「関白宣言2」

 アリアハンへは、イシスの騒動の後帰ってから、また暫くぶりの帰還にあたる。
 しかし、余りにジパングで嫌な思いをさせられたせいか、自分の馴染んだ風景に降り立つと非常に安心するものを覚えた。
 田舎の国だが、穏やかで、暖かい平和な時間がゆっくりと流れてゆく。

 家の前に降り立ち、自分の国の良さを感じていると、腕を掴んだジパング娘が思い切りおのぼり具合を発揮してきょろきょろしていた。
「ここがアリアハンなのですか〜。あ、あれはお城ですね。あ、海が見えます。塔が見えますね。ここが、ニーズ殿のご自宅ですか???」
「恥ずかしいからキョロキョロするなよ。後で町中は案内してやるから」

「嬉しいです。どきどきしますねぇ…」
「ただいま。母さん、いる…?」
 家に帰って、すぐに突然の帰宅にパタパタと駆けて来る母さんは、横に見知らぬ女がいるのを見て、にこりと挨拶する。
「お客さんね。いらっしゃいませ。ニーズ、おかえりなさい」
 買い物を終えて、これから夕食の支度に取りかかろうとしていた様子で、母さんはエプロンをして黒髪を後ろでまとめ上げていた。

「良かったら夕食、食べて行きなさいね。そちらの方も…」
「はい!ありがとう御座います!あの、お母上、私はサイカと申します!ジパングより参りました!」
 緊張のあまりに声が大きくなり、サイカは動作がいつにも増して挙動不信に、おおげさになってゆく。お茶を出されて食卓に落ち着き、隣にサイカもぎくしゃくしながら腰掛ける。そこまで来て、ようやく、俺はぼそぼそと用件を話し始める…。

「あ…。実は…。お願いがあって、ここまで来たんだ…」
「なにかしら?サイカさんのこと?」
「うん…。突然で申し訳ないんだけど、暫くコイツを置いて欲しくて…」
「暫くではないですよ。ずっと一緒にいるのです」(ぼそぼそ)
 切り出すと、横から反論が耳元で囁かれる。
「お前は黙ってろよ」(ぼそぼそ)

「実はジパングで事件があって…。翡翠って、知ってるかな。母さん」
「翡翠…まぁ、懐かしい名前だわ。勿論知っているわ。昔、旅に出ていた頃、少しの間一緒に旅をしたの」
「まああっ!父上と!私はその翡翠の娘で御座います」
「それは…。そうですか、サイカさん、懐かしいですわ…。あなたのお父様には、何度も助けて頂きました。彼の娘さんなら、断る理由はありませんわ…。好きなだけ居て下さいね」

「きゃああっ!有難う御座います!母上殿!!やりましたニーズ殿!父上のおかげです!」
「良かったな。くれぐれも母さんに迷惑かけるなよ」
「あの、私、炊事洗濯掃除、なんでも真面目にこなします故、宜しくお願い致します!」
「うふふ。そんな、気にしないで下さい。今は一人で居るので、時折話し相手が欲しくなるのですよ。娘はいないですし、うれしいですわ」
「そ、そんなっ!娘だなんて…!!お母上…!!vvv」
 言いつつ、しっかりサイカは喜びに踊る。

 ジパングで起きた事件の簡単な説明と、アリアハンの事と。
 説明と質問は交互に交わされ、夕食を協力して二人は作り始めた。
 半ば呆然と見つめ、俺は頬杖して夕食ができるのを一人待っていた。

「サイカさんは、うちの子の恋人なのかしら?」
 …聞こえてるよ……。
 台所から女二人の楽しげな談話がこぼれて、顔をしかめて横を向く。
「きゃあ!そう見えてしまいましたか!?あの、内緒なのですけど、ニーズ殿に求婚されたのです〜!」

ガッターン。
 

派手な音を立てて、椅子ごとそのまま俺は落下していた。
 わなわなプルプル震えて、濁流のように流れ込んで来る乙女会話に俺は心底脱力してゆく。
「えっ…?あの子が…?」(汗)
「ああ見えて、実は情熱系なのですよ。「俺のために生きてくれ」(←真似してる)なんて言って〜vvv」
「まぁ…」

「そ、それからそれから、私を妻にして下さって…vは、初めてのきっすが…v」
「サイカさんっ!指も切れてますっ!!」
「えっ!あっ!私とした事がっ!」
ドンガラガッシャンシャーン。
「きゃああっ!すいませんすいません!思わず思い出して惚けてしまいましたっっ。今片付けます〜!!」

 ……。何をやってるんだかよぉ…。

「火傷はない?気をつけてね」
「はい!大丈夫です!以後気をつけます!!」
「でも、そんな話も、意外だけど、あって当然なのよね…。あの子も年頃の男の子なのだもの…。ひょっとしたら、生きてる内に孫に会えるのかしら…。考えた事も無かったわ…」

「ま、孫だなんてっ!!きゃーっ!!そんなのまだ早すぎます〜!!!」(*>Д<)ノ

「きゃ……!」
ドンガラガッシャンシャーーン。バタッ。

「ああっ!お母上!すみません!思わず力いっぱい押してしまいましたっ!お怪我はありませんかっ」(汗)

「おい…。飯ぐらい静かに作れよ…」
 さすがに呆れ果てて、酷くげんなりした俺は台所に文句を言いに覗く。
「ああっ!ごめんなさい。今すぐできますから〜」(汗)(汗)(汗)
「母さんが怪我したら、問答無用でお前追い出すからな」
「…大丈夫よ。ちょっと、驚いたけど…。変な事言ってごめんなさいね…。ごほごほ…」
 母さんは明らかに無理して、ふらふら立ち上がり、夕食の支度に戻る。
 
 暫く後ろで見張っていると、さすがに俺の噂はしない。
    かと思ったんだが…。

「あの、御母上、ニーズ殿はどのようなお子だったのでしょうか。小さい頃ですとか…。昔からこうしてあまり素直ではなかったのですか?」
「おい!!!」(怒)

「まぁまぁ、良いでわないですか〜…」
 必要以上に人参の皮を剥き、床にボトボトたっぷり身の付いた人参を落としながらジパング娘は「うふふ」と笑う。
「……。サイカさん、手元はちゃんと見てね」(苦笑)
「あっ!仲の良い女子など、まま、まさか、居ないですよね!?い、いましたら、宣戦布告に参りませんと…」
「いないから黙って飯作れ!!」(イライラ)

「でわ、私一人なのですねっ!良かったです〜vvv」

ざく。

「あ」
「いたっ……!」
 包丁右手に持ちながら、両手こぶしを頬に当てたサイカの、頬からつつーっと赤いすじが溢れて滲む。
「…っ馬鹿!!!!もう、座ってろ!!!」
「え、えええええ〜っ!!!?」ヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノ

 かつて有り得なかった位に家の中がうるさい、ジパングからやって来た騒音公害。
 でも、そのかわり過去にあった重い空気は何処にも見当たらなかった。

 母さんとは、仲良くやっていけそうだな。
 深く深ーく、疲れたため息をしつつも、喧騒激しかった夕食をすませ、その後で夕暮れの町を簡単に案内してやる。
 ここでも恥ずかしい事ばかりを町の連中に暴言吐くので、怒り狂ってさるぐつわを噛ませて連れ歩くと今度は誘拐犯呼ばわりされたがために、わざわざ教会でマホトーンをかけて貰って口を封じて歩いた。
 つくづく、面倒のかかる女だよ。お前は…。

++

「じゃあ、お前の部屋はここな。荷物はおいおい自分で片付けろ。おやすみ」
 その日の晩は、サイカが家に来て初日の事もあって、アリアハン自宅で明かし、朝方仲間の元に戻る方向に決めていた。
「……。なんだよ」
 自分の部屋に戻ると、後ろにサイカがくっついて部屋を覗き込んでいたので、思わず冷たくあしらう。
「ここがニーズ殿の部屋ですか…。綺麗ですね」
「なにジロジロ見てんだよ。早く寝ろ」
「はぁ〜い。あのっ」
「なんだよ」
「……。着替え、覗かないで下さいね」
「早く寝ろっ!!」(怒)

 激しく扉を閉めて、今日何十回目かのため息をまた記録更新する。
 乱暴に上着を脱ぎ捨てて、机に放り出し、肌着になってそのままベットの中に潜り込む。するとまたしても扉がノックされ、返事も待たずにサイカが顔を覗かせる。
「…まだなんかあんのかよ…」
「あの、こちら新しく卸した寝巻きなのです。可愛らしいでしょう〜」
 白い丈の短めな着物で、袖を広げ自慢げにサイカは扉の前でさまざまな角度の自分を見せつける。
 ジパングらしい花模様が裾の方に染め上げてあって、品物は良質だった。
「…はいはい。おやすみ」

「えええ〜!つまらないです!もっとちゃんと良く見て下さい!白い太ももですよ。生足ですよ。ぴちぴちですよー」
 寝返りして背を向けたその肩を激しく抗議に揺らす。…うっとうしい…。
「……。むう〜」
 ふくれて、静かになり。もう諦めて帰ってくれるかと安堵していた。
 ……。甘かった。

ガタ。ゴト。

「………??」
 奴が部屋を出た音はせずに、代わりに奇妙な物音が始まる。
 起き上がって暗闇に目を擦れば、何故かタンスを開けて中を覗き込んでいる女の姿が……。
「…………………」
 ガタ。バコ。バタン。
「…………何してるんだ」
「え?何って、タンスを覗いているのです」

 俺は着物の首の後ろをむんずと掴み、部屋の外に放り投げる。
「ああん!酷いです!タンスを調べるのはお約束ですよ!」
「何のだっ!」

「そんなに怒って、まさか見られて困る物でもあるのではないでしょうね!ええええ、えっちな本ですとかっ!!」
バッタン。

 ムカツキ具合も最高潮に達し、俺は無言でドアを閉め、鍵をかける。横になっても暫くは廊下から泣き言が届けられていた。
「開けて下さい…。ニーズ殿〜!」
 どんどん。どんどん。

 暫くして。全く音が聞こえなくなり…。


    ガチャリ。
「なに…?」
 鍵の開く音、そして開かれたドアから女が入って来て、俺は言葉も無くベットの上で唖然呆然とそのまま迎えてしまう。
「……。こんな時もあろうかと、御母上から鍵を受け取っていました」
「…………………。侮れない奴だな。さすがに、驚いた」

 俺のいるベットに上って、一変して、その口は哀しそうに呟く。
「追い出さないで下さいませ。寂しいです」
「…………………。ご、めん…」
 悲しませた、今更それに気がついて、もう冷たい言葉は捜せなくなった。

「また、暫く会えなくなってしまうではないですか。傍に居させて下さいませ…」
 布一枚の境界線だけを残して、抱きつく女の柔らかさに、頭の奥がクラクラと軋む。
「どうして…。頼むから…。もっと手加減してくれよ…」

 静まり返る、夜の静寂が痛い。
 聞かれればまた笑われてしまう、逸い鼓動が外にこぼれる。笑われたくなくて、そっと両手はサイカを引き離していた。
 近付き過ぎる事はとても恐ろしい事…。俺にとっては、とても怖い。

「俺だって、何でもすぐに、いろいろこなせる訳じゃないんだ…」
 俺が不器用さに、吐き出した苦しみを理解してくれたのか、次に女の起こした行動は俺の手を握る事だった。
「ごめんなさい。困らせてしまいましたか…?すみません。浮かれ過ぎて、羽目を外し過ぎてしまったようです…」

「お前はいいな。何にでも、全力で向っていける。俺にも、何も隠し事も負い目も無いから、そんなに素直に自分を見せられるんだ」
「…隠し事、あるのですか?言えないことですか…?」

「…悪い。少し時間をくれ…」
 返事も反応も見ずに、横になり、背中を向けて瞳を閉じる。追ってサイカもそのまま隣に横になり、指で俺の背筋をなぞる。
    っ!んあっ!?」
 思わず身体はびくりとのけぞって、予想以上に反応した事に驚いて、振り返れば当人は吹き出していた。
「ぷはっ。ニーズ殿弱いー♪」
「お前、向こうで寝ろよ」
「今晩はここで」
「じゃ俺があっちで寝るから」
「逃げても追いかけますから」
「…………………」

 なんだか、やりとりするだけ無意味のようにも思えてきて、俺は戦線離脱する。
「勝手にしろ、もう。おやすみ。何もするなよ」
「そちらこそ、何もしないで下さいね」
「するかよバーカ」
「…ちょっとぐらいしてくれてもいいですよ」
「どっちだよ」
 ベットの上で背中合わせ、二人の小声の論争は果てしない。

「だいたいな、お前の裸なんてもう見たも同然なんだよ」
「!?なんですか、いつの間に!」
「オロチの腹から出て来た時、服ほとんど溶けてたし」
「そう言えば、ニーズ殿のマントにくるまれていたような…」
「どうこうする気にもならないよ」
「………」
 女は背中の向こうで、ふくれた気配。

「いけませぬ。健康な男子が。兄上だってあれでなかなか影でむっつりでしたよ」
「ぶっ。…何か見たのかよ」
「いえ、多分。想像で話しているだけです。きっと部屋にはえっちな本があったと思います」
「俺は無いから」
「ベットの下調べますよ」
「いいよ。何処でも調べれば」

「では、一体何処に……」
「…………あのなぁ。いい加減にしないと…」
「なんですかっ。きゃっ。きゃあっ」
「暴れると、服が脱げるよ。そんなの着てるから」
「あっ、あっ。あっ…。駄目です…」
「仕返しだ。このっ」

「あーうー。あっ。そこは駄目です〜」
「変な声出すなよ。誤解されんだろ」
「堪忍ですー。お代官様〜」
「だれがお代官様だっ!」

 くすぐって遊んだ後で、不意に俺は真顔に戻る。
「お前、生きてて良かったな。本当にそう思う。傷痕とかも無いし。身体も綺麗だ」
「……。ニーズ殿の、おかげです…」
「もう今日はおやすみ。この家にいる内は…お前は俺の家族だから。守るから」
「はい。ずっとお帰りを待っています」
 サイカの着崩れを直し、向かい合って横になる。

 子供の頃、ニーズとは並んで良く寝ていた。
 まさか、他人が横に眠る未来の事など知りもせずに。

 心地よい寝息、どうかこのまま……。
 壊れる事などないように。
 
 例えば、相手が俺の事実を知っても……。

++

「ニーズ殿〜!朝ですよ〜!」
「うーん…」
「起きて下さい〜!」
「ぐへっ」
 上に乗られて、たまらずにつぶれた悲鳴を上げて最悪の朝を迎える。

「おはよう御座います。はい。顔を洗って。今日のお召し物はこちらでいいですか?それともこちら?」
「うーん…。どっちでもいい…」
「じゃあ、こちらにしましょう。出しておきますね。あ、ニーズ殿後ろに寝癖が!蒸しタオル持って来ますね〜」
 バタバタバタ。
 顔を洗って着替えて、寝癖を直して、下に行くと朝食の準備もしっかり出来上がっていた。

「……。なんか、臭くないか?」
 食卓に座って、眠さにぼんやりしながら臭いの元を探す。
「あ、少し気になるかも知れないですね。でも美味しいし、体に良いのですよ。こうして、玉子を割って、からしを入れて、醤油を入れて、ネギもお好みでどうぞ。そうしてこうしてかき混ぜて…」
「……。なんか、糸引いてるぞ。人間の食い物か?それ…」
「私は好きよ。懐かしいわ。翡翠もこれが好きで…」
「はい。父上も毎朝納豆でしたよ。ささ、ニーズ殿も」
 臭いわ、ねばねばするわ、不味いわで、その豆は最悪だった。

「うぷ。もういらねー…」
「ええっ!お口に合いませんでしたか?お漬物はどうですか?」
「これも臭いな…。パス」
「もう、好き嫌いばかりして。大きくなれませんよ!お魚はどうですか?」
「……。って、これ生じゃん」
「生ですよ。お刺身ですよ。私が今朝海で釣ってきました」
「生で魚喰ったことねーよ。臭くてたまらん」

「ななななななっ!我侭ばかり、許しません!残さず食べて下さい!!」
「無茶言うなよ〜。って、むがっ。無理やり喰わすなっ。むが〜っっ」
「サイカさん…。こちらのお魚、白身ですね。なんていう魚かわかりますか?」
「あ、はい。高級品のフグです♪」
「…………」
 鮮やかに、母さんの顔が青に変色する。
「その魚を裁くのには、大変技量を要すると思うのですが…。大丈夫ですか……?」
「あ、なんとかなりました。愛の力で!」(にこっ)

「に、ニーズ…!今すぐ砂に埋まって…、いえ、教会へ……!」

朝、危うく俺は死にかけた。(BGM、呪いの音楽)


「すいませんでした…。ニーズ殿…」
「もう、お前の料理は死んでも喰わん」
「そんなぁ…。あの…、お弁当も作ったのですけど…」
 死にかけた恨みからにこりともせず、仏頂面でそそくさと俺は旅に戻ろうと身支度を終えていた。

 出された弁当を見て、またしても俺は呆気に取られた。
「何人前作ったんだ、お前は…」
「多いですか?あの、フグは入ってないですから…」
「どう見ても五人前はあるぞ。やばいもの入ってないだろうな。…まてよ。ワグナスで毒見してから食べればいいか」
「申し訳ありませんでした…。しくしく…」

「泣くなよー…。あのな、そんなに頑張らなくていいから。お前が頑張るとろくな事が無い。なっ。母さんの事よろしく頼むな」
「はい。早く、こまめに帰ってきて下さいね」
「別の意味で色々心配だからこまめにチェックしに来るよ。じゃあな」

「あ…」
「なんだよ」
「行ってきますのきすは…」
 しょんぼりしながらも、相変らず図々しいおねだりをサイカは始める。家の前で、見送りに母さんもいたが、気を使って家の中に入って行った。

「そんな暗い顔してるなよ。ますます持って見れなくなるだろ」
「むっ!」
「行ってきます」
 怒って顔を上げた隙に、要望に応えて軽く唇を重ね、離れてルーラの呪文を唱える。
 手を振る女の姿は瞬く間に小さく消える。

++

「……。寂しいですね。御母上…」
「そうね…」
 玄関先で、母上も勇者の旅立ちをずっと消えた後も見送っていた。

「サイカさん…」
 堰が切れたように、泣き始めた私に驚き、母上は心配をして私の肩をそっと叩く。
「すみません。こんなに泣いてしまって…。今はニーズ殿しかいなくて…。不安で、心配で、もう、寂しくて仕方がありません。ああ、うう…」

 肩を抱いて、母上は私を家に入れ、落ち着くように温かい飲物を入れて下さいます。
 鼻をすすりながら、甘い飲物をご馳走になりながら、それでも私はまだ泣き腫らしていました。私を見つめる、母上の瞳は息子と同じ深い青。

「私、聞けなかったのですが…。どうして、ニーズ殿は旅をしているのですか。勇者オルテガの息子でも…、どうやら父親の意志を継いで、と言う風にも見えませんでした。父の事はあまり好きでもない様子で…。双子の兄もいると聞いていますが、どうして行方不明なのですか。その人を探して旅をしているのですか」

 爆発してしまう感情に、そのまま飛び出す質問攻めに、母上の表情は翳ってゆく。
 でも、止める事はできませんでした。

 母上殿はテーブルの向かい側で、何故か私に頭を下げた…。
「あの子の事を、想ってくれてありがとう。あの子を大事に想うあなたには、私の行いはきっと許せないものでしょう。私はこのまま、償いをして行こうと考えていました。でも、私の時間は余り残されていません…」
「え……?」
 死期が近いと、本人が言い出す。まさかそこまで悪いのだとは知らない、私はショックに手を止めていました。

「心配していました。あの子は、私が居なくなった後も、ずっと自分の素性に苦しみ続ける。兄の影に縛られ続けるのです。見ていてくれますか。ずっとあの子の事を。それならば、あなたにお話したい事があります」

 言葉の重み、母上の真剣な表情から、「語られるもの」がいかに深刻なものであるのか、緊張を覚え、いつしか涙は引いていました。

「ずっと一緒にいます。この命も心もあの人のために。あの人が苦しんでいるのなら、尚更、教えて下さい。あの人を守りたいです。私も」
「感謝します。守って下さい。あの子を…」
 語られたのは、あの人の生まれた理由。過去。
 私は…。



「守ります。ずっと。私の悲しみ、ニーズ殿が消してくれましたから。私も、きっと何年かかっても、必ず彼を幸せにしてみせます」

 また、心は呼ぶ。あの人一人を。
 次に会えるのはいつですか…?ずっとずっと一緒にいたいです。
 そしてきっと、あの人はいいます。
「私のおかげでいい人生だった」と。

 御母上と共に、私は愛する人の帰りを待っています。



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