この国に、もう「太陽」はいない。
「セズラート、本気、なの」
「本気よ。私はこの子を生みます」
「そんな、そんな事したら、セズラートは…!死んでしまうんだろう…!そう言ったのはセズラートじゃないか!」
「……そうね。でも、この子は産むわ」
「馬鹿な…!やめようよ!」
「いいえ、私はこの子に会いたいの。生まれてきて欲しいの。生きて欲しいのよ」
「そんな!そんな!嫌だよ!僕にはセズラートが必要なのに!」
「大丈夫よ。この子も、貴方を愛してくれるわ」
いらないよ。そんな子供に何がわかるんだ。何ができるんだ。
子供を生み落とし、彼女は天に奪われた。
そうして死んでゆく彼女に愛され、生まれた子供と僕は出会う。
母を知る事は無かったが、父親、兄、国の全てに愛されたその子供。太陽神ラーに愛され、「ラーの化身」と呼ばれたセズラートの残した命。
名前はジャルディーノ。
「ラーの化身」 |
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ジャルディーノの親友、ドエール・ティシーエル。 貴族の息子らしく、ジャルより大人で、品のある雰囲気を携えていた。 ジャルに紹介される俺達を見ながら、どこかやはり複雑な表情をするのは気にはなったが。 訓練場から涼しい場所に戻り、借りている部屋で水を飲む。ドエールも一緒に部屋について来ていた。ジャルが嬉しそうに、これまでのことなどを話しながら。 「先程のラスディールさんとの試合、拝見せていただきました。お二人共、強いのですね。意気込みや戦術、敬服します」 「あ、それは、どうも」 褒められてちょっと困っているアイザックがいる。こんなに丁寧口調だと、多分逆に困りそうな奴ではある。俺は無愛想に一礼だけしておいた。 コンコン。 穏やかにドエールと談笑していると(俺は参加していないが)扉を叩く者があった。 「ごめん。ジャルいるかな」 また来客か?と、ジャルを見たら、ジャルは音を立てて椅子から立ち上がり、嬉しそうに来客の元へ慌てて走って行った。 「うわぁ!マイスさんっ!お久しぶりですっ!すみません!こちらから伺いたかったのですけれど、遅くなってしまいました!ごめんなさいっ!わざわざ来てくださってありがとうございます!」 いつにも増して、へこへことジャルディーノは頭を下げる。 ジャルと同じく赤毛の男。神官のようだった。年は二十歳くらいか。 へこへこしつつも、再会が嬉しそうなジャルをその神官は頭を撫でて黙らせた。 「ジャル。待ってたよ。良く無事に帰ってきてくれたね」 「は、はいっ」 ドエールの時もそうだったが、一つ一つの再会に頬を蒸気させながら喜ぶジャル。 「この国は、君がいないと太陽を失ったも同然だったよ。おかえりジャルディーノ。皆君をお待ちだよ」 「は、はい!ありがとうございます!僕も会いたかったです!」 神官は部屋の中の俺達をざっと見、一礼する。 「申し訳ないけど、女王様がジャルをお待ちだ。挨拶は後程ゆっくりとさせてもらう事にするよ。ジャル、城まで一緒にいいかな」 「えっ、・・・あ、はい。女王様、僕だけですか」 「今回はね。今は城に勇者と言えど、他国の者は上げられない。何処に不審者がいるか解らないからね。ごめんドエール、ジャルとの再会のところ」 「いえ。お気になさらず」 頭を下げるドエール、ジャルは共に城へと向って行った。 「すみません。すぐ戻りますから」と、すまなそうに。 一番長いこと、その去って行く二人を見つめていたのはドエールだった。 ・・・せっかくの再会が邪魔されたせいかも知れない。 「・・・・あの人はどちらさんですか?ドエールさん」 小声で、テーブルに乗り出し、残されたジャルディーノの親友にナルセスは気安く問いかける。 「マイスさんは、ジャルディーノの従兄弟のお兄さんだよ。城で仕官もされてる、王家の方の信頼も厚いんだ」 「従兄弟ですか!へぇー。王家って、ラスディールさんは騎士隊長だし、お父さんは司祭様だし、みんなエリートですね〜」 さすがジャルの家族、と感心したように言う。 「・・・あの人はいい人っぽかったけど」(ぼそっ) 誰かと比べて、ナルセスはぼやいた。それを受けて、アイザックは手当てした腕を擦りながら聞いている。 「なんでジャルの兄貴はあんなに性格が悪いんだ」 ・・・思い切りダイレクトに聞くな。 「えっ・・・・・・・」(汗) 文句を言い出す二人にドエールは困り、俺は椅子にもたれて、どんな返事が聞けるのかと好奇心で眺めていた。 静かに水を飲んでいたシーヴァスも、口を挟んでくる。 「お兄様の事、酷く嫌っている様子でした」 「ジャルディーノさんのお兄さんって事で、期待してたのにさぁー・・・。あ、お父さんも怖いとか?!」 「ううん。クレスディさんは優しい人だよ」 苦笑しつつ、ドエールは返す。 父親は、この神殿に居るのだろうが、忙しいのかまだジャルディーノに会っていない。すっかり暑さでダウンしていたり、喧嘩になったりしていて暇は無かったんだが。 「なんであの兄貴だけ・・・」 嫌そうにアイザックは言う。ドエールは暫く考え込んで、それが本来の顔のように、瞳に影を差した。 「でも……。ラスディールさんの、気持ちもわかるよ」 意外な発言に仲間達は固まった。 「もしも、ジャルディーノが…、こうして、帰ってこなかったら……」 予感は、した。 予感は的中し、ドエールの視線は俺に突き刺さる。 「きっと勇者を許すことはできなかったと思う」 あの兄貴のような憎しみでもなく、その瞳の意味するものは? 「そ…、それは、そうかも知れないけどー…。いいじゃないですか。ちゃんと無事に帰ってきてるんですから〜。ねぇ?」 ドエールの深刻さに焦るナルセスは、周りに同意を求めた。 「そりゃあ、誰だって家族に何かあれば怒るさ。でも、俺達は罵倒されるようなことはジャルにしてないぜ。ニーズだってな」 それにアイザックも意見している。 更にドエールは押し黙った。 「ジャルディーノは……。いえ…。このイシスにいれば、きっといずれわかることだから言いますが・・・・。彼は特別です。彼はただ勇者を助けに、アリアハンへ行ったわけではないんです」 ・・・まさか。再度嫌な予感がした。 俺は知っている事があった。ジャルディーノが「夢」にてアリアハンの魔物来襲を知り、それを阻止しに来ていた事を。 「彼は、「ラ−の化身」とまで言われた、過去最高の力を持ったラーの司祭、セズラート様の力を受け継いでいます。余りにも偉大な方で、死者すら時に甦らせたと言います」 「まじっすか!?」 飛び上がってナルセスは驚く。死者蘇生など、神の奇跡であり、伝説化しているとも言える。 「時に未来を夢に見、イシスを守り、この国の誰からも愛され、彼女は・・・・、この国の太陽でした。この国の誇りでした」 「・・・・え、でも、亡くなった…んですよね。ジャルディーノさん、生んで……」 「そうです。セズラート様は、彼を身篭り、「夢」を見たそうです。自分の死と、太陽神ラーの降臨を」 「「降臨?」」 アイザックとナルセスの声が重なった。 「・・・まさか、神が降臨するのか?」 「げえぇええ!もしかしてっ!」 前ぶりも無く、ナルセスは椅子を蹴倒して立ち上がった。一人でわなわなと震え、右手で口を押さえて青ざめる。 「あの、ドエールさん。あの、ですね・・・・。実は俺、見た・・・・・、ん、です、よ…。あの日、ジャルディーノさん、赤く、光っていた事を……」 思い出したのか、恐る恐る、言葉も震えるナルセスがドエールを見つめる。 「死んでいたかも知れないんです!」 俯いてドエールは叫んだ。抑えきれない感情を苦しそうに堪えて。 「死んでいた……!?」 アイザックもシーヴァスも戦慄する。 「神の力は、人には余るものです。ジャルディーノは、セズラート様に続く「ラーの化身」と言われていますが……。彼は神を降臨する事を母親によって予言されています。聞こえはいいです。ですが、神の降りた時、その導き手は力に耐えられず朽ちるのです。まさに捨て身、その時彼の魂は砕け散るのです」 「・・・・・・って・・・・・・」 ナルセスは動揺が隠せず、部屋の中をおろおろと彷徨った。 「じゃあ…、じゃあ…、それを知ってて…。それでも守れなかったと、泣いて謝って……」 「アリアハン、やはりジャルディーノは、ラーを招んだのですね…」 「・・・・俺も、赤い光の柱は見たよ。ジャルだったのか…」 アイザックは動揺はしていないが…、知らなかったことに悔しそうにしていた。あの日俺は空を見る余裕すらなかった。そんなジャルディーノの行動も知るよしもない。 「アリアハンへの魔物来襲を「夢」に見たジャルディーノは、誰が止めても行くと言って聞きませんでした」 簡単に想像はできるな・・・。結構ああ見えて頑固者だし。 「勇者のために、命を捧げに行くようなものでした。まだ子供の彼が、彼なら、きっとラーを招んでしまうに決まっています。・・・・わかりますか。僕達の気持ちが・・・」 ドエールの声には、明らかに泣きがこもっていた。 「ラスディールさんには、母親の残した、大切な弟です。クレスディさんにも、亡き妻の残した大切な息子です。僕には、…かけがえのない友達です。わかりますか。どんな気持ちで僕達がこの二年間ここにいたのかを。ラスディールさんは、確かに乱暴ですが、本当に彼は弟が大事なのです。勇者を、憎むのは仕方がないのかも知れません。勇者のために弟が命を捧げようとしたも同然なのですから」 「そんなこと・・・・」 初めて口を開きながら、俺は言葉を止めた。あいつが勝手に命がけで、俺を救おうとしていたとしても、俺には迷惑な話だった。 しかしそれを言っても、誰も納得しないだろう。 あいつ、ジャルは、「俺を守る」と言わなかったか? まさかまた、命をかけるのかも知れない。簡単にやりかねなくて恐ろしい。 「どう、謝っていいのかわからないけれど…。もうさせないよ。約束する」 ドエールには謝った。父親にも謝ろう。ラスディールには謝りたくないが。 「お願いします」 静かに、ドエールも頭を下げた。 「・・・・そうですね。そんな危ないマネ、もうしないで欲しいですよ。この先絶対止めますから、俺……!」 「・・・お願いします。本当に」 決意するうちの商人にも、深々とドエールは頭を下げた。 「しかし…。ジャルはそこまで・・・。そこまで力のある僧侶だったんだな・・・」 アイザックが、一人言のように小さくぼやくのが聞こえた。 「子供でも、選ばれるはずだよ。勇者の仲間に」 「そーだなぁ…。ラーの化身じゃなぁ…。ああっ、でも、もう嫌だよ俺っ!」 一人その日を思い出しては苦悩するのか、ナルセスは頭を抑えて嘆いていた。 「様」づけもされるはずだった。この国の信仰する太陽神に最も近き者ならば。 太陽神ラー。イシスにおける守護神。光と熱と希望をこの地に注ぐ神。この世界全てを照らす太陽に、ジャルディーノは手が届くのかも知れない。 |
+JALDEENO+ |
イシスを午後の陽光が照らす中、久しく会うことができた、従兄弟のマイスさんと僕は城を目指して歩いていました。 僕と同じく赤毛の、王家に仕える立派な神官様です。肩までの髪に、額からは王家から授かった額冠が覗いていました。女王様や、お姫様にもいつでもお会いすることができる、地位の高い方です。 優しく、僕なんか比べ物にならない程に聡明で、僕のずっと憧れでした。 「勇者とは仲良くやってるの」 不意に、僕は質問されます。 「あ、は、はい・・・。よく、あの、叱られるのですけれど・・・」 「…成る程。察しはついていたけど。相変わらずジャルディーノはドジで余計な手間を増やしたりするのかな」 「はい。その通りなんです……」 余りに本当のことで、僕は思わずしょぼんとしてしまいました。二年も経っていても、全く成長していない僕なのです。 「あっはっはっ。そうなんだ。もう少し器用にならないとね、ジャルディーノも。でも、仲いいみたいだったけど」 「はい。皆さん、良くしてくれてます。皆さんとてもいい方なんです」 「そう…。ジャルディーノにかかったら、誰でもいい人だけどね」 マイスさんも変わらず優しくて、嬉しくなってきます。その笑顔に思わずうきうきしてしまって、はしゃいでる僕はいつも、うっかりドジを踏んでしまったりするのです。 そんな時、苦笑しながらも助けてくれたり…。なんだか、懐かしいです。 久しぶりの王城。景色は変わらず、綺麗で荘厳なまま僕を持っていました。 女王様は世界中の誰からも感嘆されるほどに美しい方で、僕はいつもあがってしまう。僕の帰国を喜んでくれ、勿体無い言葉の数々、僕はずっと小さくなっていました。 「こんな国の現状でなければ、盛大なお祝いもしたかったものに。残念でなりませぬわ、ジャルディーノ」 「いえ、女王様。身に余ります。事件の話は聞いています。僕も勇者ニーズさんも、事件解決のために力を尽くします。その後で、また改めてご挨拶に伺いたく思っています」 「そうですか。ありがとう。勇者にもそうお伝えなさい」 「はい!ありがとうございます!」 女王様との謁見の済んだ後、緊張から逃れ、ほっと一安心した僕に、マイスさんは寄り道を誘いました。 「ジャルディーノ、実は姫様にも、君をつれて来いって頼まれているんだ」 「えっ!お姫様ですか!」 またまた緊張する僕です。 「姫様もね、会いたがっておいでだよ。それはもう…、手紙が届いたら、こと細かく内容を聞いてくるくらいにご執心みたいで」 「そ、そうなのですか。緊張しますね。あの、でも、いきなり訪ねて大丈夫でしょうか」 「平気だよ。君なら毎日でも歓迎されるんじゃないかな」 マイスさんに案内され、僕はナスカ王女のお部屋を伺います。 「姫様。マイス・ブライトです。約束通りジャルディーノを連れて参りました」 恭しく挨拶されたマイスさんの声を聞いて、姫様は扉から飛び出してきます。 「ジャルディーノ!?来てくれたのねっ!」 久しぶりに見るお姫様は、以前より髪が伸び、女王様に似てますます綺麗になっていました。美しいドレスを着て、怒って僕を頭ごなしに叱り付ける。 「もうっ!どうしてすぐに私の元へ会いに来てくれないのっ!手紙も少ないですし!薄情ですわっ!暫く会わないうちに、ジャルディーノは私の事なんてお気に召さなくなったのね!」 「え…。す、すみません」 いきなり怒られてしまって、僕は慌てて何も言えなくなってしまう。 「姫様。ジャルディーノが困ってしまいますよ。まだ昨日イシスに着いたばかりです。許して差し上げて下さいませ」 「そうね。じゃあ、ジャルディーノ、今日はゆっくりお茶に付き合って頂戴。たくさん話も聞かせて頂きたいですもの」 少し頬を膨らましながらも、背を向けて部屋の中に姫様は僕を促してくれた。 「えっ…!す、すいません。すぐに戻らないといけないです」 「どうして!この姫を差し置いて、まだ大事な用事があると言うのですか!」 ああっ!大変ですっ! 僕は本格的に怒らせてしまったお姫様を前に、必死に謝り始めました。これからすぐにでも帰って、事件の対策をみなさんと練らなければならないし、ドエールも待っているし、ゆっくりお茶なんてしていたら怒られてしまいます。 「あの、今度ゆっくり会いに来ますから!必ず必ず来ますからっ!本当に今日はすみませんお姫様!」 「・・・・・・・・・・・」 お姫様は唇を尖らせて暫く俯いていました。 「じゃあ、今、ちょっとだけこっちへいらして。ジャルディーノ」 「私はここで控えています」 姫様の部屋の前で待つと告げるマイスさん。僕は姫様の広い部屋の中へ腕を引かれていました。 「・・・・・・。少しお顔を見せて、ジャルディーノ」 「?はい」 言われるままに、僕はそのまま棒立ちしていました。 「少し背が伸びたのですね。十五歳になりましたか?」 「はい。そうですね、まだまだ背は小さいですけれど」 「私は、十四歳になりました。髪も、気分を変えて伸ばしてみているところなの」 髪を指でいじり、姫様は僕を上目使いにちらりと見つめてきます。 「似合いますね。きっと女王様みたいに、すごい綺麗になりますよ」 「・・・・。そっ、そう思いますっ?」 嬉しそうに、姫様は頬を赤らめて微笑む。 「ジャルディーノ、私は…。そなたが帰ってきて本当に嬉しいのよ。またすぐに旅立ってしまうのでしょうけれど…。必ず、必ずまたお顔を見せるのよ。待ってますからね」 「はい!」 姫様に丁重に挨拶をして、僕はマイスさんの元へ戻って行きました。 「姫様は、本当にジャルがお気に入りだね」 「そうなん、でしょうか?また怒らせてしまったのですけれど……」 神殿に戻ろうと、城の廊下を渡りながら、クスクス笑うマイスさんに、僕は困って返事を返す。 「早く事件を解決して、お姫様とお茶しなくてはならないです。ふぅ。頑張らないとっ」 「そうだね。楽しみにして待ってるよ、きっと」 城の廊下、僕の進む先に見覚えのある後姿が見え、僕は立ち止まりました。 マイスさんも相手に気がつくと、言葉もなく横に立ち止まる。 僕は、全身が緊張に強張るのを感じました。 わなわなと震える手は、そこから駆け出してその人に差し出したいのか、ここから一目散に逃げ去りたい恐れなのか、僕にはわからない。 何故か唾を飲み込む。廊下の先に立つその人は、僕ら二人に気付いて、視線をこちらに静かに向けて・・・・。暫く無言のままに、僕達三人は立ち尽くしていました。 「・・・・・お父、さん・・・・」 沈黙を破ったのは僕自身の呟き。 僕と同じ、赤毛の司祭です。 僕に言葉はなく、お父さんはマイスさんに声をかけました。 「ジャルディーノを呼んでいたのか、マイス」 「はい。もう済んで、これから神殿に送ろうと思っていたところです」 僕は黙ってお父さんと、従兄弟のお兄さんのやりとりを見つめている。 神殿の中での地位はお父さんの方が高く、マイスさんは更にお父さんとお母さんにお世話になっていたことから、いつもお父さんには低い姿勢で話します。 お城の中ではマイスさんは文官だったりで、女王様への発言権や、マイスさんの方が偉い人なのですが。 「そうか。私も戻るところだ。共に帰ろう」 「・・・・・・・。は、はい……!」 嬉しくて、僕は姿勢を正し返事をしました。すごく嬉しいです。お父さんと一緒に歩ける。 「クレスディさんは、ジャルディーノとまだ会っていなかったでしょう。僕は遠慮しますよ。久しぶりに会った親子です。積もる話もあるのではありませんか?本当は、勇者達にも挨拶したかったのですが、出直すことにします」 「え……」 「失礼致します。またね、ジャルディーノ」 お父さんに深く頭を下げ、マイスさんは有無を言わさず先に行ってしまいました。 僕は居てくれても良かったのに、と思いながら。 遠慮がちに僕はお父さんを見上げ・・・。 目が合うと、僕は唇を噛んで目を逸らしていました。 本当は、僕は一番に、お父さんに会いに行きたかった。 イシスに向いながら、逸る心を抑えるのに必死でした。お父さんに、イシスにすぐに入ったら、そのまま「ただいま」って走りついて行けたなら・・・。 でもできなかった。まだ「ただいま」と言えない僕だったからです。 まだ僕の旅は終わっていない・・・。まだそれができる僕じゃなかったのです。 言いたいことは、一つだけです。ずっと、ずっと、その言葉の繰り返し。 ごめんなさい。お父さん・・・。 「ジャルディーノ、行こうか」 優しいお父さんの声。 「すぐに会いに行けなくて悪かった・・・。もう知っているだろうが、事件の始末や指示に追われていてな」 震える僕は、優しいお父さんにうまく返事を返すこともできず、小さくなってお父さんの後ろを追いかけていくばかり。 お父さんが優しければますます、僕には切なさが襲ってくる。 ・・・・わがままは言いたくないのに。 もう、寂しい思いをさせちゃいけないのに。僕のためにこれ以上・・・! お父さんの後に静かについて行きながら、僕の胸には赤い石のお守りが揺れています。お母さんの形見。お母さんが僕のために残してくれたペンダント。 ・・・・お母さん。・・・もういません。 僕は、寂しがってはいけない。 それ以上に寂しく辛いお父さんや兄さんがいるのだから。 僕にはお母さんの思い出は何もないけれど、お父さんや兄さんにはたくさんあるのです。兄さんも、僕を生むことを最初は反対したと言います。 お母さんは、お父さんや兄さんにとって、かけがえのない大事な人でした。 ・・・それを、奪ってしまったのは僕。 この国、お母さんを愛した多くの人々を、ずっと悲しませて生きているのがこの僕なのでした。 それでも、それでも、お父さんは、僕に優しくしてくれる。 愛したお母さんを失くした原因、僕を見ては、悲しみが襲ってくるかも知れないのに。憎しみが募っても僕は仕方ないと思うのに。 お父さん。兄さん。この国の人々。 どうして僕は愛されているんだろう・・・。 だから、僕はそれ以上に愛さなくてはならない。 お母さんのために。お父さんのために。兄さんのために。このイシスのために。 想いの限りに愛したい。命の限りに全てを愛したい。 僕のために生まれた悲しみを消して、それを超える幸せを与えたいから。 けれど、僕は「勝手」です。 お母さんを失い、寂しくなったお父さんを、また僕のせいで寂しくさせたりしたくなかったのに。けれど、僕は「夢」を見てしまいました。 アリアハンの魔物来襲を報せる夢を。 |
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それまでも、不思議な夢を見ることはありました。 でも、その「夢」はかつてないほどに強烈に、僕の心に衝撃を与えたのです。 アリアハンに行かなくては……! 「夢」は何度も僕を襲い、夢の中で現れる「勇者」の悲しみに僕は、何度も泣き崩れ、襲われる人々の姿に何度も悲鳴をあげたものでした。 漠然と見た勇者の悲しみは・・・。今にして思えば、「二人分」の悲しみだったと気がつきます。 僕は正直、イシスを離れる気はありませんでした。 お父さん、そして兄さんのために。 けれど、アリアハンは僕を呼んでいたのです。 痛烈な叫びを、僕はどうしても無視することができなかった。・・・それは、僕には、力があったのだから。 お母さんから受け継いでしまった「力」は、もう僕一人のものではなく。僕の意思に関わらず、もう僕には「使命」ができていました。アリアハンを、助けることのできる「力」が僕にはあった。僕にはできる。だからもう、逃げることはできない。 そして、悩んだけれど、毎晩泣きはらすほど、結論はすぐには出なかったけれど。 それはアリアハン一つの、問題では無くなっていたのです。 調べれば、勇者は、勇者オルテガの意思を継ぎ、バラモス討伐に旅立つのだとわかりました。そうです。勇者を僕は、無視できなくなっていました。 勇者を、助ける力も、僕はきっと持っているんです。 勇者を助けること。アリアハンを助けること。 それはそのまま、世界を救う大きな旅につながっていく……! 子供過ぎた僕には、重過ぎる決意でした。 不安、魔物への恐れ、家族を離れること。葛藤に一人延々と悩んでいました。 けれど、「夢」は繰り返します。 僕はきっと、イシスだけじゃなく、もっと多くのものを愛さなくてはならないのだと、太陽神は告げているのだと思いました。 世界を救う「力」さえ、僕が手にしているのなら、僕は逃げることはできない。 決意の決まった僕は、誰よりもまずお父さんに話をしました。 お父さんは黙って僕の話を聞いてくれ、静かに、泣いて、僕を抱きしめてくれました。 「お前は・・・。お前の事だ…。それをずっと悩んで、考えていたのだな…。その上での、決意なのだろう。もう、私が止めようとも、もう行くつもりなのだろう」 僕は泣きじゃくり、すすり上げながらひたすら謝っていました。 お父さんが、泣くのも痛いほどわかるのです。 僕には、お母さんが残した予言があります。 僕はいつか太陽神ラーを降臨させるという。 勇者を助ける旅など、その中でこそ、そんな事態は起こるのかも知れない。もう、それは今生の別れを意味するのかさえ解らなかったのに。 「ごめん、なさいっ。お父さん、ごめんなさい…!」 「こんなに早いとは思っていなかったよ。ジャルディーノ…。まだお前はこんなに子供なのに・・・・・・」 お父さんの傍にいたいのに。悲しませたくないのに。いつも傍で笑っていたかったのに。何も心配させたくなかったのに。 お母さんの分も傍にいて、お父さんのこと、すごくすごく好きでいたかったのに。 「…いいよ。お前はセズラートの子だよ。大丈夫。心配はしない。お前は強くて優しい子だ。セズラートが、太陽神がお前を守ってくれる。やり遂げてみなさい。きっとできる。お前なら」 泣き叫ぶ僕は、いつまでも、ずっとお父さんにしがみ付いて離れなかった。 「お父さん!お父さん…!」 「ジャルディーノ、これだけは約束してくれるね」 お父さんは膝を折り、僕に視線を合わせると、一つだけ僕に言いました。 「お前が何処にいようとも、何をしていようとも、お前は大事な私の子供だ。どんなに遅くなってもいい。志半ばでもどんなに惨めでも悲惨な状態でも構わない。必ず帰ってきなさい。約束してくれるね」 「…はいっ!はいっ!約束します…!お父さん!必ず帰りますっ」 今でも、思い出すと涙が溢れてきます。 僕を信じて旅立たせてくれた、お父さんの微笑みを。 兄さんは激しく反対しました。お父さんと言い争うほどに。 マイスさんはお父さんが許したのだからと、そのまま何も言わず。 ドエールはずっと辛そうに僕を見ていました。 けれど皆、お父さんが許してくれたおかげか、僕を送り出してくれることになったのです。 お父さんは他にも、まだ子供で色々心配な僕のために、アリアハンで信頼のおける人に僕の世話を頼んでくれたり、女王様に話し、そこからアリアハン王のもとに僕の紹介が行き、勇者の同行人、仲間の一人にしてもらえたりと、本当に僕のために動いてくれました。 本当に大好きです。お父さん。そして、我がままをごめんなさい。 「ジャルディーノ」 唐突に僕は呼ばれ、慌てて僕は返事をしました。 「は、はいっ。お父さん」 「元気そうで何よりだ。苦労はしていないか。きちんと食事はしているか」 変わらない、何気ない笑顔に見下ろされ、僕は思わず泣きそうになっていました。 「はい…。元気です。ご飯もちゃんと食べてます。腹が減っては戦はできないとか言って…。皆さんご飯と睡眠は取るようにしてるんです。あ、とてもいい方達で。旅もとても楽しいです」 「そうか」 嬉しそうに微笑むお父さん。…それだけで泣きそうです、僕は。 「今神殿にいるのだろう。少し挨拶していこう。お前が世話になっているのだからな」 「は、はい。ありがとうございます。皆さん喜びます!」 ぽんっ、と、僕の頭の上に乗ったお父さんの手。 嬉しいです。それだけで、お父さんの想いが伝わってきたような気になるのです。 僕は「ただいま」を言わない。お父さんも「おかえり」と言わない。 さすがお父さんは、僕の気持ちも、わかっているのかも知れない。 僕は、本当に幸せです。お父さんとお母さんの子供で。 |
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ニーズさん達にお父さんは挨拶し、皆さんもお父さんに挨拶してくれました。 ニーズさんが、お父さんに深々と頭を下げ、 「こちらこそ、すみません。いつもジャルディーノに助けてもらっています」 と話したのにはびっくりしました。いつも怒られてばっかりなのに。 まだ待っていてくれたドエールと共に、皆さんと談笑を交わし、夕方お父さんは仕事に戻って行きました。今夜も町の見回りを指揮するのだそうです。 「はぁー…。お父さん、いい人だなぁ・・・・」 ナルセスさんはお父さんを気に入ってくれた様子で、僕はとても嬉しかった。 「ジャルと父親は繋がるけど、あの兄貴は似ても似つかないよな。何処をどうしたらああなるんだろう」 「アイザックさん、あの…」 僕が困る前に、先に友人のドエールが困っていたりします。 「ジャルディーノ、あのね…。待っている間に、ごめん。君の事少し話したんだ」 横に座っていたドエールが、すまなそうに小さく俯き謝る。 「え・・・・・・」 「そうですよ!!ジャルディーノさん!!!」 戸惑った僕の手は、向かい側に身を乗り出したナルセスさんにがっちり掴まれ、まばたきできない早さで懇願が通りゆく。 「もう金輪際、古今東西、何があろうとも、絶対無比!何がなんでも神様ご降臨とかやんないで下さいねっ!!」 「・・・・・・・。は、はい・・・」 迫力に、思わず素直に返事する僕です。 「俺からも言っておくから。もう二度とおかしな真似するなよ、ジャルディーノ。カザーブで宣言したこと無効にしてくれ」 腕組みしつつ、反論を許さない態度でニーズさんが言った。 「え!それは困ります!僕はニーズさんを守ります!」 「お前は俺に反論するな。以上」 「あ、はい・・・。わかりました・・・」 すごく怒っていたのが見てわかったので、僕は言い返すのをやめました。言うこと聞かないともう連れて行ってくれなさそうですし。 「・・・・それでね、ジャルディーノ。皆さん、アンデット事件の方を、調べてくれるって話でね」 「うん。ドエールも神殿の方で手伝ってるの?それともお父さんの方のお城の魔法使いの方?」 ドエールは僕と同じ僧侶だけれど、お父さんはお城の魔法使い。きっとお父さんは魔法使い達の指揮をしてるんだろうと思った。 「僕は神殿の方だよ。クレスディさんや他の司祭様の指示の元に、交代で見回りとかしてる。でも、良かったら、君達の手伝いをしようかと思うんだ」 「え!ドエールさんもうちらと回ってくれるんですか?」 嬉しそうなナルセスさん。僕も嬉しいです。 「いいの!?そんなの僕は嬉しいよ。いいですかニーズさん」 「・・・・・・・・。断る理由無いだろ」 「そうだな。俺達イシスに詳しくないし、地元民が居た方が絶対いいよな。俺はよろしくして貰いたいよ」 「私もいいと思います。情報も少ないですし、ドエールさんは頼りになります」 「ありがとうございます」 礼儀正しく、ドエールは頭を下げる。僕も最近のイシスは知らないわけだから、ドエールが手伝ってくれるのはすごく頼りになる。 「良かったら皆さん僕の屋敷に来ませんか。今までの僕が貰った資料などもありますし。見回りをするうえでの地図などもありますから」 「おお!それはいいな。是非行こう!俺的には今日から見回り始めたいからな」 正義に燃えるアイザックさんは立ち上がり、今日大怪我したのに闘志凛々。さすがですね。 「丁度夕食くらいご馳走できますから」 「ご馳走!?」 ナルセスさんは嬉しそうに歓声を上げて、やったと万歳をしていました。 「まぁいいや。邪魔させてもらうよ」 ニーズさんも賛成してくれて、僕達はドエールの屋敷に直ぐにも向う。 |
+NALSES+ |
ジャルディーノさんの親友!(喜)のドエールさんの屋敷に案内された我らが一行は、ここでようやくイシスの風景に出会うことができた気がした。 何せ到着時は疲労困パイで景色がどーの、なんて余裕も無かったし。いやいやホント。アリアハンなんかの町並みとは違って、石造りな殺風景な町並みが続くが、それでも貴族、親父さんがお偉いさんだというドエールさんの家はすんげぇ豪勢だった。 ロマリア城で過ごした時の豪華絢爛には劣るけれど・・・。 王様でもないけど、金ってあるとこにはあるんだなぁ・・・、とか思ったりする。 いや・・・。ドエールさんの父親は城のお抱え魔法使いって話なんだけど。 いいなぁ・・・。こんな生活。俺はちょっと呆けてしまった。 一人、案内されながらも不服そうな奴を俺は発見した。 そう、贅沢嫌いの奴がうちのパーティにはいた。さすがに口にはしないが、「こんな無駄金使いやがって」と言いたげな顔で、屋敷内の高そうな彫像品など見ては眉根を寄せていたりする。 「おい…。失礼するなよー?ジャルディーノさんの親友でいい人なんだからさー。ドエールさんは別に金に物を言わしてるとか、贅沢三昧してるとか、そんな風じゃないじゃん。ケチつけるなよ…?」 ちょっとこそこそとアイザックに耳打ちしてみたり。 「・・・・・・・・。ちょっと不機嫌なだけだよ」 嘘のつけない奴だのう……。うちの戦士は全く。アイザックはどうも金持ちが嫌いである。 砂漠の行軍などしてきた俺、は久しぶりにいいもの食べて上機嫌になり、広い食卓での夕食。ちょこっと美酒をいただいちゃったり♪ イシスの珍しい果物に歓喜したら、おみやげに分けてもらっちゃったり♪ ああ。なんていい人なんだ。ドエールさん・・・。 さすがジャルディーノさんの親友だけはあるね。すごい品があって美しい!しさ。なんかジャルディーノさんとはまた違って憧れる感じがするよ。 なんかできたら俺も友達になりたいなー・・・、とか密かに思う。なれたら嬉しいな〜。 「それじゃあ、どうしようかな。今日から見回りするのだから…。夜食代わりに少し残り物包んで貰おうか?」 「ま、マジでいいんですかぁ!?マジでぇ!?ほわー」 「ちょっと待っててね。頼んでくるから」 召使いさんに頼みに、ドエールさんは席を外した。 「親切な方ですね」 横からシーヴァスちゃんの声。 「ほんとだよ。感動だなぁ…俺」 こんなにもてなしてもらって。これから協力もしてくれるんだし。優しいし美形だし貴族だし。 「なんか、すっごいもてそう。ドエールさん」 ジャルディーノさんに言うと、やっぱり肯定の言葉が返ってきた。 「はい。ドエールはかっこいいですから…。すっごい女の人に人気ありますよ。神殿でもお城のパーティでもいつも注目の的です」 「いいなぁ〜〜〜!」 「あんまり嬉しそうじゃないんですけど…。本人は…」 「えええええーっ!なんでーっ!」 「さあ…。ドエールに好きって言う女の子も、たくさんいるんですけど…」 勿体無いなー・・・、と思いつつ、また料理を口にする。 「あっ。・・・そうだ。これも包んでもらおうかなっ。ドエールさーん!」 追いかけて行く俺に、ニーズさんが釘を刺してきた。 「程ほどにしとけよ・・・」 でも気にも止めなかったけど。(笑) と、ドエールさんを追いかけて、食卓の部屋からこれまた綺麗な廊下に出た俺。 曲がり角の向こうでドエールさんの声がしたので、意気揚々と残り物の肉を持って小走りする。 でも、そこへ突然の怒鳴り声が聞こえて、思わず両手を挙げて俺は止まった。 「ドエール!ジャルディーノを招んでいるのか!」 俺はびびって壁に張り付く。 「・・・はい。僕が招びました。二年ぶりに会ったんです。許して下さい」 「何を考えている。何度話せば解るのだお前は。あのジャルディーノがいるおかげでお前は・・・」 「やめて下さい。ジャルディーノは、・・・友達です」 ドエールさんと、男の人の会話。 なんか、なんか、ジャルディーノさんのことで揉めてるみたいなんですけど…。 「お前がそう腑抜けているから、いつまでも二流のままなのが解らないか。あれは友達などではない。お前にとっては蹴落とすべき邪魔な存在だ」 ・・・・・え・・・・・・。 きっと、俺の浮かれ気分も一気に喪失していた。邪魔とか蹴落とすとか…。 「やめて下さい!」 「このまま帰ってこなければ良かったものを。イシスの名に恥じない、「ラーの化身としての最期」だけを飾ってな」 「・・・父さんっ!!」 なんか、すごい、すっごい事言わなかったか。今・・・。 こそこそと俺は壁に張り付き、盗み聞きしていたが、ドエールさんの父親の言葉に眩暈を覚える。 「最期」って…。ラーの化身としての「最期」って…。 つまり死んだ方が良かったって言うんじゃないよね!!なんてこと言うんだよ。シャレになんないよ。 「追い返せドエール。我が家はあれを歓迎したりなどはしない。このまま全て「神殿」に持って行かれてしまう事態だけは避けねばならん。事実、帰還を歓迎しない者も多いのだ。「神殿」にも、「貴族」にもな」 「・・・・。できません。皆さん楽しんでくれています」 そうそう。せっかく楽しく食事してたのに……。 そんな、でも、ジャルディーノさんのことそんな風に言う人がいるなんて…。なんかすっげーショックだよ。しかもドエールさんのお父さんなんてさ。 「そうか。ならば私が追い出そう」 「父さんっ!」 ぎゃああ!親父が来るよぉーー! やばいよ!またラスディール隊長みたいに、罵られて喧嘩にでもなったりするかも知んないよ!逃げよう!ここは逃げるしかない! 慌てて戻ろうとすると、凛と響いたのはドエールさんの声だった。 「わかりました。僕が出て行きます」 「何を言っている」 「僕はティシーエル家の人間ですが、ラーの僧侶です。そしてジャルディーノは友達です。「神殿」、「王宮の人間」、僕達には政治の話は関係ありません。暫く、僕はジャルディーノと一緒にいるつもりでした。暫く留守にします」 「ドエール!許さぬぞ!お前は次期当主だ!神殿に媚びる様な真似は許さん!」 わわわっ! ドエールさんがこっちへ来るのを感じて、俺は大急ぎで部屋に戻ってドアを閉めた。そして慌てて自分の席に座る。 「ナルセスさん、どうかしましたか?」 ジャルディーノさんに聞かれ、「シっ!!黙って黙って!シーっ!!」口に人差し指を当てて、仲間達に必死に緊急連絡を言い渡す。 ドエールさんが部屋に戻って来て。少し瞳を曇らせて俺たちに謝ってくる。 「ごめんね。ゆっくりしていって欲しかったのだけど…。急なお客様が来るということで、家を空けなければいけないんだ…」 「え…?作戦会議は?帰るのはいいけどさ」 俺を多少訝りながらも、アイザックは不安を示した。 「うん。資料や地図は持って、僕が行くよ。ジャルディーノは、自分の部屋ではなくて、あそこで皆さんと居るんだよね?」 「うん。そうだよ」 「…僕もいいでしょうか。ニーズさん。これから一緒に見回りなどもするとなれば、家との往復も面倒ですから」 ああ…。その言葉の中に潜む嘘がなんか痛いっす。ドエールさん。 「・・・・好きにどうぞ。あそこベット六個あるし」 「わぁ!なんか嬉しいね!良くお互い泊まりに行ったよね」 「そうだね」 喜ぶジャルディーノさんに、笑顔を返す親友は、あんな父親とのやりとりなど嘘の様に俺たちに好意的。 「すぐ支度して行くから、先に行って待ってて」 召使いさんに俺たちの送りを任せ、ドエールさんは消える。 「あの・・・。ジャルディーノさん」 「はい?」 「・・・・ドエールさんとは、付き合い長いんですか」 帰り道、昼間とは変わり、少し冷えるイシス城下を歩きながら聞いてしまう。 「長いですね。五、六歳の頃かな…。親しくなったのは」 「お父さんなんかとも、付き合いはどうなんでしょうかねぇ…」 ちょっと、ドキドキしながら探っている。 「え、エステールさんですか…?そうですね。すごく厳しい人で…。えっと、多分、実はあんまり好かれていないと思います…」 あああっ!やっぱりそうなんだぁああっ!! 「僕が余りにその、至らなかったりするせいで、ドエールの友達に相応しくないと思っているみたいなんです。少しは成長したかな…とは、思うのですけれど…」 成長とかそーゆー問題なんだろうか。いやだって、死んだ方がいいみたいな事まで言ってたんだぜ。きっと表向きの理由だよな、そんなの。 「クレスディさんとか、お父さん同士とかも、仲悪いんですかね?やっぱし…」 「そうですね…。エステールさんはお父さんのこと嫌いかも知れないです。あ、兄さんはエステールさんと仲悪いです」 あの人(兄さん)に仲いい人いるんすか?見たいですよ俺。 「はぁ…。そうですか…」 「ドエールが、どうかしたんですか?ナルセスさん」 「いえ、何でもないんですけど…。あれ、ドエールさんの家族って、お母さんはいないんですかね。兄弟とかは」 思い立って質問。他の家族はどんななのか気になったから。 ジャルディーノさんは立ち止まり、言葉に間隔が開く。すっかり俺たちは先を行くニーズさん達から離れてしまっていた。 「エステールさんと、ドエールだけです。お母さんは、ドエールが赤ん坊の頃に病気で亡くなったんです…」 まさか、ドエールさんも母親がいなかったとは……。 二人だけか…。厳しいなぁ…。あの父親と二人では。そう思った。 「ドエールさんと、お父さんってのも、あんまり仲良くないですよね…」 「・・・・・・。ナルセスさん。何か見たんですね」 「うえ、いや、まぁ…。なんてゆーか…」 「エステールさん、すごく厳しい方で…。小さい頃は、よくドエールも一人で泣いていました」 「うううっ。可愛そうなドエールさん」 容易に想像ができて、思わず目頭が熱くなってしまうよ。 「だから僕は、僕達は友達になったんだと思います」 「ジャルディーノさんは、ドエールさん好きですよね」 なんとなく、二人の関係の深さを感じて。俺は祈りたいような気持ちになっていた。 「大好きです!」 満面の笑顔。いい友達で、ずっといて欲しいな。親の揉め事とかも跳ね除けて。 きっとドエールさんも同じ返事を返すんだろう。そう思った。 この日の俺の憂い、これからの事件に、大きく関係していくことをその時俺はまだ知らない。 今夜から見回りは始まる。 慌ただしい、いや、そんなもんじゃない、波乱の幕はもう開かれてしまっていたんだろう。押し寄せていた闇の足音に、まだ誰も気がつかなかった。 |