ジパング編後。イシス王女ナスカ姫とジャルディーノの番外編です。



「太陽よりも」

 砂漠の王国ゆえの日差しは、今日も忌々しく照りつけていました。
 王城の自室ではお茶も進まずに、ため息ばかりのイシス王女の姿が見える。
「姫様、ジャルディーノからの手紙、不服そうですね」
 届けられた手紙を投げ出し、唇を尖らせる私に、従者のマイスはいつもの調子で声をかけてよこした。

「きっと、私の気持ちも知っての上で、こんなにも普通の手紙なのですわ。どういう神経をしているのでしょう。嘘でも、もう少し気の効いた言葉もあっても良いのに…」
「それはジャルディーノには、無理な注文ではないでしょうか」

 問題児の従兄弟、同じように赤く閃く頭髪を肩までかけた、私の従者は薄く口元で笑う。
「ポルトガで、セレモニーがあると言うのですが…。私参列しても良いでしょうか。ジャルディーノが船を頂くのですもの、その位……」
「良いのではないですか。女王様もお許し下さるでしょう。お供致しますよ」

「そうとなれば、……。先日作ったあのドレスにしましょうか。それともお気に入りのあのドレス…。髪飾りは…」
 カップに注いだお茶も投げ出し、椅子から立った私は気も早く身支度に慌てる。マイスはいつにも増してけげんな様子で、しみじみと失礼な事を訊いて来るのでした。

「以前から、お聞きしたかったのですが。姫様はどうしてそんなにうちのジャルディーノなどを好いておられるのでしょうか」
「まぁ。なんですか。ジャルディーノなどと、とは。仮にもお前にとっては弟のようなものでしょう。不愉快です」
「失礼致しました」
 両腰に手を当てて注意すると、マイスは恭しく謝罪に頭を下げる。

「…なんて。私も昔は、馬鹿にしていたものでしたわ。でも、ある時気づいたのです。ジャルディーノの…、優しさに」
「…………」

 今でも、あの日のことは忘れられない。
 席を立っていたその足で、私はひとつの紙の箱に手を伸ばす。
 寝台の枕元にいつも置いてある、大事な思い出の小箱。柄も何もない、茶色い紙の箱を持ち上げると、中の物が動いて、カタコトと微かな音を鳴らす。

「その箱、気になってはいましたが。ジャルディーノ関係の物だったのですか」
「………。そうです。これは、ジャルディーノに貰った宝物なのです」
 自分でも、顔がほころぶのが分かる。
 誰にも触らせない、大事な贈り物が中でコロコロ歌う。
 マイスには中身が見えないようにしてそっと蓋を開くと、懐かしい思い出は鮮明に蘇ってくるのでした。

**

 あれは、私の十の誕生日の事でした。
「こちら…。センスがまるでありません。装飾が多ければ良いというものでもないのに。全くお金をつぎ込めばそれでいいと思っているのですわ!最悪!」
 バサ。
 部屋に山の様に届けられた贈り物達の蓋を開け、出てきた深紅のドレスを背中に無造作に放り投げる。
「こちらは…。ああ、もう。派手すぎて品位が感じられない!もおうっ!」
 バサッ。

 何十着と届けられたドレスに、一枚も気に入るものは出てこない。
 アクセサリーも高価そうに見えるだけ。添えられているカードの文句も、どれもこれもお決まりばかりで退屈にあくびが出る。

「…ふん。つまらない。どうして誕生日なのに毎年毎年、嫌な思いをしなければならないのかしら」
 乱暴に開けた贈り物の箱たち、そして放り出されたドレスの山。
 一人ふくれて私はバルコニーへと逃げてゆく。とにかく窮屈な部屋から逃げて、外の新鮮な空気を吸い込みたかった。

 贈り物とともに、うっとうしい貴族連中の挨拶や息子自慢につき合わされ…。
 私も十歳になり、そろそろ年頃。誰よりも早く息子を売り込もうと今年は例年以上に各名家の息子自慢が激しかった。
「もう。うんざりです。結婚なんてするものですか。あーあ…。またこれから夜会パーティ。ちっとも嬉しくない…。このまま逃げ出してしまおうかしら」

 誕生日イベントの一波去って、午後の休息の心休まるひととき。
 バルコニーの手すりから下を覗き込み、私は暫しの間頭の中で簒奪を謀る。
 ここから庭に下りて、逃げ出せないかしら。低木の茂る庭まで、ロープか何かを下ろしてそこからならきっと……。


 冒険心も働いて、即座に私は逃亡計画を実行に移す。
 下には丁度誰もいないし、行ける……!
 ロープはないのでカーテンと、寝台から下がっているカーテンと。今日届いたドレスたちを惜しげもなく繋いで、バルコニーから下に下ろし一気に滑り落ちる。
「……。お姫様…?何をしてるんですか…!」
「!!」
 まだ、ぶら下がったままで、何処からか、多分下の方から誰かが私に声をかけた。
     しまった、見つかった!

 慌ててしまった私は、飛び移ろうとした庭の木に…。上手く捉まり損なう。
「きゃっ。きゃああっ!!」
「危ないっ!!」

バキバキ。バキ。ドスン!

「ううっ。い、痛い…」
 移ろうとした木からずり落ち、折れた枝によってあちこちを切り裂いて血が滲む。しかし落下のダメージは思ったよりは受けていなかった。
 それもそのはず、自分の下につぶれていた者の存在に遅れて飛び上がる。
「あっ!しっかり、しっかりしなさい!」
「あ…。お姫様…。大丈夫ですか?」
 私の下に仰向けで伸びていたのは、見覚えのある赤毛の少年だった。

 その者の事は、いい噂も悪い噂も合わせて知っていた。
 イシスの誇る僧侶セズラートの息子、「ラーの化身」とまで称される力を秘めているらしい。が、実際はぼんやりとした人より器量の劣る、情けない子供に過ぎないなど。
 私も情けない部分ばかりをみて、いつも遠巻きに小馬鹿に思っていた。

「お姫様…。大変です、怪我…!今治しますね」
「あなた…?魔法が使えたのですか……?」
「できますよ。ちょっと待って下さいね」
 人の落下を受け止めて、衣服も髪も乱したまま、気にならないのか即座にホイミの呪文を唱え始める。
 草の上に座る私の腕を取り、瞳を少年は伏せ…。
 ホイミなど、何回か受けた事はあった。しかし…。
「な……」

 誰なのだろう?私は一瞬その少年を「誰だったのか」と考え直してしまった。
 いつもぼうっとして、へらへらしていて、ドジばかりな印象だった情けない子供、だったはずなのに、そんな人は目の前にはいない。
 温かい…。
 
 ううん。この感覚は、そう、『優しい』…?
 ただ一発のホイミの呪文に、全身までを包まれ、私は祈りを捧げる赤毛の少年に見惚れていた。

「これで大丈夫ですお姫様。もう、痛くありませんか?」
 少年はにこりを微笑む、私が到底見たこともないような、邪気のない笑顔。
「お姫様?」
 反応のない私に首をかしげる、その姿を見て慌てて私はおろおろと返事を返す。

「へ、平気です。す、すごいですね。ホイミとは思えなかったですわ。今のはもっと上級の…、ベホイミ?驚きました」
「?いいえ。ホイミですよ。でも、驚きました。突然姫様が下りて来て。これから何処か行かれるのですか?」
「……っ。お、お前こそ、何をしているのですか。こんな所で。私の事は良いのです、私の事は!」

「はい。僕は…」
「にゃあ〜v」
 少年の動いた視線の先に、子猫が小さく甘えた声で鳴いていた。
「お城に住み着いてしまった猫なのですけど…。なんだかほうっておけなくって…。時々ご飯を持って来るんです」
「にゃあにゃあ」
「はい。今日は煮干だよ」(にこにこ)

 絵に描いたような素朴な光景が目の前に広がり、正直私はクラクラと目眩がするのを覚えた。
「ジャルディーノ…。お前と言う奴は…。なんなのですか…」

「姫様ーっ!何処ですか!姫様ーっ!!」
「!いけないわっ!!」
 召使いの声が聞こえ、私は一目散にその場を駆け出す。
「何処へ行かれるのですか?お姫様。服も少し破れているのに…」
「いいのですこんなのはっ!ジャルディーノ!何処でもいいから私を連れて行きなさい!誰にも見つからない所です!」

「えええっ……???」
「早くっ!」
「じゃあ、はい。こっちです。秘密の抜け道があるんです」

 太陽神の神殿、司祭の息子ジャルディーノは私の手を引いて走り出す。
 どきりと一度胸は高鳴った。
 誰かと共に駆けた事など生まれて初めてであったから。

**

「ううう…。もっとましな道はないのですか…。髪も服もボロボロですよ。服は木から落ちて裂けていたとは言え…。ううう〜」
「ご、ごめんなさい…。女の子が通る道じゃないですよね。すみません…」
 城壁の隙間を抜け、柵の間をくぐり、堀の脇を逃げて、半泣きで私は汚れた顔を拭う。
「せっかく綺麗なドレスが…。ごめんなさい。あともうちょっとですから。ここの壁を越えたら水路を伝って神殿に行けます」

「ここの壁っ!?ど、どうやって!?」
「あ、よじ登って…。あ、じゃあ、僕手を引きますから」
 先に背丈ほどのレンガの壁に上がり、ジャルディーノは右手を差し出す。私は怖さもあってまたしても半泣き。
 壁に上がった所で、全く慣れていない私の足はガタガタと震える。
 飛び降りれそうな高さでも、ものすごく足が怯む。

「お姫様、大丈夫ですから。ちゃんと受け止めます」
「絶対ですよ!!!ううう!」
「はいっ!!」
 飛び降りた私は、情けなくも暫くジャルディーノからしがみついて離れられなかった。さっきは、どうしてバルコニーからぶら下がっていられたのか自分でも不思議に思う。
 見慣れた風景と、見知らぬ世界ではこんなにも怖さが違うのか…。

「ちょっと休んで行きますか?あ、お姫様、これ、食べますか?」
 今まで、特に話を交わしたことも無いのに、ジャルディーノはあまりにも気さくに私に話しかけてくる。無礼はないけれど、なにか、そう、とても自然だった。
「庶民の菓子……?頂きましょう」
「バター飴ですよ。甘くて美味しいです」

 オアシスから引かれた水路は、城だけでなく、神殿や城下町にまで伸びてゆく。
 レンガの壁を越えた足元は、水源の傍だけあっていくらかの草が生え、そよそよと気持ちのいい風が吹いていた。
 飴を口に転がすジャルディーノを真似て、私もその丸い塊りを口に含む。
 驚くほどの甘さに新鮮に感動していた。

「甘いですわ…」
 確かに美味しい、そう、お礼を言わなければと顔を上げかけた…。

ザバーッ。ザバーッ。
 思いもかけない、望まない来客が水路から顔を覗かせて、私の言葉は飲み込まれた。

 私も、じかに魔物を見るのは初めてで、腰を抜かして悲鳴を上げた。
「ま、魔物っ!ポイズントード!!いやあああっ!」
「しっ!静かに、大丈夫です!」
 子供の私たちの身体よりも大きい、二体の青い毒カエルが水路から這い上がって長い舌をしゅるしゅると鳴らして近付く。
 私とは余りに対照的に、ジャルディーノは落ち着き払って、腰から隠していた短剣を右手に構えた。

「ジャルディーノ、お前は弱いのにっ!無理でしょう!」
    風よ……!」
 背中の後ろに私を庇う、一つ年上のジャルディーノはすでに呪文の詠唱に突入していた。
「バギ!」

「グギャアアアアア!」
「え……!!」
 真空の呪文に毒カエルは悲鳴を上げ、あまりにもあっさりと十一歳の少年は短剣片手に呪文の終わりに飛び込み、「ごめんなさい!」と二体のカエルを仕留めて謝る。

 ぽかーん……。
 まさに開いた口が塞がらずに、私は手を引かれてもそのまま二の句が告げなかった。

「ジャルディーノ…。お前、何処にそんな力が…?いつも、王宮で行う剣術大会ではいつも弱いくせに…」
 私を魔物の死体から遠ざけたいのか、手を引っ張って足早く進む、その背中に私は疑問を抱いて仕方がなかった。
「いつも一回戦敗退だったでしょう…?子供の部門でも……」
「姫様…。僕は別に、一位になんてなりたくないんです…」

 水路は太陽神の神殿にまで到着する。
 今度は神殿を囲う石の壁の前で、ジャルディーノは早歩きで乱れた呼吸を整えるために立ち止まる。
 呟く、赤毛の少年は、今度は初めて悲しい瞳で私を驚かせた。

「優勝したい人が、勝てばいいと思います。僕は…、例えばどれだけ剣が上手くなっても、魔法が強くなっても、それを自慢にしたいとは思いません…」
「な、何故。強い方がよいではないの。どうしてそんな…」

「僕は…。怖いです。魔物をいっぱい倒しても、何処かで悲しい気持ちでいっぱいになる。強さって、何を倒したか、じゃないと思うから。誰かと比べるものでもないと思うから。僕の力は、何かをねじ伏せるための、力じゃないと思いたいんです。だから…、怖くて…」
「ジャルディーノ…」
 無意識に、壁に向かって語る、ジャルディーノの腕に触れた時、私は気が付いてしまった。魔物の死体から逃げたのは、私のためじゃない。
 自分で自分の力が恐ろしかったからなのだ……。

「あ、すいません。変な事を言ってしまいました。神殿の、僕の家、部屋でいいですか?あんまり綺麗じゃないですけど…」
「……。構わないわ…。何処でも」

**

 太陽神の神殿は何度か訪れてはいたが、私は初めて居住区に侵入していた。
「良かった。誰も居ないですね。私はあなたの兄は好きではありませんの」
「兄さんはお城の警備ですよ。今日はお姫様の誕生日で、夜にはパーティもありますし」
「………。つまらないわ。そんなの」
 思い出して、私は頬を膨らませる。

 質素な石造りの住まいが立ち並ぶ居住区。父親が司祭のジャルディーノは良い環境に暮らしているのだろうが、見事に家の中は装飾に欠けていた。
 水を出して貰って、私はそう言えば初めて庶民の家で一息つく。

「お姫様、お誕生日、嬉しくないのですか?僕も今日お祝いパーティ参加するつもりだったのですけど…」
「あなたも……?」
 思い出してみると、確かにジャルディーノは父親と共に毎年パーティに出席していた記憶がある。
「あなたの父親は、いいわね。息子の自慢も私にしないし」

 これは、独り言。
 ジャルディーノはいつの間にか客室から消えていて、私は部屋に一人ぼっちにされていた。名前を呼ぶと、神妙な顔で何かを手に隠したジャルディーノが静かに戻ってくる。
「…あの…。ものすごく、あの、いらないかも知れないのですけど…」
「?なんですか…?はっきり言いなさい」

 客室の入り口で口をもごもごさせる、ジャルディーノの前まで私は出向いて、口を尖らせた。
「お姫様のプレゼントに、作ってみた物があるんです。すごく、あの、下手くそで恥ずかしいのですけれど…」
「え?作った???何を……」

「ブローチなんですけど…。露店を見ていたらすごくいいのがあって、お姫様にぴったりだって思ったんですけど、僕の前に売れてしまっていて…。それで、お店のおじさんに聞いたら作り方教えてくれたんです。頑張って作ってみようと思って…。でも、あの、すごく下手なんですけど…」
「作った、の…?ジャルディーノが……?」
「はい。これなのですが…」

「………………………」
 少年の手の平に乗せられた銀のブローチ。
 元にしたデザインはおそらくはもっと綺麗な花の形だったのだろうけれど、案の定、期待通りに不恰好な作品だった。
 中央には丸いピンク色のサンゴの石。
 はっきり言って、私に似合う代物とは到底思えなかった。

「ジャルディーノ……。あのですね…」
 先刻放り投げてきた、贈り物の数々よりなおヒドイ。
「あ…。やっぱり、駄目ですよね。ごめんなさい。はぁ…。実は、これが一番上手くできたのですけど…」
これが!?…って、他にも作ったの?!」

「あ、はい。たくさん…」
「呆れた…。お前は本当にお馬鹿さんね」
 うんざり。私はため息一つ付き、席に戻ろうとする。
 少年は、自分の部屋に不細工なブローチを片づけに消えた。

 私は…、席にまで辿り着かずに足を止めていた。
 あんな物を押し付けようとした、ジャルディーノに対して不機嫌な思いに陥りそうになってしまう。

 けれど………。
 私は、一体どんな贈り物が欲しかったのだろう…。
 値段ではなくて、賄賂でもなくて、媚びでもなくて。売名行為でもなくて。

 誰も皆、私の誕生日など祝いたいなんて思っていない。だから毎年がつまらなくて、不愉快で仕方がなかった。
 私は今、とても愚かな態度を取ってしまったのではないかと…。


「…謝ります。ジャルディーノ…」
 追いかけて行って、私は彼の消えた部屋を覗き込んだ。
「ジャルディーノは、本当に、その、私の誕生日を祝ってくれようとして…。下手なのに、細工物など作ろうとしてしまったのでしょう…?」
「姫様…?何を謝るんですか……?」
 不細工なブローチを箱にしまって、少年は不思議そうに目をぱちくりする、私は確信に感動している。
 この男の子に、今日ちゃんとお祝いして貰えるのだと。

「そう言えば、……。手作りの品など、私によこしたのはお前が初めてなのです」
「…………。買った方が、良かったなって、反省してます…」
「違うっ。嬉しいのですよ!だって、ジャルディーノは……!」
 正面に向かい立つ、赤毛の少年と目が合い、私は頬が上気し始める。
「………。十歳のお誕生日、おめでとう御座います。ナスカ様」

 にこり。多分私以上に可愛らしく微笑んだ。
 息が止まりそうだった、少年の笑顔ただひとつで。

 ……可笑しい。
 私はどうかしていました。
 家族以外に、初めて、そんな言葉で泣かされる…。
 不覚以外の何者でもなかったけれど、私は多分、家族以外の者の前で初めて涙を流した。
 太陽神の力を継ぐ者だとか、司祭の息子だとか、もはや肩書きは関係がなく。
 私は初めて他人に心を溶かされたのだと思った。

「お姫様…。どうして、泣くのですか?悲しいことがありましたか?今日は誕生日なのに…。お城で嫌な事がありましたか?だからお城を抜け出したのですか」
「嫌な事ばっかりよ。誰も誕生日なんて祝ってくれないもの。皆、見栄や媚びや、私に取り入って出世を狙う者や、私と息子を結婚させようと今から必死な貴族たちや…!だから誕生日なんてキライなの」

「そんな人ばかりじゃないですよ。お姫様はこの国の宝です。皆、今日を嬉しく思っています。僕もです。皆、ナスカ様が大好きですよ」
 涙のすじは何本も私の頬に落ちて、ジャルディーノはとても優しく、私の両肩に手をふれる。
「………。ジャルディーノ…」
 彼の優しさを知るには、きっと時間は必要がなかったのでしょう。

「ありがとう。そして、ブローチも、ありがとう。大事にするわ」
「え?いいのですか…?」
「失敗作も、あれば、全てくれませんか?持っていたいのです」
「えええ…!!?あ、ありますけど…。いいのですか……!」

 おたおた慌てて持ってきた箱の中身には、それはもう酷い作品がゴロゴロとひしめき合っていた。
「ぷっ。確かに、あれが一番まともですね」
「…………」(汗)(汗)
「でも、嬉しいです。ありがとうジャルディーノ。大事にしますわ」

 その日の夜、パーティに出席した私は、並みいる誘いを撥ね退け、ジャルディーノとだけダンスを踊った。
 もちろん、ジャルディーノはダンスも下手。
 それでも、私はその優しい手以外を取る気にはなれなかったのです。

**

「酷い話です。大好きなどと言って。ジャルディーノの場合は、「みんな大好き」なのですのよ」
「そうでしょうね。騙されましたか?」
 箱を枕元に戻し、私は大げさにため息をつく。

「いっその事、口にしたら、少しは関係が変わるのでしょうか」
「………。告白?何て言うおつもりですか」
「そうですわね…」

 私は恨めしくも、陽光をもたらす、窓の外の光の源を見上げる。
「情熱的に…。こんなのはいかがでしょうか」
『太陽が昇る事と、あなたに会える事と、どちらかしか選べないならば、私はあなたを選びます』

「なかなか、素晴らしいですね」
 部屋の入り口に控えたままの、赤毛の神官は拍手も交えて私を讃えた。
「半分くらい、本心ですのよ……?」

 ジャルディーノは、私の事を嫌いではない。
 でも、それは何処の誰とも同じ「好き」。
 女から言う気にもなれないのですけれど…、あなた相手には必要でしょうか。
「それでわ、手配お願いしますね。私ポルトガへ行きますから」
「はい。承知いたしました」


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