「隼の剣」 |
私は、小さい頃からランシール神殿を仰ぎ見ながら生きてきた。 世界最大の白亜の神殿で、神殿は大陸と、その中央に存在する「地球のへそ」と呼ばれる聖地を護るためにある。 「地球のへそ」は、この世界でも最も神聖な場所にあたり、多くの神具が眠る場所とも言われていた。「隼の剣」もその一つ。伝承にしか聞いたことは無く、その姿を伝える文章でしか、私の記憶には面影が無い。 けれど、私は今日その聖剣に出会う事になる。 それもまた、「彼」からもたらされるもの。 |
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私とアイザックは、共に何処かに落下していた。 最初に感じたのは、全くの暗闇。そして何かが足元にたくさん転がっているのに驚いた。その正体を知り、私は小さな悲鳴をあげた。人骨だ。 「大丈夫かサリサ」 近くに同じ様に落ちてきた、アイザックの声がすぐ傍で聞こえた。すごく暗くて、まだ慣れてない目では、彼が何処にいるのか良くわからなかい。 呼び合って、私達はお互いを確認し合い、怪我の手当てに移行する。 「・・・・あれ?」 「どうした?」 回りに警戒を払っていたアイザックも、私の様子を見て横に屈み込んだ。 「・・・・ううん。もう一回」 再度かけるべホイミの呪文。でも呪文も間違っていないのに、魔法が発動しない。 「ご、ごめんねっ。今、すぐ終わるから・・・!」 どうしよう。私焦っているのかな。そんなはずはないのに。呪文を間違えたことなんてない。考えてはいけない不安な事柄が、ふと脳裏をよぎっていた。 魔法はその力をもたらさない。 「・・・・なんで・・・・?」 不安になる程、私の鼓動は早くなる。焦りに、意味も無く動揺している。今度はホイミにしてみた。でも魔法が動き出さない・・・・! アイザックは視線を周囲に奔らせた。 「アイツ、最後に言いたい放題だったからな。ここは魔法が使えないのかも知れない」 呪文は腕を掴まれて彼に止められた。考えたくなかった事実も、彼が代弁してくれる。 「サリサ、薬草持ってるか」 「うん、何枚か……」 不安は消えないけれど、どうしてか、不思議なくらいにこの人は落ち着いていて、私の方が馬鹿みたいに思えてきてしまうんだ。 「俺が四枚で、合わせて六枚か。なんとかなるかな。サリサ首の方見せてみ」 アンデットに噛み付かれた首元、少し切れてた服を更に少し破って、薬草を当てていく。そういえば、ドエールさんに斬り付けられて、肩先から上半身、服も破れて血で黒く変色している。マントを裂いて、止血用に使う。 そのアイザックの後ろに、ゆらゆら光る赤い眼を見つけて私は慄いた。 「何かいる…!アンデット……!?」 「サリサ、あと自分でな!」 薬草と裂いたマントを押し当てて、アイザックは剣を構えて息を飲んだ。闇の中には、不死者達の赤い眼だけが無数に揺れて、じわじわと近寄ってくる。 でもその数に、また私は不安を覚える。 イシスの町で、何度も何度も魔物は復活した。消しても消しても地面から甦ってきて、またその悪夢が襲ってくるなら、暗闇で、しかも魔法も使えなくて、・・・どうするの。 アイザックの戦いには不安は無かった。ただ、長くなると、きっと体力が持たないと思った。 私は胸にも薬草を使って、マントの切り端で巻いて押さえつける。 アイザックも背中に怪我があるはずだから、迎え撃つのも交代しないといけない。 あ、違う。背中じゃ自分じゃできないよ。全部倒さなくちゃ。 私も槍で攻撃に参加する。腐った死体はなかなか倒れないけれど、動きが緩慢なので数を撃ち込めば彼らは動かなくなった。 「アイザック、手当てしよ。背中」 彼は鎧を外して上着を脱いだ。私はこんなこと、なんてことないはずなのに、ちょっと戸惑ってすぐに手が動かなかった。あぐらをかいて一息ついた彼の背中に、触れる事にドキドキしてしまう。 僧侶の私は、怪我の手当てなんて日常茶飯事。裸くらいで動揺しないんだけど・・・。 私は知ってるよ・・・。やっぱりこの人は特別な人なの。 触れる指に、いちいち過剰に反応してしまう自分は・・・。 好きになっても、いいのかな・・・。 余りにも、この場にふさわしくない心配、でも、それは心をよぎってしまった。 背中に薬草を当て、マントの切れ端で自分と同じ様に巻き付けると、背中越しにはいくらでも彼を見つめる事ができた。 「終わったよ」 「ありがと。さて、どうするかな。とりあえず移動するか」 上着を着直して、また鎧を着けて彼は勢い良く立ち上がった。 「また敵も復活してきそうだしな」 そんな予感はしていた。ここは異様な臭いがする。死臭とも腐臭とも言えるような。上から私達は落ちて来たけれど、天井を槍で押してみても開いてはいない様だった。 逃げ道あるんだろうか。 ドエールさんの恐ろしい別れ際の台詞が思い出される。 地獄を見ればいいと アンデットはやはり、何度もその姿を現した。振り払いながらも、落ちてきた場所を調べるけれど、ここは一つの出口すら見つからない。天井も開いてはいない。 始めから考えていた予感は的中していた。私達は、ここに閉じ込められた……。 待っているのは飢えか、アンデットに殺されるか、渇きか……? 水は少し持っていた。でも、食べ物は持っていない。薬草ももうない。魔法は使えない。私達、一体どうなるんだろう。生きて帰れるんだろうか。 ドエールさんの話では、ここはきっとイシスの北にあるピラミッド。 他の人達はどうしたんだろう。一緒に見回りしていたニーズさんは?神殿に残っていたジャルディーノ君と、シーヴァスは……。 「八方塞がりか…。助けを待つしかないか」 言ったら、怒られるかな…。助けって、来ると思う…? 誰が来てくれるの。怖いよ。私は気付かない内に全く喋らなくなっていた。 それに……。 首筋は、まだ痛みが残っているの。ドエールさんに絞められて、本当に苦しくて恐ろしかった。私、人に殺意を向けられたの初めてなの……。 首に触れたら、あの恐怖が甦りそうだよ。あの恐ろしい瞳が。足に当たる無数の死者の骨。もうじき私もこうなるの? 「サリサ。おい。黙るなよ」 仕方なく、体力を温存しようと部屋の角に座っていた私達。返事をしないので、私は肩を強く引かれた。 「不安で口をきけなくなったのか・・・?」 闇の中でもうっすらと、隣の心配そうな彼の瞳は綺麗に思う。 「・・・・不安じゃ、ないの・・・・?」 想像以上に声が震えた。私は恐怖に負けそうだった。けれど目をつぶっても、ドエールさんの双眸が頭から離れない……! 「大丈夫だよ。心配するな」 「大丈夫じゃないよ!」 アイザックは呑気すぎるよっ。どうみても困難な状況だよ。言ったそばからまたミイラ達がゆっくりと近づいてくる。ザクザクと、彼は簡単にそれを倒してしまうけれど。 でも、いつまでも体力が続くわけじゃない。 「きっと、みんなここに連れてこられて、生きてた人も、きっとここで死んでしまったんだよ。遅かれ早かれ、私だって……」 「やめろよ。サリサ、冷静になれよ」 彼は私の前に膝を付いて、震える両肩を押さえて止めた。 「大丈夫だ!必ず俺がなんとかするから」 「な……。なんとかって……」 なんとかなりそうにないから言ってるのに。弱気な事もできるなら言いたくないから、だからどうしても口を閉じてしまうよ。不安に負けそう……。 アイザックは何を思ったか、また口を閉じた私を 「え・・・・」 「泣くなよ。言っただろ、何度でも助けるって」 突然の事に、私の意識は何処か違う場所へ飛んでいく。 彼がとても近くて、私を抱き寄せていて。暖かくて嬉しくて…。恐怖とは違う、震えに戸惑う。……今なら、届きそうで。 初めて見た時から、ずっと視線の先にいた、戦士の、あなただよ……。 腕を回せば、不思議な位安心できた。ドエールさんの瞳も忘れられる。 強く彼を抱きしめて、私は彼の首元に頭を預けてじっとしていた。 「…落ち着いたか?サリサ…」 顔を覗き込んで、まだ彼は心配そうに訊いて来る。 「うん。ありがとう。嬉しい」 場所に不似合いにも、にこっと笑顔を返すと、アイザックは意外そうに口ごもって、なんだか感心していた。 「…嬉しい…?嬉しいもんなのか。やっぱり…。いや、前にシーヴァスが、「抱きしめてもらうのが嬉しい」言ってたからさ。心が弱くなった時に、いいのかな、と、ね……」 久しぶりに見る、彼の戸惑いの表情。 抱きしめてもらうのは嬉しい。でも、それは誰でもじゃない。 きっと、シーヴァスはアイザックでも嬉しいだろうけど、彼女はきっとニーズさんを想定したんだと思う。私は……。 「アイザックだから、・・・・嬉しいの」 「俺…?なんでまた」 割と思い切った台詞だったのに、彼にはわからないようだ。 「良くないだろ…。恋人とかでもないからさ。家族なら俺もたまにするけど…。今のもほんとは良くないかなと思ったんだ。すぐ離れるつもりだったんだけど、お前思い切り抱きついてくるし…。でも、それだけ怖かったんだよな」 抱きついたのは、怖かったより、嬉しさの方が強かったよ。多分。 答えに困っていると、思い出したようにアンデットは襲ってきた。でもそれは彼に任せ、私は話の続きを考えていた。 これ以上、口にしたら彼でも気がつく…?言いたいような、まだ早いような。 「アイザック恋人いるの?アリアハンとかに……」 敵を倒して座り直した彼は、私の質問に「まだその話?」と言う顔を向けた。 「いないよ。いるわけないだろ。俺まだ十六だしさ」 「…十六で、恋人いちゃ駄目なの?」 その返事には、私は首を傾げて聞き返す。 「うーんと、俺がまだ未熟者だから」 「・・・・・・・・」 そんなことないのに。と言うか、知ってたけど、相当真面目ね。 とゆーか、珍しい思考の持ち主かも知れない。 でも彼女いないのは嬉しいよ。ちょっと安心しちゃった。 「私も、そんな人いないよ」 「そうか」 「だから、・・・。気にしなくていいから、抱きしめてくれるならアイザックがいいの」 また大胆な発言で彼を驚かせた。彼は「話聞いてなかったのかよ」とでも言いたそうに、私の顔を疑いのまなざしで凝視してくる。 「だから、言ったろ?他の奴に甘えろよ…」 「い、や。ニーズさん怖いし絶対してくれないし。ナルセス君彼女いるし、悪いし。ジャル君は弟みたいなものだし、アイザックしかいないの。アイザックがいいの」 「・・・・・。何だよ。さっきまで怯えてたのに…。途端に元気になりやがって…」 本当ね。なんだか二人でいるの楽しい。 「ありがとう。おかげでもう大丈夫。怖くないよ。ね、もう一回抱き合いたい」 手を付いて近づくと、彼はぎょっとして逃げ出した。 「サリサ!冗談やめろよっ」 逃げられるなんてちょっと心外。でもアイザックは本気で断ってくる。 「とにかく!もうしないから!不謹慎だぞ、サリサ。もうちょっと、その、女らしく慎ましく礼節をわきまえてな」 「…恋人なら、いいの…?」 「恋人同士ならいいよ」 「わかった。恋人同士になるから」 気合いのこもった物言いに、彼は少し圧倒されたよう。 「…そうだよ。きっといい彼氏見つかるよ」 多少ムっときた私は、彼に宣戦布告。 「もう、決めたからね!追いかけるから!絶対恋人になってやる!」 一人立ち上がって、眼下の彼に向って叫んだ。 「・・・・そんなに今燃える事か・・・?これ・・・。まぁ・・・。頑張れ」 相手が自分とは全く気付いていない彼は、呆気にとられて気のない返事をくれた。 燃えてるから私。なんだか闘志が湧き上がって来てるから。 不謹慎と言えば不謹慎に。私は「彼への道」への決意を固めていた。 |
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本当にサリサは良くわからない…。 いや、でも、泣かれるよりいいけど……。 その後からも、何度も甦るミイラ達の攻撃。二人で迎え討っているおかげで、窮地に陥る事も無いが……。 俺よりも、負傷の激しいサリサに疲れが見えてくると、さすがにこのままではいけないと思い始めていた。 「サリサ。無理するなよ。お前、俺のフォローでいいからな」 「うん。ありがとう。…でもまだ大丈夫だよ」 サリサの武器は槍。リーチが長いために、敵の腕も届かずに効率が良かった。暗闇の中、足場すらはっきり視界に映らないままにも、俺達は善戦していた。 でも、それが突然に乱される事になる。 ズズズズズ……。 天井から砂がいくらか零れ落ちてきた。 「え……?何?この揺れ……?」 足元が微かに振動し始め、背にしていた壁も軋んだ音を立てる。 「グゥオオオォォオオオオ 「きゃあっ!!な、何っ!?」 目の前に揺れていたアンデット達の、いきなりの咆哮、威圧感が突然に跳ね上がり、微かに赤く光っていただけの魔物の目がギラギラと妖しく燃え始めた。 「こいつら……。まさか反応してる?」 「オウオォウォォオオ・・・!」 はっきりは見えないが、その数は数十体。一斉に襲い掛かってくる! 「こいつら!動きまで早くなってやがる!」 死体の動きは緩慢で、時には様子を見ているだけだったのだが、狂ったように総攻撃を開始する。こいつらには見えているのかも知れないが、俺達には闇の中、攻撃の姿がはっきり掴めない。 したたかにも何回か攻撃を喰らってしまって、俺は嫌な汗をかいた。 「この、揺れ、唯事じゃないよ!感じるものっ。この揺れに呼応して、魔物が強力になってる!」 必死で槍を振るいながらサリサは叫んだ。その後で槍の先を掴まれ、武器を奪われそうになる。 「このっ!離して!」 助けに向かいながら、襲い来る集団の中に、今まで見れなかったシルエットの姿が確認できた。明らかな新しい魔物の姿。そいつが炎を吐いてくる。 思わず手を槍から放したサリサの、目前の敵を一薙ぎで一度黙らせると、手を取ってその場から逃げ出した。 「砂漠で見た魔物まで出てきたな。サリサ大丈夫か」 「うんっ。ごめんでも槍取られちゃった・・・!」 さすがに、それを探す余裕は無さそうだった。逃げても、魔物の集団はすぐさまに追いかけてきた。建物を揺らす振動は大きくなってくる。サリサを背に、さすがに俺も往生するのを感じる。 「グゥアァアア 一際大きなミイラ男、マミーの攻撃は石壁を激しくえぐっていった。そんなもの貰ったら、呪文の使えない今致命傷になってしまう。 「クソッ!!」 奴らの動きが早くなった今、全て避けていける自信は無かった。こんなところで万事休すのか?バラモスの姿も見ないままで。ニーズの姿も無い場所で。 俺はせめて散る時は、勇者と共に戦いながら消えていきたい。 「アイザック・・・!」 背中からか細い不安の声が聞こえた。やみくもに死闘を続ける俺に、それに返事する余裕なんてない。サリサは必死に祈り始めた。 「ミトラ様、私達をお守り下さい!彼をお守り下さい・・・!!」 お互いの信じる神の名前が聞こえる。 汗と、いつの間に負傷したのか血で視界が更に悪くなるのを無視し、無我夢中で俺の剣は途切れも無く振られ続ける。止まる時、その先に未来はないと思えた。 サリサは砕けた壁の欠片を拾い、それで敵を斬り付け始めた。けれど、それは只の悪あがきに過ぎない。何処からか伸びた腕に腕を取られ、避けようの無かった手痛い一撃が彼女にもたらされる。 悲鳴は聞こえなかった。けれどその足がくず折れる前に、俺は腕を伸ばして引き寄せて倒れた。サリサのいた場所の壁が音を立てて削られる。 床の冷たさを頬に感じながら、俺は魔物達の息遣いを聞いた。 こんな状況でも、まだどうにかなると思っているよ。仲間の僧侶を庇う、その時引っ掛けて離れてしまった剣の柄を手探りで探した。 こんな所で倒れるわけにはいかない。 アリアハンに家族が待っている。母さんが絶対泣き崩れる。 最後まで、勇者と共に戦いたい・・・!! 果たさなければならない誓いが、約束が、まだたくさん残っているんだ。 ニーズに、家族に。 そして、 サリサを庇って、倒れ伏したままの俺の背中に鈍い衝撃が奔る。剣の柄は見つからない。変わりに、俺の横で何かが光を放った。 あっという間に、視界を真っ白に染め、目を閉じても、俺の世界は白一色に変貌する。 |
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ただ白一面の場所に、俺は満身創痍で倒れていた。白い床に、俺が汚した血糊だけが派手に痛々しく見える。暗くて知らなかったけれど、相当負傷はしていたらしい。 傍にはサリサもいない。魔物の気配も、壁も床の振動も消えていた。 まさか自分は死んだんだろうか?そう嫌な考えまで浮かんできてしまった。 体が重く、骨も数箇所いかれている。けれど眉をしかめつつも俺は体を起こした。 視線の先に何かがチラチラと光るのが見えた。 躊躇はしたが、「光った何か」が俺を呼んだ気がした。呼吸を整えながら、ゆっくりと俺は立ち上がった…。その俺に、足を出す前に何処からか声がする。 「引き返せ」 白い世界に声の主を探す。が、何処までも白いだけで誰の気配も見つけられはしない。引き返すって、何処へ?構わず、俺の足は進む。進むしかない。 「引き返しなさい」 次に聞こえたのは女の声。さっきの声とは別に、鮮明に耳に届いた。 「ここは何人たりとも介入できぬ聖なる領域。何処から迷い込んだ、手負いの戦士よ」 唐突に、女は眼前に待ち構えていたように現れた。エストックと呼ばれる突き刺すタイプの細剣を手に、すでにその剣先は俺に対して持ち上げられている。 射抜くような強い眼光を持つ、金の髪の女神官が間合いの中で立ち塞がる。 その女の纏う神官衣には覚えがあった。ランシール神殿主神ミトラの声を聞く者、敬意を払って「聖女」と崇められる、二人の女神官の一人、白の法衣を纏うのは聖女ラディナード。 「…まさか、ラディナード様…?いや、そんな馬鹿な……」 どんな夢だ?聖女の顔なんて俺は知らない。それに何処から来たのかなんて俺が聞きたい位だ。 戸惑いに、気付くのが遅れたが、何も無かった空間に「光る剣」が台座に置かれてあった。細めの軽そうな剣だった。さっき光って見えたのはこれだったんだろう。 「私を知っているか。ならばここの意味も知っていよう。速やかに立ち去るのならば危害は加えない」 ここはまさか、ランシールなのか……? 動揺と疑問は隠せなかった。一体どうして俺はここにいるんだろう。 なんだ・・・・・? 台座の上の剣が光る。そして俺のズボンのポケットが何故か熱くなった。何が熱いのかはすぐに知る事ができた。 吟遊詩人シャルディナから貰った「お守り」、手の平に収まる小さな巾着袋が熱を帯びて光る。中に何が入っているのかは知らない。お守りの存在に、聖女は剣先を納めて驚愕に震えた。 「何故お前が「それ」を持っている……。まさか、シャルディナ様に会ったのか」 聖女に『様』呼ばわりされるシャルディナって一体……。 「まさか、貴様、奪ったのではないだろうな。言え!」 心外な物言いに俺は腹を立て、敵意を向ける聖女ラディナードに凛として抗議を立てる。 「これはシャルディナから貰ったんだ。お守りだって言ってな」 「シャルディナ様が渡した……?自ら手放したと言うのか」 聖女がうろたえる意味は解らない。ただ俺は事実を言うだけだ。 「約束したんだ。一緒に空を飛ぼうってな」 「空を、飛ぶ……!?」 聖女を挟み、その先の「剣」はやはり俺を呼ぶ。今俺は剣が欲しい。状況は良く解らないが早く帰ってサリサを守らなければならない。強力なら尚更助かった。 「今、剣が必要なんだ。どういう訳かわからないけど、その剣は俺を呼んでる」 言わなくても、この聖女には多分わかっただろう。振り返り「剣」を取り、俺に向かってまっすぐに差し出す。 「名前を聞きましょう。若い戦士よ」 「アイザック」 「戦士アイザック。貴方の話を全て信じた訳ではない。けれどこの「隼の剣」が貴方に力を貸したいと言っている。けれど忘れなきように。この剣は今は貸し与えるだけのこと。ランシール神殿、「地球のへそ」に貴方は挑む事になるでしょう。逃れられなき試練と知りなさい」 「必ず返しに行きます」 聖女の勇ましい宣言に俺は一礼を返した。剣は必ず返す。しかし今は目の前の壁を乗り越える事が先決だった。 その後で、噂に名高い「地球のへそ」でも何処へでも行ってやる。 熱を持つお守りをポケットにしまい、俺の右手は「隼の剣」の柄を握り締めた。 握り締めた剣の柄、白い世界に迷い込む前、サリサを庇って倒れ伏していたそのままの自分に戻っていく。 違う事は、右手に握られた隼の剣。 そして熱を持ったお守りが、微かに光を放っていることぐらい。 「おらぁぁあああああ!!!」 改めて気合いを入れて剣を振るった。 予想以上に体が動き、剣の光跡がまざまざと残り、目の前の敵が全て真っ二つに崩壊する。 「うわっ!?」 剣は止まらず、反動で逆にまた起動を描く。連続攻撃になり、その光の後には動くものが見当たらなかった。 「・・・・・・・・」 その壮絶さに、自分自身が一番唖然としていた。剣から放たれる光は、いつの間にか俺の全身を包んでいて、体が軽い。 怪我まで一挙に回復されているじゃないか。 「サリサ!おい!しっかりしろ!」 効くかどうかわからなかったが、サリサにも剣を握らせてみた。幸運にもサリサの体もうっすらと光始めて、少し揺らすと意識を取り戻してくれた。 「サリサ、動けるか」 「うん・・・」 不思議そうにサリサには体を起こして、手にさせていた剣をまばたきしながら見つめた。 「きゃあああああああ!??」 悲鳴を上げて、サリサはその剣を放り出して逃げ出した。 「何すんだよサリサ。酷いな」 「だ…!だって!なにその剣!どうしたの!どこから持ってきたの!?」 「・・・・・良くわからん」 落された剣を拾いながら、淡白に答える。 倒しても復活してきた不死者達も、もう出てこないし。自分でもその威力に怖さを覚える。剣の光に照らされた、仲間の顔も明らかに恐れに震えていた。 |
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「良くわからないじゃないでしょ……?」 私は動悸が止まらなくて、言葉もうまく舌が回らなかった。何故かあんなに一杯いた魔物も何処にもいないし、私の体まで光ってる。体も何処も痛くない。……どういうことよ。 床の振動はまだ続いている。 でもそれよりも私には、彼の持つ「剣」が大問題だった。 「あの、ま、まさか、とは、思うんだけど・・・・。「隼の剣」じゃ、ない、よね?」 恐れから立ち上がれない私は、座り込んだままだった。 「知ってるのかサリサ。多分、それだと思う」 「えええええええええ!!!?」 素で私は後じさった。 「なんだよ。どんな剣なのか教えてくれよ」 「ば、馬鹿ぁ!!知らないのっ!?」 思わず叫んでしまうけれど、しょうがないよ。本物の[隼の剣]なら、本当の本当なら、 それはミトラ神の聖剣なんだよ!! 叫んでおいて、私は黙り込んだ。 あまりに大きな話で、とてもじゃないけど口になんてできない。 剣は細身。ラーミアの装飾が施され、力ある者には聖なる力が宿り、剣士は風に包まれ機敏に動けるのだと伝えられている。 攻撃力はそんなに高くないと言うのだけれど、真の力を手にした時は、斬れないものは無いとまで言われている……。 「借りただけだけどな。とは言っても」 「誰に…?」 「多分。聖女ラディナード。格好からして」 「ラ、ラディナードさまぁ!!?」 ・・・・・・。頭がクラクラしてきた。 「やっぱり。そんなにすごい剣なのか?これ…」 いつまでも、座り込んだまま放心している私の前に、彼も屈みこんで気まずそうに言った。剣の正体を知らなくても、さすがの彼も「えらいもの」を借りてきてしまった事に当惑している。 「すごいもなにも…」 「サリサ、シャルディナって知ってるか?」 「知らないよ?女の子?」 「知らないならいいや。神殿の関係者じゃないのか。聖女様が知っていてさ」 アッサラームで知り合った吟遊詩人の女の子。その子の事を聖女様が様づけ…? そして彼女から貰ったお守りが隼の剣と反応したってこと…? 「ねえ。この中身何が入ってるの?」 「知らない。見たら駄目だろ。効力切れちゃいそうだ」 「・・・・・」 なんだろう…。いろんな意味でその子はすごく気になった。ひょっとしたら、姿を人に見せる事の無いもう一人の聖女、と言う可能性もある。 それなら彼女の渡したお守りがランシールと繋がっていても説明が尽くし…。 剣と、私達を包んでいた光はうっすらと弱まっていった。 また世界が暗闇に戻った中で、もう一度正面から私はアイザックの顔を真剣に見つめた。 「なんだよ」 彼は、例え借り物でも、ミトラ神に認められた戦士なのだと見つめた。 ううん。聖剣は仮なんかで、自分の身を人に渡したりしないわ。 追いかけようと思った先から、いきなり雲泥の差を見せ付けてくれた彼。いつか私も、「地球のへそ」に挑めたらいいと思っていた。それすらもう、道順も通り越して、やってみせてしまう貴方はやっぱりすごいんだよ。 「アイザック…。私も、強くなれるかな」 彼に挑むように、私は問いをぶつける。 「俺も、そんなに強いわけじゃないよ。強くなりたいなら、なれるだろ?」 今夜、初めて少年の彼は微笑みを見せた。 「強くなりたい。アイザックみたいになりたいの。一緒に、横で戦えるようになりたい。これからも、一緒にいても、いい…?」 先延ばしにしていた返事。ニーズさんにお願いしようと思う。これから先の旅も一緒に行く事を。 「一緒にバラモス倒しに行くか!サリサ」 嬉しそうに彼はガッツポーズ。 「うん!行く!!」 「サリサちゃ 「いたら返事しろ 天井、何処かから仲間の声が響いてくるのが聞こえた。 「こっちだ!!お 「ここにいるよー!!」 二人で大声を張り上げ、上にいた仲間達は天井、閉じていた落とし穴の口を強引にこじ開け、私達を助けに来てくれた。 迎えてくれたのはニーズさん、シーヴァス、そしてナルセス君! 「ナルセス君、良かった!無事だったんだー!」 「ありがとぉー!なんとか無事だったよー!」 私とナルセス君は手を取り合って再会を喜んだ。皆大きな怪我も無く、また会えたことが本当に嬉しい。けれど、もちろん怪我の跡はみんなそれぞれ壮絶に残っている。比較的服も汚れてないのはシーヴァスくらいのもので。 みんな、やっぱり大変だったんだ、きっと…。 「なんだ?知らない剣持ってるな。アイザック」 「借り物。お前も違うの持ってるじゃん」 ニーズさんとアイザックは静かに再会。 「俺は、……。そのまま返さないかも知れん」 「なんだそれ?」 「ジャルの奴は一緒じゃないのか。じゃあ、この振動は……」 「そーなんだよっ!だから急いでジャルディーノさん探さないといけないんだよ!三階らしいんだけどさ!」 アイザックは一安心したのも束の間、またすぐに勇ましい顔に変わる。ナルセス君は慌てて簡単に状況の説明を。 「ワグナス情報が正しければな。ジャル馬鹿見付けたら、後は全員でドエールぶちのめす。OK?」 真顔でちょっと躊躇う事を宣言する勇者ニーズさん。相当怒ってる? 「デボネアさん達も、宝探しが終わったら手伝ってくれるそうですよ」 「デボネア?」 「そうそう。どっかでエルフに会っても相手しなくていいからねっ。とくにサリサちゃん。ちょっと女好きな奴がいるからさ」 他にもここに誰かいるらしく、ナルセス君は念入りに注意してくれた。 「デボネアって、アレかよ!あの二人組みのコソドロだろ!ぐわっ!」 すっごい嫌そうな反応、なアイザック。仲悪いのかな??? 「とにかくこれで揃った。行くぞ」 勇者の一声に、仲間達は声を返し、そして私も後に続いた。 |
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西の空、月は何処か赤くうつろいで見えた。 この夜、胸を打たれた私は、宿の窓に両手を張り付け、西の砂漠の国へ想いを馳せていた。 「良かった……」 窓に額を押し当て、私は安堵に、大きく胸にたまった不安を吐き出した。 危険は去ったみたい。安心と、同時に謝罪の言葉が浮かんでいた。 ごめんね……。 本当は謝らなくてはいけない。彼に渡した「お守り」は特別なもので、彼がそれを持っている限り、私は彼が今どの国にいるかぐらいの事がわかってしまう。 大きな危険が迫れば、それも感じてしまうの。だから今夜私は飛び起きて、西の空に祈りを捧げた……。 噂話に、イシスを襲う事件の話は聞いた。心配しても仕方のないことは知っていても、きっと彼は事件解決に戦うのだろうなと、心は曇った。 危険を決して避けては通らない、敢えてそれを消すために彼は挑んで行く旅人なのだもの。 とても彼に会いたいけれど、でも、会っても、彼の助けになるようなことは何もできないのだと……。決して言えない想いがある。 せめてまた近いうちに会えれば……。 彼がイシスに発ってから、アッサラームで興行していた私は、それでも毎日どこかで彼の姿を探していた。自分の歌で踊る輪の中に、静かに聴く観衆の中に、ひょっとしたら彼が現れるんじゃないかと。小さな期待をいつも消せずに過ごしていた。 その理由はわからなくもないの。だって、一緒にいられる時間は少ないのだもの。あの日も、馬車の中で眠ってしまった事が今ではとても悔しく思うほど。 夜通し、彼と話していたかったな……。 今度会えたら、時間の許す限り傍にいたい。いたいけど……。 もう一度、神に祈りを捧げよう……。 私は多くは望みません。ただ、彼との「約束」だけは果たしたい。オーブを全て集めることができますように。彼と一緒に空を、飛べますように。 私の願いはそれだけです。それだけです………。 |
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俺の消えた後、聖女の元には「もう一人の女」が近づいた。 「知らなかったな。彼女がもう、そこまで信じる者がいるとは」 ラディナードとは対照的に、黒い神官衣の女。 「そうね。…あの戦士。ここまで、辿り着けるかしら」 「剣も認めた戦士だ。必ずここには来るだろうな」 黒い神官衣の女は、頭にも黒い布地をかけ、その顔を隠している。女でも、言葉は男口調に近かった。 「地球のへそにはオーブがある。最も深き場所に…。彼が、本当に空を目指すのならば、その闇を越えなくてはならない」 「空に辿り着く前に、オーブには」 ラディナードは表情を曇らせ、この場所から去ろうと歩き出した。 「もう辿り着ける者はいないのよ。知っているでしょう……?」 聖女は語る。オーブに届く光はもう失われてしまったと。 「オルテガは死んだ。「光の玉」も消えた。ラーミアが空を飛ぶことは無いわ……」 白い神官衣の聖女は去り際、顔を隠す女に伝言を残す。 「シャルディナ様は、まだ幼いのよ。現実が見えていないのだわ。「守り」を持っていない以上探すのは困難になったけれど…。早急に見つけなければならないわね。すぐに手配するわ」 「現実……?」 残された女は、黒い布地の奥で試案に暮れる。 「現実を知っているから、探しに出たんだ。オーブに届く「光」を、探すためにな」 黒い神官衣の女は、今は何も無くなった台座に跪き、深く神に祈りを捧げた。 ランシール、俺が迷い込んだその場所は、また静かに俺の来訪を待つ……。 |