「太陽の破片」

 僕の昏倒は続き、普通の生活ができるようになるまで約一ヶ月もの時間が過ぎてしまいました。
 アリアハンの魔物来襲の後も、僕は憔悴から一週間程度寝込んだけれど、さすがに今回は一週間では動けるようにならなかったのです。
 その間に、イシスの状況はめざましく明るくなって行きました。

 あの後、女王様のもとに、国を挙げての慰霊式典を執り行い、哀しくも失われてしまった命を皆で悼み泣いた。
 失った命は数百名にも及びましたが、家族を失った人々、それぞれに女王様は声をかけて回ったそうです。従者にマイス・ブライトと、ドエール・ティシーエルを連れて。

 二人は女王陛下に罪を証し、マイスさんは役職の剥奪を、ドエールは家名の没落を望みました。女王様より下された通告は、式典の執務と、被害者の家族の保護、今後の慰霊活動に遵守すること。

 公に公開された事件の概要は、魔物による墓の亡霊の暴走、・・・ということになったらしいです。きっと、お父さんが二人を庇ってくれたのでしょう。
 心配したお父さんだったのですが、後で知ったのですが、ワグナスさんがお父さんを助けてくれたと聞き、僕は何度も何度もワグナスさんにお礼を言いました。


 最初に目が覚めた時、傍にはドエールがいました。
 式典の仕事の無い時間には、必ず僕の傍にいてくれたのだと、その顔が物語っていた。
「ドエール…。おはよう」
 多分起きた時間は朝ではなかったのだけれど、僕はドエールの心配を打ち消すようににっこり微笑んだ。
「…おはよう」
 僕は、その返事にふっと「違い」があるのに気がついた。

・・・・・。ドエール…、ちょっと、変わった?」
 暫く、見知ったはずの友達の顔を見つめた。確かに二年間、離れてはいたんだけど……。こんなに、大人びていたかな?とちょっと不思議に思った。
 年上のドエール、お互い、言葉が見つからずにただ黙って、二人で静かな沈黙の時間を暫し持て余す。

 唐突に、僕は思い立って、ゆっくりとベットから体を起こしてドエールを傍に呼んだ。
「ね、ドエール。これ、暫くドエールが持っていて」
「え・・・・
「僕はいいから。ね?預かっていて欲しいんだ」
 手渡すものはお母さんの形見の首飾り。ドエールは僕の真意がわからず、何回かまばたきをして動揺を見せた。
 ドエールは暫く手にしたまま微動だにしないでいたが、明るい笑顔を見せて紐を首に通した。
「うん。じゃあ、少しだけ預かっておくね」
 僕なりの、謝罪と、激励の印。

++

 僕が目覚めたことを聞いたのか、お父さんと兄さんはすぐに駆けつけて来た。
 すぐに二人に抱きしめられ、僕達はお互いに無事を喜びあった。

「お父さん、マイスさんとドエールのこと、ありがとうございます」
「…いいや、二人を救ったのはお前だろう。女王様も知っていたのだよ。マイスが苦しんでいたことを……。この国の歴史や墓の歴史にも、原因はあったのだと、女王様は仰られてな。お前や勇者達に礼を言いたいと話していたよ。落ち着いたら皆で城に行きなさい」
 僕は頷いて、お父さんの横の、兄の顔を仰ぎ見た。
 お父さんは兄さんに話しただろうか。僕はマイスさんと兄さんとも、やっぱり仲良くして欲しい。兄さんは僕の視線に気付き、バツの悪そうな顔をした。

「ラスディールにも話しているよ。安心しなさい。私達は家族だよ。マイスは一日だけ休んでいたが、ラスディールも見舞いに行った」
「そうですか…。兄さん。マイスさんと、仲良くして下さいね……」

・・・・・。もっと萎縮でもしていれば、まだ余地はあったはずなんだがな…。恐れたツラの皮の持ち主だ。いけ飄々と仕事している」
 まだすんなりとはいかないように、兄さんは吐き捨てるようにそっぽを向く。

「仕事に厳格な人ですよ。そう言う、弱みを見せる事が…、嫌いなところも僕はすごく好きです」
「雑用も進んでこなしている。罪滅ぼしに、マイスはこれからイシスのために力を尽くすだろう。後のことは心配ない」
 お父さんはまた僕を横にさせ、布団を静かにかぶせてくれた。
・・・・。まぁ…、出方を見ていくだけだ」
 兄さんはどこか不服そうに返事を残していった。
 もちろん、数年に及ぶわだかまりが、そう簡単に無くなるものではないけれど。


 翌日、マイスさんは多分仕事の合間に僕を見舞いにやって来た。
「マイスさん、忙しいのに、すみません」
「本当に忙しいよ」
 口調にトゲを隠さずに、少し蔑んだ目で彼は僕の横に乱暴に腰をかけた。
「自ら働いてることだけどね」
「もう、その後お体は平気ですか?痛んだりしませんか」
「しないよ」
 背中の彼の痣は消えたけれど、気づかった僕にマイスさんは短直に答えた。

「お前が寝ている間に、僕は毎晩墓参りに行ったよ。これからも、気が済むまで続けるかも知れない。僕は、どうしてもお前は憎らしいし、お前に負けたくはない。けれど、もうお前に暴力は使わない」
 きびきびと、気持ちの良くなる堂々とした態度でマイスさんは僕に宣言する。

「お前に暴力をぶつけても空しいだけだ。僕は自分のやり方でお前の追従を許さない。お前が僕に敵わない事柄なんて吐いて捨てる程ある。そっちでお前を負かすことにするさ」
「そうして下さい。僕は、人の上に立つような人間じゃないです。きっとずっと、マイスさんには敵わないと思いますよ」
・・・・・・・・
 言葉にはしないがマイスさんは複雑な顔をして、腕組みをしてため息をついた。

「…お前が女だったらな。きっとここまで敵対心も生まれなかっただろうに……」
「え…。女の子ですか?」
「馬鹿なかわいい妹で済んだだろうに。母にでも似てれば、素直に僕は愛したのかも知れない。…憶測だけどな」
・・・・・。すみません……」
「謝ってどうするよ」
「す、すみません……」

「でも、僕は…。ライバルにも、なりませんよ。だから、あの、どう言っていいのかわかりませんが…。安心してください」
 女の子にはなれないので僕が困って返事をすると、マイスさんはすっかり呆れ顔に変わっていた。
「だから…。こっちがどうしても敵対心感じてしまうんだよ。あーあ。本当にわからない奴だな」
「すみません……」
 僕はしょんぼりしてしまった。

「お母さんのこともそうだし…、本当に申し訳なく思っています…。でも、マイスさんなら、もっとあなたの事だけ見てくれる人、もっと愛してくれる人が必ずいると思います」
「何を根拠に言う訳?」
「それは……」
「いいよ。わかってるよ。もう、セズラートは求めない。僕も、掴めるものが欲しいんだ」

 彼が過去から抜け出そうとしているのを感じて、僕は感動に震えた。
「永遠に彼女の事は忘れないさ。綺麗な、変わりようも無い記憶の世界だけの彼女。それ以上の女がいるとは思わないが…、駄目で馬鹿な女でも、この手に掴める女が欲しい」

「マイスさんは、人気ありますよ。かっこいいですから。素敵な人が見つかると思います」
「まぁね…。間に合わせるだけなら不自由しないけどね…」
 言って、マイスさんは僕の顔をまじまじと見て、何か思いついた様子で意地悪そうな笑いを見せる。
「お前にはいないんだったよな。姫にも関心はないようだし…。お前よりも早く結婚でもして見せるかな。そうだ、ラスディールにも負けたくはないな。そうしよう」

・・・・・。みんな、幸せになって欲しいです」
「そうだね。幸せになれるように祈っててよ」
「はい。そうします」

 僕は思っていました。今度またイシスに帰ってくる頃には、もっと幸せなマイスさんに会えるかも知れないと。お母さんもきっと喜びます。
 僕もとても嬉しいです。

++

 女王様との謁見は後日、全員で叶う事になりました。
 その後で、僕は一人女王様の御前に残されます。

「ジャルディーノ、この度の働き、真に感謝しているぞ」
「いいえ。僕にも、原因のあった事件です。僕は、女王様や、僕の家族、仲間達に大変な迷惑をかけてしまったと反省しています。被害者や家族の方にも、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
 僕はかしこまったまま、深く深く謝罪していました。

「女王様、一つ、お願いがございます」
「申してみよ」
「ナスカお姫様のことですが、僕には、恐れ多いお話でございます」
 ピラミッドでマイスさんに聞かされた、お姫様と僕との婚礼話。僕には全く届いていない話でしたが、知っている人は多かったようなのです。
 女王様もそれを望んでいるのだと……。

「ジャルディーノはナスカを気に入らぬか」
「そういうことではないのですが……」
 女王様は否定しませんでした。やっぱり本当の話なのですね……。

「僕には…、そんな力量はありません。自分のことで精一杯ですし。姫様が本当に僕の事なんて…、その、本当に気にかけて下さっているのか、とてもではないですが、信じられないです。姫様にはもっと聡明で、力量のある、相応しい方が他にいると思います」

 女王様は僕の申し立てに大層残念そうに、扇を口元に当て、暫く言葉を返さずに王座に腰掛けていました。
「そなたはまだ幼い。自信が無いのも仕方なかろうが、今すぐの話ではないのじゃ。そなたが旅から戻れば、また更に成長していよう。わらわも楽しみにしておる。ナスカも待っているのじゃ。…ジャルディーノ、勘違いしてはならぬ。勿論そなたの力も認めているが、わらわがそなたを良いと思っているのは、当のナスカ自身がそなたを好いておるからじゃ。母として、娘の想いは叶えてやりたいと思っておる。他に良い相手でもおるのか?」

「いいえ、いませんが……」
 ますます僕は恐縮していった。
 僕はまだ、「恋愛」ってものが良くわからない…。姫様は好きだけれど、恋ではないと確信できる。
「あれはきっと美しくなる。まあよい。まだ先の話じゃ。いずれそなたの方から申してくることになるかも知れぬ。その頃娘に愛想をつかされていても後悔せぬようにな」
「……はい……」


 帰り際、僕はお姫様に挨拶していった。
 お姫様は僕と「事件が終ったらお茶する」と言った約束を楽しみにしていたのに、すっかり遅いお茶会となる。そして更に会話は重いもの。

「随分眠っていましたのね。待ちくたびれてしまいましたわ」
「…すみません」
 僕は沈みがちに、もてなされるままにテーブルの向かいに座っていた。
「私、お忍びで神殿まで行こうかと思っていましたのよ。マイスに止められたのですけれど」
「姫様…、僕に、会いたいと思ってくれていたのですか…?」

 姫様は向かいに腰をかけて、質問にきょとんと意外そうにまばたきをした。
「…ま、まぁ、けしてあなたが特別なわけではありませんのよ。私は王女として、国のために戦った者に労いの言葉をかけるためにです。誤解しないで下さいませね」

僕はやっぱり、言葉に詰まり、お茶を一口含んでなんとか潤そうとする。
「姫様…。その……。」
「…なんですの。今日のジャルディーノは、歯切れが悪いですのね。まだ体調が良くないのですか」
「姫様は…、好きな方がいるのですよね……」
 ナスカ姫様は明らかに目を見開いて、思わず口ごもってしまいました。

「なん……!なんですか!や、やぶから棒にっ!失礼ですよ!」
「ごめんなさいです。でも…、あの、本当に、その…、すごく、好き、なんでしょうか…、その人のことを……」
 失礼は承知のうちで、僕はびくびくしながら訊ねていた。姫様は僕の様子に戸惑い、少し頬を膨らませて唇をフンと突き上げた。

「…好きですわよ。…いつも、肩透かしを食らっていますけれど」
 僕はどうしようもない罪悪感に襲われていた。
「ごめんなさい…。お姫様」
「どうして、謝りますの」
 二人の間の緊張が苦しくて、僕は泣きそうになっていました。
 
 僕には多分、その気持ちに応えることはできないでしょう。そう思うとお姫様と顔を合わせている事が辛くてたまりませんでした。
「あの…。その想いが、もし、届かなかったのなら…。お姫様はどうしますか……?」
・・・・・・
 お姫様は静かにお茶に手を伸ばしました。
「まだわかりませんわ。私はまだ子供ですもの。けれど……」
 カップを戻し、姫様はにっこりと僕に微笑んだのです。
「想いは、届くかも、知れませんわ……」

 お姫様は、何処か淋しそうに呟いた。
 また会いに来る約束を残して、僕は城を後にした。

++

 僕の目覚めを待っていたのは、もう一人。
 アリアハンで知り合った、エルフ盗賊も僕との再会を待っていた。

 銀の髪を一つに結び、背の高いエルフのシャトレーさんは、他に誰もいないのを見計らってこっそり窓から訊ねてくる。
「久しぶりだね。赤い少年」
「シャトレーさん。こんにちは」

 デボネアさんとシャトレーさんの二人に、ナルセスさんとシーヴァスさんがピラミッドで助けられたのは聞いていました。どうしてイシスにいたのかはわかりませんが、助けてもらえて本当に感謝しています。
「助けていただいてありがとうございました。ずっと寝ていてすみません」
「いいえいいえ。なりゆきで助けることになっただけだから。気にしないで欲しいな」

 シャトレーさんは窓縁に腰をかけ、足を組んで僕の事を意味ありげに眺めて笑った。
「こんな態度は無礼だろうけど、生憎俺は「神」ってものに敬意を払ってないんでね。許してもらうよ」
・・・・・。僕は、神じゃありませんよ……」

 シャトレーさんはにんまりとして、独り言のように話し始めた。
「お前さんに興味を持って来てみれば。おかげでお前さんの正体も解ったし、墓の宝は手に入ったし。大いに収穫があったよ」
「…だから、僕は……」
「俺は神は信じないが、お前は別だな。何より面白い」
 シャトレーさんは、僕の話を聞かず、どんどん一人で話を進めてしまいます。

「しかしアレだな。太陽神に精霊神ルビス、そして主神ミトラと……。見事に神の力が集まって来てる。もともと大地神は動いていたって言うし、あと出てくるのは夢の世界か?面白いな……」
 面白いというシャトレーさんの表情には、何処か戦いを楽しむ様な色が感じられました。もっと、面白いことになればいいと……。

「けれど少年。いくら神の力が終結しようが、魔王を完全に消し去るためには「光の玉」が必要だぜ。あの偽の勇者じゃ扱えない。どうする?」


 「光の玉」     それはこの世の邪悪を封じ込める、伝説の宝玉。その所在も、姿形も詳しくは伝えられてはいない。僕は名前だけしか知らないし。

「ニーズさんは、偽の勇者なんかじゃありません」
「こればかりは、変えようの無い事実だよ。どんなにあの勇者が頑張ってもね。玉は「あれ」じゃあ、反応しないだろうね。本当の勇者がいない今、光の玉は使える者がいないってことさ」

・・・・・・・
 僕は、黙って、唇を噛み締めた。
 それでも、僕はニーズさんを信じるしかない。
「大丈夫です。他にも、方法はあるかも知れません。それこそ、力を合わせれば」
「食い下がるねぇ・・・。じゃあ、そのみんなの頑張りを、楽しみにさせて貰おうかな」
「頑張ります」
 不意に、シャトレーさんはまた僕に鍵をくれました。アリアハンでも、盗賊の鍵を貰ったのですけれど。

「あの墓で見つけたんだ。ささやかな応援として、あげるよ」
 綺麗な、「魔法の鍵」を手に、僕はほっとして表情が緩む。
「ありがとうございます。なんだかんだ言っても、助けてくれるんですね。嬉しいです」
「砂漠の南に、今は使われていない祠があるらしくて、どうやらその鍵で開くようだよ。そこから旅の扉で西のポルトガに行けるらしい。たいした国じゃないけど、試しに覗いてみたら?」

「ありがとうございます。皆さんと相談して、でもきっと行くと思います」
 お礼を言って、僕はさすがに質問していました。
「でも、シャトレーさん、すごく物知りなんですか?ノアニールのエルフ族とは違う場所のエルフさんだと言っていましたけれど、どちらのエルフさんなのですか?」

「そりゃ嫌でも物は知るよ。お前さんの十倍以上は生きているんでね」
「えええ〜!?すごいですね!」
 僕はびっくりして、エルフは長生きとは聞いていたのですが、そこまで長生きとは思っていなかったので飛び上がってしまいました。

「あの賢者も、昔に見たことあるね。賢者ワグナス」
「え、ワグナスさんを……、ですか?」
「あの賢者もあの死神も、年齢なんて関係ない存在だろうからねぇ」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ま、俺のことは、頑張ればそのうち、また教えてあげるよ」
 シャトレーさんは軽く窓の外に飛び降り、笑顔で手を振る。

「幸運を祈るよ。赤い少年」
 あっさりと、風のようにシャトレーさんは消えて行った。
 また何処かで、フラッと助けに来てくれるのかも知れません。

「光の玉・・・
 僕は思わず口にしていました。
 だからもう一人のニーズさんは殺されたのでしょうか・・・

 でも、僕には信じたい気持ちもあったのです。
 偽者と言われてしまうニーズさんでも、手にして見るまではわからないと・・・

++

 僕の眠っている間、ニーズさん達は訓練をしたり、アリアハンへ家族に会いに行ったり、それぞれ自由に時間を潰していたのだと言います。
 イシスでの事件の疲れを癒すには、必要な時間だったかもわかりません。

 ピラミッドで危ない目に会ってからは、ナルセスさんも訓練に力を入れるようになり、新しく同行することになったサリサさんも一緒に訓練していたようでした。
 僕は皆さんに心から感謝し、お礼と、迷惑をかけたお詫びをしました。

 これから、シャトレーさんにせっかく鍵を頂いたので、旅の扉を使ってポルトガに向かいます。余りに多くのことがあったイシス・・・
 もっと、人の心の中の、本当の悲しみに気付けるようになりたい、痛切に思います。隠された心の痛みに、もっと気付くことができたなら、こんな事件は起こらなかったはず。

 また、僕の旅の始まりです。
 行ってきます。お母さん。
 お父さん。兄さん。マイスさん。ドエール。
 僕の大好きなみんなが、どうか、いつも、幸せでありますように。

 優しい風が、僕の前髪をかすめて行きました。
 それは、お母さんの手のように、優しく心地よかったのです。



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