太陽の国、眩い光の王国。
熱き砂と熱き風、全ては太陽神の恵みなり。








 果てしなく広がる灼熱の砂漠を、今日も皮肉めいた瞳で見つめる者があった。
 イシスの王城から北へ向い、巨大な石造りの建造物に出遭う。その者は巨大な王家の墓、ピラミッドの入り口で薄い笑みを唇に浮かべていた。
「たっ!頼むっ!見逃してくれっ!」
 まるで背後から響く悲鳴が聞こえないかのように。
「もうここには来ねぇっ!だから、頼むっ!た、
………助けてくれぇっ!」
「助けてくれーーっ!死にたくねぇよぉっ!」
「ぎゃぁぁあああぁーーっ!」

。うるさいな。さっさと落ちてくれないか」
 振り返り、彼は必死に落とし穴にぶら下がっている賊達を見下ろした。
「ここがどんな所かも知らずに。のこのこ死にに来てくれてありがとう」
 彼は、賊の死に物狂いですがりつく手を踏みにじり、冷酷にも死を誘った。彼は知っているのだ。落ちた先が地獄であることを。
「今生贄が必要なんだ
………。なんて言っても、こんなクズ共じゃ亡霊たちの餌にしかならないだろうけど」
「そんなぁっ!うわっ!うわぁぁああぁぁぁーー!!」
「ほら、お前もだよ」
「嫌だぁぁああぁぁーー!!」

「あははははははっ!」
 最後の二人まで落とし穴に落とし、床は何事もなかったかのように口を閉じた。
「馬鹿だね。ここには墓を護る『墓守り』がいるのに。誰もがここでは死人の餌になるのさ」
 一人で彼は哄笑していた。閉じた穴から断末魔の悲鳴さえ轟く中で。
「……
もうすぐかな」
 彼はピラミッドの奥へ戻りながら、一人ごちた。

 墓守りの一族である彼は、この墓の事はなんでも知っている。
 迷路のような入り組んだ内部も、古の宝物の在り処も、亡霊たちの叫びも。
 自分の居場所に戻りながら、彼は誰に聞かせるでもなく呟いていた。

「もうすぐ帰って来るね。あれから二ヶ月経った
……。そろそろ帰ってきてもいいはずだ」
 凶悪な瞳は闇の中怪しく光を差す
……
「亡霊たちの飢えを満たすのは
……。最上のあの魂しかないだろう」
 彼は自分の声に、亡霊たちが反応を示すのを感じた。
「おっと。待ちなよ。まだ準備が出来てないんだ。まだ生贄が足りない。
そうだな。一緒に勇者その他も来るんだろうから、少しは餌になるかな」

 彼には聞こえる。墓の亡霊たちが血肉を欲する飢えの叫びが。亡霊どもはその恨み、生への懇願からか命を貪る欲望にキリがない。

   もうすぐ。
 この「国」ごと、お前らにくれてやるよ。気の済むまで、この「国」を喰らい尽くせばいい。
 彼の姿は墓の上部へと消えて行った。
 地下の断末魔の叫びも、今は亡者の叫びと変わっていく中で。





「真の剣」
+NEEZ+

 アッサラームを抜けて東へと砂丘を進む。ところどころに点在するオアシスを伝うルートを、俺たちは行商人の用心棒として進行していた。
 砂漠の行軍は想像以上に過酷なもの。
 馬車内にうだり、時折現れるモンスターと戦いながらの砂漠の旅。

 砂漠の魔物がこんなに強いとは……。正直暑さ寒さによる気候の激しさにまいり、普段以下の気力体力ではうまく戦えなかった。
 よくアリアハンに来れたものだと思う、ニ年前のジャルディーノに思わず感心したりする。暑さにうだり、誰もが無口な中で、さすがに砂漠出身者ジャルだけはいつも通り笑顔を保っているのに平伏していた。

「大丈夫ですか、シーヴァスさん」
「はい……。すみません……」
 暑さに慣れていないシーヴァスは、三日目にはすっかりダウンし、馬車内で横になっていた。しかし巨大蟹が出てくると魔法なしでは勝てないので、馬車内で援護を余儀なくされる。
「暑いよ〜。まだかなー……、イシス……」
「暑い言うなよ。心頭滅却すれば火もまた涼し、って言うだろ」
「やだよ〜〜。あ……、もう、何もやる気しねぇ……」

 見てるこっちまでだれてくるから止めてくれ。馬車内でだらけて、うつ伏せに倒れているうちの商人が見た目にもうざい。
 隣に座る戦士は逆に心強いのだが、熱血ぶりが暑苦しい…。

「出たぁ!地獄のハサミだー!!」
「用心棒達!来てくれー!」
 待っていない呼び声が外からかけられた。アイザック、ジャルの二人はすぐに飛び出す。
「……ナルセス、お前も行けよ」
「……ニーズさんだってここに居るじゃないですか……」
「俺はここからギラ飛ばすんだよ。早く行け」
「そんなぁ〜。俺なんか出たって役に立ちませんよ〜…」
「お前アリアハン出るとき役に立つって言っただろ」
「戦闘以外で役に立ちます〜…」

  ルカニ!…アイザックさん、お願いします!」
真面目な二人は交戦中。
「任せろ!」
 硬い甲殻を鋼の剣で叩き割り、砂煙の中もう一体の攻撃をかわす。とは言っても、足場は悪い、砂は目に入る、暑さに眩む、日差しが痛い、そんな中で四体もの軍隊蟹の攻撃はかわし切れるものでもない。
「ちょっと下がれ!今魔法いくから!」
 二人に叫んで、俺はギラの呪文を飛ばす。横に、憔悴したシーヴァスが膝立ちのまま杖を構えるのが見えた。
「べギラマ!」
 炎に焼かれて、地獄のハサミはやがて動かなくなった。

「怪我ありませんか?アイザックさん」
「ん、平気」
 戻ってきて汗を拭うアイザック。何かを見つけて不意に立ち止まって聞いた。
「ジャル、…何だ?アレ」
 眺め見れば、砂丘の遥か向こうに微かに建造物の突起が見える。
 奇妙な尖った外観のように映るが………。
「あれは、ピラミッドです。王様達のお墓です」
「墓……?随分でかいんだな」
「そうですね。今までの王家の方が皆様眠っていますから」
「へぇ……」
 二人の会話を横で聞きながら、俺は、あんまり行きたくないな、と思っていた。
 それは何かの予感だったのかも知れない。



 日に日に、衰弱するのを感じながら、俺達は砂漠を越えた。水も食糧もなんとか持ち、ようやくイシスに辿り着く。行商人と別れ、初めて訪れた砂漠の国に心は……。
 踊らなかった。そんな気力はない。
 ジャルに案内されるがまま、神殿へと黙って着いていった。とにかく休息したかった。シーヴァスも休ませてやりたかった。

 四角い殺風景な建物の多い中、城下町の中心にオアシス、その右手側に太陽神ラーの神殿は大きく身構えていた。今までに類を見ない大きな神殿。
 ここがジャルディーノの生まれ育った砂漠の国。太陽神ラーを信仰する古き王国。
 神殿はこの国の王城につぐ大きさを持っていて、古い石造りの神殿には円形の太陽神の紋章がそこかしこにあしらわれて見えている。
 神殿入り口には神官二人が槍を構えて訪問者を見張っていた。


「すみません。お久しぶりです。中の部屋を使いたいのですが、よろしいですか」
 神殿入り口にいる神官に挨拶するジャル。その姿を見て神官二人は驚いて敬礼した。
「こっ!これは、ジャルディーノ様!失礼致しました!帰還心待ちにしておりました!」

 「ジャルディーノ様」、とか言ったか今………。
 赤い髪が目印なジャルディーノ。神官二人は飛び跳ねるように敬礼し、同行者の俺たちにも敬礼をした。
 なんだか、ジャルディーノは待遇がいいようだ。

「ただいまお戻りですか。早速クレスディ様に報告に参ります。どうぞお帰りなさいませ」
 一人は多分報告へ行き。一人はそこに頭を下げたまま残っていた。
 神殿内は広く、旅人などを休ませてくれる場所もあるようで、案内された俺達は倒れこむように横になった。途中すれ違う奴らはみなジャルに頭を下げていた。
 随分偉い奴だったようだ……。

 疲れのせいで、回らない頭でぼんやり考えていたが、思考はいつしか眠りに消されていた。

+JALDEENO+

 神殿の一室を借りて、皆さんを休ませてから、僕も少し横になりました。
 お父さんや、兄さん、女王様、友達、挨拶に行くのは夜が明けてからにしようと思っていました。
 
眠りは浅く、久しぶりのイシスの空気に何か胸騒ぎがしてくるのか、何故か何度も目が覚めてしまう。庭に出ようと部屋を出ると、示し合わせたかのように、廊下の向こうから兄さんがやって来るのに気がついた。
 僕と同じ赤い髪で、僕とは違う長身の兄さん。
 早足で、鎧を鳴らしながら部屋に押し入ろうとしていたのかも知れません。僕に気付くとはっと立ち止まり、急ぎ足を復活させる。

「起きていたか、ジャルディーノ。今行こうと思っていた所だ」
 お互い手の取り合える場所まで歩き、僕らは自然に抱き合った。

「心配かけてごめんなさい……。でも、ありがとう兄さん」
「無事で良かった。ずっと待っていたぞ。よく帰ってきた」
 二年ぶりの再会でした。二年間、本当は何度も顔を見せに戻りたかった。
 けれど、アリアハンへの魔物襲撃により、旅の扉は封鎖されてしまいました。僕は帰るに帰れなかったのです。

 手紙さえ、届くのに数ヶ月もかかってしまう距離。
 手紙は書きましたが、この二年、僕はイシスに戻った事は無かったのでした。

「ジャルディーノ、もうイシスに残れ。もう何処へも行かなくていい」
「……兄さん?」
 唐突に、強い口調で告げられた言葉は、僕には信じられないものでした。
「僕は行きます。まだ、何もしていません」
「もうお前の役目は済んだ。アリアハンは守ったんだろう。それで充分だ。これ以上お前がそんな勇者の息子に入れ込む必要が何処にある」
「……守れてません」
 静かに、僕の心を震わせる思いとは裏腹に、静かに声を絞り出しました。
 アリアハンは、守った。それすら、僕には口にできるはずがない。

「兄さん。……ごめんなさい。心配してくれるのはとても嬉しいです。でも、僕はまだ、何も守れていないんです」
「お前が守るのはイシスだけでいい。今……」
 兄さんが、何かの言葉を躊躇したその時、神殿の廊下を激しく走ってくる人影がありました。

「ラスディール隊長!すみません!またアンデットが出現しました!東の三地区です!」
 城の騎士団の一隊長である兄さん、その部下の一人が息も絶え絶えに事件を告げる。
「何っ!?わかった!直ぐに行く!」
「アンデット……?どうしたんですか」
 僕の問いに兄さんは飛び出すのを堪え、激しい怒りを瞳に見せ叫ぶ。
「お前も来い!ジャルディーノ!今イシスに何が起こっているのか見せてやる」


……予感、していたのかも知れません。
 だから僕は眠れなかったのかも知れない。
 見慣れた町角、そこに残されていたのは血痕……。町は昏くざわめいていました。

 城の兵士、騎士達、神官達、多くの人がそこに集まり、事件の調査、怪我人の手当てをしていました。
「すみません。我々が駆けつけた時にはもう、二人の犠牲者が出ていました……」
「そうか。遺体は」
「消えています」


 襲われたのは神殿の神官見習いでした。三人が襲われ、一人だけがなんとか間にあって無事保護されたと見ます。
「暗い影が……。怪しく揺れる影が、突然地面から現れて……。あっという間に、二人は体を引き裂かれていました。そのあと、影と共に消えて行ったのです……」
 説明している、被害者の泣きむせぶ声が街角に反響する。兄は、部下に指示を出し、その後で唇を噛む僕の元へ戻ってきた。

「兄さん……。何が起こっているのですか?このイシスに…」
 次第に人は減ってゆく。まだ見回りを続けるもの。被害者を送るもの…。町角の壁に染み付いた血痕を拭うもの。
 深夜のこのイシスに、砂の混じる風が哀しく通り過ぎていく。


「二ヶ月くらい前からだ。深夜、この国を、アンデットモンスターが脅かすようになった」
 兄は、本当に悔しそうに説明するのでした。……そうでしょう。今日も、二人、犠牲者がここで出ました。今日までにもきっと多くの犠牲者が出てしまったのに違いありません。
 僕も、思わず胸元をぐっと掴んだ。

 二ヶ月前……。それは僕らがアリアハンを出た頃でした。


「もう、被害者は数十人にのぼる。聞け、ジャルディーノ。奴らは俺達の見回りの「穴」をいつもついてくる」
「………。どういう意味ですか」
 兄さんは、僕の横で独り言のように言いました。
「これはモンスターの仕業じゃない。内部に通じる者がしている事だ。魔物だけの仕業じゃない」


 二ヶ月前からのアンデット騒ぎ。内部の者の仕業……?
「そんな……。誰がそんな事を……。何のために……」
「襲われるのは力の在る者が多い。神官や魔法使いだな。中途半端に力のある者だ。殺せる相手をきちんと選んでいるんだ。外道が」
「……………」
 僕は、両方の手に力がこもるのを感じていました。確かに、今、イシスを離れるわけにはいかない。僕の心は決まっていました。
「兄さん。確かに今はイシスを守らなくてはなりません。きっと、皆さん協力してくれます」
「……………」
 兄さんは、その言葉には何も返事をしませんでした。

+NEEZ+

 翌朝、久しぶりに気持ちのいい朝を迎えた気がした。暑苦しさに何度も目を覚ますこともなく。
 遠慮がちに神殿から朝食を貰い、その後で俺達の元にジャルディーノの兄が顔を見せた。随分、年の離れた兄で、ジャルより八つも年上、イシスの一騎士隊長として働いているという。弟と同じく赤毛だが、背も高くあまり似てはいない。
 何より雰囲気が違いすぎた。

「僕の兄さん、ラスディールです。兄さん、こちらは……」
 ジャルは俺達全員を順に紹介する。だが見るからに兄貴は俺達の事などどうでもいい顔つきで、表情一つも崩しはしなかった。

「こちら、ニーズさんです。いつもお世話になっています」
 テーブルに両腕を乗せて、紹介されるがままにしていたが、あからさまにジャルの兄貴に睨まれる。
「…お前が勇者か」
 立ったまま、俺を見下すラスディールは、嫌悪も明らかに俺に罵った。

 コイツ一人いるだけで、場の空気が殺伐としたものに変わっている。仲間達も半ば彼の態度に唖然として見つめていた。
「あの…、実は、ニーズさん。女王様に会う前に、しなければならないことが出来てしまったんです」
 少し困ったようにジャルディーノは椅子に座った。そして兄貴も不服そうに隣に座る。
 ジャルディーノはが説明したのは、イシスに巻き起こっているアンデット事件。



 二ヶ月前から事件は起こった。
 深夜イシスに怪しい影や、ミイラなどが地中などから現れ、人を襲い、遺体を持ち去って行くのだと言う。国を挙げて深夜の見回りをしているのだが、うまくいつも「穴」をつかれるのだと話す。
 襲われるのはある程度の力のある者。無力な一般市民ではなかった。
 モンスターは明らかに獲物を選んでいる、と     
 実力の高すぎる者は襲われない。確実に殺せる者をしっかりと値定め、ターゲットにしている様子なのだった。

「それって…。絶対誰かが根回ししてるんですよね…。早く犯人を見つけないと。犯人の目星ってついていないんですか?」
 水を飲みながら、ナルセスが質問する。

「それだけの力を持つ人物は…、限られています。そして見回りの詳しい動きを知って、その裏をつけるような人物も、限られています」
「…誰だよ。そいつらを見張っていれば…」
 アイザックが言うのを、ジャルは伏目がちに聞き入れた。
「その中には……、僕のお父さんや、従兄弟のお兄さんもいます。王家の皆様も入ってきます。兄さんも含めて、信頼できる人達ばかりなんです」
「……………」
 さすがにアイザックも押し黙る。
 ジャルの性格上、誰も疑えないだろうな、確かに……。


 ジャルの父親。クレスディはこの神殿の司祭の一人だった。神官達の上に立つ者だな、だから息子達も多くのものに敬意を払われているようだが。
 さすがに、王家関係を疑うのには問題があるだろう。確たる証拠もなければ尋問もできない。
「外部の犯行ってこともありますよ!弱みを握られてしぶしぶ従っているとか、操られているとか!」
 辛そうなジャルディーノに対して慌ててフォローを入れるナルセスに、ジャルは静かに微笑んだ。
「…そうですね。ありがとうございます」

「そうか。犯人探しなら、もちろん望む所だ。アンデット退治もな」
 勇ましくアイザックは返事した。他の仲間もそれに続く。
「そうですよお!ジャルディーノさんの故郷のためですからね!頑張りますよ!」
「はい。私も協力させていただきます」


 俺が何か言おうとしたら、突き刺さった視線に俺は言葉を飲み込む。俺とジャルの兄貴、ラスディールは反射的に睨み合った。
「余計に騒ぎを混乱させるのなら、アリアハンに帰って欲しいんだがな」
「なっ……!」
 余りの物言いに、アイザックがあんぐりと口を開けて反応する。ジャルの兄貴と言う事で抑えたんだろう、拳を握り締めて口を紡ぐが、怒りに微かに震えている。

「勇者の息子だかなんだか知らないが、名ばかりの勇者が。目障りだ」
ふてぶてしくも、いい放つ彼の言葉に、全員が驚愕に目を見開いた。

アイザックはもう、容赦なく怒りをあらわにした。
「名ばかり……!?」


 ナルセスはどうしていいのか解らず慌てているし、シーヴァスも俺をけなされてさすがに怒ったようだ。ジャルは隣の兄を驚いて見つめている。
「兄さん。ニーズさんは、名ばかりの勇者なんかじゃありません」
「お前は誰でも信用するんだ。それだけの男か?目を覚ませ。砂漠を越えるだけで倒れ伏していた情けない勇者一向が、これから先何ができる?」
 嘲笑し、話も無意味だと言いたげにラスディールは席を立ち上がる。
「犠牲者の仲間入りするのなら泣き帰れ。アリアハンへな」

「待て!そこまで罵倒されて黙ってられるか!」
「あわわわわっ。おい、アイザック、や、やめろって〜」
 案の定追って立ち上がったアイザックは、ナルセスが止めるのも聞かない。
「騎士隊長ごときにそこまで言われる筋合いはないな。俺達はバラモスを倒すんだ!こんな国一つで満足してるような、男なんかに敗ける気はしない!」

「あ、アイザック、や、やめろってっ!暴力反対!!も、その位にして〜!」
 ナルセスは悲鳴をあげて奴を座らせようとするが、胴にしがみ付いても兄貴と睨み合うアイザックは治まりそうにない。
「随分でかい口を叩くな。実力があってこそ吼えていいというものだ」
 ラスディールは不敵に笑い、アイザックを上から見下した。

「謝るのなら今のうちだぜ。肩書きが泣かないうちにな!被害者の仲間入りするかどうか、その目で確かめてみればいい」
 睨み合い、宣戦布告してのけるアイザックと、兄の間にジャルが心配そうに入っていく。
「兄さん、やめて下さい」
「ジャルディーノ、いい機会だ。こいつ等も身の程を知れば、大人しく故郷へ帰るかも知れない」
「そんな…」
「身の程を知るのはアンタの方だ。その態度改めさせてやる」
 あくまでアイザックの強気な態度に、ラスディールはその喧嘩を買った。
「外へ出ろ。二度と減らず口叩けないようにしてやる」
「ま……、まぢでえ〜〜〜〜!?」
 ナルセスは頭を抱えて悲鳴を上げた。


 神殿内には訓練場も用意されている。他にも剣技の訓練、打ち合いなどしている者がいたが、異様なこの試合に誰もが場を開けて二人を見守った。

「ニーズさん、止めましょうよ!いくらアイザックでもっ、ボコボコのけっちょんけちょんにのされますって。悔しいのは解るんだけど、止めてくださいよ!」
 ここに着くまで、何度も何度も繰り返すナルセスの言葉。
「言うだけ無駄だから言わない」
「ニーズさんー…。そーかも知れないけどー…」
「応援しましょう、ナルセスさん」
 横でシーヴァスが祈るように強く告げる。
「私、ここは引いてはいけない所だと思います。アイザックさんが倒れたら、次は私が挑みます」
「はぁああっ!?」
「…そのくらい、私も怒っています」
 ナルセスは唖然として立ち尽くしてしまっていた。俺達の後ろの方で、ジャルは思いつめたように静かに兄とアイザックを見つめる。顔は当然、悲しそうだ。

 俺達の他にも、ギャラリーはできていた。アイザックは知られていないが、ラスディールは良く知られているのだろう。気にとめて多くの者が見つめて人だかりになり、神殿の訓練場はにわかにざわめき立つ。


「奴は、敗けないよ」
 俺が誰にでもなく呟く中、アイザックが剣を手に走り出すのが見えた。

 訓練用の刃のない剣を使う。斬りつけても致命傷にはならないが、それでも打撃としてのダメージはあるし、腕があれば微かに斬り裂くこともできるだろう。
 大剣を好んで使うアイザックは、やはり両手剣で相手に挑む。
 ラスディールも両手剣、同じ条件で臨んだようだ。

「……めちゃめちゃ、長期戦なんですけど……」
 太陽は高く昇り、ギラギラと訓練場を照り付けていた。固唾を呑んで見守る自分達でさえ、汗が何本もこめかみを伝う。ナルセスのぼやきは、周りのギャラリーとも重なるものだった。
 二人の打ち合いは、もう始まってから随分時間が経っている。

「…いい加減、諦めたらどうだ」
 間合いを取り、隙をうかがうアイザックに、余裕を見せて不敵に笑うラスディール。さすがに騎士隊長だけあって、剣の腕も確かなようだ。
 俺達の中では、もちろん剣技においてはアイザックが一番強い。そのアイザックの攻撃は、相手に巧く受け流され続けてしまっていた。

「…何をどう諦めるって?そっちこそ、俺如きに決定打も討てないくせに」
 肩を上下させながら、しかし瞳は一向に冷めやらない、いつものアイツがそこにいる。何度こんな場面を見てきただろう。自分より上の者でも、アイツが諦めた事なんて見たことがない。

「…抜かせ。遊びは終わりだ!」
 怒りにラスディールの顔が歪む、と思えば初めて向こうから仕掛けてきた。始めの一撃は剣で受け止める。が、相手の切り返しが速い!
「アイザック!」
 叫んだのはナルセスか。初めてまともに喰らってアイザックは横へ吹き飛ばされる。乾いた硬い大地の上に転がり、動きは一瞬止まる。
 しかし次の瞬間には起き上がり、ダメージもないかのように奴はラスディールに飛び掛って行った。一撃一撃に重い奴の連続攻撃。
「ハァッッ!!」
 それは変わらず巧みに剣で受け止められていく。打ち合わされる訓練用の剣が、ぶつかっては悲鳴を高くあげる。剣を合わせ睨み合えば、まだまだアイザックは負けてはいなかった。この位で瞳の翳る男じゃない。
 ラスディールからすれば、嫌な相手だろうなと、俺は同情する。
 大人でも、怯むことがある、アイザックの眼光から、俺は勝てる術を知らない。

 ラスディールに、疲れと、戸惑いと、苛立ちが感じられた。
 勝てない相手じゃない。

「……しぶとい奴だ!!」
 力技で押し切ろうとするラスディールは、その分冷静さを失い、アイザックも上手く剣先をかわす。体格に差があり、力はあの兄貴の方が上だろうが、その分速さはアイザックの方が勝る。
 良く見ているアイザックは、隙を見逃さず、空いた脇に素早く一撃食らわせる。
「……くそ餓鬼がぁっっ!!」

    殺気!?




……まさか。

 横で見ていた俺が感じた悪寒。一瞬息を飲み込んだ。
 苛立ちからなのか?憎しみからなのか?実際に戦っているアイザックがそれに気付かない訳がない。
 一瞬怯んだアイザックは、ラスディールの怒声と共に激しい連撃に打ちのめされる。
 右から一撃。もうそれは試合の域を越えていただろう、打たれた本人には間違いなく響いた鈍い音。苦痛の叫びも上げられないままに、更に左から肩口への振り下ろしの二打目が入っていた。
 もはやこれで立っていられなくなったはずだ。
 しかしそこへ何の恨みがあるのか、腹にもう一撃。

 手から剣は離れ、地面に落ち、砂埃を立ててアイザックは土に打ち付けられた。
       !!」
 見物人達からは戦慄のどよめき。
 異様な緊張と恐れが一瞬にして場の空気を冷めさせた。隣に立つシーヴァスは両手で口を覆い、身動きもできずに震え上がる。
 ラスディールの荒い呼吸だけが良く聞こえ、奴はそのまま半分気を失っているアイザックを見下ろす。
「…フン。…さすがに、もう、起きれまい…」



「兄さん!」
 声をかけ、ジャルディーノは兄の前に駆けて行った。
「やりすぎです!あんまりです!」
「……………」
 珍しく怒っているジャルディーノに、兄は息も収まらないままにただ見つめる。
 怒っているのはジャルだけではない。
「……な、なんだよ!そこまでやんなくたっていいじゃないかよ!」
「……。練習用の剣でなければ、殺されていたかも知れません」
 俺はナルセスと、シーヴァスを右手で制止する。

 ラスディールとジャルとの間に割って入った者がいる。
 他の誰でもない、俺自身。



「ニーズさん…」
「ジャル。アイザックをよろしく」
「は、はい…」

「何のつもりだ」
「アンタが試したいのは「俺」だろう。こんな戦士じゃなく」
 ジャルは後ろでアイザックにべホイミをかける。俺は自分の腰から鋼の剣を抜いた。
「相手してもらえないか。アンタも真剣でな」

「ぎょえええええぇぇぇっっ!??」
 ナルセスの奇妙な悲鳴が聞こえる。周りの見物人達も騒然となった。
「殺されますよ!ニーズさん!まじっすよ!まじで本気で死にますよ!!」
「お兄様……」
 心配も当然だろうが、俺は剣を手にしたままラスディールを見据えていた。
「真剣じゃなかったからアイザックも無事だったようなものでっ!ニーズ、さんっ!!」

「殺されてもいいって、クチか。……いい度胸だな」
 ラスディールは、ようやくその気になってくれたようだ。外して横に立てておいた愛用の剣を手にする。
「こっちが、殺してしまったらすまないな。そしたらジャルに謝っておくよ」
 俺は心にもない事を口にしていた。謝る気など毛頭ない。
「はっ。俺がお前の故郷に謝罪に行ってやる」


「こ、殺し合いじゃ、ないっすよ〜〜〜〜!!!!」(悲鳴)
 ナルセスの悲鳴は無視して、俺は一度後ろを振り返る。薄目を開けたアイザックがジャルに支えられ倒れている。ジャル、そしてアイザックと視線を合わせ、俺はラスディールに向き戻る。

「勇者の力、見せてもらおうか!」
 大地を蹴る赤毛の騎士団長。俺も身を低くし奔り込んでいた。



 一瞬たりとも、その流れを見逃さないように。見る。
 チャンスは余りない、速さは上だとは思うが、この男を怯ませるだけの力が俺にはない。過去に、ここまで神経を研ぎ澄まされた組合いは無かった。
 俺自身が何より知っている。
 訓練、モンスターとの戦い。いつも俺は手を抜いていた。それでも勝てたからだ。
 何処かで、「どうでもいい」と考えていたからに他ならない。
 ただ一つ、俺と共に剣を学んだ戦士と剣を重ねる時だけは、こんな俺でも真摯な気持ちになった。
 その戦士が倒れた今、俺の中に怒りとも違うような激しい感情が揺れている。


「名ばかりの勇者が。目障りだ」


 ああ。構わないさ。俺以外の奴らがその言葉に怒るのもわかっていた。
 俺自身がどれだけ罵倒されても、嘲笑われても、俺は構わない。

「情けない勇者一向が、これから先何ができる?」

 情けないのは俺で、他は情けなくはない。
 ………って、聞きはしないだろう。そうなんだ。


俺を信じたばかりにコイツらまで馬鹿にされている。


 自分の居場所を知ったのかも知れない。
 後ろに居る者たちの存在を。    今自分の中で。

 俺は真の「勇者ニーズ」では決して無い。けれど俺はもう「勇者」になっている。「勇者」になった。自分が望んで決めたこと。
 俺のかく恥は、後ろの者の恥にもなってしまう。
 俺のかく恥は、この「名前」の恥になってしまう。
 今俺の立つ場所には、俺だけにじゃなく他人にも意味がある。


 集中し、全身で奴を捕らえようとする俺は周りの音さえ聞こえなくなっていた。剣の音、奴の舌打ち、一瞬の隙も見逃してはならない。懐にすり入った俺は奴の左側に体をよじり、軽い一撃をかましてすぐに方向転換。奴の剣先をくぐり、牽制の連続攻撃。何度も左右から斬りつける。
 重さは無い俺の剣に奴は余裕を見せ、これも軽く剣で受け流す。
 きっと今、「たいしたことないな」と心の中で笑っているんだろう。その余裕からくる油断、狙わせてもらう。それしか俺にきっと勝ち目はない。
 奴が攻撃に移る時、狙い済ましていたかのように俺は少し体を傾け攻撃をかわす。
「兄さんっ!」
 奴の視界に移るジャルの姿。狙い通り瞬間躊躇したラスディール。準備していた言葉をぶちかます。

「ギラ!!」

「なにっ……!」
 渦巻く炎に巻かれ、奴は炎をかき消さんと両腕を激しく暴れさせた。もちろんギラ如き足止めにしかならない。その間に俺は高く跳躍している。
 そして二度目の呪文。

「アストロン!」

 鋼鉄に変わる体の重み、落下の勢いに乗せて奴を斬りつける。
「がはぁっ!」
 さすがの奴も地面に倒れ、したたかに流血し呻き声をあげる。俺はすぐさまアストロンを解除し、立ち上がろうとするラスディールの鼻先に剣先を突きつける。


「少しは認めてもらおうか。「勇者」の力を」

「……何だと……!」
 俺に見下されるラスディールは、心底憎憎しげに俺をその視線で射抜く。目の前に真剣がある以上迂闊には動けず、悔しそうに歯軋りをしてみせる。

「や……、やったあああ!ニーズさんが勝ったぁあぁぁーー!!」
「そうです!お兄様の勝ちです!」

 横から仲間の歓声。見物人たちも緊張がほぐれ、安堵したように和みだした。

「これがお前の知りたかった「勇者」だ。正々堂々、馬鹿みたいにまっすぐに剣だけで戦う「戦士」とは違う。名ばかりでもいい。俺は勇者を名乗らせてもらう」



「うおおおおおおおおおお!ニーズさんかっこええ〜〜〜!!」
「お兄様!!そうです!お兄様は立派な勇者です!」
 仲間の歓声の他にも、周りからどよめきと、拍手が起こる。

「勇者…?彼が……?ジャルディーノ様の助けに向った…」
「勇者オルテガの息子か…!」
「アリアハンの勇者だ!」





 誰か気付いただろうか。

俺が初めて「勇者」と名乗ったことに。

++

「兄さん。大丈夫ですか」
 俺は剣を納め、無言のままのラスディールを見下ろしていた。ジャルディーノは控えめに兄の横に座り、回復呪文を唱える。
「………。コイツと一緒に行くのか…」
 何一つも、納得していない顔のまま、兄は弟に尋ねる。ジャルは変わらず、迷いのかけらもない笑顔で兄にとっては酷なことを言うのだった。
「はい。ニーズさんは、僕の助けるべき勇者です」
「そうか……」
 落胆濃く、兄は目を伏せて深く溜息ついた。

「アンデット事件も、勝手に調べさせてもらうが、俺達に口出しはするなよ。こっちが先に解決したら礼は言ってもらうけどな」
 俺は冷たく吐き捨てた。案の定また睨み合い。
「……好きにしろ」
 血の止まった所でラスディールは立ち上がり、背中に哀愁を感じさせながら退場した。


 終わった後で、陽射しの眩しさに目を細める。神殿の敷地内の訓練場にもイシスの太陽は痛く照り付けて来ていた。すっかり汗で体中がベトベトしていた。
「ニーズさん、大丈夫ですか」
「俺はなんともないよ。暑いだけ……」
 日陰に逃れながら、声をかけてきたジャルに礼を言う。
「ナイスタイミング。ジャル」
「……いえ……」
「ニーズさん〜!最高っすよ!やりましたね!爽快でしたよ!かっこよかったー!!」
 はしゃいだナルセスに捕まって肩を激しく揺さぶられる。
「お兄様。嬉しいです。お兄様の口から出た言葉、これからもそう思ってください」

 シーヴァスは、知っているだろうな。
 「俺は勇者じゃない」、言い続けてきたこの口から出た言葉の意味を。

「……。やるなぁ…。不意打ち」
 神殿の日陰に座らされていたアイザックは、俺と二人で「してやったり」と笑う。
「お前のせいでもう疲れていたしな。お前みたいに剣だけで戦うなんて、きっと奴は錯覚してた。ジャルも解ってくれたしな。だが、名誉は守っただろ」
「充分だな。欲を言えば俺が殴りたかったけどな」
 仲間達との談笑。訓練場にいた人々はそれぞれ散っていったのだが、その中から、静かに声をかけて来た少年がいる。



「おかえり。ジャルディーノ」
 今までの試合も見ていたんだろう。ジャル以外の者にも頭を下げる。
 ジャルより少し年上か、金髪の品のある少年が控えめに微笑んでいた。
「ドエール!」
 ジャルの顔はパアッと瞬く間に明るくなり、嬉しそうに彼の両手を取って再会を喜んだ。
「久しぶり!本当に久しぶりだね!嬉しいよ!会いたかったよ!帰って来れなくてごめんね!」
 大喜びのジャルを前に、ジャルの知り合いらしいドエールは、不意に顔を上げて俺を見つめた。

 ラスディールのように、睨まれたわけじゃない。だが、その瞳は俺を歓迎してはいないと思った。またかよ、と思う前に、視線はジャルに戻り、彼は微笑んでいた。
「あ、皆さん紹介しますね!僕の小さい頃からの親友です」
 ほくほく顔で紹介するジャル。その横で彼は礼儀正しく頭を下げた。

「ドエール…ティシーエルです」
 ジャルディーノの親友。このイシスの名家の子息らしかった。



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