どれ位の時間が経ったんだろう……。
 
 刺された腹も、もう変に血は止まったけど、ずっと視界はおぼろげ、頭はクラクラしている。 真っ暗闇の部屋の中、蠢くゾンビ、ミイラ達の目だけがうっすら光って見える。
 もう疲れた…。死にたくねぇ……。

 アンデットに連れ去られ、ここに落ちてきた俺は、一応持っていた薬草を数枚使って、ターバンで血止めをしてなんとか生き延びていた。
 でも、とにかく腹が減っている。何でもいいから食べたいよ…。
 この部屋の腐臭でもう鼻も効きそうにないけど…。思い出したように腹がグルグル鳴る。あああ、死にたくない……。

 ゆらりゆらり蠢く不死者たちは、すぐさまに俺を襲ってきた。
 動きが遅いのが助かって、距離を取りながらの血止め、その後はいくらか応戦したけれど、復活してきてキリのない戦闘に真面目に付き合う気にもなれなかった。
 出口の無い部屋の角で骸骨の山に埋もれて、ごまかせないかなと隠れて死んだふり(?)をしてみたり……。動けないのもあって、いつの間にか眠りにも落ちた。

 今また静かだけど、また近づいてきたら迎撃しなければならないよ…。
 自分の槍は無く、仕方なく転がっている骸骨の中からさびた剣を拝借していた。こんなんでも無いよかましだし…。とほ…。

 俺はなるべく余分な体力は使わないように、横になってうな垂れていた。
 皆心配してるんだろうなぁ…。何してるんだろう皆。 それ以前にここは一体何処なんだ。
 また俺は思い出していた。どうしてだろう。どうしてだ。
 まさかドエールさんが、俺を刺すなんて。


「そのジャルが憎いんだよ」
 ドエールさんは言った。あんなに心配してたのに。あんなにいい感じの人だったのに。父親に「友達です」って言ってたのに……。
 俺だって友だちになれたらいいな、って、密かに思ってたのに。
 なんでだよ、ドエールさん……。いくら考えてもわからない。

 考えが堂々巡りになっていく……。もう何日か経ったのか。飢え死にするかな、いや、先に殺されて終わりかな……。今は昼なのか、夜なのか……。喉も渇いた……。

ドサッ。ガラン、カラン。

「うおっっ……!」
 力なくも、俺は驚いて飛び上がった。何かが落ちてきた。死体かも知れない。…でも、ひょっとしたら助けかも知れないと淡い期待を抱いた。
 音のした方向に両手をついて這って行く。暗闇の中でも手探りでそれに辿り着く。
     人だ!

 今まで孤独だったのが晴れて、俺は急いで肩を叩いた。もうここまでくるとはっきり彼女が誰なのかわかっている。
 永い耳に紫がかった銀の髪。待ち望んだお仲間シーヴァスちゃん!。
「シーヴァスちゃぁん!起きてよっ!起きてっ!」
 彼女は目を覚まし、俺の姿に喜んだ。
「ナルセスさん・・・・!無事だったのですね・・・・!」
「そうだよ!なんとか生きてたよ〜〜!!良かった!良かったよ     !!」
 ぶわっと泣けてきて、思い切り俺達は抱合って再会を喜んだ。

「でも、私…。呪文をかけられて…。効かなかったのですね、きっと……」
「なに?何の呪文?」
「ザキです。死の言葉です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
余りに笑えない呪文で、頬がひきつるのを感じた。
「ま、まさか、ま、さか、ドエール、さん・・・・?」
・・・・そうです・・・・

 二人でなんとも言えずに沈黙に陥った。ああうう、わからないよドエールさん…。こんな子にまでそんなことしなくったって、いいじゃないかよお〜。涙出てくるよ。
「ナルセスさん、一体何があったのですか。あそこで」
 言いたくはないが、仕方なく簡潔に俺は説明する。


 俺はドエールさんと彼の父エステールさんを見張っていた。
 ただ見張ってるのも暇だったので、少しばかり雑談に花を咲かせていた。ドエールさんに、イシスのことを聞いたり、二人の子供の頃を聞いたり。逆に、俺がアリアハンでの日常を話したり。
 段々、ドエールさんが無口になったのを感じた。黙ったかと思うと、ぼそりと聞こえないような小声で呟いたんだ。

「…よかったね。楽しそうで……」
 身を屈めていたのに、一人ドエールさんは立ち上がり、追いかけて腰を上げた俺の腹を剣で刺した。全く理由がわからなかった。メダパニ(混乱呪文)でもかかっているのかと思っていた。

「悔しいよ。僕は……」
 何故か、そこに現れたミイラが二体。俺を掴んで押さえ込んだ。
 そこへ別な人影も姿を見せた。飄々とした、けれど確かに邪悪さを感じた赤毛の神官戦士。
 ただ俺は信じられなくて、ショックで、責めることもしないまま     気がつくとここに転がっていた。魔法で移動させられたんだな。

 でも……。多分、今また二人に会っても、俺はきっと攻撃とかできないんだろうな。
 そう思う。いまだに気持ちは、信じてる方が強いんだ。

「マイスさん・・・・。では、彼もまた……」
 シーヴァスちゃんも、俺のいなくなってからの事を聞かせてくれた。エステールさんが疑われ、ドエールさんも監視。多分抜け出して神殿に来たと…。ジャルディーノさんへの悪質な呪い。すり替えられた形見のペンダント。
「じゃあ、その後ニーズさん達は……」
 どうなっているんだろう。まさか皆襲われてる???
 その時また腹がなった。ぐるぅるるぐるぐるぐる……。

・・・・・・。シーヴァスちゃん…、何か食べ物、持ってない?」
 疲れた苦笑をうかべ、俺は情けなくも頬をかく。
「はい…。これなら」
 服のポケットからお菓子の残りだろう、クッキーを恵んでくれる。
「うおおおおっ!あ〜、ありがとう。生き返るよ〜」
がっつこうと思ったが、良く噛んで味わって食べる事にする。
「あ…、でも、俺一人で食べちゃ、まずいよね」
「いいですよ。ナルセスさん、一日食べていないのでしょう…。私は大丈夫です。どうぞ気にせず食べて下さい」
「うううう。ありがとう〜〜〜〜」
 三枚あって、一枚は残して非常食として彼女に返した。それだけでも体に染み渡る気がした。
「ナルセスさん、怪我、大丈夫ですか」
「ん、なんとか。開いたりしなければ。多分」
 シーヴァスちゃんは一息ついて周りを見渡し、リレミトの呪文を唱えた。俺はコレでてっきり帰れると思っていた。


「えっ!なに?不発!?」
「…おかしいです。もう一度」
 シーヴァスちゃんは呪文を繰り返す。でもうんともすんとも魔法が発動しない。
「メラ」
 試しに、別の呪文も試してみる。でも、これも何も起こらなかった。

「…すみません。ナルセスさん。私、お役に立てないかも知れません……」

「えええええええ!?」

 俺の絶叫。そんな馬鹿なっ!!
 困って、シーヴァスちゃんは他の呪文も試した。でも何も起こらない。俺の絶叫を受けて、厄介なことにアンデット達が攻撃態勢に入ってしまう。

「やべっ!こいつら動き出した!うわっ、どうしよ、絶対絶命」
 余りに大声出したものだから、動いているミイラ達の数はこれまでの比じゃなかった。魔法が使えないならシーヴァスちゃんはかなりひ弱だし。俺一人でこんなん相手にできるわけもない。
「助けてくれー!アイザック!ニーズさん!ジャルディーノさ    ん!!」
 一応女の子庇って剣構えてはみるけど、俺なんか形だけだよー。
「そうだ!ワグナスさんでも可っ!!助けてー!!サリサちゃんでもいいよ!もうっ、あの兄さん(ラスディール)でもいいから助けてくれー!」

 叫びは、ただ喉を無駄に渇かしただけ。喉に砂が張り付いていて、口の中もざらざらしている。    畜生。こうなったら俺だって根性見せるしかない。

「ナルセスさん、私も戦います。二人ならなんとかなります」
「ううっ、ごめんよ頼りなくて。でも、シーヴァスちゃんだけはなんとしてでも守るから!」
 半分泣き声のようになっていた。さびた剣で何処まで戦えるかな。
 こんなことなら俺も少しくらい、アイザックに習って鍛錬でもしておけば良かった。せめてこんな時、女の子守れるくらいには……。

 いつも誰かいたから、楽観視していたんだ。でも今頃後悔しても遅い。

 幸いな事に、ミイラや、腐った死体なんかの動きは遅い。なんとか俺でも相手にはできる。さびた剣で何回も斬りつければ奴らは動かなくなった。
    バキッ。
「あっ!」
 後ろで嫌な音が…。杖で迎え撃っていたシーヴァスちゃんの杖が砕けた音だった。もともと打撃用じゃないし、もろくて当然なんだよな。
「えっと…。コレッ!使って!」
 武器を探した時にめっけモンだったブーメラン。これならシーヴァスちゃんでも扱えるし、ついてたとしか言いようがなかった。
「わかりました!」
 慣れない武器だけど、なんとか使って攻撃してくれている。なんか、立派なんだよなぁあ…。こんな状況でも取り乱さないしな…。見習わないといけないよ。

 ここには一切の灯りが無い。だから視界はすこぶる悪かった。あれ、エルフはいくらか人より見えるんだったかな。そんなことを考えながら一心不乱で剣を振り回していた。もう、作戦は、「下手な矢も数打ちゃ当たる」。

「ナルセスさん!危ない!」
 壁を背にして二人並んで迎撃していたが、気が付くと俺の横でミイラが両腕を振り上げている。
「グオオゥオオオー!!」
「ぎやっ!あいてててっ!てぁっ!」
 避けたはいいが、足元に転がる無数の骸骨のせいで俺は派手に転倒喰らう。
「ナルセスさん!あっ!」
その俺に転んで乗っかるシーヴァスちゃん。
「うぐえっ!」
「……!離しなさいっ!」

 伸びてる場合じゃないよ!シーヴァスちゃんに、ミイラやなんかの手が伸びている。俺は這い出して意味もなく大声を上げて剣を振り回した。
「くっそう!おらおら!お前らどっか行けよ!行きやがれぇえっっ!!」

バシイィッッ。ガラガラガラン。
 何処かから伸びた腕に殴り飛ばされて、俺は骸骨の中に崩れ落ちた。

 起き上がれずに、頭と、激痛の奔る腹を押さえる。
 やばい。腹の傷が開いたかもしんない。つれぇ・・・・。頭がグラグラしているよ。
「ナルセスさんっ!」
 駆け寄ってきて、シーヴァスちゃんは、必死に、俺を引きずって壁側へ逃げる。

「シーヴァスちゃん、…俺は、もう駄目かも知れない……」
「やめて下さい。聞きたくありません」
「一人の時に、調べたんだけど、ここ、壁を伝ってみても出口無かったんだ…。床も調べた。階段とかも何処にも無い…。天井も、物を投げてみたりして調べたけど、開いてる穴は見つからなかった…。完全密室なのかもしんない」
 壁側に逃げ、開いた傷を止血しようとする魔法使いに、俺は何を言おうとしているんだろう。
「…大丈夫です。大丈夫ですよ…。きっと、お兄様が、助けに来てくれます……」
 祈る事しか、できないなぁ。早く助けに来てくれ。シーヴァスちゃんが怪我する前に。

 このまま、気を失ったら、もう覚めないだろうな、という予感はした。
 シーヴァスちゃんを壁側にして、庇って抱きしめてうずくまると、俺は望んだままに盾になった。もう、痛みも鈍くなって、感覚が消えて行く。
「ナルセスさん!離して下さい!嫌ですっ!嫌ですっ……!」

 ドエールさんの理由も知りたかった。
 ジャルディーノさんの様に強くもなりたかった。
 せめて最後なら女の子位は守らないと。

「だから無理だ、って言ったのに」
 幼馴染の怒った顔が、何気ない仕草が、声が、落ちてゆく意識の中で鮮明に俺を叱っていた。また、怒らせるのかな。それとも、悲しませる。
 アニーちゃん……。


 俺は眩しい突然の光に目を閉じた。
「おっと。これはいいもの見つけたね」
 それは男の声……?俺はそこで意識を失った。

++

「コイツ。いつまで寝てるつもりなんだよ。置いてこーぜ。こんなヤツ」
「すみません。待って下さい。すぐに気が付きます」
「理解りました。貴女が言うなら待っていましょう」

 ・・・・なんだ?
 遠巻きにシーヴァスちゃんと誰かの会話が聞こえた。

「ナルセスさん。良かった。助かりました」
「ああ…。……って、ああああっっ!!!」
 視界に映った二人のエルフに、俺は半分悲鳴を上げて、シーヴァスちゃんはびっくりして手を引っ込めてしまった。
「久しぶり、だね♪ターバン少年。今日はターバンないけど」
 う、うるせぇっ!今は止血に使ってるんだ。
「誰だっけ」
 明らかに嫌味な三つ編みのエルフも忘れない、アリアハンで会ったエルフの盗賊だった。

「お知り合いなのですか。良かったです」
 いやいや、良くないって!(つっこみ)
「シーヴァスちゃんこいつら盗賊だって!こっちこっち!」
 慌てて二人から彼女を引き離す。
「おいおい。だーれが、てめえにホイミ連発してやったと思ってんだ。あぁ?キリキリお代、払ってもらうぞこの野郎。この超絶高性能デボネア様のホイミ1発50Gで手を打ってやるよ。合わせて200Gナ!」
「嫌だあああっ!高い!高すぎる!」
・・・・。あの、お金の価値は解らないのですが、これでは足りませんか?」
 文句を言った俺に、困ってシーヴァスちゃんは有り金全部を差し出してしまう。
 でも47G。

 金髪を後ろで一つに三つ編みにしている、デボネアはころりと態度を変えた。
・・・・いいでしょう。貴女の優しさと美しさに免じて、ここはマケにマケまくって涙を呑んでタダ!でいいでしょう」
 しっかりと両手を掴んで、なんか妙な口説きモードに入っている。
「いいのですか?ありがとうございます。デボネアさん」
「そこそこっ!触んないように!ピーッ、ピーーーッ!(口笛)」
「邪魔しないように。げしっ(蹴り)」

「そろそろ、動きたいんだけどね。いいかな」
 一人で冷静を決め付けていた、銀髪のエルフがいい感じに場を冷めさせてくれた。


 俺は砂の上に寝かされていたようだ。風は強くて、砂漠は果てしなく広がり、まだ深い夜の帳の中にある。イシスに着く前に見た、ジャルディーノさんが説明してくれた「王家の墓」、その姿が眼前にそびえ立つ。 
 俺の傷は確かに塞がっていた。(高度なホイミかどうかは知らないが)シーヴァスちゃんも大きな怪我も無く、なんとか九死に一生を得たらしい。

 墓の脇に小さな入り口が開いていて、そこから俺達を助けてくれたのがこのエルフ二人、だったという訳だ。

「何でここにいるわけ?ま、まさかジャルディーノさんの追っかけ…!!」
・・・・・・?或る意味そうかもね」

 ぎゃああああああああああ!!俺は心の中で悲鳴を上げていた。
 確か、こいつ名前は(覚えてたく無いけど)シャトレー。
 ジャルディーノさんに酷いことしたくせに、その後手の平返して、今度は妙に仲良くなりやがってむかつく奴だったんだよ。畜生おおおおおおお!助けられて無かったら塩撒きたいところだぁっ!塩!関わり合いになりたくねー!

「あの時は貴女はいませんでしたからね。お会いできて嬉しいです。シーヴァスさん」
「いちいち言い寄るなあ!そこぉ!!」
 パーティのかわいい妹を不在のニーズさんに代わって守るため、もう常に間に挟まることを決心した俺。シーヴァスちゃんの前に壁になってデボネアを睨みつけた。

「私は、ノアニールにいたのです。私も、他の部族のエルフに会えるのは嬉しいです」
「そうですか。けれど、安心して下さい。私に会ったからにはもう安全です!」(ナルセスを横にどかし)
「お前が危ないって!何すんだよクソエルフ!」(デボネアを殴り)
「じゃあ、危険ですから、貴女は私と二人でここで待ってましょう。お前等早く行けよ」(ナルセスの背中をキック)

ちきしょうやるのかこの野郎〜〜!!
 とは言えなかった。なぜって?だってこいつら強かったし……。


「いえ、ナルセスさん。イシスへ戻りましょう。皆が気になります」
 ルーラで戻る気なんだろう。俺も賛成したんだけど。
「他のも全員ここにいるよ。仲間もあの神官二人もね」
 シャトレーが教えてくれる。
「神官二人って……」
「ドエールとマイスさ」
 俺はその情報は嬉しかったんだけど、何かふに落ちなかった。
「なんでそんなことまで知ってるんだ。やっぱストーカー?」

「シャトレーの奴、ずっと見てたしな。知ってるよ」
「見ていた?知っていたのですか」
 さすがによぎった不穏な空気。ちょっと待てよ・・・・・
「俺達は、先にイシスへ来てたんだ。あの赤い少年の謎を知りたくてね」
「達じゃない。そんなのはお前だけ」
 横でデボネアがつっこみ入れている。
「そうしたら面白い事件が起こっていてね。傍観させて貰ってたってわけだ」

「行こう!シーヴァスちゃん!」
 手を引いて二人だけでピラミッドの入り口へ向う。頭に来ていた。やっぱりこいつら信用なんないって事が良くわかった。
「君らだけじゃまた落っことされるのがオチだよ?いいの?もう、二度目は助けないかもよ」
「シーヴァスさんは助けますv」
 後方笑顔で手を振るデボネア。

「ここは侵入者用に多くの罠が張られている。お前らのいた地下も、呪文の使えない巧妙な仕掛けがされてあった。魔物もわんさかいるよ。二人だけで本気で行く気?」
・・・・・・・・
 行こうとしていた足はぴったり止まっていた。
 だって、お前等本当に敵か味方か疑わしいんだもんよ。あ、でも、デボネアはシーヴァスちゃんは助けてくれるかも知れない。俺はともかく。

 それならいいか…。悔しいけど、俺如きのプライドなんか捨てて、今はこいつらに頼るべきなのかも知れなかった。少なくても、俺よりはきっとシーヴァスちゃんを守ってくれるはずだ。
「他のみんなは何処だ?助けに行きたい。お前らの目的は何か解らないけど……」
「力を貸してくれませんか。知っている事があれば教えて下さい」

 案の定、すぐさま、デボネアは飛んで来た。
「理解りました。貴女のために力を貸しましょう。貴女のためにです」
 シーヴァスちゃんの肩もがっちりと掴み、めいっぱい強調していた。
「行くぞ皆の衆。ほら遅れるなよそこ」
 負けそうだぞ、その勝手さかげん。肩抱いて歩くなってばそこ。

 ピラミッドの中を歩きながら、俺達は聞かされる。今イシスに起こっていること。
 サリサちゃんを襲い、アイザックを襲ったドエールさん。そしてニーズさん。
 皆このピラミッドの何処かにいるはずだった。
 
 そしてジャルディーノさんも。

 ピラミッド内部は確かに罠が多く、悠長には到底進めなかった。魔物も手強くて。でも、エルフ三人揃うとなんとかってゆーか。魔法がドンドン爆発して、俺なんか傍観してればよかった。
 戦う三人は、とても遠い人達に見えた。

++

 体の痺れはやがては消えた。
 ここはアイツらの会話から、あの時砂漠に見たピラミッドとか言う墓の中なのだろう。
 ぼんやりと壁の蜀台に炎が揺れ、俺の影が壁にゆらゆら揺れていた。

 石造りの建物の一室は、不気味な程にしんとしている。
 壁に沿って棺が幾つも並べられていた。俺は中央、台座に両手両足を金具で留められている。・・・・・・・。嫌な図だ。
 このまま胸を刺されて殺されるのを待つしかない状態だ。
 ドエールにやられた傷も回復できないし。どうやらここは魔法が使えないらしい。
 用意がいい事だ、いらないことに     


 ズズズズ……。
 擦れる音を立てて、誰かが中に入って来た。いよいよ止めを刺しに来たか?
 現れたのは、俺に好きなように暴言を吐いたドエール・ティシーエル。動けない俺に勝ち誇ったように、ふてぶてしいその顔で俺を静かに見下ろす。

 俺は    お前のおかげで「知る事」ができた。
 俺にはまた大事なものができていた。失いたくはないものを。

 それは妹のことだった。ドエールにそんな事を教えてやる優しさもなかったが。
 わからないだろうよ。かわいいとか、そんなレベルの話じゃない。あいつが俺に与えたものは大きい。存在だけでも喜べる。

「貴方と親しかったアイザックさんも、ナルセスさんも。もう会えないですよ」

 ふと、奴の顔を見上げながら、そんな言葉を思い返す。

 馬鹿な奴だ……。心底呆れるぜ。俺がそんな「淋しがり屋」なはずはない。
 別れはいつ来てもおかしくはない。今生の別れも、俺が愛想つかされる場合も。
 泣いて、喚いたりしない。それを覚悟の上でいつでも歩いているんだ。
 涙を流すだけ水分の無駄だろう?
 
 俺は毎日ジャルに救われてきた……?
 
 アイツを買いかぶりすぎるのもいいところだ。
 毎日通ってくれたのは確かにありがたかった。時にはしかしウザかった。感謝はしているが、しかしそれで俺が救われてきたと言えるほど、俺は素直な人間じゃ無かったんだ。

「なぁ・・・・。本当に、俺がジャル如きに救われて来たと思うか…」
 台座にくくり付けられたまま、俺は感情も込めずに吐き出した。

 なぁ・・・。決して言いたくないけどな。俺は自分の不幸自慢なんてしたくないんだ。
 でもな。お前みたいな勘違い野郎には我慢ができない。

「お前には、どうせ慕ってくれる奴なんて、ジャルしかいなかったんだろう」
・・・・・・・・
 どうせ図星だろうな。
 なんで俺は慕われているんだろうか。外面はコイツの方がいいのにな。金持ちで、品があって、貴族で外見も良くて。
 でも、俺はお前みたいな薄っぺらい笑顔は浮かべない。影でこそこそ策略巡らしたりしねーよ。ムカつくんなら、その場で殴っている。……そんな違いか?

「妹も、最近できたんだよ。でも、事実は妹じゃないけどな。父親はいない。母親は最近会えた。・・・・羨ましいのか?そんなことが」
 俺に言わせれば、お前の方がよっぽど羨ましいよ。
 コイツの父親はいけ好かない親父だったが、それでもれっきとした父親だ。母親は死んだんだろうが、在ただけで感謝しろよ。お前が女から生まれただけで俺は羨ましい。
 人として見て貰えていたんだ。
お前が勝手にいじけてただけなんだろう。

「甘ったれるのもいい加減にしろよ」
・・・・な、に・・・・!」
 俺の言葉はドエールの勘に触り、奴の表情は歪む。
 本当の顔見せてみろよ。心にも無い親切野郎気取るの辞めてさ。お前の馬鹿さ加減に心底笑ってやるから。
「お前の大事なものってなんだよ。まさかジャルディーノとは言わないよな」

 俺は奴の言葉を思い出す。
「お前も全てを失え」……?

「お前がいつ、全てを失った」
 俺の強い口調に、ドエールは息を呑んでいた。

「お前なんかに、確かに他に友人もいないだろうさ。だからあれか、馬鹿ジャル捕まえて、仲良しやってたわけだろ。まさか、俺のためにアリアハンに来たからって、俺に逆恨みか?ふざけるなよ」
「うるさい・・・
 顔の曇るドエール。会っているうちにお前が根暗なことは感じていた。そして根性なしが。吐き気がする。

「そんなに淋しかったなら全力で止めろよ。馬鹿野郎が。そんな度胸もなかったくせに。なんとかしてアリアハンに来れば良かったんだよ。金の力でも何でも使ってよ。そんな勇気も無く、毎日お前はいじけてたんだろう」
・・・っ!言うな!」
 ドエールは剣を抜いて台座の上の俺に威嚇する。

「どうせ、こんな大それた事も、一人じゃできなかったんだろう。甘ったれが」
「僕を愚弄するな・・・!!」

 精一杯叫ぶが、声を張り上げただけ、震える手は俺を刺したりしない。

「本当に殺せる勇気あるのかよ」
・・・・・・!」
 問いにドエールはうろたえた。
「ジャルディーノに、背中向けられる覚悟、本当にできてるのか」
 ドエールの震えは激しくなる。俺の読み通りなら、コイツにそんな強さは無い。
「言えよ。いつお前が全てを失った」
 ジャルディーノが、アリアハンで俺のために死んでいたのなら、お前の勘違いも逆恨みも甘んじて聞いてやってもいい。
 だけどな、アイツは元気にイシスへ帰って来ただろう。
 お前との再会をあんなに喜んでいたじゃないか。お前を親友と思っていた。

「いつ、ジャルディーノを失った!」

 味わわせてやりたいよ。この馬鹿野郎に。
 本当に大事なものを失うって事を。全てを失うことなら、俺はお前に何かされるまでもなく知っている。
 二年・・・・?何年先でもいい。生きていてくれたなら。また会えるなら、俺はいくらでも待つさ。その日のために生きてもいい位だ。
 そしてその時に、ジャルディーノのように再会を喜んでくれたなら、いや、くれなくてもいい。俺は嬉しいよ。孤独に耐えかねて「ニーズ」を攻撃なんて死んでもしない。

「お前、ジャルディーノのこと、大事でも何でもないだろう」
 ドエールは、剣を落とし、後じ去る。
「自分のことだけ、大事なんだ。お前は」
 大事なら、例え裏切られても、冷たく捨てられても、きっと思っていけたはずだ。
 悲しいけどな。
「ジャルディーノの気持ちも知らないで。クズが」

 言って俺は知った。
 俺は、大事なものを失っても、その大事なもののために生きてこれた。
 もちろん、支えてくれた奴らもいた。
 俺は、自分を愛さない母親でも、好きでいられた。憎まずに。他の誰のせいにもせずに。恨まずに。
 俺は少なくとも、自分だけが大事な野郎じゃない……。多分な。

「知らなかったよ。俺は、今まで、自分はどうしようもない奴だと思っていた。世の中には上もいるが、下もいるんだな」
 礼を言おう。俺は自分に自信が持てたよ。
「俺はお前よりかはましな人間だ。お前みたいな外道じゃない」

・・・・・・・・!!」
 とうとう、本気でドエールは切れたかもしれない。俺に何も反論はできないが、悔しさにブルブルと震え始める。

「お前に、わかるものか・・・・
「わかりたくないな。俺はそこまで落ちぶれたくない」
 俺に剣先を向けたまま、手だけ震えている愚かなドエールは、青ざめた顔で歯噛みしていた。
 殺されてたまるか。こんな下らない奴に!
 俺はこれまでの人生で最大の侮蔑の視線を奴にくれてやった。

「黙れ!その口黙らせてやる……!」
「ふざけろっ!お前なんかに俺が負けるか!!」
     とは言っても動けないんだが、しかし死ぬ直前までこいつに屈するつもりはなかった。

「我慢できないんだ、僕は。耐えられなかったんだ、僕は……!」
 目を伏せ、覚悟を決めたかのように突然、奴は冷静になった。
「知っているよ。僕とは誰も一緒にいてくれない…。皆いつかは僕から離れて行った。離れて行くんだ。ジャルディーノもそうだった。でも、僕は一人じゃ生きていけない!」

 泣きやがった。
 目を開いた時、奴の目の端から雫が落ちた。
「貴方がいなければ。まだ気付かずにいられたのに。これから、貴方はジャルディーノと旅して行くんだ。毎日楽しく、お互い助け合って。でも、僕は知った…。僕は自分の欲望を止められない」
 ドエールは呼吸を整える。本気になったようだ。我ながら余計なことをしてしまった。
「僕はジャルディーノさえいればいい…。そのためになら、魔王にも魂を売る」

 殺された    と思った。
 行くとこまで行くしかない、奴の剣先が眼前に閃いて。


「そこまでですよ」
 降ろそうとした剣先は俺の喉元で止められた。
「誰だっ!?何処から・・・!」
「少し反省して下さい」
 杖での鋭い一撃。壁にドエールは撃ち付けられ、現れた賢者は俺の両手足を留める金具を外した。
「待て!勇者は逃がさない!」
「また後で会いましょう」
 余裕の挨拶を残し、賢者は俺を連れて何処かへ瞬間移動する。


 空気の動きを感じた。    風だった。
 何処までも続く砂漠の先に赤い月が見える。ピラミッドの外装。しかも頂上付近に連れて来られたようだ。
「怪我は大丈夫ですか。今べホイミかけますね」
ぼごがっ。
 有無を言わさず俺は横っ面殴りつけていた。
「…あの、べホイミじゃ不満なのですか?いきなり酷いですね」
「気にするな。八つ当たりだ」

 呪文を受けながら、俺は久しぶりに会うこの賢者に訊ねる。
「知ってたら教えろ。皆はどうした」
「皆さんご無事ですよ。ご安心下さい」
・・・・・。そうか」
 さすがに、感慨深いものがあった。良かった。

「皆さんの事を気にかけているのは、私だけではないですしね。おかげで、私も自分の仕事に集中できそうです」
「…イシス、どうなった?」
「もちろん。大丈夫ですよ。女王自らも指揮をして、市民は非難しています」
 どうでもいいんだけどな。とりあえず聞いただけだ。

 しかし……。逃げたはいいが。外装を見下ろし俺は途方に暮れた。
「皆無事って言ったな。何処にいる。ジャルディーノの奴は?」
「さすがに案内はできないのですが…。アイザックさん、サリサさんは地下。ジャルディーノさんは三階。他は今一階にいるかと思います」
「いつもいつも、良く知ってるなお前は」
 胡散臭げに嫌そうな顔をすると、ワグナスは嬉しそうににっこりと返してきた。
「褒めてくださって恐縮です」
「褒めてねーよ」

「では、この外壁を降りて、一階入り口からどうぞ。運が良ければすぐにシーヴァスさん達に会えるでしょう。落とし穴には注意下さいね」
「落とし穴ね」
 ワグナスはひとさし指を出し、妙な宣伝を残して行く。
「もしもの時は、この私。ワグナスを是非ご指名下さいませ。勇者のために、さっそうと駆けつけて見せましょう。貴方の心の叫びに応えます」
「じゃあな」
 あっさり無視を決め込み、俺は外壁を降り始めた。

 そこで我に返って気が付く。
「しまった。剣が無い」
 手ぶらでどうするよ。そういえば持っているはずもなかった。俺は戻ってワグナスを蹴りつけた。
「おい。剣出せ剣」
「そんな。私は武器屋じゃないですよ」
「今すっげえ困ってるんだけど。俺の心の叫びに応えろよ」
・・・・ニーズさんは、我がままなんですから」
 不服そうにも、奴は自前の剣を貸してくれた。
「返して下さいね。貴重なんですから」
「けちけちするな」
 結構良さげな剣をひとまず借り、俺は入り口へと外壁を降りて行った。

++

 残された僕は、自分の行く先を覚悟していた。
 あの魔法使いが誰かはわからないが、勇者を逃がしてしまった事はもう取り返しがつかない。がくりと僕は床に座り込み、剣も手放した。
 …そう。僕は根性無しだ。強くも無いくせに、善人でも無ければ悪になりきる度胸も覚悟も無い。中途半端な僕の末路は決まっている。

 一人になった僕は、無人の台座にもたれて泣いた。
 あの人は・・・・。僕なんかより、確かに強い人だね、ジャルディーノ。
 信じて、付いて行くのも解る気がするよ。こんな一人、内にこもってばかりの僕より、彼を選んで当然だよね……。
 さようなら。こんな馬鹿なことせずに、一人で消えていれば良かった。
 もう嫌だよ。生きているのが辛い。


 ひとしきり、泣きむせいだ僕は、顔を拭き、三階に戻って行った。
・・・・勇者を逃がしたって・・・・?」
 僕はマイスさんにそのまま殴り飛ばされ、頬を踏みつけられる。
・・・・。能無しだね、ドエール。どう責任取ってくれるんだ?」
「マイスさん!やめて下さい……!」
 壁に張り付けられたままのジャルディーノが叫んでいる。だいぶ痛めつけられているのはすぐに察しれた。…まだ僕の心配をしてくれるの……?

「他の仲間も逃げた奴もいたようだし。ドエール、代わりに生贄になってもらうよ」
「マイスさんっ!!」
 床に転がった僕は、始めからそうなることを知っていた。マイスさんは腰から剣を抜き、鎖を鳴らすジャルディーノに敢えて見せ付けるように、僕をジャルの足元にまで転がして行く。

「ドエール、逃げないの?逃げてよ!マイスさん!ドエールに乱暴はやめて下さい!」
「ジャルディーノ、お前を痛ぶるのはつまらないよ。どんだけやってもお前は変わらないしね。ドエールを痛ぶる方が効果がありそうだ」

 ジャルディーノの表情が変わった。それに、マイスさん自身も、つられてにやりと笑みを浮かべた。
「怒ったの?いいね。僕は本気のお前をぶちのめしたいよ」
 神官マイスは剣先をジャルディーノに向け、それは予告だった。躊躇いもなく僕に剣を突き刺す。
「ドエール!」
 ジャルは足元の僕に体を寄せようとするけれど、どんなに鎖を伸ばしても膝は床に着かない長さだった。剣は突き刺さったまま、赤毛の神官は薄笑いを浮かべて部屋の蜀台に灯りを灯し始めた。

「まだ夜明けにはある。儀式を始めようか」
 どくどくと、僕の血は床に溢れ始める。その血は何かの模様をなぞり、じわじわと広がってゆく。
「お前の血も必要だね」
 僕から剣を抜き取り、ジャルに剣を構えて対峙する。
「全力で止めます」
 声には決意が込められていた。しっかりと目の前の従兄弟を見つめ、いつにもない気迫がジャルから見て取れた。
 でも、ジャルは視線をこちらに下ろし、胸を打つような笑顔を僕にくれるんだ。
「必ず助けるからね。ドエール」

「言ってなよ!」
      ドスッ。
 ジャルは目をつぶってその衝撃に耐えた。
 ジャルディーノの血も加わり、床には用意されていた陣が滲み現れる。
「魔王よ……。この血、この時、この土地を、今こそ貴方に捧げましょう……」
 蜀台の炎に照らされた闇の神官は、赤い髪と合わさって全身が燃えて見えた。

「太陽神よ。僕に力を貸して下さい……!」
 頭上から、ジャルディーノの祈りの言葉が聞こえる。
 まさか、ラーを召び出すつもりなのだろうか。でも、マイスには、魔王の部下がついていた。本当に君が負け、砕け散る時になるよ……。
 僕は流れる熱い自分の血を見つめながら、そのまま何もせず、来るべき運命を受け入れるつもりだった。

 …でも、僕はあたたかい「もの」を感じていた。
 床に転がる僕の手の中に、何故か暖かいかけらが光っている。壁に体を向けている僕、それは闇の神官にはまだ気付かれていない。
 ・・・・そんなはずはない・・・・

 手の中に、赤い石の首飾りがある。
 暖かく、微かに光るその石は、僕がすり替えた偽者なんかじゃないと思った。僕は砂漠に捨てた。どうしてここに現れるの。

 いまだ祈り続けているジャルディーノを見上げた。炎のせいかも知れない。ジャルディーノも赤く光って見える。僕の体が暖かくなっていくのを感じた。
 血が止まる。傷が癒される。神官マイスも儀式に入って永い詠唱に入っているため、僕の異変にまだ気付かない。

 一度、目を開け、見つめる僕にまたジャルディーノは微笑んだ。
 僕の、ため、なの・・・・・
 何も言わずに祈り続けるジャルディーノが、全身で僕に「逃げろ」と叫んでいる気がした。今なら逃げられると思うよ。今だけは。後でどうなるかは知らないよ。

 この「石」は今は僕じゃなく、君にこそ必要なものなんじゃないのかい。
 君を守るために。
 僕は、手の中に現れたこの「石」を握り締めることはできない……。これは、君の母親が、君のために残した「想い」だから。

「じゃあ、これ、貸してあげるよ」
 子供の頃、君が渡してくれた、あの日の笑顔を思い出した。あの日から、今も君は何処までも優しいままだね。
 僕だけが、それを忘れてしまった。僕だけが、一人歪んでいった。

 君の優しさを踏みにじる、こんな僕に君は優しすぎたよ。
 そして、今、こんな時でさえも。僕が奪い、捨ててしまった思い出。また君は同じ事を言うの・・・・
 王家の墓は、二人の祈祷の力に振動し始めた。
 僕の手の中の小さな「光」、それは・・・・・・・



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