+SYATREY+ |
赤い少年、ジャルディーノ。
おかげさまで、どうやら自分はおもしろいものを見つけられたらしかった。これで暫く退屈しなくで済みそうだ。
盗賊である自分は、実は金銭に執着が薄く、求めるのはただひたすらに面白い事柄。
赤い少年は仲間と共に適当に与えてやった食事を取り、その後も礼を言いにきた。殴る蹴るの暴行をぶつけても、恨み言の一つも言わないつまらない子供だと思ったが、とにかく異質な存在だとは理解っている。
仲間達は敵意を剥き出しにしていたが、今夜はしぶしぶここに泊まることにしたようだ。夜風はしのげる上、こんな廃塔でも外よりはましだろう。
不在の相棒が持ち出した分もよそから付け足して金を返し、勇者もその仲間も納得はしてくれた。俺とは別の部屋で今頃文句を言ってるかも知れないが………。
「シャトレーさん。今日は相方さんは戻って来ないんですか?」
ただの友人の様に、声をかけてくるのはやはり赤い少年。
「多分ね。どこかで酔いつぶれているんじゃないかな?」
「お二人はノアニールの森のエルフさんなんですか」
毛布にくるまって塔の窓から外を見ていた。俺の横に毛布を被り、少年は気さくに訊ねる。
「いいや。もっと深い森さ」
「もっと?色んなとこがあるんですね。どうして盗賊をしているんですか。エルフの村では暮せないんですか」
「・・・・暮せないね」
はっきりと言うと、残念そうに少年は俯いた。
「少年さ、エルフってのはつまらない種族なんだよ。覚えておきな」
「つまらないですか・・・・・・」
「俺達は、はみ出し者さ。人間社会の方が数倍面白いね。貪欲なせいか物も多い。遊びもね。金は要るから、時たませしめてるんだ。アンタ等は、ちょうど目立っていたし。金も持っていたからね、狙わせてもらったよ」
「働いたりはできないんですか・・・・・・?」
俺は余りの可笑しさに声高く笑った。
「は。仕事なんかできるか。くれるか?人間が」
「くれますよ!お二人とも強いし、用心棒とか、きっとできますよ!僕、あの…、紹介します!」
「はははははは」
俺が笑い転げるのにきょとんと戸惑う、少年の頭を思い切りぐしゃぐしゃにして困らせる。
「面白いなー少年。考えておくよ。お前みたいな人間がいると嬉しいよ」
「そ、そうですか。僕もシャトレーさんみたいなエルフさんが居て嬉しいです」
・・・・どうして屈託なく笑うんだ?
俺はお前を踏み躙ろうとしたんだぜ???
これからだって解らない。今だって窓から蹴落とすかも知れないのに。
この赤い少年には善悪がわからないのではと訝った。
「良かったら一緒の部屋で休みませんか。誘いに来たんです。一人じゃ寂しいじゃないですか」
予想外に自分は動揺し、返答に時間を浪費していた。人間にここまで好意的に接された記憶などない。………エルフでもないかも解らない。
「少年。できればお前と二人がいいな。他の奴らはどうもな」
「え、僕とですか?」
ズザザザァァーーーーーーッッ。
部屋のドアから誰か倒れ込んで来る音が響いた。
「なっ、なっ、なっ・・・!え、エルフの分際でっ。ジャルディーノさんにな、なんて事をぉ〜〜〜!!」
ターバンを頭に巻いた少年、赤い少年の仲間の一人。
ドアの向こうで聞いていたのか、慌てて少年を引っ張って俺に毒を吐く。
「畜生、なんだよなんだよ。どうしてもってジャルディーノさんが言うから。仕方なくコイツがいてもいいかなって思ったけど、この期に及んで汚れを知らないジャルディーノさんにちょっかい出すなんてぇぇ!」
「あ、あの、ナルセスさん?!」
「随分好かれてるね。赤い少年」
「ええい!見るな話しかけるな〜!一緒の空気吸うな〜!けっ!俺なんか筋金入りのジャルディーノさんファンなんだ!会員番号1番だ!ファンクラブ会長だ!横から出てきて旨いこと言いやがって!さぁ!早くこんなとこ出ましょう。ねっ!ねー!」
少年はぽかんとして目をしばたたかせている。
出てきたコイツも相当な心酔ぶりで笑えたな。
「少年。俺とそいつとどっちが大事だ?」
悦に入って、困らせてみた。案の定、困り始める。
「もちろん俺ですよね!!このナルちゃんですよね!!」
「は、はい・・・・・・」(汗)
「ショックだな・・・・」
「えっ、ごめんなさい!シャトレーさんも大好きです!」
「ガーン!!そ、そんな!!」
「阿呆か!!!」
乱入した勇者に、そのターバンの仲間は背中を蹴り倒されていた。
………いいね。非常に楽しいよ。(満足)
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+NEEZ+ |
・・・・・全く!!!!どいつもこいつも阿呆ばっかりだ。
ナルセスの馬鹿野郎は廊下に閉め出し、残されたエルフの奴は相当馬鹿ジャルが気に入ったらしく、横に並んで眠りについた。
なんだか拾ってきたペットみたいな扱い方をしているし………。
「よしよし。おやすみ、少年」とか囁いて。
「ジャルディーノって男にもてるタイプ?」
経過を聞くと俺と同じく呆れ組の一員、アイザックが眉根を寄せつつ訊ねてくる。
「さあ・・・。爺婆、ガキにもモテてるけどな。別の意味で」
言われてみれば、女の浮いた話など、殊勝な話は聞いた事がなかった。だいたい女とかいたらおかしいだろう、コイツに。
「でも、今日はちょっと、助けられたな・・・・・・・・」
「マイナスを埋めただけだろーが。褒めるな褒めるな」
そのまま俺は横になって目を瞑った。ようやく明日レーべに行ける。翌朝、ナルセスがうるさいのは放っておいて、俺達はナジミの塔を後にした。
銀髪のエルフ、シャトレーはうるさいナルセスに構いもせず、ひたすらジャルとの別れを惜しむ。
「少年、いい物やるよ。大事にしてな」
「どこの鍵ですか?」
「たいていのドアなら開けられる特製の鍵だよ。プレゼントするよ」
頭をポンポンと叩いて、エルフはすっかりジャルを自分の愛玩動物のように可愛がっていた。ショックを受けてる奴約一名。
「わあっ!ありがとうございます!大事にします!」
「いいよしなくてー・・・・」
なんか言ってる、そこ。
「また会えますよね。会えるの楽しみにしてます」
「こっちもね」
ジャルはいつまでも一人で手を振っていた。
さて。
その後の展開は速かった。
レーべに行って村長から魔法の玉をもらい、そこから東の山脈へと突き進む。深い森と川を越え、「旅の扉」のある祠(ほこら)まで。
痛い目見た経験を生かし、野営の時は常に周囲に目を配った。
ジャルの迂闊さにも警戒を怠らない。
祠の内外のモンスターは手ごわく、ジャルの回復魔法や薬草などで傷を癒しながら戦い続けた。商人のナルセスも、結構頑張ってくれ、旅は滞りなく続いてゆく。
『旅の扉』は、ほこらから繋がる、地下神殿の最も奥に設置されていた。
小さな泉の様で、水は不思議なくらいに澄みわたり、浅く膝にも水は届かない。その中を進み、眩暈に似た感覚を抜ける 。
視界が鮮明になった時には、神殿の空気すらも変わっていた。
違う場所に瞬時にして移動するという………。
『旅の扉』は瞬間移動の不可解な装置。
外に出れば知らない城が遠くに見え………。果てしない距離を瞬く間に移動したのを実感していた。
遠くに望むロマリア城。地元民ナルセスが懐かしさに歓声を上げジャンプした。
パチパチパチパチ………。
場にそぐわない拍手が後方から聞こえた。
俺達の後に続いて、祠の影から魔法使いらしき人物が顔を出し、満面の笑みで俺達を祝福してくれるらしい。
「おめでとうございます。アリアハン脱出ですね」
………なんだコイツ………???
俺のと同じデザインの額冠に、珍しい緑髪。
にこにこ笑ってはいたがものすごく胡散臭い。木製の杖を持った魔法使いらしき青年。長身で外見的には美形の類に入るだろうか。
「あ・・・・、もしかして・・・・」
「何……?ジャルディーノさんの知り合いですか?」
「はい。多分」
「改めましてですね。私ワグナスと申します。よろしくどうぞ」
ジャルに名詞を渡した、その仕草は営業マンのように手馴れてまるで隙が無かった。その名詞をぶんどり目をくれてやる。
『賢者ワグナス あなたに愛をお届け致します。とくに勇者御一行様。
お困りの際にはぜひ私めに』
ビリッ。
「ああっ、駄目ですよニーズさん!せっかく貰ったのに!」
「いらん、こんなもの!」
捨てた紙くずをジャルの奴は慌てて拾った。
「行くぞ馬鹿」
後の二人も訝しそうにしているし、こんな得体の知れない奴は放っておいて、とっとと行くに限ると思った。草原を踏みしめ、遠くに臨む城を目指す。
「僭越ながらお祝いの品もあるんですよ」
気にせず、にこにこと男は俺達に付いて来た。
「祝いの品・・・??」x2
をい・・・・。物で釣ろうって言うのか・・・・?
「アイザックさんにはですね。はいっ。大根です!」
俺は棒が倒れるようにこけていた。露に濡れた草に突っ伏し、上から聞こえるやり取りに絶句する。
「・・・・いい大根だ!!」
嬉しそうに言うなよ。
「ええ。今朝採れたてですよ」
「へぇ・・・いい仕事してるな」

なんで。なんでコイツはアイザックの野菜好きを知ってるんだ。
しかも大根って。
奴の家が、いつも『大根の味噌汁』で乾杯する事を知っているのか。アイツの親父が大根の味噌汁好きとかで、家のしきたりになっているのを知っている。何者なんだコイツは。
「ナルセスさんには、はいっ。ジャルディーノさん人形です!」
ずがしゃあああぁぁぁぁーーーーっっ!!
立ち直りかけていた、俺は転んで滑った。思い切り滑り倒した。
「うわっ!すげー!良く出来てる!」
嬉しいのかよ。
「ええ。実物の愛くるしさに忠実に。そばかすも再現しています。衣装も完璧ですね。我ながら秀逸な出来栄えです」
「ほんとだ!ラブリーだ!あ、俺も名詞ください」
・・・・・懐柔された奴が一人・・・・。
「俺も名詞もらっとくよ」
お前もかよ・・・・・。アイザック・・・・・・・。
「ジャルディーノさんにはお花です。はい」
やたら大きな花束だ。色とりどりの花をリボンでまとめてあるもの。
「わぁ、すごい。ありがとうございます」
コイツの場合は懐柔もへったくれもないしな・・・・・・・・。その怪しい男は微笑んでこちらにもやって来る。とにかく自分だけは頑なに拒否する決意を固めていた。
「ニーズさんにも、もちろんありますよー」
「いらないから」
「そんな。後悔しますよ」
「しねーよ」
どこでどう調べてきたかは知らないが、俺が喜ぶような物なんて持ってこれるワケがない。そんなモノ無いんだからな。
そっぽを向いて早足で行き過ぎようとするんだが、なかなか奴もしつこく速度を上げても追いかけてくる。
「いいんですか?後悔しますよ。残念ですねー。限定品。レア物なのに」
「いらないって言ってるだろ!!」
唾を吐きかねない勢いで、ザカザカと草原を奔りぬく。
「あの人の物なんですけどね・・・・」
いきなり立ち止まり、自称賢者はひどく意味深に呟いた。
「あの人・・・・?」
誰だ。まさか母さんか?思い当たったのは母親しかいなかった。まさか母さんの何かを盗んできたのかっ!?引き返して俺は奴の首を絞め上げた。
「なんだよてめぇ!出せ!何を取ったんだ!ええ!!」
顔色青くしながらまだ余裕があるらしい。得体の知れない魔法使いは不敵に微笑む。
「ふ。嫌ですね・・・・・・・。限定品に弱いんだから……」
「よわいかあぁぁぁぁァァァッッー!」
奴は空に飛んでいた。鼻血を噴きだし、きりもみしながら。
地上に落ち、鼻血を流しながらもまだしぶとく奴は追ってくる。
「そんな慌てないで下さいよ。せっかちですね。はい。コチラです!」
奴め!一体母さんの何を盗んだんだ!
渡されたものは意外と平凡に、ただの『魔法の本』だった。
「……。何だよコレがレア物なのかよ。しかもこれ、使ってあるだろ。何処から持ってきたんだよ」
全員でその本を覗き込んでいたら、いつの間にか奴の姿は消えていた。
「いなくなってしまいましたね」
「何者だったんだ。アイツ・・・・・・・・・」
ロマリアへ向いながら、どうにも俺は『その本』が気になった。ところどころ折ってあって、メモなんかも書いてある。名前は無い。基本的な魔法の本だな。
「あの人」って誰の事だ………?おそらく母さんじゃない。
ロマリア城をまっすぐ目指し、日が暮れる前に城下に辿り着くことができ、疲労のためにすぐに宿に雪崩れ込んだ。
俺にしてみれば、初めて来る故郷以外の国だった。
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■アリアハン エピローグ
赤い少年達が塔を去り、その日の昼ごろにはデボネアの奴が帰ってきた。
いつも通りの二日酔いで、どうやらアリアハンの酒場で飲んだくれていたらしい。弱いくせに酒好きな奴だ。
俺の話を聞くと「馬鹿じゃねえか」と文句を垂れた。
「………まぁ、そう言うなよ。心底面白いんだよ、今」
「酒と美女以外におもしろいモンなんかないネ!」
昔から酒と女以外に関心の薄い相方。
「いや・・・・・・・・。断然、面白いね」
一人俺は満足そうに含んで笑った。

「勇者のことも馬鹿にしてたけど、案外いいとこまで行くかもよ」
「なに言ってるんだ。竜の神も今果てようとしているのに。夢だろ、夢。今のうちに遊んでおかないとサ。終わってから後悔しても遅いし」
「………。デボネア、イシスに行ってみないか」
唐突に俺は言った。ある確信を胸にして。
「知りたい事があってね・・・・・・・・・」
未だに楽しい気持ちは続いている。
イシスに行けば、何かが掴めるかも知れない。
不満そうなデボネアと共に、俺は砂漠の国を目指そうと決めていた。
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