イシス編後、ダーマ編前。人攫い事件のお話。メインはジャルとアイザック。




「覆面再び」


 シャンパーニの塔最上階、覆面パンツの盗賊カンダタ達との戦闘は続いていた。鎧に身を固めた子分達は守備力が高く、なかなか決定打を喰らってくれない。荒稼ぎの賜なのか奴らの獲物は鋼の剣と強力。
 味方に多くの被害を受けながらも、徐々に俺達は盗賊たちを追い詰めてゆく。

「金の冠、返してもらうぞ!」
「ちっ!しつこい奴らだ!    てめえら!何を手こずってやがる!」
 カンダタは戦斧を振り翳し、子分たちを一斉にけしかけた。頑丈な鎧を着込み、子分達は狙い済ました鋼の剣で襲いかかる。何激かを体にかすめ、反撃に繰り出された俺の攻撃は鎧に阻まれ、空しい金属音を塔内に反響させる。

「アイザック!伏せろ!     ギラッ!」
 後方より勇者の呪文が炸裂する。下げた頭部の頭上を火炎が通り過ぎ、眼前にいた数名の鎧が焔を上げた。悲鳴を上げながら鎧は後方に逃げ、入れ替わった子分の兜の中身は激昂に燃え盛る。
「魔法使いから殺れ!黙らせろ!」
 後方からカンダタの怒声、半秒後指示通り子分たちは狙いを勇者    ニーズへと定める。

 当然俺は勇者の前に立ち塞がり、愛用の両手剣を構えて対峙。ニーズは後方の仲間に指示を送る。
「そっちはジャルを中心にナルセスとアニーで。奴ら守備力を上げる魔法まで使う。直接攻撃は殆ど意味がない。ジャルの援護しろ」
「了解です〜!」
 自ら率先しては飛び込まず、僧侶ジャルディーノ中心に商人ナルセスと武闘家アニーは陣を組む。
「叩き潰せーー!」
「カンダタ親分万歳ーー!」
 女子供の集団となめてかかり、奴らはそちらにも群がってゆく。仲間二人に守護され、赤毛の僧侶は矢次早やに呪文詠唱に及んだ。
「……幻よ包み込め   マヌーサ!……真空よ風の刃となれ!   バギッ!」
 自分を守る二人に目くらましの幻影をまとわせ、更に往生する鎧たちにかまいたちの呪文を炸裂させる。繋げて敵の守備力を下げる呪文へと詠唱は止まらない。

「よしっ…!これならどうっ!?」
 守備力の下げられた鎧へと唯一の女は跳び上がり、身体のひねりを効かせた痛烈な飛び蹴りをお見舞いする。後頭部に受けた子分の兜は弾け飛び、自らも床に転倒し数回転して壁にのめり込んだ。
「やった!会心の一撃!」
「アニーちゃん素敵!」
 幼なじみの歓声も飛ぶ。

「そんな鎧ごと叩き壊してやらぁァァァァァ!!」
 俺だって彼女に負けてられない。アイザックスペシャル(愛用両手剣)を魂の限りに撃ち込み、受けた鎧子分の鋼の剣が崩壊する。
「ひええええええっ!」

「一刀入魂!!」
「ぎょへええええええええっ!」
 再度打ち込まれた先には、彼の肩当は皿の様に砕け散り、肩も闘争心も砕かれて彼は床に眠ることになった。

「親分!こいつら強いです〜〜っ!」
 徐々に各個撃破されてゆき、這いつくばった子分の泣き言にカンダタは悔しそうに歯軋りを見せた。
「くっそう〜!冗談じゃねーぞっ!」
 巨大な斧で意地を見せて、カンダタの巨体は乱舞する。斧の乱撃は勇者に向けられ、負傷していたニーズは反応がいくらか遅れた。

「なめやがってクソガキがぁっっ!!」
「ニーズ!」
 横飛びして抱えて逃げた、しかし二人共の足から温かい血流れが滴る。視線を上げるとすぐさま追って来た斧の刃面、落ちたのなら頭ぐらいは割られていたかも知れない。斧はしかし放たれた鉄兜によって軌道を断たれ、届くことは無かった。
 危機に    足元の兜をアニーがすくって投げたのだ。俺はすかさず、舌打ちし息を巻くカンダタの足を掴み転ばせる。俺の後方からはささやかな呪文の紡ぎ。
 逆上したカンダタが首を起こすと、覆面マントはギラの火炎に直面し、野太い悲鳴が塔を揺らした。

「ぎゃあああああっ!火だっ!火だあああっっ!!」
 火の勢いはそうでもなかったが、カンダタは必要以上に狼狽して転げ回った。

 どうやらマントは防火加工がしてあったらしいが、それでもたまらないカンダタは慌てて移動し水樽に頭を突っ込み消火する。
 カンダタが混乱から冷める頃には、子分たちは全てしっかりおねん寝の時間。

 呆然とするカンダタ、その他一味全員は縛られ正座させられる。

 そして手をついて懇願してきたのだった。
「もうしねえよ〜。どうか見逃してくれよ〜。これからはまともに働くからよ〜。頼むよ〜。なっ、なっ。なっ?」



    あろうことか、俺達は許した。
 お人よしのジャルディーノが、この盗賊を許そうと言い出したのが原因。


++


 アッサラームより東、大陸を分かつ険しき山脈を越え、東南、聖なる河のほとりにバハラタという町が待っている。珍しい香辛料が売られ始めたと話題であり、遙か西のポルトガ国王がそれに関心を抱いた。

 ポルトガ国王に「その香辛料を持って来たら、船を渡そう」と約束された俺達は、お使いのためにバハラタへと訪れる。
 どんな料理にも良く合い、ピリッと辛く、非常に美味なのだという…。香辛料の名称は、黒胡椒(こしょう)。


「黒胡椒屋さん、閉まってますね…。お休みなのでしょうか」
 聖なる河への参列者で賑わっていると言われる、バハラタの町はどこか閑散とし、たいていの商店が休業中であった。
 人通りは少なく、旅人風の俺達を見かけると町人は妙に警戒して足早に去って行く。町並みもどこか荒らされた形跡を残していた。

 店を開けてくれと頼むため、胡椒屋の裏側へ回り玄関を探すと、戸口の前で青年が一人座り込んでいるのが見えた。この世の終わりのように暗く沈み、怪しげに何やらブツブツと繰り返している。
 「ツーちゃん…。僕は一体、どうすればいいんだ…。君なしでこれから、どうやって生きていけばいいんだ…。うえっ。ぐすっ。うええええっ…」

「…あの、どうかされたのですか?このお店の方ですか?」
 情けなく鼻をすすり嗚咽する男を、見かねてジャルディーノが声をかける。二十歳前後の若い、純朴そうな男。すでに泣き腫らして目も鼻も真っ赤だ。

「あなた達は…?」
「僕たちは胡椒を買いに来ました。売って頂けないですか?」
「…胡椒なんて…。胡椒なんて……。世界はもう終わりなんだ。僕の愛する愛しき、麗しのツーちゃんがいなくなったのに。胡椒なんて………っ。ううっ。えぐっ。うううっ」
「…えと…っ。ツーちゃんさん、一体どうされたのですか?そんなに泣かないで下さい」

 なんとなくその、『ツーちゃん』というのが恋人(想い人)だと言うのは分かる。話を聞くうちに彼が胡椒屋のせがれ、シブキであることを知った。ツーちゃんというのは幼なじみの恋人ツバキのことらしい。

「ふうっ。ずびっ。あううっ。僕のツーちゃん、ツーちゃんが、盗賊に攫われちゃったんだ。覆面マントにパンツ一丁の変態男に〜〜〜!うわあああああんっ!」

「え……」
「なんだって……!」

 ジャルディーノに走った衝撃。俺に迸った怒り。
 思わぬ人攫い事件、俺達は無関係ではいられなくなった。

「そんな…。カンダタさん…。どうして…」
「…どうしても何も。だから言ったんだ、あんな奴ら許すこと無いって。ジャルのお人よしのせいでこんな事になった」
「………」
 意気消沈した赤毛の僧侶に反省を促して、俺は泣いてばかりの胡椒屋息子の襟首を持ち上げ立ち上がらせる。
「いつまで泣いてんだよ。…情けない奴だな。恋人は俺たちが助け出してやる。カンダタは何処に行った?」

「え…?ほ、本当に…?ぐすっ。盗賊は…、北の洞窟を根城にしてるとかって、聞いたけど……」
「よし、分かった。すぐに向かおう!」

「…まぁ、仕方ないな」
 直ぐに発とうとする俺に、ニーズはため息のような同意を示す。
「あ…。あ…。ぼぼぼ、ぼぼぼぼ、僕もいくよっ!ツーちゃんは僕が助けるんだ!」
「はぁ?」
 そんなニーズの背中に男は張り付きわめき出した。しかし、どう好意的に見ても戦力になるとは思えなかった。すでに足は笑っているし、顔色も蒼白である。無理してかっこつけようとして、自滅する予感がバリバリ。

「却下だ。身支度の確認と、もう少し情報を聞いてから行こう。何人ぐらい攫われたか、とかな」
「そうだな」
「ああああっ!ツーちゃんっ!僕の愛の天使ツーちゃん……!」
 勇者に断られ、胡椒屋息子は再び地面に手をついてこの世を嘆いた。そんな姿も、うわ言も、無視して俺とニーズは先を急ぐ。

「……あの、大丈夫ですから。…元気出して下さいね…」
 最後に残ったのは、僧侶ジャルディーノの戸惑った気遣いの言葉。


「あうう…。駄目だ…。きっとあんなに可愛くて美しくて、可憐で優しくて(以下略)なツーちゃんに会ったら、きっと皆恋に落ちてしまう…。僕が助けに行かなくちゃ…」
 一人残された青年は鼻をすすり、目を袖で擦り、立ち上がると全力疾走で町を駆け抜け洞窟へと向かった。
 愛の為に。奪われた恋人を取り戻すために。


++


 カンダタ一党がアジトにしていると噂される洞窟を目指す。
 北へ向かい、河を越え深い森の中を進む。また河を越え、森は何処までも続くようであった。
 途中森の中で迷い、日も暮れてしまったが為に休息を取ることに決める。

 時折様子を伺った、赤毛の僧侶は固く唇を引き結んだまま…。行軍の間笑うこともなかった。

「…そんな事があったのですか…。ジャルディーノさんの優しさが、裏目に出てしまったのですね」
 野営のために火を灯しながら、そっとエルフの魔法使いは気落ちしている僧侶を労わる。
「うーん…。でも、さすがに今度ばかりは許さないよね。ジャル君でも…」
 その隣でサリサが焚き火に薪を差す。
「そうだぞ。言っておくけど、今回ばかりはジャルが何をどう言おうと、許したりはしないからな。いいな、ジャルディーノ」
 きつく言い聞かせ、俺は毛布にくるまり横になった。
 すでにニーズは真っ先に就寝済み。ジャルディーノの返事はというと…。

「はい…」
 力なく、わずかに微笑んだのみに終わった。



 早朝出発し、アジトらしき洞窟へと慎重に忍び込む。
 迷いやすい造りの洞窟であったが、しらみつぶしに調べ最下層に辿り着く。魔物も生息していたが、二人の僧侶で回復しつつ進むのは苦ではなかった。
 最下層、扉の奥に人の気配を感じ、仲間たちは息を潜め頷き合う。

 明らかに複数の男達の声が聞こえる。簡単に作戦を決め、陣形を整えると鍵を開け、勢い良く扉を蹴った。

「カンダタ!覚悟しろ!!」
 先頭を切るのは黒髪の戦士、突然の侵入者にぎょっとし、盗賊たちは慌てて振り返る。続々と後続仲間が並び立ち、奥で盗んだ金銀財宝を品定めしていた、覆面マントの男が俺達に気がついて立ち上がった。
    てめえらあの時のっ!」
「今度こそ牢屋にぶちこんでやるっ!」
 鋼の剣を手に一路カンダタを目指す。子分達は十数名、相も変わらず全身を鎧で固めているが、よほど儲かっているのか金ぴか仕様と豪華三昧。カンダタはやはり覆面マントにパンツ一丁。よほどのポリシーのようだ。

「ああっ!助けて下さいぃぃぃぃぃぃ〜〜〜!」
 奥の牢屋から情けない男の声が響き、何故かそこに胡椒屋の息子が捕まっているのに口を開ける。思わずげんなりして、駆けた足はたたらを踏んだ。
「捕まってたまるかよぉっ!返り討ちにしてやるっ!」
 カンダタの相手は自分。子分達は後方の魔法使いたちに切迫する。

 しかし、彼らは思い知った事だろう。
「ベギラマ!」
 エルフの魔法使いから強烈な火炎の渦が飛び、
「バギ!」
「バギ!」
 僧侶二人の真空の刃が身体を撃ちつける。盾に立つ勇者は怯んだ鎧たちを容赦なく薙ぎ、自分も呪文の詠唱。
「ギラ!」

「親分!コイツラ、ますますもって強いです〜〜〜!」
「エルフがいますよ!親分っ!呪われるぜっ!」
 ロマリア〜カザーブ地方を界隈としていた、彼らにはエルフは恐怖の対象であった。明らかに腰が引け、攻撃にも覇気が無い。
「エルフまで使いやがって、なんて奴らだ!」
 カンダタは忌々しそうにエルフの少女を睨み、口の中の血反吐を吐き捨てた。俺と一対一でやり合い、双方したたかに負傷を背負う。

 盗賊たちの抵抗は続き、戦闘は数刻続いた。
「スクルト!」
「ルカナン!」
 シーヴァスとサリサの補助魔法が飛び、今回はジャルディーノも理力の杖を手に直接戦闘に参加する。

「お助け〜〜!」
「うわあああああっ!」
「ぎゃあああああっ!」
 十数名いた子分は全て倒れ、カンダタも万事休し、斧を弾かれ膝をついた。巨体から幾すじも鮮血を垂らし、悔しそうに覆面の下で歯噛みする。

    しかしその直後、気づかれないように奴は含み笑う。


 カンダタは膝をついた姿勢のまま、大げさに両手を上げ、そのまま大地に振り下ろし、深く深く頭を下げた。
「俺が悪かったぁーーー!もうしねぇっ!女達も全員返す!だから見逃してくれ〜!」

 白々しい、謝罪であった。


 子分たちもカンダタに習い、慌てて手をつく。
「心を入れ替えます!だから勘弁して下さい〜!」
 懺悔にひれ伏し、許しを請う。
 その視線の矛先は、    当然の如く赤毛の少年僧侶。
「もうアンタたちの強さは分かった!もう金輪際こんな事はしねえから、どうか見逃してくれよ。…くれるだろ?あの時も許してくれたもんな?なっ?なっ?」
「………」
「ふざけるな!お前らはロマリアに突き出す!」
 ジャルディーノは返答に迷っているようであった。俺は有無を言わさず、カンダタの両手を後ろで縛る。

「そんなっ!殺生な!ああ、そこの心優しい僧侶様!どうか私どもをお助け下さい。どうか許して下さい。許してくれますよね?僧侶様〜!」
「僧侶様〜!」
 縛られながらカンダタはジャルディーノに救いを求め、わざとらしく涙を見せる。子分たちもこぞってジャルを求めた。

「…アイザックさん…」
「駄目だぞ!!」
 言う前に断る。    けれどジャルディーノは物怖じせずに、巨体のカンダタの前に座り、じっと静かにその瞳を見つめる。

「カンダタさんと、少し話をさせてくれませんか?」


++

太陽神の凱歌は、いつから流れていたんだろうか。
この時からか。
それとも、彼が生まれた時から    



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