「隼の声」


 ゆらゆらと俺を照らし出す、たいまつの炎がおびただしく増えてゆく。
 遠くに何かの笛のような音が鳴り響いていた。
    何かの合図のようだ。

「畜生…」
 操られたシャルディナに背中を刺され、その後卑弥呼の怪しげな瞳に目を潰され、身動きできなくなった俺町の中央広場に貼り付けにされていた。
 太い幹に両腕を後ろに回し、強く手首を縛り、縄を幹に杭で打ち込む。俺は棒立ちのまま、周囲をジパングの連中にしっかりと見張られていた。
 視力は時間とともに復活し、たいまつに照らされるジパングの男達の顔までがはっきりと見えてくる。宵闇に揺れる、満月の閃きさえも。


 ここまで連行される内に、何の抵抗もしなかったわけじゃない。
 逃げ出そうと逃走を謀ったけれど、多勢に一人、すぐに捕まり俺はボコボコに叩きつけられて黙らされていた。隼の剣も鋼の剣も取り上げられている。
 顔も酷く腫れて、口の中も切れて血の味が消えない。
 ただ屈しない視線だけを連中に投げて、威嚇するだけが関の山に終わっていた。

 ジパング町中の広場に、ただ一人処刑を待つ身の俺は、視線を彷徨わせ満月の向こうの一つ山の影を追う。
 霊峰と崇めているらしいその山の麓に、ヤマタノオロチが住む洞窟が口を開けていると言う。今夜これから八人の娘がオロチに嫁ぐために洞窟へ向う。
「シャルディナ、お前一体、なんなんだ……」

 ジパングへは、友人のシャルディナを助けるためにやって来た。
 そのシャルディナは操られていて……。
 多分あの怪しげな女王卑弥呼にだろうけど……。

 思い出しては、歯噛みしてしまう俺がいる。
 俺を油断させるために、卑弥呼がさせた事だろうけれど、いきなり接近してきたシャルディナに思わず俺は動揺してしまった。
「シャルディナに妙な事させやがって、くそ野郎っ」
 いまだに、口の辺りが気になるような、痒みが残っているような気さえする。
 あんな事に動揺してるようじゃいけないのに。
 なんだか、まじかに迫ったシャルディナの苦痛の表情が、やけに鮮明に脳裏に残って離れていかない。

 口が気になって仕方ないのに、手は丸太の後ろに縛られ、こする事もできやしない。あの時、シャルディナはシャルディナだったのか?
 何を伝えたかったのか?ずっと頭の中がもやもやしている。

「助けて…。私、このままじゃ…」
「アイザック、私、ね…」

 そして、多分卑弥呼だった女との、会話の内容は…?
 『神の娘』ってなんだ?『全てのオーブの場所を教える』ってなんだ?
 シャルディナが探す、ラーミアを復活させるために必要な宝玉。その場所をシャルディナは全部知っているのか?
 
 お前は一体何者なんだ……?

 イシスで、怯えたシャルディナを見て、俺は詮索するのをやめようと思った。思ったのに、知りたい衝動が俺の中で暴れてしまうのが許せない。
 …言いたくないんだから、言わないんだ。
 だから俺は聞いちゃいけないんだ。そもそも、俺はそんな権利なんて何処にもないんだぜ。ただほんの少しの、手助けをしただけの、ただの友人である俺になんて。

 自問自答を繰り返す。
 ずっと、シャルディナのことばかりを。

    知りたいんだろうか……?
 撃ち付けられた体中の痛みよりも、今は後悔に胸が痛い。

 知ってどうするつもりなんだろう俺は。シャルディナはそのまま、シャルディナのままのはずなのに。
 シャルディナを詮索しようとする、自分にも胸が苦しい。

 知りたいのは、きっと守りたいから。
 だってアイツが辛そうに俺に「助けてくれ」と訴えたから。だから守りたいだけなんだ。
 隠した秘め事に怯えたり、泣く事から。アイツを苦しめようとする全ての事から。
 絶対に死なせたくはない。
 シャルディナは空を飛んでみたいのだから。
 そして歌うことが望みなんだから。いいじゃないか。

 その『夢』だけを見ていれば    


 昨夜、誰かも、同じような事を俺に呟いた。
 想う女の、『夢』だけを願うと……。
 男のその時の顔は、彼女が心配でたまらないと、大事で仕方ないと、彼女が特別なんだよと叫んでいた…。
「まさか……」
 俺も……?

「…くはっ…!はは……」
 俺は、貼り付け者の分際で、気がふれたかの様に自虐的に笑い出した。
 そんなはずない。
 そんなはずはないと思った。もしそうなら、俺は悲しすぎると思った。
 俺は彼女に、自分の素性すらも話して貰えない、信頼のないただの通りすがりの一人なのに。

 弓を構える、ジパングの男達がざわめき始め、俺はハッとして顔を上げた。
 汗の雫が一つ、首筋から落ち、俺は取り囲む人込みの中から新たな処刑人たちが連れて来られた事を知る。
 アリアハンから共に旅立った、勇者ニーズと、赤毛の僧侶ジャルディーノ。
 二人は俺よりかは軽症だったが、しっかりと痛めつけられた痕が見え、さるぐつわと両手を縛られ連行されていた。
 二人はさるぐつわをされているため喋れないが、俺と視線を交わし、悔しそうに鋭く 周囲を睨む。
 女二人、サリサとシーヴァスの姿は無い。
 二人は生贄としてオロチの棲む霊峰へと向っているのだろうか。

 その時、背を向けて走り去ったサリサの事を今更ながらに思い出した。
 サリサの奴は、どうして逃げて行ったんだろうかと、今頃不思議に思い始める。

 カランカラン……。
 乾いた音を立てて、サリサの手からは槍が落ちていった。武器も無く何処かへ行って、だから捕まったりしてしまうんだ。
 ショックだった……?なんで……。

++

「ようし!時間だ!神に逆らいしガイジンどもに、これより天誅を下す!」
 俺の左右にニーズとジャルディーノも貼り付けにされて、一人の男が周りに号令を出す。
 俺にしても、左右の二人にしても、見苦しく暴れたりなどはしていなかった。
 冷静に、冷静に、逆に処罰を下そうとする、彼らの方が俺たちに恐怖しているのがありありと見えていた。
「真ん中の戦士は、特に重く罰を与えよと卑弥呼様から言われている。皆の者、弓を絞れっ……!」
 キリ、キリ…。俺に向けられた矢先は、ゆうに二十はあっただろうか。

「撃てぇえ     !!」
バババババババババッッ!!


「……っっ!!」
 声にならない叫びが、俺の横から届けられた気がした。
 刹那、無数の矢は俺に届く事は無く、見えない壁に激突し、折れ曲がりバラバラと地面に降り落ちる。
「な、なんだっ!?」
「魔法か……?!」
 処刑に集まっていたジパングの民はどよめき、激しくざわめき始める。
 俺は気づいていた、左に貼り付けられたジャルディーノが、全身を赤く閃かせていた事を。
「ジャルディーノ…。サンキュー…」

「ええいっ!撃てッ!撃て    !!」
「オロチに逆らう者には死を!!」
「神に逆らう者は皆殺せ!」

 何度も、何度も彼らは矢を放つのだが、その全てがジャルディーノの睨みによって叩き落されるように彼らには見えただろう。

「いやああぁっ!化け物おおっ!」
「このジパングに仇なす鬼じゃっ!!」
「矢が当たらぬなら槍だ!槍を突き刺せっ!火をかけろ!」
「殺せっ!異国の魔物どもを殺せー!!」


 俺たちは見事に恐れられ、悪の化身とされていた。
 狂気に狂い、それぞれ手に武器を持って襲いかかって来ようする。さすがのジャルディーノも、人々の狂気には恐れた。
 国中の人々が、武器を手に俺たちに襲いかかろうとしていた。青ざめ、押し寄せる人々の血走った目に、ジャルディーノが泣き叫びそうになった時     。そこに俺たちを守る神風は起きた。

「うわああああああっ!」
「うおおおおおおっ!」
「ああああああっ!」
 風に飲み込まれ、狂った大勢のジパング人達はおそらく離れた場所まで吹き飛ばされていた。
「………。やれやれ。どちらが鬼ですか」
「ワグナス!」
 俺がくくりつけられている丸太の上に立ち、のんびりと呆れた事を言う賢者を、俺はそう、ちゃんと待っていたんだ。
「シャルディナが危ないんだ!早く助けに行きたい!こんな事してる場合じゃないんだ!早くなんとかしてくれ!」
「はいはい♪」
 頼りにされて嬉しいようで、ワグナスはにこやかに呪文を繋ぎだす。

 突然現れた新手に、怯んだ人々はもう遅い。
「暫く、眠っていて貰いましょう。ラリホー!

 大きな力だったのだろう、面白いほどに、バタバタと人々は眠りに落ちていった。数秒後には俺たち以外、周囲の人間で目を覚ましている者はいなくなっていた。
「大丈夫ですか、皆さん。…こんなにやられてしまって……」
「遅い」
ドカッ。

「ああっ!」
 貼り付けから解放されて、ニーズは案の定ワグナスを一蹴していた。
「…許して下さいよ。私も雷に撃たれたりして大変だったのですから……」
「雷……?」
 ニーズは顔をしかめ、しかし横に付けたジャルディーノの回復魔法を身に受ける。俺にはワグナスが回復しにきたが、その場で足踏みをして仲間たちを急かした。
「急ごう!あと、サリサとシーヴァスも生贄にされそうなんだ!急がないと間に合わなくなる!」
「それは大変です。…皆さん武器を取られてますね。隼の剣なら、在り処は判ります。取り戻して行きましょう」
「そうか。じゃあ、早く!」
 残った手首の縄の痕を擦りながら、俺は急いて奔り出した。
 時間が一秒でも惜しかった。

++

 運命の満月の夜、ほら貝の合図が鳴ってから、どれだけの時間が過ぎてしまったんだろうか。賢者ワグナスと合流し、俺たちは解放され、武器はないが呪文を駆使して卑弥呼の屋敷を駈けていた。
 殆どの者がさっきの広場に集結していたのか、屋敷には人の気配は残っていなかった。ワグナスが感じ取る、隼の剣の聖気を追って俺たちは屋敷の奥の一室に障子を破って侵入する。

「…なんだっ!?…凄い血だ……」
「うわっ……!」
 その部屋は壁にまで及ぶ鮮血がまだ新しく、凄まじい臭いで俺たちの足を止める。部屋の中は荒れていて、何かを探した後のようにも思えた。

「…卑弥呼さんの、部屋、なんでしょうか…。それにしても、これは…。一体ここで何があったのか……」
 惨劇に青ざめたジャルディーノは、部屋の中を確認するが、ざっと見た限りでは何も分かりそうにはなかった。
「この奥ですね。隼の剣は。こちらです」
 異様な惨劇の部屋を後にして、ワグナスは何度も障子を越えて俺たちを案内する。やがて周囲に炎を灯した、仰々しい祭壇に祀られた一本の宝刀に出会う。
 物々しい札の数々と、結界と思われる紋様が台座に深く刻まれていた。

 隼の剣ではなかった。
 余り見ない変わった刀身を持つ、和刀。
「こちらは、草薙の剣です。以前、オルテガ様がこの宝刀を用いて、ヤマタノオロチを封印したのです。一緒に、隼の剣も置いてあるようですよ」

「…本当だ」
 俺は早速返して貰おうと祭壇に近付いた。
 しかし、近付くと、今までただの灯り代わりだった周囲のたいまつの炎が激しく燃え上がり、俺に対して炎の塊を吐き出してくる。

ゴウッ!ゴウッ!
    コイツら……っ!」
 炎の固まりは形を成し、生き物であるかのように蠢き始める。
「そう簡単には返してくれないようですよ。アイザックさんは、下がって」
「お、おう……」
 炎の塊は壮絶に温度を上げ、ボコボコと溶岩の化け物へと変貌を遂げた。とても武器も無しで、戦士の俺が相手にできる魔物じゃない。

「ちっ。こーゆー時、魔法無しは辛いな」
 仕方なく下がって、溶岩魔人複数と対峙する仲間達を見て俺はぼやいてしまう。
「じゃあ、その分、後で活躍してくれ」
「心配しないで下さい。すぐに取り返しますから」
「我々三人で充分ですよ」
 仲間達の事は信用していた。賢者ワグナスと、ラーの化身であるジャルディーノと、勇者ニーズ。呪文使いとしては強力な三人である事も良く分かっていた。

「ヒャダルコ!マヒャド…!!」
 吹雪の呪文はワグナスによって何度も撃ち放たれる。溶岩魔人どもは一掃されるが、それでも卑弥呼の術が強力なのか、祭壇を囲むたいまつからは炎が消えず、無限のように溶岩魔人を何度も何度も吐き落としていく。

「あのたいまつを壊しましょう!真空の刃よ!バギマ!」
「ベギラマ…!」
 ジャルディーノも、ニーズも呪文をぶつけては、びくともしない封印に驚くのを隠せなかった。
「ジパングの巫女一族の封印は強固ですね。…さすがです。翡翠様の生み出し霊剣、草薙の剣は…。ジパングにおける最強の神具ですから」
「おい…、その封印、解く方法ないのかよ。こんな事してる間にシャルディナは……」
「…そうだ。巫女一族ならその封印も解けるのか?サナリなら解けるんじゃないのか?ワグナス」
 焦るばかりの俺に続く、ニーズの声にも不安と焦りが混じる。
「そうかも知れませんが……」
 俺の目の前で数秒の討論が起こる、その僅かな間に、俺は、

     自分を呼ぶ微かな声に気がついた。


 聞き覚えがある…、それはイシスで聞いた。
 俺を呼ぶ光。
 見も知らぬ真っ白な世界で、俺を呼んだ一振りの剣。
 何故    今また俺と波長が重なるんだろう?
 …まさか、お前も彼女を助けたいのか    !?

 閃くまでの間は、きっと数秒だったんだろう。
 心を決め、仲間を通り越し祭壇に望んだ俺は、今度は自分からも手を伸ばす。

 イシスでは、聖女から預け渡された隼の剣。
 サリサを守るため、生き抜くために剣が欲しかった。
 今は、シャルディナを守るために剣が欲しい。
 隼の剣、お前もシャルディナを守りたいと言うのなら    !!!

「アイザックさん、危ない…!……っ!?…えっ!?」
 ジャルディーノは襲い来るだろう溶岩魔人達に備えて、俺のフォローに駆けつけ呪文の構えに入っていた。しかし、結界の中の異変に驚愕して目を見開く。

 草薙の剣の手元、台座に置かれていた隼の剣は浮き上がり、自ら内側から結界を破ろうと障壁に火花を散らして激突する。
 障壁のすぐ向こうでは俺の右手が待っていた。
「これは…」
 ワグナスでさえも、この展開は予想しなかったようで、珍しく立ち尽くす。

「シャルディナを助けに行くんだ!それがお前の望みなら、いくらだってやってやる!早く来いっ!!お前が必要なんだ!!」
 内側から破ろうとする力に、障壁はビシビシと亀裂を生じていた。
 たいまつの炎も揺らぎ、溶岩魔人ももう出て来ない。

 俺の右手に数十センチの隼の剣は、眩く閃光を放ち、全ての障壁を叩き壊して俺の手に握られる。
 バチィッ、ビシィッィィッ      !!!
 部屋の空気がそのまま亀裂を発したように、祭壇、たいまつの器、数々の札、台座の全てが音を立てて砕け散った。

 光を放つ隼の剣は、俺と意思を同じくして更に強烈に光り輝く。
 そして、隼の剣には彼女の居場所がわかるようだった。
「わかった!すぐに助ける!」
 剣を手にした者は素早い動きで大地を駆ける。仲間達が眩しさに目を覆い、瞳をこらす頃には俺はもうその場を去っていた。

 光の光線を闇に残して奔る。
「…参りました。さすがですね。まさに隼です」
 敬意を払って、飛び去った俺に対してワグナスはそう告げた。

++

 ほら貝の合図が鳴り、八人の花嫁達はオロチの棲む洞窟へと向っていた。
 私達は、その花嫁の後でオロチに捧げられるがために、卑弥呼の従者に連れられ、途中の滝にて身を清めさせられている。
 煌々と照らすのは満月のみ。
 私とシーヴァスはお互い気遣いながら、冷たい滝に肌を撃たれていた。

「…着替える時に、逃げられないかなぁ…。どうする?シーヴァス」
 夜に滝に打たれるのは冷たすぎて、私はブルブルと震えまくって歯まで鳴らしていた。小声でシーヴァスに相談を持ちかけて、滝からすぐに離れる。
「今まで大人しくしていたので、油断していますね。呪文を封じる護符も今はないですし。着替えを手にしたら、すぐに呪文を使います」
「うん、そうだね。わかった」
 静かな気迫を感じさせたシーヴァスは滝から離れると、ぐっしょりとなった長い髪をぎゅっと絞って水を落とす。

「いつまで話しているかっ!早く戻れっ!」
 手にたいまつを掲げた、卑弥呼の従者達数名が厳しい口調で私達を呼び戻す。
「はいっ!ごめんなさい!」
 ひたひたと雫を落としながら私達は小走りに森に戻り、渡された白い着物に袖を通そうとする。
 その後で、魔法を封じるつもりで従者の手にはすでに護符が握られていた。
「あ。あの、すいません。着物って、どう着ていいのかわからなくて…。ちょっと教えてくれますか?」
「何をもたもたしているか!ガイジンめ!」

 私の傍に教えるために数人の女従者が寄り、注意が私に向いていた隙を狙って後方から呪文の詠唱が弾ける。
「ヒャダルコ!」
「…なにっ!!」
 殺す気はない、抑えた吹雪は従者達を吹き飛ばし、私は屈んで吹雪が通り過ぎるのを待った。それでも、森の中の木々に撃ち付けられ、体のあちこちを凍らされても立ち向かおうとする者達がいる。
「眠ってて下さい!ラリホー!!」
それで…、ここは終わると思っていた。思っていたのに。

「…ヨクモ、ヤッタナ…。ッグヘグヘ、グヘ……」
「え……?」
「オロチサマニ、サカラウモノハミナコロス…」
「サリサ、様子が変です!この者達…、人ではありません!」
「えええええーっ!!!?うっそおおおー!!?」
 まだちゃんと帯もしていなかった状態で、シーヴァスの隣まで下がって着物を急いで合わせる。シーヴァスも簡単に身なりを整えると、変貌を遂げた卑弥呼の従者達に鋭く嫌悪の視線を向けた。

 彼らは…、よぼよぼな腐った体をだらしなく晒し、気味の悪い瞳と鳴き声で私達を取り囲む。毒々しい紅い体に杖を握り締めた、鬼面道士達は一変してその牙を剥き出しにして襲い掛かってくる!
「バギ!」
「メダパニ!」
「バギ!」
「バギ!」

「ちょっ…!きゃあああっっ!!」
 一度に大量に唱えられた真空の呪文、冗談じゃないっ!
   マホカンタ!」
 押し寄せたカマイタチや混乱の呪文、エルフの魔法使いは動じずに弾き飛ばす。すかさす腕に嵌めた「星降る腕輪」、素早さの上がるその効力で連続で呪文は効果を示す。
「人でないのなら、容赦はしません。イオラ…!!」
 まさに鮮やかに、森の一角で爆発の炎が立ち上る。

 私も負けていられないと先を睨みつけた。
 そこに流星のように光が突風を伴って舞い降りた。

 暫く、何者が現れたのか、私は戸惑いの余りに気がつくことができなかった。
 砂埃を巻き上げて降り立ち、立ち上がって私達を見つめる、その姿は強く輝き目が眩むとさえ思った。
「やっぱり、シーヴァスとサリサ。良かった、無事だったんだな」
「…………」
「…………」
「お前たちは後から来るニーズ達と一緒に来てくれ。俺は先に洞窟に行く」

「アイザック…。どうしたのですか、その姿は…」
 すっかり聖気に当てられて、立ち尽くしたシーヴァスも、その声は恐る恐るとして震えていた。
「ん?隼の剣も、シャルディナを助けたいって言ってるんだ。ひょっとしたら、そのための剣なのかもな」
「えっ…」
「じゃあ、俺は先に行くから!くれぐれも二人で来るなよ!?危ないかも知れないからな!」
「あ、アイザッ…」
 隼の剣と一体化した様な彼は、声をかける間も無くそれこそ隼のように駆け消えて行く。私は、その場から一歩も動かず、動けずに、自分の心がざわめき出すのを感じていた。
「…サリサ?どうしましたか……?」
「…………」

 ああ、どうしたらいい?私は嫌な感情を抱いてしまう。
 ここから動き出せない。
 心配そうに顔を覗く、友達に気を使って言葉をかけることもできない…。
 
 あの娘を助けに行くの?隼の剣と一緒になってまで。

「シーヴァスっ!嫌だよ!どうしてっ!どうしてそんなにあの娘が大事なの?…嫌だよ、アイザックがあの娘を助ける所なんて見たくない。私、汚い……っ!」
「サリサ…」
 私は、自分の両腕を抱きしめ、自分でも最低だと思うことを口走る。
「…私、最低だ。最低すぎる。あの娘、私は、…、助からなくてもいいって、何処かで思ってた…」
「…………」
「助からない方が、きっと、嬉しいんだ。最低…!」

 叫んだ私を、エルフの魔法使いはどう思ったのだろう。
 さすがに、もう嫌になったかも知れない。唇を噛みしめて、私は、じっと重い空気の中で彼女の反応を待っていた。

「サリサは、最低では、ないと思います。思うだけで、実際にはアイザックの邪魔も何もしていません」
「…そ、それは……」
「シャルディナさんが助からなければ、サリサは後悔すると思います。喜ばないと思います。サリサは、正面から戦って勝っていく勇ましい人だと思っています」
「………」
 自分を見つめるエルフの少女は…、いつも思う。なんて綺麗なんだろうと。
 瞳に映る私は弱くて汚くて醜い。

「助けに行きましょう。サリサの力もきっと必要です」
にこりと笑った、シーヴァスに私は心の底から謝った。
「ごめんね。…ありがとう。いつも…」

 いつも置いていかれる、翼のない私。隼なんて、あまりに速すぎる。
 誰かに背を押されなければ、何処にも進めない弱い自分。
 でも、地を這う愚か者は、覚束ない足でまた追いかけ始める…。



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