「海賊の姫」 |
噂に名高い賢者の塔は、盗賊達の間でも度々話題に上った。 私も興味を引き、この迷宮に仲間と共に挑む事にする。 しかし、塔の攻略は成されないままに、仲間達は続々と手を引き、私の帰りを待つばかりに成り下がっていった。一人になっても私が諦めなかったのは、単なる意地だったわけじゃない。 確かに感じた、自分を呼ぶ力を無視できなかったからだ。 旅の扉に翻弄され、塔内をさ迷い歩いた、収穫はただ外からわずかに聞こえてくる『声』だけ。今は崩れ落ちたが、その当時は見えない塔に繋がる、細い橋がかかっていた。崩れた後で私がロープを張ったのだけれど。 見えない塔にようやっと着いても、あった宝は賢者の残した書物一つのみ。 けれど私は何故か「がっかり」とは思わなかった。 そこに私の求めたものが確かにある。 「ここに、辿り着く奴がいるなんてね…」 悟りの書に辿り着く前に、一人の少年が立ちはだかった。黒いローブの魔術師。 「なによアンタ。邪魔する気?」 「そうだよ。可哀相だけど、帰らないなら、殺さなきゃいけないよ」 「冗談。ここまで来て帰るか。ガキだと思ってなめてたらアンタが死ぬよ」 私は愛用の短剣を構え、身を低くする。 「威勢のいい子供だな。早死にする…」 「うるさいよ!」 親父に仕込まれた剣術、体術には全てに自信があった。大の大人でも、そうそう私に勝てるもんじゃない。呪文を唱える時間を与えないように、素早くふところに忍び込み、喉元を狙う。 切り裂きに手ごたえはない。かすったローブが破れ、相手の顔が見えただけ。 黒い髪を後ろで縛る、紅い瞳の少年だ。 「……なん、だ!」 たかが短剣の、予期せぬ威力に魔術師は顔を歪め、喉元を押さえる。 「普通の剣じゃないからね。覚悟しな!」 「フン!ガイアの力か……!」 魔術師は呻き、呪文の詠唱に入る。詠唱は早く、再度の攻撃の前に炎の塊が襲ってくる。 「ガイアは炎の神だ!」 短剣は炎を切り裂く、私に炎なんて通用しない。 「な………!!」 「死ね!!」 短剣の閃撃、大地と炎の神の力を宿す、これに耐えられる奴なんているもんか。 「アアアアアアアアッ!!」 魔術師は咆哮のような叫びを轟かし、殺意に燃える瞳で私を睨み消えて行く。 「馬鹿な…。こんな子供が…貴様、ガイアの…。姉上…。許さぬ…。大地の血族全て根絶やしにしてくれる……!」 魔術師はひとまず消えた。嫌な捨て台詞を残して。 完全に消えたわけではないのだろう、またいつか私の前に出てきそうだ。 「ふん。あほが。みすみすうちの奴等が簡単に殺されるもんか」 短剣を腰の鞘に戻し、私は「悟りの書」へ向う。 |
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辿り着いた「正解の道」、小さな三階作りの、空に浮かぶ小塔だった。 外からは全く見えない仕掛けだが、中に入れば普通の塔となんら変わりはない。魔物の姿も無く、階段を昇り、真の最上階に俺達は辿り着く。 そこには一人の女が俺達を待っていた。 耳が尖っているのでエルフ族なのだろうが、随分エルフらしくない様相をしている。 紫がかった髪は短く、肌は日に焼けてやたら健康的で、へそは出してるわ、足は出してるわ、おそらくハーフエルフなのだろうと思わせた。エルフにしては、野生的すぎる女。 俺達が上がって来たのを見て、女は待ちくたびれたように、悪態をつく。 「随分かかったんじゃないのー。こちとら暇じゃないんだよね。早く来てくれないと困るわ」 その部屋には仰々しい台座がおかれ、大きな古い書物が台座のくぼみにはめ込まれている。多分バチ当たりもいいところに、女は台座に足を組んで腰掛け、ずっと俺達を待っていたようだ。この女が「ただ一人辿り着いた例外」なのか…? 「ミュラーさん!ミュラーさんがそうだったのですか…?覚えていますか。アッサラームで会いましたシーヴァスです」 「知り合いか?」 妹が後ろから驚きの声を上げ、アッサラームで仲間とはぐれた時に出会ったことを説明してくれた。 「それはいいから、早くこの本めくってやんなよ。待ってるんだからさ。全員で一気にどーぞ」 女に指示され、「悟りの書」に全員で手を伸ばす。 「せーの!」 アイザックの掛け声で悟りの書は開かれた。その途端に本は強い光を放ち、目を覆って数歩全員が距離を取る。 光の中からワグナスが嬉しそうに現れて、ふわりと床に音も無く降り立つ。 「ありがとうございます。よくぞ辿り着いてくれました」 「随分嫌な塔だったけどな…」 皮肉を込めて、俺は笑いもせずに言ってやる。 「これで、ワグナスさんの力も戻りますか?お役に立つのならいいのですけれど」 「ええ、皆さんのおかげで、随分力が戻って来ました。だいぶまた自由になります。さすがジャルディーノさんは、私を見つけて下さいましたね」 「そんな……」 ジャルディーノは謙遜に赤くなり、ワグナスはにこにこと仲間達に礼を言って回った。 「ニーズさん、あなたに、またお願いをしなくてはなりません」 最後に俺の前に来て、ワグナスはかしこまって片膝をつく。 「…なんだよ。またお願いかよ」 願いを聞いてここまで来たばっかりだって言うのに、断ってやろうか。 「魔王バラモスを倒し、私の主、ルビス神救出にご助力下さい。勇者の力が必要です。そのためになら、どんな尽力も惜しみません」 いつになく、真剣な願いだった。ある種の気迫すらも感じられて…。 どうして俺に頭を下げるんだ。勇者の力なんて持ち得ないこの俺に。 何もかも知っておきながら、どうして俺にそんなことを頼む…?ワグナスの下げた頭を見下ろしながら、俺は奴の真意がわからなかった。 「お前、何を考えてる……?」 「言葉のままです。勇者ニーズ。私も、我が主も、あなたを勇者と認め、保護し、協力を求めています。そう、あなたには「この世界の勇者」になって欲しいのです」 そこまで言うのか。 俺は軽い目眩さえ覚えて、足元が揺らぐのを感じた。 神すらも俺に何かを期待する……?オルテガの息子でもないこの俺に。 ただ、偶像が欲しいだけなのか。「勇者」と言う偶像が 「やろうぜ。ニーズ。すごい事じゃないか!」 新たな使命感に燃えて、うちの戦士は俺を掴んで揺さぶる。正義に燃えるもう一人のミトラ信者も、その後に意気込みを示した。 「私も……!ルビス様は助けなくてはならないと思います。そんなことができるなら…。やりたいです!私は……!」 迷う俺に、妹がそっと腕を掴んで囁いてくれる。 「大丈夫です。皆、お兄様の味方です。できますよ。お兄様一人で成す事じゃありません」 「…………」 信じているんだな、そう思わせる、妹は俺の迷いを断ち切るように優しく微笑んだ。 「…わかったよ。ワグナス。お前の言う通りにしてやる」 「そうですか。ありがとうございます」 ワグナスは立ち上がり、これから先の旅の同行を申し出る。 「時々またいなくなることもあるでしょうが、これからはなるべく一緒にいさせてもらいますよ」 「本当ですか!わぁ、すごく嬉しいです!よろしくお願いしますね!」 「あ!ま、魔法教えてもらえますか!??」 「あ…、そうですね。私も、教えて貰いたいです」 「そっか。仲間が増えたな。よろしくなワグナス」 新たな仲間の参加にそれぞれは嬉しそうにワグナスを囲み、俺は一人ため息をついた。 予想外にも、自分の旅が重いものになってきた。 俺に何ができるんだろうか、自問を繰り返しながら……。 「そうそう。遅れましたが、こちらはミュラー。始めにここに辿り着いてくれた方なんですよ。海賊の御頭などされています」 俺達のやり取りを傍観していたハーフエルフの女、その肩書きに数人はぎょっとする。 「海賊!」 「こっちも、協力は惜しまないわ。私にできることなら何でも言って」 「海賊に頼むことなんて・・」 盗賊などの類に良い感情を持たない者は二人居る。正義の神の信者アイザックとサリサ。 「ミュラーさんはいい方ですよ。信頼できます」 「そうですね…。盗賊さんでも、いい人はいましたしね…」 ジャルの意見には賛同しかねるんだが……。 盗賊でもいい人、って、あのエルフとかのことだろう・・・? 「別に信用なんてしてくれなくていいわ。私も私の損得で動くんだから。単なる社交辞令よ」 女はなかなか豪快な性格のようだ。 しかし疲れていた俺は挨拶もそこそこに、早々に引き上げると告げると、賢者と海賊の女は引きとめはしなかった。 ルーラでダーマの宿屋に戻る。後でワグナスとミュラーも宿に来ると約束をして。 |
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塔に残った私とミュラーは、暫く小窓から吹かれる心地よい風に身を任せていました。 窓辺に寄りかかり、持参していた水筒を煽りながら、ミュラーはしんみりとしている私に労いの言葉をかけます。 「ひとまず、お疲れさま。これでまた一歩近付いたじゃない」 外の景色を横で眺めている、私の横顔は曇っていたのか、彼女は心配そうに私の名前を呼ぶ。 「本当に、一歩、ですね。気持ちばかりが焦ります」 「これでアンタももっと自由に動けるようになった。今まで私一人で、不充分だったもんねぇ。本から出て、動ける時間も短かったんだし」 「感謝していますよ、本当に。ミュラーには」 封印から解き放たれたあの日、貴女との出逢いがどんなに嬉しかったことか。 光を取り戻し、私に希望をもたらした、眩い少女だったあなたを。 まだ少女だった彼女は、悟りの書から現れた私を見て、開口一番にこう訊いたものでした。 「…ずっとここで助けを求めていたの、アンタ?」 まだあどけない少女が、臆した様子もなく、きびきびとした態度で私を見上げていました。 「ええ、そうですよ。あなた一人で?どうやってここまで。どうやって封印を解いたのですか」 彼女は大きな怪我はないが、あちこちに軽症が見えました。私は姿勢を低くし、ホイミの呪文を唱えます。 「どうやって?道はしっかりあったわよ。封印?あの魔術師なら返り討ちにしてやったわよ。油断していたんだろうけどね。本は、なかなか開かなかったけど、無理やりこじ開けたわ。ガイアの剣を使ってね」 「ガイア……!あなたは、あの方のご息女なのですね!」 私は驚きの連続で、もはや感動のあまりに心が震えるのを抑えられませんでした。彼女は私の知るある人物のご息女であり、なつかしい面影が胸を熱くさせてくれます。 「ああ…、ありがとございます。私は賢者ワグナス、ルビスの従者に御座います」 「なに、そんな敬服される立場じゃないわよ。クソ親父もただの放蕩野郎なんだからさ。感謝もいらない。私は自分の欲のためにここに来ただけだもの」 回復呪文をくすぐったがって、彼女はそそくさと私から離れる。 「ああ、アンタ名乗ったんだったわね。私はミュラー。アンタと親父がどういった知り合いかは知らないけど、親父に頼まれてここに来たわけじゃないわ。噂の塔に挑んでみたかった、それだけ」 「おかげで助かりました。ありがとうミュラー」 「これからアンタどうするの」 この場をもう去ろうとするのか、少女は私の今後を尋ねてきます。 その時は、夜更けでしたから、彼女も休みたかったのでしょう。 「それは…。そうですね。こうして外には出れましたが、まだ塔の外には出れない様です。失った力を取り戻すまでは……」 「ああ、そうか。完全にアイツぶっ倒してないしね。それは私のミスだわ。アイツのこと何か知ってる?見つけて始末してやってもいいけど」 戦い慣れているのか、平気で強いことを言う、彼女に私は圧倒され気味でした。 「ミュラー、時間が許すのなら、もう少しここにいて下さい。あなたの事、私が封印されていた間の世界の事、聞いておきたいのです」 「………。その代わり、アンタ何してくれるの」 振り返った彼女に、私は心から伝えました。 「私にできることなら、なんでも」 そうして、彼女は床に腰かけ、私の我がままな願いに付き合ってくれることになったのです。 「私を封印した魔術師の事は…。わかっていません。魔族の一人でしょう。危険ですから、探さないで下さいね」 「断るわよ。アイツ、うちの一族根絶やしにするとかほざきやがったもの。やられる前にのしておかないと。受身になるのは御免よ」 私の忠告も、彼女は全く耳を貸しませんでした。あくびを噛みしめつつも、あの魔術師を思い出すのか、唇を尖らせます。 「ミュラーは勇ましいですね…。お父上にそう教育されて来たのですか」 十三、四程度の少女がここまで強く、怖いもの無しなのが不思議で仕方がなかった。彼女の父は確かに勇敢で力強い方ですが、それでも、幼い彼女は強すぎると思いました。 「確かに…、剣や戦い方は教えて貰ったわよ?でも、親父なんて関係ない。あの野郎いつも殆どいないもの。物怖じしてたら何もできない。びびったらそこで負けてしまうってものよ」 彼女は、ある勇者の娘でした。 オルテガとも肩を並べた、名のある勇者。 彼女は幼くしてすでに冒険の旅に身を置き、親に頼ってもいない。彼女に従う子分もいるようで、想像すると羨ましい気もしたのです。 「素敵な女の子ですね、ミュラー。あなたのような子がいてくれると、本当に救われます…」 「ちょ・・、ちょっと、なによ!」 私は彼女を抱き上げ、しっかりと腕に抱えました。眩い生命力を、そのまま自分の力にしたくて。 「生きる力の塊のようですね。不安も消すようです」 「不安……。離してよ!離せってば馬鹿!」 「海賊達の頭なんて……。お姫様のようですね」 「はあ???」 私の言葉の意味に思い切り呆れ、ミュラーは文句を言うのを諦めたようでした。 私は彼女の反応に笑いながら、ふと空気の変化にはっとします。 世界に、光が差してくる。夜の匂いが去ろうとしているのでした。 私は、彼女を抱えたまま、震える足で窓辺に立ち尽くす。 この世界には「朝」がやって来る……。 「……なに?なんで泣くのよ」 恥ずかしげもなく、涙を流す大人の男に少女は戸惑う。 「この世界には、朝が来るのですね……」 「………。当たり前じゃない」 「そうです。当たり前です。当たり前です…」 彼女の言葉がどんなに嬉しかったのか、話してもきっと伝わらない。朝の来なくなった世界の事など、この世界の民は知らなくていい。 闇に閉ざされた私の世界では、「朝」を知らない子供達も大勢いる。 その中で、希望を失う人々も多い。 一刻も早く、「光」を取り戻したい…! そのために、私はなんでもするでしょう。人々を救うため。世界を救うため。 「……。朝がそんなに嬉しいの?不安ってなによ」 「ミュラー…」 「助けた縁よ。今後も助けてやってもいいわ。もちろん見返りは要求するけど」 心の優しい少女を、私は愛しさも込めて強く抱きしめた。 「あなたがいれば、不安は消えますよ。私は、光を取り戻します。必ず……!」 「いれば、いいのね。そんな事くらいなら簡単だわ。任せてよ」 少女も私に抱きつき、無邪気に笑う。 「また一人、世話する奴が増えたみたい」 それから、彼女との日々が重ねられていく。 封印を解いたミュラーはそれ以降、私に酷く影響された。 私が怪我をすれば彼女も支障をきたしたし、彼女が不調な日は私も力がうまく出せなくなっていた。一蓮托生、彼女が成長すれば私もまた力を取り戻していった。 彼女には、頭の下がる日々でした。もちろん、彼女は大人になっていき、その関係も少し形を変えようとしていたのですが…。 |
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ミュラーが大人になり、徐々に私は一線をおくようになっていきました。 何度も尋ねる海賊アジトや船上では、私はすっかりお頭の男になっていましたし、彼女の素敵な出逢いを阻んでも仕方ありませんから。 まぁ、彼女の周りには「いい男」系は弟さんぐらいしかいなかったのですが、私も私なりに気を使ってはいました。 けれど彼女は、そんな気使いさえも簡単に壊します。 彼女は、私を『人』として想うようになっていました 大胆な彼女は、言葉だけでもなく、行動にも好意を現す。不意打ちで彼女が顔を近づける事も多々あったのです。 「したかったから、しただけよ。好きだから」 「…………」 彼女が酔いつぶれることなんてない、知りつつも正気とはとても思えませんでした。隣で密着する彼女を私はそっと引き離します。 「そういうものは、大事にとっておくものですよ。忘れておきます」 バシャリと、ミュラーは酒のグラスを私の頭上でひっくり返しました。 「ふざけたこと言ってんじゃないわよ…」 彼女はジト目で睨み、覆いかぶさってきます。 「ミュラー。はしたないですよ。悪酔いしてますね」 「酔ってないわよ。その首へし折るわよ」 「どんな口説き文句ですか。本気なら、止めて下さい。私はあなたの思いを受け入れられません」 彼女は体を起こし、不服そうに私に言及を始める。 「まさか、ルビスとできてるとか」 「違います。そんな卑猥な関係ではありません。しかし、私にとって女神が最も大事である事は言うまでもありません」 「…………」 私も座りなおし、仏頂面の彼女を納得させようと、必死に説得を試みます。 「仕事熱心なのはいいわよ。ねぇ、神々って奴も、恋沙汰はあるのよね…?人に時には、なんてこともないの」 「……。有得ないとは、言いません」 事実、人に恋した神もいるのです。間違いとは思いませんが、私は女神から離れられない。それでは彼女は不幸です。 「ミュラーの気持ちは嬉しいですよ。愛おしいのも事実です。けれど、私には使命がありますから。ミュラーには、きちんとこの世界で、あなただけを待っている人がいると思います」 「アンタがいいのよ」 明るい紫の瞳がまっすぐに私を見つめ、そのまま動けなくさせる。 「自分でも笑えるわ。…でも、本気よ。せめてこの世界にいるうちは、”他の女”のことなんて考えさせない」 あなたのいる景色は美しさが違います。だから私は、この世界からあなたを奪うわけにはいかないのです。 「永遠なんて求めてないの。ただ好きだからアンタに惚れてるから、止められないだけなのよ。忘れるんじゃないわよ」 「……はい」 たかが一瞬でも、あなたには火傷になりかねないのですよ。 あなたが死した後でも、その先、またその先までも私は追いかけてしまうかも知れないと言うのに…。迷惑な話に他ならないでしょう。 残り香にクラクラしながら、私はその話を流しました。 二人からしてみれば、決して恋人同士ではない。 しかし、周りから見れば恋人同士に見える関係でした。 その後もミュラーは好意を示してきましたし、私は流し続けてきた。 このままではいけないのだと解ってはいても……。 暫く塔の最上階で思案に暮れた後で、私はミュラーと共に勇者の泊まる宿へと向うことにします。 シーヴァスさんなどはミュラーと話したいこともあると言いますし、新たな交流の輪ができるなら私も嬉しい事です。 |
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勇者の泊まる宿で夕食を済ませ、何故か私は勇者の妹に誘われ、彼女らの部屋に呼ばれてしまった。 「なぁにー?情報なら金取るわよ」 「え?そうですか。おいくらですか?」 真面目くさった勇者の妹、エルフの魔法使いは財布の中身と相談し始める。 「あ、足りなかったら私も出すから!」 ミトラ神の僧侶まで財布を取り出し、私は眉根を寄せて嫌な顔をした。 「何が聞きたいのよ?ワグナスの個人情報とか言わないでよね?そんなのだったらお断りよ」 私はため息と共にベットに足を組んで座る。 「あの、別な人のことなのですが……。ルシヴァンのことなのです」 「はぁぁああああ!??」 思い切りずり落ちた。私はベットからずり落ち、どこか照れるエルフ娘の正気を疑った。 「ああ、なるほどね。あの時の腹いせをしようと…。それなら協力してもいいわよ」 「腹いせ?腹いせって何されたの?シーヴァス」 「それは、もういいんです。そんなことではなくて…。知りたいと思います。教えて下さいませんか。彼の事を、知りたいんです」 私は、真顔で、エルフ娘の額を押さえた。熱はない。 「そこの僧侶、キアリー。何か悪いものでも喰ったのよ」 「え?……え?」(汗) 「…ミュラーさん…」 エルフ娘は半泣きになり、私もその顔見て泣きそうになったわよ! 「…私もさぁ…。人として、むざむざ純粋な娘を悪の餌食にさせたくないわけよ」 「あ、悪の餌食って。その人そんなに悪い人なんですか」 知らないらしい僧侶にもわかるように説明してやるけど…。 「アイツさあ…。確かに顔はいいわよ?あの手の顔に弱いわけ?でもね、アイツは薦めない。大反対!勝手気まま、自分だけ大事な奴よ。女もよくひっかけてはすぐさよならだしねー。すぐにポイよ、ポイ。アンタが何言われたか知らないけど、本気じゃないのよ」 ベットに座りなおして、私は歯に衣を着せず、はっきりと真相を伝える。 「…知っています。本気じゃなかったこと。それでも、また会いたいんです」 「…………」 私は、僧侶の襟首を持ち上げ、吠えるように叫び散らした。 「ちょっと!アンタらの仲間とかにましな男の一人や二人いるでしょぉおお!?誰でもいいからあてがって、このエルフの目ぇ覚まさせなさいよ!あー!」 「えっ。えー…!えっと、ナルセス君は彼女いるし、ニーズさんはお兄さんだし、アイザックは駄目だし、ジャル君……?」 今度は僧侶まで泣きそうになってくる。ああ!どいつもこいつも!! 「近くには、いない、ですか?ミュラーさんだけダーマにいるのですか?」 「……………」 しまったよ。しまったことに、奴はダーマに来てやがる。今すぐに息の根を止めたい気分になった。 「ミュラーさんの言うような人なのかどうか、自分で確かめたいです。会いたいんです」 「あー…」 私は僧侶を離し、全身で脱力するのを感じていた。駄目っぽい。 言い聞かせても無駄っぽいわ。 「いいけど、私も一緒に行くわよ。二人っきりは不可。また何されるかわかったもんじゃない」 「あ、あたしも行く!」 「ありがとうございます。ミュラーさん」 「よしてよ。私は泣きたいよ」 |
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成り行きで、私は勇者の妹達の部屋に便乗して泊まることになり、けれど深夜、私は目を覚まし、遠くに望む賢者の塔に複雑な思いを投げていた。 ワグナスが泣いたのはあのたった一度きり。 だからこそ、ずっとこの目に焼きついてしまっているみたいね。 出逢った子供の頃から、ワグナスの姿は変わらず、私だけが成長していった。それだけでもう、住む世界の違いを教えられてきたんだ。 惚れたのは、一体何処だったんだろうか。あの野郎に、自分が必要だと思った……? おかしい話。 この世界に魔法をもたらした賢者でも、ルビスの使いでも、そんな話はどうでも良かったのよ。 私はアイツの悲しみをいつか消したいと思っただけだ。 私ぐらいかも知れない、アイツを「守るべきもの」と捕らえているのは。 実の弟よりも手下達よりも、ほうっておけない子供みたいな奴なのよ。 アイツの世界を救えるのが勇者なら、勇者に協力を惜しまない。 「もう、すでに振られているんだけどねぇ……」 月夜の映る窓に手をついて、私は自分を笑っていた。振り返り、馬鹿だと思う勇者の妹の寝顔に目を向ける。 「アタシもたいして変わらないか…」 誰も皆そうなんだろうか。 出逢ってしまった、惹かれてしまった。 理由も無いままに、他人から見たら馬鹿な道でも本人には意味がある道なんだろう。 |
助けを求めていたのは、悲しみを隠した賢者。 大丈夫よ。私がアンタを守ってあげる。 私が本当に手にしたいのは、いつか見せる、本当の夜明けに笑うアンタの……。 |