧侶に邪魔され、暫く動けなかったのをいい事に、私の勇者を連れ去った。しかも毎日私の勇者に手を伸ばして…。とても許せるものではありませんわ」
 不意に、ユリウスは私の背後から去り、深紅の瞳をたぎらせて怒りのままに睨みつけてきた。
「消える?させるはずがありません。あなたも大事な駒の一つ。おかげであの人はまた苦しむのです」

 暗闇から遅れてもう一人、姿を現す者がいる。
 小柄な少年の魔法使い。黒いフードから紅い双眸を覗かせ、ユリウスの反対側で私の逃げ場を塞いで対峙する。

「姉上、お久し振りです。随分、力を失ったみたいですね」
「ファラ!……。あなたも…」
「裏切りには驚きましたが…。勇者に惹かれたのは納得ができます。姉上もユリウス姉上と同じ、あの勇者が欲しいのでしょう?だったら戻ってくればいいんだ。姉上二人と、勇者とは一つになる。元々姉上二人は、同じ存在のようなモノなのだから」
「できないわ。そんなこと。私は彼のために消えるの」

 私はこれまでに勇者を護るために多くの力を失っていた。
 ここで二人を相手に戦っても到底勝ち目がない。
 闇の心をあの人に消された、私の力は以前の半分にも満たない程に落ち込んでいる。鎌を携え、それでも戦いを覚悟して私は宣言をした。
「ユリウス、ニーズさんは闇になんて屈しないわ。あなたが画策する、勇者オルテガの真実を彼に伝え、私は消えます!」
「オルテガは最後の切り札なのよ」

 近しい二人への抵抗は、何処まで通じるのか。
 あなたに会って、伝えなければならないことがあります。
 父親、勇者オルテガの話を    

++

 森の深遠たる闇に、粉雪はしんしんと音もなく降り積もり、大地を白く染めようとしていた。案内された古き巨城を前に、僕はこれまで開かなかった口を開く。

「ここは…。ワグナスさん、ここは何処のお城ですか」
 黒髪にいくつか雪を被って、白い息と共に僕は訊ねる。見たこともない巨城、周りには山脈しかなく、人の生活の匂いすらも感じない。
 隔離された廃城のようにも見えた。
 いつの時代のものかもはっきりしない、大きな古城にルーラの呪文で降り立ち、賢者ワグナスはにっこりと笑いかける。
「人は…、ここは知らない場所ですよ。周りの山脈は人には越えられないですからね。ここは竜の女王のお城です。竜族の最後の王が、あなたをお待ちですよ」
「竜……」

 伝説に残る太古の種族の名前が出た。
 巨大なトカゲのような屈強な肉体に、鋭い牙、固い鱗、神に継ぐ最強の種族として名前を残しているが、もうすっかり伝説の中だけの存在になっていた。

「…竜族、今も、生きているのですね…」
「ええ、もう、数名になってしまいましたがね…」
 今も健在と言うには、その古城は静か過ぎた。
 生活の営みの気配すら感じない、もの寂しい城の城門に立ち、賢者と共にここへ僕を案内した銀髪のエルフがゆっくりと門を開いて振り返る。
「どうぞ。勇者様。賢者様もね」

 城の中へ案内されながら、僕はエルフの後姿をぼんやりと見つめていた。
 別れたフラウスが、あの後ユリウスに連れ去られたと僕に教えてくれた、彼は賢者の知り合いで名前をシャトレーといった。
 長身で、斜に構えた視線の持ち主で、僕を何処か喰ったような態度が不愉快でもあった。
 城内は物音一つせず、ゆらゆらと壁の燭台だけが暗い廊下を照らす。
 僕は森でのエルフとのやり取りを思い出している。

「フラウスは何処へ…。行き先はわかりませんか。無事で…、怪我などはしていたんですか」
「さすがに、行き先はわからないね。ひとまず無事ではなかったけど、怪我と言っていいものなのかな。うちらの様に血を流すわけでもないのに」
「…………」
 あからさまに冷たい台詞に、僕は静かに不快になっていた。

「フラウスさんも…。やはり闇の魔物…なのですね。実体を持たないような」
「ピラミッドでそう分かったんだよね。良く知らないけど、もう一人の少年は「姉上」と言っていたよ。みな一緒くたなんじゃないのかな」

 よく聞けば、ユリウスともう一人いた黒いローブの少年は、賢者ワグナスと因縁深き相手らしい。
「…私、その少年に封印されていたのですよ。そうですか、「姉上」…。彼も強い力の持ち主なのでしょうね。しかし、きっちりと報復はしたいものです」

「あのフラウスって死神さんは…、正確に言えば、連れ去られたと言うよりも、『取り込まれた』って言った方がいいのかも知れないな」
「取り……?」
 エルフの不気味な発言に、嫌な予感が襲う。
「ちょっと痛めつけられて、大人しくなったところを、あのユリウスに取り込まれたんだ。遠くから見た限りでは、そう見えたんだよね…」
「…………」
 考えたくはない、結論を僕は否定していた。
 もう、彼女は何処にもいないのだと……。


 城内には僕らの足音だけが寂しく響き、そのまま玉座まで誰にも擦れ違うことはなかった。玉座の置かれた広い部屋内までもが無人で、そこには広い台座の上に彫像のような竜が一体死んだように眠っていただけ。
 良くできた竜の石像のように見えた。
 ぴくりとも動かず、呼吸している様子も伺えられない。
 エルフは部屋の入り口で控え、賢者はそのまま静かに竜の前に進み、かしこまって頭を下げた。

「久しくなります。竜の女王様。ルビスの使いの一人、ワグナスで御座います。覚えていらっしゃいますでしょうか」
 竜の石像は、パラパラと固まり付いていた埃のカケラを落としながら、じんわりと頭を上げる。巨大な竜は、随分と衰弱していて老竜を思わせた。
 揺れる燭台に照らされて、巨体の影は天井までもゆらゆら揺れている。

「賢者ワグナス…。覚えておるとも…。よくぞ、我が竜の子を連れてきてくれた」

 緩慢とした動きで、竜の女王は人の言葉で挨拶を交わす。
 しかし、その声にも消え去りそうな弱弱しさが濃く現れていた。
「覚えておいででしたか。ありがとうございます。あなたが待ち望んだ、最後の竜の子はここに。ニーズさん、女王は、あなたの父オルテガの祖母にあたる御方です」
「…な……」

 女王の眼前まで恐る恐る歩み寄った僕に、信じられない報告がもたらされる。
「オルテガ様は、竜族の娘と人との間に生まれた戦士でした。あなたは竜の血を引いておられるのです。そして、おそらくは最後の…」
「………………」
 見上げた、竜の女王は愛おしそうに僕に首を伸ばして寄り添った。

「懐かしい…。新しい竜の匂いがするの…。よくぞ無事であってくれた。もはや我々は滅びようとしている。そなたは最後の竜の子かも知れぬ。名前はなんと申す、若き竜の子よ…」

「…ニーズ、です。女王様」
 固い鱗に触れ、巨体に反して儚い女王に、僕は優しく返した。
 触れれば伝わってくる、女王の命が消えかかっていることも、種族の滅びも、そして深い寂しさが…。

「女王様、あの『卵』は…。まだあのままなのですか」
 控えめに、賢者は女王に問いかけていた。

「卵は生まれぬ。もう何十年も…。竜の形を取れる竜は、おそらくは私で最後になろう。寂しいことだ…」

「そうですか…。まだ、……」
 賢者の顔にも悲痛が覗いていた。
「ワグナスさん、卵と言うのは…」
「はい。数十年前に、女王様が生みました竜の卵です。月日が経ってもお子様は誕生せず、何をしても沈黙したままで…」
 滅び行く種族には新しい命が希望となる。生まれぬ卵はいまだにこの城で温められているというのだ。

 女王との謁見の後で、僕はその『卵』にも会わせてもらった。両手にズシリと重い、石の塊のような卵。二人の老エルフが卵を常に護っていると教えてくれる。

「この卵が生まれなければ…。この世界は滅びます…」
 卵を手にした僕に、賢者はぽつりぽつりと世界の真実を語り始めた。


「人は竜の存在を忘れましたが…。ここは元より、竜族の住まう世界でした。竜族は我々神族よりも古き種族で、我らにも匹敵する力のある種族でした。人は神を信仰していますが、この世界を要として守っているのは実は竜の王…。竜の姿に恐れをなした人々は、ついには竜を神としては崇めなくなったのです。悲しいことです」
 賢者の語らいに、卵を守護する老エルフ二人は隅で控え、無言で肯定している。

 卵の安置された台座に僕は卵を戻し、賢者と同じように物言わない竜の卵を静かに見つめる。

「女王は、その命を終えようとしています…。卵が生まれなければ、この世界を守ってきた竜は絶えるのです。この世界も、朝の来ない闇に閉ざされた世界になるでしょう」
「朝が……」
 賢者ワグナスは、僕に自らの世界の危機を話した。
 精霊神ルビスの生み出した世界、アレフガルド。
 この地はルビスが封印され、闇に閉ざされているという。朝が来なくなってもう数十年。「朝」と言う光を見たこともない子供も多くいるのだと。

 この世界にも闇は襲ってきているが、竜の女王、そしてこの地にある「光」のおかげで、まだこの世界は闇に閉ざされずにすんでいる。
 竜の滅びはこの世界の滅びにも等しいのを知った。

「光、と言うのは、ニーズさん。あなた自身なのですよ」
「僕が…?竜の子孫、だからですか……?」
「竜族は…、偉大なる力を魔に対抗するために創りだしたのです。それは神族と竜族の力の結集、しかし、竜族にしか扱えません。竜族にも、限られた者だけが扱えます。
『光の玉』は、あなたの中に存在しています」

    僕は、自分の胸を無意識に押さえていた。
 光の玉の伝説も伝わっている。
 全ての闇を払う、「光」の集結した宝玉。


「魔王の闇の衣は、光の玉失くして、決して剥ぎ取る事はできません。オルテガ様は竜の子であり、光の玉を扱える勇者でした。いえ、光の玉を宿せたからこそ、勇者と呼ばれたのです。
ルビス様に守りを授かり、光の玉を護り、魔王を倒す役目をおって、オルテガ様は旅立ちます。そこで、予想しなかったのは…。光の玉は、子を設けたことにとって、あなたに引き継がれてしまったのですよ…。運命は、大きく変わろうとしています。あなたは最後の竜の子。最後の希望なのです」
「…………」
 滅びゆく竜族。そして竜の見守ってきた世界。寂しそうだった女王。
 僕は、熱くなる胸を押さえ、固く唇を噛んだ。

「…僕は、勇者になりたい」

 自分が、特別だとは何処かで理解していた。
 死神が見えたことや、父親が勇者だったことや、魔法が使えたことや。呪いなどかけられたことや。
 生まれて初めて、漠然としていたその理由を知る。

    光の玉……。


 全てはたった一つのその「光」のために。
「僕にしかできないのでしょう?それなら、僕は果たすまでです。迷いはありません」
 多くの決意を胸に、僕はにこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。「光」を扱う術はここにあります。私でも扱えない、人は「勇者の呪文」と呼ぶ…。聖なる光の槍。後程女王より教えられるでしょう」
「はい」
 僕は卵にもう一度手をかけ、微笑んでその部屋を後にした。
 城に暮らす数名のエルフに挨拶し、光の呪文書を授かり、あてがわれた一室で横になる。
 久し振りに、ムオル以外で迎える夜を複雑な思いで見つめていた。
 
 多くの事がありすぎた……。
 僕は引きずり込まれるように眠りに落ちていった。

++

 今この世界には、完全なる竜はもう女王一人しか存在していなかった。
 竜の世界だった地に神が降り立ち、そこへエルフ族が新たに暮らすようになる。世界樹を護り、竜族とも友好的に生活していた。
 いずれはまた別の神により、人が生まれるが、人と竜、エルフとはなかなか交流が成される事はなかったと聞く。
 竜とエルフの暮らす領域に人は入ってこなかった。

 以前の闇との争いによって、世界樹は枯れ落ち、不死鳥ラーミアが封印され、竜も人もエルフも絶大な被害を負った。
 繁殖力のある人だけが滅びの道を免れ、今では世界を闊歩しつくしている。

 世界樹が枯れた事によって、エルフの一族も種族内にいくらかの異変を生じていた。枯れた世界樹の根元を持って、西方ノアニールに逃げた純血の一族。
 ここのエルフは純血であるのが誇りで、多種族を疎む傾向が強い。

 同じく滅びゆこうとしている、竜族と交わったエルフ族がいる。
 通称では、古(こ)エルフと称される。純血のエルフよりも更に永く生き、竜の血によって者によっては更に強い力をつける。
 新しい命は生まれにくく、殆どが高齢なことから、古エルフと呼ばれるらしい。
 森の種族、純血のエルフは基本的に髪は緑。
 古エルフは金、銀と、異色なのが特徴だった。

 残された竜は一体。
 古エルフも残るは数名となった中で、城を抜け出し盗賊などを働いているシャトレーとデボネアは最も若い古エルフに当たった。
 あとは高齢で、じっとこの城にて世を嘆くばかり。
 だからこそ、二人は外へ遊びに行くのだけれど。


 城に勇者を連れてきたシャトレーは、同族連中に感謝されるのを軽くあしらい、相方のデボネアを相手にぼやいていた。
「全く、老人達は勇者、勇者と、それだけでもう勝ったつもりでいるよ。おめでた過ぎるね。勇者が生きていたのは驚いたが…」
 久し振りに帰った城内の自室で、窓の外の雪景色を眺めながらシャトレーはテーブルに頬杖をつく。

「光の玉、世界樹の跡に埋めたのはお前なんだろ?麗しい死神の美少女に頼まれてサ…。まさかその死神さんが、勇者まで匿っていたとはー。…つまりはその美しい死神嬢はこちらの味方ってことだ!」
 嬉しそうに、酒を片手にデボネアはテーブルをダン!と叩く。
「ああ、助け出して味方にできないかなぁ〜」
「言っておくけどアレは魔物だよ?おそらくとびっきり上級の。お前とうとう魔物と交わるか」
「人型ならなんとかナル!!」
「…あ、そう」

 …でも、アレは、また振られるぞと、俺は呆れ顔で、でも言わずに傍観していた。
 話題は、また勇者へと戻っていく。
 デボネアは、素直に勇者登場を喜んでいるようだったが……。

「最後の竜の子かー…。俺らにもう女いないしなぁ。お前の姉さんいればまだなんとかなってたのにナ〜。いやいや、光の玉もある事だし、なんとか世界を守ってもらうしかないな!」
「うちの姉貴は、お前なんぞ好みじゃないって常々言っていたよ。アレは面食いだったからな」
「お姉さまいけず!!」

 竜の女王の娘も人と結ばれたけれど、俺の姉も人を追いかけた者の一人。
 その男も勇者と呼ばれていた、オルテガとは違って、だいぶ女遊びが過ぎたらしいが…。馬鹿な姉はそんな勇者に入れ込み、そして庇って命を落としたと聞いている。

 その子供は、普通だったなら、竜の血も併せ持つ古エルフの子供。
 竜の子供とも言えたはずだったのが、なんともはや、父親が尋常な血の持ち主ではなかったらしい。
 生まれた娘には父親の、勇者の血が濃く流れた。
 サマンオサに名を馳せた色つき勇者、戦士サイモン。
 その娘は竜の子ではなく大地の子、サイモンは大地と炎の神ガイアの戦士だったが故に。


「勇者だからと言って、『何かが』できるまでの奴は、なかなかいないよ」
「否定派だなー」
「そう。俺は神も信じないし。勇者も信仰していないんだ」

 滅び行くなら、それも面白い。
 誰かがそれに足掻くなら、それも面白い。

 オルテガもサイモンもいなくなったこの世界で、勇者と呼ばれた最後の子は何をしてくれるんだろうか?
 そして勇者の元に集まる神々の意志は?
 精霊神ルビスは賢者ワグナスを。太陽神ラーはあの赤い少年を。
 主神ミトラは、隼の剣を。
 あとは大地と炎の神ガイアも、夢の世界のゼニス王も、その内に手を加えるのかも知れない。

 全てのものは、いずれ滅びるんだよ。
 竜も、神でさえもね。そして世界も。
 ひっそりとそれを待つかのように、白く世界を染めて静かに雪が落ちる。

++

 シン…、シン…。
 雪景色の中に、素足で僕を待っている女の子がいた。
 景色に溶けるような美しい銀の髪を一つに編んで、悲しそうにそっと呟く。
「ニーズさん。逢いたいです…」
「…フラウス!」
 どれだけの時間、僕は眠りに落ちていたのか、まだ夜明けには早い時間。僕は夢を見て跳ね起きていた。


 借りた部屋の窓辺、バルコニーに気配を感じて、ベットから出た僕はそっと曇った窓を擦る。
 幼い頃からの記憶のように、小さな女の子がそこにひっそりと立っていた。
 夢と違わぬ悲しい瞳で、雪景色の中に彼女の姿はふうっと薄れ、城の外へ移動していく。じっと、こちらを見て、僕が追って来るのを待っていた。
 黒い服の肩に雪を積もらせ、手には死神の鎌を握り締め。

 僕は、追わないわけにはいかなかった。
 上着を着てマントをはおり、部屋を飛び出し城の外へ出る。
 彼女を呼べば、待ち望んだ彼女が城を覆う森の入り口に隠れて現れるのが見えた。雪の上に足跡を残しながら、僕はフラウスの傍に駆けた。

「無事だったんだね?!心配したんだよ!」
 息を切らした僕の、腕の中から彼女は逃げないで、そっと抱き返してくれる。
「ニーズさん。そのまま……」



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