「カンダタさんと、少し話をさせてくれませんか?」
 僕は盗賊カンダタと向かい合い、彼を戒めるアイザックさんに願う。

「…一体何を話すって言うんだ」

 たった一言、僕は呟く。
 それだけで、仲間は理解してくれるから…。 

「…夢を、見たんです」



「太陽神凱歌」


 盗賊たちの連行は僕によって中断され、仲間たちは逃亡経路だけはしっかり塞いで様子を見守る。
 正座し、後ろ手縛られたカンダタさんは、いまだに僕に許しを請うままでした。
「許してくれるのか?さっすが僧侶様!ありがたいぜ〜!」
「……カンダタさんは、どうして盗賊をやめられないのですか。何故盗賊を続けるのですか。…いまだ消えない、その顔の火傷のせいなのですか」

 覆面を動かす作り笑いが消え、彼の瞳は驚きに丸くなった。
「な、なんでそれを……?」
 子分たちを振り返ったが、誰もが知らないと首を振った。彼の覆面の理由    それは決して消えない顔の大火傷のため…。

 短い野営の朝方、僕に現れた夢は、
 そっと盗賊の過去を教えてくれたのでした。


 以前から遊び好きだったロマリア国王は、その日もお忍びですごろく場やモンスター格闘場で豪遊していました。
 遊びに夢中になりすぎた国王は、不注意から火災を引き起こし、遊技場に大混乱を巻き起こす。多くの民が逃げ惑い、兵士達の迅速な対応が必要なはずでした。
     しかし、国王の外遊びが国民に知られることを恐れ、王は民よりも自分の避難を優先させたのです。
 それにより、民から多くの被害者が出ることになってしまった。カンダタさんも被害者の中の一人。顔に大火傷を負い、体にも多くの傷を残した。

 後に、一部の者からその火災の原因が国王にあると知れ、人々は王を恨み、抗議を起こした。けれど国王は訴えの全てを無視し、事件を過去に消し去ったのです…。


「その火傷は、ロマリア国王のせいだと思っているのですね…。王様を憎み、だからこそロマリアを荒らした」
「なっ。………。なななっ」
「覆面は火傷を隠すため、そのスタイルは、国王へのあてつけ。ロマリアの品格を落とすため…ですか?豊かで品格ある王国を気取る節のある王様への、ささやかな反抗と言うのでしょうか……」
「なっ。なんだコイツはよぉ〜。気味悪いなぁ〜!」
 隠していたはずの事情を暴挙され、覆面の盗賊はおろおろと視界を彷徨わせる。誰でもいいから助けてくれと言わんばかりだったけれど、当然差し伸べられる言葉はない。

「なんでそんな事知ってやがるんだ!何者だてめえっ!」
 助けが得られないので、彼は今度は喰ってかかった。
「……。僕は、不思議な夢を見ることがあるんです。あなたの過去を、…すみません。見てしまいました」
 素直に謝り、一呼吸、挟んだ僕は本題に入る。

「あなたの火傷を治したら、盗賊をやめてくれますか?ロマリア国王があなたに謝ったなら、盗賊をやめてくれますか…?」
 いよいよ本格的に、カンダタさんは口をあんぐりと「0」の形に固め、本気で目を点に変えた。

「…おい、ジャル…」
 僕の話が「許す」方向へと傾くのを感じて、アイザックさんが小声で注意を訴えた。
「…分かってます。でも、例え牢屋に入れたとしても、彼の考えが変わらないことには、何年入っていたって同じです。ますます恨みが募るだけな場合もあります」

「はっ。ははははははっ!治せるもんかいっ!教会の僧侶だって少しも治せなかったんだぜ?この火傷は呪われてんのさ!ロマリア国王が謝る?あのボケ国王がそんな事するわけがねえ!最低な国王だ!民のことなんて何にも考えちゃいねえ」
「だから金の冠を奪ったんですね」
「…そうだ。せっかくの復讐を、邪魔しやがって。てめえら目障りなんだよぉ!」

 許しを得るために媚びたことも忘れ、盗賊は見つめる僕に毒を吐きつける。
「…治します。カンダタさん、あなたは火傷を消したくないんだ。何処かで、消えて欲しくないと願っている。だから火傷は消えなかったんです」
「…な、にぃ…」
「ロマリア国王への恨みのため。火傷が無くなれば、王様を憎む大義名分が無くなるため。王様を責めるために必要なんです、その傷が」

 言い切られ、暫しの間盗賊は言葉を失った。
 ……ようやく真剣に僕を睨みつける。僕に媚び、許して貰おうという打算はどこかへ消え、変わりに憎たらしさが込み上げて来たのでしょう。


「じゃあ、やってもらおうかよぉ。自信家の僧侶さんよぉ」
 僕は彼の本気が嬉しくて、思わず声が弾んだ。
「はい。少しの間、じっとしてて下さいね」

 彼の両頬に    覆面の上から触れ、僕は太陽神への祈りの言葉を繰り返した。
 夢を見たのは、きっとこの人が救われることを待っていたから。僕はそう思いたいのです。労わりの心を込め、全身全霊を込めて、回復呪文を発動させてゆく     

 顔を中心に光は溢れ、戦闘によって負った傷もゆっくりと癒されてゆく。
「うおっ。………。おおおっ。うおおおおおおっ!!」
 溢れる力を感じたのか、顔を抑えて盗賊の巨体はわなわなと震えた。子分たちも固唾を飲んで見守る。
 僕は仲間の女の子に手鏡を借りて、彼に渡そうと動いた。

「アイザックさん。彼の縄をほどいてもいいですか?」
「ええっ?冗談じゃない!」
「他人に覆面を剥がされる事は、抵抗があると思います。不安もあるでしょうし…。怖いと思うんです」
「なぁっ………。……。そんなの、俺が剥ぎ取ってやるよ」
「彼は逃げません。…大丈夫です」
 
 無言のまま、僕とアイザックさんとは半ば睨み合い、    心底嫌そうに、しぶしぶと彼は折れてくれた。

「…全く。しょうがない奴だよ。ジャルディーノは、もう……!」
 アイザックさんは彼の縄をほどき、手鏡を乱暴に握らせた。そして後ろでしっかりと動向を見張っている。

「…いや、まさか。本当に…。そんなまさか…」
「早く取れよ」
 後ろからマントをアイザックさんが引っ張り、彼は慌てて「自分でやる」と首元の布をまくり上げてゆく。

 まず顎をチラッと覗き、瞬きした彼は、
 豪快に感激しながら覆面マントを引っ張り上げた。


「うおおおおおおっ!」

「なんじゃこりゃああああ〜〜〜〜!!」



「お。俺様のビューチフルフェイスがーーーっ!!」
 色んな角度から手鏡を覗き込み、一喜一憂する彼の姿に僕はにっこりと笑う。
「綺麗になりましたね。良かったです」
「ぬおおおおっ!まさか、こんな事が……!頬もデコもツルツルのピカピカだぁ!以前よりキレイになったぐらいだぁ…!き、貴様!一体何者だぁーー!何をしやがった!」

「…知らないか?イシスのラーの化身。こないだもイシスを救ったばっかりだよ」
 驚きおののくカンダタさんに、うっかりアイザックさんは話してしまって、ますます彼の瞳孔はカッと開かれてゆく。

「ラーの化身!?おお、そう言えば少し前イシスで騒動が起こっていたな。噂では太陽神が降臨したとかなんとか…」
「あの、アイザックさん。いいですから…」
 僕は話題を遮り、ロマリアへの帰還を誘う。

「これからロマリアに行って、王様に会いましょう。僕が必ず王様に謝罪させます。必ずです」
「…できるのか?そんな事が…」

「ジャルならできるかもな。あの王様『ジャル姫』お気に入りだし」
 アイザックさんが言い、信憑性を増した話にカンダタさんは素顔のまま思案に俯いた。謝られたところで果たして国王を許すことができるのか、彼は自分に問いかけて昏迷を始める。


「……ふう。話は決まりそうだな。じゃあ、ロマリアには俺が行く。シーヴァスとサリサは町民と一緒に帰っててくれ」
「分かりました。宿でも取って待っていますね」
 ルーラを使える勇者が提案し、もう一人の使用者、シーヴァスさんは攫われた人達を連れてバハラタへと向かうことにする。
「アイザックもロマリアに来るか?気になるなら」
「…そうだな。一緒に行くよ」



「助けて下さってありがとうございました!」
「ありがとうございます勇者様方!」
 開かれた牢から一斉に人々は逃げ出し、それぞれ感謝の言葉を伝え、無事を喜び合った。ここまで恋人を助けに来て捕まえられてしまった胡椒屋のシブキさんも、念願の恋人との再会にひっしと抱き合う。

「ツーちゃああん!会いたかったよツーちゃん!無事だったんだね!僕はもう、心配で心配で心配で……!」
「そんな、シーくん…。助けに来てくれてありがとう。すごく嬉しかった…。もう離れたくない!怖かった……!」
 人目も気にせず、熱烈な再会が繰り広げられています。
 …ちょっと見てて恥ずかしかったです。

「それでは、先に帰っていますね。上手くいくよう、お祈りしています」
「頑張ってねジャル君!」
 女の子二人と別れ、僕たちはロマリアへとルーラで飛んだ。


++


「お〜、お〜!良く来たの。どうじゃ、これから我と一緒に遊びに出かけぬか?新しいドレスも用意してあるぞ。カジノに新しいゲームも入ったのじゃ」
 ロマリア国王は突然の来訪を歓迎してはいました。あくまで、ただ遊びに来たのならそれでも良かったのですが、訪れた勇者一行三人組みは、揃って表情は緩まない。

 ラーの僧侶である僕と、勇者であるニーズさん、そして戦士アイザックさんと横に並び、後方には王の知らぬ青年が一人、挨拶もせずに控えたままでいる。
 ボサボサの髪をとかし、無精ひげを剃り、普通の町人服に着替えたカンダタさんは、逞しい巨体ながらも普通の青年風でした。

「王様、今日は大事な話があって来たのです。真面目に聞いて下さい」
「…なんじゃ。つまらんのう。では終わったら…」

 かしずいたまま、僕は強気の態度で話し始める。到底王の喜ぶはずのない、過ぎた過去の過ちを。
「一年ほど前でしょうか、すごろく場で火災が起こりました。その時の原因は分からずじまいだったと言いますが…。王様もその日、そこにいました」
 にこにこしていた王様の顔が、「???」と、みるみる渋く歪んでゆく。玉座から身を乗り出し、頬杖つく拳が頬に食い込む。

「火災の原因は王様にありました。遊びに夢中になって、装飾のランプをひっくり返していたのです。不注意ですから…、それは仕方ないと思います。でも、その後が問題でした」
「…ジャルディーノや。一体何を話しておるのだ……?」
 声には明らかな不満が色づく。
 数名の衛兵達にも緊張が走るのを感じた。玉座の脇で、音もなく視線が鋭く変化する。

「あろうことか、あなたは自分を優先させてしまいました。国王が遊んで火災を起こしたなんて知られたくなかったからです。そのために多くの民が逃げ遅れ、負傷者が出ました。あなたは、謝罪もしなかった」
「何の話か分からぬ。やめよ」
「どうかお願いです。今この場で、謝って下さい。このカンダタさんに、謝って下さい」

 制止されても止まらない、僕の後ろで彼は面も上げないままだった。
 カンダタ    その名前をロマリア王が知らぬ訳が無い。

「なに?!カンダタ、その方、あのカンダタと申すかっ!」
「そうです。その時の火災で大火傷を負い、今まで覆面で過ごして来たのです。僕が彼の火傷を治しました。王様、あなたは彼に謝るべきです。彼だけではありません。その時の被害者全てにです」

 後ろのカンダタさんはぐっと拳を握り、形だけはかしずき、そのまま消えぬ怒りを噛みしめて震える。
 何も言わなくて良いと、僕がお願いをしたので彼は口を開くことはない。
 金の冠を盗まれただけではない、盗賊カンダタの悪行に困り果てていた王は跳ぶように立ち上がると指を差した。

「カンダタを捕えよ!何をしておる!」
 命令を受け兵士達は槍を構えて彼を囲った。彼は舌打ちして立ち上がり、反撃の姿勢を構えで表す。その前に僕は割り込み、初めて王位たる存在に叫んだ。

「やめて下さい!彼が牢に入るなら、あなたも入れられるべきです!」
「なんじゃと!……この、    無礼者っ!全員まとめて牢に入れよっ!」

 無礼は承知。王は真っ赤になって憤慨し、両手を突き上げてわめき散らす。
「おのれっ!許さんぞ!我への無礼!許さんっ!勇者一行全てロマリアより追い出せ!二度と入れるなっ!ひっ捕えよ…!」

「王様……!!」
 懸命な叫びは兵士の壁によって遮られるかと思われた。
 けれど僕の左右に勇者と戦士が剣を抜いて威嚇する。

「……こんなことになるような気がしてたよ」
「ニーズさん…!」
「……、どうすんだよ!俺ら全員お尋ね者かよ!」
 納得いかないまでも、僕を庇ってくれるアイザックさんに頭が下がる思いがする。

「ええい!早くせんかっ!早くやつらを捕まえよ!」
 勇者達に遮られ、怯んだ兵士達は王にせかされ果敢にも攻めて来る。ロマリアでは国王親衛隊、精鋭中の精鋭なのだろうが、所詮戦もない裕福な国の一戦士。すでにイシスの国を救った勇者一行にとって敵ではなかった。
 あっと言う間に武器を弾き飛ばされ、眠りの呪文ですやすやと寝息を立てる。

「なっ!なんと言う事だ!…だ、誰かおらんか!誰かこの者達を……!」
「王様!僕の話を聞いて下さい!」

 遮るものもなくなり、僕はより王様の元へ。逆鱗激しい王の足元に跪き、心底願いを込めて頭を下げる。
「僕は貴方の事を嫌いになりたくありません!させないで下さい!」
「…………。な、なんと……」
 それは本心の叫び。
 尊敬すべき存在であるロマリア王を軽蔑したくはない。いつまでも慕っていたいのが本音です。

「王様は…、もう少し民の事を考えるべきです。その玉座の意味を考えるべきです。隠れて外に遊びに行ったり、勇者とはいえ、誰かに簡単に明け渡すなんて、軽率すぎます」
「む……。むううう……!」
「遊びに行くなとは言いません。王様だって遊びたい時もあるでしょう。…僕だってまたすごろく場で遊びたいです。とても楽しかったです」
 子供に真摯に見つめられ、唸った国王は何度か左右にうろうろし、頭を抱えて玉座に戻る。
 葛藤に何度も口元をもごもご動かし、顎ひげをさすってはしつこく唸った。

「はぁ……。なんと言うことじゃ。一体何処でそんなことを知ったのじゃ…。もう済んだことを……」
「被害者にとっては済んだ事ですまされません。王様、罪を認めましょう。国王でも間違うことはあります。謝らないことが威厳を保つことではないと思います」
「……。子供のくせに、ジャルディーノは厳しいのう……。ここまではっきり我に意見した市民はおらんぞ。…まるで亡くなった父上のようじゃ」

 説得は続き、ごねる王様と僕との関係は、まるで大人と子供とが逆転したように見えてくる。仲間二人とカンダタさんは静かに王が折れるのを待った。
 意気消沈しきったロマリア王が、折れるのは時間の問題と思われたから。

「また我と遊びに出かけてくれるか?ジャルディーノよ」
「はい。それは勿論です」
「…そうか。我も、そなたに嫌われるのは悲しいことじゃ…。情けない話じゃが、誰も我と遊んでくれん。そなた位の息子はいるのじゃが…。嫌われておる。滅多に顔も見せてくれん」
「そうだったのですか…。では今度は王子様もお誘いしましょう」

 話題は王の悩み相談まで至り、僕は王子との関係修復に協力することを約束した。
「ジャルディーノは優しいのう…。…分かった。我の罪を認め、民に謝罪しよう。カンダタは今回は罪とせん。これまでのことは追求せんことにしよう。それで良いか?」

「ほ、本当か……!?」
 信じられない、とカンダタさんは飛び上がるように驚く。
「ありがとうございます。でも、どうかカンダタさんに仕事を与えて下さい。悪いことをしてきたのは確かです。何か、人のためになるような仕事を。いいですよね?カンダタさん」
「お、おうっ!分かったぜ…!」
 
「王様は…、被害者の皆さんに謝罪して回りましょうか。僕も一緒に行きます。まだ癒えない傷に悩んでる方がいたら僕が治します」
「…うむ。承知した。すぐ準備しよう…」



 翌日ロマリア王は僕と共に被害者宅を見舞い、各宅に謝罪と賠償金を残して回った。
 この王が即位してから前代未聞の謝罪訪問。被害者は戸惑ったが、王様の誠意に石を投げる民は一人も出なかった。
 訪問の終わった後、王はカンダタさん達の仕事を工面するため王城に戻った。

 そして僕は、仲間二人と盗賊達の待つ宿屋へと戻って行く。


「ジャルディーノの兄貴ーーーーー!!」
「…え?」
 帰るなり、一階の食堂でカンダタさん達十数名の土下座に出遭う。ぽかんと立ち尽くす、僕にひれ伏し、カンダタさんは太い声で僕を呼んだ。
「ジャルディーノの兄貴!俺はアンタの心意気に心底感動したっ!ここまでされて、何とも思わねぇ俺達じゃねぇ!一生の忠義を誓うぜ!どうか舎弟に入れて下せえ!」
「しゃ、舎弟…?あの…」
「もちろん太陽神ラーを死ぬまで信仰しますとも!一生兄貴について行きます!」
「行きます!」
「行きます!」

 食堂中の注目を浴び、困りましたが…。
「でも…。嬉しいです。そんな風に思ってくれるなんて。でも…、舎弟なんてそんな…。友達じゃ駄目ですか…?」
     友達!?なんとも光栄の極み!…お前ら!兄貴が許してくれたぞ〜!」
「万歳ーー!ジャルディーノの兄貴万歳ーーー!」
「太陽神様万歳〜!ラーの化身万歳〜!」
「よしっ!兄貴を胴上げだ!」
「えええっ!?」
「そ〜れっ!わっしょい!わっしょい!」

 カンダタさん達に持ち上げられ、そのまま宿の前で胴上げは派手に実行される。胴上げなんて初めてのことでした。
 盗賊たちは誰もが笑顔で     
 気が付いた僕は、その光栄さに身を任せ、喝采を素直に受けて笑った。


++


 バハラタに戻り、無事戻った胡椒屋の息子シブキさんに黒胡椒をもらい、ここでの目的は終わりを告げる。
 宿で待っていた女の子二人への報告が済んだ後、僕は男部屋に戻り、アイザックさんと二人きりになっていた。ベットの上に寝転がり、うたた寝していたアイザックさんは僕の入室にそっと瞼を押し開ける。

「…ジャルか。お疲れさん」
「…いいえ…。起こしてしまいましたか?すみませんでした」
「………」
 彼はロマリア以降口数が少なくなっていました。不安を覚えていた僕は、彼の寝転がるベットの隅に申し訳程度に座った。

「怒ってますか?結局のところ、カンダタさんを許すことになったから…」
「怒るわけにもいかないだろう。こんなに上手くいっちゃあ…」
 暁の空が次第に夜に侵食されてゆく、窓から差し込む紅に染められた彼の頬は、少し膨れた印象がする。
「…なんだろうな。今回ばかりはジャルに負けた気がしたよ。…俺は間違ってないつもりだったけど…。実際、アイツらを救ったのはジャルなんだ。俺は救うところまでは考えてなかった」
「アイザックさんは間違ってないですよ。たまたま今回は上手くいっただけです」

「…そうかな…。でも確実に、お前の方が優しいな」
 正義感熱い彼には盗賊行為は許せないもの。分かっているつもりです。しかしそんなまっすぐな彼が、優しくないわけじゃない。

「厳しさというのも、優しさなのだと僕は思います。アイザックさんは優しい人です。厳しく断罪する人も、赦す人も、きっと人には必要なのだと思います」
 赦されてばかりでは、人は堕落してしまうでしょう。
 だから彼のように厳しい人は、確かに世界に必要とされる。

「…こんなこと話しててもさ、やっぱり俺は悪は許せないって思うんだ。お前みたいに悪党に笑顔は向けられない。出るのは拳なんだ。どっちが『正しい』、ってわけでもないか……」
「そうですよ。アイザックさんはアイザックさん、でいいと思います」
 僕は夕焼けを眺めつつ微笑んだ。
 彼は起き上がり、真顔で謝罪の不意打ちをうつ。

「ジャルディーノのことは今までだって認めてた。でも、ことお人よしな部分には、多少馬鹿にしていたことも否めない。…考えを改めたよ。…ごめんな」
「そ、んな……」
 あんまりに不意打ち過ぎて、優しい言葉に意味も解らず僕は涙ぐむ。
「ジャルディーノにとって、それは『ジャルディーノの正義』だったんだ。人には様々な正義があるな。今回良く解ったよ」

「ありがとうございます…」
 そんな     大それたものじゃないです。思いながらも、嬉しくてお礼を告げた。
 反省する部分が全くないわけじゃない。今回のように上手くいかない事だってきっとある。お互いの正義で判断しながら、良い結果が先にも残してゆけるように僕は願った。

「しかし、ジャルディーノの兄貴かぁ…。笑っちゃうよな」
「え?…わ、笑わないで下さいよ…。僕だって恥ずかしいです…」
「どこまで広がってゆくんだろうな。ジャルディーノの信者は」
 消えかかる夕焼けを惜しむように、黒髪の戦士は窓際で呟く。
「…僕の信者じゃないですよ?ラーの信者です」
「どっちでも似たようなもんじゃないか?」

 軽く、本当に軽く。彼はとんでもない冗談を飛ばして笑った。




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■後書き■
ジャルディーノとアイザック、悪に対しての考え方は正反対。
でも理解し合える二人はいい仲間だなと思います。
今回は、ロマリア王は駄目王だけど、悪党でなかったから上手くいった、という話。これが悪どい王だったなら交渉は決裂、勇者一行はお尋ね者、という最悪パターンだったことでしょう。
・・・まぁ、その場合勇者達は王を討つことになると思いますが・・・。
祝。作品中でも「なんじゃこりゃあーーー!」(それは祝なのか?)

2005.9.末