◆浜辺でばったり。出会いはいつも危険な香り。(ニーズ) 「なぁ…。まだかよ…。どうせどれ着たって同じだろー?」 イライライラ………。 「そおですか〜?でも、私的には、ビキニも良いですし、ワンピースも可愛らしいですし、色も…。やはり赤が良いと思いますか?ニーズ殿〜」 「なんでもいいから早くしろよ!一体何時間かかってると思ってんだよ!」 「クスクス。見て、彼氏可哀相…」 「くすくす。さっきからずっとやってるのよ」 試着室の前で延々と待たされている俺は、他の客や店員の格好の笑いものにされていた。 「これはどうですか?可愛いですか?」 カーテンがサっと開いて、ピンクの水着のサイカが俺に意見を求めてくる。 「はいはい。それでいいよ」 「ううむ…。しかし、ピンクは微妙に似合わないですよね…。なんですか、こう、私のイメージと合いませぬ」 「いいってそれで、もう。どれでも変わんねーよ」 「ニーズ殿、アレ持って来て下さい。黒いのです!」 「ああ〜ん?ふざけんなよ…。もう、一人でずっと悩んでろ。付き合ってられるか」 一体、それは何着目だったのか。 すでに三十着くらいはとっかえひっかえ試している とんでもない迷惑な客だった。 「ああっ!何処へ行くのですかっ!ニーズど…!ひゃあっ!」 慌てて俺を呼び止めようとして、うっかりカーテンを踏みつけたサイカは、そのままカーテンを引きちぎって床に転げ落ちる。 「大丈夫ですか!お客様!」 「い、いたひ…」 「バーカ。何やってんだよ」 俺は呆れ顔で、カーテンに絡まったサイカの前に手を出して屈み込む。と、顔を上げたジパング娘は着替えの途中で、思い切り胸元がそのままだった。 「ふわ〜ん。置いてかないで下さいまし〜!」 「……………」 (間) 「ニーズ殿の助平〜!!」(ばっこーん) サイカははたと気が付いて、勝手に自分がヘマしたくせにグーパンチで俺を吹き飛ばす。 「ぐはっ!」 「…ホイミ。…だいたい、見たって何も嬉しくないっつーの。逆に気分悪くなる」 「…大丈夫ですか?お客様……」(汗) 「ああ。すいません。試着室崩壊してしまって。水着はいいよ、この最初の奴で。どうせ誰も見ないし」 「それは、お前の水着姿は他の男に見せたくないって意味ですよね?」 「他の男も俺も見ないよ」 「またまた。このテレ屋さんv」 最初に試着したのは赤地に白い水玉のビキニタイプ。さっさと会計に向かう俺の、頬を女はつんとつつく。 「お前、アリアハンに強制帰還させるぞ」 「わぁん。意地悪いですよ旦那様…」 「旦那様言うな」 「ったく、もう、昼近いぞ。腹減った。喉も…」 確か、皆で水着を買いに店に来たのは開店と同時だったはずなのだが、出た時にはすっかり日が高く頭上から照り付けていた。 「人が大勢いますね。でも、私が一番せくしーきゅーとでしょう」 「何、血迷ってんだ。どーでもいいけど、くっつくなよ。暑苦しい」 終始腕にくっついて、離しても離してもしがみつく。ぎゃあぎゃあ言ってまとわりつく姿はある意味面白かったんだが…。 「アイツらどの辺にいるんだ?お前も探せよ。お前のせいで別行動になったんだからな」 「二人でデートと言うのも良いと思うのですけれど…。ごにょごにょ」 人でごった返す浜辺に出ても、すぐには先に行った仲間達は見つからず、暫く人探しをしていると、ジュース販売に歩いている怪しい男に声をかけられる。 「そこの可愛いカップル、冷たい飲物はどうですか?」 大きなつばの麦わら帽子にサングラス、暑苦しい肩までのソバージュで、妙な形のヒゲ。派手な赤いアロハシャツに半ズボン、サンダルの男。 氷水を敷き詰めた台車に缶ジュースを詰めて、浜辺を歩いて販売するタイプの販売員だった。 「可愛い!?可愛いお似合いの恋人同士と言っていますよ!ニーズ殿!浜辺のべすとカップルだそうです!」 「言ってねーよ」 「あははは。…可愛い彼女だね。彼氏、買ってあげなよ。アイスキャンディーもあるよ。二人ともすごくお似合いだね」 「そんなっ!!お恥ずかしいっ!!」(*≧∀≦)ノ 「うわ!」 どんっと押されて、男は砂浜にあっさりと倒れてしまう。 「ああっ!すみません!足場が悪かったですか?」 「…ううん。大丈夫…。ちょっとびっくりしたよ」 男は砂をはたき、麦わら帽子を直す。その時、髪のずれも直していた。 …髪のずれ?…カツラかコイツ。 何かがひっかかり、俺は男を凝視していた。 「ニーズ殿!私「こぉら」を飲んでみたいです。憧れの炭酸飲料です!」 「勝手に買えよ。今それどころじゃ…」 「コーラね。彼氏は?コーヒーあたりかな?」 「………。コーヒーで」 「やはりここは彼氏が買ってあげないとね。…ありがとう。じゃあ、二人とも仲良く。お幸せにね!」 「そんなっ!!夫婦だなんてっ!!」(*≧∀≦)ノ 「きゃぷっ!」 再び押そうとしたサイカだったが、上手い事男はかわしていて、当の本人が砂にスライディングかます。 …できるな。こいつ。 「可愛いお嬢さん、大丈夫?砂浜は転びやすいから、気をつけてね」 手を振って、販売員は台車を引いて去って行こうとする。 「あ、待て!お前……!」 とてもじゃないが、まさかこんな格好をするとは思えなかったけれど、もしもと言う事も有り得る。俺は男を追いかけた。 その手を、サイカが掴んで邪魔をする。 「ニーズ殿〜!缶のフタ、開けられないです!開けて下さいませ〜!」 呼び止め…は届かずに、何処で知ったのか知らないが、芝居調にサイカが甘えてきて視界を遮る。 「なにブッこいてんだお前は。邪魔だよどけって」 「しょうがない奴だな、こいつぅ〜v、とか言って、開けてくれるのですよ。優しい恋人はぁ〜!」 「うっとうしいー!!どっか行けよお前ー!」 「…あっ!ニーズ殿!妹殿発見です!」゚∀゚)σ 「なに?」 探していた妹、シーヴァスが浜を行き交う海水浴客の中に、見つかった。 見つかったのはいいんだが、…何故か見知らぬ男と一緒に歩いているのに、眉が跳ね上がる。 「…誰だ、あの男…」 赤いワンピース水着の妹と、寄り添って歩いていたのは、何処か擦れた印象の銀髪の男だった。 思わず近くに寄って、後ろから様子を伺う間抜けな構図になっていた。 海の家でアイスクリームを買って貰ったシーヴァスは、それは見た事もないような顔で微笑んでいる…。 「妹殿の彼氏さんですか?美男美女でわないですか!私たちには敵いませんが」 「……。アイツ…。ナンパでもされたか…?ちょっと連れ戻してくる」 サイカの戯言は無視して、俺はザッと音を立てて踏み出していた。 世間知らずの妹が、悪い男に騙されかかっている姿としか思えずに。 「ちょっとちょっとニーズさん、それは野暮と言うものですよ」 「あん?」 腕を掴まれて足を止めた、今気づいたが、シーヴァス達を覗くその更に後ろに俺たちをワグナス達が覗いていた。 「どうぞ邪魔はしないで下さいませニーズさん。我々は今、崇高なるある目的のために隠密行動中なのです」 俺は片足を上げ、返す足でワグナスの首を蹴り落とした。 「また、何考えてやがる。妹で遊ぶなら殺すぞ」 砂に突っ伏した、ワグナスの前に久し振りに顔を見せたのは海賊の女頭。ダーマで会った「いい性格した」ハーフエルフの女ミュラー。 はっきり言って普段の格好から、水着と大差ない露出度の服をまとっている。 「まぁ、ここは手出ししないでよお兄さん。アンタの妹も幸せみたいなんだから」 「…どういう意味だ」 「あれはうちの、今だけ部下のルシヴァン。アンタの妹の恋のお相手よ」 「…まさか」 あんなガラ悪そうな奴を…。はっきり言って到底歓迎する気にもならなかった。 「心配なら、少し追いかけますか?我々は尾行しますけどね」 「ニーズ殿?…行きましょう!探偵のようです!」 俺の心境も知らずに、妙に乗り気なサイカはワグナスと意気投合して手を組んだ。 「…でも、嬉しいです。まさかあなたに会えるなんて、思っていませんでしたから」 気乗りもしない内に、四人もの団体行動での尾行に陥る。 何処へ行くのか知らないが、会話も所々は盗み聞きながら追ってゆく。 「まぁ、いいさ。ミュラーから特別報酬貰う手筈で受けたから」 「………。実はあまり、一緒にいたくは無いですか…?」 「…そうでもないさ。まぁ、楽しくやろうぜ」 ルシヴァンとか言ったか、どうにも好感持てそうにもない雰囲気の男は、シーヴァスのむき出しの肩を抱いて、昼時のためか食事でもしに海の家に上がって行く。 海側の席に並んで座り、男は小脇に妹を抱えて、ビールをちびりちびり飲んでいた。その姿が、どうにも馴れ合いの女をはべらしている小悪党にしか映らずに、尾行組から外れて俺も店内に入ってゆく。 「お兄様…」 向かい側の席にどかりと座り、何故かその横にサイカも割り込んで来たが、構わず俺と銀髪男は対峙していた。 「シーヴァス、訊きたいんだが、本当にそんな男が好きなのか」 「…はい…」 「何の用かな。勇者のお兄様。俺は今、仕事中なんだけどねぇ」 「妹殿、好きなのですか!それならば私は応援しますとも!素敵な殿方です。将来私の義弟になるやも知れませぬ」 「ありがとうございます。お姉様…」 「お姉様っ!?お姉様!!お姉様〜!!!!vvv」(〃▽〃) 「お前邪魔」 左手で席から落として、俺は話を進める事にする。 「とりあえず離れてくれないか。虫唾が走る」 「オタクの妹の方が言い寄ってきてるんだよ。こっちが困ってるんだけどな」 「なんだと…」 不敵な男は、シーヴァスの肩に回した手もどかさずに、俺の神経を逆なでするようにふざけた笑みをこしらえた。 「…仕事ってなんだよ」 「オタクの妹の、今日一日のお守りだよ」 ドン! 昼食で賑わう店内にテーブルを叩く音が響き、一瞬喧騒は息を潜める。 「貴様…!シーヴァス!帰るぞ!二度とこんな奴に会うなっ!」 「お兄様…。ルシヴァンも…」 「この期に及んで、そんな奴の心配なんかするな!」 目を伏せておどけた、男に寄り添って、妹は離れようとはしないし、頭に血が上る! 「ニーズ殿〜。それは乱暴ですよ〜。おそらく、私が推測しますに!」 椅子から落とされたのをいつの間にか席に復活して、ビキニ姿のジパング娘はビシッと指を差して宣言する。 「この彼氏殿は、ニーズ殿と同じ『素直じゃないひねくれタイプ』なのです!」 …何、言ってんだ、こいつは。 「きっと心の内では妹殿が可愛くて仕方ないのですけど、本日突然兄のニーズ殿に会ってしまって、驚きと緊張の余り、憎まれ口を叩いてしまったのでしょう!さあっ!勇気を出して言うのです!声高らかに! 妹さんを僕に下さいと!!!」 「………」 シーンとして、俺たちも、店内も、サイカ一人の発言に引いていた。 「どうすんの?シーヴァス。お兄様のところに帰る?」 「でも、帰ると、務めにならないのでしょう…?ごめんなさい、お兄様…。私、帰りません…」 「シーヴァス、お前………!!分かった。無理やり連れて帰る」 「ニーズ殿、可哀相ですよ。妹殿が」 「お前はうるさいんだよ。こんなチンピラ、ふさわしくない。シーヴァスは分かってないんだ。騙されてるんだよ」 「そんな風に言わないで下さい、お兄様。誤解です…」 向かい側で邪魔するサイカともみ合いながら、視界の端に映った妹は俯いて瞳を潤ませていた。 「はぁ〜い。ちょっと失礼♪」 背後から、女の手が俺とサイカを引き剥がす。 「ラリホー」 ぐったりと、俺の身体は隣に座っていたサイカにもたれ込んだ。その身体をワグナスは抱えて、店内に愛想を振りまく。 「お騒がせしてすみません。ごゆっくりどうぞ〜」 「ルシヴァン、ちゃんとその娘の拘束お願いね。じゃっ」 「あっあっ。ニーズ殿をいずこへ〜。待って下さい〜!」 嵐のように、俺たちは姿を消す。 「…ふう。…泣くなよ。…白ける」 騒ぎの元が消えて、平常の姿を取り戻した海の家。 涙が落ちるのを堪えてじっと黙っている、横のエルフにルシヴァンはため息に混ぜて呟いた。 「すみません…。気分、悪くなってしまいましたか」 涙を擦って、いくらか無理をしてシーヴァスは微笑む。男に気を使ってだ。 「お前は、もう少し、毒気が欲しいなぁ。従順ばかりじゃ面白くない」 偉そうな事を口にして、シーヴァスの腰を引き寄せて、湿った目元や頬、唇に人目も構わずにキスをする。 「こんな時は、こんな場所でやめてと一発、引っ叩く位でないとな」 「………」 間近で諭された、妹は思い切って初めてその男の頬を引っ叩いた。 人に手を上げるなどほぼ有りえないだけに、さすがのルシヴァンも目を丸くして暫し固まる。 「…やめて下さい…」 小声で反発して、キッと睨んだシーヴァスは、多分、息を飲むほどに可愛かった。 「…はは。いけるじゃん。可愛いなお前。もう一回やってみ」 「あ…っ。や、めて下さい…。人が見てます…」 「だから、そう言う時はどうするんだって?」 「お店に、迷惑です…」 許せないくらいのいちゃつきぶりを、寝かされた俺は知ることも無く…。 「あ、起きましたかニーズさん。丁度良かったですね♪皆さんでスイカ割りでもしませんか?」 「いいなぁ…。スイカ割り…」 手に付いた砂をはたいて、俺は木の棒を掴み、逆の手にはめかくし用のハチマキを握りしめる。 「さーて、誰から行く?誰からでもいいぞ」 「あのー…。ニーズさん。さすがにこれはあんまりぢゃないですか…?」 砂に埋められて、頭だけを出したワグナスがさすがに助けを求めて嘆く。 「うるさい。スイカが喋るな」 「ニーズさん、また今日も相当怒ってますね。ワグナスさん何やったんですか?」 スイカの横に屈んで同情するナルセスは、俺が睨みを効かすと怯えて這って逃げて行った。 「ごめんなさいワグナスさん!俺スイカ第二号になりたくありませんから!助けられません!じゃあっ!」 そして、薄情に安全区域から手を振る。 「ああっ!助けて下さい誰か〜!ミュラー…!」 「私、最初でいいかしら?」 「……!!」ヽ(゜Д゜;)ノ ←ワグナス 「ジャルディーノさぁ〜ん!ドエールさーん!リュドラルさーん!助けて下さいよ〜!アニーさんでも、サイカさんでも良いですよ〜!」 「うるさいな。…シーヴァスに何かあったら、お前のせいだからな!!!」 「ニーズ殿〜。妹殿の、好きにさせてあげましょうよ〜。恋愛は自由なのですv」 「お前もスイカになりたいか?」 「うわ〜んっ。私は頭が緑じゃないから、スイカにはなれないです〜!」 「名前似てるし。スイカとサイカで」 「ていっ!」 ばこっ。 「……。痛いです。ミュラー…」 「あらそう?手加減したわよvじゃっ、このスイカ貰っていっていいかしら?じゃっ。ごゆっくり。勇者一行様〜」 額割られて流血したワグナスを引きずり出して、緑の頭を抱えて海賊お頭は高笑いして去って行く。 「あっ!くそ!逃げられた!」 「ニーズ殿!オイル塗って下さいませ!オイル!ちょっとくらい手がすべっても良いですよ」 「手がすべって首絞めたらごめんな」 「じゃっ!本物のスイカ割りしましょうー!誰からやりますか?」 ナルセスの仕切りが始まって、賑やかにスイカ割りが始まる。シーヴァスの事は気がかりだったが、うっとうしいサイカの相手でそれどころでもなかった。 そんな俺を見つめる瞳があった事に、俺は気づいていなかった。 それが、探す兄かも知れなかったのに。そうだよ、あの販売員は……。 |
◆浜辺にこっそり。変装のススメ(元ニーズ) 「では、これと、これと、これで!変装はバッチリですね!」 「…………………・」 僕は、本気で、渡された変装道具に、震えて蒼ざめていた。 麦わら帽子、サングラスはいいとして…。カツラ、するにしても、何もこんな趣味悪いものじゃなくてもいいのに…。 黒髪の肩までのソバージュヘアと、付けヒゲ。そして、ド派手な赤のアロハシャツ。普段履かない半ズボン、原色使いのビーチサンダル。 はっきり言って着たくなかった。…激しく。 「元ニーズさんが絶対しないような格好でないと、ニーズさんやカンのいい人にはばれてしまいますよ。この位しないと」 「はぁ…。そうかも知れないですけど…」 ひょっとして、いつかの雷練習の、仕返ししてるのかなぁ…、この人…。 「あと…。声ですね。この飴舐めて下さい」 しぶしぶ、賢者の言うとおりにして、小さな飴を口に含んだ僕は…。 「おっと、気がつきましたか?すいませんね。でも声が変わってると思いますよ。少ししたら治りますけど」 「ご…、ごほっ。ごほっ。…声が嗄れたと言うんじゃ…」 風邪引きの時以上に低いしゃがれ声になって、僕は恨みがましい視線を賢者に投げつける。 「でもこれで、ニーズさんともお話できますよ。ばれないように気をつけて下さいね」 「はい…。ありがとうございます…」 ランシールに籠もってばかりではと、連れて来られたはいいけど、とてもじゃないけど、呑気に海水浴、…なんて気分には到底なれなかった。 ちょっと遠巻きから弟の姿でも見れば、満足して帰れると思った。 そんな事を言い出すと、ワグナスさんはおせっかいで変装道具まで持って来て、ジュース販売の道具も借りて来て、弟と話す機会を与えてくれる。 「じゃあ、行ってきます」 「ええ。一応、普通にお仕事なので、時間内は販売して下さいね。バイト代はきちんと差し上げますから」 浜辺を歩く僕の姿は、さぞかし怪しかった事だろうな…。 恥ずかしくってしょうがなかったけれど、買い物していたニーズ達が出てくるのをその店の外で待っていたので、弟とはすぐに会うことができた。 「そこの可愛いカップル、冷たい飲物はどうですか?」 心臓がどきどきして、声が強張ってしまう。分かって欲しいような気もする、こんな姿してるなんて事、わからないで欲しい気もする。 話には聞いていた、黒髪を両脇で赤いリボンで結わえた彼女は、それは喜んで弟にべたべたに甘えていた。 「可愛い!?可愛いお似合いの恋人同士と言っていますよ!ニーズ殿!浜辺のべすとカップルだそうです!」 「言ってねーよ」 「あははは。…可愛い彼女だね。彼氏、買ってあげなよ。アイスキャンディーもあるよ。二人ともすごくお似合いだね」 「そんなっ!!お恥ずかしいっ!!」(*≧∀≦)ノ 「うわ!」 どんっと押されて、不意打ちだったので、僕は砂浜に倒れて、慌てて立ち上がった。倒れたはずみで帽子とカツラがずれて、危うく正体がばれそうになる。 「ああっ!すみません!足場が悪かったですか?」 「…ううん。大丈夫…。ちょっとびっくりしたよ」 ニーズが訝しがっているのが分かったから、なるべく目を合わさないように気をつける。 「ニーズ殿!私「こぉら」を飲んでみたいです。憧れの炭酸飲料です!」 「勝手に買えよ。今それどころじゃ…」 「コーラね。彼氏は?コーヒーあたりかな?」 「…。コーヒーで」 「やはりここは彼氏が買ってあげないとね。…ありがとう。じゃあ、二人とも仲良く。お幸せにね!」 「そんなっ!!夫婦だなんてっ!!」(*≧∀≦)ノ 「きゃぷっ!」 …あ。しまった。ごめんね、思わず避けちゃったよ…。 再び押されそうになったので、咄嗟に避けてしまった僕の横で、女の子は砂に派手にスライディング状態になる。 「可愛いお嬢さん、大丈夫?砂浜は転びやすいから、気をつけてね」 手を振って、長居は危険だと、僕は早々に弟から離れた。 「あ、待て!お前…!」 呼び止められたけれど、僕は振り返らなかった。 …ずいぶん。本当に仲いいんだな…。 いつだったか、ニーズに彼女ができたと聞いて、僕は信じなかったけれど…。 現実に目の前に見せつけられて、正直寂しい気持ちになった。 羨ましいな。ニーズはきっと、そのまま二人、幸せになれる。 多くの人に囲まれて、多くの人に愛されて、もう君は孤独なんかじゃない。 僕一人しか知らなかった、小さな世界から外へ旅立ったんだ。 こっそりと、僕はその後で、弟の仲間たちの姿を覗きに行く。まさか海水浴客でなく、アルバイトしてるとは思わなかったけど…。 一際目立った焼きそば屋に懐かしい姿を見つけて、僕はゆっくりとその後ろを通り過ぎた。なんだか一生懸命働いていて、…変わってないなと思った。 町へ出て、見かける度に、何かの配達をしていたり、ゴミ拾いをしていたり、剣の修行をしていたり、とにかくじっとしていない人だった。 弟を叱咤しながら、共に旅していると聞いている。 今日もわざわざ海水浴に来てまで労働している、農家の末っ子戦士の姿がどこか可笑しかった。 「…ありがとう。アイザック」 波の音、人々の声に掻き消されて、誰にも聞こえない独り言をそっと呟く。 「おっと、丁度いいところに…。すいません、いいですか?」 通り過ぎようとした所を、お客さんが来て、僕は笑顔で応対する。(とは言っても帽子やサングラスで顔は見えないだろうけど) 「ジュースと、アイスキャンディーもありますよ」 「グレイさん、私アイス欲しい〜!えっとね、グレープ味♪」 それは三人組の海水浴客で、真ん中の男性の両脇に男の子と女の子がくっついて商品を覗き込む。 「このバカ女、兄貴にタカるなよー!俺たちは貧乏なんだよ!ジュースだって国じゃ買えなかったんだぜ。お前らとは違ってよ」 …なんだか、物凄いことを言ってるなぁ…。(汗) 微妙に態度の悪い、男の子の発言に僕はサングラスの奥で視線を細めていた。 「…ねえ、グレイさん、どうしてビーム君はこんなに尖っているんですか?全然性格似てないですよ?グレイさんはすっごく優しいのに」 「俺は、お前ら貴族が嫌いなんだよ!!」 まだ小さな十二、三歳の少年が叫んだ、怒りの言葉は僕の胸にも棘のように残る。 「……。そ、…んな、事、言われたって…。貴族だって、そんなにいい思いしてないよ…?」 青年に腕組みしていた、栗色の髪の少女はしゅんとして、表情をこちらも落とす。 「…兄貴はどうかしてるんだ。あんな女に騙されて。国まで出ちまって。賢者ワグナスになんて会えるわけない」 「ワグナ…!」 「 思わず口をついて出てしまった名前に、三人組は僕に視線を集中させてしまった。 「…すいません…。有名な、賢者様の名前が出たもので…」 空気が重く、どうにか愛想笑いでごまかすけれど、まだ弱い。 「…あの、ダーマへ……、行く途中ですか?」 軽く世間話でもして、やり過ごそうと思っていた僕はにこやかに話しかける。それには年長の、背の高い男性が続いてくれた。 「ええ。ダーマに、賢者の塔へ行く途中なんです」 「…それはまた。大変ですね……」 噂に名高い難所、賢者の塔へ向かう旅人。 無謀な挑戦者に、忠告すべきなんだろうか。 「…賢者には、どういった目的で?」 その賢者は、今日この浜辺で遊んでいる。目的によっては教えてあげなくもない。青年はほっとするような、人の心を和ませるような、人なつこい笑顔でこう答えた。 「賢者様の英知をお借りするためです。大事な人の願いを叶える為に」 「あんなクソ女…。どこにでもいるじゃんか。別な女にしよーぜ兄貴。だいたい陰気クサイだろ〜。何処かの亡霊みたいだ。一緒に居たら呪われそうだぜ」 「お姉ちゃんの悪口言わないでよぅ!絶対、お姉ちゃんとグレイさんとは結ばれなきゃだめなの。お姉ちゃんだってグレイさん好きだもん!」 「そ、そうかなぁ…」(てれ) なんとなく、理解したけれど…。この男の人、ものすごく噂の恋人が好きらしい…。噂話だけで、緩んだ表情に思わずがくりと肩がずり落ちた。 「もう、ラブラブ!分かりにくいかも知れないけど、お姉ちゃんは確実にグレイさんのこと大好きだから!頑張ろう!ねっ!私も、精一杯応援するから!」 「ありがとう…。クレイモア…」(じ〜ん) 青年と少女は手を取り合って、お互いの瞳を見つめ感動し合う。 「俺は反対だから!!」 「…ひょっとしてさ、ビーム君は、お兄ちゃん取られるのが嫌なんじゃないの?そうでしょ?やーねー。お兄ちゃん大好きっ子なんだからさ」 「なんだとこのドブス!」 「んなぁっ!?なにそれ幼稚!あっかんべー!ぷんぷん!」 「言ったよな、ちゃんと、ずっとビームの面倒も見るって。だから心配するなよ…」 どこまでもせわしない三人組の会話は、暫く僕の目の前で続いていた。特に男の子と女の子の仲は険悪そのもので。 ワグナスさんの居場所を伝えるかどうかは最後まで迷ったけれど…。 『大事な人の願いを叶える為に』 そう言った彼の願いや覚悟がどんなものかは知らない。 賢者にすがるそれは、多分神に祈る事と大差がないと思う。 この人たちが、このポルトガから遥か先、ダーマにまで無事に辿り着けるのかすら危うい状況で、賢者に会って何が手に入ると言うんだろう。 おそらく賢者を神のように、何でも叶えてくれる便利な存在だとでも思っているのか。実際はそんなに万能なものでもないのに。 意地悪だったかな…。 浜辺で擦れ違った、興味深い三人組の後姿に、僕はひとかけらの罪悪感をひっかけて歩き出す。 何度かお客に呼び止められながら、僕は人を探して浜を横切ってゆく。 汗を拭きながら、僕は目的の集団を見つけて、足をそっと止めて眺め見ていた。 僕の旅立ちの前にやって来た、ジャルディーノ君の姿は正直に懐かしい。 アリアハンが魔物に襲われる数ヶ月前にイシスからやってきた、赤毛が目印の少年。礼儀正しくて、いつもにこにことしていた、強力な力の持ち主。 僕の知らない商人の男の子や、その彼女。ジャルディーノ君の友人らしい金髪の男の子が一緒に楽しそうに過ごしているのを静かに見つめる。 複雑な思いを抱いている、エルフ少女の姿は無く、僕は安堵していた。 そこで、サングラス越しながら、意外な人物がいるのに気が付いて、暫しの間思考が泳いだ。 姿を見たのは、二年半ぶりか…。 アリアハンで僕が助けた、記憶喪失の少年が笑顔でビーチバレーに混ざっていた。 薄い金の髪を一つに結ぶ、儚い印象の少年、 「すいませんー。オレンジジュース下さいー」 「…。あっ。はい」 客がやって来て対応に慌てた、複数の客が過ぎて、また彼を探そうと瞳は動く。 「えっと…。なんだっけ。お茶が二つと、オレンジと…」 「俺もアニーちゃんもコーラ。お兄さん頂戴!」 ばしゃん…。 驚いて、手にしていた缶ジュースが氷水の中に滑り落ちる。探した相手が銀髪の少年と一緒に客として現れたからだった。 「???あのー…。いいっすか?これ…」 商人の子が僕の反応に驚き、けげんな顔で欲しいジュースを抱えて訊ねる。 「あっ、ああっ…。ありがとうございます…」 代金を貰って、僕はそそくさとその場を離れようと台車を押した。 「…………」 買ったジュースを手に持って、立ち尽くしているリュドラルが背後に感じられた。 歩みを速めて、一刻もその場から早く立ち去ろうとする。 「んー?何やってんのリュー?可愛い子でもいた?」 「…今の…」 「?どれどれ?どの子?」 「ごめん!ナルセス君これ持って行って!」 ジュースを預けて、リュドラルは僕を追いかけて砂浜を走り出す。 僕は建物の影に入ってやり過ごしていた。 一緒にアリアハンで何度も会っていたにしろ…、どうして気が付くんだろう? おそらくアイザックは気が付かないだろう。弟が気づくのは納得できる。 どうして、昔から、リューは勘が良かったんだろう。 「ごめん、リュドラル…」 本当は、彼に会うなとは言われていないし、隠れる必要がない。なのに、隠れた自分は馬鹿だなと思った。嫌いじゃないし、気が付いてくれて嬉しい。 でも…、どうしようもなく、気が引けるんだ。 いつの間にか、人に会うのが怖くなっていた。 自分は死人扱いのままで居た方が、良かったような…。 それから、どの位駆け回って僕を探していたのか…。なかなかリュドラルは仲間の元に戻っては来なかった。 僕も、馬鹿だと思うけど、彼が戻ってくるのを待っていた。 ジリジリと照りつける日差しは肌に痛みさえ覚えさせて、息を切らして仲間の元に戻ったリュドラルは、最初は日射病か何かで倒れたように見えた。 砂の上で自分を抱いて横になる、僕も気にして視線を凝らせば、理由が『背中の傷』にあったことに今更ながらに気づくのだった。 「どうしたんだよリュー!大丈夫かよっ!」 「大丈夫ですかっ!背中の傷が痛むんですか!?」 気休めにしかならない回復呪文をジャルディーノ君が繰り返し、遠くから見る限りでは分からなかったけれど、多分リュドラルは痛みにじゃなく、哭いていた。 「ううっ…。ごめっ…。…ズさん、だったのに…。痛い…!」 訊かなければ良かった。 リュドラルと、最後に交わした言葉は、どんなものだっただろう…? 覚えてはいない。それは、気が引けるのは、僕自身が彼の事を拒み続けていたからだろう。 「ごめん…」 合わせる顔がないよ、僕には。 記憶喪失の彼との共通点は、オルテガを好いていないことだった。 リューの場合の理由は分からないけれど、あの国では珍しい人間と言えた。アイザック同様に親しみを持って僕に会いに来てくれても、拒否し続けていた子供の頃。 痛みに呻く彼を抱えて、多分宿にでも寝かせるつもりなのだろう、仲間達は揃って砂浜から姿を消した。 僕は、帽子もサングラスもカツラも外して、店の並ぶ裏手で気落ちして座り込んだ。日差しがきつくて、カツラのせいもあって、僕はすっかりばててうずくまって途方にくれる。 好意に対して、素直でなかった自分を思い出して後悔していた。 ずっと、誰にも心を開かなかった。今も、弟にも 「おおっ!いたいた!ニーズこんなトコにいたのかよ〜!」 うずくまっていた僕に、一人の青年が駆け寄り、びくりと怯えて青い顔で振り向く。 「なんだ?バイトか〜。へ〜。繁盛してる?」 「……。ラルクか…。驚いたよ…。寿命が縮んだよ…」 会って問題のある人物ではなくて、一安心して僕は胸を撫で下ろしていた。 震え上がった僕の怯えをため息でゆっくりと吐き出すと、横に同じようにラルクもうずくまって、楽しそうににやにやと笑う。 「暗い顔しって、どっうしったの♪」 妙なフレーズを付けて、ラルクは歌うように顔を覗き込んで訊いてきた。 暗い顔…。だろうな。 反して、彼はいつも底なしのように明るい青年。空色の髪と、瞳をして。何処にいても、場の雰囲気も何もかもを無視しておちゃらけるマイペース人間だった。 「ニーズさぁ、暗いんだよ〜。スマイルスマイル。勇者様なんだろ〜」 「……。泣きたい時も、あるよ」 「そっか。なぁ、イカ焼き喰う?タコ焼きも。さっき買ったばっかだから美味いぜ♪」 「君は、もう…」 「明日勇者の…、ニーズの弟のセレモニーだろ?ラディも来るんだけどさ、せっかくだから一日早く来て、二人で泳ごうぜって言ったのにさ。仕事が忙しいらしくてさ〜。ほら!これラディの水着!」 リュックから彼は嬉しそうに女物の水着を広げて、自慢する。 「…着ないんじゃないかな…。ラディナードさんはさ…」 「大丈夫!サイズはぴったり!これ見て、揃いのミュールと、ブレスレットと、指輪。日傘と、サングラスもあるんだよ。ラディこねーかなぁ〜」 「いつも思うんだけど…。幸せそうだよね。ラルクはさ…。周りなんか、おかまいなしでさ」 「俺もいつも思うんだけど、ニーズ暗いよなぁ〜。美人に囲まれて神殿にいるくせに、いつも閉じこもっててさー。人生つまんなくない?」 「……。悪かったね」 「怒んなよ〜。勇者はスマイルスマイル。せっかくの海楽しもうぜ!ナンパでもする?それとも食い倒れ?」 「…僕はバイトしなきゃ。あともうちょっと」 「そか。んじゃ、ラディに勇者を頼むって言われてるから、俺手伝うよ。楽勝楽勝!しかし、そのカッコ変だよな。もっとましなカッコにしてやればいいのに。…着ぐるみ着る?」 「この方がましだよ」 「冗談だって〜。思い切って女装とかど?」 「もういいよ、このままで」 「ニーズ暗い上に短気なんだよな〜。カルシウムにはチーズがいいな。チーかま喰う?それとも6Pチーズ?」 「一体どれだけリュックに食べ物入れてるの?」 会う度に呆れを覚えるこのラルクは、ランシール神殿で世話になる僕の前に唐突に現れた旅の商人。 暫くはランシールを拠点にふらふらしているらしいけれど…。 賢者から渡された変装を止めて、もっとましな格好に僕を変えてくれて、それには礼を言った。商人らしいターバンと、サングラスとベスト。半ズボンはそのままで。 「誰かに会ったら俺がフォローすっからさ。よろしく!」 「ありがとう…」 「礼はラディ情報でよろしく!今日はどんな格好だったかとかさ、どんな話したとかさ。…下着の色とか…(ぼそ)」 「そんなの、僕に分かるわけないよ…」 求めた礼には心底同意できず、半目で見つめる。 「そりゃそうか。でも、偶然見たら報告よろしく。事細かに」 「……。ラルクの、そう言う所は嫌いだな」 「お堅いなぁ、勇者ちゃんはー」 この人といると調子が狂う。 けれどさすがに商人だけはあって、商売は上手でその部分はさすがだと思った。 バイトが早めに終わる頃、おそらく、今日一番の浜辺のマドンナが白い砂浜に天使の羽根を降ろす。 小さなつむじ風が起こり、白い人影がふわりと舞い降りた。 日差しに目を細め、胸元から持ち上げたサングラスをかけ、白いサンドレスに合わせた白い日傘を鮮やかに開く。 すでに周囲の視線を一身に集めて、彼女は僕らの元に挨拶にやってきた。 「終わったな〜。じゃ、遊ぶか!何して遊ぶ?」 台車を返して、バイト代も貰って、浜に出た僕らの前に、彼女はそこだけ異世界のように光をまとい、潮風にスカートの裾を揺らす。 「ここに居たのね。まだ間に合うかしら、ラルク」 日傘の中サングラスを外して、にこりと微笑んだ彼女、 「らららら、らでぃ〜!!!」 「勇者様、ラルクが迷惑をおかけしませんでしたか?私事によって、傍に従えず、申し訳御座いません」 「いえ、助かりました。ラルクには、いつも助けて貰っています」 「ラディ!待ってたよ!あ、水着これね!一セット用意してるから!ボート乗る?俺借りて来なくちゃ!あ、今日の宿決めた?あそこがいいかな、高級スイートルーム夕食バイキング付き食べ放題!」 すかさず聖女の手を掴み、追っかけ激しいラルクの浮かれっぷりは相変らずで、圧倒される。 でも、不思議なことに、聖女はラルクといる時は表情が柔らかい。 「ごめんねラルク、勇者が先なの」 「あ、僕はもう…。用事は済みました。どうぞ二人で仲良くして下さい」 「…そう、ですか?勇者様はいつも遠慮が過ぎますので、心配です」 「少し疲れたので…、先に帰って、休んでます」 「ニーズ、またなv」 「うん、また」 手を振ったラルクに手を振り返して、僕は帰るためにルーラの呪文を呟く。 「ワグナスさんはどうせ遅いでしょうから、先に帰ったとお伝え下さい。では」 小さな風だけを残して、僕の姿は浜辺から消えて行く。 |
◆夕暮れの浜辺を後にして。(リュドラル) 皆が泊まる大きな宿屋の一室で、僕は背中を押さえて痛みに呻いていた。 夕暮れには何処かへ行っていたアイザックも戻り、サリサさんも、シーヴァスさんも続々と戻ってくる。 「サリサ、ごめんな〜。焼きとうもろこし屋、終わった後で探したんだけどさ。その後で何故かまた監視員のバイト、どうしてもって頼まれたりしててさー…。おかげで今日だけで随分稼いだけど…」 「…いいよぅ。気にしてないから…。あ、じゃあ、そのバイト代で何か買って?」 アイザックはサリサさんに謝り、ニーズさんとシーヴァスさんは別室で何かを言い争っていたらしい。 僕の傍には僧侶の三人組がずっと付いていてくれて、でも、背中の傷の痛みは治まりそうにない…。 絶対に、あれは(元)ニーズさんだったはずだ…。 探して浜辺を奔り回って、どうしてか傷が疼き始めて、気分が悪くなって倒れてしまうまで、…ううん今も、あの独特の感覚が肌にピリピリと残っている。 生きていると訊いて、とても嬉しかった。 会えなくても、それだけで涙が出たけれど、本当は会いたい。僕はずっと、あの人の「光」だけに渇望している。 ひゅるるううぅうぅう…。パアアンッ!! バンバン!バーン! 「あ、花火だ!すげー!」 「明日のセレモニーの予告ですね」 予告の花火に、町中で歓声が上がったように大地が震動する。 浮き足立つ民衆、町の雑踏、その中に、陽が落ちると共に、うっすらと形を帯びてゆく影が僕の身近に潜んでいた。 空が蒼黒く色を変えると、その影も色を示す。 僕の寝転がるベットの壁を挟んで反対側、隣の宿の屋根の上にその女性は幻のように現れて、僕に抱きつくように壁に両手と額とを押し当てる。 「…私も、痛いわ…。妬けつくよう…」 長身の、とても美しい女の人。波を打つ長い髪に布を被り、全体的に衣装は黒にまとめて建物の影に隠れていた。 「勇者は生きていたのね…。でも……」 「リュドラル…」 壁の向こうで、一人の女性が涙を落とす。 そんな音も、今夜は熱気の渦にもみ消される。 |
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こちらはPBBSにて 壱七ちゃんが描いてくれた素敵な力作です! 皆いてすごー!!! 特にルシヴァンの悪党っぷりがツボです(笑) そして元ニーズが暗いのがかわいいvvv 「浜辺でドッキリ」を余すことなく描いて下さっています。 いつもそうですが本当にお上手。感謝感謝ですv |