「浜辺でドッキリ」

ポルトガの番外編ですが、本編よりもお遊び率150%UP。色んなキャラが総出状態です。
その変わり、各CPなど支持の方には愉しめる内容なのではないかと思います。
たまには愉快な休日でも♪


◆浜辺で日焼け止め大作戦(ナルセス)

 青い空。白い雲。流れる波。何処までも続く水平線。
 浜辺には開放的に水着ではじけるギャル達。

 ああ、これだよ。これしかないよ。
 夏の海に女の子がいなくてどうするんじゃ〜!レッツバカンス!
 夏の楽園!太陽の下で、夏をかじろう!
 と、言うわけで、俺たちは常夏のポルトガ海水浴場に飛び出していたのであった。

 ポルトガでニーズさん達は王様から船を貰い、更に勇者の旅立ちを祝って盛大な出船セレモニーが開催される。
 ま、ここは勇者のれっきとした仲間の一員として、このナルセスも修行をサボってもといお休みして参加!(いえい!)と言うわけなんだな、これが。

 セレモニーを明日に控えて、早くもポルトガ入りしていた俺は、仲間その他もろもろを誘って海水浴へと繰り出す。

 もちろん目的はうちの女の子ズの水着だよ〜♪
 しっかりお勧めを押し付けて、着替え終わるのを待っていたりして。

 男連中を集めてビーチパラソルを設置。デッキチェアーもしっかり女の子用に設置。いい場所を陣とって今か今かと待っていた。
「まっだかな〜。シーヴァスちゃん達」
「嬉しそうですね。ナルセスさん…」
「もちろんですよー!ジャルディーノさん」
 海パン姿の男連中の中で、一人浮かれる俺に声をかけるのは赤毛の少年。再会ももちろん嬉しいのでそれも合わせて浮かれている。
 つい昨日何故だか大泣きしていたジャルディーノさんなんだけど、しぶるのを言い聞かせて海水浴に連れて来た。

「凄い人出だね。セレモニーの影響なのかな」

 意外な人物も浜辺には参加していた。…とは言っても、俺が海に誘ったんだけど。
 美しい金髪を潮風になびかせ、水着の上に白いパーカージャケットで決めているのはイシス貴族のドエールさんだった。
 ジャルディーノさんぷらすこの俺の友達、になれたらいいなのドエールさんは、海自体も初めて訪れ、周囲を見渡しては驚いてばかりだった。

「ジュース買って来たよー。適当に買ってきちゃったけど…。いいよね」
「おまけに氷もぶん取って来たから。暫くは冷たいな」
「うーん。さすがアイザック。抜かりなし」
 バケツに氷水を注ぎ、その中に缶ジュースを詰め込んだ二人組みが買い物から帰って来る。
 うちの戦士のアイザックと、俺も含めたアリアハンでの友人、リュドラル。
 リューは背中に太刀傷を背負っているがために、水着の上にジャケットを羽織ってその傷を隠す。
 穏やかで優しい人のいい友達で、アイザックと特に親しく、俺やニーズさんとも良く一緒に居た。薄い金の髪を後ろで一つに結んでいるいつものスタイル。

 久し振りに会った友人達との談笑も楽しかった。
 楽しかったんだが…。

「お待たせー。あれ?ニーズさん達はまだ?」
「うおおおおおお!!!待ってたよサリサちゃん!!!」(がしいっ!)
「きゃあっ」
 そう!コレ!コレがなくちゃ!!
「黄色いビキニ!似合ってるね!!最高!最高だよサリサちゃあん〜!」
「あ、ああ、ありが、とう…」(汗)
 思わず感動に涙して、眩しいビキニのサリサちゃんと両手を取り合ってスキップする。(俺だけ)

「お兄様とサイカさんは、まだなのですね。ではお先です」
「うおおおおおー!シーヴァスちゃんも最高〜!!赤い水着セクシーだねっ!夏の浜辺は君に夢中!」
「くすくす。そうですか?」
 赤いワンピース水着のエルフ少女は嬉しそうに微笑み、初めての海水浴に心躍らせる。
「いいなー。やっぱいいなぁ〜。なっ、皆も水着褒めなくちゃ。男として!」
「え……」(アイザック、ジャル、ドエール、リュドラル)

「…はっ!!!しまった!!!」
 俺は今更ながらにして、ようやくその事実に気が付く。
 ここの面子揃いも揃って、シャイな億手野郎ばっかりじゃん!!!

「あ、お二人とも、すごいお似合いですね。可愛いです…」(///)
 ジャルディーノさん、OK。
「うん。すごく…。可愛いです」
 二人とはアリアハンでちょっと会っただけでも、人付き合いの上手いリューはにこやかにクリア。
「…………」
 アイザック、無言。
「…………。あ、僕は、ちょっと…」
 ドエールさん、逃げた。
「ちょいちょい!ちょっとなー!いかんよ〜。全く君たちは〜」(偉そう)


 女の子は指定席のデッキチェアーに美しく座り、俺は皆にジュースを回して、ひとまず落ち着く。
 パラソルは二本で、男女で別れて座っていたりするのだが…。
「よーしっ。じゃん!行くぜ、オイルもしくは日焼け止め塗りましょう大作戦!」
「はぁ…?ナルセス、お前まさか妙な事考えてないよな…?」
 バックからボトルを取り出しにんまりした、俺の頭上から浪漫のない言葉がかぶさる。浪漫の足りない硬派男、その名はアイザック。

「なんだよー。オイル塗りは男のロマンだぞ!」
「そうか……?」(汗)
「お前だってやりたいくせに。俺いっちばーん!」

「ねえねえシーヴァスちゃん♪初めての海水浴、何も準備してないでしょ?日焼けには注意だよ?エルフの肌に焼きすぎはきっと痛いと思うな」
「そうですか?」
「じゃあーん。これ効くんだよ、日焼け止め。塗ってあげるよ!」
「まぁ。さすがナルセスさんですね。ありがとうございます」

(外野)
アイ「ナルセスの奴…。なんて奴だ」
リュー「あ、うわっ。思い切り塗ってるよ。あ、腕も…。なんか、やらしいね…」
ジャル「……。す、すごいですね…。どうしてあんな事できるんでしょう…?」
ドエ「……。なんだか足まで塗ってるけど…?」


「エルフの肌って、初めて触ったけど…。ひや〜。すべすべだねー。あ、腕伸ばして」
「はい」
「ナルセス君…。ほどほどにね」
 並んだチェアー、隣に腰掛けたシーヴァスちゃんの横では、ちょっと警戒したサリサちゃんがじっと俺の手の動きを見張っている。
 そんなの気にして日焼け止めが濡れるか〜!俺は触りたいんじゃ〜!

「あ、足も綺麗だね〜vすべすべ!♪」
「ちょ、ちょっとナルセス君!足は自分で塗れるよ。もういいよ!やめなよ」
「まぁまぁ。すぐだから、ねっ。後は…。あ、肩は重点的にね」
「あっ…」
「あっ!ごめん!手がすべった…!」(〃▽〃)ノ

(外野)
アイ「なーーーっ!?」
リュー「今…!!今胸……!」
ジャル「(声もなく)」
ドエ「…………」(呆然)


「ごめんね!ほんとごめん!」
 俺は内心心で躍りながら、頭の前で両手を合わせてしこたま謝罪する。
「いえ…」
「わざとでしょお!?ナルセス君いい加減にしないと怒るよー!」
 当人よりサリサちゃんがカンカンに膨れていたりする。謝り倒して、こっそり舌を出しながら俺は男性陣の方にまで戻ってきた。

「お前…」
「なんだよ、次アイザック行って来いよ。サリサちゃん」
「なんで俺ガッ!!」
「よし!来いアイザック!」

 赤くなって嫌がる、奥手戦士の腕を引きずり俺は再び「戦場」へ。
「サリサちゃん、サリサちゃんのはアイザックが塗りたいって。どうしても塗りたいって!塗らせてやって」
「コラー!!誰がそんな事言ったあー!!」
「………。いいけど?アイザックなら…」
「ちょっ。待っ…!待てって!」
「ええい!お嬢さまを待たせるんじゃねえー!!はいコレ!こうして手に取って、優しく塗る!OK?」
「…………」
 めでたくして、アイザック初体験。良かったな。ひと夏の思い出v

「あー…。背中だけだからな…」
「何ふてくされてんだ。こんな栄誉を。すいませんね〜。サリサちゃん。素直じゃない奴でー」
「きゃはははっ。やだやだっ!アイザック、くすぐったすぎる〜!」
「えっ!?こ、こうかっ!?」
「やだやだっ。もう〜。あ〜ん、やめて〜!」

(外野)
リュー「な、なんか、ちょっと羨ましいかも…」
ジャル「あ、あっち向いてようか…。ドエール…」(赤面)
ドエ「…そ、そうだね…」(そっぽを向く)


「わ、悪い…。良く分からなくて……」
 謝るアイザックとサリサちゃんが向かい合う、優しい俺様は思いきり背中を叩いて押していた。
「もう!馬鹿だな〜!アイザックはっ!」(どーん)
「うわっぷ!」
「いたっ!」
 狙いテキメン。アイザックはサリサちゃんのふくよかな胸にダイビング。

(外野)
リュー「あーっっ!!」
ジャル「えっ!!ななな、なんですかっ!?」
ドエ「うわっ…」


「うわあああっ。ナ、ナルセスどけって!」
「うーん。な〜んのことかなぁ〜」(しれっ)
「きゃあああーっ!きゃーきゃーきゃー!アイザック、馬鹿馬鹿〜っ!!」

 祝!アイザック初ぱふぱふ。(胸に顔突っ込み)

「…楽しそうですね。くすくす」
 チェアーの上のサリサちゃんにアイザックが被さり、その上に強引に乗っかって俺は口笛を吹く。
 もみ合う隣を見てシーヴァスちゃんは鈴みたいにころころ笑っていた。

「くっ…!!この、ナルセス!ボケがああっ!!」

ずぼっ。


 起き上がったアイザックは恩も知らずに、俺の頭を砂浜に押し込んで怒って去って行った。そして更に…。
「もーっ!!ナルセス君、バカッ!!」
バシーンっ!
 砂から這い出すと、平手打ちが待ち構えていた。
 いいんだよ。女の子にこうしてはたかれるのって、一種の幸せですvvv

「アイザック…。いいなぁ。ちょっと羨ましいと思っちゃったよ。…なんて、本人に言ったら怒られちゃうけどね」
「あ、じゃあ、リューもやる?」
 頬をさすりながら、日焼け止めをリュドラルに差し出す。
「ええー?無理だよ…」(首をブンブン)
「あ、じゃあ、ジャルディーノさん行きましょう!お姫様来てたじゃないですか!お姫様の素肌にGO!」

「ぶはっ!」(ジュースを吹き出す)
「ななななななななななっ。な、なっ!」
「ジャルディーノには、無理だよ。ナルセスさん」
「んじゃ、ドエールさん。ドエールさんならいくらでもナンパできますよ?男になりましょうよ!どうです!いっちょ一つ!」

「いや、僕は…」
 日焼け止めをグイグイ推し進める俺に観念したドエールさんは、ボトルを受け取るが隣のジャルディーノさんに振り向いた。
「ジャ、ジャルディーノにでも塗るから、いいよ」

 ズサー。
 砂浜に俺は頭から滑り倒れる。
「ああ、僕もドエールで…。ナルセスさんも背中塗ってあげますよ?」(にこ)
「うええ〜。ここまできてそんな…」
 しかし、仲良さげにドエールさんの背中に日焼け止めを塗り始めたジャルディーノさん、俺は即答していた。
「あ、友情もいいですね。俺もお願いします」(羨ましかったらしい)

「あ…。ナルセス君……」
 楽しく「友情の日焼け止め塗り」に没頭していると、横から焦ったリュドラルが慌てて肩を連打する。
「なんだよ。リュー、邪魔するなよ…。っておわっ!!

 日傘を差した、水着娘が一人ジト目で俺を見下ろしていた。
「超卑猥」
 思わず、日焼け止めボトルも落として、俺は跳ねたように直立する。
「アアアアア、アニーちゃん!ようこそここへお日柄も良く!」
「シーヴァス、久し振りね。元気だった?」
 挨拶した俺を完全無視で、くるっと180度回転してアニーちゃんは女の子ズと会話に屈み込んでいた。

「お久し振りですアニーさん。アニーさんもいらしていたのですね」
「あ、あなたがナルセス君の…?」
「そう!俺の彼女のアニーちゃん!!」
「全然関係ありませんこんな人」

 アニーちゃんとサリサちゃんは初対面で挨拶し合うのだが、話に加わりたい、と言うかアニーちゃんの機嫌を直したい俺の言動に彼女はとことん冷たい。

「アニーちゃん水着可愛いね!赤い花柄ビキニ最高〜!」
「さわんないでよ。あっち行って」
「あ、アニーちゃんも日焼け止め塗る?オイルもあるよ!」
「お断りです。いやらしい。男性陣で仲良く塗ってればいいじゃない」

「こんな人は放っておいて、ね、泳ぎに行こうよ。女の子だけで

「ああっ。女の子だけなんて、変な男に絡まれちゃうよ〜」(泣)
「アンタよりましよ。荷物見ておいてよね」

 しくしくしく…。
「………。見事に怒らせちゃったね…。後で大変だよ?ナルセス君。アイザックも怒らせちゃったし…」
「あ、あの。僕のせいですか…?謝ってきましょうか」
「いや、ここで引き下がっちゃ男がすたる!アニーちゃんは俺のもんだ〜!」
 ビーチボールで、なんともキラキラしながら波打ち際で遊ぶ、三人娘の元へ猛ダッシュで駆けてゆく。
「ごめんってばアニーちゃん!無視しないでよ〜!」
バシャバシャバシャ。(抱きつき)

「ちょっと、抱きつかないでよ!」
「ああっ、やっぱアニーちゃんが一番いいなぁ…。この感触♪」
「何処さわって!!!」

バキイイイイッッ!!!

 ばっしゃーん。
 鉄拳は見事に決まって、水しぶきを巻き上げて俺の身体は沈んでいた。

「うーん…。鼻血が…」
 気が付くと、シートの上、寝転がる俺の傍でアニーちゃんが一人ため息をついていた。皆遊びに行っているのか、そこには二人きり。
「ちょっとは反省しなさいよ。全く馬鹿なんだから」

 夏の日差しを背負って、少し濡れた髪の彼女はそれはそれは眩しくて目を細めた。
「……。はい。反省します…」
 寝転がり、頭に冷やしたタオルを載せたまま、俺の右手はアニーちゃんの手をそっと掴む。
「やっぱり好きだ。アニーちゃんが一番いいな」
「……。もう。調子いいんだから…」

 人込み溢れる海水浴場でも我慢できなくて、顔を拭いて俺は身体を起こし、恥ずかしげもなくアニーちゃんの方を抱き寄せる。
 そして人目もなんのその、大好きな彼女の唇を奪う。
「ナルセスってば、やだ。こんな所で…」
「誰も見てないよ。ん〜vvv」
「あはははは。もう…」
 いちゃつきすぎて、仲間達が戻れなくなっているのも、俺は知らないふりだった。


◆浜辺でロンリーチャップリン♪(サリサ)

「アイザックったら。何処行っちゃったのかしら…」
 私は一人皆から離れて、怒って何処かへ行ってしまった黒髪の戦士を捜していた。

 海にでも出てるのかなぁ…。せっかく海水浴だし、水着も気合入れたし…。できたら二人で泳ぐとかしたいんだけど…。

「すごいなぁ〜!君!いい腕だね!焼きそば買うよ!」
「きゃはははっ!すごーい!キャベツの千切り!かっこいい〜!」
 人込み溢れた海水浴場には、多くの海の店も出店も並んでいた。
 けれど、ちょうど前方に人だかりのできた焼きそば屋がある事に気が付く。

「毎度っ!焼きそば三つね!あらよっと!」
 ジュ〜。ジュ〜。バッバッ!ジュワー!
「三つって、俺はいらねーよ」
「まぁまぁ。そんな事言わずにお客さん。サービスするよ!」
「ビームくんも食べようよ。美味しそうだよv」

「…………」(汗)
 その焼きそば屋台の、販売してる少年の後方に立ち、私は唖然呆然として絶句する。パフォーマンスしながら焼きそばを売る少年こそ、探していた戦士だった。
 アイザックは呆れるほどに楽しそうに、三人組のお客さんに売り込みをしている。
 背の高い蒼髪の青年と、青年に腕を組んでくっついている栗色の髪の女の子。そして青年と良く似た多分弟さんの男の子。

「腹減っただろ?遠慮するなよ。じゃあ、焼きそば三つ!」
「どうもー!9Gですー!」
「わぁーい。グレイさんありがとぉ〜。だから大好き!」
「てめぇ。いつまでベタベタくっついてんだよ。兄貴ー、こんな女どうでもいいから。バイトするなり何なりして、さっさとダーマ行こうぜ」

「私が海水浴したいの!もう、誰のおかげで船に乗れたと思ってるの〜?全く、私はグレイさんだけで良かったのに…ぶつぶつ」
「なんだよだいたいてめーのクソ姉貴のせいで…!!!」
 その三人組は喧々ごうごうとうるさくて、去り際も思わず目で追いかけてしまっていた。男の子と女の子がとても仲が悪いみたい。
 でも、お兄さんがそっと弟の頭に手を置いて、仲裁された男の子はぎゅっと黙りこくる。

「ごめんな。でも、ファルの事は悪く言わないでくれよ。クレイモアの事もね。さて、と、あっちの日陰の方で食べようか。飲物何がいい?」
 片手に女の子が腕を組み、空いている右手で彼は弟の背中を押して砂浜を歩いて行く。視線を屋台に戻すと、忙しそうにアイザックが接客していた。

「……。何やってるの…?アイザック…」
「うおっ!サリサ!いたのか!悪い、ちょっとそこのキャベツ取って!」
「う…、うん…」
 とても忙しそうで、とてもじゃないけど一緒に遊びたいなんて言い出せない。俯いてがっかりしていると、また用を言いつけられる。
「悪い!あそこ行って両替して貰って来て!」
「えええええええ〜…!」
「悪いっ!バイト代少しあげるから!」
 焼きそばを焼く手は止めずに、器用に客にも私にも対応しているアイザックに私は思い切り頬を膨らませた。

「なんでバイトなんかしてるのよ!皆で海水浴しようって来たのに!」
「だって、臨時で募集してて、バイト代良かったんだよ」
「………。いつまで?!終わったら一緒に泳いでくれる?!」
「うん、分かった!売り切れば終わりだから!」
「分かった!手伝う!」


 …ああ。どうして。こんな所まで来て、バイトなんかしてるんだろう…。とほ……。
でも、最初は膨れていたけど、その内一緒にお店をやっている事が楽しくなってきたから私も単純だと思う。
「ありがとうございましたー!またどうぞ」
「いらっしゃいませ!…あっ!」

「こんにちわ。こんな所でアルバイトですか?精が出ますね」
 お客がひとまず途切れた所で、変わらない衣装のワグナスさんがにこやかに現れた。私は挨拶しようと思って、後ろの人影に気づいてぴたりと固まった。

「シャルディナさん。そんなに恥ずかしがらずに。せっかく水着も買ったのですし」
「あ、あっ、で、でも…」
 ワグナスさんの後ろに、もじもじと隠れては顔を真っ赤に染める、それはそれは可愛いシャルディナさんの姿に私は言葉を失った。
 水着は白地に青系の色合いでまとめた花柄のワンピース。腰にはパレオを巻いていた。
「息抜きにと思いまして、許可を頂いて、シャルディナさんもお呼びしたのですよ。ささっ、せっかく着たのですから、アイザックさんにも見て頂かないと」
「あ…っ!ワグナスさんっ!あのっ…!」
 肩を掴んでシャルディナさんを前面に押し出すと、アイザックの手から焼きそば用のへらが落ちた。

「アイザック、落ちたよ…。焦げるよ…」
「おわあああああっ!アチっ!!アチー!」
「あ…。ごめんね。邪魔して…。あの、私帰ります…」
「何を言いますか。シャルディナさんもお手伝いしたらいかがですか?きっと可愛い二人が呼び込めば、売り上げもアップすると思いますよ。ねえ?アイザックさん」

 ワグナスさんたら、何て事を言い出すのー!!
 私は心の中では必死に首を振っていた。せっかく例え屋台でも二人きりなのに。
「え…?あ…。えっと…。いいよ、シャルディナは…。もうすぐ終わるから…」

 アイザックが断ったのは良かったんだけど、私は頬を引っ叩きたい思いに駆られる。
 だって、だって、しどろもどろなんだもん!
 顔赤いし。どぎまぎしてるっぽいし!シャルディナさんの方見ないし!

「そう言わずに。私他にも見なくてはならない人がいますので、暫くシャルディナさんお願いしますね。でわ」
「えー!!ちょ!ちょっとワグナスさんっ!!」

 三人に、なんとも言えない空気が流れた。
 鉄板の上で焼きそばが焼かれる音ばかりで、会話も全く出てこない。

 どうしよう…。やだな…。それにシャルディナさんって、役に立つのかな。彼女は恥ずかしそうにじっと俯いているだけだし、あまり働きなれてる様にも見えないし…。

 しかし、そこへ客がやってくる。
「わぁ!君可愛いねー!何?バイトしてるの?」
「あ…。あの………」(汗)
「バイト何時まで?終わったら一緒に俺たちと遊ぼうよ」
「名前なんて言うの?何処から来たの?」

ばきばきばきっ!!!

 突如木材の折れる音。
 彼女目当てに近寄ってきた軽そうな男二人組は、屋台からの音にびくりと震える。物凄い睨みを突きつけて、アイザックが割り箸の束を握りつぶして壮絶なオーラを轟かせていた。

「いらっしゃいませ、お買い求めですか!!」

「あ…。ああああ…。か、買うよ。買えばいいんだろ…」
 言葉は丁寧でも、傍から見ている私でも恐ろしいと思った怨念こもった低い声。二人組みは焼きそばを買うとクモの子散るように逃げて行った。

 な、なんなの、悔しいー!

「美味しい焼きそばいかがですか〜!そこのお兄さん、いかがですか!そこのお母さんも、美味しいですよ!」
 負けないもん!私の方が役に立つんだから!呼び込み始め、お客さんも集まってくれる。手際よくお会計も対応も挨拶もできるし、シャルディナさんなんか目じゃない。

「…………」
 油断していた。甘く見ていた…。まさか、シャルディナさんも、対抗してくるとは思っていなかった。
「あの…。宜しければ、いかがですか?」
 多少びくつきながらではあっても、彼女の容姿は人目を引いた。ナンパの場合は毎回アイザックが鬼のような睨みを効かしていたけれど。

 彼女も慣れないながら手伝いを始めて、ぎこちなくも笑顔も振りまく。
「あ、あの、ごめんね。私、仕事遅くて…。これ、どうしたらいいの?」
「えっと、これはさ…」
「はいはいはい!これはね!ここでいいから!シャルディナさん!私に聞いて!何でも教えてあげるから!!私に聞いてね!!!」

 私も必死だった。とにかく無我夢中で、必死だった。
 しかし。私も予想していなかった、オドロキの展開がこの浜辺には待っていた。


 昼のピークも過ぎ、在庫も終わりかけてきた頃。
 風のように爽やかに、美しい青緑の髪を揺らして彼の人は現れる。
「こんにちわ。こちらに居ると訊きまして…。頑張っているのですね、シャルディナ」
「ルタ様!!」
 初めて見る男性は、それはそれは親しげにシャルディナさんに会いに訪れた。
 服装がワグナスさんのに似ていて、…髪も珍しい、緑系。長袖なのに汗一つかかずに、涼しい顔でシャルディナさんに微笑みかける。

 驚いて飛び上がった彼女は、慌てて男性の前に駆けてゆく。が、自分の格好に気がつき、火が出そうに赤面して慌てていた。
「ああっ!ごめんなさいルタ様!わ、私こんな格好で…!着替えてきます!」
「珍しい姿ですね。…けれど、可愛いですよ。着替えに戻る必要はありません」
「そ、そうですか…?すみません…!」

 ぱちぱちと、まばたきをして私は横から伺っていた。
 なんだろう、この人。とても親しい人みたい…?シャルディナさんも、アイザックに対してと同様に、恥ずかしそうにおどおどしていた。
「すみません。二つ程頂いてよろしいですか」
「……。あっ、は、はい」
唐突に話しかけられたアイザックは、気にしているのもまる分かりの表情で、焼きそばを二パック男性に渡す。

「シャルディナ、向こうにとても綺麗な場所がありました。少し休憩しませんか」
「…えっ?え、え…。私ですか…」
 シャルディナさんは、驚き、戸惑うけれど…。
「………。ごめんね、アイザック、すぐ、戻るから…」

    行くんだ!!!
 私はもちろん勝利に喜んでいた。

「ありがとうございますルタ様。では少しだけ…」
 二人はいい雰囲気で、彼女を気遣った男性はマントを彼女の肩にかける。
「久し振りに、聴きたいですね。あなたの唄を。良いですか」
「そんな…。ルタ様に聴かせるような歌なんて…」
「お願いします。また暫く会えないですから」
「……!…はい…」

 優しくて、でも、切なそうに、男性はお願いしていた。私、思うけど、この人、多分好きなんじゃないかな…。と言うか、とても愛おしそうに……。
「あの人、恋人じゃないのかな」
 そう言ってしまおうとして、私は異臭に眉をしかめる。
「……。アイザック、焼きそば焦げてる…・」
 全く気が付かない程に、意識を削がれていたらしい、アイザックの反応に私は唇を噛んだ。


◆浜辺からエスケープ。君は一人じゃない。(サリサ)

「あーあ…。もう、嫌になっちゃう…」
 焼きそばの在庫も無くなって、アイザックのバイトも終了。と思ったら、屋台を返しに行ってまた別の人に焼きとうもろこし売りを頼まれてアイザックってば受けてしまっていた。
もう、うんざり。
 二人で海水浴なんて夢見たのが馬鹿だったのかなぁ…。(しょぼん)
 皆の元に戻ってみても、なんだかナルセス君と彼女が熱くて、近寄れないし…。

 シーヴァスも他の皆も何処にいるか分からないし。
 もう、宿に帰ろうかなぁ…。

 とぼとぼと、宿へ帰ろうと砂浜を一人歩いていた。
 更衣室で着替えて帰ろうと、海の家の横を通ろうとする、そこにガラの悪い連中が集まっていた事に、私は気づくのが遅れてしまった。

 下に向けていた視線の中に、無数のつま先が現れて驚く。
「おっと姉ちゃん。悪いなぁ、今ここは通行禁止なんだよぉ。通るなら、通行料払って貰わねぇとなぁ」
「痛っ。あの、離して下さい。帰りますから」
「へっへっへっ。可愛いじゃん。帰る前におじさんと遊んでくれよぉ」
 腕を掴み上げられるのに睨んでも、男たちは下卑た笑いを浮かべて、いつの間にか私の周りを取り囲む。若い男から、中年男性まで、ざっと六人。

 逃げる作戦を探す私の腰辺りに、ぬっと男の手が伸びる。
「ちょっと!やだっ!離してよっ!痴漢!」
 身体を翻しても、囲まれた中では、何処からも汚い手は伸びてくる。
「可愛い水着だなぁ。お嬢さん…」
 汚い大きなごつい手たちが、たくさん身体にまとわりついて…。

「そのくらいにしてくれないか」
「ぐえっ!!」
 ドサッ。
「なんだてめぇ!!」
 突然、ゴロつきの一人が殴り飛ばされて、男達の視線は声の主に集中する。私は手を引かれて、現れた男の人に次の瞬間には保護されていた。

「おいおい。俺たちに逆らうと痛い目見るぜぇ…。俺たちゃ、ここらを仕切る「黒い爪」盗賊団だ。女を置いてくなら見逃してやってもいいぜぇ〜」
「知らないな。陸上でわめく小さな盗賊団に、興味はない」
「なんだとキサマぁー!いい度胸してんじゃねぇかぁ!」
「後悔するぜ、色男!」
「やっちまえ!」

 私は…。現れた男の人の事を、知っていました。
 けれど、スッと鞘ごとの短剣を腰から男達に翳し、添えた左手、そして短剣から熱が漂う、恐ろしい海賊の姿は初めて見たのです。

「忠告しておく。二度とこの女に近付くな。破れば大地、海まで焦がす、我らが一族の煉獄の炎が貴様らを跡形も残さず灼き消すだろう」
「なぁっ…!?」
 赤い焔の揺らいだ、彼の翳す短剣に男達は怯えて口を開けたまま後ず去る。
 金の髪の美青年の姿をもう一度確認して、ゴロ付きの一人が指を指して悲鳴を上げた。記憶にあったのは、短剣の鞘に刻まれた深紅の刻印。

「ぎゃあああああっ!ま、さ、か…。大地の…、ガイアの紋章だ!間違いねえっ!キサマ大地の一族の人間かあっ!」
「うえっ!マジだ!大地の剣だぜ!やべえ!ずらかれ!」
「え?なんだよビビるこたねえっ。優男一人、みなでかかれば…!」

「馬鹿野郎っ!知らねーのかっ!…そうかお前は新入りだったか。大地の一族、更に短剣持ってる奴は「暁の牙」の頭領二人だ。堕ちた勇者一族、魔王も倒せる海賊団、最強最悪、黒い旗に赤い紋章、睨まれた奴は骨も残らず灰にされるって聞くぜ!」
(超説明的)
「魔王も…!?ひええええええっ!そんな凄い奴がっ!」
「そんな女どうでもいいぜ!逃げろお〜!」
「お助け〜!」
 ゴロつき達は、殴られて倒れた男を担ぎ、一目散に逃げて行った。
 その逃げ様があまりに情けなくて、思わず大きなため息がこぼれた…。

「災難だったな。大丈夫か」
 今日は帽子はかぶっていない、どきりとする様な素顔をそのままに、夏の空の下その人は私を気遣って覗き込んだ。
 一度見たら忘れられないような、それは整った容貌のミュラーさんの弟。
 さすがに半袖のシャツなど、初めて会った時とは違う涼しい装いで、先ほどの短剣を腰に戻していた。

「スヴァルさん…。ありがとうございます…。でも、まさかスヴァルさんがこんな所にいるなんて…」
「姉さんがいるんだ。ワグナスと一緒に居る」
「ああ、そうなんですか…」
「……。何処へ行こうとしていたんだ?送っていく。おそらくはもう来ないだろうが、懲りずに仕返しにやってくるかも知れない」
「宿に、帰ろうかと思っていたのですけど…。海に居ても私一人で、つまらないし…」
 確かに少し怖いし、送って貰えるのは嬉しい。でも、いやな目に会ったのも合わせて、とても寂しい感情に表情が曇る。
 心配してくれたんだろう、スヴァルさんが、意外な事を口にした。

「そんな暗い顔をするな。お前が良ければ、穴場を教えてやってもいいが…。行ってみるか?」
 宿に帰ってもいい事ない、そう思った私は案内して貰っていた。

 水着のままの方がいいと言うので、荷物からTシャツを一枚出して上に着る。
 まだ特別親しくもない人なのに、男達が逃げ出した海賊団の一員なのに、着いていく私は一切の恐れを感じずにいたのが不思議だった。
 「暁の牙」とか言ってたけど…。すごく怖くて有名な海賊なんだろうか?ミュラーさん達って…。弟のこの人は、副頭領なんだろうか?


 遊泳区域の砂浜から離れ、スヴァルさんは波の荒い岩場の方へ歩いて行く。
 立ち入り禁止の札が立っていて、さすがの私も不安になって来た。
「あの、スヴァルさん?何処へ向かってるんですか?」
「この辺り、いつも波が高くてな。人の手が入っていない分、海の中もそれは綺麗だ。潜ると分かる」
「えっ!こんな所潜れないですよ!波に飲まれて死んじゃ…」

「大丈夫だ。…見ていれば分かる」
「………」
 取り乱した私に、息だけで微笑んで、彼はガイアの紋章を付けた短剣を鞘から抜き、煌めく刀身を荒れ狂う波を受ける一つの岩に静かに刺し込む。
「鎮まれ、大地の流れ。今暫しの、息吹の制止を」

 何を…する気なんだろう…。疑問はすぐに答えを得られた。
 高く、岩を撃っていた波は、岩に刺した短剣を中心に、静かに息を潜めてゆく。
「…え…?えー!?う、そ…!嘘っ!信じられない!」
 周囲の海が、この人に飼い慣らされるよう…。小さな入り江一つ、波はさざなみと化して、私は改めて、その短剣の力に畏怖して口を押さえた。

「どうして…。こんな事できるんですか…?海まで、操れるんですか…?ガイアは海の神様じゃないのに…」
「海を操ったんじゃない。波は風と大地の動きから生まれる。大地の地脈を少し沈静した事で、少しの時間だけ波が静まる」
「はぁ…。す、凄いですね…」
 すっかり圧倒されて、暫く呆然と、剣と静かな入り江とを交互に見比べている。
「姉さんの方が、もっと強い。…まぁ、それはいい、そんなに時間は長くない」

 足場の悪い岩場で、スヴァルさんは手を差し伸べて、私を誘う。
 Tシャツを脱いで海に潜り、その後に同じくシャツを脱いでズボンだけになったスヴァルさんも続く。

「……!!っぷはっ!凄い!凄い綺麗〜!!」

 拡がったのは、色鮮やかな何処までも続くサンゴ礁と、宝石のようにキラキラ光る小魚たち。とにかく叫びたくて、私は海から顔を出してジタバタと暴れた。
「そうか。それは良かった」
「もう最高ー!凄い!こんなの初めてっ!嬉しいっ!」
 魚たちと遊んで、楽園みたいな海の景色に酔って、私は子供みたいに何もかも忘れてはしゃいで泳いだ。
    夕暮れ近くまで。

「あ〜!!もう、楽しかった♪ありがとうございます!スヴァルさん!」
「……。一つ、寄り道して帰るか。近くに灯台がある。今日ならいい夕焼けが見れるだろう」
「わぁっ!いいですね!」

 帰り道、岬の灯台に寄り、赤く染まる空と海に、私は感動して泣きそうになった。
 あのまま一人で帰らなくて、本当に良かったと思う。
「ありがとうございます、スヴァルさん。私一人ぼっちになっちゃって…。実は寂しかったんです。シーヴァスとかも、居れば良かったのに…」
 展望台の景色を眺めながら、ぽつりとこぼれた呟きに、何故かスヴァルさんの表情は翳った、…気がした。

「…悪いな。エルフが居なかったのは、俺たちのせいだ。姉さんがルシヴァンに一緒に居ろと言いつけたからな」
「え……」
 じゃあ、シーヴァスは、あの人と一緒に居たんだ。だとしたら…。

「……。じゃあ、私、お邪魔だから…。シーヴァス、そっちの方が嬉しいだろうし。なんだ、帰って良かったんだ、私…。ナルセス君も、彼女と仲良くしてたし。ニーズさんもサイカさんと一緒だし。アイザックも…私なんかどうでもいいんだし…」

「私一人だけ、仲間はずれで…。一人ぼっちだったんだ…。なんだ…」
 口にする事で、オレンジ色の世界の中、私の心はどんどんいじけてすぼんでいった。

「サリサ…。すまない」
 だから、本当にどうして、この人が謝るのか本気で解らなかった。
「言えた義理じゃないが…。そう、落ち込むな。恋人だけが大事なわけじゃない、誰も…な」
「はい…」
 分かっていたけれど、それでも私は寂しかったんだ。

 そして、この人は慰めるだけでは終わらなかった。
「お前は独りじゃない。家族もお前の帰りを待っているのだから。…ないがしろにしているのは褒められないが」
 この人は私の家出事情も知っていたのか、反論できずに、私はただ俯き、でもいきなり図星を刺された悔しさもあって、謝る事もできなかった。


「悪い。…押し付けるようで悪いが、どうかこれを持っていてくれ。謝罪だ」
 渡されたのは、ガイアの紋章の刻まれたペンダント。長方形の琥珀色の石に、赤く刻み付けられたガイアの印、自分の首から外して、彼はすまなそうに私の手の平に乗せる。

「別に、謝罪なんて…」
「これにはガイアの加護がある。大地に生きる人の子の前に、常に道を差し示す。壁にぶつかった時、きっと助けになるだろう。…悪いな。こうでもしないと俺の気が済まないんだ。頼む」
「………。はい…。じゃあ…」

 手に握ると、何処か熱を帯びる、身体が熱くなる「力」が確かにそこに在る。首の後ろで金具を留め、ガイア神の加護あるペンダントは私の胸元に落ち着いた。

 夕闇に染まった世界を背中に、私は宿への帰り道につく。
 宿屋の近くまで私を送り、不思議な海賊の人、スヴァルさんは別れを告げて町並みに消えて行く。


◆浜辺の恋、裏工作は控えめに。(ミュラー)

「スっヴァールっちゃーん!」
    タタタタタタッ。がしっ!
 上機嫌で、私はいきなり路地裏から現れて弟の首に腕を回す。
「やった〜!お姉さん嬉しい〜!どう?どう?遠くから見てた分には分からないけど、結構いい雰囲気だったんじゃないの?落とした?どんな風に口説いたの!?」

「姉さん」
「はん?」
 後ろから抱きついた私に振り向く、弟は珍しい程に私に対して怒っていた。視線を静かに燃やしていて…。
「なによう、せっかく、人がお膳立てしてやったのに…。何が不服なのよ」
 ブーイングして口を尖らせる姉に対して、久し振りに弟は牙を見せた。
「もう、二度としないで欲しい。俺は後悔してる」

「ルシヴァンを使って、エルフを遠ざけて。ワグナスにシャルディナを連れて来させたのも姉さんだ。そしてあの戦士に、仕事を頼み込ませたのも。他の連れも、姉さんが何処かへやったんだろう。海水浴を楽しみたかったんだ、アイツは」
「いいじゃない。アンタがもてなしてやれば。ちょうど寂しがってたでしょ?そんな時に優しくすればころっと傾くわよ」
「断る」

 私が絡めた腕を邪魔そうにどかして、自慢の弟は憮然として、ポルトガの町並みを背景に鋭く姉を睨む。
「おやおや、まぁまぁ、落ち着いて。珍しいですね。ケンカですか?」
 私には連れが一人いた。
 姉弟の間に入って、両手でスヴァルの肩を叩く、いつも笑顔の賢者にも、スヴァルの怒りの矛先は向けられる。

「ワグナス、お前も…。二人がかりで、いい加減にして欲しい」
「サリサさん、可愛いですよね。水着も似合って可愛かったですし。どんなお話したんですか?」
「……。あんな事がなければ、声をかける気はなかった。ワグナス、次は殴るぞ。それだけじゃ済まないと思え」
「すっかり、怒ってますね。謝りましょうか、ミュラー」

「なんでよ。冗談じゃないわ。だいたい、あんなイモ戦士にうちの弟が負けてるなんてどうかしてるのよ」
「…やめてくれ。誰を見てようが自由だ」
「………。悪かったわよ…」
 あんまりに弟が辛そうに言うので、しぶしぶ折れて私は謝る。
「先に帰ってる」

 弟の背中は冷たく、せっかくうまく行ったと思ったのに、私の計画に全くの寂しい反応で大きなため息が出てしまう。
「あーあ…。つまんないわねー…。いいじゃないのよねぇ〜。どんな姑息な手使ったってさぁ、欲しい物手に入れば。ったく真面目なんだから」
「あのゴロつきも、私たちが手を引いていたの、バレなくて良かったですね。暫く口聞いて貰えませんでしたよ、きっと」

「アイツが口説いて、ときめかない女なんていないっての〜。あああー!ジレッタイー!どう考えたって、あんな田舎のガキよか良い男でしょーがっ!」
「…本当に、ミュラーはサリサさんを推しますね。そんなに彼女を気にいったんですか?」

 つまらなそうに、海に足を戻す、私はうさ晴らしにワグナスを酒に誘っていた。
「気に入ってなんかないわよ。アイツがあの僧侶を気にかけてるのよ」
「…ほう」
「だいたいさ、怒ってはいたけど、あんな女好きでもなんでもないとか、否定もしてないじゃない、アイツ。何も言わないけど、嘘も言わないのよ。一族の証だって、渡せるほど大事に思ってるんだわ。そんな女は初めてよ」
「なるほど」

「ピンと来たのよねー…。ダーマでスヴァルの奴の、あの娘に対する態度。カンとしか言いようがないけど、他の女より優しくしてたもの。別な奴好きな事も知ってるけど…。姉としてはさぁ、叶えてやりたいわけよぉ」

 海岸の海の家に入って、大ジョッキを頼み、ワグナス相手にいつものように私は愚痴っていた。
 日は落ちかけて、微妙に空も暗さを帯びてくる。潮風が心地よく、賑やかな店内の喧騒が今は逆に耳に楽しかった。
「でも、そうしたら、寂しくはなりませんか?たった一人の肉親ですし…」
 小ジョッキで付き合うワグナスの問いかけには、私は微かな吐息でしか答えないでおいた。


「私も…。アンタなら、ペンダント預けてもいいわね…」
「大丈夫ですよ。私にはルビス様の『守り』がありますから」(にこ)
「私の告白さらりと流さないでくれる……?」
「ミュラーお腹空いてませんか?あ、すみません。ざるそば一つと食後にクリームあんみつお願いします」
「殴っていいかしら」
「できたら食事の後で」(にこ)

 食べ終わった後で、ぎったぎたのボッコボコにしてやる計画を立てて、私もメニューを眺めて店員を呼ぶ。

 私の相手が強敵すぎるのがいけないのかしらね…。
 あらゆる手段をこうじて、それでも振り向かせようとする事に抵抗がないのが。

「とりあえず大ジョッキ追加。枝豆と、漬物盛り合わせ。あとこの刺身盛り。早くね」
 いつにも増して、飲み明かしたい衝動にかられ、ペースは早く、ジョッキは次々と空になっていく。
 うっすらと酔いの回る頭の中で、思い出していたのは、
 初めて会った時の弟の姿。


 母親の墓の前で、短剣を胸に抱きしめて泣いていた。
 町から離れ、母親と隠れて暮らしていた、母親違いの私の弟。
 まだ子供だったくせに、私を見上げた顔はあまりに親父を彷彿させて驚いた。間違いなく、ガイアの力を継ぐ者だとその場で解った。

「男がそんなに泣くもんじゃないわ。…平気よ。私がアンタの母親になってあげる。残念なくらいに、アンタ馬鹿親父にそっくりよ。一緒に来て。アンタの命、守らなくちゃならないから」

 本当は海賊になんてしたくなかったけど……。

 親父に顔は似てても、性格は到底似ていない真面目な弟はとても可愛くて。
 ただ、幸せになって欲しい。海賊もやめて一族の力も手離して。
 その日の酒は、珍しくしんみりと胸に染みてゆく。


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