「イシス日記」



ナルセス

 ジャルディーノさんが眠っている間、俺達はと言うと、せっかくの空き時間なので久しぶりにアリアハンに帰ったり、俺はアニーちゃんに会いにカザーブへ戻ったりなんかしていた。その後は、普通に鍛錬とかしていたり。
 ピラミッドの地下であやうく死にかけた事も反省して、俺もアイザック達と一緒に剣の稽古をするようになった。
 え?今まではしてなかったのかって?嫌だなぁ…。するわけないじゃん(笑)。


 慰霊式典の仕事の合間を見て、ドエールさんが来る度に駆けつけては声をかけた。
 迷惑なのかも知れないが、ほうっておくと暗くなってしまいそうな気がして、なんとか元気に、自分を責めないようにと、俺も何かできないものかと必死になって声をかけ続けた。

 そんな俺をニーズさんは呆れ(やっぱりまだ怒っている)、ワグナスさんはにこにこと褒めてくれた。
「ナルセスさんは優しい方ですね。ドエールさんも嬉しいと思いますよ。ドエールさんは淋しがり屋さんですから、もっと友だちが増えるといいと思いますね」
「俺は、友だちになれたらいいなって思ってますよ!」
 俺は力を込めて言う。どちらかと言うと、わかりたいと言うか、わかり合えたらいいなと言うか。

 自分にだって、独占欲も嫉妬もあるし、刺されたって言っても、到底ドエールさんを警戒する気にもなれない。父親のこととか含め、なんだか逆に心配になってしまう人だ。

「私も、友達になれたら嬉しく思います」
 シーヴァスちゃんも言っていた。それを言うとニーズさんがすっげぇ嫌そうに反対するのだが、あんまり強くは言えないようだ。

 アイザックとサリサちゃんは、責めはしないが、特に好意的でもなく、距離を置いてドエールさんに接している。お堅いアイザックはきっと許していなくて、サリサちゃんはまだ彼を怖がっているのだろう。


「親睦会などいいと思いますね。食事でも誘ってみましょう」
 ワグナスさんが提案する。過去にドエールさんちに招待はされたが、逆に今度はこっちが誘おうと言うのだ。
「いいですね!もっとこう、庶民的な感じで!」
 貴族のドエールさんちみたいに豪華絢爛にはもてなせないが、こっちにはこっちの良さがあるし。
「ラーメン屋さんの屋台ありましたよ。借りて、ナルセスさん作ってもいいんじゃないでしょうか」
「よっしゃあ!善は急げだっ!」

 そうして、IN屋台の、ドエールさんとの親睦会が開かれたのである。


 イシスに来ていた行商人に屋台を一晩借りて、屋台の親父に扮するのはもちろん俺。お手伝いに少しシーヴァスちゃん。エプロンといつものターバンならぬタオルを巻いて、のれんをくぐって来たお客さんに威勢良く挨拶をかました。
「へい!いっらっしゃい!!ドエールさん!」
「こ、こんばんは……」
 こーいった屋台に来た事も無いドエールさんは唖然呆然。
 連れて来たワグナスさんに促されて、ドエールさんはボロイ木造りの椅子に座る。

「ままま、まずは一杯」
「お酒はちょっと……」
「お兄さん付き合い悪いネェ〜。おごりだから遠慮しないで。ささ、はい。ぐいっとぐいっと!ぐぐいっと!」
 周りに押されて戸惑いながらも、ドエールさんはまずは一杯。俺の特製ラーメン、超大盛り特大ナルトラーメンにたじろぎ、遊び心で多めに入れた七味に吹き出し、水かと思った酒にまたむせ返った。
「げほっ!げほっ!ごほっ!」
「いけませんねぇ…ドエールさん。屋台初心者ですから、まだわからないんですよね」
・・・・・。けほっ。けほっ。…でも、あの、すごく辛いですよ……」
 泣きながら助けを求めるドエールさんは非常に親しみが持てた。

「では私はおつまみにおでんを。玉子とつみれともち巾着でお願いします」
 おでんが来ると、ワグナスさんはカラシをつけてもち巾着を口にする。するとその巾着がいきなり発火してワグナスさんは火を吹いた。

「あ…。それは「当たり」のメラ付きです」
「ワグナスさん、かっけぇー!」(笑)
 悪戯が成功して、シーヴァスちゃんと俺は大爆笑して腹を抱えた。
「…素敵な隠し味ですねぇ…。なかなかスリリングです」
 お手拭で口元を拭いて、全く気にせず笑顔なワグナスさんに隣で汗をかくドエールさん。もうすっかり、おでんにびくびくしていたりする(笑)。

「ドエールさんもおでんいかがですか?美味しいですよ」
「いえ、あの……」(汗)
 シーヴァスさんの勧めに、ドエールさんは不安そうに皿に盛られたおでんを見つめていた。その横で玉子を食べたワグナスさんが「当たり」のイオで、ばこん!と音を立てて口と耳から煙を吹き出す。

「ぶはっ!あっはははははは!」
「良く当たりますね。ワグナスさん」
「あははは。参りますねー」
・・・・・
「ドエールさん、隠れて笑わないで下さいよ」
「え…。すみません。でも……」
 ドエールさんは、悪いと思って、笑うのを我慢してひきつっていたんだ。

「ドエールさんのにも「当たり」があるかも知れませんよ。さあ、どうぞ。今度はドエールさんの番ですよ」
 自分にホイミしながらワグナスさんはおでんを勧める。
「まだ、他にも入っていますよ」
 シーヴァスちゃんの言葉に苦笑しながら、ドエールさんは大根を口にする。
・・・・良かった。何もないです」
 みんなの視線に安堵して微笑むドエールさん、俺は残念そうに続いてつまみ食いしていた。

「あんぎゃぁああああ〜〜〜〜!!」

「まぁ、それは「大当たり」のべギラマですね!」

「おぎょおおぉぉおおおお〜〜〜〜!!」

 強烈に炎を噴きつつ、たまらず俺は置き水していたバケツに頭を突っ込む。
・・・・良かった・・・。それ食べないで……」
「ドエールさんそれはないですよ〜〜!」

 でも終始、ドエールさんは楽しそうで、親睦会は大成功の元に終了した。お酒もあって、ドエールさんも思い切り笑いまくっていたしね。
 うちらでドエールさんを酔い潰して、最後まで全く酔わなかったシーヴァスちゃんと(激強)ほろ酔いワグナスさんとで送って行った。(俺は泥酔)
 翌日ドエールさんも俺も二日酔いだったけれど、すっごい楽しい夜だった。



シーヴァス

 数日続いた事件も解決して、私も落ち着いていたのです。仲間も皆さん無事で、イシスの国も明るい方向に向かっていて……。
 けれど、私にはひとつだけ悩み…、そう呼べるような心に重みがあったのでした。

 いつもお兄様かナルセスさんが追い払っていたのですが、毎日、日に何度もデボネアさんが会いに来てくれるための悩み。
 いえ、彼が嫌いだからと言う訳ではなく…。熱心に会いに来てくれれば来てくれる程、私には気になってしまう事柄があったのでした。

「こんにちわ。ご機嫌麗しゅう、シーヴァスさん。今日も魔法の勉強ですか。なんて熱心で美しい貴女なのでしょう」
 借りています神殿の部屋で、一人勉強をしていますと、窓からひょっこりデボネアさんが顔を出してくれました。綺麗な金髪を後ろで三つ編みにした、知らない部族のエルフの男性です。
 そう言えば、何処から来ている方なのか知りはしないのですが。

「デボネアさん…。私、毎日会いに来て下さるのはとても嬉しいのですが……」
「そんな!私も嬉しいですっ!今日は邪魔者…いえ、ゴホンゴホン、お兄様もいませんし、どうですかこれから二人でお茶でもいえいえ、良ければ二人のいい日旅立ちでも!」
 窓から華麗に部屋に入り、私の両手を握り締めデボネアさんは熱く語る。
「でも…。デボネアさんは、私でなくても良いのでしょう……?」

 私は沈んでしまう表情も隠さずに、ぽかんと固まっている彼を見上げていました。
「嫌ですね・・・。ハハハ、そんなことはありませんよ」
「でも、サリサにも同じ様なことを言っています」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いいえ、私はいいのです。ただ…、こうして今もデボネアさんと話をしているのに、私の頭にはどうしても別な人が浮かんでしまうのです……」
「ええ``……」
 デボネアさんは、明らかに顔を歪ませてひきつりました。

「まさか別に好きな男がいるって事ですか……」(ガビーン)
「好き…と言って良いのかわかりませんが……」

 まだ誰にも、話したことの無い、アッサラームで出会った「人」のこと。
 デボネアさんよりも、明らかに嘘のある対応で、人に対する配慮もなく、私の事なんてなんとも思わない「人」のこと。

「私…、「人」を、愛したいのだと思います……」
「ひとぉ!?」
 眉根を寄せて、デボネアさんは大声で驚いた。

「人ぉぉ!?よりにもよって、「人間」!?シーヴァスさんー…、そいつはイケナイなぁ。良くないヨ。人間なんかと一緒になったっていい事無いよ!?」
「…そうは、思いません…」
「えええ〜。そんなこと言ったって、人間なんて勝手極まりないし、すぐ死ぬし。シーヴァスさんは一緒にいる時間がまだ少ないから気がつかないのかも知れないけど…!お勧めしないよ〜。やばいですよ!ってゆーか、どぉこのドイツですか!まさか一緒にいる連中の誰か!!」

「いいえ。一度会っただけの人です」
「そんなの、また会えるとは限りませんよ???そんな何処の誰ともわからないしかも「人間の男」なんてやめて!、エルフの私と幸せいっぱい、末長く暮らしませんか!」
「…そうですね。会えるかどうか、確かにわかりません……」

 私が沈み込んでしまい、しおらしくなってしまうと、デボネアさんもショックを受けたのか静かになってしまいました。
・・・・・、わ、わかりました。き、今日のところは、帰り、ますね。で、でも、まだ、まだ!間に合いますよ。そんな人間の男にいいように騙されて、悲しむ貴女が見えるようです。どうか、どーぞ、是非!考え直して下さいね!!」
 最後の方は半分泣きそうになりながら、デボネアさんは悲しそうに去って行きました。

 人に聞くところによると、この日デボネアさんはやけ酒して倒れていたらしいです。
 ・・・・ごめんなさいです。

 どうして、こんなに、思い出すのでしょう。いい出会いだったとも思えない彼の事。
 もう、会えない人なのかも知れないのに……。
 
 理由もわからないまま。山彦を探す耳は今日も確かに存在していたのです。



ニーズ

 うんざりする事件もようやくひとまずかたがついて、暫くの間俺はだらだらと日々を過ごしていた。もちろんそれも許されるはずもなく、鍛錬に引っ張り出されたりしていたが。

 ジャルディーノが起きてから、全員で改めて女王への謁見となった。
 事件への功績や苦労を褒められ労われ、ささやかなパーティも催してくれているが、はっきり言って面倒臭かった。

 とりあえず飯だけ食って、適当に挨拶して、酔った振りしてなるべく面倒の無いようにしている。さすがにここではジャルは姫にはならなかった。(よかった)
 ロマリアの時には男だけだったのでそんなことは無かったんだが、今回は女二人が衣装を借りてパーティに楽しそうに参加している。
 俺もシーヴァスには引っ張られてしぶしぶ一回だけ踊らされた。女二人は仲間達以外にもたくさん誘われて踊りの輪に加わっている。

 パーティの間中、悩んでいたことがある。
 イシスの女王から褒美に貰ったアイテムを、誰に持たそうかということだった。
 「星降る腕輪」と言う、つけると不思議な力で素早さがなんと[二倍]になるというえらいアイテムだ。貰ったのは俺だが、…さすがに自分で付ける気にはならない。

 誰も貰った俺を見て、「欲しい」言ってくる奴もいないんだが…。売る事もできないし、さすがにもったいないしで。

 テーブルに頬杖ついて、ため息をついて仲間達を見つめる。
 その横に、誘われてサリサと踊らされていたアイザックが戻ってきて一息つく。
「はぁ〜。なんか色々、緊張するなー……」
「ご苦労様」
 どうでもいいように、言葉を返すと、いつものように文句を言ってくる。
「だいたいなぁ!お前が誰も相手にしないから!俺とかがフォローしてるんじゃないかよ。もう少し勇者として、こんな時くらい愛想振りまけよ」
「無理」
「…お前はー……」
 まだ説教されそうなので、俺は話題を振って「星降る腕輪」を見せる。

「お前これ、いらないか?」
「お前すればいいじゃないか」
「嫌だよ」
 理由は、とてもじゃないがコイツには言えないが。だってな、こんなもの付けたら俺の仕事量が増えてしまう。面倒臭いじゃないか。

「でしたら、シーヴァスさんに渡したらいかがですか?」
 図々しくも、パーティに何故か参加していた賢者ワグナスが後ろから声をかけてくる。

「魔法の援護もできますし、いざという時も安心でしょう?」
 本来なら、コイツの意見など無視なんだが、綺麗な装備品だし、女の方が喜ぶかも知れない。それに確かに今回ばかりは、肝が冷える思いをしたのも記憶に新しい。
 動きが早ければ、いざと言う時逃げられる可能性も高くなる。

「シーヴァスか…。そうだな……」
 呟くと、速攻ワグナスはシーヴァスを呼びつけていた。落ち着いた紫のドレスを着たシーヴァスは、エルフであったりで珍しいのか、いつも人に囲まれていたが、気付くと小さく走って戻ってくる。
「シーヴァス、コレ、お前が付けておけ」
「…いいのですか?こんなよい物を」
 腕輪を手にしてシーヴァスは戸惑っていたが、横でアイザックも賛成していた。
「いいと思うよ。綺麗だし」
「ニーズさんはですね、皆さんが離れ離れになっていた時、特に貴女のことを心配していたんですよ。ええ、それはもう…。やっぱり大事な妹さんですからね」

 余計な事言うんじゃねえ、思いながらも、否定はしないでおいた。また、危ない目に会うこともあるだろう、そんな時に素早ければ、回避できることもある。

「ありがとうございます。お兄様…。大事にします」
 いつも思うのだが、本当に嬉しそうに、微笑むんだ。無事で本当に良かったよ。
 シーヴァスは早速腕輪を装備して、大切な宝物のように眺めていた。



アイザック

 事件が片付き、ジャルが寝ている間に、イシスは活気を取り戻しつつあった。
 今まで難を逃れて国に来なかった行商人など、事件が終ったと聞いて仕事にやってきたり、避難していた国民が帰ってきたり。
 そんな中にシャルディナのいる芸団の姿も混じっていた。

 俺達の噂を聞いたのか、シャルディナはすぐにラーの神殿へと訪ねて来て、一月ちょっと経っての再会となった。隣のアッサラームにいたとは言え、すぐにまた会うとは思っていなかった、俺は素直に再会を喜ぶ。

 神殿の訓練場には他の仲間もいて、ナルセスもシャルディナに歓迎の言葉をかける。初対面なサリサが声をかけて来て、俺は大事な事を思い出した。
「その子がシャルディナさん…、なの?お守りの……」

「あ…。そうだ、シャルディナ、ちょっといいか…?シャルディナって、聞いてなかったんだけど、ランシールから来たのか?実はさ……」
 その言葉に、後で俺は激しく後悔することになる。

 シャルディナの表情は、何故か突然に凍り付いてしまった。体もびくりと引き、青ざめた顔でサリサを見て俯いた。
 サリサはランシールの僧侶、首にかかる十字架はランシール神殿の崇める主神ミトラの紋章入り、すぐにきっとそれが解ったんだろう。
「ううん。違うよ……」
 シャルディナは否定したが、もうすでに腰が逃げている。なんだかものすごく、聞いてはいけないことを聞いてしまった後悔にかられてゆく。

「でも、聖女様が、ラディナード様が、あなたを知っていたって」
 俺はもう、何も言えなくなっていたのに、明らかに動揺しているシャルディナにサリサは更に問い詰める言葉を並べた。
「隼の剣、知ってますよね?だってあなたのお守りが光ったんだもの。あなたは……」
「あ…。ごめんなさい。私、もう帰ります」
 慌てて一礼して、吟遊詩人は一目散に走って逃げた。

「えっ。あ。シャルディナ!」
 追いかけようとすると一緒に、サリサも走り出したので俺はそれを断った。
「サリサ、悪い。これ以上聞くのやめよう。俺謝ってくるから」
 サリサの返事も待たずに俺は走る。

 シャルディナはすぐに町角で見つけられた。俯いた後姿は、人波に今にももみ消されそうに見えた。声をかけて腕を引っ張ると、彼女は立ち止まってまた俯く。
「その…、もう聞かないから。ごめん。困らせるつもりじゃなかったんだ。もう、聞かないから……」
「ううん。ごめんね。逃げたりして……」
 首を振って、でもシャルディナは今にも泣きそうな顔をしたまま。
「ごめんね。でも、今は……。ごめんなさい。何も、言いたくないの……」
「うん。もう、聞かないから。ごめんな」

 言葉が繋がらなくて、どうしたらこの嫌な空気を振り払えるのか見当がつかなかった。せっかく再会した時は、あんなに笑っていたのに。
「あ…、でも、シャルディナ。これだけは言わせてな。多分、このお守りのおかげで助かったんだ。危ない所だった。ありがとう」
 人込みを避け、道の端で俺は礼を伝えた。シャルディナは頷いて、微かにやっと安堵の顔になる。
「無事で良かった。アイザック」
 そこでまた、お互いは沈黙に陥る。

「…あのね、女王様の許しも出て、暫くイシスで興行できるの。良かったら見に来て」
「もちろん行くよ」
 シャルディナはそそくさと走り出し、一度振り返って、人込みに消えて行った。
 どうしようもないやるせなさが残って、暫く俺はその場に立ち止まったままでいる。



サリサ

 突然に訪ねてきた彼女に、私は正直動揺していた。
 想像もできなかったくらいにすごく綺麗な女の子で、細くて、儚いイメージで……。今にも折れてしまいそうな、守ってあげたくなりそうな感じ。髪や瞳もすごく綺麗で、声も綺麗。
 ナルセス君が「美少女」と言っていた、それも悔しいけど頷ける女の子。
 その彼女が、はちきれそうな笑顔でアイザックの元に現れた時。

 しかも、アイザックは追いかけて行くし。
 嫌なくらいに嫉妬してる……。だって、だって、見るからに、あの子もアイザック好きそうなんだもの。

 追いかけたアイザックにムッとしていた私は、ナルセス君をグイと引っ張る。
「ねぇ。あのシャルディナって子、どういう知り合いなの?」
「え…?まぁ…。詳しくは知らないんだけど、アイザックがなんか助けたみたいでねー。それでお礼にって、お守りくれてさ。・・・・・・・・。サリサちゃん、思い切り嫉妬」
 私の膨れ顔を見てナルセス君は苦笑しつつ、指摘する。

「いいなぁー。モテモテだなぁー。なんでわかんないんだろーなー。馬鹿というか羨ましいと言うか…もったいないとゆーか……」 
 黙って、否定も肯定もせずにいると、ナルセス君は同情するようにあまり嬉しくないアドバイスをくれる。
「まぁでも、まだ二人共に差は無いと思うから。これからだよこれから。これから一緒にいるんだし、そんなに焦る事ないと思うよ?シャルディナちゃんは確かに超美少女だけど、アイツの場合はあんまり関係ない気がするとゆーか(笑)」


 アイザックはすぐに帰ってこないし、なんだか訓練も身にならないので私は部屋に戻ってゆく。窓際でシーヴァスは物憂げだった。
「シーヴァス、元気ないね。どうしたの?」
 言いつつ、自分もベットに腰かけてため息をつく。
「サリサも元気ないですね。疲れましたか?私は…どうしても気になる人がいて……」

「ええ……?」
 意外な台詞にびっくりして、私も思わず窓辺に並んだ。
「ま、さか、デボネアさんとか……?」(汗)
「いいえ。アッサラームで会った人なのです。盗賊、なのですが……」
「盗賊〜!?」
 余りにも彼女に似合わない気がして、思い切り抗議の声を上げてしまう。
 
 いいのかな……。何か騙されてるんじゃあ………。
 心配になって、私は彼女の話を聞いてみた。聞けば聞く程、「なんでそんな人がいいの?」と言いたくなって何度も飲み込む。

「でも…。どうしても、気になってしまうんです。好きと言えるのかどうかは、わからないのですが……。でも、また会えれば、きっと嬉しいと思うのです」
「…そっか……。でも、まだわからないもんね。本当は優しい人かも知れないもんね。そんなに気になる人なんだもんね」
 彼女の真剣さに負けて、私も応援しよう、最後にはそんな気持ちに思えてくる。

 盗賊のルシヴァン。何処かで会ったのなら絶対にシーヴァスに教えよう。約束するとシーヴァスも少し元気が出てきたみたい。

 女の子同士、恋の話ができるのはすごく嬉しい。
 とりあえず相手がアイザックじゃなくて良かったな。
 自分も彼女に片想いを打ち明けた。



ワグナス

 私は事件解決後のとある日、船上の彼女を訪ねていた。
 もう、数年の付き合いになる、生命力に満ち溢れた彼女の元へ。

 彼女の乗る船は気持ちの良い海風に順調に揺られていました。
 目的地は何処かは解りませんが、彼女は甲板の上で海図と睨み合っているところで、私が降り立つと顔を上げた。

「こんにちは。良いお天気ですね」
「良いお天気ですね。じゃないわよ!!」
 手早く彼女は海図を丸め、「スパコーン」と私の頭を軽く殴る。
「随分遅いんじゃなぁい?あんな重傷負っておいて。おかげで暫く体がギシギシ言っていたわよ。どう謝罪してくれんのよ」
「すみません。でも、お詫びにおみやげ持って来ましたよ」
「ああん?」
 睨む彼女にイシスのお酒をプレゼントする。彼女は貰っておいて、私の耳を引っ張って船室に連れて行った。

「言っておくけど、心配してたのよ。イシスでの赤い光の柱。アンタまで怪我するし。こっちにまで被害は及ぶし」
 部屋に入ってから、優しい姉のように彼女は説教を始める。
「無事なのはわかるけど、一言顔出して欲しい訳よ。わかる?」
「ありがとうございます。ミュラー」
 私は言葉だけでなく、腕を回してその感謝を彼女に伝える。

    ちょっ……!何よ!気持ち悪い!」
 ミュラーは珍しい行動に驚いて、顔を上げて喰ってかかるのですが、重なった私の視線の意味に気がついて黙ります。

「ミュラー。お願いがあります。貴女の前に「銀の死神」が現れたなら、その時は必ず逃げて欲しいのです」
「…随分弱気な発言ねぇ…。大丈夫よ。身の程位はわかるつもりよ」
 彼女は素直に、私の胸に頭を預けて目を伏せると、背中に両腕を回した。
「アンタにも迷惑かかることだしね。約束するわ」
「私に関わった事で、貴女が不幸になってはいけませんから。お願いします」

「…あのねぇ。いつ私がそんなつまらない事言うのよ」
 見上げて、怒ったミュラーは唇を尖らせます。
「巻き込まれて死んだってね、自分のせいで…、とか嘆くんじゃないわよ?下らない。選んだのは私だし、私が死ぬのは自分のミスよ。そんなつまらない事言わないで欲しいわね」

 彼女に、私は正直な感想を述べていた。
「ミュラーは、今日も一段と綺麗ですね。輝くばかりです」

ブーーーッッ!!

 豪快に彼女は吹き出して、吹いた唾は激しく私の顔に飛び散った。
「何言ってんのアンタわぁっ!!ふざけんじゃないわよしばくわよ!?」
「いえ、正直な感想だったのですが……」
「やめやめ。はーっ、ったく、相手見て言ってよね」
 ミュラーは私から離れ、背を向けて頭を掻きます。

 寂しい反応ですが、まんざらでもなかったらしく、頬は少し赤くなっていました。

「また来ますね。航海の無事、祈っていますよ」
 私が行こうとするのがわかると、彼女は名残惜しそうに振り返る。

「アンタも……。私も祈っておくわね」
 言葉にすると、自然な動きで私に寄り添い、挨拶の様に顔が近づいた。
「じゃあ、またね」
 何事も無かったかのように甲板に出て、私に手を振る。その横で彼女の子分達が忙しそうに働いていた。
 眩しい太陽の下が、本当に似合う健康的な彼女は、会う度に、会わなくても、私に力を与えてくれる人です。
 またお酒を持って会いに行きましょう。
 軽快に手を振りながらルーラで空へと上がる。



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