「夢」を見ていました。
 僕の傍にはニーズさんがいます。皆さんが夜見回りに動く替わりに、僕は夜眠るのだそうです。
 そして、皆さんが寝付く昼間、僕が起きて皆さんを守ります。

 「夢」は、僕の知らない、遥かな過去を静かに語る。



「押し寄せる闇」


「オギャア。オギャア」
 赤ん坊の泣き声が響き、若いお父さんが見える。
 顔の見えないお母さんは、お父さんに手を握られていました。


「わかるか。セズラート。ジャルディーノだ。抱いてあげなさい」
 あれは…、僕です。出産によるものなのか、衰弱の見えるお母さんは、震える手を伸ばし、僕をそっと頬を寄せた。

「あなた…。私は、これからこの子の、中に…。ラスディールと、マイスの、こと、お願い…、しますね……」

 
お父さんが、激しく、泣き咽び……。
「わかっている!わかっている!何も心配するな!」

 こんなお父さん、見た事ありません。ごめんなさい
・・・・

「セズラート、お前は最愛の妻だ。愛している。生涯お前だけを愛している……」
「ありが、とう…。私も
・・・・・・
 お母さんは、微笑んだ。そう思いました。

「オギャア、オギャア!」
 けたたましく泣く赤ん坊。そこへ走って来る小さな少年。
「オカアサンッ!お母さんっ!」
 
「嫌だぁ!嫌だよ!やっぱり嫌だよ!死んじゃ嫌だよ!!」
 小さな兄さんはわぁわぁ泣いて、立ち尽くすお父さんの横で、動かないお母さんを揺さぶっていた。
「ラスディール。母さんはジャルディーノの中にいる。もう、お前も兄になった。…わかるね」
「オギャア、オギャア!」

 お父さんは僕を抱き上げ、お母さんの胸元から、赤い石のペンダントを取り、僕の小さな手に握らせる。小さな兄さんは鼻をグズグズさせながらも、生まれたばかりの僕を見つめた。
 お父さんは身を低くし、小さい兄さんと僕をひき合わせる。
「お前の弟だ。きちんと面倒を見てあげないといけないよ。いいね」
・・・・ジャル…、ディーノ・・・・
「そうだ。ジャルディーノだ」
 僕と一緒になって、小さい兄さんは大声で泣いた。
 ごめんなさい。兄さん
・・・

 そして、その泣き声の止まない部屋、廊下から走って消えた影がある。

 小さな影は砂漠に消え、咆哮にも似た悲痛の叫びが僕の心を震わせた。
「うああああああああああ!!」
 小さな赤毛の少年。
・・・・・マイス、さん・・・・・



「おいっ!マイス!お前!ジャルディーノをわざとオアシスに落としたんだろうっ!許さない!」
「だから、ごめんって、謝ってるのに…。目を離した隙に、ジャルディーノが何処かへ行ってしまって、慌てて探したよ。そしたらジャルが溺れていたんだ。わざとなんかじゃないよ。何度言ったらわかってくれるの」

「いいや。お前、ジャルが嫌いなんだろう…。もうジャルの世話は全部俺がする!お前は何もするな!」


 「夢」は、小さな兄さんと、マイスさんを次に映してくれた。

 赤ん坊の僕が、兄さんに抱かれてすやすやと寝息を立てている。
「お前は家族でも何でもないんだ。もう俺に話しかけるな!ジャルディーノにも近づくなよ!今度何かあったらこの家から追い出してやる!」

 兄さんは、マイスさんに物を投げつけ、僕を抱えて走って行きました。一人残った小さいマイスさんは…。

「フン……。わかってるよ。僕は一人だ
・・・・


 「夢」の中は暗く。でも、小さいマイスさんは一人泣いていたのでしょう。
 いやです。その「夢」の中、駆けつけて「違う」って叫びたい。



「マイス、ラスディールの事を気にしているのか・・・。いいんだ。出て行くことはない」
「いいえ。僕の力が認められ、城で仕官できることとなりました。いつまでも、お世話になっている訳には参りません」
 場面は不意に移り、今の僕と同い年くらいの、少年マイスさんが神殿を去って行くのに出遭う。

「クレスディさんや、ジャルディーノはいいですが、ラスディールは僕がいない方がいいと思っているのは確かです。離れると言っても、神殿には頻繁に顔を出します。ジャルディーノにも会いに来ます。寂しいですが、いい機会でしょう。感謝しています。ありがとうございます。叔父様……」

 この頃のことはよく覚えています。とても淋しかったものです。
「セズラート様も
・・・・、貴方にも、・・・・お世話になりました。感謝しています・・・
 マイスさんは深くお父さんに頭を下げ、感謝に礼を告げる。
「妻の妹の息子だ。他人ではない。またいつでも顔を見せに来なさい」
「ありがとうございます…」

 かすれていく「夢」の世界。
 もうじき覚める僕の意識は、微かにまだ僕に何かを伝えようとしていました。

「まさか、この小さい
・・・・・・・・。なんと言うことでしょう」
・・・・女王様…。私に、預けてくださいませんか。まだ、この子は自らを御する事を知らないのです。…この子の力はこの国に必要なものです。どうか、今は・・・・
・・・・・セズラート。貴女がそう申すなら・・・・
「いいでしょう。この子を貴女に託しましょう……」



+JALDEENO+

「起きたのか。ジャルディーノ」
 目を覚ました僕に、ニーズさんの声が横から届いた。窓際でランプの灯りで本を読んでいたニーズさんは、僕の傍に来てけげんそうに僕の頭をがしりと掴む。
「なに泣いてるんだよ。お前は」
・・・・いえ・・・・。その……」
「またなにか見たのかよ」
 せつない気持ちに襲われ、僕の瞳は潤んでしまう。こんな時、本当に自分は子供だなって痛感するんです。

「だから、泣くなってゆーの。なんだよまた不吉な予知夢か?」
「ご、ごめんなさい……」
 僕は急いで目を擦り、ニーズさんに謝りました。
「いえ、ただの、昔の夢です……」


 ニーズさんはふぅと、大きく息を吐いて、窓の外を改めて確認していた。夜の町に見回りに出ている皆が心配なのか、窓の外の月を仰いで。

「皆さん、大丈夫でしょうか……」
 昨夜は、狙われたのが僕だったために、執拗にアンデットに襲われる事になってしまった。じゃあ今日は?見回りをするアイザックさん達は何も起こっていないだろうか?エステールさんを見張っているドエールとナルセスさんは?
「今の所は平気だろ。外も落ち着いてる。お前は寝とけ」
「はい……」

 狙われているのが僕でも、ひょっとしたら僕の仲間も狙われるかも知れない。僕が外に出ないのなら、外に引きずり出そうと、仲間に手を出すかも知れない。
 やっぱり気になって寝付けない……。

・・・・ニーズさん」
やっぱり体を起こして、窓辺のニーズさんを呼んでいる。
「僕は、ここにいない方がいいんじゃないでしょうか…。アッサラームとか、どこか別な場所へ行っていた方が、迷惑がかからないんじゃありませんか…」
 ニーズさんは怒って、僕のベットに座ると足を組んで指で差す。
「おい馬鹿ジャル。お前がいない時から、もう事件は起こっていたんだよ。多分いる、いないは関係ないだろう。…どちらかと言うと、お前はいた方がいいな。いざって言う時餌にするかも知れん」
「おとりとか、やりますよ、僕」
「またなんかあったらな」

 暫くの沈黙。
「ほら。もういいから」
 無理やり僕は横にされ、仕方なく僕も目をつぶりました。
 けれど目をつぶったまま、眠りには落ちていかなかった。

 コンコン。

 静かに叩かれたドア。
 誰かが戻ってきたのでしょうか。その一回叩かれただけで、後は何も聞こえない。ニーズさんは、静かにドアの前に立ち、ドアの向こうに慎重に聞いた。
「誰だ」
「すみません。ラスディール隊長からの伝言です」
 控えめな声で男性の声が返ってきました。兄さんの部下の一人のようですが。
 ニーズさんはドアを開け……。

 部下の報せに起き上がろうとしていた僕は、突然の事に跳び上がります。ドアの向こうにいたのは兄さんの部下ではなく、明らかに顔を布で覆い隠した盗賊。
「死ね!」
 盗賊はニーズさんに短剣で斬りかかり、その奇襲をかわされ、また剣を突き出すが致命傷は与えられない。
「ニーズさん!」
 慌ててベットから出ようとすると、いつの間にか開いていた窓からもう一人現れた盗賊。壁に映った影に振り向いてももう遅い。

「狙いはアンタの方だよ!」
「うわっ!」
 素早い身のこなしで僕は一撃喰らっていました。背中から激しく血は流れ、床に倒れた僕に盗賊は容赦なく剣を突き立てようと足を乗せてくる。
「どけこのっ!」
 その盗賊に斬り込んで、体制の崩れた盗賊を勇者は足蹴に吹き飛ばす。

 ニーズさんの方が強いです。すぐにそれがわかったのか盗賊は即座に逃亡に入りました。ドアから来た人はもうすでにそこにいない。
 ニーズさんは盗賊に掴みかかり、必死に押さえ込もうと窓際で格闘している。
「待ってください!どうして僕を狙うのですか!教えてください!」
 自分にべホイミをかけ、僕は叫んだ。
 理由を聞いて、そしてその人と話合わなければ。こんな事件は早く終わらせなければならない。

「そうだ!何だ!?誰かに頼まれたのか!?」
「ケッ!オイラ達は金を貰って殺しをする、ただそれだけさぁ!」
「お金!?」
 僕は、一瞬の眩暈に襲われる。お金を払って僕を殺そうとした人がいる……!
「言え!何処のどいつだそれは!」
 殴られまくって、大人しくなった盗賊の襟首を掴み上げ、ものすごい迫力でニーズさんが叫ぶ。
「はん!そう言って言う同業者はいね〜よ!」
「殺されたくなかったら言え」
 真剣を鼻先に突きつけ、冷静にニーズさんは脅した。

 僕は、気持ちが暗くなるのを感じていた。
 お金で・・・・。きっとお金のある人物なのでしょう。神殿を良く思わない貴族の中の誰かなのでしょうか。
 その時。急速に窓の外に、僕は「何か」を感じて見上げた。
 一秒後、窓はけたたましい音を立てて強風に砕け散る。

ガシャァアアァァン!!

「なんだっ!」
 部屋中がかまいたちに掻き乱され、布団もカーテンもビリビリに破れ壁に僕達も打ちつけられた。バギマの呪文!体中に裂傷が走っている。
 最後の風のひとうねりが、夜の闇から一振りの槍を運んでくるのが見えた。

ドスッ。

 狙いすました槍の一撃。烈風の中、ニーズさんから離れた盗賊の胸に貫通していた。
「ぐ…、は……!」
 微かに、震えた声を残し、盗賊はがくりと体から力を失う。

「あ
・・・・。ああ・・・・・っ!」
 僕は自分の怪我の痛みも忘れて、盗賊の元へと這い寄った。ニーズさんはすぐに窓の外へ出たが、そこには騒ぎに駆け付けた神官達が現れただけ、相手の姿は何処にも無い。
 なにも、僕は殺すつもりなんて無かった。話を聞きたかっただけなのに。「誰か」は彼を殺してしまった。どうして?簡単に人を害してしまうの。
 やめさせたい、一刻も早く、こんなこと。

「わかりました。逃げた盗賊は追います!こちらの盗賊もすぐに調査します!勇者様とジャルディーノ様はまた別室を用意します。少々お待ち下さいっ」
 すぐに人は集まり、追っ手も、調査もすぐに手配されてゆく。
 僕は泣いていたために、話は全部ニーズさんがし、聞いてくれていました。

 神官の一人が盗賊を貫いた鉄の槍の血を拭い、何故か首をかしげて訪ねてきます。
「すみません。これ…、なんでしょうか?犯人がしたにしては妙なものなのですが」
「はあ」
 槍は、割と使い込まれていた代物で、何故か布の切れ端が縛りつけられていた。
・・・・・ちょっと待て」
 鉄の槍を受け取ったニーズさんは、眉根を寄せて文句のように言った。槍を両手に取り、確認してそのまま固まった。縛り付けられた血の付いた布も、よく見れば槍にも見覚えがある。

「え…。でも、これって……」
「ナルセスの槍だ」
 何故ナルセスさんの鉄の槍が。
 それよりも、布は、ナルセスさんのトレードマークとも言うべきあのターバンの切れ端。切り裂かれたターバンに血糊。あからさまに槍に縛りつけられている。

「…まさか……」
 何かあった……?考えたくはない嫌な想像に、体が震えて来るのを抑えられない。
「何処へ行く!ジャルディーノ!」
 僕は思わず足が動いた。ニーズさんの制止に仕方なく足踏みする。
「で、でも!ナルセスさんが!きっと何かあったんです!」
「罠かも知れないだろ!」
 不安で、気が気でなくて、ただ泣きたくなってしまうような僕は、ニーズさんに一喝されて黙りこくる。

「馬鹿なアイツが槍盗まれて、ちょっとターバン引き千切られただけの話だ、動揺するな」
「で、でも……」
「反論するな」
 言い聞かせ、ニーズさんは次の呼吸で神官に指示を頼んでいる。
「ティシーエル家の周辺、何か異変が無かったか見て来て欲しいんだが」
 ドエールと共にエステールさんを見張りに行ったナルセスさん。きっとドエールの屋敷の近くにいるはずです。
・・・・・大丈夫ですよね?
 また普通に帰ってきてくれますよね。

 荒れ果てた部屋を移動し、僕はまた横になった。
 でも、心配で、とてもじゃないけど眠れない。どうか無事でありますように。
 見かねたニーズさんが、僕にラリホーの呪文をかける。でも、寝るのは怖かった。
 
 朝、きちんと皆帰って来るだろうか
・・・・・

+ISSAC+

 今夜も、俺は夜のイシスを見回りしている。
 昨夜とは面子が変わり、俺と、シーヴァスとサリサの三人組み。
 ジャルの従兄弟、神官マイスの話から反神殿派と思われる貴族達、そのあたりを調査するのも合わせて、俺達は北西地区、貴族の邸宅の集まる区域を見回りしていた。
 ドエールの父親は、息子のドエールとナルセスとで張っている。

 今のところ異常はない。いたって静かな見回りだった。


「ジャルディーノさん、大丈夫でしょうか・・・
 こちらが余りに静かで、不安げにシーヴァスが言い出す。
「ニーズが寝てなければ平気だと思う」
 半分冗談で、俺は心配するシーヴァスに苦笑を返した。

「今度は俺達が大量のアンデットに襲われると思ったんだけどな」
「そうだね…。でも、違うみたい」
 人気の無い邸宅街に視線を巡らせながら、サリサは独り言のように呟いていた。不気味な程に夜の町は静かで、それが余計に不安を仰ぐ。
 ジャルディーノや、ドエール達の方に何もなければいい、そうひたすらに祈る。

「でも、今までに、神殿にアンデットが現れた事は無いの。民家に襲撃した事もない。あくまで人気の無い外で現れた・・・。多分、皆も大丈夫だと思う」
 イシスに数ヶ月、俺達より先に事件を見てきたサリサが安心させるために教えてくれた。

 一通り、神官マイスに伝えられた反神殿派と思われる貴族の屋敷は見て回った。
 目立って何処にも怪しい動きはない。一度、ドエール達の様子を見に行こうと、俺達は貴族の住宅地にあるティシーエル家を目指して角を曲がった。

 そこに、騎士達が走り込んでいるのが目についた。
 ティシーエル家に、騎士達が忙しく出入りしていた。屋敷の入り口でドエールの父、エステールが騎士達に囲まれなにやら問答しているのが視界を掠める。
 とやかく言う前に俺の足は館へと駆ける。

「すみません!何かあったんですか!事件ですか!」
 近くにいた騎士を捕まえ訊いてみる。
「エステールさんに何かあったのですか!私達ドエールさんの知り合いです!」
 横にサリサも駆けつけ並んだ。

「ドエール子息がアンデットに襲われたんだ。民家にアンデットが出現したのは初めてのこと。被害者も出ている。今我々騎士団が調査に当たっている。君達は今夜は帰りなさい」
「ドエールが!?待て!ドエールと連れがいたはずなんだ。一緒にターバンした奴がいたはずなんだ。そいつは・・・!」
 騎士は、暫く返答に躊躇っていた。

「…被害者が出たと言いましたよね。違いますよね・・・?」
 サリサは困ったように確認する。シーヴァスも静かに加わって、騎士の返事を待つ。
「子息は重症。屋敷で大事を取っている。子息は酷く動揺していて、詳しく話を聞くのは明日になるだろうが・・・・。彼の連れは、消えている。アンデットに殺害、遺体は持ち去られた」
 シーヴァスがぐらりと石畳の上に腰を落した。
・・・・・・・・
 サリサの顔もすっかり青くなり、口を覆ってわなわなと震えだす。
「まさか!そんなことない!」
「おい!君っ!」
 そんなこと信じられるはずがない。俺は屋敷内に走り出していた。事件のあった場所に騎士達が集まっていた、そこに俺は飛び込んで立ちすくむ。

 ここから、二人はドエールの父親の動きを見張っていたのだろう。エステール氏の部屋のを覗ける庭先。おびただしい血の跡が壁に染み付いていた。
 たいして争いがあったような形跡はない。

 しかし・・・・


 館入り口にまで戻って、俺はエステールに詰め寄って胸元を掴んだ。
「ドエールは何処だ!会わせてくれ!頼む!」
「なんだねお前は!ドエールは重症を負ったのだ!そのくらいの配慮もできないのか!無礼者が!」
「うるさい!仲間が死んだかも知れないんだ!ドエールを呼んで来い!」
 エステール氏は俺に逆上し、騎士に言いつけ俺をつまみ出させる。
「アリアハンの田舎者風情が!身の程を知れ!」
 いいように罵られ、俺は言い返したが相手は全く耳を貸さなかった。

「アイザック・・・
 シーヴァスを連れて、サリサが道端に放り出された俺の横に膝を折って座った。
・・・・。違う、よね」
 違うって、言いたい。泣いている二人に力強いことを言ってやりたい。
 でも、何も言えない。何も言葉が浮かばない。
「帰ろう。ドエールに話を聞くんだ。そうしたら、きっと違うことがわかる。帰ろう。サリサ。シーヴァス」
「はい・・・
「うん・・・

 二人は、「死」の悲しみを良く知っている。シーヴァスは家族を失っているし、サリサはもうこの事件でこうして仲間の被害に遭ってきた。
 辛くて仕方がないだろう、どうにかしたいと思いはした。でも、寄り添い歩く二人を神殿まで連れて帰る。それが俺の精一杯。
「くそぅ・・・!」
 誰にでもない。何処にも行き場のない悔しさだけに歯を食いしばる。
 そうして、何処かでそんな不安な俺達を、「馬鹿じゃねぇの」と冷たく一閃するニーズに、早く会いたいと思っていたんだ。

+NEEZ+

 ジャルディーノが寝付いてから一時間位は経っただろうか。
 まだ深夜。日が昇るには数時間はある。そんな中、空気も重苦しくアイザック達三人が帰ってきた。
 帰るなり、「お兄様!」と泣きついてきたシーヴァス。
「お兄様。ナルセスさんが・・・。ナルセスさんが・・・

 嫌な予感で一杯だった。冗談だと思いたかった。アイザックの奴も深刻極まりない顔で、何があったのか聞き出すにも勇気が要った。
 
 こっちはこっちで部屋も変更されているし。何かあったのは明白だっただろう。俺は泣くシーヴァスをなだめながら、こちらの盗賊襲撃の話を聞かせた。
・・・で、ナルセスなんだが・・・
 鉄の槍の話をする。そしてそこに結ばれていた奴のターバンの切れ端。

 三人は、完璧に、無言にとりつかれた。
「ニーズ・・・
 諦めたように、アイザックが俺を部屋の外に促す。傷心の女二人に気を配っての行動だった。


「ナルセスは・・・、殺されたのかも知れない」
 暗い神殿の廊下。悔しそうに、珍しい表情のアイザックを見る。
「詳しくは・・・、ドエールに聞かないとわからない。でも、あの槍は、どう考えても犯人がわざとしたんだろう・・・。どこかで笑っているんだ。畜生・・・
・・・・・
 冷静な思考ができなくなってくるのを感じる…。死んだのかも知れない。あの槍はそれをあからさまに伝え、俺達を苦しめるためのものだ。
 いや、ジャルディーノをか・・・・・・
 盗賊を貫かれジャルディーノはショックを受けた。これでナルセスの事を聞いたらどうなる?

 いかん……。
 気を抜くと、心が深い闇にはまりそうだった。
 アイツが死んだからって、死んだからって……。
 脳裏に奴の幼馴染が思い出された。悲しむ者がいる。仲間達も。
 どうやって声をかければいいんだ・・・
 途方に暮れそうだった。背中の向こうの部屋に戻るのが気重になってくる。

「盗賊が雇われたか・・・・。ますます貴族連中が怪しいな」
 悲しみを含んだアイザックの声。部屋にバキマをぶち込み、槍を投げつけて来たのが雇い主かどうかは知らない。しかし、盗賊を雇った者は確かにいる。
 あの盗賊の素性などでもわかればまた犯人も見えてくるだろうが・・・
 あまり期待する気持ちは持っていなかった。

「何故、ドエール達が襲われたのかが気になるな。今まで民家では出なかったんだ。やっぱあれか、あの父親が犯人なのか。ナルセスに何かばれそうになって、始末したとか」
「ドエールは。重症とは言っていたけど」
「自分の息子だけそう言って庇ってるのかも知れないだろ」
 頼みの綱は、ドエールから語られるだろう真実、それだけだった。

++

 聞こえる……。
 僕は知っている。これは、「夢」の足音。




「ラスディール。マイスの事を悪く言うのはやめなさい。マイスもお前の家族の一人なのだよ」
 暗闇の中にお父さんの声が響いた。
「違うよ。アイツはジャルディーノを殺そうとしたんだ。家族なもんか。どうしてあんな奴がいるんだよ。早く追い出してよお父さん!」
「ラスディール……」

 続いたのは冷たい兄さんの言葉。悲しみに沈むお父さんの瞳。

「だいたい…。最初から、好きじゃなかったんだ。アイツむかつくんだよ。お父さんやお母さんの前では大人しくしてて。俺の前では態度が全く違うんだ。それに聞いたんだ。アイツ、自分の親を殺したって
・・・。そうなんだろう?」
「ラスディール。いい加減にしなさい」
 小さい兄さんはお父さんに頬を叩かれる。

「なんでだよ!なんで母さんもっ!父さんもっ!アイツを庇うんだよ!もういいよ!」
 小さい兄さんは走り去った。
 そして僕を抱いて悔しそうに何度も何度も悪態を繰り返す。
「ジャルディーノ。どいつもこいつも勝手なんだ。お前は俺が守ってやる。守ってやるからな。父さんなんかあてになるもんか。ジャルディーノ。お前は俺が守る」

 兄さんは、その決意の通り。僕を誰よりも大事にして、守ってきてくれた。
 でも、兄さんはやっぱりマイスさんが嫌いだった。僕が仲良くしているとものすごく怒った。きっと、今も、僕がマイスさんを好きなことに怒りを燃やしている。
 兄さんは、父さんとも険悪になっていった。
 それを決定的にしてしまったのは、「僕」。

 「夢」はまた僕に告げる。

「どうして!何故ジャルディーノを行かせるんだっ!わかっているのか!いないのか!アンタは本当に父親なのか!」
 僕は、耳を塞ぎたくなる。父さんと兄さんの言い争い。

「ラスディール。ジャルディーノの決めた事だ。誰にも止める事はできない。わかるだろう」
「わかってたまるか!アンタなら止められたんだ。父親のアンタなら止められた。アンタもそうなのか
・・・?ジャルディーノが死んでもいいって言うんだな!?」

「言葉が過ぎる。ラスディール」
・・・そうか。フッ。マイスと同じだったワケだな。アンタも、何処かでジャルディーノの事を恨んでいたんだな。妻を失う事になった理由のジャルディーノを」
 お父さんはその言葉は許さず、兄さんを殴る。兄さんも殴り返した。

 
・・・・やめてっ!見ていたくないっ!

「ワケのわからない勇者なんぞのために、ジャルディーノが死んでもいいって言うんだろう。心底失望したよ。アンタも、もう家族でもなんでもない。もう縁を切る」

 
・・・・ああ・・・・、どうして。どうしてこんな事になったの。
 僕は大きな声で嘆いた。
「俺の家族はジャルディーノだけだ!」
 兄さんのお父さんとの決別。

 今も、兄さんはお父さんを許していない。マイスさんを受け入れない。
 どうして
・・・・?僕はみんなが大好きだ。みんな大事な家族なのに。みんなで仲良くできたらいいのに。そう願っていたのに。どうしてこんな事になったの。
 僕のせいなの。





「お前のせいだよ」


     !!」
 声が聞こえた。 

「そう。全てはお前のせいだ」
 声は繰り返す。

「全てはお前が生まれたから」
「お前が全ての元凶」
「お前が全ての不幸の始まり」
「全部お前のせいなんだよ」


++

・・・・!!」
 僕は顔面蒼白で跳ね起きた。
 起きてみれば、自分が総毛立っていたのに気がついた。冷たい汗がこめかみを伝い、首まで達する。
 
 朝になっていた。移動した新しい部屋内で他の仲間達が眠っている。
 ニーズさんだけが一人、僕の傍にやって来た。
「あ・・・。お、おはようございます」
 僕は気がついた。ドエールとナルセスさんがいないことに。

「ニーズさん。ドエールは?ナルセスさんは?まだ帰ってないのですか」
・・・・・後でドエールの家に行く。お前は留守番」
 ニーズさんは何処か表情が暗い。

 二人以外は、同じ部屋で眠っていました。怪我などもないようで一安心します。
「ジャルディーノ・・・。交代して俺は寝るわ。他の奴が起きたら起こしてくれ」
「あ、はい」
「くれぐれもここから一人で動くなよ」
「はい」
 疲れた様子のニーズさんは、すぐに寝息を立てていました。静かに仲間の寝息だけが響いて、外の光は徐々に強さを増していきます。一人、僕は窓の外を見ていた。
 「夢」のことや、昨夜の盗賊。ナルセスさんのこと。繰り返し考えを巡らせながら。


 窓の外は広く、本殿への道と、ここは日除けの木々を挟んで繋がっている。
 そこに僕は、待っていた人物の姿を見つけて窓から身を乗り出した。
「ドエール!」
 足取りは重く。本殿への道を守っている神官に呼び止められ、何かを話しているドエールはこちらに気がついた。
 すぐには、こっちに反応を示さないドエール。俯いて何か躊躇しながら、ゆっくりと窓の外にやって来た。
「おはよう!良かった。無事だったんだね」
・・・・僕はね」
 ひとかけらの笑顔もない、ドエールの瞳に光はない。
「僕は、って。ナルセスさんは……?」

 窓を挟んで会話するドエールは、そのまま背中を向け、窓の下に崩れるように座り込んでしまう。
「ドエール・・・?」
「ジャルディーノ・・・。ごめん・・・
 続く言葉は、とても信じられないものだった。
「ナルセスさんは、死んでしまった・・・

 嘘だよね・・・

「ごめん。助けられなかった・・・
 窓の下に座り込み、膝に顔をうずめているドエールの、重い一言に僕は声を失うのを感じた。
 ・・・・・まさか、とは思った。
 あの槍はナルセスさんの不幸を僕に報せるものだったから。でも、信じたくはなかった。嘘だって思いたい。
 ナルセスさん・・・。僕のせい、ですか。
 ナルセスさんが、僕についてこなければ、殺されることは無かった。
 僕のためにナルセスさんは殺されたのですか。

 「お前のせいだよ」

 「夢」の言葉が心にこだまする。僕は・・・。僕は・・・

「ジャルディーノ・・・?」
 窓の縁に両手を置き、目の前が真っ暗になり、何も聞こえなくなっていた僕に下からドエールの声が届く。
「自分を責めているの・・・?」
 僕は窓に足をかけて外へ出た。こんな時だから、ドエールの隣に座るんだ。隣に行けば、ドエールにも手当ての跡が見れた。
「アンデットに、襲われたの……?ドエールも、怪我してたみたいだね…。大丈夫…?」

 ドエールは、父親のエステールさんを見張っていた。エステールさんが影で、何かをしていればそれがわかるはずだった。
「ナルセスさんと父さんを見てた・・・。父さんの元に、盗賊が姿を見せた・・・
「盗賊・・・
 僕は、口にはしないけれど、推測はできた。盗賊を雇ったのはエステールさんだったのだと。とても、悲しい気持ちになる。
 どうしてだろう。殺したい程に、僕の何が嫌なんだろう。言ってくれればいいのに。直せるかも知れないのに・・・

「僕は、その盗賊の跡を少しだけ追いかけた・・・。何処へ向ったのかくらい、知っておこうと思ったんだ・・・。父さんの部屋の前で、ナルセスさんを残して」
 辛い事を語るドエールの横顔は、何処か、既視感を感じさせた。
 二人並んで、こうして痛みを分け合うのは初めてじゃない。
「帰ってきたら、そこにアンデットが現れていた・・・。すでにナルセスさんは深手を負って倒れていて・・・。僕も無我夢中で戦ったけれど、僕も倒れた・・・。ナルセスさんが、今までの事件と同じ様に、連れ去られるのを見たよ・・・。僕は、父さんが助けてくれた。気がついたら自分の部屋だった…」

「…………」
 言葉は、出ない。
「ごめん・・・・
 一言、頬を濡らすドエールは謝った。
「ドエール……」
 僕も泣いた。ドエールは悪くない。全ては僕のせいかも知れなかった。ただ、涙しか僕からは出てこない。ナルセスさん、ごめんなさい。ううん、許してもらえない。
 きっと許してもらえない。

 どちらからでもなく、僕達は抱き合って泣いていた。
 僕は、何を望まれているのだろう。「死」だと言うのなら、僕だけでいいはず。
 僕のためにもう悲しみはいらない。
 エステールさんに会いに行こう。僕は決意していた。
 そうして、もう止めてもらおう。これ以上耐えられない・・・

 いつも明るく、元気だったナルセスさんの姿が悲しく甦ってくる。
 毎日、アリアハンでは教会にお祈りに来ていたナルセスさん。ロマリアではアニーさんともせっかく仲良くなれたのに。壊したのは僕ですか。
 壊してしまったのは僕なのですか・・・。何処まで僕の罪は続くのですか。
 僕は、生まれてきてはいけなかったのか・・・

+NEEZ+

 俺が起こされると、そこには面子が揃っていた。
 寝ていたのは数時間。無理やり家を抜け出して来たドエールの話に部屋は重苦しく沈み込んだ。
 さすがに絶望的だと思った・・・
 もう、何処に連れ去ったのかは知らないが、生きていたら奇跡だろうな。

 さすがに俺のように、全員が考えられる訳ではないことは知っていた。女二人は残し、俺はティシーエル家に乗り込もうと腹をくくる。
「僕も行きます!行かせてください!」
「お前は留守番」
「行きます!もうこんな、こんなところで僕一人じっとしているのは嫌です!」
 さすがにジャルディーノの苦しみも理解できたが、ジャルはここから出すつもりはなかった。賊が来てから、神殿内でもジャルの周辺には注意が払われているし、一番安全だと思っていた。
「女二人、守っててくれよ。頼むから」
「でも・・・
しぶるジャルはもう無視し、ドエールとアイザックを連れて俺は部屋を後にした。

 部屋の外には、警護してくれているのか、神官が常註していた。アイザックが一礼をして通り過ぎた。
 

その後で、神官がぼそりとぼやくのが聞こえた。

「いい迷惑だよ」
 耳を疑って、思わず俺は振り返った。呟きはまだ続いている。
「ジャルディーノ様が帰ってきてから、事件続きでろくに休めもしない」

「おい!何言ってんだよ!」
 アイザックは神官の肩を掴んで怒鳴った。
・・・・。はっ・・・。私、今・・・
「なんだよ。ジャルのおかげでいい迷惑とかって。言ってただろ今!どういうつもりだよ!」
「そ、そんな馬鹿なっ!め、滅相も御座いません!」
 神官はまるで身に覚えが無いようにぶんぶんと激しく首を振って弁解する。
「言うはずがありません・・・!何かの、ま、間違いです!」
「ああん???」
 
 どこか奇妙だった。神官は平謝りで、完全に否定してのける。俺もドエールも黙って見ていたが、なにか引っかかるものがあった。
「まぁ、今回はじゃあ、許してやる。今度言ってたらぶっとばすぞ」
「は、はい。申し訳御座いません〜〜〜〜っっ!」


 気を取り直してドエールの屋敷に向った。
 
 ティシーエル家は王城を背景に俺達を待っている。
 そこで俺達はラスディールに遭遇する。

 屋敷には騎士団が陣を踏んでいて、徹底的に調査しているさなかにある。
「ドエール。待っていたぞ。お前も暫く行動を制限させてもらう」
 ドエールは無言だったが、俺がその前に出た。
「こいつの親父と話がしたいんだが。会わせてくれ」
「それはできんな。エステール・ティシーエルは賊を雇い、ジャルを襲わせた疑いが出ている。誰とも面会はできん」
「ほぉ・・・
「屋敷内にアンデットが現れた、とはドエールとエステールの証言だが、それについても首謀者はエステールかも知れん。今屋敷内を調査中だ」
「そいつは良かった」
 大分真相に近づけそうで、ふてぶてしくも良識を示した。

「ドエール、お前にも話は聞かなくてはならん。お前も共犯。もしくは黙認の疑いもある。暫く屋敷内で監視される。いいな」
「はい・・・
「親父は犯行を認めないのか」
 アイザックが聞いた。
「否定している。証拠はまだ無いからな」

 連行されるドエールを横目に、俺とアイザックは小声で囁き合った。
「どう思う」
・・・わからないな。見張られている以上もう何もできないとは思うが・・・。でも、賊を雇ったのは本当だろうな。そんな気がするよ。俺達のことも良く知ってるよあの人は。俺のことアリアハンの田舎者呼ばわりだったしな」
「そんなこと言われてたのか」
 ジャルに限らず、俺達にもいい感情はないようだ。

「これからどうする。ニーズ」
「・・・そうだな・・・」
 正直なところは眠りたかった。もうとにかくひたすら眠りたい気がしていた。
 この家の調査が終わって、闇の書物でも何でも見つかって、犯人が確定して処分されれば何も問題はない。けれど、どこかこれで終わるような気はしなかった。
「一応、今夜も見回りはするか・・・?これでどこにも何も無ければアイツが犯人なんだろうし。出てくれば違うんだろう。雇われた盗賊もまだ野放しだ。ジャルは見てないといけない」
 面倒くさ気に俺は考えを述べる。
「またお前残る?」
「いや。・・・そうだな。シーヴァスを残そう。神殿の方が安全だろうから」


 報告に、俺とアイザックは神殿に戻った。
 俺は少し眠り、その間ジャル以外は自由時間。
 その間、皆時間を持て余し、アイザックもジャルも鍛錬に繰り出していた。サリサもシーヴァスもそれに加わる。体を動かしていた方が多分気が紛れた。そんな所だろう。

「サリサ。どうした?」
 鍛錬に休憩して、日陰で休んでいたサリサにアイザックは声をかけた。
「うん・・・。実はね・・・。ちょっと、気になる事があって・・・
「なんだよ。事件の事か」
・・・関係ないかも知れないんだけど・・・。なんだかみんながおかしいの」

 神殿で時間を過ごす中、どうしても見逃せない事がサリサにはあった。
「神殿の人の中にも、ジャルディーノ君のことを良く思ってない人がいるみたいで・・・。ううん。でもおかしいの。今まで本当にそんなこと言った事無かったのに。すごくいい人達が、人が変わったように酷い事を言っていて・・・。でも、声をかけると、自分の言った事を覚えていないの。どこかおかしいのよ」
「それ、部屋の前の奴もそんな感じだった」

 何か嫌な感じだった。周囲が嘘を言っているようにも見えなかった。
 ジャルディーノの周りに、不穏な空気が淀み始めている。

 騎士団の方から、その日の内には報告は無く、その日も一応の見回りに俺達は出て行くことにする。今日は俺も出て、神殿にはジャルの見張りにシーヴァスを残す。
 警戒を怠らないようにと、くれぐれも言い聞かせて。
 
 俺と、アイザックと、サリサ。三人は三度の見回りに出かけていった。
 今夜は砂嵐にも近い、強い風が吹いている。

++


 「夢」を見るのが怖い。また、眠るのが怖い
・・・
 もう、何も見たくない。何も知らなくていい。
 「夢」に落ちていく自分を、僕は必死に食い止めようとしていた。けれどそれは届かない。懐かしい自分の姿を見つけてしまう。

「僕は
・・・、君と話してはいけないって、言われているんだ」
 五、六歳程度の子供の僕が、金髪の男の子にそう、突き放されてしょんぼりするのが見えた。
「そうなんだ。
・・・ごめんね」
 笑って、謝って、その場を走り去る僕。
 何度も、出会っても無視された僕は、でも、その子もよく一人でいた事を知っていた。

 その子もよく神殿に来ていた。見かける時は、いつも一人だった。だから声をかけるのに、いつも無視された。そう、金髪の男の子。

「アイツむかつくんだぜ。親が偉いからって、俺達なんかとは口もきけないってさ。あんな奴仲間に入れてやらないよ」
 他の子供達はその子をそう噂していた。
 その子も母親がいない事を聞いた。また話しかけた僕は、また突き放された。
「僕に話しかけないで」


 ある日、雨の日、神殿の片隅で、一人うずくまっているその子を見つけた。
 降り出した雨にも気付いていないのか、建物の影に隠れて。

「ぬれちゃうよ」
 僕は同じ様に横に膝を抱えて座った。
 その子は、雨に紛れて、泣いていたのかも知れない。
 …そう。その男の子はドエール・ティシーエル。その日から僕らは友達になった。


 場面は移る。激しく叱咤されるドエールに出会う。
「ジャルディーノと親しくしているのか!誰がそんな事を許した!一切関わるのではないぞ!いいな!」
・・・・嫌です・・・・
 小さな声で反論する、幼いドエール。
「ドエール。私に恥をかかすな。知っているのか。お前には魔法使いになって貰わなければならぬ。神殿などに通い、僧侶にでもなるつもりか。お前はこの家を背負い、魔法使いとして王宮に仕える。それ以外は許さぬ」
 ドエールは一人部屋に篭った。泣きはしない。ただ何も無い空間を、睨むでもなく見つめているだけ。

・・・・。本当に、アリアハンへ行くの」
「うん。行って来る。
・・・・行かなくちゃ」
 二年前、別れた頃のドエールが見えてきた。


・・・・・
 ただ唇を噛み締め、僕を見つめる長き友人が揺らいで映る。
「手紙書くね。必ず帰ってくるから
・・・
・・・うん・・・
 あの日の僕は笑顔だった。僕が砂漠へ消えた後、ドエールは
・・・

 知らなかった。僕は知らなかったんだ。
 その日から、ドエールが笑顔を失っていた事に。


+SIEVAS+

 深夜、強い風に窓はガタガタと音を立てていました。
 空には何処か赤みを帯びた月が煌々と輝いているのが見える。

 寝息を立てるジャルディーノさんの横に一人、私は杖を抱え、短い時間だったけれど共に旅した    明るい彼の思い出に息が詰まる。
 今でも、ナルセスさんのことは受け入れられない。

 まだ信じていたい自分がいることを認識している。何度聞いても、親しい人の死は、慣れるものでは決してない・・・
 生きていますよね。ナルセスさん。
 そして、本当は信じていたい。お父様・・・


 見上げる月は、更に赤みを増してくるように見える。
「赤い・・・
 風に窓は揺れる。違う・・・。月が赤いのじゃない。
 私は窓を開けて強風の中、目と耳を凝らした。騒ぎが聞こえてくる。
 神殿が燃えている!
「ジャルディーノさん!起きてください!火事です!」
「う・・・
 微かに薄目を開けたジャルディーノさんは、けれど上手く体が動かないようで、そのまま微動だにしません。
・・・どうしたのですか。ジャルディーノさん!」

 ドンドンドン!
 激しくドアを叩く音が闇に響く。
「すみません!火事です!神殿が放火されています!大丈夫ですか!」
 周囲を見張ってくれていた女性神官の声だった。私はジャルディーノさんに声をかけたけれども反応は変わらず、仕方なくドアを開け、状況を教えてもらいます。

「放火は、・・・いえ、何故か人が狂気にかられていて・・・。こちらに炎は来ないでしょうが、今全力で消火に当たっています。騒ぎに便乗して賊が来るかも知れません。ご警戒下さい」
「はい。でも、ジャルディーノさんの様子がおかしいのです」
 神官はジャルディーノさんの容態を見てキアリクの呪文を唱える。けれど、マヒして体が動かない状態は改善されない。

「お・・・。おかしいですね…。高位の司祭様を呼んできます!」
「はい。お願いします」
 ジャルディーノさんは、体の痺れに抵抗はしているようでした。けれど、何かの魔法にかかっているのか、・・・それとも毒・・・
 廊下や窓の外では、うるさく神官達が消火や収集に走り回っている音が鳴り渡る。強風で、火の回りが早いのでしょう。そして、イシスでは水は貴重なものだった。

 暫くして、足音が複数こちらに雪崩れ込む。
 神官が連れて来てくれたのは司祭であり、彼の父親であるクレスディ氏。
・・・・これは・・・?」
 クレスディさんは暫く彼の身体を調べて、彼の首元からペンダントを引き上げました。お母様の形見と以前話していたことのある、赤い石のペンダント。
 それを引き上げ、凝視した司祭様は、彼から首飾りを外す。

「喋れるか。ジャルディーノ」
「う・・・、はい・・・
 痺れは消えないけれど、ジャルディーノさんは呻いて返事を返した。
「これは、形見ではないだろう。すりかえられたのか、覚えは無いか」
・・・・・・・
「すり替え・・・?偽者なのですか」
「偽者、これに魔法がかかっていたようだ」
 石を手の平で見つめ、司祭様は険しい表情に変わる。

「君は消火にあたりなさい。それから、人を惑わせた原因はわかったと皆に伝えなさい」
「はい!原因がわかったのですか!」
 私も気になって見上げると、司祭様は伏目がちに告げた。ベットの上のジャルディーノさんにもその言葉は重く響いた。

「異常だとは思ったが・・・。何故かジャルディーノへの皆の反発が強まっていた。放火した者には賊もいたが、自分を見失い、突発的に犯行に渡った者もいた。それはこれが原因だ」
 赤い石を握り締めると、悔しさを思わせる声色で司祭様は呟いた。
「ジャルディーノ、お前には呪いがかけられていたのだ。お前に対する「悪意」を増幅させるような呪いがな・・・

「あ、悪意・・・
「麻痺は暫く残るだろう。ジャルディーノ、誰かに首飾りを触らせたのか」
 神官は、促され、消火活動のために部屋を出て行った。
 司祭様の問いに、ジャルディーノさんは無言でした。けれど、ジャルディーノさんは、ずっとこの神殿にいました。
 そして、彼に気付かせずに「すりかえる」という行動ができたのは・・・

「シーヴァスさん、私には行く場所があります。時期に痺れは消えますので、ジャルディーノを見ていてくれますか」
「はい。・・・・どちらへ」
 その相手に、心当たりがあったのかも知れません。
 しかし、司祭様は答えず、一礼をして部屋を出て行きました。

 気がつくと、天井を睨み、激しくジャルディーノさんが暗闇の中自答に黙していた。
 ・・・怒っているのでしょうか。
 風に窓が音を立てる。

ガタガタ。ガタガタ。
・・・・・・・・・
    カタン。

 風の音に紛れて、廊下から聞こえた物音。
・・・誰ですか」
 外の音以外、何も私に返事は届いてこない。けれど、確実にそこに誰かは存た。
 盗賊でしょうか。
 緊張は高まり、鼓動は早鐘を打った。けれど、その気配は何故か離れていこうとした。私は、不審さに音を立てないように、静かにドアを開けて廊下を覗いた。

 廊下の先、曲がり角に知った後姿が消える。
・・・・・・?」
 私しかいないと思って、帰って行くのでしょうか。私は、そう、警戒も無く、その人を追いかけていました。私が追ってくるのに気付いたのか、その人は廊下を曲がった所で静かに私を待っていた。
「こんばんは」
 背筋が寒くなるような、闇に覆われた「彼」が抑揚もなく挨拶をする。

「今日は、勇者じゃなかったんですね・・・
・・・はい。私が残っています」
 下に向いた「彼」の瞳は昏く、声には恐ろしさを感じた。
「貴女に個人的な恨みはない。でも、貴女を失ったら勇者は悲しむかな…」
・・・・・・
 私は杖を抱えて後じさった。
「あ…、あなただったのですか!ジャルディーノさんはあなたを信じていました!」

 彼は自虐的に微笑んで私に歩み寄る。
 私はその日、初めて「死の言葉」を知った。

++

 今夜、月は闇によく映えていた。
 許しは下された。もう自分を我慢する事はないのだと知った。
 今宵イシスは血に赤く染まる。炎に焼かれ、人の血に染まり、風になぶられ、闇に消えてしまえばいい。
 監禁されていた僕は今自由になった。

「何をしているのだ・・・、お前は・・・。お前が亡者を操っていたのか・・・?」
 父の問いに僕は答えなかった。この人が知る必要は何処にも無い。
「私はお前が・・・。ジャルディーノを消し、共に地位を得よう。そう考えたのだろう?お前もそう考えてジャルディーノを襲ったのだろう・・・?」
 僕に怯え、父は無様にも息子に手を差し伸べた。
「僕は地位はいりません」

 欲しかったものは、ただひとつ。
 しかし、今はそれが身を壊すほどに憎い。
「何も心配しなくていいですよ。盗賊を雇ったなんて汚名も、息子の愚行も、恥も、死に行く貴方には関係の無いことです」
・・・まさか!お前は父親を手にかけるというのか・・・!」
 僕は嘲笑するほか無かった。
「父親・・・?もう、うんざりだ」
 僕の召んだ亡者の影に、永く憎んだ父親は倒れた。また一つ、僕を縛るものは消えたんだ。

 僕は屋敷を抜け出す。屋敷を監視していた騎士達は僕どころの話ではなかったことだろう。今この国中に亡者は現れている。この国を喰らい尽くすために。

 僕は混乱する町を素通りし、神殿に向う。
 放火により、神殿内も騒然としていた。騒ぎの中、神殿を出て行くジャルディーノの父親、クレスディ司祭を見かける。・・・僕には気付かなかったようだ。
 司祭の行き場所は見当がつく。
     そう。予想通りクレスディ司祭は王宮へ向っていた。自分のもう一人の息子の元へ。


 司祭の探した人物は、王宮へ行くまでもなく、自らその姿を見せた。
「お急ぎでどちらへ向っているのですか。伯父様」
 王城へ向う大通り、柱の影で人物は司祭を待ち構えていた。
・・・お前を探していた。再三注意してきたはずだ!セズラートの好意を踏みにじるつもりか!ジャルディーノを害する事は彼女を害するも等しい事だ!マイス!こんなことのためにお前を生かしたのではない!」
「解っています。この国のためです。それには従順していますよ」
「ドエールをけしかけたのもお前だろう!」

 強風に目をやられながら叫んだ司祭は、きっともう帰らない。



 僕は神殿の廊下を歩いていた。そこにいたのは勇者ではなく躊躇ったが、追って来るのを見越して僕は待っていた。
「あ・・・、あなただったのですか!ジャルディーノさんはあなたを信じていました!」
「僕も信じていました」

 仲間を失って君はどうするのだろう。どれだけ、仲間を失って嘆くだろうか。
「でも、・・・裏切ったのはジャルディーノ・・・

 僕は彼女に言葉をかけた。「さようなら」との意味を込めて。
 それは呪われし死への呪詛。全て消えてしまえ。

「ザキ」

 崩れ落ちたエルフの魔法使いに、僕は満足気に微笑む。

++


 シーヴァスさんが帰ってこない。
 僕は言う事を聞かない体をねじり、必死に起き上がろうとしていた。
 首飾りを、すり替えたのはきっと間違いない。今ここに来たのも、きっと間違いない。
 音も立てず、ドアを開き、暗闇に人影がゆらりと立つ。
 僕に向けた事も無い、激しい憎悪の色を見せて、その瞳は暗くどこまでも僕を映していた。
 その手にシーヴァスさんの帽子がある。

「ド
・・・エール・・・!」
「君が悪いんだよ。ジャルディーノ
・・・
 何故
・・・?悲しいよ。これも、また、「僕のせい」だと言うのか。
「最後は、君だよ」
 ドエールは哀しい背を向ける。
「勇者達を迎えに行ったら、また君を呼びに来るから。待っていて
・・・

 かつての親友はもういない。
 憎悪に心を囚われた、闇の神官がそこにいた。



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