イシス編後、アイザックの友人、リュドラルの番外編。パーティキャラも総出。



『傷を背負った少年』


 幼い頃から、残された繰り返す夢、でも、朝になると不鮮明にぼやけてしまう。
 そしてそんな時痛むのは、決まって背中の傷痕だった。
 思い出さなければならないはずの、大切な記憶が僕をいつも呼んでいる。
 けれど、僕にはどうしても思い出せなかった。
 ………思い出せない、わからない。
 その度に僕はどうしようもない、罪悪感に苛まれるのだった…。


 僕がアリアハンへ辿り着いてから数年が経過していた。
 
 大怪我をして、何処からかアリアハンに辿り着いた幼い僕は、痛みと恐怖で一人道端に倒れ、泣き震えていた。
 ここが何処なのかもわからない。自分が誰なのかも良くわからずに泣いていた。怪我で立ち上がる事もできず、そのまま朝になったのなら、僕は死体として発見されたのだろうな。    けれど僕は助かった。

 僕より少し年上、でもまだ同じように子供と言えた、黒髪の少年が現れたが為に。

「大丈夫…?待って、今、魔法をかけるから」
「おい…。魔法は……」
「大丈夫だよ。早くしないと、間に合わなくなっちゃう」
 僕は少年にホイミの呪文をかけられ、町の教会へと運ばれていった。少年は教会の扉を叩き、姿を見せずにそのまま消えた。おかげで、僕は助かった。

 外傷、特に背中の太刀傷はどうやっても消えることがなかった。
 たまに思い出したように疼き、僕を悩ませる。名前以外に覚えている事は殆どなく、どうしてそんな怪我を負ったのか、何処から着たのか、どうしても僕には思い出すことができなかった。
 思い出そうとすることに、恐怖が尽きることもない。
 夜になると小さな物音にも震え上がり、眠れないことが多い。

 助けてくれた少年はそのまま見つからず、僕は教会で過ごしながら、その少年の事を探した。教会に新聞配達に来た黒髪の少年、アイザックに神父様は「お前か?」と尋ねたのだけれど、黒髪の少年でも、助けてくれたのは彼ではなかった。

「俺は魔法使えないもん。多分ニーズだよ、それ!」
「ニーズ?」
「そう。アイツなら魔法使える。勇者オルテガさんの息子だよ」
 元気な少年の言葉に僕はびくりと震えた。その名前に僕は何故か反応したんだ。
「アイザック、ニーズは……。あの子は、無理じゃ」
「なんで無理なの」
「あの子は魔法は確かに使えるのだが……、その後で立っていられなくなる。その足でここまでリュドラルを運んでくるのは無理じゃ」

「……。でも、ニーズ以外考えられないよ。ニーズに訊いてみればいいよ」
「勇者、オルテガ……」
「ん?そう、勇者オルテガだよ!知ってるの?!」
 元気な印象の少年、アイザックは自分の誇りのように嬉しそうに訊いてきた。でも、僕は、耳を押さえた。

「その名前、聞きたくない……!」
「え……?なんで……」
 アイザックも神父様も、僕の拒絶に唖然として顔を見合わせた。勇者オルテガはアリアハンの英雄。彼を悪く言う者なんて誰もいないこの国で、きっと聞き慣れない言葉だったのだろう。
「オルテガさんに限って、何か関係あるとは思いたくないがのう……。記憶を取り戻す鍵には違いないじゃろうなぁ……。ニーズや、エマーダさんに会ってみるのもいいかも知れんな」
「俺、案内するよ!行こうリュー!」


 案内された町外れの小さな家には、勇者オルテガの妻エマーダと息子のニーズがひっそりと暮らしている。
 会ってみれば、助けてくれたのは間違いなく彼だと確信した。
 その声と、瞳とを、僕はしっかり記憶していたのだから。

「あ……。助けてくれてありがとう。僕はリュドラル…。えっと…、ニーズ」
「やっぱりニーズだったんだ。さすがだよな」
 恩人の彼に僕は少なからず緊張を覚えて直立する。アイザックは彼と親しいのか、随分気さくに話しかけてみせた。

「……。無事で良かったよ、リュドラル。きちんと見届けないで、帰ってごめんね」
 勇者の息子、ニーズは静かに弱い印象に微笑む。
「あの時、一人、だった?もう一人いたような気がしたんだけど……」
 僕は思い切ってニーズに尋ねた。
 その時、穏やかなニーズと、奥の母親の顔が一瞬   緊張が走った。本当にささいな変化の中で、それは勘違いのように、スッとすぐにかき消える。

「一人だったよ。眠れなくて、散歩してたんだ」
「そう……?」
「それで、ニーズ。リューはショックからか、記憶が今飛んでるらしくて。でも、オルテガさんのことはなんか知ってるみたいなんだ」
 アイザックは簡単に説明を始め、僕と目を合わせながらで気づかなかったようだけれど…。今度ははっきりと僕は見つけた。
 穏やかなニーズの双眸は、静かに鋭くなり、唇は引き締められたことを。

「じゃあ…、それはそのまま、オルテガが怪我をさせた張本人じゃないのかな」
「え……」
「なっ……」
 ニーズは表情も口調も柔らかい。それなのに、それを語った彼には「怖さ」を子供心に感じた。奥にいた母親は家の奥に消えて見えなくなる。僕は二の句がつげず、アイザックは意味がわからないのか、口をパクパク動かして喘ぐ。

「ああ、でも、それなら、アリアハンにいるのは危険だよね」
「…ニーズ。お、オルテガさんがそんなことするわけないだろう!?」
 アイザックがうろたえた反論を返した。僕が見つめたままの、その「オルテガの息子」であるはずの彼は、暫く黙り、人が変わったようにくすくすと笑い始める。

「…冗談だよ。ごめんねアイザック」
「…本当だよ!」
 僕は、不思議な彼に釘付けになっていた。
 とにかく彼は不思議な少年。

「リュー、早く記憶が戻るといいね。何かできることがあったら協力するよ」
「ありがとう……」
 不思議な少年、ニーズとの付き合いは、ここから始まった。
 時に深夜に出会った彼は、確かに誰かと話していたのに、「一人だよ」といつも言う。
 何処か掴み所の無い人だった。アイザックも合わせて話をすることもあったけれど、いつも彼はするりと逃げて行った。


 …そして、更に不思議なのは……。
 アリアハンを魔物が襲った事件以来、彼が「変わった」ことだ。

 確かにあれ程の惨劇の後で、多少は変わってもおかしくないのかも知れない。けれど、それまで「彼にあったもの」が、確かに「消えている」んだ。
 僕が彼を気にした理由、それそのものが綺麗に消えていた。
 同じ姿をした、別人のような感覚だった。

 その違和感は、今も続いている。

++

 ジャルディーノが衰弱によって寝こけている間、俺たちはアリアハンへ数日ばかり帰省して時間を潰すことにしていた。

「ただいま」
 俺はアリアハン城下町、外れの自分の家の戸を開く。
 あれから…、母さんに会うのは、ノアニールでのいざこざ以来になる。

「おかえりなさい。…少し日焼けしてるのね」
 母さんは、寝ていたのか、ゆっくりと部屋から台所に現れた。今まで見ていた押し迫った空気は家には無く、母さんの表情も明るい。

 でも、俺はお茶を入れる母さんを見ていて、その背中に危機感を覚えていた。
 母さんは痩せていて、病気の進行を思わせる。母さんは俺を邪法で作り出したがために、その代償を受けて健康を損なった。
 俺の兄とも言えた、「ニーズ」もそう、ニーズは魔族の呪いのせいだが、母さんもニーズも病弱で、俺はいつも不安を抱えている。

「母さん、体の具合、悪くないの……?」
 多分、決まりきった返事が返ってくるのを知りながら、それでも俺は尋ねてしまう。
「なぁに?大丈夫よ。ニーズも、元気そうね」
「……、俺は、うん」
 長生きできないんだろうな、と、思いながら、そう思うと寂しさと、いずれ一人になる不安が自分を襲う。今から考えても仕方ないが……。一人になったら、ここで、一人で、俺は暮らしていかなくてはならない……。
 先のことは、考えないようにしているんだが……。


ドンドン!
「ニーズ〜!」
 入れてもらったお茶をすすりながら、暫くして玄関を誰かが訪ねて来た。威勢のいいアイザックの声がして、俺はしぶしぶ玄関に立つ。
 アイザックは一人ではなく、このアリアハンの友人リュドラルを連れていた。

 リュドラルはアイザックの友人で、奴とは違って遠慮がちで、おとなしい。
 金髪を後ろで縛って、正確な年齢は知らないが、多分アイザックと同じくらいだろう。弓の扱いに長けていて、アリアハンでは評判ある狩人。
 俺とアイザックとの鍛錬に、リュドラルも加わることもあり、そのおかげで俺とも身近な友人といえる。

「お久しぶりです。ニーズさん」
「久しぶりだな、リュー」
「リューの母さんがさ、お菓子作ってくれてさ。お前も食うだろ。エマーダさんも」
「それは……。どうもな。上がってく?」
 俺はリューに礼を言い、家に上げてお茶の用意を始めた。随分大量なドーナツの差し入れ、ここにいない仲間の分もおそらく作ってしまったのだろう。

「私がやるからいいわよ。ありがとうね、リュドラル君」
「…そうだ。なぁ、アイザック、あれからなんかわかったか」
 母さんに任せ、俺はテーブルに座りながら思い出して質問する。
 記憶を失ったリューのため、せっかく旅に出てるのだから、その土地その土地で彼に関する情報がないか実は探していた。
「ないな……。今のところ。でも大丈夫。その内きっと見つかるよ」
「うん。そうだね、ありがとう」

 数年前、何処からかやって来たリュドラルは、記憶の戻らないまま暫く教会に世話になっていた。子供の生まれなかった一組の夫婦が引き取って、その後は何不自由なく生活している。
 記憶が戻らなくても、いいじゃないかと俺は思っているんだけどな。
引き取った夫婦の方は多分複雑じゃないかと思うんだが……。
 でも、本人が思い出さなければならないと感じているんだから、しょうがないか。

 俺は、リューのことは嫌いじゃないが、いくらか苦手な毛があった。
 それは、何処か、「俺たち」のことに感づいていたため。


 ニーズが、珍しく、本心を語った相手だと言うことも覚えている。
 ……そう、いつだったか……。
 オルテガの名前を遠ざけるリューに、あの、ニーズはこう言った。
「僕も、その名前、嫌いなんだ」
 オルテガに対しての、賛歌溢れるこの国で、ニーズはまれなリューの反応に共感していたのかも知れない。


「シーヴァスとか一緒じゃないんだ?」
 呆然と考え込んでいると、アイザックの声で俺は現実に引き戻された。
「ああ。女二人で、アリアハン観光してるよ。サリサの奴、ランシール帰らないのな」
「帰らないのか、アイツ。家に帰りたくないのかな」
「知らないけどな……。後で二人で宿に泊まるってさ」
「へえ」

「ナルセスは明日の夜こっちに来るとよ」
「随分短いな。いいけど」
「ナルセス君も、久しぶりだな。ジャルディーノ君、来れないのは残念だけど」
 アリアハンで数年暮らしたナルセスやジャルディーノとも、リュドラルは顔馴染み。
 一番親しいのはアイザックなんだが、俺とアイザックとのケンカを、仲裁するような役回りがいつもこのリューの定位置だった気もする。

「今日、うちで『イシス事件解決』祝いやるんだけど、お前来ない?」
「………、お前んちはまた……」
 なんでそんなにお祭り好きなんだよ。
「シーヴァスもサリサも来るんだよ」
「おいおい。妙な事教えるなよなー」
 あの家に行ったら、色んなことをシーヴァスが間違って覚えそうで、俺は嫌な顔をする。

「ニーズさんの妹なんでしょ?しかもエルフなんて。話した事ないから緊張するね」
「そうだよ。親父もエルフ見たい言っててさ」
「見世物じゃないぞ」
 俺はあからさまにムッとしてくる。
「わかってるよ。ほら、サリサもランシールの出だから、うちでは大歓迎なんだ」
「そんな所、行きたくは無いな。俺は不参加だ」
「またー…。付き合い悪いなぁ…。どうしてお前はそうなんだよ」
「俺が行くとつまんなくなるだろ。楽しくやってくれ」
 アイザックはぶつぶつ文句を残して、不満そうに帰って行った。

++

 その晩。きっとアイザックの家では盛り上がっていたんだろう。俺はやはり参加しないでおいた。

 その夜。俺は行きたい場所があった。
 ニーズとの二人の、「約束の場所」に。

 町外れの、一番高い杉の木の下。人気の消える深夜、俺は一人その木を目指す。
 しかし、……初めてのことだった。
 いや、ここでそいつに出会ったことは何度かあった。まだニーズが生きていた頃。まだ俺が誰にも知られていなかった頃。
 まさか俺以外にここに寄り付く奴がいるなんて……。

 杉の木の根元には先客がいた。
 金の髪の友人、リュドラルが木の根元に、幹に手をついて立ち尽くしていたんだ。

「……………」
「ニーズさん」

 呆然とした俺に気づいて、リューは小さく口元で笑みをよこした。
「なんとなく、ここに来るような気がしていました」
「…待ってたのか……」
「いいえ…。すみません。ここは昔から、ニーズさんが良く来ていた場所…。それなのに来てしまってすみません。でも、僕にとっても、何故かここは落ち着くんです……」

 懐かしそうに木を見上げた視線の先には、遠い昔の「ニーズ」が映っていたのか。俺は、今心の底から、コイツを苦手だと思った。
 それは、なまじ「ニーズ」と近かったせいなのか、俺はコイツを邪険にできない。他の他人のように軽く扱えないのを感じてしまうんだ。

 どこかいつも、悲しいような、笑顔の裏の何かを感じる所が、「ニーズ」に重なることが多かった。

「僕は、未だに、夜が怖いと思います。オルテガの名前に拒否を覚えます。そんな時、……、ここに来ると落ち着きました」
 リューは木の根元に膝を抱えて座り込んだ。俺は、近くには行くが、リューではなく、木の幹をじっと見つめる。
「でも…、ニーズさん。僕は…、この場所自体に、何かを感じていた訳じゃ、無いと思うんです。ここで会った…、ニーズさんが、ニーズさんの存在が、僕を落ち着かせた」

 リューが会っていたのは、俺ではない、もう一人のニーズ。
 コイツがニーズを慕っていたのは、傍に居た俺には良くわかっていた。

「ニーズさん、勇者オルテガのこと、どう思っていますか」
「……別に……」
 口からこぼれた言葉を、俺は直後に後悔した。
 しまった、と慌てて訂正する。
「嫌いだよ。もう死んだ奴のことなんて、どうでもいい……」

「……………」
 やばいな…、と、身構えた。
 黙っているところが、秘密に気づいたのではないかと、俺を不安に染めてゆく。

「ニーズさんは…、なんとなく……もう、「ここ」にしかいない感じがします」
「…………!」
 息を飲み、もう    なんの言葉でも取り繕えない、確かな感覚に震える。
 隠し通せるものじゃない。本当に、ニーズを知る者には。


 ……話すか……? 何処まで……?
 話してどうする……?
 ニーズは死んだ事。母さんの事。そして俺の事を……。

 夜風が、緊張に固まった俺の体を冷やして、通り抜けて消えた。夜の闇に、葉ずれの音がザワザワと騒ぐ。
 リュドラルも、ニーズの死には嘆くだろう。それは、深く、果てしなく    

 言うべきか、言わないべきか……。
 迷いに迷い、全身で葛藤と戦う。

「失礼な事を言って、すみません。帰ります」
 考えもまとまらないうちに、本人は帰ると言って立ち上がった。
「あ、ああ……」
 間の抜けた俺の返事は、まるで自分の声ではないかのような違和感をはらむ。

「おやすみなさい」
 丁寧に頭を下げ、非礼を詫びたように、何も言わずに奴は家路に帰ってゆく。まだ、激しく胸は鳴っていた。
 話す事も考えなければいけない、そう、心の準備が必要になる。

++

 どのくらい、俺はその場に立ち尽くしていただろう。
 ここには、ニーズに会いに来たも同然だった俺は、すっかりそんな気も無くなっていた。それどころではない、これからどうするか、危機感にすっかりとり付かれていた。
 帰ろうと思った矢先に、刹那背後に気配を感じ、俺は身を翻して振り返った。

 まさかリューが戻ってきたのかとも思ったが、そこにいたのは別の人影。
 生い茂る木々の闇に潜んで、音も無く、しかし確かにいたのは長身の女。

「こんばんは」
 俺に気づかれ、動じた様子も無く、普通に女は挨拶を口にした。
 女はフードとは違うが、布を頭に被り、顔を隠していた。髪留めで布を抑えているようだった。それでも女とわかるのは、長い波打つ髪と、体つきと、スカートが覗いたせい。

「……誰だ」
 まさか、話を聞いていたか……?先ほどまでとは異なった緊張に、俺は警戒して一応腰にしていた剣の柄を握り締めた。

「物騒なことはなしよ。丸腰の女に、まさか剣を向けないでしょう?」
 女は頭の布の裾を口元で掴み、妖艶に笑った。
「どうかな。そこで何してた。いつからいたんだ。盗賊か?」
 女には気配があまりなく、身のこなしに盗賊のそれを思わせた。
「私は、貴方には興味がないわ。さようなら」

「なにぃ……!」
 ふわり、そう言うのが最もしっくりとくる。女の動きは滑らかに、風のように俺の横をすり抜けて行った。通り抜けた後で送れて背筋が震えた。
「まさか、リューかっ!待て!」
 伸ばした腕は女を捕まえた。    冷たい!

 女の腕は、思わず手を離しそうになった程に冷たく、俺は訝ってそのまま女の顔を見上げた。その先にあった瞳に、俺は初めての驚きに出会う。
 初めてだ、女を美しいと思ったのは。
 美人、って言う類なんだろう。冷たい腕を掴んだまま、俺と女はそのまま見つめ合う。

「離してくれないかしら。強引な男は嫌いなの」
「む……」
 女の口調は艶があって、思わず言われた通りに俺は腕を離してしまう。
「リューの知り合いなのか…。いや、まさか、アイツに何かするつもりなら……!」
「つもりなら、どうするのかしら」
 睨んだ俺にも、女は微笑むように答えるだけ。
「させない。アイツはいい奴だ。このまま、ここで生きていけばいいんだ」

「……………」
 ふと、女は表情を翳らせた。

「そうね。そう思うわ。……そう思うなら、私に会った事、あの子に言わないでちょうだい」
「なに……」
 女は言うだけ言って、くるりと踵を返す。
「待てよっ!知ってるなら、教えろ!アイツは一体何処から来たんだ!」
 女は、闇の中、その姿は映えるように振り向いた。
「知らない方が、幸せなことも、あると思わないの……?」

 長身の女は、俺に一言も言わせずに、そのまま町に溶けるように消えていった。
「なにが……」
 今夜は、驚き、考えることが多すぎた。
 夜の闇に同化するように消えた女は、強烈に俺の瞳に面影を残す。


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