「賢者の塔」

 遥かなる時の昔、私はこの世界に遣わされた。
 それには、この場所は入り口として、最も適切な場所だったのです。
 魔力が集まりやすく、”私達の世界”との距離が近かったせいなのでしょうか。私はこの地に現れ、この世界の人々との交流を持った。

 その名残なのでしょうか、今ではそこは「転職の聖地」と呼ばれる土地に発展しています。新たな能力を覚えようとする者が、多く世界中から集まってくるのです。
 この地から私はこの世界を見つめ始めた。
 ここは始まりの場所。

++

 イシスから旅立ち、そこから旅の扉でポルトガに渡った俺達は、ポルトガ王にとある依頼を受ける。それを務め、報酬として船を一艘与えられた。
     とは言っても、建造中の船をくれると言う話で、実際はまだ俺達の物にはなってはいない。
 完成まで日があり、王の依頼で訪れたバハラタの町から東北、ダーマへナルセスでもひやかしに行こうという話が出てきた。
 微妙に寂しがる仲間がいたせいで、ジャルディーノやシーヴァスがその提案者。
 ルーラ係、ワグナスがいればすぐにも着くので、あっさりと俺はダーマ行きに賛成し、転職の神殿へと訪れる。

 ダーマには世界中から力を求めた者が集まる。
 神殿は城の様にでかく、周りに後から後から増えたのだろう、さまざまな施設がひしめいていた。旅人を狙った店も多いし、へたな田舎よりも発展している。
 神殿の北には古びた塔の姿が望める。
 遠めにははっきりとはわからないが、だいぶ朽ちた塔のようだ。

    別名、賢者の塔。半島に突き刺すように立つ尖塔。


 ダーマ神殿の僧侶養成所にナルセスを訪ねると、相変わらず陽気な奴が歓声を上げて走って来た。装いは一風変わって、十字架の入った僧侶の格好を一応しているらしい。
「ああっ!な、なんですか!皆揃って!激励!?」
「ナルセスさ  ん!お久し振りです!!」
 …淋しかったらしい、同じく僧侶衣装のジャルディーノは駆け寄って、ひしと抱きつく。
「ナルセスさん!お久し振りです!」
 第二弾、うちの妹が駆け寄って同じように抱き合った。

「来てくれて嬉しいですよ〜。良かったら案内しますよ!」
 唐突の訪問にも、ナルセスは大喜びで、修行を少しの間離れて俺達の相手をしてくれる。
「そうだな。今日はここに泊まるから、いい宿あったら教えろよ」
 たいした期間も開いていないのに、随分久し振りのように再会を喜ぶ三人を遮って、俺は今日の宿をナルセスに紹介させた。

 案内された宿は安くて確かに良い所で、下の食堂で合わせて夕食にこぎつく。
 ナルセスを中心にはしゃぐ仲間達を横目に、俺は一人会話に加わらないでもくもくと飯を食っていた。大き目の円卓に、全員揃っておいおい好きな注文を頼んでいる。

「ニーズさんは、変わらないですねぇ〜。せっかくの再会なのに!飲みましょうよ!パアァッっと!」
「酒は好かん」
 愛想もなく、俺はつまらなさそうに相槌うつ。
「未成年だろ。僧侶志望が酒喰らうなよ」
「うわっ!コレだよ。じゃあ、ジュースで乾杯!」
 ノリが悪いのはいつも決まって俺とアイザック、慣れっこの様にそれでもジュースで盛り上げようとする。盛り上げなくてもいいと言うのに。

「こんばんわ。皆さんお揃いですね。あ、ここいいですか」
 一つ、開いていた椅子が後ろに引かれた。
「良くねぇよ」
 ひょっこりと自称賢者が現れ、断りを無視して図々しくも俺の隣に座ってくる。

 ルーラで俺達を送ってから、また姿を消していたワグナスの奴だ。
 いつも通りに額冠をして、青いマントを肩に挟んだ装い。そして常に顔は涼しげに微笑い、例え殴ってもそれは剥がれる事が無い。

「ああっ!ワグナスさん!ワグナスさんに俺聞きたいことあったんですよ!」
 奴の姿を見るなり、ナルセスの奴はガタリと席を立つ。
「はい。なんでしょう。あ、すみません。こちらよろしいですか?」
 にこにことワグナスは注文をしながら、ナルセスの質問を待つ。軽食と飲物を頼むと、テーブルに腕を組んで、なんだか質問が嬉しいようだ。

「えっ…(間)…とですね、俺、ここで勉強してる間に、ワグナスさんの事聞いたんですよ!…って、本当にその、ワグナスさんなのかどーか知りませんけどね???本当に、あの、「賢者ワグナス」さん、なんでしょうかね……???」
 緊張した面持ちで、ナルセスはテーブルに両手をついたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。
「多分、その、「賢者ワグナス」だと思うのですけどね」
「………」
「こちら、お待たせいたしました」
「ああ、ありがとうございます」
 反応に唖然とするナルセスを気にとめることなく、飄々と、ワグナスは届いた注文に礼を言ったりしていた。

「ええ……!!!本当に賢者なんですか!?」
 口を押さえて、驚く人物もう一人。サリサも震えてワグナスを見つめる。
「…まぁ…。そうだったのですか。ワグナスさんが、あの「賢者様」、ご本人だったのですね。……。今まで失礼致しました。過去の偉人の名前を頂く事は、あるお話でしたから……」
 サリサの横のシーヴァスまで、かしこまって頭を下げ出す。

「僕は、あの、そう思ってましたよ?皆さん、違ったんですね。知らなかったです」
 ジャルディーノは周りの動揺に不思議そうにきょろきょろし、ワグナスと目が合い、微笑み合う。
「ジャルディーノさんは何でもご存知ですよね。ありがとうございます」

    ジャルは人外だからな、なんでも知ってるだろうよ。

「なに?ワグナスがなんなんだよ」
「え……?な、何って……!」
 ワグナスに畏怖するのか、おろおろと落ち着きを失くしたサリサは、わかっていないアイザックの質問に口の中でもごもごと言葉に詰まる。

「あのね、賢者ワグナスと言えば…!言えばね。魔法を知る者なら知らない者はいない…。賢者ワグナスは精霊神ルビスの従者であって、この世界に「魔法」を教えたもうた偉大な魔法使いなの…!」

「はぁ…?」
「…………」
 俺は魔法は…………。
 そう言えば、魔法の本にあった魔法の始まりとかその辺の下りは、ざっと読み飛ばしてしまったような気がする。

「まっ…!マジでぇ……っ!!……?」

 アイザックの首がギギギと動き、開いた口が塞がらないのか、そのまま機械のように固まった。ナルセスも悲鳴を上げてワグナスから距離を取る。
「あの、私も、どう態度を取っていいのか…」
 偉人に対して恐縮しまくるサリサに、ワグナスは声を上げて笑うのだった。
「あはは。嫌ですねぇ。変わらない態度でお願いしますよ」
「そうは言われても…、あの……」

「本当に、ルビスの従者なのか…?ワグナス、って、神様の仲間……?」
 一応衝撃から復活し、アイザックは訝しそうに聞き直している。テーブルに乗り出し、食事も二の次になった。
「そう、ですね…。いえ、でも、実はジャルディーノさんの方がすごい人かも知れませんよ?」
 また、とんでもないことを含んだ笑顔で言う。
「えええ〜〜!!?確かに、ジャルディーノさんはラーの化身なのかも知れないけ、ど……!!うおおおお!なんてこったい!」
 身近に人外の大物を二人も抱えてしまった事を知り、慌てふためくナルセスはなんとなく滑稽だ。

「違いますよ。僕は唯の人間ですよ…。だからワグナスさんは緑の髪なんですね。精霊神は、エルフと近いと言いますか、エルフ族はルビス様に近い種族ですもんね」
「里の女王様が、ひれ伏すはずですね。それでは」
 思い出し、シーヴァスは納得していた。そうだな、ルビスの使いが現れれば…。

 狼狽しているのはアイザックと、ナルセスとサリサの三人。俺は、無関心を装ってそのまま食べ続けていた。
 只者でないのは知っていたし…。逆にコイツが唯の人間な方がどうかしている気がする。

「ルビス様は、私の主です。この世界に魔法をもたらしたのも私ですよ」
「…………」
「…………」
「…………」
 唖然呆然な三人、気にしないワグナスはにこやかに夕食を口に運ぶ。


「ルビス様の従者…、あの、なんで、俺達助けてくれてるんですか…」
 ナルセスはおそるおそる話しかけ、ようやっと座りなおしていた。すっかりスープも冷めただろう。
「まさか、まさか本物とは思わないじゃないですか…!何百年も前の話だし!…ワグナスさんって何歳ですか???」
 最後の方は首を傾げて聞いている。
「年なんて…、関係ないような、そんな存在ですよねぇ?」
サリサは言った後で、思い切って賢者に問いかける。
「あの、ミトラ神などにも、会ったことがあるのですか……」
「えっ!まさか!!」
 ミトラの僧侶の質問に、同じく信者のアイザックも食いついた。ワグナスは食事を終えて、口元を拭き、余裕でにっこり笑う。
「そうですね、簡単には私などではお会いできないのですが、ありますよ。勇者をお助けするのは、ルビス様の願いであり、私の仕事です。年齢は、さすがに数えていませんね」

「ほげー!!」ヽ(゚∀゚ )ノ(注:ナルセス)
 混乱組みは、言葉もなく、ただひたすらに驚いて固まっていた。


 夕食時に賑やかな背景は、料理を運ぶウェイトレスの姿が激しく交差する。ダーマ付近から流れる聖なる川の影響によって、ここ辺りの水は美味いと定評があった。
 いわゆるそれは酒が美味いのも意味するのであって、時間が過ぎるにつれてこんな土地でも飲み客が増えてくる。

 忙しいウェイトレスを捕まえて、食後に水を一杯もらい、シーヴァスはのんびりと口を開いた。
「お兄様には、ルビス様のご加護があるのですね。感謝致します。きっといつもお兄様を守っていてくれたのでしょうね」
 嬉しそうに、隣に座ったままに、こちらにも同意を求めてくる。
「……さあな」
 精霊神ルビス、確か、ニーズが信仰していたっけな…。
 宗教としては、ルビス信仰は最もよく知られている。俺は、どちらかと言うと、神の加護なんて信じたくはない方だった。

「ワグナスさんがその現れですよ。本当に心強いですよね。ラーも、ニーズさんの旅を見守っています」
 底なしの脳天気なのか、言葉を続けるジャルディーノ。両手を合わせて、隣のシーヴァスとほのぼのと喜び合う。後ろに花が散っている気がする。

「ワグナスさんは本当に、全ての呪文を習得されているのですか?」
 おっとりとシーヴァスが聞き、感心があるのか誰もがワグナスに視線を向けた。
「習得もなにも、教えたのは私ですから。私の使えない呪文はこの世界には残されていませんよ」
「……すご……!」
「ひゅうう!」
 アイザックはまた驚き、ナルセスは思わず口笛。
「今は制限がありまして、全ては使えないですけどね」

 感動しているようにも見えた面々に対して、賢者はあっさりと水を差してふと考え込んだ。
「おっと、すみません。今のは言い過ぎましたね。私にも使えない呪文が一つだけありました」
 全員の手の動きが止まる。
 魔法を世界に教えた賢者にも扱えない呪文が一つだけある。
     勇者の呪文だ。

「デイン系…。勇者オルテガが使っていた、雷の呪文ですね。これは私にも使えません」
「ニーズさん、使えるようになるんですか?」
 言葉はナルセス、俺はぐっと刺さるものを感じ、返事に躊躇してしまった。
「オルテガさんが使えたんだから、息子のニーズさんも使えますよね♪きっと」
 周りも、同意してくれると思って気楽に言ったんだろう、しかし、本人が不安になる程に場は静まり返った。

「あれ?」
 と、きょとんとするナルセスが視界の端に感じられた。

 勇者の呪文なんて考えた事も無かった。
 俺はオルテガの息子なんかじゃない。いくら息子のニーズに似せたからって、そんな「おまけ」能力が付いてくるはずもない。

「シーヴァスが、使えるんじゃないか?」
 ようやく思いついて、妹に話を振った。オルテガの血をしっかり引いているんだ、使えるようになるかも知れない。
「…勇者の呪文がなくても、バラモスは倒せます。お兄様は勇者です」

 俺の不安を汲み取ったのか、優しいことを言ったシーヴァス。俺の不安はそのまま、仲間達の不安へと繋がっていったのが良くわかった。

「…天から光を降らす、勇者の呪文。オルテガさんは特別でした。その故に、「勇者」として世界に名が轟いたのですからね。私にもお教えすることができないのですから、ニーズさんが使えるようになるかは、それこそ、神のみぞ知るです」
「はぁ……。そうなんだぁ……」
 難しいことなのだと納得し、ナルセスは残念そうに冷めたスープに手を戻していた。

「……、ニーズは使えないのか?まさか”元の”……」
「?」
 考えてしまった疑問を、うっかり口にしてしまったのはアイザックだった。「元の」と言われて意味を知らないナルセスとサリサは疑問符を顔に浮かべるが、他の「知る」者は妙な緊張を奔らせてしまう。

「あっと、悪い。口が滑った」
 嫌な空気に敏感になり、奴は口を押さえて視線を下げる。やれやれといった風に、ワグナスが軽く肩を下ろしていた。
「わかりませんね。或いはそうかも知れません」
「何の話ですか?」
「まあまあ、こちらの話ですよ。それはそうと皆さん、せっかくここまでいらしたのですから、北の塔に昇ってみませんか?」


 話を逸らして、俺達にいきなり賢者の塔への冒険を誘う。思い出したように、またナルセスが首を傾げて悩み出す。
「あれ?そうだ。でも確か。賢者ワグナスって、賢者の塔にある「悟りの書」を開かないと会えないとかって噂ですよ。なんで会えてるんですか」
「ああ、そうですよ。基本的にはそうなんです」

 不意打ちに、ワグナスは笑顔を消し、真顔で俺の方に視線を向ける。
「過去に一人だけ、悟りの書に辿り着いた人がいましたよ。そのおかげで、私は外に出れるのです。時間は限られていますがね。今日はお願いがあるのですよ。是非、皆さんにも、「悟りの書」を目指して欲しいのです」

 ワグナスの頼みはこうだった。

 自分は、この世界の者ではない。
 そのために、自分の世界とこちらの世界を繋ぐ道が必要だった。その場所が今のダーマ神殿北に立つ、賢者の塔。そして自分は「悟りの書」に封印された。

 「悟りの書」を開く者が多ければ多い程、開いた者の力が強ければ強い程、ワグナスは自由に動く事ができ、この世界で使える力が増えるのだそうだ。

「お願いします。ニーズさん、貴方のためにもなることですから、是非どうぞ」
 再び、思い出したように、賢者は笑顔の仮面をかぶり直す。

++

 私の目的は、人々に魔法を教えることではありませんでした。
しかし、私の魔法に驚き、賞賛した多くの人々は、自分達にも使えないかと教えを請いてきたのです。私は見込みのある者を選び、求めた者に呪文を教えました。

 ずっとこちらの世界に在った訳でもない私は求められ、一冊の書物を書き上げます。それが、「悟りの書」。
 これには全ての呪文と習得の方法。私の教えなどが書かれていました。
 弟子はそれを元に、よりわかりやすく、この世界のやり方で、教えはこの地から広がって行きました。
 魔力の集まるこの付近は、魔法の修行には最も適していたのでしょう。

 その名残が、転職の聖地、ダーマ神殿。

 弟子達は同時に、力を悪用しようとする者達から教えを守らなければなりませんでした。原本、「悟りの書」は私の行き来する場所に塔を立て、魔力を持ってして強固な封印にします。塔には複雑な仕掛けが施され、「書」に辿り着くには塔の謎を解かなければならなくなったのです。


     時は流れました。

 私の主は封印され、従者である私の力も激減するに陥りました。
 仲間も主を守るために数人が朽ち果て、私も逃亡を余儀なくされたのです。
 この世界への通過経路を持っていた私はこの塔に逃げ込み、そこから反撃の機会を伺う予定でした。しかし、この世界にも魔王の手は伸びていたのです。

 脆弱になっていた私には塔から抜け出す力もなく、逆に仕掛けられた罠にはまっていく。主を石にした魔王の眷族、その部下により、弟子達の多くは殺され、私も自らの残した「悟りの書」に封印されていきました。

 忘れられない、主を石にした死神と重なる、紅い瞳の闇魔術師。
「姉上達の邪魔は、誰にもさせないよ」
 深く被ったフードから覗いていたのは、あどけない少年の双眸。黒い髪がますます闇に少年を隠すように見間違う。

「僕の封印の元に、永遠に眠れ」





     それから……。 永い時が過ぎた。

 世界はどうなったのか。何もわからないままに、悪戯に時間だけが流れてしまい…。誰かが封印を解いてくれるまで、私は待つしかできなかったのです。

 しかも、この塔の歪んだ時空とその中に隠された仕掛けすらをも見破って。
 誰かがこの封印を解いてくれる日を。

 世界が開かれた時、私は一人の少女に出逢った。
 どうやってこの塔の謎を解き、ここまで辿り着いたのか。そして、どうやって魔術師の封印を解くことができたのか。

 半分妖精族の血を受け継ぐ、強く光る瞳を持った少女。
 この世界での、私の女神でした。

++

 俺達は言われるままに、賢者の塔へと挑戦していた。ダーマ神殿から北方へ、所々に壁の削られた穴が見える、随分荒廃激しい尖塔。

 「悟りの書」は力の象徴とも言われ、盗賊に狙われた事も多々、魔物までもが塔に押し寄せているのだと言う。
 ダーマ神殿で能力をつけた者の腕試しにもよく使われるらしいが、誰も最上階を見つけたことは無いと言う。ワグナスが言う、「ただ一人の例外」を除いて。

 ワグナスは塔の一階で、例によって俺達に手を振った。
「最上階で待ってますよ。きっと迎えに来て下さいね」
「え?そうか、自力で行くしかないのか」
「そうですよ。頑張って下さいね」
 見送る賢者に、アイザックは気合を込め直す。

「ワグナスさん、一人辿り着いた人っていうのは、どんな人だったんですか」
 やる気満々に、荷物を背負いなおして訊いたのは赤毛の僧侶。修行中のナルセスは置いて来たわけだが、土産話を頼まれて、密かに燃えていたりするようだ。

「最上階で一緒に待ってますよ。良き協力者になれると思います」
 思わせぶりに、賢者は詳しくは言わずに姿を消した。
 「本」に帰ったと言うべきなのか。


 塔は、いくつもの尖塔に枝分かれし、複雑な構造になっているのが外観から見て取れた。入り口は魔物に崩されたのか大きく口を開け、塔の内部にも複雑に小部屋がひしめき合う。塔の内部も荒らされていて、至る所崩壊の末路を辿っていた。
 空間が歪んでいるのか、時々視界が揺らぐのが気になる。

 塔の中には噂どおり魔物も徘徊していたが、ここまでの間に装備も整えた、俺達なら問題はないと思われた。
     が、塔の中にあるまじきモノに出くわし、俺達はようやくそこで、この塔の難解さを知る事になったのだった。

「なんでこんな所に!旅の扉だよ。何処に繋がってるのかわからないぞ」
「全くだ」
 だいたいが国と国とをつなく旅の扉。このままどっかの見知らぬ国、なんて事もありそうで恐ろしすぎる。
「…あ、でも、あっちにもあります。…あっちにも。見て下さい」
 ジャルディーノが更に嫌な報告をしてきて、俺は思い切り顔を歪めて嫌がった。もしかしてこの塔は旅の扉だらけなのか!?
「旅の扉だらけです、お兄様。…入るしかないのではないでしょうか」

 至って冷静に、時たま憎らしくなるかも知れない妹が正論を進言する。
「仕方ない。行くぞ!」
 半ばヤケに、俺は先陣を切って旅の扉に足を踏み入れた。


    グラリと世界が歪む。水なんだが、濡れはしない不思議な水たまりの中に入ると、違う場所に移動させられる。
 俺は、旅の扉から出て、周囲を見回した。
 景色は変わり、階が移った感覚がする。暫く後続を待つが、……何故か誰も来ない。
 皆びびって来ないんじゃないだろうな?、と思い、俺は元の場所に戻ろうとまた旅の扉に入った。

「なっ……」
 違う、見たこともない場所に移動していた。    はぐれた!
 同じ場所に入っても同じ場所に出てこない。仲間たちもばらばらに飛ばされてしまったらしい。
 試しにリレミトの呪文を使ってみる。
 建物等から外に出る脱出用の呪文だ。するとふりだしの塔の入り口に帰ってくるが、続けて同じくリレミトを使えるシーヴァスが入り口に戻って来た。
「他の奴らは、帰ってこれないからな……」
「確かに、誰も辿り着けないはずですね。迷宮です」
「あの野郎」

 知っていて笑って見ていそうな賢者の顔がよぎり、思わず拳を握り締める。
「どうするかな……」
 再び旅の扉の前まで来て、シーヴァスと二人で暫し顔を見合わせた。
「一緒に行ってみましょう、お兄様」
 俺の左腕にしがみつき、そのまま行く気らしい、これでもはぐれてしまうのか、試してみたいと言ってくる。

「よし!」
 ザブン!俺とシーヴァスはくっついたまま旅の扉に飛び込んだ。腕にしがみついた感覚は……、離れない、同じ場所に移動していた。
 ふう、と一息つくと、崩れ落ちた前面の壁から外の景色が見える。しかし安心したのも束の間、その上空から羽音が大量に鳴り響く。塔の周囲を飛び交うガルーダの群れが現れた俺達に気づき、群れをなして飛び込んで来る。

「キィエエエエ!!」
「ぐわっ!……この!」
 奴らはべギラマの呪文を使ってくる。炎の渦に身を焦がされ、しかし体制を低くして通り過ぎるくちばしをかろうじて避ける。

 ポルトガで新調した鋼の剣を抜きすまし、舌打ちして俺は迎え撃とうと前に出た。
    氷の刃よ!ヒャダルコ!!」
 俺の両脇を通り抜け、後ろから魔法使いの呪文が奴らに報復する。最近覚えた、上級の氷の呪文だ。エルフとは言え、シーヴァスの魔法の威力には息を呑む。仕留め損なった数匹を相手に葬り去り、改めて俺達は胸を撫で下ろした。
 結構強敵もいる、一緒にいるならともかく、個人個人では少し心配だった。

 ……、いや、うちの戦士と赤毛の僧侶は問題ないか……?
 アイザックは威力は低いが二回攻撃できる「隼の剣」と鋼の剣を併用しているし、ジャルディーノの奴は強い上に自分で回復もできるし。
 サリサは微妙に心配がよぎった。
 ……ここに商人のナルセスがいたら、更に輪をかけて不安になることだろう。

   なるほど、アイツの修行は必須だったのだと、今更ながらに理解できる。


「お兄様!戦いの音がします!」
 エルフ族のシーヴァスは普通より耳が良く、微かな音を聞きつけ走り出した。「星降る腕輪」を装備しているために、走られると実は誰も追いつけない。
 追った先では、心配していたサリサが一人でしびれあげは数匹と奮闘していて、体が麻痺したのか危ういところだった。
「ジャルディーノさんにキアリクをかけてもらわないと…。お兄様、おんぶして貰ってもいいですか」
「なに……」
 戸惑う俺に、遠慮して、サリサは自力で立とうとするのだが…。足がふらつき、どうと倒れてしまう。

「……。わかったよ」
 シーヴァスに手伝ってもらい、サリサを背中におぶさる。
「あ…、ありが…。すみ、ま……」
「落ちないようにきちんと乗らないと」
 上手く支える妹、サリサの腕を俺の首に回させて。俺は耳まで熱くなるのを感じて悔しい気持ちになった。
   恥ずかしいんだよっ!!
 こんなこと誰にもしたことないのに……!!

「早くジャルディーノさんに会えるといいのですけれど」
「全くだ」
 早くこれから解放されたい。バツの悪いままに、行けるだけのその階を一周し、仲間がいないのを確認すると、来た場所から一番近い次の旅の扉におんぶしたまま、更に妹にしがみつかまれ飛び込む。

「ジャルディーノー!!いないかー!いたら返事しろー!」
 移った階にて、俺は声を張り上げた。この際アイザックでもいいんだが、おぶるのを代わってくれるのなら。

「こっちです!」
 再び、シーヴァスに案内され、物音の方へ走る。先の通路を、空を飛ぶドラゴンが高速で通り過ぎる。
「スカイドラゴン!」
 この近辺の最強の魔物だ。素早い上に炎を吐く。戦慄にシーヴァスは足を止め、俺もその後ろに立ち往生するが、その先をまたスカイドラゴンが通り過ぎる。
「二体も……!!」
 青ざめた妹がそれでも追いかけた瞬間、ドラゴンが消えた先から旋風が巻き起こる!
「ごめんなさい!」
 声の主の武器は理力の杖、魔力を用いその魔力をぶつけ敵に大きなダメージを与える。咆哮を上げて足掻いたスカイドラゴンの首を魔力の刃で切り落とし、更に上方から頭を食い潰そうと伸びて来たもう一匹のスカイドラゴンの頭を真っ二つにする。

「…………」
 魅せられた俺達に奴はすぐに気がついて振り向いた。
「ああっ!ニーズさん達!無事だったんですね!探したんですよ!」

 末恐ろしいぞ…。ナゼかあれ程の壮絶な戦闘をやっておきながら、返り血はほとんど浴びていなかったりする。やはり最強の僧侶ジャルディーノと合流し、サリサは奴の呪文でしびれから解放される。
「…あ、ありがとうございました。ニーズさん…」
「……いいから」
 俺はまたその礼に赤くなる。くそぅ…。

「…ひょっとして、ニーズさんって、照れてるの?」
 先の道を検討しながら、後ろで小声でサリサはシーヴァスに聞いていた。
「ふふ、そうですね。ちょっとサリサが羨ましかったです」
「へぇ…。なんだか印象変わっちゃったかも…」
 何か二人は破顔しつつ、ついて来る。

 そして決めた旅の扉には……。
「あ、あの、私こっちにくっついてもいいですか」
「なに」
 異常事態発生だった。
「え?ニーズさんもてもてですね」
「何言ってんだ。シーヴァスにつけばいいだろう!」
 旅の扉をくぐるに当たって、またはぐれるのを防ぐために、全員しがみついて飛び込まなくてはならないんだが…。左腕に妹がくっついているのはいいとして、何かに味をしめたのか、右手側にサリサが遠慮しつつもくっつきたいと申し出てくる。

「あ、そうなんですけど…。嫌ですか」
「じゃあ、あの、僕もニーズさんに…」

ボカ!
「い、痛いです!どうして殴るんですかニーズさん!!」
「気色悪い事言うなっ!」
「サリサも、お兄様と仲良くしたいのですよ。いいじゃないですか」
 鶴の声。そう、俺は、弱いんだ。弱いんだよ…。(涙)

 半分泣きながら、両腕に女がしがみつき、背中にジャルがまとわり付いた図で俺は旅の扉に飛び込んで行く。旅の扉、嫌いになりそうだ。
 相変らず。塔内の構造は読み込めない。
 昇っては降りたり、ぐるぐる回らされている印象に焦りを覚える。

 最後の一人、戦士アイザックには暫くして一階で再会する。
 隆々たるおおくちばしの死体を積み上げて、持っていた薬草で軽症を治そうとしていた。すかさず僧侶のサリサがホイミをかけて治療してやっていたが。

 問題は、旅の扉突入だ。
「…変な図」
「黙れ」
「アイザック、こっち」
 さすがにアイザックは俺にはしがみつかず、サリサの伸ばした手を取った。
 そんな図で俺は旅の扉地獄に挑み続けてゆく…。


 一階まで戻り、また今度は別のルートで最上階を目指す。
 仲間が揃えば戦闘に苦戦することもなく、ただ「正解」だけがみつからないままに、無駄な時間が過ぎていった。
 日も高く昇り、朝方挑んだのにもう半日が終わろうとしている…。

++

「参ったなぁ…。一体何処をどう進めばいいんだ?」
 休憩に昼飯を広い場所で喰い、俺は投げやりにため息をつく。
「壁に印をつけて…。もう、あらかたは回ったはずだよな。どうして道がないんだろう」
 壁に印を付けるのは、過去にここに挑んだ者の多くがしていることらしく、塔内の壁にはそれらしき傷がしつこい位に残されている。
 アイザックも疲労を見せて、隣で大きく息を吐き出す。

「通る順番があるとか。隠し扉があるとか…」
「盗賊はいないからな。うちらには。でも、多くの盗賊が挑んでいても、誰もその「道」を見つけていないんだぜ。どうするよ」
「…「道」じゃないのかも知れないですよ」
 小さな光取りの窓から、外を眺めていたジャルディーノがぽつりと呟く。

「道じゃない……?」
 道と思える道は通ってみた。しかし、考え自体が間違っていたのだとしたら…。
「なにか考えがあるのかよ。ジャルディーノ」
「…………」
 お人好しのいつもの笑顔が消え、真剣モードのジャルディーノの横顔が見えた。
「…聞こえませんか。呼んでいる声が」
「声、ですか」
 誰もが耳を澄まし、全ての音に集中した。
 仲間達の気配、外の風の音。自分の鼓動…。

 誰が呼んでいるんだって?目を閉じ、俺はその「声」を探す。


     女神の石像、何故かそんな情景が浮かぶ。
 悲痛の叫びが聞こえ、ワグナスを本に封じる黒ローブの少年。
「誰か    !」


「上ですね…。もっと上です」
 一人、全くもって不思議な感覚を持つ、ジャルディーノが天井を見上げる。
「ここより上か…?何もないぜ。空しか」
「じゃあ…。きっと空なんですよ。そこでワグナスさんが待ってます」
 すでに「道」を見つけたように、赤毛の僧侶は迷いも無く身支度し始める。
 そして、最上階なんだが何も見つからないこの階層を回り、削り取られた横壁から覗く外の景色を凝視する。
「何か見えませんか?あの先、空間が歪むんです」
「なにぃ」
 指差すのは虚空の一点。もちろん何も見えるはずがない。

「多分、見えない先の塔です。まだ塔の続きがあるのだと思います」
「……。それはいいとして、どうやってそこへ行くんだよ」
 嫌な予感がする。もう、目一杯するんだが……。
「……。そうですね。ロープ投げても、届きそうにないし…。飛ぶしか…」
「飛ぶ!?」
 ジャルディーノ以外、なんとなく結果が見えてきたようで、思い切り青くなって後じ去った。

「ここ、あの、六階……」
 嫌そうに、シーヴァスと寄り添ってサリサが震える。
「大丈夫です!僕に任せて下さい!上手くコントロールしてみせます!」

 うちらに、いや、もともと浮遊や飛行の呪文はこの世界には無い。
 目的地に瞬間的に移動するルーラと、相手を飛ばすバシルーラと、それしか方法はないんだが…。
 ルーラは行き先を良く知らないととんでもない所へ移動してしまう。見えない不確定な場所になんて移動できないし、見えてるらしいジャルにバシルーラされる以外手はない。まぢかよ……。

「ジャルディーノさんは、どうするのですか?ここに残ってしまいますが」
「そうですね、じゃあ、シーヴァスさんに残って貰って、場所がはっきりしたら一緒にルーラで連れて行って貰えばいいと思います」
「わかりました」

「げええっ。本気かよー。信じてるぞジャルディーノ」
 下を覗き込み、不安そうにも、ジャルの肩を掴んでアイザックは揺さぶる。コイツに命を預けなくてはならないわけで。

 危険を冒すのは一人でいいいのでは?と言う話になり、男二人、じゃんけんで飛ばされる方を選別する。
 ……俺かよ……。

「じゃあ、行きますよ!」
「好きにしてくれ」
 身構え、俺は覚悟を決めた。そしてジャルの呪文は発動し…。
    風よ導きたまえ!バシルーラ!!」

ゴオオッ!
 風に飲み込まれ、俺は回転しながら空に投げ出される。みるみる仲間達は小さくなり、俺はそのまま運ばれるはずだった。

ビュオオオオッ!!
 上空は風回りがきつい。しまった、と思った時には俺の飛んで行く道筋は遮られ、勢いが減り、何処にも届かずに落下し始める。

「あああああああ!!ニーズさん!!!!」
「ちぃいいぃぃ……っ!!」
 ジャルの悲鳴も遠くに途切れ、俺は風に揉まれながら空を睨んだ。
 何かが光った。わらをも掴む思いで俺は手を伸ばしてそれを掴んだ。

 ロープのようなものだ。ギシギシと見えないロープはしなり、俺をぶら下げて風に揺れる。仲間たちには、何も無い空に俺がぶら下がっているように見えるのだろう。
「ニーズさん…!ごめんなさい…!だ、大丈夫ですかー!」
「後でお前タコ殴りなぁ…!」
 悪態をつきつつ、俺はその不思議なロープの辿り着く先を探す。空間が歪む、そこに今何かの姿が見つけられた。
「…ちょっと待ってろ!」
 ロープを伝い、俺は空に浮かぶ続きの塔に辿り着く。

 俺が立つと仲間達にも、外からは見ることのできない塔の入り口がはっきりと見て取れた。遅れてシーヴァスのルーラで仲間達も移動してきて、ようやく、この賢者の塔の攻略が終わりそうな予感がしていた。



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