「エルフの盗賊」
+NEEZ+

 その日、アリアハンの町は本人が浮かれていないのに、「勇者の旅立ち」で激しい祭りになっていた。
 丁寧に町を飾って、アリアハンの民は勇者を盛大に送り出してくれる。城から町外への道は華やかな紙吹雪や花飾りが舞い、人々も歓喜に踊っていた。
 王の謁見から帰ってくると、城門から先、ものすごい人出が歓声を上げてどっと押し寄せ、その中には当然、同行者の家族も今か今かと待ち構えていたわけだ。

「アイザックー!しっかりやるんだぞ〜!」
 聞きなれた名前が歓声の中に聞こえた。太い親父の声は一際目立ち、思わず俺まで振り向いた。人込みの中から叫びの主を見つけ、口はあんぐりと間抜けに開き、俺の肩はずるりと落ちる。
 声の先には息子を応援する《恥ずかしい垂れ幕》が誇らしげに揺れていた。

 親と兄貴と姉、家族総出で恥ずかしい応援垂れ幕を精一杯に揺らし、町の名物八百屋一家は激しく手を振る。

根性だ!アイザック!」
必勝!!」「千里の道も一歩から!」
「打倒バラモス!世界を
救え!

 熱すぎる気合の入った達筆は、十中八九親父直筆のものであると憶測された。
「ありがとう!行って来るよ〜!」
 息子は新品の鎧姿で手を振り返し、家族も大いに盛り上がって末息子に声援を送り続けた。このアリアハンの有名八百屋の末息子、黒い髪に黒い瞳、野菜大好き正義の戦士アイザック。(自称)

「ジャルディーノちゃん、頑張ってね〜!」
「期待してるよ〜」
 俺の後ろを控えめに赤毛の僧侶がついていた。小柄で童顔、女顔な赤毛の僧侶は老人から子供から、幅広い年齢層に人気である。
 ジャルディーノはありがたそうに頭を下げ、あっちにもこっちにも手を振り、にこにこと笑顔を振りまいた。僧侶の正装、十字架の入った帽子と衣服に身を包む、赤毛とそばかすが目印の少年。

 ジャルディーノはアリアハンではなく砂漠の国イシスの出身者だったが、数年ですでに町の人気者に成り上がっていた。……簡単に騙されるしな。(ぼそり)
 商人にはカモだと言う噂もあった。薦めればまず断らないのがこのジャルディーノ。

 勇者への声援には反応しないでおいた。
 それは特別ではなく、普段どおりの事。


「ニーズっさぁ〜〜〜〜〜ん!!」
ダダダダダダダッ!

      無視。


 早足で俺は王城前の混雑を通り過ぎる。
「待ってくださいよ〜〜〜〜。ほら、もう、旅支度してるし!」
 明るい呼び声と共に一人駆け寄ってくる人影があり。誰だか分かる自分は早急に立ち去ろうと試みる。

「お前が勝手に準備したんだろ」
 荷物を背負って走ってきた陽気な少年は、ナルセスというお調子者。
 灰色っぽい髪にいつもターバンを巻いている、ロマリアから来た行商人。しつこくジャルディーノのファンをやっている変わり者だ。
 俺の腕にしがみ付いてズルズル引きずられていくんだが……。

「ナルセスさんも一緒に行っては駄目ですか?」
 俺の前にジャルが軽く走り出てきて、遠慮がちにナルセスの同行を頼もうと切り出した。
「駄目に決まってんだろ」
「は、はい。すみません……」
 厳しく瞬殺すると、ジャルは案の定すぐに引っ込んでいった。
 お前が俺に意見するなんて百年早いんだよ、毒づきつつ。

「ナルセスは役に立つよ。勇者よりやる気あるしな」

 珍しい奴から推薦の言葉が飛び出し、思わずナルセスを引きずるのを止めて、戦士と相対することになった。
「ありがとうアイザック!!心の友よっ!!」
   …………何言ってんだか。

「誰が来たっていいんだろ。ならいいじゃないか。ナルセスが来たって」
「そうそう!一緒に行きましょうぜニーズさん!旅は道ずれ、世は情け。若人の親睦をここで深めましょうよ!」
「お前ジャルだけじゃねえかよ。動機が不純なんだよ」
「誰かの役に立ちたいって、いい目的だと思うけど?」
 またアイザックの奴がしゃしゃり出て来るので、しがみ付いてるナルセスを蹴り捨て、真正面から論議のために奴を睨み据える事にした。

「あ、ケンカは、やめて下さい……っっ」
 汗を飛ばして仲裁しようとするジャルディーノも、何処吹く風ではある。
「そうですよ。ケンカはやめましょうよ」
 って、お前(ナルセス)が言うなよ。

「何だよナルセスに買収でもされたのかよ」
「なにおおっ!!」
 吐き捨てたらアイザックは憤慨し始め、「失敬な!!俺がそんな事されるかっ!」と怒鳴り返す。
「そうですよ!ただこの旅でお宝見つけたら二人で山分けしようって言ってただけですよ!!あとロマリアで顔が効く店を教えてあげるとか」

買収されてんじゃねえかよっ!!(怒)



       もういい。急速に怒りは諦めの方向に移行した。
 元々、こんなやり取りはここ数日間に限ったものでは無かったんだ。『勇者』にまとわりつく連中は、こぞってしつこい、頑固者。
 何も言う気になれず、そのまま俺は後ろを見ずに一人進んで行く。





 うるさい奴が同行者に加わり、俺はますます不機嫌になっていた。いつも仏頂面と言われるが、ますます輪をかけて尖ったオーラを撒き散らす。
 町の出口にまで来ると、さすがに人は少なくなり、お祭りムードもなりを潜めた。
 町の奴らはこれからおいおい騒ぐんだろうし……。
 暫く歓声は遠巻きに止まず、俺の気も晴れなかったが・・・・・・


 出口に無視できない人物が一人、静かに俺を待っているのに瞳を見開いた。
 今朝は何も言わずに一人で起きて城へ行った。その後ここへ出て来たのだろう、母親が俺を見送りに待っていた。
 母の前に立つと、俺は視線を逸らしてしまう。
 何処を見ていいのか解らずに、適当に下を見て口を開く。

「行って来ます」
「いってらっしゃい………」

 今、気が付いたけど・・・・・



 俺達、この台詞しかいつも言っていないな……。



        でも、今日は、まだ母親の言葉が続いた。

「いってらっしゃい。私の、勇者ニーズ……」
 自分の名前に驚いて顔を上げた俺は、暫く母親から目を離すことができなかった。

+ISSAC+

 さて、なんだか意味深な勇者親子の旅立ち風景を傍観した後、俺達は早速レーべの村へと向っていた。アリアハンは島国で、今は外との交流が殆どない。
 船を出せば魔物に襲われ、航海も命がけ。

 昔は城の北にある山脈に「旅の扉」というのがあり、どんば仕掛けかは知らないが、一瞬で遠くの国へ行けたらしい。ロマリア王国へも一瞬だったと言うが、残念なことに今は封印されていた。

 それを、今回使っていいとの許可を貰えた。
     とは言っても、分厚い扉を「魔法の玉」でふっとばすって話なんだけど……。


 王様にレーべの村に「魔法の玉」をもらいに行けとの命を受けた。レーべはしょっちゅう使いで行っていたから、行くにしても余裕、余裕。
 ……そう、余裕だったんだけど・・・・・・

 事件は起こった。大事件だ。




一大事だ。

世界の破滅だ!!!

「うぐおぁあぁぁあぁぁぁーー!!」



「なんだっ!どうしたアイザック!」
 さすがのニーズも普段は叩いても起きないくせに俺の奇声に跳ね起きた。皆飛び起きて、両手を震わせわななく俺に詰め寄っては覗き込む。

 最初の夜は野営だったんだ。
 火を焚いて見張りもじゃんけんで決めて、俺が朝方、早めに起きて皆が寝てる間に飯の仕度を始めていた。

 ちょっと離れたその間………。戻って来たら違和感があった。

「無いんだよ。盗まれたんだよ!
俺の1000Gがぁあぁぁぁぁーーっっっ!!

「えぇ・・・・???」
 眉をしかめて、ナルセスも自分の腰を確かめてみた。
・・・・・・・ぬあっ!無い!俺も無いや!」
 遅れて事態に気づいて、「どうしよう」と、俺と見つめ合う。
「あ……、僕の方も無いです」
 悠長に荷物を確かめていたジャルディーノまで、顔色を青くして謝ったじゃないか。

・・・・・・・・・・・・・・
 一人、(朝のせいか)動揺の「ど」の字も見えないニーズは、眠そうに目を擦ってあくびをする。
「ニーズ!お前、アレは!王様から貰っただろ!支度金!」
「やられてんじゃないの?」
 どうでもいいようにニーズは言い、奴の荷物を仕方なく探せば案の定   無い。
「ふぅ……。ま、俺達が金持ってるのは分かったんだろうしな……。しょうがないじゃん」

「しょうがなくあるかぁ!1000だ!1000!」

 余りの言い草に言語道断立ち上がり、奴を締め上げ怒りに吠えた。
「俺があくせく働いて貯めた、時には廃品回収で貯めた、親父の肩たたきして貯めた、この旅のために用意してた血と汗と涙の結晶の1000G!!
諦められるか!えっ!おい!ええええぇーーっ!!

 ニーズの襟首掴んで揺さぶって、俺の怒りは止まらない。
「分かってんのかよ!1000だよ1000!1が1000だよ。10が100個だよ。100が10個だよ!うちのキャベツがいくつ買えると思ってんだよ!米が何ヶ月買えると思ってんだよ!俺の小遣いの50ヶ月分だよ!」
 この上ない気迫に押されて無言の三人。



………許さん。



………許さん!




何が何でも絶対に許さん!! 



「分かった、分かったってば」
 嫌そうに俺の手を振り払い、不満そうにニーズはしぶしぶ理解を示す。
「よく1000なんて持ってたなー。お前らしいけど……。でも、探すにもどうにもできないだろ。手がかりも何もないし。どうするんだよ」
「あ〜………。でも、誰も1Gも持ってないんじゃ、やっぱ不安でしょう。いったん帰る?」
「そんなみっともない真似できるか!」
 俺が意見しようとすると、今までずっと大人しくしていたジャルが申し訳なさそうに声をかけて来た。

「あの……」
「何だよ」
 あからさまに嫌そうに勇者は答える。
「その人達、あの、僕、見てました……」




「は?」 
 俺達の声が微妙にマッチした。



「その、泥棒さんとは思わなくて、ですね……。二人の男の人が居たの、見たんです。気配に起きたんですけど、そうしたら「まだ起きるには早いよ」って言ってもらいまして、「あ、はい。親切にありがとうございます」って言って、また寝ちゃったんです」

「………………。ナルセス、お前本当にコイツが目標なのか?」
 微動だにせず、ニーズはナルセスに皮肉に問う。
 ジャルディーノはナルセスの永遠の目標だと誰もが知っている。そんなナルセスも言葉に濁って苦笑するしかないようだった。

「す、すみませんっ!気をつけます。本当にごめんなさい」
 必死に謝ってるジャルは……………。

 多少はニーズから聞いていたけど、心底心配になって来た。コイツにこれからも見張りをさせていいのだろうか?更に他にも、金は持たしていいのか?とか。ってゆーかコイツ、一人にしたら危ないんじゃないかとか……?


「ニーズ、お前がジャル嫌いなワケが良く分かったよ……」
「そいつは嬉しいよ」
 無表情に返事だけ返す勇者。
「なんか、不安でしょうがないんだけど」
「俺なんか、行く前から諦めてたよ」
 お互いに顔を見合わせて、乾いた笑いを浮かべてしまった。

 どんな奴等だったか詳しく聞いて、聞きながら急いで飯を詰め込むようにする。早くしないと逃げてしまうし、盗まれた金も使われてしまう。そんなことになったらとんでもない。

「それでですね、あの、耳が長かったです」

「は?」x3(再び)

「エルフですか?俺、聞いたことありますよ」
 ロマリア出身のナルセスは得意げに説明し始めた。ロマリアの北、深い森にそんな種族が住んでるらしい。

「でも、アリアハンにもいるのかなぁ。とにかく探すしかないよな」
「多分、あそこにいると思います」
 あそこ、    ジャルはアリアハン城下から南にそびえるナジミの塔を指し示す。
「何を根拠に言うんだよ。適当ならしばくぞ」
「え、えっと、「塔に帰ろう」とか話していたんです」
 ジャルは良く汗を飛ばす。
「この辺じゃ塔なんてあそこしかないもんな!よし、行くぞ!」

 飯を詰め込み、荷物をまとめ、俺は大急ぎでナジミの塔へと駆け出した。塔は沖の小さな島にそそり立つ。西の洞窟を抜け、塔にいるだろう盗人を倒すため、俺は一人憤怒に燃えて猛進していた。

+JALDEENO+

 僕の失敗で、皆さんのお財布が盗まれてしまいました。
 とても申し訳ないです・・・・・
 ニーズさんはいつにも増して怒っているし、言葉の端々から機嫌の悪さが伺える。アイザックさんもすっかり僕に呆れてしまった様子でした。
 悲しいです・・・・・・・・

 ナルセスさんはそれでも僕に優しくしてくれました。ありがたいことでした。


 二人組の泥棒は二人とも耳が長く、噂に聞く森の種族、エルフかも知れないと。
 エルフの話は兄から聞いたことがありました。人を憎み呪いをかけた、魔力の高い、恐ろしい化け物なのだと………。決して近づいてはいけないと聞いています。

 でも、そのエルフの一人は僕に笑顔をくれました。
 いいエルフさんだったのかも知れません。泥棒はいけない事ですけれど、ものすごくお金に困っていたのかも知れない。すぐに見つかって、話が出来るといいなと考えていた。僕はひたすら肩身のせまい思いでナジミの塔へと急いでいました。



「どりゃあああぁぁーー!!」
 どさっ。

「どけやコラーー!!」
 ザシュザシュザシュ。

「邪魔だボケがぁぁ!!!」

 ものすごい怒声と共に、アイザックさんは突進して行く。
 洞窟の魔物など敵ではない強さで一人でバシバシと薙ぎ進んでいく。頼もしい戦力は鬼神さながら。

「アイツは黙って何かできないんだろうか」
 その後を冷静に着いて行くニーズさん。背後に敵が出た時など、きちんとアイザックさんに教えてあげる、気遣い優しい勇者様です。(教えてあげるだけ>作者ツッコミ)

「強いなー、アイザックは・・・・・・。俺も修行しよー」
 アイザックさんの倒した魔物からひょいひょいっとナルセスさんはアイテムを拾い上げていました。時に魔物は貴重なアイテムを持っていたりするのだそうです。
 商人の彼としてはそれも大事で興味深い、物品の入手方法と教えてくれる。


 そんな調子でやがて洞窟を抜け、外に出ると塔の入り口に対峙した。
 本来は見張り台に建てられた塔ですが、今は魔物がいるために誰も居ない孤高の塔。黒髪の戦士は休む間もなく乗り込んで行く。

「何処だー!出て来い盗人野郎!成敗してくれる!」

「馬鹿!出てくるわけねぇだろ。静かにしろ」
 相手は盗賊なんだから、うるさくしたらすぐに逃げてしまうだろう。ニーズさんの冷静な判断に彼も息を潜め、怒りのオーラを発しながら入り口に足を踏み入れてゆく。
「こっそり行って、ふんづかまえないと………」
 追ってナルセスさんも慎重に塔の入り口をくぐって行った。

 魔物ーはあまり姿を見せず、塔の中はシンと静まり返っていた。
 盗賊二人が追い払った後なのか、不気味に魔物の気配は薄い。


 塔の中は荒れ果てていたけれど、とても静かで、危険な感じはしませんでした。一人先走るアイザックさんを言い聞かせながら慎重に塔の中を探し歩く。

「いないなぁ・・・何処に居るんだろう。やっぱ最上階かな」
     むっ。今、声がしなかったか!」
 塔の部屋を物色していたら、突然アイザックさんに緊張が走った。静かにしてみても、声らしきものは聞こえて来ない。
「………。気のせいだろ」
     シッ!!」
 今居る部屋のドアを閉めて、アイザックさんはそのドアに張り付き耳をそばだてる。すると本当に人の声が聞こえてくるじゃないですか。


「じゃあな。後悔しても知らないゼ〜」
 聞き覚えがある声でした。小声で皆さんにそれを伝えます。
「別に。好きに使ってくれば。じゃあね」
 盗んだお金の話でしょうか・・・・・・・・

「好きに使うだとぉおぉ〜〜〜!」
 ニーズさんが止めようとするのも間に合わず、ドアは開けられてしまいます。愛用の剣を抜きアイザックさんが威勢良く宣言する。
「悪党め!成敗してくれる!!」

 そこに居たのはエルフの男性。長い金髪を後ろで編んだ、すらりとした細身のエルフ。
 突然のことに驚きはしたが攻撃をかわし、振り向きざま鋭い蹴りで戦士を吹き飛ばす。

    息を飲みます。とても強いです!

 軽い身のこなし、蹴りの鋭さ。アイザックさんもアリアハンでは知れた戦士なのに相手にはなお余裕が見える。
「このっ・・・・・・!」
 すぐに起き上がって反撃に入る戦士の、反対から勇者も剣を突き出した。
「盗んだ金返してもらおうか」

「ひゅう。ニーズさんもかっこいい〜♪」
 僕と一緒に、まだ部屋の中から観客となっていたナルセスさんが口笛を吹いた。仕方ないなと言いながらも、やっぱりいざという時は助けてくれるのがニーズさんなのです。

「何言ってんの。誰が返すかってサ!」
「この期に及んでまだ言うか!」
 二人に対峙されても余裕を見せるエルフさんは、面倒くさそうにニ、三歩下がり、呪文を唱える仕草に入った。

「いけないっ!」
 焦った時にはすでに遅い。彼は詠唱も早かった。二人を風の刃が襲う、バギの呪文。切り刻まれ、吹き飛ばされた二人は壁に強打され、痛みにすぐには動けない。
「うわっ!これは・・・・・・!」
 ピンチを感じてナルセスさんも廊下に踊り出しました。けれど、その背後に人影。

「ラリホー」






     そうです。盗賊は二人組みだったのです。

 もう一人が朝方僕に微笑んでくれたエルフの男性。銀の髪に長い耳。髪を不造作に一つにくくった、背の高いエルフが眠りの呪文を唱えてしまった。
 ナルセスさんも、抵抗しようとしたニーズさんも、アイザックさんも、そのまま寝崩れていき、床に音を立てて倒れこむ。
 立っているのはエルフ二人と僕だけになってしまい、全身が戦慄し強張った。

「………へぇ、起きてる人間がいるとは思わなかったな」
 皮肉なのか、嬉しいのか、良く解らない語調で銀髪エルフは微かに笑った。
 僕は息を飲み、すぐにも仲間の元へ奔ろうと隙を窺う。

「おっとっと。動かないで。仲間がどうなってもいいのかなぁ」
「お金は要りません。だから、帰らせて下さい。傷の手当てをさせて下さい」
「あぁん」
 三つ編みのエルフが、「ふざけんな」と舌を打つ。

「そんな世の中甘くねー。………さて。とっとと海にでも捨てて来るか。多分もう金目のモノなんてないだろうし。こんなガキ揃いで全く。いらないっての!」
「そんな!やめてください!」
 銀髪のエルフがナルセスさんの後ろに立ち、すぐにも危害が加えられるように控えていました。僕は動くことができなかったのです。
「聞くかって。バーカ。シャトレー、この辺、塔の吹き抜けからでも捨てて来るわ」
「ま、待ってください!何でもします!僕に出来ることならなんでもしますから!」


・・・・・・・・・・・。へぇ………」
 後ろから、おもしろそうに銀髪エルフが口を鳴らした。
「何でも、ね・・・。じゃあ、やってもらおうかな。赤い少年」
 また、朝のように微笑みを浮かべて     

「クソガキはいらん」
 連れのエルフは不服をはっきり提示した。けれどその意見は飲まれずにすむ。
「いいから、酒買って来なよ。そのまま酒場で飲んだくれてもいいし」
「………。そうするゼ♪」
 三つ編みのエルフはそのまま下に降りて行った。
 そこには僕と、そのエルフだけが立っていました。
 確か、シャトレーと呼ばれていた・・・・・・・・・

+NALSES+

 目が覚めた俺は・・・・気付いたら手足は縛られ、さるぐつわも噛まされていて、そのまま床にマグロのように寝転がっていた。
 確かいきなり眠くなって(多分魔法)寝ちまったんだっけ………。

 体を動かして周りを見れば、横にアイザックもニーズさんも転がっている。



       。やばいじゃん!絶体絶命!?

 俺達こんな、始まったばかりなのにもう旅の終結?
 嫌だ    !!!助けてくれ     !!!

 もごもご、じたばた動いてみても縄は緩まないし、ほどけないし。引きちぎるような力もない。もう俺は駄目かも知れない。ああ、神様。ジャルディーノ様………。

………………………。



    んあ!

そのジャルディーノさんがいない!!!



 縛られ、寝転がるのは三人だけで、ただ一人最年少の彼だけが部屋の何処を探しても見つからない。
 アイザックは正義の戦士であって、屈辱を感じているのか怒りで顔が真っ赤っか。
 ニーズさんはあんまり動じていないのか、いつもと同じ、冷めた表情でのんびり状況を見つめている風。

 良く見れば場所は移動されていた。
 多分更に上の階だろうな。エルフ盗賊二人が根城にしているために?、部屋は少しばかり掃除の後が窺えた。
 部屋の中は暗く、窓から見える外は闇。時刻はとっぷり過ぎ、これから夜がこの国を占拠する。

 せまい部屋は物置にしているようで、樽や毛布なんかが脇に無造作に積まれて今にも崩れそうだった。そこへいきなりドアが開いて、明かりを持ったジャルディーノさんが入ってきて飛び上がる。

「すみません。こんなことになってしまって・・・・・・。あの、食べ物を貰ったので、持ってきました。口だけ外していいそうなので、今外してあげますね」
 後ろ、ドアに寄りかかってエルフの一人が監視する中での行動だった。喰った表情で不敵に笑う、銀髪のエルフが恨めしい。
「あ、でも、騒がないで下さいね。騒いだらご飯取り上げになってしまうんです」

・・・・・・・・それは困る。

 一人づつ、まずは俺から(いや、嬉しいなぁv)パンと缶詰を食べさせて貰う。





・・・・って、なんか幸せじゃん!!!?



 いやいや幸せ感じてどうする俺。
 果たしてそれでニーズさんやアイザックも食うのかかなり見ものだけど。(不謹慎)

 ふと、目の前のジャルディーノさんの笑顔に俺の動きはピタリと止まった。
「ジャルディーノさん、顔とか腫れてませんか?殴られたりしたんですか?大丈夫なんですか?」
 こっそり小声で話しかけた。なんか、顔がかわいいだけに見ていられないものがあった。
「平気ですよ。ナルセスさんも、体痛いでしょう?・・・すみません。もうちょっと待って下さいね」
 何、もうちょっとって。逃げる作戦でも考えているのかな。
 まさか何か交換条件でも飲んで・・・・・・・・

「健気だねー・・・赤い少年。立派だね」
 とてもそうは思ってなさそうな、エルフの嫌味に眉根を寄せる。
「自分はいいからってさ。たいしたモンだよ」
「ありがとうございます。シャトレーさん。頼みを聞いて下さいまして」
 いつも思うのだけど、本当にジャルディーノさんはいい人だ・・・・・・。(ほろり)

・・・・つまらないな・・・・
 エルフは聞こえるように、わざと不満を呟いた。

 嫌な空気が広がり、エルフはおもむろに近づいてくる。
 何かを察し、赤毛の僧侶は食べ物を慌てて俺の前に残し身構えた。エルフは彼を蹴りつける。
「うっ     !」
 ジャルディーノさんは弾かれて床に転がった。声は短く、けれど折った体は痛みに震えている。

「こ、この野郎っ!何すんだ!」
 思わずなじった俺に届いた一瞥。身構える暇もなく腹を蹴られて痛みに悶える。

・・・くそエルフ・・・・・・・!」
「何か聞こえたなー・・・
「や、止めて下さいシャトレーさん!」
 俺の前に立ちはだかる、僧侶の姿にますますエルフは不満そうだった。
 僧侶の帽子も落ちて、汚れたジャルディーノさんの胸元にキラリと光る石。エルフはそれを引っ張り上げてジロリと吟味した。

 赤い石を、紐で結んだだけのペンダント。
 いつも片身離さず彼が身に付けている、それは彼の母親の形見。





「いいの、持ってるじゃん」
 不敵な笑みを浮かべて、「コレ頂戴よ、赤い少年」、エルフはジャルディーノさんを見下ろした。

 ジャルディーノさんは初めて、言いようのない衝撃を見せた。
 何も言わない。唇を噛んで両手を握り締めているだけだが、相当に迷っているのが遠巻きにも見て取れる。

「なに?そんなに大事な物なんだ。コレ」
「お母さんの、形見です」
「へぇー・・・。尚更欲しいな。いいよね」

 問答無用に嘲笑うエルフの、口元は歓喜極まっていた。畜生………!

 何で、何でこんな目に会うんだ              !!
 俺もそうだけど、傍観するしかない、ニーズさんもアイザックも怒りに目だけが燃え上がる。
「何でもするって言ったしねー。約束は守らないとね。僧侶さん」
「はい・・・・・・・
 首飾りを外し、大事な形見をエルフの手に置いた。




なんてこったい〜〜〜〜!!(嘆き)




 そして更に俺は嘆くことになった。
 暫く品定めしていたエルフは、表情も変えずにそのペンダントを窓から軽く放り投げる。塔の外は海、窓の外は果てしない大海原が広がるというのに      

 微かな海の音と、奴の笑い声だけがやたらと部屋に反響していた。
「はは。ごめんね。手がすべったよ。拾ってくる?」
・・・・・・・・。拾ってきてもいいですか」

 初めて、もしかして怒ったか?と思えるような彼の声を聞くことになった。
 二人は見つめ合い、エルフは声だけ親切そうに約束する。

「いいよ、拾ってきても。………そうだな。デボネアが帰ってくる前に見つかったら、仲間、みんな返してあげてもいいよ」
「………本当ですね!」
 デボネアというのは、今は不在の相方の名前。絶対に見つからないと知っているからこそ、エルフはそう言うのだった。ここは最上階、下は荒れ狂う夜の海。
 しかも今は泳げるような時期ですらないんだぜ?
 海には魔物だって棲んでいる。もう絶望的・・・・・・


「本当だよ。約束するよ」
「お願いします」
 何故か、そのまま投げられた窓にジャルディーノさんは向って行った。下への階段はこの部屋にはない。飛び降りるつもりかと思うと冷や汗が浮かんできた。
 ゆっくり。ゆっくり。
 窓へ向う彼が、いつぞやの様に赤く揺らいだ気がして目をしばたいた。

 気のせい・・・・?それはすぐに消えてしまって。




 窓の前に立ったジャルディーノさんは、窓から身を乗り出すと暫くして戻って来た。
 びっくりさせないでよ。ねぇ・・・・・・・・

 振り返って、両手を握り締めて。大きく息を吐いたジャルディーノさんはこちらに向って手を広げた。
「ありました。すぐそこに引っかかってたみたいです」
 広げた両手の上には赤い石のペンダント。
・・・・・・・・・。お前、何をした」

 エルフの様子が変わり、笑顔が消えた。
「何って・・・何もしていないですよ。あの、でも、これで皆さん許してくれますか」
 エルフは答えず、窓の方へ。窓から下を確かめるエルフは暫く何かを考え込んでいた。

 確かに、外に飛んだような気もしたよなー・・・・・・・
 

「おたく、名前は何て言ったっけ」
「ジャルディーノです。シャトレーさん」
「何処から来たの」
「イシスです。知っていますか」
・・・・何者なんだろうね」
・・・・僕ですか?」

     ああ、どうやらこのエルフも彼の偉大さに気がついたらしい。
 でも、本人は変わらずに言うんだ。
「えっと、ただの僧侶ですよ。はい………」
 エルフは自分の中で何度か頷いて、一言、「OK」と両手をあげた。

「いいよ。仲間と帰って。金も全部返すよ」
「ほんとうですかっ!」

「やったあ!」
 俺も叫んだ。感動だ!やっぱりジャルディーノさんだよ〜!
「ありがとうございます。ありがとうございます。本当は優しいんですね」
 思いがけない台詞にエルフは吹き出していた。お手上げのポーズをすると、仲間のロープを断つ、赤毛の少年の後姿を計るように凝視していた。


 うちらのロープは外されて、やっと自由になることができた。
「サンキュー………。ごめんな。俺が至らなかったばっかりに」
「いいえ、皆さん無事で良かったです」
 アイザックは謝るがニーズさんは何も言わず、「遅いんだよ」と毒づくに納まっていた。
 素直じゃないなぁと思いつつも、とにかく助かって良かったよ………。

 まだ旅は始めたばっかりなのに、こんな所で終わりたくないよねぇ・・・・・・・・



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