イシスに滞在して数ヶ月。その中で国中を巻き込む事件は起こり、私も見回りに参加しながら「ラーの化身」に会える事を待っていた。
 僧侶ならば、きっと知らない者はいない。私は「彼」に会いたくてイシスへ来た。
 太陽神に手が届く人物とはどんな少年なのだろう。私の一つ年下の少年。アリアハンを救ったと言われる少年は……。

 そして今日、ついに私は「彼」を見つけた。
 赤毛の、小柄な少年。本当に見かけだけならば普通の男の子に見えた。そこには勇者オルテガの息子、勇者ニーズも一緒にいる。

 神殿に部屋を間借りしている私が今日も訓練に出ようとした時、訓練場には人だかりができていた。
 ラスディール隊長に鮮やかに勝利する勇者ニーズ。そして「ラーの化身」の少年。
 人々の心に「勇者ニーズ」の名前は刻まれた。
 でも……。
 もう一人、私には離せない姿が目に残っている。消してしまいたい……。

+SARISA+

 深夜、イシスの町中はしんみりと静まり返っている。
 それもそのはず、今は夜の外出はご法度になっているから。
 二ヶ月ほど前から夜毎人を襲うアンデットモンスター達に怯え、夜の町には誰も出ようとはしない。神殿の者や城の騎士、傭兵達だけが見回りに歩いているのが確認できた。
 私も町を警備する傭兵の一人。ランシールから来た私は、神殿の協力をしながら、今も神殿に部屋を借りて身を置いていた。
「サリサ。今日の警備は我々はこの地区に当たる」
「いつもみたいに無茶しないで下さいね…」
・・・・。はい」
 私の顔は曇る。…どうせ無茶よ。

 見回りは必ず三人一組。私は傭兵の戦士と、神殿の若い僧侶と組み合わされていた。つまらない見回り。組のリーダーの持つたいまつの炎がゆらゆら揺れて、寝静まる夜の町を赤く照らしていた。
 いつも事件は不意に起きる。
 戦士のバーツさんが、見回りも中盤、眠気が襲ったのか欠伸をし始めた頃、僧侶のシンさんが路地裏の物音に気がついた。
「何か今音がしましたね」
「よし。着いて来い」
 確かめにバーツさんを先頭に路地裏に近づきます。
 路地裏には樽や水がめなどが置いてあったのだけれど、それを三人でたいまつで照らし覗き込んでいると、一番後ろにいた僧侶のシンさんがいきなり悲鳴を上げた。

「うわああぁぁっ!出たっ!」
 地面からズルズルと伸びるように現れたのは包帯に身を包まれたミイラ。もう一体。もう一体と次々と姿を現す。
「出たわね!このっ!」
 鉄のやりで私は迎え撃つ。今度は逃がさないんだから!

「グウォオォォォ    !」
 咆哮をあげてミイラたちは襲い掛かってくる。こんな奴ら目じゃない!
 一撃では倒れないミイラ。反撃を受けて私は微かに腕を裂かれる。背後で大きな淀んだ気配がし、振り向くと一際大きなミイラが地面から這い出していた。
 闇の中目だけがギラギラと妖しく光り、腐臭を立ち込めバーツさんの腕を掴んで持ち上げていく。
「ニフラム!」
 シンさんの破邪の呪文。…でもアンデットたちは消えない!
「フゥウウゥゥ、ガァアアァァ   !」
「きゃあっ!」
 大きなアンデット、恐らくマミーの勢い良く振り下ろされた腕は、痛恨の一撃となってバーツさんの体を突き抜ける。私の頭上に降った血の雨。
 ボトボトと、腰を抜かした私の髪を肩を血と肉片が汚していった。

「う・・・・!うああああああああああ!!」
 シンさんの絶叫が誇りっぽい路地裏に轟く。彼は私を残して一目散に逃げ出した。

「あ・・・・・。ああ・・・・・
 この後の展開は知っている。アンデットは遺体を何処かへ持ち去るの。マミーはのんびりとした動作で方向を変え、もう動かないバーツさんの体をぶら下げたまま路地裏へ消えていく。数体のミイラを残して。

「ま・・・・、待ちな…さ……」
 追わなければ…。何処へ持ち去るのか見極めなければ…。
 四つんばいで私は追った。しかし闇の中にマミーの姿は消えてしまう。気がつけば、残っミイラの中に私は一人取り残されていた。
 路地裏、たいまつはもうバーツさんの手から落ち、ミイラたちの目だけが闇の中不気味に揺れている。
  きっともう私はここで死ぬんだ。同じ様に何処かへきっと運ばれて。
 壁に背を付け槍を構えるけれど、それも馬鹿馬鹿しい気がしていた。

 脳裏に浮かんだのは故郷の両親。弟。…でも…。
 あそこであのまま生きていたのなら、きっとここで死んだ方がまし。
 ・・・ごめんね。そして「聖女」さま。
 私は本当に弱いです。誰一人、救うこともできません。できませんでした。
 この旅で知った「自分」は恐ろしく無様で、弱かった。

 眩暈がするミイラの腐臭。腐った包帯巻きの腕が私に何本も伸び、うな垂れた私の首に、髪に、腕に、気味悪く張り付いてきた。よだれが糸を引く口を大きく開け、腕に噛付く。激痛、骨が軋む音。腕が動かなくなる。
 怖い。痛い。怖い……

「大丈夫かっ!」
 助けに誰かが現れた。ミイラたちは次々と倒されたけれど、私はそのまま横に倒れてしまう。     絶望したの。
 どうして私を助けるのがあなたなの。…もう、嫌……。

++

「…気がつきましたか」
 次に目を開けた時、私は自分の借りている部屋で寝かされていた。血で汚れた服も着替え、髪も拭かれていた。横にエルフの女の子が静かに私を見つめている。
 綺麗な紫がかった銀髪の、とても綺麗な女の子、昨日見た勇者ニーズの傍に居た子に間違いない。

「腕は大丈夫ですか。治療はしましたけれど」
・・・・。大丈夫、です」
 私は部屋を見渡し、彼女一人なことに安堵する。
「危ない所でした。貴女のお連れさんが走って逃げていくのに出会いまして、私の仲間のアイザックが走って行ったのです。神殿に運びましたら、ここを借りてることがわかりましたので、勝手にですが入らせていただきました。すみません」
「いえ……」
 そう。私を助けたのはあの人。残像を思い返し、唇を噛み締めて俯く。
「痛みはないですか。何か食事をとりますか」
 綺麗で優しい子だ。でも、素直になれない自分がいる。
「大丈夫、です、から…。あの、もう、ほうっておいて下さい」

「………。アイザックは、貴女と話したがっていましたが…」  
 なんで。…嫌だ。私は話したくない。
「私には、何もありませんから・・・・。帰ってください。もう来ないで下さい…」
 戸惑うエルフの子を無視して、私は布団を被って背を向けてしまった。

「失礼します。ご自愛くださいね」
 控えめに告げ、彼女は静かに退室していった。私は枕に突っ伏して、そのまま自己嫌悪にとりつかれる。


 いつから、こんなに自分を嫌いになったのだろう。
 私は、何のために旅立ったのだろう・・・。繰り返し悩む答えが見つからない。
 強くなりたかった。何処かへ行かなければいけない気がしていた。
 優しいお父さん、お母さん。弟。温かい家族。何も不自由もない。不幸もない。

でも、それがたまらなく嫌だったの。

 あのまま家にいたら、そのまま自分は腐っていくだけに思っていた。優しい家族は、私には「ぬるま湯」過ぎたの。
 私は試練が欲しかった。自分を谷底に突き落としたかった。厳しく自分を谷底に突き落とす人が欲しかった。ランシール神殿の「聖女」様に、私は挑んだこともある。

「サリサ。貴女は自分を見つめなさい」
 「聖女」は私を一笑した。
 「聖女」ラディナード様は、「聖女」でそして「戦乙女」。剣でも国に適う者はいない。
 私も瞬時に倒されていた。いつの間に倒されたのかもわからなかった程に完全に。
 「試練」を求め、「地球のへそ」を目指そうとした私の言葉もはなはだしいと、彼女は否定する。

「聖地は、逃げ場所ではないのよ。貴女のような娘が入り口に立つことさえ、これまで挑みし者に無礼でしょう」
 私は逃げ出すように国を出た。

 噂に聞いた「ラーの化身」にでも会えば、私は変われるのではないか、なんて…。
 変わりたい。でも、私は変わらない。
 強くなりたい。でも、私は強くなれない。
 落ちればいいんだ。私なんて何処までも。地の果てまで。谷底を昇ったら、また落ちるんだ。そんな繰り返し。キリがない…。
 今、また思い出してしまった。そう、私を助けに現れた「彼」を。

 ねぇ。私も、挑んだことがあったんだ…。もう、ラスディール隊長は忘れてしまっているだろうけれど……。
 情けなくて、泣けてくる。相手にもならなかった私を思い出しては。
 しつこく頼んでやっと相手にしてもらったのに、私はあの人に、
「彼」みたいに強く立ち向かうことができなかった。

 普段も怖い人だけど、打ち合いになったらその比じゃないの。
 だって、わかるんだもの。
 自分を馬鹿にしていることが。私を見下していることが。私を嘲笑っていることが。
 どれだけ自分が無価値なのか思い知らされたの。
それに打ち勝てる強い心なんて無かったの。

 ラスディール隊長は無駄な時間を過ごしたと呆れ、私に背を向けた。
「もう子供の遊びに付き合わせないで貰おうか」
 あれから、隊長の姿を見れば逃げ出してしまう。なんて無様なんだろう。どうしてこんな醜態をさらして私は生きているんだろう。

 どうして?私は弱いの。また「彼」からも逃げ出そうとしている今…。
 危ない所を助けてもらって、お礼も言わなきゃいけないのに。そんなこともできない。
 「ラーの化身」、そして「彼」、年も変わらないのに何が違うのだろう。私には何が足りないのだろう?どうしてあの人たちは「力」を持っているの。
 帰りたい。…何処へ?
 何処へ逃げ帰るの?あのまま死んでしまってもよかったのに。こんな惨めな思いをする位なら     


 ドンドン。誰かが強くドアを叩く。
「もしもし!起きてるんだろ!」
 心の中で悲鳴を上げた。最も今恐れる彼の声に、布団を被って寝たふりをした。全身で帰るように祈り、鼻をすすって涙を拭くと、じっと動きを抑えた。

「サリサ!開けるぞ」
 心の中で拒絶の限りを尽くす彼が入ってくる。
・・・・・・・。なんで俺に会いたくないんだよ」
 何も言っていないのに、寝たふりをする私に話しかけ、ベットの横に座る彼。全身で拒絶してるのに…!嫌で仕方なくて、わなわなと震えてくる肩を抑えられない。
「お前な、サリサ、一つだけ言っておくけど。死に急ぐなよ。深追いせず、お前も逃げれば良かったんだ」

 逃げれば、良かったの…?そんな位なら見回りなんてしてない。死んでもいい覚悟でやってるのよ。だから逃げなかったんだ。
「もう腰も上がらなかったのに。お前が追った所でどうにもならなかったんだ。そんなに強くないんだから、妙な正義感で自滅するぞ」

・・・・・。何。それ……」
 泣きはらした顔も怒り顔に変わり、私は身を起こした。
「なんでそんな事、あなたに言われなきゃいけないの」
 彼にグッサリと嫌な所を刺され、私の心はどうにも尖り始めた。
「関係ないでしょ。なんなの。どうして図々しく介入してくるの。逃げないわよ。逃げるくらいなら死んだ方がましよ」
・・・・本気で言ってるのか」
 彼は怒った。それを見て私は止まらなくなってしまった。

「助けてなんて言ってない。誰が助けてくれなんて言ったのよ。おせっかいなのよ。それで、更になんでお説教までされなきゃいけないのっ…!?」
 お礼を言うどころか、食ってかかってしまってる。最低よ。
「何様のつもりなの・・・・・。私が何処で、いつ死のうが関係ないじゃない!」
「関係なくないな。俺は俺の「正義」で助けたんだ」
 一言で、私の下らない虚勢は制止され、私は言葉を失った。

彼は私が最も知りたい「言葉」を口にしたんだ。


 何処まで、何処まで悔しい存在なの…。どうしてそんなこと口に出来るの。自分が嫌でたまらない。悔しさに体が激しく震えてくる。穴があったら入りたいよ。この人から永遠に逃げ出したい。
 もう、私の前に居ないで…!現れてからずっとわかっているの。隊長に向う姿、私とは何もかもが根本的に違った。
 倒されても、何故あんなに強く見えたの?誇らしく輝いて見えたの?
あなたを見ると、どうしてこんなに惨めな気持ちになるの?


「お前が嫌だろうがなんだろうが助けるから。何度でも」
 怒って尖った視線を向ける彼は、肩を震わせ始めた私にちょっと戸惑った。
「…お前。無理するなよ。聞いたけど、前にもお前の組から被害者が出たって。それでお前やけになって無茶ばかりしてるって。ほんとは辛かったんだろ」
・・・・・・
 この人、どうしてよ。どうしてズカズカ私の心の中に入ってくるのよ。酷いよ。
「うっ・・・・
    もう、嫌だ。私はもう、堰が切れてしまった。この人のせいだよ。
 いつからこんなに涙を溜め込んでいたのだろう?
 膝を抱えて私は、彼の前で悔しくも顔を隠して泣いた。
 馬鹿みたいに。子供みたいに……。

 子供の頃も、こんなに泣いたことあったかな…。人前で泣いたことないよね。泣きたくないもの。みっともないもの。
 ・・・嫌い。大嫌いよこんな人。泣きながら私は悪態をついている。

「いいんだよ。女は泣いてもさ。ひねくれたこと言ってるより、そっちの方がよっぽどいいよ。我慢するなよ」
 横で、こんなに泣いてる私にさわやかに彼は言う。
・・・・あなたのせいだもん」
 また、私は憎まれ口。本当に可愛くない。
・・・・それは申し訳ない。でも、我慢してたんだろ?」
 悔しそうに泣きはらした顔で私は睨んだ。

「私、あなた嫌い」
・・・・そんな事言われても」
 彼は、不服そうな顔を見せる。
「…悪かったよ」
 彼は困って頬をかいた。でも、どうしていいのかわからないみたいで。睨む私は初めて、まともにこの人を見つめている事に気がついた。
 黒い髪、黒い瞳の少年。同じ年位よね。どこか不器用そうで……。

「まぁ…。確かに泣かせたよ。泣いたほうがすっきりするような事とは言え。強引だったよな。悪い。・・・・。なにせ、お前このままじゃまた無茶すると思った」
 確かに、その通りな気はしたんだけど・・・。ちょっと私はふてくされる。
「シーヴァスが、俺に会いたくなさそうだ、とか言うから。何だそれ、と思ってさ。・・・。ちょっとムッとしてた。ごめん」
 素直さに私は驚く。さっきまでのひねくれた自分がますます嫌に思えてきた。

 そうだ。言わなくちゃいけないことがある。きちんと言わなきゃいけないことが。
「あの、・・・・・・。アイザック・・・
 何か名前を言うのが恥ずかしくて俯いた。
「あれ?知ってたの?…シーヴァスか」
「…ううん。昨日、隊長と打ち合うの見てたの。だから知ってたの」
「そうか。やなとこ見られたな」
 バツが悪そうに彼は言う。
「どうして、私はだから悔しくて仕方なかったのに……」
 言った後で「あっ」と思う。彼も不思議そうな顔をしていた。

「ごめんなさい。私、一人で、勝手に悔しがって…。嫉妬して。落ち込んで。ひがんでいたの。最低。ごめんなさい……」
 随分私も素直になって、思わず話してしまった。勝手な自分の劣等感を。

「そんなの。また再挑戦して倒せばいいだろ」
 簡単に、簡単に彼は言うんだ。
「俺もあの兄貴だけは倒す。自力で。サリサもリベンジするか」
 彼が笑って、私はまた泣き出した。理由もきっとわからなくて、彼は困って見つめるばかり。

「そんなことさえ、私できない程に弱かったんだって……」
 ただ、そこからまた強くなれば良かっただけなのに。できなかった。私は逃げたの。
「うん。また、相手してもらう。笑われても…」
 涙声で、自分にも言い聞かせるように、彼に約束する。ここに自分に約束しよう。
「サリサも神殿にいるんだろ?一緒に訓練する?まぁ、サリサは女の子メニューとして」
 私は、何かにはっとして彼を見つめた。彼はそのまま見つめ返す。

 彼はズカズカと私の心に入ってきて、私は怒ったけれど…。彼は、私も近くに寄せてくれるのかも知れない。こうして誘ってくれた。親しくしてくれるのかも知れない…。
 こんな私を嫌って思わないのかな。一緒にいてもいいのかな。
「どうした?無理にとは言わないけど」
私は首を振った。
・・・・嬉しいよ」
 素直になるのは難しい。でも、もうここまで泣いたんだもの。もう少し、まだ、みっともない姿、さらしてもいいよね・・・・


「寂しかった。本当は」
 横にいる彼の袖をつまんで、ぽつりと私は零した。
「寂しかった。ずっと一人で。苦しかったの・・・
 ランシールを離れ、それから一人で。私は本当は泣きたかったのかも知れない。ただひたすらに。
「そうか…。俺たちと一緒に見回りする?」
「できるの・・・・?そんなこと…?」
「誰も嫌がる奴いないよ。多分むしろ歓迎されると思うな。ちょっと人手も欲しいし」
 私は行きたいと願った。僧侶のシンさんは元々臆病な人、これに懲りてもう外れる可能性が高い。そうしたらまた組探しから始めなければならないんだ。
「うん…。他の人が良ければ……」
「そうか。同じミトラ信者で嬉しいよ。よろしくなっ」
・・・・そうなの?」

「そうだよ。うちは一家でいつかランシールに行くのが夢でさー。お前がランシールから来た僧侶って聞いて、かなり嬉しかったんだ、俺」
「そうなんだ。・・・・。いいよ。私の知ってることなら何でも教えてあげるよ」
 私は多分、彼に対して初めて微笑んだ。
「アイザック、あの・・・。ありがとう・・・。ごめんね・・・
 精一杯の笑顔を努力してみた。でも、…どうだったかな……。


「腹空いてないか?何かもらってくるけど」
 彼が席を立つので、思わず私は引きとめてしまった。
「あ…。ううん。その、いらない…」
私が口ごもっていると彼は注意した。
「何だよ。言いたい事あるなら言えよ」

 恥ずかしい…。でも、思い切って言うことにする。
「もうちょっと傍にいて、あの…」
 言って私は赤面した。顔をそむけて、耐え切れず布団を持ち上げて隠す。
「何甘えてんだよ」
「だ…。い、いいじゃない。だって、怖かったもん…。すごく怖かったんだから……」
 真っ赤になってうろたえる私は、また自分が嫌になって布団に潜った。言うんじゃなかった。
「面白い奴だな、サリサ…。怒ったり泣いたり。甘えたり」
・・・・もういいよっ!・・・忘れてっ!やだもうっ!」
「俺、下に兄弟とかいないし、甘えられても正直どうしていいかわかんないんだけど…。でももう、怖い思いさせないよ。ちゃんと守るから安心してくれ」
 私はちょっと布団から顔を出す。
 にこって彼が笑ったかと思うと、がばっとまた私は布団を被った。

・・・・サリサ。何恥ずかしがってんだよ」
「ご、ごめんっ!ごめんねっ!」
 だって、なんだか今恥ずかしかったんだもの。

 コンコン。ドアを叩く音がする。彼が出て、微かに会話が聞こえる。
「うん。もう大丈夫。そっちは」
「皆さんお疲れですけれど、大丈夫です」
「そっか。それでさ、サリサをさ、俺達の方に呼ぼうと思ったんだけど」
・・・そうですか。良いですね。心配でしたから、良かったです」
 あのエルフの子、声が喜んでいた。あの子は反対しないみたい。良かった。失礼なことしちゃったのに。
「そうだ。シーヴァス。甘えたい時って、何してもらったら嬉しいもんなのかな」

 ・・・・何聞いてるのアイザック・・・・。(汗)

「抱きしめてもらうのが一番嬉しいです」
「い、いらないからっ!い、い、いらないからねっ!!」
 思わず起き上がって私は豪快にわめき散らした。      一瞬の間。
「ご、ごめんなさいっっ!!」
 もう死にそうなくらい恥ずかしくて、私は布団に隠れてじたばたする。

+NEEZ+

 時は昨晩に戻る。
 初日の見回り。ドエールを含め俺たち六人は三人ずつの組に分かれた。俺、ジャルディーノ、ナルセス。そしてアイザック、ドエール、シーヴァスの組。
 アイザック達の方は他所の組が襲われた所を助けたらしいが、俺たちの組はそれどころでは無かった。見回りの場所は全く当てもないので「勘」で決めたわけだが……。

 神殿のある東側は主に神殿の者が警備している。王城のある北部は騎士団。西側が王宮魔道士たちが、南は傭兵達が警備していた。

 あてずっぽうで、アイザックたちは南。俺たちは東を回ることにした。
 俺たちはゆうに、一月分はあるかという戦闘をこなすはめになる。
 
最初のうちは良かった。
「ニフラム!」
「おおっ!消えましたね。さすがジャルディーノさんですね」
「ここは…。一応地図にチェックしておかないとな。ここでアンデット出現、っと」
 地区を確かめ、地図に記入する。
「結構マメですね。ニーズさん」
「犯人見つけてあの兄貴に頭下げさせたいからな」
「なるほど……」
 数分後。また地面からミイラは現れた。ジャルの破邪の呪文で消え残ったミイラを、俺がなぎ倒す。
「ひょっとして「当たり」なんですかね。このルート」
「そうですね……」

 数分後。また遭遇。
「げぇっ!また!?」
・・・・なんか段々数が増えてくるな」
「ニフラム!!」

 さすがにナルセスも含め、戦闘。奴も鉄の槍で半ば悲鳴を上げながら攻撃に奮闘してくれた。
「うげぇええ。きもい…。きもいっす!」
 倒した奴らは、ぶくぶくと土に消えていく。
 途中すれ違った見回りの組に声をかけると、何処もアンデットに会っていないと言われる。
「俺たち三回も遭遇してるんですけどね……」
「ええ!?冗談だろう?そんな話今までないよ!」
・・・・・

 嫌な予感がしてきた。案の定、俺たちだけになるとアンデットは出現する。
 お待ちかね!と言わんばかりのおもてなしぶり。
・・・・俺たち、狙われてます???」
「狙われてるな」
「犯人ラスディールさんなんじゃないですか。ニーズさんを狙って……」
・・・・・・
「おい。ジャル。お前そこにいろ」
ジャルを後ろに下げ、俺は少し前に出て様子を見る。
「あっ!ジャルディーノさん!」
 ミイラたちは俺を無視し後ろにいるジャルの方へとわらわらと集まった。

・・・・・・ジャル狙いだな」
「え・・・。まさか・・・
「バギ!」
 呪文一発で、六体のミイラを掃討するジャル。さすがに一人でも強いが。
「なんだよ。お前何か知ってるのかよ」
「い、いや、何も。何も知らないっすよ」
「嘘だな」

「あ、あの。ジャルディーノさんは、心当たりないですか?恨みを買うとか・・・
「わかりません・・・
「あるわけありませんよね。ジャルディーノさんに限って恨みを買うなんて、はは・・・
「おい。周りに注意しろよ。誰かが見てるのかも知れない。犯人は何処かで俺たちを見てるんだ」
「そーですよね……。はい」
 さすがに暗雲立ち込め、しかし、アンデットはその後も容赦なく出現してくれた。

ミイラ七体。個別に現れ手間を取る。
ミイラ五体。マミー二体。苦戦。全員軽症。薬草で治す。
マミー三体。妖しい影二体。・・・だんだん手が込んできやがった。
マミー五体。・・・いいかげんにしてくれ。

 ぐったり、戦闘の後俺は負傷して道端に座り込む。
「大丈夫ですか、ニーズさん……」
「大丈夫じゃない。あっちの組に行くんだったよ」
 横でべホイミをかけるジャルディーノに文句を言う。
「すみません……」
 ナルセスの方ももう負傷の限りだった。奴なりに頑張ってくれてるが、もうそろそろ限界かも知れない。
「マジで狙われてるんですね…。まさか本当に殺すなんて事……」
「おい。何か知ってるなら吐けよ」
「いや、でも、違いますよ。あ、でも、ジャルディーノさんのこと、良く思ってない人はいる、・・・・みたいです」
・・・・エステールさんですか」
 ジャルディーノの口から人名が出てくる。ナルセスは慌てて弁解した。
「いやっ!違いますよ!違うと思います!」
 ジャルに気を使って必死に取り繕う。


 しかし。
 一体何処から見ているんだ?全く見当がつかない。妖しい人影も見当たらない。

まさか!
あいつみたいに姿を隠して見ているのかっっ!?

(↑某賢者)

 急に思い立ち、俺は辺りを見渡した。…いるのかも知れない。どうする…?


「どうしました?ニーズさん…」
「帰ろう」
「えええ?」
「悔しいが、このままいても疲労するだけだ。帰ろう」
 言い放ち、俺は帰路に入る。ジャルも反論は不可能とわきまえてくれているようで、そのまま従う。しかし、阻止するかのようにまた地面は蠢いた。
「クソッ!やっぱり見てやがる!」
 マミー六体。この事件始まって以来の連続遭遇。出てくる敵もいちいち強力になっていく。大歓迎されてやがるジャルの奴!!
「とにかく、突破して帰って寝よう!付き合ってられん!」
「はい!」
「賛成です〜!」
「ナルセスは援護!ジャルは呪文!回復!行くぞ!」
「はい!」
「らじゃー!!」

 それから何回戦闘を繰り返しただろうか。他の組がいてもアンデットたちはダイレクトに俺らだけを狙った。その様子は周りに動揺を与えた。
 明らかに、誰の目にも俺たちが狙われていることが知られた事だろう。執拗なまでに、あからさまに襲ってくるアンデットは神殿入り口まで止まることはなく。
 明け方俺たちは神殿入り口に倒れた。

 アイザックも、女抱えて帰ってきてたらしいんだが…。
 ああ、畜生。こーゆー重労働はお前がやってくれよ。そう思って俺はまぐろの様に眠ることになった。



 昼過ぎに、俺は気分も悪く目が覚めた。
 傍にジャルもナルセスも寝こけていたが、ドエールが介抱してくれていたようだ。
「大丈夫ですか、ニーズさん…」
「最悪だ」
・・・・・・・
 怪我は多分、ドエールあたりが呪文をかけてくれたんだろう。しかし、気分はもう最悪だった。こんな時はジャルにでも八つ当たりして気晴らしする所なのだが、寝てちゃあしょうがない。
 そこへアイザックとシーヴァスが戻ってくる。妙な女を引き連れて。

「ニーズ、丁度良かった。起きてたか。あのな、こっちはサリサ。僧侶なんだけど…」
「何だよ」
 不機嫌さ大爆発で返事する。
「あ、やっぱり、だ、駄目かも。ごめんなさい!」
 初対面の若い女は、俺に睨まれて慌てて逃げ帰ろうとした。
「あーあー、気にしない気にしない。寝起きはいつもこんなだから。いつもこんなだけど、気にしなくていいよ」
 この野郎喧嘩売ってんのか。

「お兄様、こちらサリサさん。是非仲間に入れて欲しいのです」
「なにぃ・・・・
 いきなりの発言に俺は顔を歪ませる。
「仲間って、なんだよ。一緒にバラモス倒しに行くのかよ」
「それは……」
 そこまで決めていないのか、シーヴァスは女を振り返る。
「すみません。今は…。そこまで自信はないです。でも、このイシスでは、協力、できると、思います…」
 アイザックの影に隠れつつ女は言う。まるで自分が凶悪犯のような警戒ぶりだ。

「いいだろ?ミトラの僧侶だ。仲間は多い方がいい」
「お前の趣味で勝手に増やすなよ」
「俺、賛成〜!」
 唐突に横手から賛成意見が出てくる。ナルセスが起きたらしい。
「じゃあ、多数決で」
「おい!そんなのどう考えても俺以外みんな賛成するんだろ。なんでリーダーであるはずの俺の発言権が無いんだよ」

「私は嬉しいです。女の子の友達はいないのですもの」
・・・・・・
 妹の台詞にうっかり俺は凍りつく。
「え……。いいの、かな?友達、なんて…」
「是非、よろしくして下さい」
「わっ。そ、そんな!私のほうこそ嬉しいです!」

 ・・・・・・。なんかこーゆーのを見てしまうと・・・・・。反対しずらくなるじゃないか。
「いいなぁ…。エルフ美少女とポニーテール僧侶ちゃんなんて。癒されるなぁ〜。俺ナルセス!よろしく〜!」
 なんかもう駄目だ。勝手にしてくれ。俺はさじを投げた。
「はい。よろしくお願いします」

 俺たちのことは結構知っていたサリサだったが、ドエールとも顔見知りだった。この神殿で顔を合わすこともあったらしい。

 僧侶サリサ。ランシールから来たミトラ神の僧侶。
 ミトラは、アイザックも信仰してる正義の神。噂に名高いジャルディーノに会おうと思ってこのイシスにはるばる旅してきたらしい。

 ラーの化身の実物は『こんなん』なんだが、どう思ったかは定かではない。
 金髪をポニーテールにした、十六歳の女僧侶。
 最後まで寝込んでいるジャルディーノを、そのサリサは複雑な表情で見つめていた。
 サリサの自己紹介が終わっても、ジャルディーノは一人静かに寝息を立てていたままに・・・・・・

+SARISA+

「でも、これからどうする?ジャルディーノなんだけど……」
 勇者たちの借りている部屋は六人部屋で、まだベットの上の三人と、それ以外はそれぞれ空いたベットや横の椅子にさまざまに腰掛けて話し合う。
 私は、勇者と向かい合うようにベットに腰掛けるアイザックの隣に座っていた。その横にシーヴァスが座っている。(友達ってことで「さん」はなしって事で)

「コイツはもう、隔離」
 どうやら勇者はすごくぶっきらぼうな人みたいで…。半分怒ったようにブスッと腕組みして、吐き捨てるように意見を告げた。
「狙いはジャルディーノなんだろう?どういう事だ?ジャルの「力」を狙ってか?」
「さあな……」
 私は寝ている赤毛の少年に視線を流した。私も私なりに彼のことは調べた。彼の知り合い、他にも色々聞いて回ったり…

 そう。勇者のベットの横、椅子に腰掛けるドエールさんにも声はかけている。
 ドエールさんは、ううん…、彼の親しい人間は、彼の「力」に対して一人もいい顔をしなかった。もちろんそれは、その「重さ」からなのだろうけど。


「見回りはどうしますか?ジャルディーノさんは抜かして回ります?でもそうしたらジャルディーノさん、守ってないといけないけど。一人じゃ不安だし」
 商人のナルセス君の発言。
・・・・見回りは、必要だと思うな。昨夜他にもアンデットは出てきた。見回りするのは無意味じゃないと思う」
・・・・・・
 勇者は腕組みして考える。
「見回りは考えておくとして。ナルセス、ジャルディーノが言った、エステールってのは何処のどいつだ」
 勇者の台詞に事情を知る者は気まずい淵に陥った。それはきっと私も含めて三人。
 私も、エステールさんの存在は知っている。
・・・・僕の、父です」

 重く、ナルセス君が顔を青くさせる中、ドエールさんの声は響いた。
「ドエールの・・・・
 さすがに勇者も驚いて彼を見つめた。ドエールさんは固く唇を引き結んで、全員の視線に堪えていたように見えた。

「お前の親父さんは何か?ジャルに恨みでもあるのかよ」
 勇者は、聞きにくいことも単刀直入に訊いてしまう。やっぱりリーダーだからかな。
「…すいません。ドエールさん…。俺、屋敷でドエールさんとお父さんが口論してるの聞いちゃったんです。どうなんですか?本当にまさかジャルディーノさん、亡き者にしようとか…」
「していません。確かにジャルディーノの事を疎ましく思っていますが、父はそこまでは決してしません。…そう思います」

 私は、その言葉はそのまま信じなかった。
 彼は息子として父親を悪くは言わない。きっとそれだけなのだろうと。
 エステール・ティシーエルは、ジャルディーノ君の事を聞いた時、明らかに嫌悪の表情を見せた。
「彼はまだ子供だ」
 そうエステールさんは告げた。そんなたいした「力」の持ち主でもないと。
 言った方がいいだろうか。後で、ドエールさんのいない時にでも・・・・

「疎ましく、と言うのは?どういう理由なのでしょうか」
 シーヴァスが聞きます。ドエールさんは辛そうですが、諦めたようにその口元を開くのでした。
「父は家柄にとても厳しく、そして執着しています。ジャルディーノは、いずれ、この神殿の最高司祭に就くでしょう。それだけならいい。でも……」
 彼は、私の知らない事実を語った。
「女王、姫が、ジャルディーノをひどく気に入っています。父に限らず、多くの貴族は恐れています。ジャルディーノに、王家まで奪われることを・・・・
・・・・へ?ジャルディーノさんと、お姫様と・・・・・・・・。とかって事ですか」

 私もちょっとびっくり。お姫様は見たことが無いのだけれど、またまた寝ているジャル君を見てしまう。
「今までは・・・、このイシスは、城と神殿と、二つの力は二分されていました・・・。それがジャルディーノの元に、神殿の元に一つになるかも知れないのです」

・・・・・。つまりは権力争いかよ」
 つまらなさそうに、勇者は唾を吐くように言い捨てる。
「ドエール、お前親父見張れ」
 有無をいわさず仕切りだす勇者、ドエールさんの返事も待たない。
「そうだな。・・・・、ナルセス、お前ぐらい一緒に行ってていいよ」
・・・・はあ。いいですよ。ドエールさんよろしくお願いしますね」
 複雑な顔で、すぐには返事をしないドエールさん。
 でも、勇者は全くお構いなしだった。

「お前がどう言おうが、魔法使いは怪しい。そこから犯人が見えてくるかも知れないからな。親父の動向を見張ってもらう」
「はい・・・。わかりました」
「ジャルには俺がつく。後は見回りな」
・・・・・了解」
「もし、俺たちの時みたく、やたらめったら敵が出るようならすぐ帰って来いよ。疲れるからな」
「はい。お兄様」


 そこへ、来訪者が激しくドアを叩く。返事も待たずに無法者は怒りの形相で室内に入って来た。
「ジャルディーノ!無事かっ!」
 私は思わずびくりと怯えた。ジャル君のお兄さん。現れたのはラスディール隊長だったから。

「出たな。何の用だよ」
 いきなり、勇者とラスディールさんとの間で火花が散った。私は思わずアイザックの背中に隠れてしまう。

「ジャルはまだ寝てるよ。あんまり騒ぐなよ」
 こっちでも、容赦なく隊長につっかかるアイザックが立ち上がる。
 ラスディール隊長は弟の寝顔を見て安堵し、けれどまた険しい顔で勇者と睨み合う。
「悪いがジャルは頼む。俺は犯人を追わねばならん」
「言われなくても守ってる。犯人誰だか分かってるのかよ」
 隊長は、躊躇したが、全員に向き合い忠告する。
「俺はマイスを疑っている。奴は近づけるな」

・・・・・・
 私達は誰からでもなく、顔を見合わせて戸惑う。
 マイス・ブライト、ジャル君の従兄弟にあたる人。
・・・・マイスさんは、違います・・・
 声は意外な所から届いた。いつ目覚めたのか、半身を起こす当事者。

「ジャルディーノ…」
 すぐ横にドエールさんがつき、ジャル君の体を支える。昨夜の見回り、アンデットモンスターの標的にされた彼は、憔悴しきって今まで寝ていたのだもの。
 ドエールさんは心配そうにその顔を窺い、背中に腕を添えた。

「ジャルディーノ、この際だ、言っておくがな。アイツはお前を憎んでいる。今もな」
「違います。マイスさんはそんな人じゃありません」
 寝起きとは思えない程に、彼はきっぱりと兄の意見を否定する。
「アイツは、母同然、それ以上だったセズラートの死を恨んでいるんだ。お前を許していないんだ」
「それは、兄さんもそうじゃないですか。兄さんも反対した人です」
「ジャルディーノ!」

 弟の発言に驚愕し、隊長は弟の寝るベットの横に立ち、その両手を握った。
「心外だな。そんな風に思うな。お前は大事な弟だ。…聞け。マイスはお前を殺そうとした。何度もな。最近はなりを潜めていたが、子供の頃は隙あれば殺そうとしていたんだ」
「兄さんの誤解です。僕は何度も助けられているんです。僕がドジで、危ない目にあった所を、マイスさんが助けてくれていたんです」
「違う!あれはお前に殺意を持っているんだ!」
 兄弟での押し問答。
 私は、そこに意見するかどうか悩んでいた。


「マイスさんは、違います」
 止めたのは、二人も近しい同郷の僧侶、ドエールさんでした。

 その歯止めに、勇者の単調な意見が繋がってゆく。
「ジャルは、好意的に取りすぎるから信用できんが、お前は悪意的に取りすぎるから、どっちがどうとも言えんな」
 確かに二人にはそんな節があるとは思う。

 ラスディールさんにびくびくしながら、思い切って私は発言した。
「マイスさんは、私はジャル君に悪意があるとは、思いません」
 いきなりしゃしゃり出た私はジロリと睨まれ、縮み上がる思いがした。けれど、でも、なんとか続きを言い切る。
「マイスさんは、私がジャル君のことを聞いた時、親切に教えてくれました。彼のことをすごく買っていました。誠意に溢れていたと思います」
「小娘に悟られるほどアイツも間抜けじゃない」
・・・・!」
「お前な・・・!」
 また辛辣な言葉を受け、息を止める私を感じてアイザックが声を荒げていた。

「僕はマイスさんが好きです。信じています」


 討論を終わらせたのはジャルディーノ君、本人。
・・・・・・お前は・・・・・・
 頑固さに、隊長はどうにもできないのを感じたのか・・・。悔しそうに歯噛みする。
「マイスは警戒しておくよ。あれが犯人ならとっとと尻尾掴んでくれよ」
 討論の終わりを察し、勇者は兄を退場させる。
・・・・。マイスもそうだが、俺はそこの僧侶も信用していない」
 去り際、隊長は私を刺す。

「ジャルディーノの事をこそこそ探っていたからな。イシスに来たのも事件の少し前だ。気をつけてジャルディーノを護ってくれよ」

バタン。閉まるドア。私は固まっていた。
「あの野郎!なんて奴だ!」


・・・・・・でも、サリサさんは、ジャルディーノの事、調べていたよね」
 再び、横から私は突き刺された。その言葉は更に深々と心をえぐっていった。
「…ドエールまで、そんな事言うのかよ」
声の主はドエールさんで、アイザックは「やめてくれ」と顔をしかめて抗議する。

「でも、サリサさんのいる組は、二回も襲われているけれど…、二回ともサリサさんは無事だった。最初の時は、サリサさんだけが助かった。・・・・おかしいと思うのは、僕だけなのかな…。昨夜、異常発生したジャルディーノを狙ったアンデット達以外に、現れたアンデットはサリサさん達を襲ったものだけ。そして、今ここに仲間として上手い具合に参加している。運良く僕達に助けられて……」
「ちょっと、待てよ」
「僕は、彼女が連れてこられた時、戦慄してた…。申し訳ないけれど、僕は信用していない……」


 嫌な、沈黙が訪れた。
 まさか、・・・・・・自分が、そんな、疑われるなんて・・・・・
 そう、よね。私は、見知らぬ他人だもの。確かにジャル君の事嗅ぎまわっていたもの。
 ・・・・・悲しい。でも、仕方ないよね・・・

「サリサ。違うなら違うって言えよ」
 私の横に座り直し、怒るようにアイザックが言う。
「違うなら違うって、はっきり言え。信じるから。ミトラ神に誓えるだろ!」
「サリサちゃん、違うよね!?俺信じるよっ!」
「私も信じます。今、誰を信じていいのかわからないからこそ、仲間を信じなければいけない。そう思います。疑心暗鬼に囚われてはいけないと思います」

 ・・・・・優しいみんな。そして、私の出方を待っている人。


 そうよ。私は間違いなんかしていない。
 ジャルディーノ君を陥れようなんてしていない。
「私は、主神ミトラに誓います!私は潔白であると!私もジャルディーノ君を仲間と思い、護ります!」
 立ち上がり、私は声も高く全員に誓った。両手にロザリオを握り締めて。

 こんな弱気じゃいけない。私にはまた守るべきものができたのだから。
「ありがとうございます。サリサさん。僕はあなたを信じます」
 微笑むジャルディーノ君が見える。
・・・・・。とりあえず、仲間内で揉めるのは無しにしたいな」
 勇者はきっと、私を信じたわけじゃない、そんな気はした。でも、私はまだここにいていいみたい。


・・・・・。そうですね。すみません、サリサさん・・・・
 ドエールさんは私に頭を下げました。
 でも、ドエールさんも、私を信じたわけじゃない。私を見ても決して笑わない、その表情が濃く物語ってくれている。

「ジャルディーノ、・・・・気分はどう?お腹は空いてない?」
 一息ついて、重い空気はドエールさんによって消されることになった。
「うん。大丈夫。でも、お腹は空いたかな」
「あっ!ドエールさん、俺も空腹です!」
 ドエールさんは席を立ち、何か食事を取りに部屋を出て行きました。
 その廊下で、彼は赤毛の神官とすれ違う。

・・・・・。随分いい顔してるね。ドエール・・・・

+NEEZ+

 暫くして、食事を貰いに行ったドエールと、先ほど噂に上がったジャルの従兄弟がやって来る。
「こんにちわ。ジャルの見舞いと重なってしまったけれど。遅い挨拶に伺わせてもらったよ」
 後ろにどんより顔のドエールが控えていた。
 ・・・・・なんだか、日増しに暗くなっていかないか、コイツ。

「勇者達も、好きかな。良かったら食べてね」
 見舞いに果物を持参して、神官マイスは笑顔で挨拶を振りまいた。
 俺達の事はジャルの手紙から大抵聞き、サリサの事も知っている。俺達もすでにマイスの事はあらかた聞いているので挨拶は短く終わった。

 マイスはジャルの元へ。ドエールの持ってきた食事を渡し、横に座る。
「悪いね、ジャルディーノ。事件がこんな事になるとは思わなかった。でも、勇者のおかげかな、無事で本当に良かった」
「はい。でも、お騒がせして、すみません」
 俺は果たしてラスディールが正しいのか、ジャルが正しいのか、確かめようと横で凝視している。

「水臭い事言わないで欲しいな。でも、これでなんとなく犯人は絞れてきたよ。すぐに犯人を見つける。君は無茶しないでここにいて欲しいな。犯人の狙いは君だからね」
「あ、あの…、マイスさん」
 恐れつつもナルセスが声をかける。まさか余計な事聞かないだろーな、コイツ。

「犯人、マイスさんは予想はしてるんですか。ジャルディーノさんに恨みがある人とか…。心当たりありますか?」
「ナルセス君、申し訳ないね。この国の醜い権力争いに君たちまで巻き込んでしまって。犯人は王城の中にいるだろう。反神殿派はイシスには昔からいるんだ。神殿が政治に関わってくる事を良しとしない古い慣習に縛られる貴族が多いんだよ」

 なかなか、まともな事を言っていた。兄と弟どちらが正しいのかまでは解らないが、俺はこれだけは思った。確実にこの神官の方が頭がいいと。こんな兄弟如き、簡単に騙せそうに思う。

「近日中に事件は解決するだろう。少しだけ辛抱してくれるね、ジャルディーノ。終わったら城で歓迎のパーティをすると女王様は仰っていたよ」
「パ、パーティ……!?」
 浮かれるナルセスを他所に、ジャルディーノは真摯に従兄弟を見つめていた。

「どうしたの、ジャルディーノ」
「兄さんは、いまだに、マイスさんを嫌っています」
「彼も本当に頑固だからね。僕の悪口でも言ってた?」
 いつもの事のように、微かに苦笑しただけのマイス。顔を曇らせるジャルに、マイスは謝る。
「ジャルにはいい話じゃないよね。ごめん。また、彼とも解りあえるよう努力してみるよ」
「ありがとうございます…」

 食事を摂るジャルの横で、彼は屈託なく談笑していた。
「しかし、ラスディールは困った兄だね。クレスディさんともいまだに険悪だしね。・・・と、言うか、彼が一人でいつまでもトゲトゲしてるんだけどね」
 隣のベットで飯を食っているナルセスは会話を聞いていて、奴はきっと「マイス信じる派」になったんだろう。あの兄貴への文句に同調していた。
「マイスさんは、ジャルディーノさん、恨んだりしてませんよね。母親代わりの人が死んだからって・・・
 爆弾を投下している。
 死んだジャルの母親は彼にも母親だったようだ。ラスディールはマイスが恨んでいると言ったが・・・

「子供の頃はそれは憎かったよ」
 いきなり爆弾は破裂した。俺も含めてきっと全員が戦慄しただろう。
「でも、もう忘れたよ。そんな小さな恨みは。・・・・だってね。本当にジャルは、素直でかわいい弟だったもの。ラスディールはああだし。もう、僕には家族と呼べる人はジャルディーノを入れて三人しかいないんだからね」

「そ、そうですか・・・・・
 ナルセスは先ほどの台詞でかなりびびって体が遠ざかっていたのだが、今の言葉を聞いて安心したようだった。
 まあ、母親が死んで、子供ならすぐには受け入れられない、当然のことだろう。
 多少の憎しみも恨みも。

「大事な家族だよ。僕は好きだよ、ジャルディーノ」
「はい。僕も大好きです」
 こちらの不安も他所に、二人はにこにこと笑顔を交換する。


 マイスが去るまで、俺は詳しく怪しい人物の事を聞いていた。
 コイツを信用するかはともかく、自分達の身を守らなくてはならない。反神殿派、疑われている人物の総リスト。その中にはマイス自身、ジャルの父親。ラスディール。ドエールの父親。果ては女王の側近などまで出てきたが、その全てを紙にまとめ神官は去って行った。
 奴の事はラスディールが見張るのだろう。
 俺達はとりあえずドエールの父を見張る。そしてジャルを守る。




今夜もまた、事件は俺達を待っていた。
イシスの空が、赤く染まろうとしている。



BACK NEXT