「山彦の行方」

+SIEVAS+

 アイザックがナルセスさんを呼びに行った直後、私に強くぶつかってきた男性がいました。人ごみの中、酔いが回ってうまく歩けないのか、私の他にも多数ぶつかりながら通り過ぎて行く。

「あんだよてめえ!何処見て歩いてやがる!」
「悪いね」
 怒鳴る男に飄々と返事を返して、若い男はふらふらと消えて行く     


 特に気には止めていなかったのですが、私は自分の持ち物が無くなっていた事に気付きました。
「………!待ちなさい……!」

 急いで男の後を私は追った。
 肩までの髪を後ろで結んだ若い男。路地に入ったところを腕を捕まえようとすると、逆に待ち伏せた男に捕まり腕を取られ、口を手で押さえられてしまいます。
「何か用?」
 暗い瞳に自分が映り、私は戦慄を隠せませんでした。


 口を塞ぐ手を引き離し、私はきつく男を睨む。
「大切なお金です!返して下さい!」
「たった50G程度がか」
 心底馬鹿にした口調で、男は私を見下ろしていました。
「お金の価値は解りません。けれど、仲間が苦労して作ってくれたお金です。お金を持つ事は簡単ではありません。簡単に失くす訳にはいきません」
 男は暫く呆気に取られ、声を上げて笑い出しました。


「いい事言うな、おたく。どうだ?サービスしてくれたら、この倍の金渡してやってもいいぜ」
 私を路地の壁に押し付け、迫るように含みのある言葉を告げる……。
「サービスって何ですか」
「ん、じゃあ、ついて来なよ」
 来るも来ないも自由だと言うばかりに、男は足早に街並みを歩き始めた。
 私は躊躇いながらも、盗まれたお金だけは返して欲しくて、警戒しながらもその男性を追っていったのです。

 茶色がかった銀髪のその男は、やがて町の外、一つの馬車の元へ辿り着きました。この付近、町の外には行商のための馬車が多く、ひしめき合うように停められていました。商人のもの、旅芸人のもの、その持ち主はさまざまのよう。
 今は多くの人が祭りに出ているのか、辺りはシンと沈黙している。

「貴方の馬車なのですか?」
「俺のと言うか俺たちの、ね」
 馬の元に一人男がいて、私達に気がつき声をかける。

「ルシヴァン?戻ったのか?……なんだそのエルフ」
「邪魔するなよ。誰か来たら追い払っておいてくれ」
「なに勝手なこと言ってんだよ。御頭はそんなこときかねーぞ」

 馬車に上がりながら、ルシヴァンと呼ばれた男は鼻で笑う。
「そうしたら御頭と合わせて二人相手するかな」
「馬鹿かっ!殺されるぞっ!」
 半分呆れた様子の馬番は無視で、銀髪の彼は私を馬車内に引き上げ、ランプを薄く灯した。

「来なよ」
 彼の顔は暗くて良く見れず……。私はあぐらをかく彼の横に几帳面に座る。
「私は、お金を返して欲しいだけです」
「ふ、わかってるって」

 夜の中でも冷めない熱気、暗闇の中彼の体が近づき、私にそっと手を伸ばす。
「どうしてですか。私を愛してるわけではないのでしょう?」
「どうかな」
 抑揚の無い声は、そして彼の手は触れれば触れるほど、私の心を哀しみで満たす気がしていました。
「止めて下さい。良くありません」
 私は彼を両手で押し、帰ろうと思いました。また強引に私を引く、彼を叩こうと思った時、馬車に威勢のいい怒声が響き渡る。

「誰が女連れ込んでいいって言ったんだ!この馬鹿野郎がっ!!」
 そこには露出の多い衣装の女性が一人、仁王立ちして私達に顎を上げていたのでした。

「お帰りですか。御頭さん」
 彼は……、自虐的に残念そうに、微かに笑って挨拶を返した。

++

「残念。邪魔が入った。また今度ね。送っていこうか」
 彼はそう言って、馬車から出て行こうと私の手を引く。

「ちょい待ち。アンタこれ、勇者の仲間のエルフじゃないよ。なんでアイツラに手を出したのよ」
 その女性も馬車を降りて、彼に不満をぶつけています。
 勇者………、お兄様や私の事を知っていたようでした。


 外に出て解ったのですが、その女性もエルフでした……。
 少し驚きます。多分私と同じ、人との混血なのでしょう。紫の髪に日に灼けた肌、露出の高い動きやすい格好。
 力強さを感じる、今までに出会った事の無い印象のエルフの女性。

「俺はアンタの子分じゃないんで。そんな規則守るつもりは無いね」
「言ってくれるわね。確かにアンタなんか子分じゃないわ」
 女性は腰に手を当て、今にも口論に発展しそうな雲行きを見せる。

「あの、私はお金さえ返してくれれば構いません」
 睨み合う二人の間に入り、静かに私は用件だけをお願いしました。するとエルフ女性の眉は強く跳ね上がり、男性に噛み付く。

「何やってんのアンタは。そんなせこい真似してるんじゃないわよ」
「たまたまそこに混じっていたんだよ。この女がな。勇者に何かしたつもりはないぜ」
 面倒臭そうに彼女に言い放ちながら、私に彼はお金の入った小袋を投げて来ます。そのまま、それで帰れば良かったのですが………。


「お兄様を………知っているのですか?」
 気になったので、私はハーフエルフの女の人に聞いていました。
「私、シーヴァスと言います。お兄様、勇者の妹です。できればお話聞かせて下さい」
「はぁん………」
 ハーフエルフの女性は眉根を寄せ、私の顔を見て少し答えに間を持った。

「別に、何も知らないわよ。アンタの兄貴が「勇者」だって事以外はね」
「そうですか………」


「御頭〜!各全ての店回ってみましたが、目的の物はありませんでした〜!」
 彼女の元に(子分……?)小柄な少年が手を振って走って来る。
「そうか。ま、売り物には出さないだろうけどね。ルシヴァン、笛の反応はどう?」

 御頭………。この人はこの男性たちの頭領なのでしょうか………。
 言われた私を連れてきた男性、ルシヴァンはおもむろに、取出した木製のオカリナを吹き始める。

 全員が、静かにその『笛の音』を聴いた。


 彼が吹き終わったその後も。静かな沈黙。
 微かに笛の音色が風に乗って響いてくる……。

 風に乗って、何処からか舞い戻ってきた笛の音。
 高い山で大声を出した時、起こる山彦のように笛の音がぼんやりと繰り返す。


「……近くなった」
 緊張した声が、ルシヴァンから零れる。
「ミュラー。この町に流れてきてるのは間違いないな」
「やりましたね!御頭〜!」
「シッ!よし、ひとまず全員今日は持ち場を維持。一人じゃ行動しないようにね!私はもうちょっと調べてくるわ」
「アイアイサ〜!」
「アイアイサ〜!」
 近くにいた子分達は彼女に敬礼をし、持ち場とやらに散って行きます。

「じゃあ、俺はコイツでも送って来るわ」
 私の横に立ち止まり、御頭ミュラーさんに背を向けるルシヴァン。
「ちゃんと送んなさいよ。アンタは子分じゃないけど、アンタの目的叶えられるのはこの世界じゃ私くらいのものよ。わかってるわよね。あんまり勝手が過ぎると海に捨てるわよ」
「アイアイサ〜」
 彼は振り返りもせず返事だけを返す。その言葉には皮肉が感じられた。


 宿まで送られながら、私は彼女の事を聞いていました。
「かっこいい人ですね。頭領さんなのですか」
「ああ。立派な海賊の女頭領様だよ」
「海賊……」
 海の盗賊ですね、初めて見ました。
 生きる力に満ちていて、とても強い女性だと感じている。それは同族としては、初めて受けた印象だったのです。


「先ほどの笛は、何なのですか?不思議な音が返ってきましたが」
「あれか……」
 彼の口元は笑みを形作り………。夢見るように言葉は続く。
「宝の在り処を示すものさ。この世界最高の宝物だ」
「世界最高の、宝、ですか」

 驚きを隠せない私でした。この世界で最高と言わしせす物、それは一体どんな物なのでしょうか。私の持つ50Gなど馬鹿にした彼の言う最高の宝物とは。
「おたくらもいつか、話には聞くかもな。そのうち旅のうちによ」
「はい……」
「山彦の返ってくる場所に、宝はある。つまりはこの町。最高だな」

……最高なのですか……。
 宿へ向う道はもう人通りも少なく。月明かりだけが私たちを見ていました。宿の前で立ち止まり、彼とは別れます。

「じゃあ、また、運良く会ったらよろしくな」
「……………」
 地面に映る影は重なる。
「どうして。貴方にとっては、挨拶なのですか?」
 見上げる私に彼は暫し返事をためた。

「今日はそうだな。別れの挨拶だ」
「少しも幸せじゃありません。心も一つでは無いです。何も満たされません……。貴方は私の事好きなわけではないですから」
「よくわかってるじゃん。じゃあな」

 そして、呆気なく、消えていくその姿……。
 振り返ることもなく、ただ誰も寄せ付けないような拒絶だけを感じさせる背中。ただ唇を重ねても、それが「幸せ」なわけではなかったのですね。
 ただ感じていた憧れに、事実によって打ち砕かれた私は、その場に長いこと影を落としていました。


 私を探していたナルセスさんに、見つけられるまで。
 あれから、お兄様も含めて、みんなで私を探していてくれたのですね。


……今まで、私にとって「最高の宝」は家族でした。
 お兄様も、旅の仲間もかえられない宝です。自分の心は、財宝などでは満たされない。財宝を目にする前から私にはそれがわかるのです。
 違う人もいるのでしょうか……。
 財宝によって満たされる者……。
 財宝を「世界最高の宝」と言った貴方は、それで満たされるのでしょうか。
 それは……本当は、とても哀しい事なのではないか、そんな気がしていました。あの人には、他に「何も無かった」のかも知れない。

 心配をかけてしまった仲間に謝り、私は宿の部屋に戻っていました。
 目を閉じても、何処からかあの山彦が響いてくる気がするのです。

 「宝」はそこに在るのですか。
 風は生暖かく、砂の匂いをまじえて、今夜の祭りの終わりを私に告げていました。何故か心は寒さを感じながら。

+MYURAR+

「親父っ!もう一杯!」
どん!

 音を立てて、大ジョッキをカウンターに突き出したのは珍しいハーフエルフの女。
 カウンターに一人、足を組んで豪快に飲み下す。一仕事後の酒はまた格別で、すでに私はいい気分だった。

「姉ちゃんいける口だねぇ〜!何杯目だい?ほらよっ!もう一杯!」
どん!

「うし!まだまだいくよ!酒が足りないなんて言わないでよね!」
「こりゃまいったな。酒樽が心配だぜ」
 陽気な酒場の中、この店の中でも踊り子が歌や踊りを疲労している。
 ま、卑猥な歓声が上がってたりするのは深夜のご愛嬌か?

「こんばんわ。今日も飲んでますね。ミュラー」
 隣に座ってくる男がいる。私は男を見て五秒ぐらい固まっていた。
 にっこり微笑む。男もにっこり微笑む。

「まぁ。久しぶりね。ワグナスさん」
 パン!と手を叩いて、首を傾け、またまた微笑む私。
「本当ですね。元気そうで何よりです。ミュラーさん」
 満面の笑顔でそれに答える緑の髪の男。

 その男の襟首を私はむんずと吊るし上げた。
「オラオラ今日こそ全部吐いてもらおうか!?あん?知ってる事全部よぉ!」

 態度を一変して顎を上げて見下ろす。
 このむかつく野郎と、もはや何度こんなやり取りを繰り返したか分からない。

「あっはっは。何も知りませんよ。何のことですか」
「おっほっほ。隠そうたってそうは
いかないっていつも言ってんだろこん畜生


「あっはっはっ」
「おっほっほっ」




「あはは、じゃねえぇぇっっ!!」


 ワグナスにツイストスクリュー回転つき右パンチをぶちかます。
 どかーーん!と派手な音を立てて奴は壁に激突していた。
「ミュラー。怒らないで下さいよ。暫く顔見せなかったのは謝りますから」
 流血しながらまた隣に座る。……見苦しいからホイミしなさいよ。

「……そうよ。アンタ、アタシの管轄内だって事忘れないでよね。そのアタシに音沙汰無いなんてどういうつもりよ」
「すみませんね。私も色々忙しくて」
「どうせ勇者関係でしょ」
 酒を頼むワグナスを横目に頬杖する。
「そうですよ」
 笑顔で肯定しやがって。忌々しい奴。いいさ、勇者第一よねどうせ、わかってるわよ。その上にいるアンタの大将もさー……。

「……見つけたのは私だって言うのに。何なのこの扱い」
「おや、ぼやいてますね。大事ですよ、ミュラーのことも。この世界での主人的存在として」
「ふーん……。口だけは巧いんだからこの男は」
「宝探しはどうですか」
「アンタが色々喋ってれば、もっとはかどってるわよ」
「でもそれじゃつまらないでしょう?」

 わかっているように、瞳は真摯な光を映す。
 ……そうよ。私はそれを探すスリルや手にした時の快感が欲しいのよ。
「……まぁね」

「オーブも探しているみたいですね」
 奴はグラスビールをせこく飲みながら、こっそりと耳打ちしてくる。
「情報早いわね。さすがと言うか。目ざといと言うか。……さすがに飛びつくわよ。別に空に興味はないけど、惹かれるじゃない。伝説のオーブ。実在するのかわからない所さえも」
「………そうですね」
 絶対知ってるだろアンタ。………でも聞かない。

「それを探すためのアイテム持った奴がいてさ。そいつと、まぁいけ好かない奴だけど、お互いの目的のために一応共同戦線張ってるわけよ」
「頑張ってくださいね」
 言われなくてもコレが生きがいよ。
 でも、……私には、もっと欲しいものがあった。

 オーブは「最高の宝」なんて言う奴もいるけれど、私にとっては違うのよ。私の望むものは「この世界」のものじゃない。だからどうしても手に入らない。
 それで更に熱くなってしまう自分がいたりする。……なんてね。



「伝説の不死鳥ラーミア、本当に復活するの?」
 また大ジョッキを注文しつつ問いかける。
「でも、笛ははね返ってきたし、真実味を帯びてきたけどね」
「返ってきたんですか?何処で」
「ここよ」
 ……あん?珍しくワグナスが驚く顔を見た気がした。
 本当に一瞬の出来事。長い付き合いから解るささいな奴の動揺。

「まさか」
 にっこりと微笑む。動揺を誤魔化して。
「何まさかって。ここには無いってアンタ知ってんの」
「………何も知りません」(にっこり)
 …………。ビール樽ごと流し込んでやろうか。
 他愛の無い会話は続き、賢者は私と一緒に店を出た。

「いつでもいいから、暇が出来たら顔見せなさいよね」
「そうします」
 別れ際、店の外でそれだけ言う。
 もう祭りの馬鹿騒ぎもお開きで、広場にも人はまばらだった。
 ワグナスが消えた後、思わず私はため息つく。

 アンタのいる場所がいつでもわかったなら、それこそ便利なのにね。
 山彦の笛のように、何かで分かりでもしたら。
 もう一度ため息ついて、気分を入れ直した後、私は外の馬車に戻る。また明日からも、忙しい日々が続くのだから。



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