「山彦を待たず」 |
ある時、未開の大陸の小さな村に、その詩人は笛を吹いて現れたという。 美しい笛の音色に村人は酔いしれ、そして中世的な美しい彼に、村人は惹きつけられた。詩人は村に笛を残し、一つの頼みを告げて行く。 「この笛を吹いて、私の弟子が残した「宝玉」が近くにあれば、笛の音が山彦のように返ってくるでしょう。お願いです。宝玉を集めて欲しいのです」 詩人は、それは美しい宝玉だと語った。 彼の弟子が宝玉を探し、困っているのだと…。 快く受け取った村人もいたが、宝玉の価値に野望を抱き、笛を奪おうとする者も現れた。詩人の残した笛は、誰にでも音の出せる笛ではなかった。 詩人の頼みを受け、宝玉を探して世界を回ろうにも、笛を吹ける者が村には一人もいなかったのだ。 噂を聞きつけた悪人達の手もあり、笛は近くの塔に隠された。巧妙な手口で、笛がそれ以降誰かの手に渡ることはなかった。 小さな村の中で隠された「山彦の笛」は、時の流れと共に、確証のない唯の言い伝えとなり、忘れられようとしていた……。 男は単身ながらも身軽に、朽ちた塔の内部を罠も気にせずに上がって行く。 塔内は中心が吹き抜けとなっており、誰かがはり巡らせた古いロープのみが通行手段となっていた。建物としての構造すらもう保っていない廃墟じみた古塔。 男は内部を一通り回り、目的の物が無いのだが余裕を見せて鼻で笑う。 小さく、灯りのない暗い塔の中、男は何事かを呟いていた。 するとどうか、隠された宝箱自身が彼を呼ぶかのように、自らの場所を光って教えてしまうではないか。 張られたロープの中央。奈落の底の中に宝は隠されていた。 男はロープから飛び降り、隠された床に降り立つ。 宝箱には鍵がかけられていた。 彼が笛を手にした時、再び詩人は姿を現す。 「私の笛を見つけて下さってありがとうございます。私の頼みを聞いて下さいませんか?」 優しい穏やかな笑顔を浮かべる、中世的な男性。 細い体にゆったりとした服を纏い、青と緑の合わせたような髪に、飾り布一枚を巻いている。 「オーブを探せって言うんだろ?お前の頼みじゃないが、俺もオーブが欲しいんだよ。集めたら本当に空が飛べるんだろうな」 銀色の前髪から攻撃的な双眸を覗かせ、男は詩人に問いた。 「あなたは空が飛びたいのですか」 「…そうだ。探したいものがあるんだよ。空でも飛ばなきゃ見つからないような代物だ。教えろ。空は飛べるのか!」 「飛べるでしょう。ラーミアは優しいですから。あなたの願いを聞いてくれます」 「了解だ。玉ころ如きすぐに全部見つけてやる」 男は笛を手に、慌しく塔を後にしていた。 |
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ダーマ神殿横の宿場街では、朝方から修行に出て行く者たちで人の行き来が盛んでした。私は、お兄様にわがままを言い、あと一日だけこのダーマで過ごす許可を頂きます。それはアッサラームで会った盗賊に、もう一度どうしても会いたかったがために。 話を聞くと、海賊のお頭であるミュラーさんと、彼はある同じ目的のために協力しているのだと言います。 その詳細は、昨晩宿で聞くことができました。 しぶしぶと彼の事を話し始めたミュラーさんは、彼との出会いから詳しく教えてくれたのでした。 「アイツ、盗賊一族の「特殊能力」を引き継いでんのよね」 ベットに横になりながら、ミュラーさんは天井を相手に重く呟く。 「なんですか、それは……」 「賢者のもたらした呪文でもなくって、永く続いていた盗賊一族が生み出した、「特殊な呪文」ってのがあったんだけど…。もうその一族は足を洗っていたのよ。呪文も消えた。それがさー、たまたま、また一族から盗賊になっちまったあの野郎が再び取り戻した、ってワケ。秘密事項ではあるけど、おかげで、噂は早いし。賊と名乗る者は全員がアイツの力を手にしようと躍起になっていたりしていたワケなのよ」 誰もが彼の力を狙う、彼は実は危険に身を置いているのでは……。 私の体に緊張が走りました。私はベットに腰掛けたまま、ぎゅっと肩にかけた毛布を掴んで聞いています。 「価値あるものを見つけ出す、欲しいものの在り処を指し示す呪文、「レミラーマ」。アイツは、それが使える。…一部の者しか知らないけどね」 「…聞いたことあります!レミラーマ、いくら隠しても必ず見つけ出すと言う…」 横で同じように聞いていた、サリサが驚きの声を上げました。 「悪しき人物に使われれば、どんな貴重な財宝もあっという間に奪われてしまうと…。そう、その盗賊の呪文と、「最後の鍵」は共に封印されたはずです」 「ああ、そう。最後の鍵、そんな物もあったわね…」 「ま、さか!持っているんですか!?」 青くなるサリサに対して、ただ無反応で視線を向けただけのミュラーさんは…。 肯定していると思いました。 彼は盗賊としての誰もが望む「呪文」と、どんな鍵でも開けてしまう「最後の鍵」を持っている。 手に入らないものなんて、何もないような 嘘。違います。 私の見た彼は、「何も大切なものがない」ような人でした。 「更に、なんでか知らないけど、あの男、「山彦の笛」が吹けんのよ」 「確か、夢の世界の使者が残したと言う…。なんで盗賊なんかが吹けるんですか」 「私が聞きたいわよ。「笛」の精に気に入られたらしいわよ」 「えええ……」(汗) 不服そうに話をするミュラーさんに、サリサは顔色を悪くして眉根を寄せていました。 海賊であるミュラーさんにも、「レミラーマ」を使い、最後の鍵を持つ盗賊の存在は無視ができなかったそうです。 彼の所在を追い、追ううちに、その男が「山彦の笛」を吹く事実に出会います。笛は、男の力なら手に入ったでしょう。 けれど、山彦の笛は誰にでも吹ける代物ではなかったのです。 彼も、何か不思議な運命の持ち主のようなのでした。 私は彼ら海賊達が泊まっているという宿に案内されながら、どきどきと胸が高鳴るのを覚えていました。嬉しさと、不安とで……。 |
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「俺は、ただ山彦の笛の作者に、オーブを集めるようにって、頼まれただけだぜ」 その海賊頭と出会ったのは、ほんの数ヶ月前の話に過ぎなかった。俺の謎を知ろうとする、女頭はたかが海賊とは言えぬほどの力の持ち主。 知る人ぞ知る、有名な勇者の娘であり、【大地と炎の神ガイア】の力を込めた短剣を相棒の弟と共に所持している。 …盗賊や、戦士としても優れた姉弟で、下につけた海賊達も統率がよく取れている。おそらくこの世界の海の「最強」を背負う奴らに違いなかった。 たかが俺一人、逆らえるはずもない。 しかし単身突っ張っていた俺は、奴らの話に耳を傾けずに、しまいには捕まってしまった。 特殊な力を持つ目障りな盗賊男を一人、船室にふん縛り、灯り一つの船室には海賊の幹部ニ名だけが残される。 野性的なハーフエルフの女頭、短い紫がかった髪から長い耳を覗かせ、衣装は露出が激しい。この手の趣味なんだろうな。 そして海賊頭を姉と呼ぶ、金髪の男が横に一人。深く帽子を被り、横の壁に背をつけて、もの静かに事の様子を伺っていた。姉とは呼ぶが、男はエルフの血は引いていない、人の姿をしていた。 「一体どんな風に笛の精に取り入ったわけよ。アンタのような盗賊が」 専ら、質問を寄せてくるのは女頭の方だった。弟の方はえらい寡黙を決め込んで動かない。 「…たまたまだよ。随分好意的だったぜ。ルタって奴はよ」 両腕を縛られ、船室の床にあぐらをかきながら、俺は淡々と返答してゆく。 「ああ。俺もオーブ欲しさに笛を吹こうとしたんだけどな……。ま、目的が重なっただけだ」 「アンタの目的って何よ。まさか空を飛ぶ事?そんな夢見がちには見えないけどね」 「…………」 床に座る俺と同じ目線に屈み、頭は半ば蔑んだ視線を隠さない。 「俺も空には興味はないな」 口にして、俺は不意に一つの考えに辿り着いた。こいつらは海賊なんだ。 ひょっとすれば何か情報を持っているかも知れないと…。 「俺は、「船」を捜してる。この世界の海を放浪しているという、亡霊たちが漕ぐ幽霊船だ」 「…………」 船室にいた、ニ人の顔に緊張が走るのを見た。 「幽霊船ね。そこに何の目的があるわけ?財宝があるとも聞いていないし、誰かが乗っていたのかしら。アンタの知り合いが」 「オリビア岬の呪いを解くためだ。それ以外何もない」 眼前の女頭の、まばたきが驚きを明確にしていた。目を見開き、一瞬動きが凍結する。 それまで沈黙していた、帽子の男が低く発言をよこしてくる。 「呪いを解く方法があるんだな?それが本当なら幽霊船は俺達が見つけよう」 「…………」 男の勝手な発言に思えたが、女頭は険しい表情で黙り込み、異論の言葉はそのまま上がってはこない。 「それはありがたいな。オタクらこそ、何が目的でそんなことに協力してくれるんだ?」 疑問はある、俺は壁側の帽子の男に顎を上げて真意を伺った。随分色男に見えたが、顔は隠すように帽子のつばを引く。 「岬の先に、俺達も用がある」 静かに、何かの意図を潜ませた男の言葉。 女頭の瞳にも苦い色が滲む。 岬の先、そこに何があるのかは知っていた。 通称祠の牢獄 しかし、岬が呪われて数年、牢獄は世間から隔離される状況にはまっていた。刑期を終えても帰ることができず、心配している家族も多いと話は聞く。 岬はオリビアの呪いの歌により、船が通れなくなっていた。船が渡ろうとすると歌声が聞こえ、海が嵐になり船を飲み込もうとする。 コイツらこそ、その先に家族でもいるのだろうと俺は読む。 「なるほどね。牢獄に家族でもいるのかい。生憎だが、あそこの生存者はもう望み薄いぜ」 「…生死は問わないわ。でも行かなきゃならないのよ」 「へぇ」 一瞬怯む程に、女の強い瞳は決意の色に光る。 「呪いを解けるというが、実際はどんな方法を用いるつもりだ」 これは帽子の男の台詞。俺は、曖昧に方法を提示するのだった。俺にしても確信があるわけじゃない。 ただ、呪いの理由は知っているから、それを消そうと思っているに過ぎなかった。消しても、呪いが消えない可能性も考えておかなければならないだろう。 俺とその海賊達は幾つか重なった目的のために、協力をすることに話は決まった。海賊の女頭の名前はミュラー。余り似ていない弟の名前はスヴァル。 俺はずっと一人で生活してきたが、ここにきて集団生活に参加するとは思わなかった。それから、俺は海賊達との共同生活に入って行く。 |
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ダーマ神殿の宿場街、下に大きな酒場のあるお店に彼らは宿泊していました。 ミュラーさんの部下の数人、このダーマに用があり、とどまっていたとのお話なのです。 お昼前に宿を訪ねますと、昨夜彼らは下の酒場で盛り上がっていたらしく、すっかり酔いつぶれて泥酔中。 ミ ュラーさんは激しく扉を叩き、問答無用で部屋に入っていきました。 「あの…、ミュラーさん。無理に起こさなくても良いですから…」 私は廊下から部屋の中を伺い、サリサと二人で中から聞こえるミュラーさんの罵声に戸惑う。部屋からはぼやく数人の呻きが聞こえ、中には叫びも混じる。 「アイタタタ!お頭!す、すいませんっ!許してくださいっ!」 「客人よっ!いつまでダラダラ寝てんのよ!ほらアンタも何事もなかったかのように寝てんじゃねえ!」 「何の用だよお頭さん…」 廊下にいた私の体がその声に反応していました。サリサに寄り添い、口元を押さえて俯きます。 「どうしましょうか。緊張してきました…」 「う、うん。なんだか私も緊張してきた。ど、どの人?」 そっと、扉に手をかけサリサが覗くと、寝起きの男が一人、簡単な服装で彼女にぶつかりました。銀髪を肩まで無造作に下ろした、斜に構えた横顔の青年です。 「…何だお前。……。誰だよ俺に用事って」 再会した彼は叩き起こされ、眠そうに目を擦って客を探していました。見知らぬサリサを通り過ぎ、私に気がつくと暫く沈黙している。 「…ああ、お前は覚えてるな。あの時喰いそこなったエルフ女だ」 「喰い……!?」 彼の発言にサリサは口を押さえて真っ青になっていました。仕方のない話ですが。 「なんだよ、まさか。続きがしたいとかでもないんだろ?あの時の文句か。随分執念深いな」 「いいえ、違います。起こしてしまってすみません。どうしてもまた貴方に会いたくて、ミュラーさんに無理を言ってしまいました」 私は彼の前に出て、深く頭を下げます。 部屋の中から「なんだ、なんだ」と数人の男の人達が身を乗り出してくる。 「うおっ!エルフの女だ!珍しい!」 「二人もルシヴァンに会いに来たのかよ!畜生ー。いいなぁ、もてる奴はよおぉ!」 「美人系だー!エルフとポニー娘だー!お、おいらエルフがいいなぁ!」 「アンタらは邪魔!!!」 ボゴガ、ボゴ、ボゴ。 「アンタらはちゃっちゃと今日の仕事をこなす!ぐずぐずしない!」 「アイアイサー!お頭〜!」x3 彼以外の三人は大きなたんこぶに涙を流しながら敬礼をし、いそいそと部屋から散って行く。 「ルシヴァン、アンタは着替えて下に下りて来な。一緒に朝食でも、食ってやるんだよ」 「…命令か、それは」 「命令よ!」 不本意そうな彼の前をミュラーさんは通り過ぎ、私達を連れて一階に下りて行きます。 下の酒場は昼も営業していました。遅い朝食をとる人の姿もまばらですが、見えています。 「シーヴァス…。あの人の言ったこと、すごく引っかかるんだけど…」 「………。いいんです。ごめんなさいサリサ、嫌な思いをさせます」 「それは、いいんだけど…」 奥の四人席に着き、私達は彼を迎えました。向かいの奥にサリサとミュラーさん。私の横にルシヴァンが腰をかけます。 彼は簡単に後ろで髪を縛り、身軽な服装で面倒くさそうに座る。 「で?俺に一体何をしろって言うのかな」 彼は腕と足を組み、横柄な態度で注文を取りに来たウェイトレスにいくつかメニューを頼む。サリサは終始唇を噛んでいました。心中穏やかでないのがわかります。 ミュラーさんは頬杖をついて、続けて注文をウェイトレスに伝えている。 「ルシヴァン、いくつか、質問をしてもいいですか」 「あぁ?……、どうぞ」 皮肉のような言い方で、彼は冷めた態度で質問を待った。 「危険は…、無いですか。海賊の方々との生活は楽しいのでしょうか」 「…………」 ルシヴァンは呆れたのか、肩眉を上げて横の私の瞳を伺う。 「…危険がないなんては言えないね。恐ろしい女頭領もいるし」 「あんだって」 「ミュラーさんから少し話を聞いたのですが…。船を捜すのはどうしてですか?船にご家族でも乗っていたのでしょうか…」 「…………」 ルシヴァンは、私の質問にみるみる不機嫌に視線を細めていきました。腕組みしたまま、椅子にもたれて強い態度でミュラーさんに噛み付く。 「余計なこと話してんじゃねえよ、ミュラー。そこまで応える義理はないね」 「うっさいわよ。こっちだって好きで話したんじゃないわよ。アンタのことなんて。この子がどうしてもアンタのこと聞きたい言うからしぶしぶ話してやったのよ」 「へえ。まさかアレしきで本気になっちゃったわけ。それはおめでたいことで」 「………!」 彼の物言いに、向かいのサリサは本格的に気を悪くしていました。今にもテーブルを叩いて立ち上がりそうです。 「エルフで珍しいもんで、ちょっと相手してやってもいいかなとはあの時は思ったぜ?でも俺達は「勇者一行には手を出すな」って釘刺されてんのさ。だから悪いけど、もう遊びでもアンタの相手はできないんだわ。悪いね」 「ちょっ…!なんですか!シーヴァスは遊びなんかじゃありません!!」 一人、我慢できなくなったサリサは顔を真っ赤にして立ち上がりました。 「さっきから聞いてれば、何なんですか!人を馬鹿にするにも程があるでしょう!?最低です!シーヴァス、こんなの相手にすることない!!」 人は店内にはそれ程入ってはいませんでしたが、それでも私達のテーブルは注目を浴びる。 「…………」 ミュラーさんは、こんな展開を予想していたのでしょう。頬杖のまま、疲れた顔で大きくため息をつく。サリサに啖呵切られた当の本人は、何事も無かったかのように平然としていました。 「と、友達は言ってるぜ。お友達の言うことは聞いた方がいいんじゃないか」 「いいえ。私は、それでもあなたが好きなようです」 ぶほっ!ミュラーさんが思い切り水を噴いて驚いていました。 「シーヴァス……っ! 立ち上がったまま、必死にサリサは私を言い聞かせようとするのですが、私にはもう、なんの躊躇いもなかったのです。 自分でも不思議なくらいに。 「ミュラーさん!ミュラーさんも何とか言って下さいよ〜!!」 げんなりして口を拭いていたミュラーさんの肩をサリサは半泣きで揺すって、私も自分のわがままに閉口して俯いていました。 「女だよ」 唐突に、隣の彼はイラ立った口調で吐き捨て、場を沈黙させました。 「幽霊船を探すのは惚れた女のため。エルフの女なんぞ到底勝ち目ないような最高の女だ。だから諦めな」 彼は、届いたメニューにも手を付けずに席を立ちました。 「良かったら喰えよ。じゃあ、仕事に行かせてもらうぜ」 「…………」 残された三人は、無言で彼を見送る。 |
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彼の去った後、私のせいですが、重い空気がずっとテーブルの上には積もっていました。届けられた遅い朝食にもなかなか手が伸びなかったのです。 私は、サリサに謝りましたが、気持ちの変わらない私に彼女は納得がいかないようで、その顔は重く沈んでいました。 沈黙をかき消したのは、ミュラーさんの唐突な叫びでした。 「あ」 お店に一人の男性が入って来た。 反応した様子で、まっすぐ向ってきたその人を待つために体を起こす。 「来るなんて聞いてないじゃない。何があったのよ?」 「いや、ただ、ワグナスの奴に誘われただけだ。姉さんが困ってるってな」 黒い服装に、黒い帽子を被った来客は、ミュラーさんの弟さんのようなのでした。髪も瞳の色も、少しも似てはいなかったのですが。おまけに彼は人です。 「確かに、困ってたけどね。アンタが来たってどうしょうもないでしょうよ」 「弟さんですか。ミュラーさん、弟がいたんですね」 サリサがようやく気持ちが切り替わったのか、明るく挨拶しようとすると、弟さんはそれを遮りました。 「いい。知っている」 「え…?知ってる…んですか?」 「調べる事が俺の仕事だからな」 「…………」 また、あまり気持ちの良くない言葉に、サリサは唖然として固まっている。 「飯まだなら、あの野郎の取ったもの、勿体無いから食べてけば?アンタらも食べていいわよ、奢るから」 「え、それは、悪いですよ。ミュラーさん」 姉の勧めに弟の彼は空いた席に座り、おもむろに食事を切り分け、私達にも配ります。帽子に隠れて良く顔は見えないのですが、無口ですが気遣いの優しい人のようでした。 「スヴァル、帽子取りなさいって。私はアンタを手放しで紹介したいくらいよ」 言うが早いか、身を乗り出したミュラーさんは弟の帽子を取り、自分の手元に隠してしまいます。 「まぁ…。帽子をしているのは勿体ないですね。スヴァルさん。こんなに綺麗な顔立ちなのに」 私は、素直に彼の容姿を褒めていました。綺麗な金髪にどこか鋭い瞳で、さぞかし女性が喜びそうな端正な面立ち。 美男子と思っていたのはワグナスさんもそうですが、いつも笑顔なワグナスさんとはまた違う魅力の方です。 「そうなのよ!勿体ないでしょお!自慢の弟なのよ!!」 「かっこいいですね、弟さん…」 サリサも目をぱちくりします。力説するミュラーさんに捕まり、私もサリサも姉の弟自慢を長く聞かされることになりました。 「私は弟の方を薦めたいわよ、あんな奴よりも。愛想ないかも知れないし、喋らないけどいい奴よ。アイツより断然保障するわ。優しいしね、仕事は真面目だしね!」(続く) 「姉さん、今はルシヴァンの話だ。事情はワグナスから聞いている」 慣れているのでしょうか、顔色も変えずに話題を変える弟さんです。 自分を褒められている間も黙々と食事を口にしていました。 「アンタはどうしてそうなのよっ!!この姉心をいっつもいっつもぉ〜!!」(怒) 「さっき、女がどうとか話していたが、それでお前は諦めたか?」 弟さん、自分のペースでミュラーさんを無視し、私に話しかけてきます。本当に冷静沈着な人です。 「…いえ…。でも、二人が幸せなら祝福したいと思います…」 「あれは嘘だ。女と言うのは「母親」。母親代わりだった女のことだ」 「何ばらしてんのよっ!!せっかく諦めかけてたっつーのに!!」 「俺は奴を最低な奴とは思っていない。だからこそ協力しているんだ。姉さんだってそうだろう」 彼は、姉と、その横のサリサに対してもその言葉を正面から突きつけた。 「最低」と罵ったサリサにも。 「母親代わりだった女性の汚名を晴らすために、アイツは幽霊船を捜しているんだ。俺達となんら変わりない。ルシヴァンはオリビア岬の呪いを解くために船を捜している」 「………。女には敵だって言ってんのよ」 「それは違う。ふらふらした女しか相手しないからな。相手が本気の時は遠ざけていった。あれはわざと悪ぶったんだ」 「随分肩持つわねぇ…。なぁに?このエルフとの恋を後押ししたいの?」 「したいな。ワグナスもそう言っていた。ルタが笛を託したアイツが悪党なはずがないと。信頼しきっていたよ」 「………。あのおせっかいが。他人の色事には乗り気なんだから。ゴシップ好きなのよ。はぁ〜、いやいや!」 ミュラーさんは忌々しそうに横に吐き捨て、私と目を合わせます。 「こんなの聞いちゃあ、諦めないよねぇ…」 「はい」 私は、にっこりと微笑んでいました。 けれど彼の心が汚れていない事は、聞かなくても確信していたのです。 「私、追いかけて行きますね。彼と一緒にいたいです」 私は挨拶も簡単に、彼の行き先を聞いて追いかけていました。 その後で、しょんぼりしていたサリサを姉に頼まれ、スヴァルさんが宿まで送っていました。 「…あの、スヴァルさん。…本当に、うまくいくと思います…?あの人、本当にいい人なんですか…?」 下の酒場を出て、また帽子で顔を隠していた彼は、いまだに不安そうなサリサに告げたものでした。 「信じられないか?信じればいいじゃないか。お前の仲間はそこまで馬鹿じゃないだろう?」 「………。はい、馬鹿じゃない、ですけど…」 「お前の仲間は、いい「目」を持っているんだ。表面だけでなく、裏側も見て取れる「目」をな」 「………」 サリサは、そう言い切る彼に、「それでも好きです」と話した私に、どこか小さくなる自分を感じていたのでした。 |
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私は宿から外に出て、彼の行き先を追っていました。 すぐには見つからなかったのですが、人に話を聞いている内に、彼の足跡に出会います。 彼がこのダーマで何を探しているのかは知りませんでしたが、追いかけて来た私を見ると随分と呆れて脱力していました。 「まだ何か用あんの」 「お母様のためでしょう。私もきっと何か手伝えるかと思います」 「…ミュラーが喋ったのか」 「いいえ、弟さんでした。ご親切に。あなたを信頼しているのですね」 「あの野郎…」 ぼそりと、彼の口から悪態が聞こえます。 「でも、おたくは俺の好みじゃねーよ。もう、帰りな」 雑踏に消えて行く彼に、けれど私は後ろについて歩いていました。 彼は冷たく無視していたのですが、さすがに昼にもなると、不意に腕を引いて私を路地に呼び込み脅す。 「いい加減にしろよ。迷惑なんだよ。サマンオサの王にでもこのまま突き出してやってもいいんだぜ」 「………。すみません。でも、お仕事の邪魔はしないですから…。私が、あなたを見ていたいだけです。今日だけ、許して下さい」 「…………」 真剣に、彼が私を見据えるのを、ここに来て初めて見ました。 「あのな。俺はもう「待つ女」は見たくないんだよ」 壁に私を挟んで手を付き、脅かすように鋭い視線が私を刺す。 「二度と顔見せるな。吐き気がするんだよ。今度出てきたら勇者の妹だろうがミュラーが邪魔しようが、容赦しないぜ、いいな」 どん!と私は壁に強く打ち付けられ、痛みに少し声を上げてしまった。 けれど次の瞬間には、目の前から彼の姿は消えていました。 盗賊である彼に、本気で逃げられたのなら、私なぞに捕まえられるとは到底思えませんでした。 暫く当てもなく探していたのですが、完全に足跡は消されていた……。 帰ろうか、そう、思い初めてから、私は自分の心の声を聞くのです。 「待つ女」、自分は確かに、ずっと待っていただけだったのではないのかと。 日は、翳り始めていました。明日にはダーマを発ちます。時間はもう、多くは残されていませんでした。 ノアニールの村で、ずっと一人で家族の帰りを待った。 アッサラームで会った彼に、また会える偶然を待った。 私は、後悔したのではなかったの……?森の外の世界を見た時に。 立ち尽くす私の前を人がたくさん流れて行き、私は時が動き出したあの村を錯覚するのです。 待っていた間に、私は多くを見逃して、多くのものを失った。 それを示唆するかのように、ダーマを彷徨う私の世界は、急速に日没に迫っていく。 私は、走り出していました。闇雲に、けれどどうしても引けない想いを抱えて。 瞳を凝らし、「世界」を見つめるのです。 大事なものをもう失わないために 耳に消えない、山彦の音を追いかけます。 他の誰もが聞き逃した微かな笛の音。 私は風の流れを読み、彼の動きを予想して先回りしていました。 私の腕には素早さの上がる「星降る腕輪」、息を切らして駆けていました。この日で足が折れても構わない思いで。 私が選んだ細い路地裏。迫る日没に赤く染まる地上に影は降って来たのです。銀の髪、建物の影の中でも美しく映った紫の瞳。 「……っ!…ルシヴァンっ…!」 今を逃したら、もう二度と届かない。 彼は……。幻を見るように、驚愕に口を開けたまま微動だにしませんでした。 |
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私が、彼に駆けつけ、その胸に飛び込んでから、 どれだけの時間が過ぎたのでしょうか。 赤みを帯びていた世界は色を失い、路地裏の影の中、自分の鼓動だけが強く鮮明に聞こえていた。彼に辿り着けた自分が誇らしかった。私は彼の胸元を掴んだまま、ずっと寄り添っていました。 動かなかった彼は、息さえ止まっていたかのかも知れません。 「おい…」 低い声で、彼はそのままに尋ねてきます。 「どうやってここが分かった」 「…………。山彦です。あの時の笛の音が聞こえましたから」 「そうじゃない。お前が追っていたのはわかっていた。でも俺にはいくらお前が腕輪をしていようが撒けたんだ。まさか先読みされるなんて。素人のエルフ女一人に」 「………………」 説明はできませんでした。 風はここに来ると思った、そうとしか言えませんでした。 「すみません。また顔を見せてしまいました。迷惑もわかっていたのですが…。でも、私は待つのは確かに嫌だったのです」 彼から手を離し、私は頭を下げて距離を取る。 「私をサマンオサに連れて行きますか?」 サマンオサがどんな場所かは知らなかったのですが、脅された地名を彼に問う。ルシヴァンは暫く沈黙していました。 汗ではり付いた前髪をかき上げ、ため息のような長い息を吐き出す。 「行かねーよ。単なる脅しだ。シーヴァス、今回は敗けを認めてやるよ。ただの勇者の可愛い妹じゃねえってことが、良くわかった」 「…………」 ゆっくりと、私の口元は自分の両手で覆われていきました。驚きと嬉しさがこみ上げ、私は自分の耳を疑っていたのです。 「初めて、ですね。名前を口にしてくれたのは」 「俺は無知なわけでもないんでね」 「嬉しいです…」 「…泣くのかよ。そんなことで」 「涙が出ます。嬉しいです」 自分の名前に、とても感謝でき、小さい子供のように私は泣いていたのです。 日は暮れて、少し肌寒い風が頭上を舞っていきました。 風が乱した髪を指でよけ、彼が私の頬に手を寄せる。重なった視線は、何度目だったのでしょう。 今回、知ることができた、この人の断片。けれどそれ以上に私を惹いて離さない、彼の何かが胸を苦しくさせていく。 初めてのように、新たな驚きの口づけを彼は私にもたらした。 全身が痺れて、そのまま溶けて落ちていくように。 瞳を閉じて、そのまま私は彼に溺れる。 「勘違いするなよ。今日は俺が敗けたからな、その褒美だ」 至近距離で、彼は真摯な瞳を逸らさずに口にする。 「嬉しいです。もう少し、一緒にいてもいいですか」 「おい。二個も叶えてやるなんて言ってないぜ」 「…そうですね。そうです。ありがとうございます。もう、帰りますね」 わがままも諦めて、私は帰りを待っている仲間の元に帰るため足の向きを変えました。大丈夫…。もう、不安も迷いもない。 これからも私は彼に、きっと追いつけるから。 「シーヴァス、聞いていいか。どうしてそんなに俺が好きなんだ」 腕を引かれた私は、見上げた恋する人に、一つ質問をされました。 …何故でしょうか。彼の何に私は反応して、ここに今いるのでしょうか。 「きっと、貴方が、人だったからだと思います」 エルフとは大きく違う、日々を激しく生き、そして深い深い悲しみを抱えて、それでも進み続ける「人」だから。 あなたの様な寂しさを、私も知っていたから。きっとそうだと思ったのです。 |
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笛の音は、また微かにこのダーマの地で宝玉を探していた。 この地には山彦は返ってこない。 それを遠巻きに見つめていたのは、一人の詩人。 不思議な雰囲気を醸し出す詩人は皮のフードを被り、人込みを避け建物の影に潜んでいた。 そこへ男がそっと近付いて行った。 静かに憂いていた詩人、声をかけたのは額冠をした賢者ワグナス、詩人の知り合いと反応で知れた。 「…久しいですね。封印も、だいぶ薄くなったようで、何よりです」 旧知の友人に対するように、詩人は温かい笑顔をフードの影から覗かせた。賢者は微笑を返すが、その顔はすぐに深い悲しみに堕ちていく。 「…申し訳御座いません。本来ならば、声をかける事さえ無礼と承知しております」 賢者は詩人に跪き、全身で激しい懺悔を表した。 「妹様をお護りすることも叶わず、自らも封印されていた不始末です。許されるならば、妹様、そしてこの地に暮らす弟子シャルディナ様のお二方を護り、助け出す事、私の使命にさせて戴きたいと存じます」 「ワグナス、謝罪は不要です。顔を上げて下さい」 青と緑の間、不思議な色に閃く詩人の髪と瞳は穏やかに揺れ、瞳は暮れた町並みを見つめ静かに翳った。 「私とて、立場は同じなのです。妹は必ず助け出します。シャルディナもです。しかし、勇者なくして叶わない現状…。多くの協力が必要でしょう。私も、ルビスやガイアの様に、この世界に動ける使者を降ろしておくべきでした…。私の干渉できる事は余りに少ないのです」 「…ありがとうございます。ルタ様は、そしてその使者に、あの盗賊をお選びになったのですね。オーブを探し出すために」 「ええ。彼が、自らの欲のためでなく、私と同じように、誰かを助けたいと思う優しさから笛を吹いてくれたからなのです。まやかしも見破る瞳を持つ、聖なる力を持つ戦士だったからです」 吟遊詩人ルタは彼の生まれを知っていたのでした。 聖なる川のほとり、バハラタ地方に生まれた伝説の盗賊一族を。 今では盗賊と蔑まれる事になったが、ダーマから流れた賢者の弟子の直系にあたる。人のために探求を続け、鮮やかな技術を持った聖なる一族。 「真実を見つける瞳は…、お互いを見つけ出し、惹かれ合い、手を取り合って大きな力となるでしょう。ワグナス、私はこの世界には殆ど来る事ができません。彼らをお願いします」 「はい。お会いできて光栄でした」 勇者達を、世界を見つめる存在はまた一人、盗賊に笛を託し、その姿を消しては祈りに重なる風を残す。 明日も笛の音はオーブを探すだろう。誰もが視線の先に何かを探している。 盗賊の瞳に、彼女は「なに」と認識されたのだろう。 鋭く真実を見抜く瞳には、どんな宝石よりも鈍らない美しい光が宿る。 大地には、誰かを、何かを探す声が今夜も旋回していく。 勇者達もその出会う人々も、世界が耳を澄ましていた。 |
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