「呼び覚ます光」

 僕は、自分の母親の事を良くは知らなかった。
 二、三歳の頃、すでに病気で母は亡くなっていたと伝え聞いた。母の事を聞くと、叱られた僕はもう何も聞くことができなくなっていた。
 家族は父だけの、二人きり。でも、特別に楽しかった思い出も有りはしない。
 いつも一人きりだった僕は、もうそれが当然なのだと思うようになった。

 僕に笑顔を向ける人も、世話をしてくれた人も。傍にいる人間はすぐに移り変わり、誰も僕の傍にいてくれはしない。
 大人はみな、心の底から僕を可愛がる人なんていなかった。
 僕の機嫌を伺うのは父が貴族だから…。いつしかその現実に僕は気付いた。大人だけじゃなく、子供の中でも僕は一人きりでいた。

 どうしてそんなに楽しそうなのか疑問だった。どうしてそんなに僕が異質なのか疑問だった。子供の中でも僕は取り残された。輪に入って行けなかった。
 誰も僕を呼びはしなかった。    君以外は。

 ジャルディーノの事は良く知っていた。彼は、生まれた時から有名人だった。
 父親が彼を良く思っていないのはすぐに理解し、父親に言われるままに、僕もジャルディーノを無視していた。見かける時、彼はいつでも笑顔で幸せそうだった。
 別の世界の人間だと思っていた。

イ シスの国民はほぼ例外なくラーの信者だけれど、子供の頃から父以上に僕は神殿に通っては礼拝していた。それが唯一、僕が好きな時間。
 誰にも邪魔されず、孤独も感じずに、父に怯えずに母親の事を想えた。太陽神は僕にも手を差し伸べてくれる、そう信じていたのかも知れない。

 ジャルディーノは神殿に通う僕の事を覚え、親しげに何度も声をかけた。
 でも僕は無視し続けていた。 

 神殿に通っていた幼い僕は、ある日人知れず雨にうたれて泣いていたことがあった。神殿の影で、誰も通らない、気付かないような場所に膝を抱えて、声は決してあげることなく雨に隠れて泣いていた。
 そんな日も、どうしてかジャルディーノは僕を見つけて声をかけてくる。

「ぬれちゃうよ?」
 神殿の壁沿いに座り込んでいた僕の横に屈んで、心配そうに顔を覗き込んだ赤毛の子供。わざと雨にうたれていた僕は、一瞥くれただけで何も返事を返さなかった。
「泣いてるの?ドエール。何か悲しいことあった?…お母さんのこと……?」

 僕はジャルディーノに視線を向けた。
「あ…、ごめんね。ドエールもお母さんいないって聞いてて…。それでドエールも淋しくてよく神殿に祈りに来るんだよってお父さんが言ってて…。やっぱり淋しいよね……」
 一緒にするなと思った。
 お前なんかにわかるもんか。彼の父クレスディさんは優しかった。兄弟がいて、仲が良くて羨ましかった。母親がいなくても、ジャルディーノには形見のペンダントがいつも首にかかっていた。
 いつでも、ジャルディーノは母親に愛されているんだと、僕の目から見ても実感する。神殿や、周りの人達だけじゃない、ジャルディーノはいつでも誰からも愛されていた。

「どうしてここにいるの」
 何故かずっと隣にいる君に、僕は疑問を伝えた。
「だって、一人じゃ淋しいよ」
「誰が、いつ、淋しいなんて言ったの」
「僕はドエール好きだよ」
 追い返すつもりが、唐突な言葉に二の句が告げなくなる。

「ほんとはね、いつも、話したいなーって、思ってたんだ……」
 いつも話しかけてきてたけどね、実際に。
「ドエールはもう文字も書けるし字も綺麗だし、頭いいって聞いてるし。礼儀正しいし、僕なんか全然駄目だし…。好き嫌い多くてよく叱られるし…。それじゃなくてもいつも失敗ばっかりだし……」
 ジャルのドジっぷりは遠目にも目立っていたので、思い出して僕は少し笑った。
「ドエールとね、友だちになれたらいいなーって、ずっと思ってたんだ。駄目かな……」

「友だち……?」
 ジャルディーノは嬉しそうにもじもじしながら、僕の返事を待っていた。
「そうしたらもう、淋しくないよ。僕も淋しくない。嬉しい。ドエールの淋しい時もね、一緒にいられるよ」
「僕の淋しい時……」

「そうだ!」
 何か思いついて、ジャルディーノは形見の赤い石のペンダントを、僕に両手で見せてくれた。
「これ、僕のお母さんの形見なの。お母さんがいなくて淋しい時もあるけど…。でも、そんな時はこの石を握り締めて元気出すんだよ。あのね、ちゃんと聞こえるんだよ。お母さんの声。「いつでも傍にいるよ」って」
 すごく、すごく、羨ましい話。僕の心はざわめき出す……。

「これ、ドエールにも分けてあげる!」
 戸惑う僕に躊躇いもせず、君は僕の首にその大事なペンダントをぶら下げた。
「綺麗でしょ」
 もの悲しく感じるはずの雨も、君の笑顔の前だときらきら輝いて見える。
「いいの……?」
 とても大事なもののはず・・・・。人に貸しているところなんて見た事がなかったのに。僕のおそるおそる伸ばした両手の上で、その赤い石は綺麗過ぎた。

 両手で握り締めた石はとても暖かくて、僕は隠す事も忘れて君の前で頬を濡らした。本当は、この石には君への想いだけで、僕に何かが与えられるわけでもない。でも僕は嬉しかったんだ。
「うん。半分、分けてあげるよ。きっと元気になるよ。いつでも貸してあげるね」
 とても、とても嬉しかった。

 それから、神殿へはジャルディーノに会いに行く目的の方が強くなった。一緒に勉強したり、遊んだり、励まし合って、喧嘩の類はしたことがなかった。
 今夜、君にした行動が、初めての衝突になるのかな……。
 

 自分の横たわる床は、悠長に立っていられない程に横揺れしていた。二人の強い力を持つ、神官の祈りによって。
 でも、立ち上がることに意味は見つけられない。
 僕の手の平に姿を見せた、あの日の暖かい「光」、同じ「想い」がきっとまたこの「光」の中にあるなら、今、僕に掴む事は許されないだろう……。
 
 どうしてなの………。
 壁に鎖で繋がれたジャルディーノ、その胸にはここの墓守りマイスが刺した剣が刺さったまま。まだ血は滲み出ているのがわかる。
 この形見のペンダントなら、きっとそんな傷すぐに癒せるんだろうに、どうして、僕に渡す。

「必ず助けるからね。ドエール」
 ジャルディーノはそう言って、今もマイスさんの儀式を止めるため、太陽神の力を召び出そうとしている。僕を助けてどうするの…?その後で何があると言うのか。
 太陽神を具体的にどう降臨させるのかは知らないけれど、でも、それならこの闇の神官にも敵うかも知れない。けれど、確実に君は消え去る。
 おそらくラーでも降臨させなければ、マイスさんには勝てはしないと思っている。

 少なくともピラミッドでは更に彼の魔力は増す。そして彼が契約した魔物、それもきっとやって来れば、魔王の眷属であると言う「死神」、誰にも勝ち目は有り得ない。

 神の力を使っても君は消え、使わなければイシスもろともに全てが闇に飲み込まれる。どっちにしても、君に先はないよ……?それなのにどうしてそんなに必死なの。
 僕なんかを気遣う、疑いたい程の優しさは何処から君に溢れてくるんだ。

 立ち上がることに意味はない。

 おかげで傷も癒され、自由に動ける僕だけれど、立ち上がって君にこの首飾りを渡し、胸の剣を抜いてあげても、そこに意味はないよ……。
 僕には、君を助けられる力は無い。マイスさんの強さは歴然としている。
 僕なんかとは違う、彼は人を殺せる。その感触に怯えることもなく。
 
 あの勇者に指摘された、僕は直接は人を殺せない……。
 だから、父はアンデットに襲わせた。ナルセスさんもその場でとどめをさせなかった。シーヴァスさんにも死の言葉を投げただけ。サリサさんもあの戦士も、きっと手は止まった。

 けれどマイスさんはその手で人を殺してしまえる。彼は魔王に魂を捧げた闇の神官、その背に背徳の黒い十字の痣がある。代償に強い力を手に入れる。
 闇の証は一度刻まれたら最後、決して死ぬまで消えはしない。
 僕も「死神」に会い、証は背に刻まれた。

 けれどマイスさんとは力量が違い過ぎた。闇に属した時間も彼は幼少の頃からの十数年。僕が対峙するなんて笑い話にもなりはしない。
 このまま、僕は身動きせず、ただ結果だけを待てばいい。

 僕はどうしたらいいのだろう………。
 頭上、刺された胸が痛むのか、眉間を歪めて汗を滴らせるジャルディーノの姿が赤く揺れる。強く視線の先には魔王への呪律を並べる彼の従兄弟がいる。
 ジャルディーノはいくつかの呪文を唱えた。でも僕は知っているが、ここも魔法は使えないように仕組まれている。ジャルディーノの帰還を謀り、予め用意されていた部屋だ。邪教徒、マイスさんのみがここで魔法が使える。その術を破る術は僕も知りえない。

「マイスさん!!」
 呪文を諦め、鎖を外そうとジャルディーノは腕を強引に引っ張り始めた。燭台の灯す薄暗い部屋の中、鎖の音は耳に痛く響く。ジャルは力が強いわけでもない、鎖を腕に繋ぐ留め具の鍵はマイス自身が持っている。
 …でも、留め具は外れなくても鎖は、剣で叩き崩せるかも知れない。

 迷う自分がいた。
 どうするんだろう。万が一ジャルが勝っても、僕もジャルディーノも生き残っても、僕はまた一人になるのに。なんのために立ち上がるの。
また一人になるために、何もしたくない。ジャルディーノを助けても何も変わらない。

 悲しいくらいに理由なんてわからなかった。
 けれど、ドエール・ティシ−エルは、振動し続ける床の元に立ち上がっていた。


 立ち上がった僕は、激しく揺れる石床にも振られることなく、ジャルディーノに向き合い、その首に本来あるべき「光」を返した。
 自分で、自分が泣けてくるよ……。
 理由はいらない。未来も無くていい。それでもいいよ。でも、ただ本当に、君のことは好きだったと思いたい。

 帰れる場所なんて何処にもない。でも、君は帰るべきだよ。
 君を待ってる人がいる……。
 儀式の起こす振動に紛れて、僕の体は無様に震えていた。ジャルディーノの胸に刺された剣を抜き、上げられた彼の顔を良く見ようと思ったのに、視界は曇り僕の目から何かが落ちた。

「何のつもりかな。ドエール」
 後ろからの声に体がぞくりとのけぞった。
 振り返れば、きっとそこに恐ろしい悪魔がいる。臆病な僕の、何処にそんな勇気があったのだろう。ジャルディーノの前に立ち、闇の神官に震える手で剣を構えた自分は別人のようだった。
 自分でも、何故ここまで泣くのかわからなかった。
 自分が情けないのか、悲しいのか、恐怖なのか。
「僕が、ジャルディーノを好きだったことは、誰にも否定、されたくない……!」

「ふっ。今更寝返っても、お前に戻れる道はないよ。お前も邪教徒だ。裏切れば闇に飲み込まれお前の魂は消える」
「ドエール…。そうなの……?」
 背中から、悲しみを含んだ声。
「ごめん…。ジャルディーノ…。でも……」
 俯いた僕はそれでも決意を固めていた。
「君のことだけは、守って死にたい」

 言うなり、僕の剣はジャルを繋ぐ鎖に撃ち込まれた。続けて何回か撃ちつけて、右手の鎖を叩き砕く。
ガシャン。ガシャン!
 留め具は外せないが、繋ぐ鎖の片方は途中で断ち切られた。ジャルの右手が自由に動くようになる。

「呆れたね、ドエール」
 余裕を見せる闇の神官は、ゆっくりと、けれどジャルを助けようとする僕の背後から剣を突き上げた。
・・・・・・!うっ    !」
 避けたけれど、正面、彼の恐ろしい双眸に怯み、建物の振動に足を取られ僕は転倒してしまう。見上げた瞬間すでに眼前に剣先は閃光を放っていた。
 横に転がってぎりぎりのところでかわす。剣先は僕を追いかけ、立ち上がる前に生き物のように僕を捕まえて屠っていった。

「ドエール!」
 自分の血で雨が降る。よろよろと壁に逃げた僕の視線の先に、斬られた左腕が嫌な音を残して落ちた。
「ドエール!待ってて!僕も戦うから!」
 留め具は付いているが、自由になった右手で鎖を叩き砕こうとする、鉄のぶつかる音が壁に反響してうるさい。

「ジャルのことを好きだって?同じくらい憎らしかったくせに」
 左手を肘から失って、そこから血は止まらず僕は気を失いそうだった。僕の落す血が床に浮き出た儀式の陣を怪しく増強させていくのが見える。

「そう……。僕は、ジャルディーノのことがずっと妬ましかった……!」
 壁に逃げ、ずりずりと距離を取る僕は、本当の気持ちをこの世に残す。
「ジャルディーノは、僕の持っていないものをいつでもたくさん持っていた。分けてくれるのは、そう言ってくれるのは嬉しかった。でも、その分、それだけ、僕は惨めになっていった……。分けられるほど、人に愛されてやまない君が妬ましかった……!」

 心の内を打ち明ける、正面の壁のジャルディーノは静止する。
 こんな最後の言葉は、さすがの君も許さないかも知れない。満足そうに僕の叫びをジャルに聞かせる闇の神官。けれどすぐに剣の届く場所にいた。

「君がいても孤独だったよ。君だからこそ孤独だった。それでも、二人でイシスで一緒にいられると思ってた。でも、君はいなくなった。僕なんかどうでもいいかのように」
 血を流しすぎて、視界が定まらなくなり、僕は目を閉じて壁に背を引きずり座り込んだ。
「違うよ。ドエール、どうでもよくなんかないよ!」
 右手の留め具で左の鎖を叩き壊し、束縛の無くなったジャルは一度床に倒れ落ちる。
「僕には…、君しかいなかったのに。でも、君は誰とでもいられたんだ」

 君がこの国の太陽だったなら、僕は君無しには形を表わせない月に等しかった。空に昇っても誰も僕に気付かないよ。光を映す君がいなくなったのなら。

 絶望した…………。

 君は僕とは一緒にいない。やっぱり僕は一人だった。何処まで行ってもそれは変わらないのだと知った。
 誰も僕と歩いてくれる人はいない。
 何のために生きているのかわからなかった。誰も助けてくれはしない。
 そしてもっと絶望したことは………。

 君がとても強いことだよ。
 母親がいなくても、一人遠い国へ行っても、君は淋しさに凍える事はなかったね。
 なにより嫉妬して、憎んで、心乱されたのは、

君が誰かに愛されていることじゃない。

君が愛を信じられることだ・・・。



 だから君はいつでも愛されているんだよ。せめて、君のことだけは、信じられたら良かったのに…。誰の事も信じられない、愛せなかった自分が嫌だ。
 素直に人を信じて愛した君に嫉妬した、醜い自分も消えてしまえ。

 鎖を叩き壊したジャルディーノが倒れた床から走ってくる。
 遠くなる意識を必死に保ちながら、僕は横にいる神官の方に注意を向けていた。
 いけない……!

 僕の名前を呼んで駆けて来たジャルディーノを、そのまま貫こうとする剣の軌道は見て取れた。
「二人仲良くあの世へいきな!」
 ジャルディーノを押し返して、僕だけが体に剣を通していた。ガツッと音を立てて、体を通り越し彼の剣先は壁を削った。
「…馬鹿な奴だ。ドエール」
 血の糸を引きながら剣を抜くと、もう一度神官は勢い良く振り下ろしてきた。今度はジャルディーノが僕を抱きかかえて横に跳び避けた。

「ジャルディーノ、ごめん、ね……」
そして、どうか……。

「無駄だよジャルディーノ。そいつは死ぬ。簡単にね」
「やめて下さい!!ドエール!喋らないでっ!!」

 終わりが近い。伝えたい最後の祈りは。

「もともと、コイツは生贄に決まっていたのさ。僕の気分一つでどうにでもできる」
 ジャルの戦慄と同時に彼から呪いの言葉がもたらされる。背中から吹き上げた鮮血に、近くの床も壁も赤く染まる事になった。

     !ドエー・・・ル・・・!!」

 僕の背中は鮮血とともに破れ、闇に殉ずるものの証、黒十字が血で赤く変色していた。すでに左手を失い、胸を貫かれていた僕は激しく口や傷口から鮮血を吹き飛ばしてそのままこと切れる。
 さようなら、ジャルディーノ。
 もう、君の声も聞こえない。僕の言葉も届けられない。

++

 見事なまでに辺りを血に染め、愚かな貴族の一人息子はその命を終わらせた。
・・・・ドエール……」
「死んだよ」
 震える声でまだ希望を残しているのか、名前を呼ぶ愚弟に僕は冷たく言い放った。
 もとより色の白い方だったドエールの顔は暗がりにも色を失い、口元から線を引く血の赤が酷く毒々しく映った。
「どうする?父親も馬鹿な親友もこの僕に殺されてしまったよ。…怒るのか?それとも嘆くか」

「僕は、ドエールを馬鹿だなんて思わない」
「!?」


 語調は怒りを含んでいた。自分と共にジャルディーノは赤く揺らいでいたのは知っていたが、突然にその光は強く輝き始めた。
 自分にしても、ジャルディーノにしてもそう、大きな力を召び出すためのトランス状態にお互い入っていたのは知っている。しかし……!
 空気がビリビリと震え啼き始めた。そして次の瞬間に。

      ドガッッ!!
 忌まわしき従兄弟の傍にいた、自分の体は反対側の壁まで吹き飛ばされていた。
 撃ちつけられた体は床に落ちず、そのまま奴からの重圧に壁に貼り付けられ身動きができない。そんな馬鹿な。睨んだ先のジャルディーノは死に絶えたドエールを抱きかかえたまま微動だにしていない。
 いや、しかし、これは奴からの衝撃だ……。
 信じられない程の重圧に近づく事さえできないだと……!

「そして変わらず、マイスさんを尊敬して止みません」
 ここにおいてまだ言うのか。
 信じられない台詞に自分の眉根は寄っていた。好きなだけ尊敬でも好意でも抱くがいいさ。そしてそのまま裏切られ騙され死んでいけ。

「お前は理解を超えるよ」
 時間を置いて僕は言葉を返した。
 しかし、屈辱にも喋る事で精一杯などという状態。やり返してやろうと僕の敷いた魔法陣に視線を奔らせては、衝撃に目を見開くことになる。

 ビリビリと、術が悲鳴をあげている。
     馬鹿な!更にドエールの死を飲み込み、術は途中だが消えることは有り得ない。けれど目の前でその力がジャルに影響されているのか、闇の力が圧されている!

 動かないドエールに、動かないジャルディーノ。
 確実に存在するのを認めざるを得ない、強大な力を持った人物がそこにいる。
 ロウソクの炎が影を揺らす中、声だけが静かに石造りの部屋に反響する。

「僕は知りません。壊れるほどに、自分を見失う程に、強く誰かを愛したことはないから。僕は会う人全てが好きです。嫌いな人なんていません。だから、人を憎む気持ちはきっとわからない。誰かを傷つけても欲しいものなんてこの世にないです。だから、僕は羨ましいと思う」
 壁に貼り付けにされたまま、聞こえる声は今度は悲しみの色を滲ませていた。

「僕はドエールも、マイスさんも大好きです。今尚、その気持ちは強くなります。それは、二人とも強く愛を求めているから。そして悩み苦しんでいるからです」

 何を語ろうとしている……?
 親友を手に、顔は頑なに下を向いたままのジャルディーノは。

「僕は、本当の愛を知りません。…いえ、何が本当の愛かも、わかりません。誰もみんな、一緒なんです。誰を失っても壊れる事もない。マイスさんにとってのお母さんのように、ドエールにとっての僕であったように。…だから、ドエールは馬鹿じゃない。マイスさんも優しい人です。僕よりもずっと優しく強く、人を愛している人だから」
・・・・やめろ。ジャルディーノ」

 不本意にこぼれた自らの声には嫌悪と恐れが混在する。
 魔王への祈りの言葉が中断されて時間が経ったせいなのか、陣の起こす振動に終焉が近づいてくる。ドエールの血を吸いあげ、床に浮かび上がった邪悪な魔法陣はまた力を得るはずだった。しかしその息は確実に弱り始めている。

 何かがそこに存在する……。
 今まで知っていた無能な従兄弟はそこには存在しない。

「お前の好きな父親も死んだ。お前のために苦しんだ親友も殺された。お前を庇ってだ。お前の仲間達もお前のせいで倒れてゆく。お前を殺そうとした貴族もいた。心の奥底でお前を疎んじる者の存在も知っただろう。…何故だ。どうしてお前は綺麗なことが言える。何故にひとつも心に影を落さない。これだけしてもお前はまだ悲しみはするが、心に光を失わない。闇はないと言うのか。お前には何をしても絶望など有り得ないと言うのか」
「だから本当は、僕の方が冷たい人間なのかも知れません。誰にも等しい愛情はおくれます。僕は求める愛を知りません。欲しい人がいない。それに……」

 初めて奴は動きを見せ、胸元で赤く光る石を手にした。
「僕には使命があります。力の与えられている僕に止まる事は許されません。これは僕の誓いです。僕は逃げません。この力の限り、僕のできる精一杯のことをいつもします。泣く暇さえ、本当はないのかも知れません」
 小さな、赤毛の神官は光を携え何かを決意した様に立ち上がった。

 異様な威圧はまだ終わっていない。奴だけが何事もなくこの空気に押されることなく歩みを進める事ができる。ジャルディーノは斬り落したドエールの腕を拾い、また親友の元に戻り呪文の詠唱を始めた。

 ここでは自分以外は魔法を使う事ができない。そのはずだ。

 奴が太陽神への祈りの言葉を力強く繰り返すと僕の体は壁から落ちた。奴から放たれる力の重圧が消え去ったわけではない。横からが上からのものに変化した。
 まさかこの僕が砂にまみれた汚い床に撃ちつけられるとは……!!
 呪う視線で奴を睨み、血を滲ませる程に歯噛みをする。
 永年、自分だけではない、呪われた墓守の一族の力は敗けることなど許されない。この墓で、このイシスで、今自分に勝る者など存在しないんだ。

 憎き愚弟の唱える呪文は記憶にある。
 お前にそれが扱えるものか。

 しかも五割の確立と言う。そして魔法の効かぬこの場所で。
 太陽神の力を持ってしてドエールの魂を呼ぼうにも、邪神に魅入られたものには復活の呪文など届きはしない。愚かな。
 奴の呪文が止まる。

「…………。駄目だ…。邪魔されてしまう」
 そうだ。思い知るといい。
 相変わらず悔しくも床を舐めさせられているが、その屈辱を呪いに変え、また魔王への呪律を並べ始める。もう、動き出せば止まりはしない、イシスを闇に落とす!

・・・・・わかりました、マイスさん」
 何が解ったとぬかす。ジャルディーノはゆらりと立ち上がり、愚かにも自ら闇の魔法陣の中央に進んで行く。ドエールが助からないと知り、心中する気になったか。

「僕が全てを、浄化します」

 過去が重なった。過去見続けて来たものと一切違わない。
 これはそうだ。お前がアリアハンに旅立つあの日、その日のお前に重なる。

      そして、
「マイス。私はこの子を産むわ」
 見たくもない衝撃の微笑みを思い出す。

++

 凶暴化激しい魔物たちを蹴散らしながら、ピラミッドの中の探索は続いていた。
 長い夜だったと言える。もしかしたらもう陽が差し始めているかもしれないが。

 イシスに砂漠を越えてやって来てから数日、思えば戦闘の連続だった。夜の見回り、ドエールの裏切り、そしてこの墓。ピラミッドの中は落とし穴を始め、宝箱の魔物や魔法の使えない部屋や、侵入者を阻む罠のオンパレードだ。
 しかし今は仲間もジャルディーノ以外は傍にいて、大抵の敵は対処できる。


「なんか、揺れがおさまってきたな……」
 たいまつの炎の中、隣に歩いていたアイザックに言われて俺も気がついた。
「あ、あの。邪悪な気配は弱まってます。魔物たちも少し落ち着いてきたみたい」
 遠慮がちに僧侶の新入りが声をかけてきた。
 とりあえずイシスだけ行動を一緒にする予定だったが、その後も連れて行って欲しいとさっき頼まれた。あんまり気は乗らなかったが、俺以外はどう考えても歓迎していたので反対するのも無駄と諦めた。

 サリサはとくにジャルのように手間がかかることもなく、アイザックのように俺に意見してくるわけでもなく、ナルセスのようにうるさいわけでもないのでまぁいいか、とふんでいた。女は妹一人で、いい友人にでもなれるかな、という期待も少しあった。
 男ばっかりじゃどうにもならないこともあるから、とりあえず邪険にはしないでおく俺がいる。


「馬鹿ジャルがまた、馬鹿なことしてなければいいけどな」
「不吉なこと言いっこなしですよ、ニーズさん」
 さらりと言うとナルセスが困った顔でため息つく。

「また行き止まりですね。なかなか先に進めません」
「…やっぱり、入り組んでるよね。急がないと」
「さっきの別れ道まで戻って別な道探そう」
 道を戻り、また現れた笑い袋や大王ガマを瞬殺し、今度の道で上への階段を発見する。たいまつで道を照らしながら進むが、その頃には揺れは不気味におさまった。

 先の道から話し声が反響して響いて来る。
「もういいかー?オレは早く別れた彼女の元に帰りたいネ」

・・・出た。シーヴァスちゃん退避っ!」
 ナルセスがシーヴァスを一番後ろに隠し、守備配置に陣取る。
 俺自身もかなりげんなりする。まだ奴等を知らないサリサなどは「?」な顔をしていたが、そうこう通路で止まっている間に、エルフ二人が左手側から姿を見せた。

 デボネアは瞬時にして俺の前に直立し、何処かのウェイターの様に恭しく礼をする。
「これはこれはお兄様。ご無事で何よりです」
「お兄様言うな」
「先程仕方なく別れる事になった妹様のことが心配で心配で。ああ、シーヴァスさんご無事でしたか!」
 もうすでに知っているので俺は奴の三つ編みを掴んで引きづり戻してやった。
「お兄様痛いです」
 俺が兄と聞いた途端、デボネアはずっと笑顔の押し売り、正直ムカつく。
「デボネアさんも無事でしたか。良かったです」
 シーヴァスの方はこんな調子なので、ナルセスの守備には感謝していたりする。今もしっかりガードマンになってくれて睨みつけていた。

 一連の会話にアイザックは不機嫌な面に変わっていた。と言ってもコイツは多分馴れ馴れしいどうこうじゃなくて金の恨みだろーが…。以前盗まれた金の恨みは多分消えはしまい。その横で呆気に取られていたサリサにデボネアは気がついた。

「お嬢さん、お名前は」
「えっ?、きゃあっ」
 瞬間移動して、今度はサリサの両手をしっかり掴んで口説き始める節操なし。
「まだこんな素敵なお嬢さんがいたとは…。私はデボネアです。あなたもここに連れ去られていたのですか。私があなたを助けたかった……」
「えっと、あ、あのぉ…。サリサ、です…」
 悪いが標的がサリサに移って一安心。生贄になってくれ。

「おい、早く行こうぜ。ジャルが心配だよ」
 相変わらず強気なうちの戦士は、奴等に相入ることもなく、困っているサリサからデボネアの手を引き離して先への道を促した。
「嫌がってんだろ。気安くベタベタさわるなよ」
 デボネアと二人でそこで火花を散らす。
「あ、ありがと。アイザック」
 そのまま自分からアイザックの後ろに隠れていくのを見て、なんとなく俺は理解した。読めたというか。

 今まで壁に片腕ついて、傍観していたもう一人のエルフが歩き出した俺に近寄り忠告を耳打ちする。
「この先、上は……。開かない扉があってね。仕掛けドアみたいなんだよ」

「仕掛け?どんな。お前らでも開けられないのかよ」
 デボネアは存在しないと見なして、俺はコイツと話を進める事にしよう。
 腕の立つ盗賊なんだろうし、この二人。エルフってのは多少暗闇の中でも目はきくし、力はないが魔法が使える。盗賊として以外でも、こいつらが強いことはまともに戦ったことがなくても感じられた。

「分厚い石の扉でね。鍵穴もない」
「なるほど」
 ジャルがいるのはその先か?振動は消えたが逆にどうなったかは気になる。あいつが早まらない事を祈るばかりだった。

「サリサさん、暗いですからお手を」
 なんだか後ろではまだやってるし・・・。
「お前しつこいぞ!いいかげんにしろよっ!」
 アイザックといい争っているのが聞こえる。この状況下で随分緊迫感無い一行だ。
「デボネアさんごめんなさい。大丈夫ですから……」
 デボネア振られてるし…思いっきり。必要ないが振り向いて確かめたら、ショック受けて上半身固まってるデボネアが見れてなかなか笑えた。

 その後、しかし、傷心も束の間に、諦めずに今度はシーヴァスに同じ様に声をかけるなかなか不屈の精神のデボネア。
「シーヴァスさん、貴女のことは私がお守りしましょう」
「はいはい。近づくな近づくな!消えた消えた!」
 でもここでも門前払い。


「これだよ。どうしてもこれが開かないんだよね」
 銀髪のエルフ、シャトレーに案内され問題の扉の前に俺達は集結した。鍵穴も取っ手も無い、大きな分厚い石の扉。
 仰々しいイシスらしい装飾が刻まれていた。


と、その時だ。

ドゥン・・・!!
 上から見えない何かが落ちてきたのを感じた。

「きゃあっ!」
「うぎゃあっ!」
「うわ!」
 それぞれ好きな悲鳴を上げて、全員が衝撃に床に転げる。
 地震か?いや違う。上からの重圧を感じて立ち上がれない。建物、空気がビリビリと振動していた。巨大な落雷がピラミッドに落ちたかのような感覚。

    何が落ちた?考えられることが一つあった。

「さっきの揺れとは違うよ。邪悪な感じはしない!でもこんな大きな力って……!?」
 床に手を付きながらサリサは叫んだ。
 言われるまでもなく、想像が働く。ジャルディーノが呼び出せる、太陽神の力。

「とにかく仕掛けだかなんだか調べて早く助けに行かないと!」
「こんだけ人数いるんだし、手分けして探そう!」
「何か怪しいものとか見つけてないのか」
 重圧にやられながらも壁に手をかけて立ち上がると、シャトレーは何処か嬉しそうに報告した。

「あるにはあるよ。この奥とそっちの奥。壁に不自然なボタンがあるんだ♪」
「そっ、それだ〜!!早くぽちっと押して来ましょうよ!」
「もう押してはみたよ。順番があるんだ」
「え〜〜!!?」
 全部でボタンは四つ。全部押すのか、順番があるのか、どれかだけなのか、可能性は膨大に考えられる。手当たり次第に試しても辿り着ける気がしなかった。

 どうすればいいのか考えは固まらない。
「とりあえずどんなボタンか見てみないか」
 アイザックの意見に賛成して、二手に分かれてその仕掛けを見に移動した。
 とりあえず俺とシャトレーと、女二人はこっちにして、あとはデボネアともう一個の方のボタンの方に行かせる。
 上から押し付けてくる力があるために、真っ直ぐには誰も立つことができない間抜けな行軍だったが。

 辺りに視線を流し、一人何かに満足そうに微笑むシャトレーに気がつく。
「何笑ってんだよ」
「いや。魔物の気配が消えた」
 言われてみればいきなり静かになった。サリサいわく邪悪な地響き時には魔物は異常に凶暴、強力になっていたらしいが……。
 この力が「聖なる力」だからなのか?
 嬉しいはずなんだが、実は喜んでもいられない事情がある。こんなことするのは馬鹿ジャルしかいない。やるなと言ったが、きっと奴は馬鹿だからやるだろう。なんて馬鹿野郎なんだ。

「これですか」
「そうそう。どうする?」
 石の壁に、確かに意味ありげなボタンが二つ。
「向こうのボタンも同じものだよ」
 俺と女二人は顔を見合わせて無言になった。やみくもに試していくしかないか?

「あの扉、魔法で壊せないのかな……」
「ああ、ちょっと試したけど無理だったよ。魔法効かないんだ」
 エルフ二人でびくともしないなら誰がやっても無駄だろうな。また俺達は考え込んだ。
「サリサ、お前イシスにいくらか居たんだろ。何か知らないか」
「ええ…っ?……。ピラミッドの扉…。扉…」
 悩む俺たちをまたシャトレーは面白そうに見物決め込んでいた。…なんなんだ、こいつは。
「どうしよう。隼の剣はもう、普通の剣になちゃったし……」
 サリサの独り言。
「なんだ?あの剣、何かあるのか」
「あ、いえ。でもまた光が戻れば……」

     まてよ。
 剣と聞いて思い出した男がいる。アイツなら何か知っていないだろうか。

 その時背後から呑気な歌声が聞こえてきた。
「まんまるボタンはおひさまボタン〜♪」

ザクッ!!!

 奴の物だった(過去)剣でその額を刺す。
「酷いですニーズさん。せっかくビブラートも絶妙に効いていたのに」
 額に額冠をした魔法使いが一人、流血しながら抗議してきた。
「いらん!何か知ってたら言え」
「ですから。まんまるボタンはおひさま〜♪」
べし!
 しつこくまた歌おうとするワグナスに俺は首にチョップで黙らせた。
「お前の下手な歌なんかいるかボケが!さっさと答えろ!」
「ワグナスさん歌上手でしたよ」
「ありがとうございますシーヴァスさん。でわもう一度。まんまるボタンは〜♪」
「首折るぞ」
 ワグナスの首を掴んで俺は真面目に言った。

「賢者ワグナス、その歌がヒントなんじゃないの?」
 おや?シャトレー、微妙にこの賢者の事を知っているらしかった。
「賢者、賢者ワグナス様っ!?」
 サリサまで驚いて唖然とする。
「自己紹介は、また後にしますね。実はこの歌は王族と限られた者にしか伝えられぬピラミッドの秘密が隠された歌なのです。この中に扉を開くヒントが隠されています」
「早く言え。どうすればいいんだ」
「こほん。でわ。まんまる〜♪」
「メラ」

「何故止めるんですかニーズさん」
 顔を燃やされ賢者は恨めしそうにこっちを見つめてきた。
「歌わなくていいから。結果だけ言え。こっちは暇じゃないんだよ」
「そんな。せっかく歌詞覚えてきたんですよ」
「知るかよそんなのお前の勝手だろ」
「今日のために喉にも気をつかっていたんですよ」
「二度と唄えなくしてやろうか」
「わかりました。このボタンはですね……」
 本気で殺気だったのに気がついたか、賢者はようやっと説明をし始めた。

「でわ私はこれで」
「もう二度と来るな」
 用件をすましまた何処かへ行こうとするワグナスに冷たく決別を言い渡す。
「また歌、聴かせて頂きたいです」
 俺は上からの重圧に負けて床に転んだ。妹に呆れて、理解に苦しむ顔で見つめる。
「まずは向こうからですね。急ぎましょうお兄様」
「うん、まぁ、そうだな……」

 二箇所に置かれたボタンを聞き出したヒントの元に押し、俺達は重い扉の動く音に歓声をあげる。うまく走れないながらも仲間達はジャルを心配して先を急いだ。その後にエルフ二人が続く。
 開かれた扉の先には少し広めの部屋になり、その先に上への階段が待っていた。

 しかし、待っていたのはそれだけじゃなかった。
 歓迎できそうにもない女が、そこに何処からともなくうっすらと現れる。

「お前は・・・・!!」
 叫ぶ間も無く、女の口元が微かに動いたかと思うと、猛吹雪が全員を襲ってきた。

「この国は乾燥しているでしょう?昼間は熱くて敵わないわ」
 足元から先、部屋を通り越し先の通路までを一瞬にして氷の世界に変え、女は乱れた髪を右手で整えて呟やいた。
 仲間の多くは吹雪と共に吹き飛ばされ、殆どが姿を見失う。

「く…っ、…っそう!!」
 襲ってきた氷の刃がいくつか刺さった状態だった。しかし凍りついた床の上俺は一人立ち上がって視線を凝らした。
 銀髪の死神だ。
 過去に会った三つ編みの女に似ているが、コイツには初めて会う。氷漬けにされた部屋のせいじゃなく、俺は背筋が寒くなるのを感じて振り払うために身震いした。

・・・・でも、この女がニーズを殺したのなら!!

 女は侮蔑の視線で俺に一瞥をくれた。
「…嫌ね。視界に入れるのも許しがたいわ。愛すべきあの人の模造愚形など」
「な…に……」
 辛辣な台詞に怒りを覚える前に、奇妙な発言に俺は躊躇した。聞き間違いか?「愛すべき」?

「今まで放っておいたけれど、あなた見るに耐えるわね。私ならもっと良品の複製を造れるわ。殺して新しく作り直そうかしら」
 くしくも、俺は後じ去った。この女は俺を「命」とは思っていない。
「許せないわ。「ニーズ」なんてなんておこがましい。更に駄作の分際で勇者の真似事など笑止」
 久しぶりに気持ちいいほどの悪口を聞かされた気がする。うるさい。それでも信じる奴等がいるから俺は敢えて勇者でいるんだ。

「お兄様は勇者です。模造品でも駄作でもありません!」
 半分雪に埋もっていた、妹が怒って雪の中から這い出して来た。
「貴女…、貴女がユリウスですね?お父様を追い詰め、ノアニールに呪いをかけ、そして、もう一人のニーズお兄様を殺した……」

 目の前の銀髪の死神は、名前はユリウス。
 ユリウスは不意に意識を別な場所に移した。ピラミッド内にまた異変が感じられた。悪しき力ではない、俺にでも判別できる魔法の力をじわじわと感じていく。

「余計なことをしている子供がいるようね」
 ジャルディーノのことだ。
 俺にも判るこの波動は破邪の呪文、ニフラム。しかし、それはニフラムと呼んでいいのか不明なまでに広範囲に広がっていく。ピラミッド全体を包んでいくようだ。

「ベホマラー!」
 ついさっき別れた賢者が魔法と共に現れる。それと共に吹雪に吹き飛ばされた仲間達も回復され部屋に戻ってきた。
「逃がしませんよ。ユリウスさん」
 賢者と、俺の仲間達、そして戦うかどうかは知らないがエルフ二人とに一斉に囲まれても、余裕の笑みをユリウスは消さない。

「いいでしょう。少しなら遊んであげます」
 微塵も優しさの見えない微笑みで、銀の死神はそう呼ばれる由縁たる大きな鎌を音もなく身構えた。



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