「祭りの影」



+NEEZ+

 ノアニールの森の事件を終え、カザーブにて俺は仲間達との再会を果たした。
 事件のあらかたを俺は話したが、今回知った「自分のこと」は触れていない。こんな自分の事なんて、当然、話す気にもなれなかったんだ。

 森の呪いの経緯。殺された恋人。閉鎖したエルフの里。得体の知れない二人の死神。あの賢者ワグナスの良く解らない取り引き。
 寝ていた間の説明を、一番深刻に聞いていたのはジャルディーノだった。
 元々、ノアニールに行こうと言い出したのはジャルだったことを思い出す。


「すみません。そんな事になってしまって……。でも、エルフさん達は、本当に人が嫌いなんですね……」
「今まで誤解していただけです。私は理解し合えると思います」
 しょんぼりとしたジャルに、シーヴァスは強く激励する。
 奴らにしてみれば数日振りの夕食を、一人ジャルだけが沈んで食べていた。
 仲間どもは寝ている間中、アニーの家に厄介になっていて、今も悪いが飯を食わせてもらっていたりする。

「そうですね。僕もそう思います!」
 気を取り直したのか、嬉しそうにジャルは声も高く笑う。
「あの、ニーズさん。食べ終わったら、あの、少し話したい事があるのですけど、いいですか」
「何だよ」
 ジャルの突然の申し出に、俺はぶっきらぼうに返事する。
「謝罪とか言うならいらないぞ」
 そんなら面倒臭いだけだしな。

「違います。大事な話です。…それにこれからの事とか……」
「何?これからのことなら、俺達いちゃダメなの」
 一足速く食べ終わって、ぼやくのはアイザック。
「……あの、ニーズさんに、イシスに行って貰いたいんです……」
 申し訳なさそうにジャルディーノは申し出た。


 イシスはジャルディーノの故郷。
 行ったことはないが、大きな砂漠の中の国だと言う。ニ年前にジャルはそこからアリアハンにやって来た僧侶なんだ。
「イシスかぁ〜〜〜!いいなぁ!故郷っすね!ジャルディーノさんの家族にも会って見たいな〜!」
 アニーに、おかわり頼みながらナルセスは浮かれる。
「あ、はい。それはもちろん会えますよ」
「いいけど。じゃ、イシス行ってみるか」

「じゃっ!じゃっ!途中のアッサラームで遊んで行きましょーよ!いや〜、俺、一度あそこで思い切り遊んで見たかったんだ〜!!」

「遊びたいんだ」
 激しい音を立てて、ナルセスの元に皿が戻って来た。
 むっつりとして武器屋の娘、アニーはうろたえるナルセスを睨みつける。

「あはは。あそこはほら、確かもうすぐお祭りだし…。そーゆー娯楽だよ。ベリーダンスも見たいしさ……は、はは。怒っちゃ嫌だよ〜。アニーちゃん」
 苦し紛れに言い訳しているが…、アッサラームがどんなところなのかいまいち俺は解っていない。
 ジャルはちょっと口元を手で押さえ考えていたが、
「夜、絶対に出歩いちゃいけない町だって兄さんが教えてくれました。僕はずっと宿にいますね」
「は?」
 ナルセスにとって、とてもつまらない事に、参加を辞退してしまう。

「確かにジャルディーノさんには良くないのかも知れないけど…。ひょっとしてお兄さん過保護ですか???」
「?いいえ…。厳しい人ですよ。あ、でも、厳しいけど優しいです」
「そんな、絶対楽しいのにー」
 一人ブーイングしながらナルセスは飯を食う。

「まぁ、いいや。イシスか…。砂漠対策きちんとしておかないとな。アッサラームで買えるかな」
 やはり一人で建設的なうちの戦士は、地図を見ながら計画を立て始めた。
「……そこの子、騙されない様に気をつけてね」
 アニーが、心底心配そうにジャルに告げる。
「……え?はい」
 ……なんとなくそーゆー街なんだな、と俺は察しがついた。


 アイザックは地元民アニーに色々話を聞いていて、(ナルセスはアテにしていないらしい)世話になりっぱなしで悪いが、今夜も彼女のあまり広くない家で泊まらせてもらう事にする。今まで使っていた簡易ベットと床とを使って狭い部屋に四人、強引に押し込んで休ませてもらう。
 ジャルの話の事を思い出して、俺は夜のカザーブへの散歩を誘った。

++

 この辺はアリアハンなどに比べてかなりな北方で、夜は心もち寒い。
 マントを引き寄せながら、俺はその辺の木に寄りかかり、僧侶の話を待った。

 カザーブの夜は何度目かになるが、こんなに冷えてはいなかった。やたらと映える月が見下ろしていて、ジャルは不思議な程に視線を下げていた。

「ジャル。……どうしたんだよ。おかしいぞ」
 静かにジャルディーノは歩み寄ってきて、声もなく泣き始めていた。
「だから、謝罪とかはいいんだってば」
「僕は…。イシスには、帰りません。イシスには、ニーズさんに、女王様に会ってもらうために行くんです」
 何を、言っているんだ……?
「ごめっ…………、ごめんなさいっ!僕は、僕は、知らなかったんです。ニーズさんのことを。【もう一人のニーズ】さんのことも!」

 どうして知っているんだ。
 あの賢者が喋ったのか…………?
 俺は体に衝撃が走るのを感じ、そのまま数秒立ち尽くしてしまう。


「夢を見ていました………。ずっと………。でも、僕はそれでも、貴方に付いて行きたいと思います。ニーズさんは立派な勇者です。僕はニーズさん自身を勇者と認めて、一緒にいるんです。僕が待っていたのは貴方ですよ」
「それは………」
 次はお前か?お前が俺に泣きついてくるって言うのかよ。どこをどうしてそこまで知ったのか知らないけれど。
      夢ってなんだ?

 驚きは流し、ため息一つついて、俺は自分の心を落ち着かせていた。
「ジャル、泣かなくていいから。…いいのか。俺は勇者の代理でしかないんだぜ」
「僕は…あの日、アリアハンが襲撃される事を知っていました」
「………何ぃ」
「僕は…………、時々、不思議な夢を見ることがあるんです」


 初めて聞く話だ。



 ジャルは涙を拭き、夜空を見上げ一人語った。
「神の警告だったのでしょう。だから僕はアリアハンへ行きました。勇者を守るために…。でも、僕は守れていなかったのですね。「勇者」さえも」
 あの日ニーズは殺された。それを悔やむものがここにも存在していた。

「あの日、僕は多分ユリウスさんと会いました。でも、その間にニーズさんは殺されていたのですね。貴方が無事で、僕は使命を果たしたのだと思いました……。でも、違ったのですね。…ごめんなさい」
「おいジャル。お前が謝る必要はない」
 お前がどんな力を持っていようと、例え予測できていたのだとしても、………もう、今更何を誰を責められるんだ。
 あの時コイツはまだ(今もガキだが)十三歳のガキに過ぎなかったんだ。


「俺たちのために、お前、来たんだよな」
「そうです。……もう、後悔はしたくありません。ニーズさん」
 ジャルは俺の両手を掴み、息も白く誓う。

「ニーズさんの大きな悲しみに気付けなくって、ごめんなさい。でも、それでも僕に優しくしてくれる、それでも旅立ったニーズさんの力になりたいです。どうかお願いします。この先、力の限りニーズさんを守ります」
 熱い誓いに、俺は暫く途方に暮れた。

 いつも馬鹿にしている赤毛の少年は、真摯すぎる瞳で、強くいつまでも自分を見つめていた。羨ましい限りだった。
 何かを守れると、守るなんて、そんな誓いは俺には到底言えそうにない。


「…でも、いざとなったら、俺よりも自分を守れよ?お前が生きた方が世の中のためになる」
 寒さに身じろぎして、俺は視線を横にそむけた。
「何言ってるんですか。駄目ですよ」
「なんで俺女王に会わなきゃいけないわけ」
 唐突に話題を変える。

「……女王様は力になってくれます。イシスは古くからの王国で、きっと多くの文献もあります。ピラミッドには隠された財宝もあると言いますし……。きっと役に立つはずですよ」
「なるほどね」
 寒さもあって、俺はそろそろ引き上げたかった。ジャルを促しアニーの家に戻る。
 他の奴に俺の裏事情を話すなよ?と、釘を刺しながら。
 
シーヴァスは知っているが、俺の真相など、アイザックもナルセスも知らないままでいい。

+NALSES+

 アッサラーム。それは商人の町である。
 アッサラーム。別名「夜の町」とも人は言う。

 世界的にも有名なベリーダンスや、娯楽施設の数々。溢れる商店、露店、道端すら売買の場所に惜しみなく使われる。非常に活気ある町だ!!!
 しかも更に今はこの町きってのお祭りの時期。

 もう、町並みが見えてきた頃から、俺はめちゃくちゃにはしゃぎまくった。
 ロマリア生まれの俺だけど、アッサラームに行った事は無い。いつも人づてに噂を聞くばかりの夢の町。

 祭りも見には行きたかったのだけど、その分物騒にもなると言う話で、子供だった自分はいつも留守番をさせられたものだった。
 家計上俺の分の旅費が無かったとも言う。

それが、とうとうアッサラームデビュー!!


 ごめんアニーちゃん。思いっきり羽目を外させてもらいます!!!(燃え)
 この辺にもなると砂漠も近いせいか気候は暑い。
 ノアニールとかは寒かったから温度差が激しいな。……なんて言ってる暇はない!
 待っていたアッサラームには着飾ったお姉さん、女の子、うはうはな踊り子さん達がそこかしこに!!

待っていた〜〜〜〜〜!!!




「そこのお兄さん。ちょっと見てかな〜〜〜い?(投げキッス)」
「はい〜!見て行きます〜〜〜〜!!」
「コラ!!!」
 女の子に磁石のように引き寄せられた俺は、がっしりと首の後ろを引き戻された。
「なになに、何だよ〜〜〜〜。止めるなよー!いや、止めてくれるな!晴れてアッサラームデビューなんだから!」
「何か怪しい店だぞ!!」
 怪しさ大歓迎vvv むしろ怪しくなきゃいやん。

 夕暮れにアッサラームに着いた俺たち一行。町はこれから丁度楽しい時間になるんだ。止めるアイザックにジタバタと抵抗して、俺は女の子に手を振った。
「今夜、ぱふぱふしていかな〜〜〜い?」(投げキッス、更にスリットちらり)
 また横の別の店からも呼び声が。

 うわあ…、いいなぁ。アッサラーム。




「「「「………………」」」」




    えっ?何?
 一人ハートマークを出していたら、皆からは沈黙が押し寄せていたのに遅れて気がついた。もしかして盛り上がってるの俺だけ???

「……ぱふぱふって何ですか?お兄様」
「さあ」
「僕も知りません。アイザックさん知ってます?」
「いや……」
「あら。かわいいのねぇ〜v そ、れ、は、ねv」
 あ、ちょっとちょっと、ナイスバディのお姉さん………。そんな事教えたら…。

 時はすでに遅し。赤くなっておたおたするジャルディーノさん。そのまま泡吹いたまま、空も飛べそうにジタバタ腕を動かしている。
「そっ………、そ、そ、そ、そんなことしちゃ、いけません!!!」(悲鳴)
「怖がらなくてもいいのよv」(ほっぺにチュッ)
「やめんかっ!!」
 怒り心頭、頑固、堅物戦士はお姉さんを怒鳴りつける。

「帰るぞ!俺は宿に帰る!!ええい!触るなぁ!!!」
 綺麗なお姉さん達を振り払ってアイザックは帰ろうとする。…なんて勿体無い。
 ジャルディーノさんも半泣きで逃げるように着いて行った。

「……お兄様……。したいですか……?」
 立ち尽くすニーズさんに、飛び上がりそうな問題発言がかけられる。
「するかよ」
「ナルセスさんは、寄って行くのですか。では宿で待っていますね」


 いや…あの…それもちょっと…密かに痛いんですけど……。
 一人残されて、ものすごく孤独に襲われた自分は、情けなくもぽつねんとしていた。遊んで帰ったら皆の視線が絶対痛いような…。

「待ってーー!シーヴァスちゃぁああああーーん!置いてかないでぇぇええ!代わりにベリーダンス見に行こうよぉおおおおーーー!」
 さよなら麗しのアッサラーム。また今度こっそり来ます。キメラの翼とかで。
 こっそりね。

+NEEZ+

 砂漠への一歩手前。このアッサラームの町は商人の町でも有名なのだが、踊り子の町としても有名らしかった。
 毎晩広場は踊りの輪が広がり、踊り子でない女達もこぞって着飾る。

 ま、そんなものを見ていく気は毛頭無く、俺はなるべく早くこの町を通り過ぎて行きたかった。アイザックとジャルは先に帰り、多分宿でアイザックは不機嫌で、ジャルは混乱等してるのかも知れない。


 しかし、三人で必要な物を買い揃えようとしている時に、やたらとシーヴァスがナンパされて進行の妨げになった。
「おおっ!?珍しい!エルフの女かっ!?なっ!俺の選んだ衣装着てくれよ!」
「………?どうしてですか?」
「おいおい、うちの店においでよ!最高の品が揃ってるよ!」
 理由が解らず、俺たちも困る。
 追い払っても奴ら商人独特やはり口がうまく、なかなか離れて行かない。
「今夜さ、いい衣装見立ててあげるから〜、俺と一緒に踊ろうよ!」

「あ〜、そうか。そう言えばこんな事聞いてたなぁ〜」
 ナルセスが困る俺達に思い出したように話してきた。

「みんな男は、女の子の事競って飾るんだって話ですよー。見立ての腕前、とか、ただ単に見栄はり合戦とか。彼女自慢とかいろいろだけど。でも、気持ちわかるな!」
 ナルセスはガッツポーズを決めて、嬉しそうににんまりと笑った。
「ねぇ!せっかくだから、貸衣装とか借りようよシーヴァスちゃん!俺見立ててあげるから!ねっ!」

「却下」


 地獄に落とすように言い放つ。
「な、なんでですかぁ〜〜!せっかくの踊り子衣装が……ってそれは嘘で、かわいい妹見たくないんですか〜〜(泣)シーヴァスちゃん、お祭り衣装着たくない?ね?着たくない?すっごい似合うと思うよ!!(力説)
 手を取り、肩を揺さぶってシーヴァスを乗せようと必死らしい。

 ……お前、目的違うだろ……。(疑い)


「人のお祭り、是非参加してみたいです。町の人々も、とても情熱的ですもの」
 ちょっと待て。
「やったぁああああ!じゃあ俺が!……よーーし!ど〜んなのにしよ〜かなぁぁ〜〜えっへっへ」(下心あり)

 浮かれて歩き出した奴の足をかけて転ばせる。ぐしゃ。
「ぶへっ!なーにするんですかニーズさんっ。邪魔しないで下さいよ!」
 鼻を押さえてジト目でナルセスは文句をつける。
「俺が見てくるからいい。お前帰れよ」
「独り占めは酷い!っすよ〜〜〜〜!!」
「誰が独り占めだ!!」
「そ、そおんなっ!一人だけ美味しいトコ持って行こうとしてっ!なんすかなんすかっ!俺にも見せてくれたっていいじゃないっすか!ずるいっすよ!とっかえひっかえ、あんなやこんなや、そんなカッコもしてもらって!見たいですよーー!!」

めきっ!!(殴)
 
 そーゆー欲望は彼女にでも頼め。



「二人で選んでくれませんか?……変わった服が多いです、この町の女の方は。きっと決めるのも大変な気がします」
「コイツはなぁー…シーヴァス…」
「賛成賛成!ニーズさんジミーなのしかきっと選ばないから!この流行の最先端!ファッションリーダーナルセスがすっっっごいの選んであげるよ!さ、出発出発♪♪♪」
「はい」
 シーヴァスは上機嫌だよ。なんだよ。
 畜生ナルセスの奴。今度アニーに話してやる。


 貸衣装屋で、俺たちは服を選び始めた。
 案の定、奴の選ぶものは踊り子衣装………露出が高い………。
 

「これいいよ!着てみて着てみて!時には大胆に!かつセクシーに!勝負!勝負!」
「貴様……。こんなのは止めて、こっちがいいな。綺麗だし」
「なんっすか!それ〜!ニーズさん趣味悪ぃ〜!センスなし!全く持っていかんですよ!」

 てめえ、そこまでけなすか。自分の目的のために。

「…どちらも着てみますね。待っててください」
 試着のためにカーテンを閉める妹。ナルセスのまで着るのかよ、と少しカーテン越しに止めたが、閉められてからは結構何も言えなかったりする。
 ナルセスと二人で待つ、時間はかなり不安で手持無沙汰だった。


 店内には他にも多くの客が居て、試着コーナーも全部埋まっていた。
 その横のカーテンがシャッ、と、開く。
「うーむ。どれもいまいちです……。なんだか動きづらいのです…」
 うっかり見てしまった自分を恨みたくなった。その女と目が合った瞬間…。

「あっ!ニーズさんの彼女!!」
 
 ナルセスが思い切り指を差す。

 違う!!
 ロマリアでこないだ出会った、厄介な女がそこで目をぱちくりしていた。

++

 名前はサイカ。黒髪二つ結びのジパング娘。
 思い出したくない花束事件が脳裏をよぎる。

「か……、彼女…?彼女とはつまり、<恋仲>のことですよ…!?ニーズ殿、そんな風に仲間に話しているなんて……!!」
 両手で口元を覆い、サイカは動揺してうろたえている。
「言ってねえ!!」

「だって、将来の約束までしてたしー。運命の再会ですね!ニーズさん、良かったじゃないですか」
「いや良くねぇよ」
 勝手に決めるなよ。
 サイカの嬉しそうな様子に、「お前も信じるなよ」と顔を歪ませる。


「ああっ!そうだ!ほらニーズさん!!彼氏として服選んであげないと!!」
「なんでだよっ!だから彼氏じゃないって言ってるだろ!」
 背中をサイカの方に押されて、俺は慌てた。冗談が通じないんだから、厄介なんだ、この女はっ!

「服…?服?選んでくれるのですか??」
 サイカは落ち着かない様子で、試着室のカーテンに隠れながら照れたように同調していた。しかし、はっとして、少し困ったように口を押さえて話す。
「あっっ…と、しまったです、ニーズ殿。実は、服は、その…、兄上に見てもらっていまして……」
 残念そうに、もじもじした動きが何処か芝居臭い。

「明日でよいのなら、一緒に服を見たいと思うのですが、どうでしょうか。そうですね、どんなものでもよいです。あ、一緒に踊りをしても良いですよ。ニーズ殿がどうしてもと言うのでしたら」
 サイカは言葉は偉そうに、頬を赤らめながら俺を見上げた。

 見れば、兄も店内に見えた。兄が選んでいるのなら、その方がいいに決まっている。
 ……と、言うより、選ぶ気なんかないんだから、関係のない話だと俺は視線を元に戻して妹だけを待った。 


「お兄様、どうかしましたか?」
 カーテンから顔だけを覗かせて、シーヴァスが心配そうに声をかけてくる。
「ん、いいから。どっち着たんだ」
「ニーズさんってば。選ばなくていいんですか?彼女待ってますよ」
 いいんだよ。

 サイカは無視する俺にがっかりとして、つまらなそうに試着に戻ろうとしたが、服を選んで戻った兄にはすぐに笑顔になった。
 横にいる俺に気付いて、兄貴はサイカに何か話していたが、サイカが兄を引っ張ってそこから離れて行った。
 横目に見れば、すぐに親しげな兄妹の買い物姿に変わる。
 サイカは嬉しそうに兄に抱きついて喜んでいたりする、そんな光景に俺は冷めた関心を寄せる。


「お兄様。おかしいですか?」
 ナルセスの絶叫が響く。
「おおおおおおおおおおおおお!」

「いいっ!いやぁっ、いいっ!いいよこれ!これにしようよ!みんなの視線釘付け間違いなし!!」
「……お兄様?」
 いつの間にか出て来ていた、シーヴァスに気付くのが少し遅れた。
 ナルセスの選んだ服を着ているシーヴァスを前に、本当なら(ナルセスの反応を前に)怒りそうなモンなのだが、何故かやたらと心は冷静になっていた。

「風邪ひかないか、そんなんで」
「そうですか?……そうですね。これに少し上着など重ねれば…」
「あ、じゃあ、俺と踊るときは上着取ってね!!」
「その方が良いのでしたら、そうします」
「じゃっ、上着とかのコーディネイトも俺が見てくるね〜!いや〜♪せくしーせくしー」
 スキップして走り去る。

「お兄様」
「ん、なに」
「そんなに気になる人なのですか。それなら声をかけた方がいいと思います」
 上機嫌で上着を見に行ったナルセスを後に、シーヴァスは不安げに俺の顔を覗き込むのだった。
「別に気にしてないよ。あんな女」
「……嘘だと思います。さっきも見ていました。……かわいい人ですね」
 シーヴァスも、兄妹二人を遠目に見つめて、あり得ない感想を口にした。
「かわいくねぇよ」
「………………」
 

 俺は目を伏せ、兄妹に背を向けた。ナルセスが服を持って戻り、レンタル代を払って店を後にする。外はすっかり夜も更けて来ていたが、これからがこの町の本番であるかのように、昼以上に人で賑わっていた。
 踊りの音楽が何処からか聞こえ、歓声や歌声も聞こえた。
 着飾った女達が多く、目の前を町の中央広場に向けて通り過ぎていく。


「一度宿に帰って、飯食ってから行くか。ひょっとしたら、あいつらも来るかも知れないしな……」
「そ−ですねー。行こう、シーヴァスちゃん」
 すっかりエスコート役気取って、妹の手はナルセスが引っ張って行く。
 俺はその後を無言でついて行った。

 宿では、ジャルディーノが寝込んでいた。
………そこまで衝撃的だったらしい………。>ぱふぱふ


 シーヴァスの踊り子衣装にアイザックも度肝を抜かれていたが、奴も祭りには同行してきた。よくよく聞くと本人は護衛のために来たらしい。

 町は夜でも尚明るく、音楽も止まず、喧騒の中俺とアイザックは二人でぼーっ、っと踊りの輪を眺めていた。


「なんかあったのか?ニーズ。ますます暗い顔して」
「……何もないよ。お前だって、楽しくなさそうじゃん」
「そりゃあ…、俺は監視と護衛に来ただけだし。だってそうだろ。シーヴァスは人間社会良く解ってないし、ナルセスは金持たせてないとは言ってもやっぱ心配だし。お前もなんか暗いし。ジャルは寝込んでるし。いや、ジャルはいられても面倒が多分増えるだけなんだが…。俺がいないとどうにも不安だろ?」
「……そうか。真面目だな。……お前も」

 広場の片隅で壁沿いに座り込んでいた俺たちの元に、シーヴァスが小さく走って帰ってくる。
「お兄様、アイザックも、楽しいですよ。一緒に踊りませんか」
 ナルセスと一緒に見よう見まねで踊って、すっかり祭りに溶け込んだのか嬉しそうに笑ってみせる。さすがに姿と合わさって、いつもと印象が違うので戸惑ってしまうが。

「いや、俺はいいよ。ニーズ行ってこいよ」
「俺もいいよ。お前行けよ」
「……嫌なのですか。それなら仕方ないですね…」
 妹は、しょんぼりと視線を曇らせて肩を落とした。

「あ、そうじゃないよ。……う……。下手だけど勘弁してね」
 アイザックが頭を掻きつつも、シーヴァスと輪の中に入って行った。良く見れば、向こう側でナルセスが知らない女とこれまた楽しそうに踊っている。
 またカザーブで報告する事が増えたな。


 一人、壁に寄りかかってシーヴァスとアイザックを見ていた俺は、アイザックの動きがぎこちなくて時々笑った。

 その視界の中に、ジパング兄妹の姿が待ってもいないのに混ざりこんできた。
 不本意にも、目は二人を追う。
 さすがに息は合っていて、仲の良い兄妹なのは一目瞭然。優しそうな兄。ああいうのをそう言うのだろう。
 おそらく兄が選んだ衣装を着て、サイカは楽しそうに無邪気に笑っている。それを見ていて、俺はますます祭りの中、影を深くしていくのを感じていた。



 今まで……、祭りなんてものの類が、楽しかった記憶はない。
 アリアハンでも、祭りはいくつかあった。でも、当然俺は出て行ったことは無い。母さん達も、出て行ったことは覚えに無い。中には……オルテガを称える祭りもあった。
 尚更、家の中は祭りの喧騒の中静まり返った……。

 どうしてだったのか、理由は聞いた事が無かった。
 ただ、家の中では、母さんにも、ニーズにもオルテガの名前は「禁句」になっていた。帰ってこないオルテガを憎んでいたのか、それも聞いた事が無い。

 孤独なんて、いつでも感じていた事なのに。
 「ニーズ」がいなくなって、
 もう、これ以上の「孤独」なんて襲ってこないだろうと思っていた。


 もう自分には何も無く、欲しいものも無く、失うものも無い。だからもう、またこんな所で孤独感を味わうなんて思ってはいなかったんだ。
 この町が、賑やかすぎるんだろうな。だから、どうしようもない孤独に襲われる。

「……お兄様……。やっぱりあの人が気になるのですね…」
 いつの間にか、シーヴァスが隣で同じ様にサイカを見つめていた。不思議そうにアイザックも隣に習う。
 急には言葉が出なくて、二の句が告げない。
「私、呼んできます」
「ちょ…、ちょっと待て。関係無い」
 腕を引っ張って止める。顔を合わせたとしても、あのジパング女と話す事なんて無いんだ。

「お兄様の辛そうな顔を見てるのは、辛いです」
 振り向いて強く俺を見上げる、その瞳に俺は押された。
「祭りなんだし……。踊りでも誘ってくれば……?そんなに気にしてるなら」
「気にしてないって」
「私、行ってきます」
「おいっ!シーヴァス!」
 引き止める声も聞かず、サイカの元に妹は走って行く。それをそのまま追いかける勇気も俺は持っていなかった。

「……ニーズ。……行って来いよ。たがが「一曲踊る」だけだろ?伴侶の申し込みとかじゃないんだから。そんなに思い詰めるなよ」
 アイザックは沈黙する俺を後押ししようとして、背中を叩いて広場の中心へと俺を押していく。
「結構、見よう見真似でもいけるから。大丈夫だって」



 曲の合間、サイカはシーヴァスに声をかけられ、俺を待っていた。

「改めまして、ご機嫌麗しゅう御座います。お誘い嬉しいです。足を踏んでしまいましたら、許して下さいませ」
 何かの真似なのか、サイカは不似合いな挨拶をかまし、しぶしぶ俺も頭を下げる。
「……それは、俺もね」
 兄の選び方が良かったのか、様になる格好を一応したサイカが、満足そうに少し笑った。シーヴァスも、アイザックもいささか不安そうだったが離れ、俺たちを遠くで見守っているようだ。

「兄貴に見立てて貰ったんだ、それ」
「そうです。その…、誰しもが振り返ると、評判ですよ?」
 あからさまな嘘をついて、ジパング娘は得意げに回ってみせた。ヒラヒラとした丈の短い赤系のドレスで、俺は「柄じゃないだろう」と思った。
「まあまあかな」
 ここでけなしてもしょうがないので、程ほどに褒めておくことにしよう。

「兄上は、誰にも負けないぐらい美しいと褒め称えたのですよ。元がよいからなんでも似合うと言って」
 正気の沙汰とも思えない台詞だ。


 サイカは頬を膨らませて、踊りながら兄の自慢を始める。
「兄上も、私も、国では噂の美人兄妹なのですよ。まあまあではないです」
「兄貴、優しそうだな」
 俺の言葉には……。何故か後ろで寒い風が吹いている。
「優しいです。兄上は、誰にでも優しいのですよ。国でも大層好かれております」

 …そーかよ。俺は頭の中でふてくされる。
 見てて良くわかった。ただ「優しい」という行為に、羨望する思いを抱いたのは、これが初めてだったかも知れない。
 音楽が鳴り始めた。何の問題も無く、俺の体は動くはずだった。


 今まで遠巻きに見ていた俺は、だいたいの流れぐらいは覚えていたし、自然にサイカの手を取って、音楽に合わせて足が動くはずだった。
 でも、手を取る事に戸惑う。
 俺の手は凍りつき、体は恐ろしく重たく思えた。…動かない。

 普通に踊りだす周囲に取り残され、俺たちだけが時間が止まったように微動だにしない。心臓だけが早く動いて気だけは焦る。
 こめかみを汗が伝い、気が遠くなるのを感じていた。



 どれだけ固まっていたのだろう。
 首をかしげるサイカが視界を掠め、意を決して俺はその手を掴み取った。音楽が、うまく聞こえてこない。自分の早すぎる動揺の音だけが鮮明に響いて煩わしい。

 それもそうだ…。たかが、手を取る事。それすら、俺は簡単にできない。
 こないだシーヴァスにはできたが……。
 人と関わってこなかった自分は、そんな事すらできないんだと思い知った。

 情けないほどに、手にも力が入り、汗も浮き出てくる。
 きっと、陳腐に映るだろう。何一つ話せず、顔も見れず、かけらほどの優しさも見せられない男。時々掠めてしまうサイカの顔を見えていない振りをしてしまう。



 無我夢中で、いつの間にか音楽は終わっていた。
「…申し訳ないです。何回か足を踏んでしまいました」
 そう、サイカは謝ったのだが、俺は全く気ついてはいなかった。

「大丈夫。…ごめん。無理やり付き合わせて…。ありがとう」
 緊張のしすぎで…、どっと疲れに襲われた。体中に汗が浮き出て、髪や服が張り付いて気持ちが悪い。
「ありがとう」
 問題のない言葉を紡ぎ出して、後ろ手に挨拶してサイカから離れた。サイカは呼び止めようとしたのだが、その声は出遅れ、飲み込まれ終わった。

 俺の消えたあと、サイカは兄のサナリの元に戻り、少し押し黙って呟いた。
「ニーズ殿…。随分緊張されていた様子でした。まだ手が熱いです」


 アッサラームの祭りの夜は、まだまだその終わりを見せようとはしない。
 サイカは意味も無く、俺の消えた方向を少しの間見つめていた。

++

 サイカと別れて、戻ってきたニーズはまたどうにも形容しがたい顔に変わっていた。
彼女と何か話でもして、多少気が晴れて帰ってくるかと、シーヴァスと二人で待っていたのは裏切られてしまう。ますます瞳に影を差して、何か無表情にニーズの顔は凍りついていた。

「ちょっと先に帰ってるよ」
「お兄様……」
 ついて行こうとしたシーヴァスを、ニーズは後ろ手で遮断する。
「一人にしておいて。ただ帰るだけだから。楽しんできてよ」

 ニーズは有無を言わさずにスタスタと足早に消え去った。
「あ、シーヴァス待って」
 できればナルセスも連れ戻して全員で帰ろうと思った。あの野郎何処へ行ったと、踊りの輪の中を目で探す。
「居た!ここで待ってて。連れ戻してくるから!」
「はい」

 ナルセスと戻ると、シーヴァスの姿は消えていた。
 たったほんの少しの時間の間に。
 ニーズを追ったのか、それは解らない。
 でも嫌な予感を抱いて俺とナルセスは戦慄していた。



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