「空を飛びたい少女」
+ISSAC+
「まぁ、見つかって良かったよ……。どうなるかと思ったよ」
汗だくで、俺は宿の前に座り込んむ。シーヴァスを探してアッサラームの町を走り回っていたんだ。熱くてしょうがなかった。
「俺も疲れたよ……。何も無くて良かったよ、ホント」
ナルセスもぐったりとして首を垂らす。その横でニーズは手で汗を拭う。
「悪かったな。もう休もう」
口数少なく、ニーズは宿に入って行った。当然奴も疲労していた。
「アイザック、帰るよー」
「うん、………ちょっと、汗が引いたら帰る」
「そっ。おやすみー」
あくびしてナルセスも宿に戻ってゆく。
もう夜半も過ぎた………。
いいかげんに町も静かになり、宿の前も人通りが無い。月が高く煌々と照らしていて、風は微妙にぬるいが、ないより心地はよかった。
シーヴァスも様子がおかしかったけど、見つかったことだし、俺はぼんやりアッサラームの町で月見を決め込んでいる。
通りを見ていて気が付いた。誰かの気配が近づいてくる。
「はぁっ。はぁっ。ふぅ……」
女の子が一人、荷物を乗せた荷台を引いていて、疲れて一旦歩みを止めた。その横を踊り子や、体格のいい親父達が数人通り過ぎて行く。
「ちゃんと、片付けておくんだぞ!いいな!
「はいっ。すみません……」
「壊さないようにちゃんと運んでおくんだよ!大事な商売道具なんだからね!」
「はい。お疲れ様でした。皆さん、団長さん……」
女の子以外は宿に入って行く。
一人女の子はそれを見送り、汗を拭いて、細い体でまた荷台を引こうとし始めた。
「待って。手伝うよ」
声をかけると、女の子はびくっと、一瞬体が震えた。
「貸して。得意だから」
「……でも、あの……」
俺に荷台を取られ、金髪を少しだけ三つ編みにしたその子は、戸惑いを隠せないでおろおろする。
「何処まで運ぶの?これ。持って行くから案内してよ」
「でも、困ります。私の仕事ですから……」
「なんでこんなこと君一人にさせてるんだよ。文句言ってやろうか?性格悪そうなあの髭団長にさ」
荷台を引き出し、俺はとにかく歩き始める。
「あっ、あ、あの……」
「こっち?」
「は……、はい……」
彼女は困りながら追いかけてきた。不思議そうに何度も何度も俺の顔を見て。
「……すみません……。ありがとう……」
「いいから。いつもやってるんだ、こーゆー事♪」
アリアハンでは本当に、いつも好きで荷台を引いていたりした。
親父の畑仕事を手伝って、収穫した野菜を運んだり、城に配達したり、体の悪い人の頼みを聞いて荷物を運んだり、日常茶飯事なことだ。
「いつもこうやって、こき使われてるの……?」
そんな気がして、思わず質問は口に出た。
あの団長はとかく悪どい顔だったし、俺の正義感が警報を鳴らしている。女の子は俺の物言いにちょっと噴き出して、遠慮がちに細く答えた。
「仕事は厳しいけど……。私お世話になっていて、連れて来て貰っている身だから。団長さんにはだから、逆らえないの……」
「良くないよそういう事。明らかに苛めてるよあれは。あんなに人がいて、誰一人手伝わないなんて全員頭いかれてる。もっといい場所あるよ。このまま、ずらかってもいい位だよ」
「ずら……っ」
女の子は口を押さえてびっくりしている。
「もう、『てめえなんかのトコにゃいられない!』って、こう、一発ぶちかましてさ。許せねーよ!あーゆーの!」
「……………」(汗)
横を歩きながら、また俺の顔を彼女はまじまじと見つめた。
「………。できないか」
言い過ぎたかな、と思い笑うと、彼女も笑った。
「面白い人だね。でも、できないけど、ちょっとスッキリしたかも……」
くすくすと悪戯に笑う。
「そう?じゃあ、もっと言うと……」
雑談に、彼女は控えめに笑いながら、楽しそうに俺について来た。
「ありがとう。運んでくれて……。お名前聞いてもいいかな?私はシャルディナ。旅芸人の人と一緒に、世界を回っているの」
「俺はアイザック。シャルディナ、本気で、あそこは辞めた方がいいよ」
「……うん……」
町の外に、あの旅芸人達の倉庫兼の荷馬車が置いてあった。そこに楽器等の運んできた荷物をしまい、使った荷台も馬車内に立てて置いておく。
幌を上げたままの馬車の中で小さくシャルディナは座り、俺の忠告を真剣に思案始めたようだった。
「でもね、でも……。私どうしても、探したいものがあるの……」
膝を抱えて、どこか哀しそうに語りだす。
「だからね、旅をしてるあの人たちの中に入れてもらったの。本当は私も歌いたくてあの中に入ったのだけど、私が歌うと怒られてしまうから歌は歌えないの。手伝いをしながら、探しているものがあって、それでね……」
「探してるって、何?」
何気ない、質問は簡単な気持ちでされたものだった。でも彼女には簡単ではなかったに違いない。
「いや、……言いたくないならいいけど」
「……ううん。あの、あのね……」
シャルディナは、強張った表情で、おそるおそる俺に話した。
+SYALDINA+
「私、空を飛びたいの………」
初めて誰かに教えた……、ずっと、思っていた夢を。
「空……?」
今夜初対面の男の子の声には驚きと、もしかしたら呆れも見えて、私は唇を噛み締めて小さくなる。
おかしいもの。そんな夢は。馬鹿にされてもおかしくない。
言うんじゃなかった……!後悔して顔から火が噴出しそうになる。
「空を飛べる道具とかあるの?それを探してるの」
調子の変わらない彼の声に、私は驚いていた。
「…………。わ、笑わないの……」
「何を」
彼の表情は本当に、私の恐れなんて解っていないような素朴な顔で。もう何度目だろう、驚いて彼の顔を見るのは。
「そんな話聞いた事ないよ。いいなら聞かせて欲しいな。だって、空だろ?ルーラの上級版みたいな魔法か何か?」
今また気がつく。
……彼は「わくわく」している……。
「あの、ね、鳥なの。伝説の不死鳥、ラーミアって言うの」
自分でも信じられない。彼が楽しそうに聞いてくるのが嬉しくて、私まで嬉しくなってたくさんの言葉が繋がっていくの。
「世界に、六個の宝珠(オーブ)が散らばっているの。それぞれ色が違くてね……。そのオーブを全部集めると、不死鳥ラーミアが甦るって言われているの」
「オーブ!?どんな」
「えっと……。見たことないから、わからないけど……。でも、見たらきっと違いがわかると思うの。強い力がきっとあるし、簡単なところにもきっとない……。でも、ごめんね、本当に実在するのかも、本当は良く解らないの……」
「何言ってんの。謝る必要ないよ。その鳥って何?主神の伝承の、あのラーミア?」
「知ってるの?ラーミア……」
胸がドキドキしてくる……。
膝を抱えながら、こわごわと黒い瞳を見つめるの。
「俺、主神ミトラ信者なんで」
アイザックは興奮したように、ますますその瞳を強く輝かせていく。
「ラーミア、ミトラの乗った大きな黄金に光る鳥だったな。魔王によって翼をもがれてしまったって。そうか、それが復活するのか」
「うん……」
「………そうか!それだ!」
突然、彼が上げた大きな声。
両手を握り締め、何かに気付いたように彼は熱く打ち震えた。
次の彼の言葉に、私の弾んでいた気持ちは地にまで落とされることになる。
「それでバラモス城へ行けばいいんだ!」
「バ………!」
恐怖の名前、誰もが知っているネクロゴンドに居座る魔王。
今、そこへ行くと言ったの………。
「そうだよ。空さえ飛べれば、どんなに山が険しかろうがなんだろうが、行けない場所は無いんだ。それでバラモスを倒しに行ける。シャルディナ、この話仲間に伝えてもいいかな」
声も出ない私は、震えながら首を振った。
「シャルディナ?もしかして震えてるの」
がくがくと震えながら、私は彼の両腕を掴んで目で訴えた。
そんなところへ行ったら殺されてしまう………!
「やめて。駄目だよ、殺されてしまう……。死んでしまう……。やめて……!」
私の恐怖に震える姿に、逆に彼は面食らったよう。
「おかしいよ。勝てるわけないもの。もっと強い人が、いつか、いつか『勇者』が倒してくれるから。だからいいよ、そんな所行かなくて……」
「その『勇者』、俺たちだから」
「…………………!!」
また?何度驚かされれば気が済むの?
恐れもなく彼は言い切った。
言い切る彼に私は打ちのめされる。
私などには止められそうもない、強い意志を感じて、何故か瞳が潤み始めていた。
「言いたい事はわかるよ、シャルディナ。でもさ……」
乾いた風吹く外を見つめ、彼の言葉はどこか遠くに向けられる。
「いつか、誰かが倒してくれるって、全員が思っていたら、「いつか」なんて絶対来ないって思わないか」
私はいつも他力本願。
私の言葉を諭してくれるの。
「確かに俺は子供だし、まだ弱い。魔王がどれ程のものかも知らないけれど、でも、諦めたら何も続かなくなると思うんだ。例え俺たちがやられても、俺たちが立ち向かった勇気はきっと誰かが繋げる。立ち向かった事が後で誰かの心に残るモンだよ。…実際そうなんだ、俺だって」
彼の視線の先には、きっとかの「勇者」が立っていた。
「オルテガって、知ってるかな。アリアハンの勇者だったけど、でもオルテガは志半ばにして火山に消えた。それで諦めた人たちもいた。もう、終わりだって言ってさ。でも、そこで諦めない事が大事なんだって知ったんだよ」
夜の闇のような前髪を揺らして、彼はそんな恐ろしい事を、きれいな夢のように語るの。横顔に胸が高鳴るのを、感じる。
「オルテガの息子は、その後に続いた。だから俺も行きたいと思った。ニーズが諦めなかった事で、アリアハンはまた生き返った。「勇者」って、そういうもんなんだって、その時思った。強さとかじゃなくて、人を引っ張っていくものなんだって事」
「……まぁ、アイツもあんまり強くないし、ひねくれてるから、たまに、いや、全く今はまだまだだけど。でも、それでもいいって思ってるんだ。アイツが堕落した時は俺が引きずり出すし、アイツのおかげで俺も堕落しない。仲間は皆、俺は信頼してるんだ。だからやっぱり戦える」
「無謀だとは思ってないよ、俺。俺たちなら必ず倒せると思ってる。根拠はないけど、それこそ、そう信じる事が俺の強さの全てだと言ってもいい。……ごめん、思わず語ってしまった」
彼が志を話し始めてから、涙がいつの間にか瞳に溢れた。
「……私、誰かの言葉にこんなに感動したことない……」
「えっ、泣かせるつもりなかったんだけど。申し訳ない」
アイザックは困って、私の顔を覗き込んだ。本当にその顔は少年なのに、どうしてこんなに頼りに思えるんだろう。
「……ごめんね。何も知らないのに、嫌なこと言ってしまって……。信じる……事は難しいけど、でも……」
ああ、どうして、私は臆病なんだろう………。
勝てるなんて思って、彼が死んでしまったらどうするの?
とても怖い。勇気を持つ事がとても、とても怖いの。
「いいよ。大抵の人は魔王恐れるんじゃない?まぁ、そんな中で俺らみたいのがいると思うと、ちょっと勇気出るだろ?」
私の弱さも気遣って、目の前の少年は気さくに笑ってくれた。
「これから世界を見ていくうちに、オーブ、見つかったら、シャルディナにも教えるよ。バラモスの所行く前に一緒に飛ぼうな」
「一緒に……」
胸が、とくとくと波打ち、温かさが溢れてくる。
「ああ、でもラーミアってミトラ神の乗り物なんだよな。乗せてくれるんだろうか。乗せてくれなかったりしてな」
本当に……?
一緒に飛んでくれるの……?
胸がどきどきしてる。その理由は、きっとあなたにはわからないよね。
「乗せてくれると思う……。ううん。アイザックなら、絶対乗せてくれるから」
「そうかな。しっかり信心しておこ、その日のために」
横顔が、とても眩しく見えて、また涙が滲んできてしまう。一緒に飛びたいな。一緒に空を飛びたい。もう心は、その手で空に引っ張られている。
ぐいぐいと、私を引っ張っていく人なんだね。
いつも人を引っ張っていける人なんだ。
少年らしい笑顔も、強い瞳も声も、あなた自身がとても気持ちがいい。
心が晴れていく気がするの。なんて素敵な人なんだろう。
「……と、随分話し込んじゃったな。シャルディナ、宿は?」
「あ、私はここで番をして眠るの」
「なぁにぃいい!」
彼が突然怒り出すので、びっくりして身を潜める。
「あんの野郎ども、とことん根性いけすかねぇな!自分達はベットで寝ててよ。馬車は一応預けてるとこの監視がいるだろう?途中にいたし」
「うん、でも…。荷物の細かい監視までは出来ないから。自分達で見てないといけないの」
「それがシャルディナなのかよ。しかも一人で」
「うん……」
馬車を降りようとしていたアイザックは、また私の隣に座りなおす。
「わかった。俺も居る」
「えっ……」
「シャルディナ寝ててもいいから」
いきなりな事にまたおどおどしてしまう私。
「なんか、ほんと駄目なんだよな。はらわた煮えくり返って、眠れそうにないんだよ。こーゆー時」
私はひたすらぽかんとしてしてしまって、二の句が告げなくなっていた。
「帰らなくていいの?心配してない……?」
「もう皆寝てるから。朝は俺が一番早起きだし。朝帰るから大丈夫。……俺なら誰も心配しないし、はっきり言って」
適当に馬車内から毛布を見繕って、楽な姿勢になる彼は、私にも毛布を渡し……。
彼が気を緩めて、目を閉じたのを見た時、私は飛び上がる思いがした。
二人きり だと思って………。
「シャルディナ」
不意に名前を呼ばれて体が一瞬宙に浮く。
「なっ……、な、なに?」
やだ……。恥ずかしいくらいに動揺してる。どうしよう。
「オーブの事仲間に話しても平気?」
「あ……」
私は返事に躊躇する。……隠す必要はないのに、彼の仲間ならば。でも、何故か今は隠しておきたいと思ってしまった。
「……もう少しだけ………。秘密にして……。……いや?」
そう、秘密………。二人だけの秘密にしておく事がどこかくすぐったくて、
幸せに思う自分がここにいたの。
「わかった。言わないでおくよ」
「ありがとう」
何から何まで、心の底からそう思う。荷物にもたれて横になっている彼をそっと見下ろし、私は一つの衝動にかられる。
お礼にはならないかも知れないけれど……。
「ねぇ、アイザック。あの、本当に、良かったらなんだけど、その……。良かったら、私の歌、聴いてくれない……?」
「歌?そうだな、聴いてみたいな」
がばりと体を起こして嬉しい事を言ってくれる。
「ちょっと、待ってて」
荷物の奥に、私の竪琴がある。
無理を言ってこれだけは持つのを許してもらっていた竪琴が。
ポロン、と、音を確かめ、私は緊張して貼りつく喉の奥を水を飲んで潤した。
少し暗い馬車の中、揺らめくランプの炎に照らされて、私は彼のために静かに歌う。人前で歌うのは本当に久しぶり。
自分の声がすごく空気に映えて、琴の音色は過去最高の響きに思えた。心はとても静かなのに、鼓動だけが別物のように早い……。
私が不思議に少しずつ変わっていく感覚……、それは、今日出逢ったあなたのせいなのかな。
綺麗な黒い瞳の少年。
あなたに「ありがとう」の心を込めて、風に声を乗せる。
+ISSAC+
「……すごいよ。なんでこれで歌わせてもらえないわけ?すんごい上手いじゃないか」
俺は芸術に関して疎いけれど、シャルディナの歌の良さはわかった。
声は綺麗だし、知らない歌だったけど正直聞き惚れた。竪琴の音も聞いた事がないくらい澄み渡って夜の空気に響いた。
これで看板はれないのはどう考えてもおかしい。
「うん……、歌い手さんの、お客様を取ってしまった事があって、それですごく怒らせてしまって……」
「なんだよそれ!逆恨みじゃないかよ!」
……とことん、腹の立つ連中だ。
「あっと、シャルディナ。すごく良かったよ。歌は良くわからない俺だけど、シャルディナの歌は好きだな。もったいないよ、絶対もっといい場所があると思う」
「……そう、かな……」
「あるよ。もっとでかい場所で歌える人だよ。明日新しい所探しに行こう」
「えっ、明日?」
「うん明日。ここだと今他にも旅芸の一座とか多いから、絶対いい所見つかるから、決定な。もちろん俺も手伝うから」
また横になると、シャルディナは俺を座ったまま見下ろし、半分呆れたように微笑んだ。
「アイザック、強引……」
「強引ー?善は急げだよ」
「ありがとう……」
馬車の中、毛布を借りて浅い眠りについていった。
明日またすべき事を考えながら。
翌朝、砂の混じった風に起こされ、馬車の中いつもより遅くに俺は目が覚めた。
昨日話し込んでしまったから、まぁ、仕方ないなと思う。
シャルディナを起こし、朝のうちに二人で宿へ戻る。
「ただいま。って、心配してないよな」
朝七時、いつもジャルぐらいしか起きていない時間だった。
「あ、アイザックさん、何処へ行っていたんですか。心配していたんですよ」
ジャルは昨日のショックで寝込んでいたが、さすがにもう復活していたらしい。
「そうだぜ、一体何の事件に遭遇したんだよ。どうせアレだろ?悪党を追ってとか、町のゴミ拾いしてたとか、魔物が紛れ込んでたとか」
ナルセスが珍しく起きていてぼやいた。
「まぁ、そんなところ」
案の定、良くわかっているので安心して、俺は短く身支度に没頭する。
「シャルディナ、ちょっと待ってて、さすがに着替えたいんだ」
ドアの方に声をかける俺に、けげんな顔のナルセスとジャルもドアの向こうをひょいと覗いた。
「あ、うん。下で待ってるね」
ドアの隙間からシャルディナが消えて行く。
「ほわぁあああっっ!?」
ナルセスの奇声に耳をつんづかれる。
「ナンだよ誰だよっ!オイ!今の美少女!美、少女だよ!美、少女!!」
「うるさいな……。ジャル、ちょっと野暮用で出かけるけど、午後には戻るから、ニーズにそう言っておいて」
「あ、はい。わかりました」
「ナンだよ野暮用って!まさかこれから美少女とデートかよ!」
「違う!」
一言怒鳴って、無視して早々と部屋を出て行く。
「午後だったよな。二時か?約束の時間」
「おう。二時だよ。ちゃんと帰って来いよ〜。アイザックいないと戦力ガタ落ちなんだからさ」
「わかってるって。じゃあ」
今日の午後、イシスへの荷馬車に便乗することになっていた。用心棒兼で。それまでにシャルディナの新しい居場所はみつけてやりたかった。
例のいけ好かない芸団には決別を言い渡し(俺が代理で)、その足で昨日祭りのやっていた広場へと向う。朝から、すでに商人達は荷下ろしや交渉や、忙しく動いていたが、中には夜のために演奏の場所を確保しておく芸人一座ももう姿が見える。
「アイザック、どうするの?あの人達に声をかけていくの?」
居場所を捨ててきて、シャルディナはかなり不安そうだった。
「違うよ。かけてこさせるんだよ。その方が賃金もちゃんと貰えるだろ?」
「お金なんて……。私置いてもらえるだけで……」
「シャルディナ……。もっと自信持てよ。歌で食っていくくらいのさ。絶対できるから」
強く両肩を掴み、言い聞かせる。
「世界中に轟かせてやるんだよ。だから行くぞ。こっからが始まりだ!」
広場には中央にオアシスがある。
そこを囲う塀に腰掛け、シャルディナは微かに歌いだした。
俺が指示するままに。
最初は自信がないのか、か細くて、でも耳を傾ける人々が見えてくるとその顔も輝き始める。
一曲歌うと、立ち止まった人々が拍手して彼女の演奏を讃えた。
「あ……、ありがとうございます……」
立ち上がって、深く頭をシャルディナは下げて、自分に向けられた賛辞に感動していた。
「いい声してるね姉ちゃん!今夜も歌ってくれよ!」
「素晴らしい演奏でしたわ」
「是非うちの店で歌ってくれないかね!」
「はいはい!シャルディナは今フリーです!旅の一座に入りたがってます!誘うなら今しかないよ!彼女を高く買ってくれるとこ募集だよ!」
誘いに来る人の中に分け入って声を張り上げる。ろくでもないところにもう行かせられないから、シャルディナは。
「……良かったら、うちに来てはくれないかね」
その内、一人の外見は優しそうな中年男性が声をかけてくる。
「言っとくけど、体よくこき使ったり、安賃金で過酷労働とかさせると、地の果てまで追いかけてボコボコにぶちのめすよ、俺が」
「あっはっは。そんな事はしないよ。大事な歌い手は一つの商品であり、大事な仲間で、家族だからね」
む。ちょっといい事言うな。この親父。
「いいんですか……?私……」
「皆にも会ってみてくれないかね。気に入らなければ断ってくれてもいい。陽気で楽しい仲間達だよ」
「よし!行ってみよう!」
シャルディナは、声をかけてきたその旅の一座に入れてもらう事になった。
誰もが彼女を歓迎したし、確かに気さくで雰囲気も良かった。準備も、片付けも皆で一緒にしていると言う。
「ん、良かった。すぐいい所が見つかって。頑張れよシャルディナ」
「ありがとうアイザック。本当に何回言っても足りないくらい……」
「何もしてないよ。またいい歌聴かせてくれよな!元気でな!」
決まり次第、俺はすぐさま仲間の元に走って帰る。向こうも向こうで心配もあったからだった。
「友達かね?いい少年だ」
「はい……」
「これから少し、今晩の打ち合わせをしなければならないけれど、それが終わったら少し時間をあげよう。彼に挨拶に行っておいで」
「……あ、ありがとうございます……!」
俺の走り去った後、シャルディナは新しい団長に早速優しくしてもらっていた。
これで気分良くイシスに旅立つ事ができる。
そう、俺の心はいつも通り晴々としていた。
+SYALDINA+
団長さんの好意に甘え、私は彼の元に走っていました。
今日、彼はもうアッサラームを発ってしまうのだと言います。本当はまだ色々と話したいこともあるけれど、彼らにも大きな目的があるのだから、仕方がない。
お昼過ぎ、彼の宿に顔を出します。
「あっ!噂の美少女!シャルディナちゃん!」
彼の仲間の一人が私を見つけて走ってきました。
「なになに?まさか、アイザックのお見送り!?マジでアイザックらぶ?ねえ?」
「えっ、えっと……、あの……」
宿の一階で彼に捕まり困っていると、荷物を背負ったアイザックと仲間達が二階から降りて来るのにほっとした。
「シャルディナ、どうしたの」
「あ、あのね……。あの、いらないかも知れないんだけど……。お守りを渡そうかと、思ったの……」
少し恥ずかしくて、終わりの方では視線を外してしまう。
「何?アイザックだけ!?」
彼の仲間に指摘されて、私は、はっとして両手で口を覆う。
「ご、ごめんなさい……!じ、時間が無くて……」
………は、恥ずかしい………!
適当な嘘までついてしまって、どんどん頬が熱くなってきてしまう。
「ありがとう。大事にするよ」
小さな巾着の、口を縫い付けてあるもの。中には私の大切なものが入っている。きっとあなたを守ってくれるから。
「わざわざ、ありがとな、シャルディナ。応援してるから、俺」
「あ、私も……」
揃った彼の仲間達に対して頭を下げる。
「応援しています。頑張って下さい」
彼らの乗った馬車は砂漠へと消えて行き、名残惜しくて時間の許す限り、私はそのまま見送っていました。たった、本当に短い時間だったのに、思い出すとそれだけで熱くなる想いが残っている。
必ずまた会えるよね。
ごめんなさい、また会いたくて、「お守り」を渡したの。
きっと、またあなたと結び合わせてくれる。そう信じて。
町の入り口、帰ろうとすると、その入り口に一人の人物が私を待っていました。
「こんにちわ。シャルディナ様」
控えめに、私に頭を下げます。
「…………」
「私の事、覚えてはいないですか?」
忘れてはいません。緑の髪の賢者。
「ワグナス様……。どうして、貴方がこちらに……」
「聞きたいのは私の方です。いつ神殿を出られたのですか」
「………。お願いです。見逃してくださいませ……」
私は頭を下げて頼みました。反対される恐れに、声はわずかに低くなる。
「危険も承知で、抜け出した訳ですか。実は大胆なのですね。皆さん貴女を探しているのではありませんか」
「……。見逃して下さいませ」
「…………」
賢者は、暫く口を結びます。
「身を守る羽根は、お持ちですか。貴女の大事な守りですね」
「……はい。自分の身は自分で守れます」
強がりを言って、賢者の横を私は走って通り過ぎた。まだ私は自由で居たい。
私の心はいつも、高い空を目指していたのだから。
そして、空には私をいざなう彼が見える。今までは高すぎて、ただ果てしなく遠い空が見えているだけだったのに。
次に彼に会えるまで、私は何度空を仰ぐのだろう……。
今日もアッサラームの空は高く、青く、強い日差しとともに私を焦がしていく。新しい生活が、彼の出会いとともに始まろうとしていました。
後書き
つなぎ的要素ですね。しかし、シャルディナは可愛いですv
(アイザックが想いに気付くのはいつの日か)
アイザックはここに来てようやく良さを書けたかな、と思ってます。