「そろそろ宴を始めようか……」
 血の滴る剣をぶら下げた、棒立ちする僕に神官は告げた。
・・・もう、我慢できなくなったみたいだしね。ドエール」
 僕の足元には血溜まりがじわじわと範囲を広げていった。一人の旅の商人が、王家の墓に連れ去られたその直後。
 用意された台本は、今夜紐を解かれる。
 宴の主客は君だ。ジャルディーノ。



 エルフの魔法使いの帽子を手に、麻痺して動けない親友の言葉を僕は感銘もなく聞いていた。
「ド……、エール……!なんで……!?」
 その問いかけは、何に対しての言葉なのだろう。
 何故彼女を殺したか?何故ナルセスさんを刺したか。
 何故君の首飾りをすり替えたか……。
 首飾りは捨てた。この砂漠、砂の川に投げ捨てた。もう戻ってこない。

 もう必要の無いものだよ。
 僕は動けないジャルディーノをそのままに、彼の仲間を探しに部屋を後にする。風荒れた夜の砂漠の町は、今夜は当たり前のように悲鳴が木霊していた。
 
 この国は呪われていた。
 遥か昔ここには飢えや殺戮が横行していた。砂漠という過酷な状況の中、人々は骨肉の争いを繰り返し、そこに太陽の神が降り立ったと言われている。
 眩き光の神。太陽神ラー。

 でも、もう、太陽は昇らない。



「闇の神官」


 砂漠の国を恐慌が襲っていた。砂嵐だけではない。
 この夜、今まで一晩のうちでも数箇所にしか現れなかったアンデットモンスターが、何故かそこかしこに現れていると騒ぎが始まる。
 民家にも現れないはずだった。しかし昨夜もそうだが、今晩もティシーエル家にアンデットは出現する。
「隊長!アンデットです!何体も現れています!」
「騒がず迎撃だ!恐れる敵ではない!」

 やはりこの家には何かあるのだ、俺はそう思った。
 エステール・ティシーエルか、または親子か。しかし屋敷の中は一見静かに見えた。二人は屋敷内で監視されているために、こんな騒ぎが起こせるはずもない。
 だが俺は屋敷内に上がっていった。そしてそこに廊下で震える召使いの一人を発見する。女の視線の先には争いの跡か、崩れた装飾品が散らばっていた。

「おい!何があった!手短に話せ!」
「あ……。い、いえ、わ、私は、何も……・!屋敷の中にも、アンデットが……
「なんだと!」
 エステールの部屋を目指した。しかし屋敷内にいるはずの騎士の姿は何処にも無い。変わりに姿を見せてくるのは争いの痕跡と、いくつかの血痕。放置された武具。
 余りに静か過ぎた。

 エステールの部屋はもぬけの空で、しかし、昨夜庭に残された痕跡と変わらず、そこにはまだ乾いていない血溜まりが残っていた。
   アンデットに殺されたのか!?
 消えた騎士たちもまた。そしてエステール自身もか!?
「ドエールは……!?」
 俺は奴の部屋を叩き開けたがそこにも誰も残っていなかった。消えた。二人とも何処かへ消えていた。

「た、隊長!!」
 険しい顔で戻った俺には凶報が待っている。
「なんだ!」
「アンデットが、消えません。倒しても倒しても、消えずにまた復活するのです……!」
 若い騎士が顔色も悪く、悲鳴のように告げる。明らかに浮き足立っていた。

「どういうことだ!」
 屋敷の庭、いつもどおり雑魚なアンデットモンスターが現れていたが、斬り落しても土の中に還らない。奴らはいつもはそのまま土の中に消えていった。
 消滅するのだ。
 だが今夜は消えない。土の中で蠢き、再びまた姿を現し襲ってくる。
 拉致があかなかった。
「魔法、僧侶の破邪の魔法なら消えるかも知れん!それまで持ちこたえろ!」
「はいっ!」

 俺は神殿へとひた奔った。しかし、魔物が現れていたのはティシーエル家だけでは無い。見回りに出ていた傭兵や神官達だけではなく、民間人もそれぞれ武器を持ち戦っていた。戦うしかなくなっていたのだ。

 今までは民家を襲わなかったアンデット達が、窓を割り、戸を叩き壊し、人を襲おうと猛威を奮っている。
 風に混じる砂に目を塞がれながら、俺でさえ恐れを感じた。
 この全てのアンデットが同じ様に斬っても消滅しなかったならば……


 このイシスの民に尋常でない被害が出る。
 一体何が目的なんだ。ジャルディーノなのか。これでは神殿でさえも安全だとはとても思えなかった。俺は途中で馬を拾い、鞭を撃って神殿へ駆け込む。
 神殿では前代未聞の放火騒ぎが起こっており、俺は全身怒りで燃え上がるのを覚えた。
「ジャルディーノ!無事か!!」
 弟のいる部屋の戸を壊すように開け、俺は声の限りに叫んだ。
 しかし……・。ここにも誰もいない!

 そこにここを見ていたらしい女神官が慌てて走り込んで来た。
「ラスディール様!申し訳御座いませんっ!私が戻った時にはもう誰も残ってはおらず……!」
「馬鹿野郎!何をしていたんだ!ジャルディーノに何かあったらどうしてくれる!」
 女は詰め寄った俺に震え上がり、命乞いをするかのように弁明を始めた。

「申し訳御座いません!……クレスディ様が、こちらにおいでになって。そのままここにおられるものだと私は……。お連れのシーヴァス様もいらしたのです。しかし、ジャルディーノ様も動けなかったはずで、私にもどうして誰もいないのか皆目解りません……!」
「親父が?ジャルが動けないとはなんだ!」
「は、はい!」
 女神官は落ち着かないながらも俺に説明して聞かす。
 ジャルディーノの麻痺。悪意の増幅。すり替えられた形見の首飾り。

「他の奴らはどうした。あの勇者達だ」
「見回りに町へ…」
「ちっ。役に立たない奴らだ」
 お前等はどうでもいいが、ジャルディーノだけは守れと言っておいたはずだ。

 仕方なく俺は神殿入り口にまで戻り、そこにいた神官二人をつめ上げて弟達の行方を捜す。
「あ、クレスディ様なら、少し前にこちらから出て行かれました」
「何処へ行くかは言ってなかったのか!」
 俺の苛立った物言いに神官二人はびくびくと応対する。
……・右へ行きましたから……。王宮ではないかと思います」
 もう一人が、思い出したようにそれに追加を加えた。
「その時……。入れ違いでドエール様が通られました」
「ドエールが?・・・・無傷でか」

 俺は暫し考えて問いかけた。あの状況であいつが無傷ならどこかおかしい。
・・・無傷だったと思います。その後で、その、ジャルディーノ様が・・・
「ジャルディーノが来たのか!!」
「は、はいっ!その、なんだかお体の調子が悪かったようなのですが、それでも行かなければならないと仰って・・・
「ジャルディーノはどっちへ行ったんだ!」
「は、はいぃっ!同じく右へ行かれました・・・!」

「くっ・・・・・・!」
 とにかくジャルディーノに会わなければ怒りは収まりそうに無かった。何がどうなったのか話は良く見えないが、お前が無事ならばいい。お前だけは守らなければならない。
 引き返してまた俺は町に馬を走らせていた。
 ただ一人の弟を捜すために。

++

 神殿に放たれた炎が空を赤く染め、月まで今夜は紅く燃える。砂に目をつぶされそうになりながら、イシスの国の誰もが恐怖に奔放していることだろう。
 夜が明けるまで、どれだけの悲鳴が聞けることか。

 僕は今夜、決着をつけるべく、ある人物を待ち伏せていた。
 ラーの化身、ジャルディーノの父親、クレスディ司祭は、きっとここへやって来る。

「お急ぎでどちらへ向っているのですか。伯父様」
 僕は、敢えて、わかりきったことを問いかけていた。王城へ向う大通り、柱の影で僕は来るべきだろう叔父を一人待っていた。
「お前を探していた。再三注意してきたはずだ・・・。セズラートの好意を踏みにじるつもりなのか。ジャルディーノを害する事は彼女を害するも等しい事だ!マイス!こんなことのためにお前を生かしたのではない!」

 感謝していますよ。貴方もジャルディーノもお人よしで、とても助かっています。

「解っています。この国のためです。それには従順していますよ」
 それは誓えた。僕はこの国のために力を尽くしてきた。悪びれもせずに僕は答えた。

「ドエールをけしかけたのもお前だろう!」
「けしかけた・・・?嫌ですね。それは勘違いもいいところです。元々彼はジャルディーノを憎んでいたんですよ。確かに「悪意の増幅」、その影響はあったでしょうが、しかしほんの少しのきっかけにしか過ぎません。ははっ、親友と言ってもそんなもんだ」
「マイス……!」
 余裕な僕に、司祭は歯噛みしたようだ。

「怒った所で、貴方にはどうにもできませんよ。僕を突き出しますか。できるならやってみればいい。しかし残念なことに、イシスは今夜からその働きを失うでしょう。僕を裁ける者などいなくなりますよ。僕に剣を向けますか。それこそ無意味だと言えます。貴方も知っていますね。この国で「僕」に勝てる者なんていないと言う事を

 言い切った僕に、叔父は口惜しそうにただひたすら対峙していた。
 僕は、このイシス王城の北にある巨大な墓、ピラミッドの「墓守り」一族の末裔。今となってはただ僕一人しか存在しない、呪われた一族。


 かつて荒みきっていたこの砂漠に、ある時光明が降り注いだ。
 太陽神ラーの降臨だった。
 それは伝承の中の話で、真実かどうかは定かではないが、その場所が今のピラミッドの場所にあたると言う。
 太陽神は砂漠にも光をもたらし、神のもたらした巫女の元にこの王国は誕生した。巫女の死に国中が嘆き、あれ程の巨大な墓を用意するが、信仰とは名ばかりにその思想は狂気に覆われていた。

 代々の王家の者はピラミッドに埋葬されたが、その時は同時に国民も大勢巻き込まれ殺された。死者の国でも王家に仕えるためなどとは大義名分か。殺されるほうにはたまったものではない。
 墓は神聖な場所のはずだった。そう、はじめは……

 王家の魂と、宝物と。それを魔の力によって守っていく墓だった。
 しかし、時代が過ぎるごとに墓の中の怨念は増幅されていった。王と共に望まずに殺されていった者。宝物を狙い罠に落ち、亡者に食い潰されていった者。
 墓守りはいつからか、墓にうずまく闇を制御する役割に変わっていった。

 墓にはこの国の全ての<魔と闇>が集結している。墓を統べる者は国を統べられるも等しい力を持っていた。僕は墓に眠る亡者を操る事ができる。墓のことは知り尽くしていた。
 墓守がいなくなれば、あそこから闇は溢れ出すのだろう。そのために僕は生かされていたに過ぎない。言われるまでも無く、それは熟知していた。

「私はお前を信じていたよ。この事件は、お前の力の暴走か、衰え、制御に乱れが生じていたのかと思っていた」
「ははははははっ!」
 叔父の冗談に僕は笑い転げる。
「僕がそんなヘマすると思ったのですか」
「それこそ、魔物の邪魔が入ったなどな……
「ふん。在り得ません。女王の真偽もそうして正していてくれた訳ですね。ご苦労なことです」

「マイス。何がしたいのだ。国を襲い、ジャルディーノにこんな呪いをかけ、お前は何をしようとしているんだ!」
 僕がドエールに渡した偽者の首飾りを握り締め、司祭は叫び声をあげた。

「ジャルディーノは・・・、何も知らなすぎます」
 弟に僕は教えるだろう。お前は確かに家族にも国にも愛されている。しかし、お前を憎む者も同じ数だけいるのだと言う事を。

「唯の余興です。しかし上手い具合に貴族等は動きました。本当はもう少し、いたぶりたかったのですが、ドエールの裏切りってことで充分でしょう」
「何故だ・・・。ラーの教えを失ったか」
「これは……
 叔父は知らなかった様子で、僕は正直呆気に取られた。

「…あはは。おかしいですね。もう、僕には信じた「ラー」はいません。十五年も前にいなくなりました」
 貴方も同じはずだ。信じた者を失った。どんなに求めても決して届く事の無い場所へ。


 あの子供を憎んだ。
 跡形もなく切り刻んでやりたい程に憎らしかった。
 何度首を絞めてやろうと思っただろう。アイツが息をする度に殺意が芽生えた。ラスディールは正しかった。あの兄がいなければ何度でもジャルディーノを殺しただろう。

「それでも・・・。僕には国がありました。このイシスのために働くという目的が…。けれど、それさえあんなジャルディーノに僕は奪われる。もう、怒りさえ磨耗しそうですが…。憎まない方がおかしいでしょう。アイツはことごとく僕から生きる意味を奪う。セズラートはあの頃の僕には引き止める力がなかった。しかし、今、アイツからこの国を奪う事は可能です」

「ジャルディーノは王家には入らない。本人もそう言うだろう。あいつはお前から生きる意味を奪ったりはしない!目を覚ませ!」
「正気ですよ。そう。ジャルディーノだけじゃなく、僕には貴方にも個人的に消えない感情があります」
 強風の中、僕はゆらりと叔父に近づいた。

 貴方も、いちいち僕を不愉快にさせてくれた。
 解っています。これは誰にも告げられない愚かな嫉妬。
 時が過ぎても消えることの無い、「彼女」が愛した貴方が憎い。

 僕は呪文を唱え始める。仕方なく叔父はそれに応じて剣を抜いた。抜いたが、やはり僕には剣を向けられないらしい。
 そのままバギマの直撃を喰らい、裂傷に鮮血を振り撒き石畳に倒れる。

・・・・そのまま死にますか。楽に死ねますよ」
「マイス・・・!お前はラスディールやジャルディーノと変わらない。お前に剣を向けられる訳がない・・・!」
 横たわりながらも呻く言葉は、斬新さも無いつまらない台詞。
「貴方もジャルも本当にお人よしですね。だから早死にしますよ。ラスディールが一番世の中を解っているようだ」
「私の言葉は届かなくてもいい・・・!しかしセズラートの言葉は聞こえるはずだ!彼女はこんなことは望まない!ジャルディーノもお前も愛した息子だった!」

 見下ろす僕は黙って、その言葉を聞き流した。
 確かに貴方の言うとおりでしょう。けれど、もう、僕にとっては彼女は母親ではなくなった。そして自覚した時から、貴方も父親などではなくなった。

 息子と呼ばれることに僕は喜びを見出さない。
「彼女に叱られるなら大歓迎です。しかし、それすら叶わない」
 僕は司祭の落した剣を手に、そのまま横に音も無く立った。


    そこへ、けたたましい勢いで突如馬が飛び込んでくる。
「マイス!!貴様っ!!」
 僕もたまらず横に跳んで馬をかわした。ひき殺そうとしたのだろう。うるさい野郎がやって来たと舌打ちをする。
「やはりお前だったか・・・!ジャルディーノはどうした!」
 馬上から威嚇する従兄弟の一人は、僕に槍を向け、手綱を操り、咆哮を上げた。
「ドエールが迎えに行っているよ。まだ僕は知らない」

「ラスディール!マイスに手を出すなっ!」
 なんとか立ち上がった父親に、このラスディールが従うはずもなかった。どうせ二人とも今夜中に葬り去るつもりだった。ここでまとめて生贄行きだ。

 僕は長い呪文の詠唱に入る。
「させるかっ!」
 長いとは言ってもそれは数秒のこと。馬の突進を避け、声高らかに詠唱を完成させる。二人まとめて喰らうといい!
    バギクロス!!」

 岩をも吹き飛ばす竜巻の中に二人は飲み込まれ、落下する。ラスディールは落馬し、全身の斬り傷と落下の衝撃にさすがに動けない。
・・・・ベホマ・・・!!」
 ラスディールに向う僕の背後から回復呪文が飛ばされる。まず息子から回復させるか、立派なものです。
 しかし、簡単に立ち上がらせるような僕ではない。回復呪文が効く前に、本人の槍で奴の胸を貫く。

「ぐはっ・・・!このっ・・・!!」
・・・・いい目だね。こうでないとね」
 これまで散々、僕を罵倒してくれたが、しかしその方が自分には気分がいいものだった。だからお前には教えてやろう。
「ジャルディーノもすぐに後を追う。そこでまた兄弟仲良くすればいいよ。・・・・好きなだけね」
「ジャルには手出しさせんっ!殺してやる!!」
 憎悪に燃え、ラスディールは鮮血にまぎれながらも立ち上がった。
 馬鹿め。死ぬのが苦痛になっただけだ。

 槍は僕の手の中にある。そんなボロボロのまま、君に何ができるって?笑ってしまうよ。気迫だけはいつも立派な従兄弟だった。
 今君が立ったのは、僕に貫かれるためだよ。槍は胸に突き立てられた。

 そう思ったが、くすぐったい呪文が僕を邪魔してくれた。
 殺傷力の無い風が視界を遮らせ、ラスディールは自分の意思に反して姿を消す。
・・・・・・・
 背後から撃たれた呪文はバシルーラ。敵を吹き飛ばす呪文だ。しかしこの司祭は今は息子を逃がす事に使った。冷ややかな視線を僕は向けた。
 そんなに息子が大事なら、お前から殺してやる。

 自分にもベホマをかけたようだが、その足は覚束ない。
「マイス、わかってくれ・・・。セズラートは今も変わらず、お前の傍にいる・・・
「感じませんね」
 ラスディールを貫く予定だった槍は、先に父親の方を貫くことになる。倒れた憎き司祭は、そのまま生贄にされるだろう。

 カラン、カラン・・・
 血塗られた槍を路上に捨て、僕は歩き出していた。命令を残したアンデットモンスターを残して。

++

 カキィン・・・・
 ワアァァ・・・・
 場所は定められない、しかし冷たい風に巻かれて、路地にまで恐慌の喧騒は木霊していた。今までの比ではない、アンデットの多数の出現、そして倒しても再生して襲い続ける消えないアンデットモンスター。そんな混乱の中で、きっと笑っていられるのは僕の他には数人しかいないだろうと思った。
 僕は探し人をうす汚れた路地裏で見つける。

 他の仲間も近くにはいるようだった。しかし民家を守っているためか、直ぐには誰も来れないような位置で彼女は戦っている。
 ゾンビ程度では、さすがに彼女も善戦している。僕は彼女を自分の元に呼んだ。

「サリサさん。こっち」
・・・ドエールさん!?」
 彼女はアンデットを気にしながら僕のいる路地に走って来た。
「え・・・?どうしたの?屋敷で監禁されてたはずじゃ・・・。もういいの?」
 何も警戒していない彼女は事態も掴めないままに、僕の剣の洗礼を受けた。
 無言のまま、金髪の僧侶は倒れた。

 上半身を斜めに切り裂かれた彼女は、信じられないと言った顔で僕を見上げて震えた。
「正直言って・・・。貴女は目障りだったんですよ」
 彼女の襟首を掴み上げ、壁に肩から激しく撃ちつける。
 血を吐き出し、けれど次に顔を上げた時には、彼女は一転して勇ましい顔に変わっていた。
「目障りってなに・・・!?私何もしていない・・・!」
「してたよ」

 僕の背後で、さっきまで彼女が戦っていたアンデット達が動きを止める。彼女は異変に気が付いて、自分の絶体絶命の危機に蒼白になった。
「そう。僕でもアンデットを操作できる」
・・・・ドエール、さん・・・・。そんな・・・。そ……」
 彼女は仲間のいる方向に身を乗り出した。
「助けなんか呼ばせないよ」
 両手を押さえ、今度は激しく頭を壁に撃ちつけ、力で、擦り付けてやる。それでも彼女は必死に叫ぼうとした。
「助けてっ!アイザッ・・・!!」
 口を押さえ、膝で蹴り倒す。倒れたその首を僕は憎しみのままに締め付け始めた。息ができずに、彼女はそれは必死に抵抗する。僕の手に爪を食い込ませ、足を暴れさせて。
 死への恐怖か、苦しさからか、その両目からは涙が伝った。

「良かったよね。運良く仲間にしてもらえて・・・
 あの時助からなければ、そんな図々しい事もできなかったのに。そうだ、あの時死んでいれば良かったんだ・・・・
 それがなんだ?お前のようなよそ者を。何処の誰かも素性もわからないような女を。あいつらは全て信じた・・・・

「ありがとうございます。サリサさん。僕はあなたを信じます」
ジャルディーノはお前を信じた・・・・!!

許せない。
許せない・・・!!


「何故お前のような奴が!いきなり図々しくも仲間になったような奴がっ!」
彼女が力を失っていく。怒りは僕の中で爆発している・・・
「信じる?信じられてたまるかっ!!」
 息を止めるだけじゃ済まさない。首をへし折ってやろうと思った。

「サリサ!!」
 邪魔に戦士が現れた。アンデットを壁にしようと思ったがそれより早く戦士は飛び掛って来ていた。
「何やってやがるっ!!」
 力の限りに殴られ、僕は土を舐めさせられた。
「サリサ!おい!しっかりしろ!」
まだ命を繋ぎ止めていた僧侶は激しく咳き込み、必死に空気を貪った。
「この野郎!お前か!?お前が犯人なのか!?」
 彼女を庇って立ち、黒髪の戦士は吠えた。しとめそこなった僧侶はその足元で肩で息をする。僕は口元の血を拭って、静かに睨みつけた。

「君も・・・。好きじゃないよ。僕は・・・
「そんなこと聞いてない!質問に答えろっ!お前が犯人なのか!ナルセスの話は嘘か!?」
「刺したのは僕だ」
 その言葉で戦士は斬りかかって来た。しかし斬り落したのは盾にしたゾンビ数体。
「邪魔だっ!!」
 苛立って戦士は大振り。ゾンビは一度は消えるがまた復活する。
「バギ!」
 彼に撃ちつけるかまいたち。彼には対して強くはないが、その間に僕は彼女に手を伸ばす。
「きゃあっ!いやぁっ!」
「サリサ!」

 狭い路地裏に、僕と対峙する戦士。そして後ろで座り込んでいた僧侶を取り押さえる僕の従者達。
「動かないで。彼女が死ぬよ」
「ドエール!そこまで腐ったか!」

・・・・・僕は眉根を寄せた。
「腐った・・・
「クソ野郎が!お前を信じていたジャルディーノに同情するよ!最低だっ!サリサを離せ!」
 自分が壊れるのを感じる。許さない・・・!!

 戦士を従者が取り押さえた。怒りで息苦しさを感じる。僕は動けない戦士を何度も何度も殴りつけた。
「やめてっ!ドエールさんやめて!お願いやめて!!助けてニーズさん!!」
 やめてたまるか・・・!殴りつけてもこの戦士は嫌な瞳で僕をきつく睨み続けていた。許さない・・・!その目をやめろ・・・・・・!!
「ドエール!」
 不意に睨み上げたかと思うと、彼は気合いによって腕を押さえるアンデットごと僕を投げ飛ばした。
「その根性叩き直してやる・・・!!」

「動くなと言った筈だ!!」
 振り向いた戦士の目に映ったのは僧侶の鮮血。首元をゾンビに食いちぎられ、彼女は気を失った。
「サリサ!!」
 剣を逆手に、僕は膠着する戦士の背中に剣を突き立てる。

「お前らが死ぬのはピラミッドだ・・・!亡者どもに体を引きちぎられて、この世の地獄を見てから死んで行け・・・!!」
 アンデットは土に還るが、その時連れ去る人間もピラミッドに還す。
「お前らの苦しむ姿を見てやる・・・!恐怖に泣き叫んで死んでいけ・・・!無力さに泣き喚きながら死んでいけ・・・!」
 抵抗はさせず、僕の操るアンデット達は二人をピラミッドへと連行して行く。誰にも邪魔はさせない。

 悔しそうに、けれど僕を睨む目だけは鮮烈に戦士は土に消えた。僧侶も気を失ったままピラミッドに落されるだろう。僕は怒りで肩を上下させていた。
 体が焼けるようにたぎっている…。両手が血を求めるのを感じていた。
     いいや、あと一人残っている。彼だけは消さなければならない。彼こそその顔を歪めたい。
 僕は汗で張り付いた髪も直さずに、路地の外に歩き出していた。


 夜の闇の中に、彼は示し合わせたかのように立ち往生していた。人を探して、ぶつぶつ文句を言い、辺りを見回している彼がいる。
・・・・・アイツ、何処まで探しに行ったんだよ・・・
 おそらく戦士への文句。

「もう、誰にも会えないよ」
 そう告げ、現れた僕に、勇者はけげんな顔で振り向いた。

++

 僕はすでに殴られ頬を腫らし、返り血に服は汚れていた。
 遠巻きに、邪魔の入らないようにアンデット数体をめぐらせる。さすがの彼も何かを察知した様だった。
・・・・どういう意味だ。教えてもらおうか」
 勇者は毅然として構え、しかし鋭い口調で言葉をよこした。僕は彼に帽子を投げつけた。僕のではない。エルフの魔法使いの帽子を。

・・・・・
勇者の表情は見えない。帽子を手にして、彼は少し顎を下げただけに見えた。
「妹は・・・、やっぱり大事でしたか」
「お前にそんなことを言う筋合いはない」
 言葉は、これまでと変わらぬ調子で、僕は更に追い討ちをかけるように囁く。
「貴方と親しかったアイザックさんも、ナルセスさんも。もう会えないですよ。悔しいですか」
・・・・何を言わせたいんだ・・・・
 彼は静かに激昂しているのを感じた。もっと悲しんでもらわなければ困る。僕から大事なものを奪った、貴方には。

「貴方の、「悲しみ」って、なんですか・・・」

 教えてもらおう。教えてもらわなければならない。
 ジャルディーノは言った。救わなければならぬ勇者の悲しみを。
「貴方にどれだけの悲しみがあったって言うんですか・・・?そして、貴方はジャルディーノに毎日救われてきた・・・。そう、毎日・・・!」

 そのことは手紙で聞かされていた。勇者のためにジャルディーノは毎日かかさず貴方の家に通ったという。貴方の悲しみのため。
 貴方と世界を旅するため。貴方を助けるためにアリアハンへ向った。
 ジャルディーノは貴方のために死んでも良かった。そんな覚悟までできていた。

 なぜだ。なぜ見も知らない、「勇者オルテガの息子」と言うだけの男のために、そこまでしなければならないんだ。僕は止めた。止めたかった。
 でも、あの日もジャルディーノは笑って旅立って行った。

 ・・・・なぜ・・・。何故笑って旅立って行けたの。僕を残して。

お前さえいなければ、僕は一人にならなかった。

 この勇者が毎日ジャルディーノに会う中で、僕は毎日孤独に苛まれていった。このイシスにいる時も、毎日なんて僕達は会ってはいない。
 二年もの長い間・・・・。屈辱だった。

「お前も大事なものを失くせばいいんだ」
 僕は狂気にかられながら、全ての恨み言を並べ吐く。

「何が「悲しみ」だ・・・。毎日ジャルディーノに救われてきて、貴方を慕ってくれる仲間もいて。妹もいて。父親は死んだかも知れないが、世界的な英雄だ。母親もいるんだろう」
 勇者は不思議な程に無反応で、逆に僕が震え始めた。
「お前なんて、魔物に襲われてそこで死んでいれば良かったんだ・・・!お前さえいなければ良かったんだ・・・!」

「おい」
勇者は静かに問いかけた。
「仲間は何処だ」
・・・・・。なに・・・
「俺のことにどうこう言われても。好きにしろ。仲間は何処だ」
 僕は勇者に剣を構えた。
「みな僕が手を下してピラミッドへ送った。魔法も効かない、亡者の蠢く逃げ道の無い地下だ。みな今頃恐怖に狂い、むごく殺されている」

 勇者は帽子に視線を下げ呟いた。
「シーヴァスも、お前は襲ったって言うんだな」
「そうだよ。貴方が悲しむかと思ってね」
勢い良く勇者は剣を抜いた。
「殺していいか」

 正直、僕は勇者の迫力に圧されていた。悲しみや苦しみなどではなく、どうしてか「力」を感じたからだ。
「言っておく。お前に例えどんな理由があろうとも、俺はお前を許さない」
 言い終えて、走り込んで来る。四体のゾンビを使ってその動きは押さえた。がっしりと動きを封じた勇者ニーズ、お前は殴り殺してやりたい・・・
「僕だって同じ気持ちだ。お前も全てを失え・・・!」

 彼の青い瞳は怒りに激しく燃えていた。そんな彼を睨み両手で剣を振り上げ、僕はそのまま縦に振り落とした。体をゾンビに押さえつけられて、身動きのできない勇者の返り血を浴び、僕は顔を拭った。
「知らなかったよ。俺にもまだ「失うもの」があったらしい」
 勇者の下げた首からは声だけが別物のように聞え、表情は覗けなかった。
「ふざけるなよ?ドエール・・・
「うるさい!」

 その顔を何回も殴っている。勇者はつまらないことのように冷めた瞳に僕を映して吠えることもない。僕を苛立ち更に殴った。
 手を止め暫く肩で息をしていた隙に、彼は反撃に入る。
「ニフラム!」
 体を押さえていたゾンビ達を消し去り、素早い動きで僕を殴り飛ばす。そして僕が立ち上がるまでに自分の剣を拾い上げて構えた。
「バギ!」
 向ってくる勇者に呪文をぶつけると、彼は暫し足止めされる。そこを僕は剣で横薙ぎにしてやる。一瞬消したゾンビ達もすぐに復活して、舌打ちした勇者をまたすぐ拘束してくれる。
「これでも喰らえっ!」
 斬りつけた剣は音を立てて砕け散った。勇者はアストロンの呪文で身を守っていた。
「この・・・っ!!」

「苦戦してるね。ドエール」
 いつの間にか、赤毛の神官が傍にいた。路地の陰からすうっと、現れたかのように錯覚する。
「早く儀式も始めたいから、勇者は連れて行くよ」
「は、はい・・・

 勇者はアストロンから戻り、マイスさんに毒づいた。
「お前もかよ。どいつもこいつも・・・。反吐が出る」
 神官マイスは邪法を用いて勇者に麻痺の呪文をかける。この人の、魔法におそらく今夜、抵抗できる者などイシスにはいないだろう。絶対の麻痺にかかり、勇者は視線だけしか動かせずにいた。
「ジャルディーノはよろしくね」
「はい・・・
 神官マイスは勇者をルーラでピラミッドへ連れて行く。残された僕はブツリと切られた怒りに何処かでほっとしていた。あとはジャルディーノ、ただ一人。


「ドエール・・・!マイス、さん・・・!」
 僕はその声にハッとして後ろを振り返った。
 ドサリと、音を立てて路地から出てきたジャルディーノが倒れる。

「その体で追って来たの・・・
 ジャルディーノの麻痺は暫くは続く。途中アンデットにも遭遇したのだろう、戦いの跡が伺えた。
「今、マイスさん、いたよね。ニーズさんも、いたよね・・・
 傍に座り込んだ僕に、辛そうに懇願する彼がいた。
「ねぇ、僕が悪かったのなら謝るよ。ごめんねドエール。だから、もうやめよう。もう誰も傷つけないで…。お願い、ドエール…」

 僕は、無性に、    凍り付いていた。
 …悔しいよ。僕は…。君がそんなだから、止まらないんだ。
「嫌だよ」
 やめるなんて御免だった。だって、どうしたって、僕の願いは叶うはずがなかったから。だからこんなことしてるんだ。
 君の愛するもの全て無くなれば、君は僕だけ見てくれるだろうか。

 帰ってきてよ。でも、君はもう帰って来ない。
あの勇者がいる限り。

「ピラミッドで、みんな待ってる。でも平気。今夜君の仲間も、勇者も、この国も、みんな消えるから。闇に飲み込まれるんだ」
 もちろん。君の消えた後で僕が生きていてもしょうがない。もちろん僕も消える。魔王に心を売った時から僕の道は決まっていた。
「悪いけど、君も、来てもらうよ」
 僕はキメラの翼でジャルディーノを連れてピラミッドへ飛んだ。

 イシスの国のあちこちで、消えないアンデットたちとの戦いは続いているだろう。それも墓での儀式が済むまでのこと。今のうちに、命を落した者の方が、幸せなのかも知れない。
 本当の闇を、僕も見てみたいとは、少し脳裏に横切った。

++

「しっかりして下さい。もう、大丈夫です」
 私は、見知らぬ男性に肩を叩かれていた。見た事もない、しかし不思議な出で立ちをしている青年だった。勇者ニーズと同じ形の額冠をした、緑の髪の青年。
「私は・・・・
 ゆっくりと体を起こすと、記憶は鮮明に甦って来る。
 そうだ、私は、マイスに槍で刺されたのだ・・・
 完全に私は死んだのだと思っていた。しかし両手は自由に楽に動く。刺された痕は生々しく残っていたが、傷は完全に癒されていた。

「危ない所でしたね。もう動けますよ」
 青年はにっこりと告げる。
「ありがとう御座います。・・・・貴方は」
「ただの通りすがりの勇者の味方です。ジャルディーノさんにも、何度かお会いしています。良いお子さんですね」
「ジャルディーノの・・・・。いえ、ありがとうございます」
 とても力のある方だ、それは直ぐに見受けられた。瀕死の私を助けてくれたばかりか、きっとジャルディーノも世話になってきたのだろう。

「私はもう行かなければなりませんが、どうか家族仲良く。願っています」
 青年は立ち上がり、風にマントを泳がせ旅立つ。
「皆さんは、ピラミッドへ集まっているようです。私もこれから向います」
「ピラミッド・・・・!どうか、マイスを止めて下さい!暴走しているだけなのです!あの子を死なせたくは無い……!」

「ええ、わかっています。だから、言ったではありませんか。「家族仲良く」と」
 悪戯のように青年は満面の笑みを浮かべる。私の思いも何もかも知っているかのような、その笑顔は語っているようだった。マイスは助けます、と。
 砂混じる風の中、その姿は幻のごとく消えていく。

「ピラミッド・・・・
 私が行った所でどうにもなるまい。しかし、それでも私は向おうと思っていた。ラスディールは無事だろうか。それを確かめた後で。

「親父っ!」
 その長男が走り寄って来るのが見えて、私は安堵していた。
「あの野郎はどうした!あの野郎生かしてはおけん!」
「いかん。ラスディール、マイスは解ってくれる・・・。今は魔に心を奪われているだけなのだ。あれは一度、魔王の眷属に心を奪われた事があった。あいつは闇に染まりやすい、それだけなのだ」
 盛るラスディールに私は諭した。

「お前も知っているな。これは一部の者しか知らないが、マイスは両親を殺している。正確には手にかけてしまったのだ・・・。魔物に会って、幼い子供にはその支配に抗うことができずにな。あれは墓守りの一族の中でも力を持っていた。だから狙われた」
「アイツは始めから邪悪だった。俺はそう思っている」

「違う。だからセズラートがついた。マイスには支えが必要だった。闇に捕われない強い心を保つために」
 セズラートの死にマイスがジャルディーノを憎んだのも知っていた。
 しかし、救いは、ジャルディーノがマイスを慕ってくれたことだ。その分ラスディールとは険悪になっていったが、マイスもジャルディーノを好いてくれていたと思っていた。
 私の思い違いだったのか・・・

「いくらマイスでも、何の後押しもなく国中を襲うことなどできない。必ず後ろに魔物がいる。おそらく利用されているのだ。止めなければならない」
「俺は、アイツを許す気にはなれん」
「ラスディール……」
 ゆっくりと立ち上がった私に、息子の一人は強固にも言い張る。
「マイスは喜んでいたのだ。私達の元に来た時に、お前がいて、兄ができてな」
「ふっ。そんな馬鹿な」

 その時、突然に事件は起こった。
 この場所は王宮へと向う道。複数の馬の蹄の音が石畳を振動させる。

 ラスディールも、私も驚愕して平伏した。
 一人、私達に気付いてその女性は列を外れ、馬を止める。
「無事であったか。両人」
「恐れ入ります。女王閣下。自らまさかお出でになさるとは・・・
「国の一大事だ。早急に民を非難させねばならぬ。・・・・マイスも見えぬな」
「申し訳御座いません・・・・
 私は心底女王に詫びた。この事件の終わった際には私は咎めを受けねばならぬ。

「そなたらも、民を城へ非難させろ。力を貸しておくれ」
「はっ!早急に!」
 女王に敬礼をし、私達は走り出していた。
 太陽神よ、息子達を、このイシスをお守り下さい・・・・!そう切に祈りながら。

++

 僕は、ピラミッドの中に入った事は無かった。
 中は薄暗く、言いようの無い重苦しい空気に息が詰まるのを感じていた。ここはあの巨大なお墓の中の、どのあたりの部屋なのだろう。
 見当もつかない。僕は、気が付くと壁に両手を鎖で繋がれていた。
 ジャラリと、鎖は引いても音を鳴らすだけ。

 部屋は暗くて良く見えなかったけれど、闇に慣れてきた目には見知った従兄弟の兄と親友の姿が映った。
「じゃあ、ドエールは勇者を見張っていてよ。その内迎えが来るはずだ」
「……はい」
「ドエール!待ってドエール!マイスさん、やめて下さい!」

「起きたか、ジャルディーノ」
 マイスさんは近づいてくるけれど、ドエールは部屋からいなくなってしまう。
「ドエール!!」
「呼んでどうするの?説得するつもり……?」
「そうです。ニーズさんをどうするんですかっ。やめて下さい!」
「そう言って、止める位なら始めからこんなことしていないよ」
 僕の前にまっすぐに立ったマイスさんは、いつも僕に言い聞かせるように、悲しいほどに変わらない口調でそこにいる。

「マイスさんが、アンデットを操っていたのですか……」
「そうだよ」
「ドエールと、一緒に……」
「ドエールは、参列者かな。形見の首飾りをすり替えたのはドエールだけど、呪いのかかったものを用意したのは僕だよ」
 なにげない報告のように、マイスさんは微笑みも混じえて話す。
「でも、面白いよね。結構、ジャルのことを疎ましく思う人間は潜伏していた。殺し屋を雇ったのはエステール氏だけど、他にも賊を雇おうとした貴族はいたよ。自ら神殿に火を放った者だっている」

 僕は、僕の横の壁にもたれ、説明をするマイスさんを見つめていた。
「僕は、どうしたらいいんですか…。どうして、そんなことをしたんですか……」
「言ったら、その奇跡の力で叶えてくれるのかな。ジャルディーノ」
「僕にできることなら」
 その言葉は本心だった。こちらを冷静な目で見つめた、マイスさんからは思いもかけない言葉が返ってきた。

「君の母親、帰してくれないか」
 僕は鎖を鳴らして、にわかに動揺する。
「お母さんなんですか。そのために…?だから僕を憎んでいたのですか」
「それだけじゃないけどね」

 壁から離れ、マイスさんは少し歩いた。
「もちろんそんなことは、お前がラーの化身でも、ラーを降臨させようとも無理な話だ」
「ごめんなさい……」
 謝るしか、僕には無かった。

「お前は、姫のことをどう思っているの」
「姫…?ナスカ姫様ですか…?どう……?」
「呆れた鈍感男だね。姫はお前が好きなんだよ」
「えっ…!?…ち、違うと思います。勘違いです。姫様がそんなこと…ないです。違います」
 そんな誤解は大変なことです。マイスさんがそんな誤解をするなんて信じられなかったのですが・・・

「お前がどうかと聞いているんだよ。女王は乗り気だ。だから本当はお前が旅に出るのを良く思っていなかったんだ。帰ってきてくれて安堵していたよ」
「ええ・・・・?」
「いいご身分だね。ジャルディーノ。この国の「光」を奪っておいて、国中に愛され。その力によってお前は神殿の最高司祭になるのは生まれた時から約束されている。それだけでも、羨むべき将来だ」

「それだけじゃない。お前はどういう訳か姫に好かれた。どうやったのかは知らないけどね。お前の事を聞かれるたびに、僕は血が沸騰していたよ。女王までそんな話に乗ってしまうなんて。どうかしている。この上王家にまでお前が迎えられたなら、イシスの権力はお前の元に終結してしまう…。この国の「光」は全てお前のものか、ジャルディーノ。お前はそれ程特別な人間なのか」

「僕は…、マイスさん、お姫様とは、一緒になりません。最高司祭も、僕がなれるとは思っていません。僕は特別な人間じゃないです。特別だったのはお母さんです。僕は、ただ、その力を受け継いだだけなんです」

「そうだ。お前はセズラートから力を奪っただけに過ぎない」
 マイスさんは僕の前に戻り、僕の襟首を掴み上げて睨み下ろした。
「彼女は戻ってこない。だが、お前から「力」は取り戻せる」
 僕は瞬きをして見つめ返した。
「返してもらうよ。そしてお前に心酔しているこの国もね」
「何をするのですか」
 マイスさんの声に僕は危機感を覚え、心は焦っていました。

「お前は死ぬ。「力」は僕に宿り、この国は大きな「穴」になるだろう」



「穴・・・・・!?」
「そう、「穴」だよ。ネクロゴンドにもすでにある。魔王によって開けられた「穴」さ。イシスの国とお前とを生贄に、ここに新たな魔王を召び出す「穴」を開けるんだ。おそらくこの砂漠の全ての命は奪われるだろう」
「そ…!そんなことは駄目ですっ!」
「ここは、魔力がピラミッドによって集まっていてね、丁度いいんだ。そしてお前も生贄に最適だ。イシスは歴史に残るよ。魔王に献上するに相応しい、古き良き王国だと思うね」
「マイスさんっ!!」
 恍惚さにも見えて、僕は歯がゆくて鎖をジャラジャラと鳴らした。

「いけません!そんな事してはいけません!誰も喜びません!マイスさんも幸せじゃないです!」
「面白いこと言うね。幸せ……?」
 自虐的な微笑みは、「夢」で見た幼い頃のマイスさんを思い出させる。僕は、心を込めて伝えたかった。

「お母さんのことは…、すみません。一生謝り続けます。でも、僕は死ぬ訳にはいきません。そんな事のためなら、僕は死ねない…!マイスさんはそんな事じゃ、また一人になってしまうだけです。僕はマイスさんが大好きです」

「僕はこのお母さんから貰った力を、マイスさんのためにも惜しみなく使います。一生約束します。僕は最高司祭も、王家も望んでいません。僕には必要の無いものです。だから、だから、わかって下さい。僕も悲しいです。お母さんも悲しいです……!」

「お前がどんなに思っていようが、関係ないんだよ」
 マイスさんは腰から短剣を手に取り、僕の喉に当てる。
「ここは、罪人の拷問部屋だよ。何処から切り刻んで欲しい?」

・・・・・。お母さん、なのですか。お母さん以外の人の声は、届きませんか」
「他に、大事な人なんて、いなくてね」
 短剣を手で遊ばせたマイスさんは、おもむろに僕の二の腕にそれを刺す。痛みに眉を寄せるけれど、苦痛の声は上げない。上げてはいけない気がしていた。

「それでも、僕が好きとか言う。違った言葉が聞きたいね。言えないのかな。お前は」
「僕は…、マイスさんが好きです。…うっ」
 肩口にのめり込んでいく短剣。僕は声を殺して堪えていた。
「もうそろそろ、痺れも取れてきてるはずだよ。足も自由なのに、蹴ることもしないんだ」
「しないです。そんなこと」

 マイスさんも、僕によって拭えない悲しみを抱えた一人ならば、僕はどうすればいいのだろう。それは決して死ぬ事じゃない。生きて僕はここにいなければ。
「僕はお前の、絶望した顔を見てみたいよ。汚く罵る言葉や、憎悪に燃えた歪んだ顔や。・・・・やっぱり仲間が死んだらかな」
 そう言って、マイスさんは笑って思い出したと僕に報告した。
「そう言えば、叔父様はもう死んだんだったよ。教えるのを忘れてたね」

 衝撃を受け、目の前が、淀んでゆく。

「ドエールが帰って来たら、続々と仲間の報せも入ると思うよ。この墓の亡者達は飢えていてね。それはもう仲間達の来訪に歓喜しているんだよ。勇者ニーズは、また違う迎えが来るけどね」
「違う迎え…!?何ですか!」

「魔王の眷属さ。別名は「死神」」

 僕はそれこそ、世界の全てが恐れという色に染まるのを知った。



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