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それは彼らが共に死線を超えることを運命づけられて、まだ、さほども時を置かぬ頃の―― トレスはユーグの精神の灼火を知らず、ユーグはトレスの精神の縛鎖を知らなかった、そんな心幼き頃の話。 “ガンスリンガー”と“ソードダンサー”。銃を使う者と、剣にて舞う者。名を体現した、対称的な能力を持つ二人はおおよそ、隣り合って戦うということがない。彼らは互いに、互いだけの必勝の間合いを持っており、そしてそれは、近距離と遠距離というはっきりとした違いを持っていた。 共に戦ったのは一度きりだったが、同じ実験室に通う彼らは、互いの能力を知悉していた。彼らは二人で組む際の、有効な戦い方を把握していた。トレスが火力にものを言わせ、正面から派手に打って出る隙に、ユーグは背後に回り、敵の只中に飛び込んでしまう。後は乱戦に持ち込めば、死の舞踏(ダンス・マカブル)の舞手と、死角なき眼の持ち主は、互いの身体に傷つけることなく、敵だけを効率的に倒すことができた。 その日の彼らもそうして、さほどの損害もなく帰還することができるはずだった。たとえ吸血鬼の一氏族が飛び出してきても、恐れるほどの何者もあるはずはなかった。 ……だがユーグの身体はユーグを裏切った。 「――何……っ?」 自分でも、何が起こったのかわからないうちに、ユーグは剣を取り落としていた。何度実験室で調整を繰り返しても、取り除くことができなかった例の「発作」――義手への拒絶反応が出たのだと、気づいた時にはすでに、両手は小刻みに震え、突っ張ってユーグの焦りに逆らっていた。 それを見上げて囀ったのは、戦場には相応しからぬ美しい声だった。 「どうしたの、坊や?」 それは幼さを多分に含んだ、少女の声だった。 愕然としてユーグが顔を上げた時には、淡い金の髪を波打たせ、ターコイズブルーの瞳を輝かせた、無邪気な笑顔の少女が眼前に立っている。 「お手手が痛いの? 切り落としてあげましょうか?」 「――ッ!」 痙攣する両腕をだらりと下げたまま、それでも、一撃を飛び退って避けることができたのは、骨の髄まで師匠が叩き込んだ鍛錬のおかげだったのだろう。だが、その代償としてユーグは、地に落ちた剣から遠ざかってしまった。そして両手がでたらめにぶれる身体は大きくよろけ、その場に無様に膝をつく。 自分の「発作」が、この天使のように愛らしい少女を見たために起こったのだということを、ユーグは自覚していない。少女の髪の色はユーグによく似ていた。つまり――ユーグの妹アニエスによく似ていた。 それなのに、眼前のこの少女は――少女ではなく。 「ごめんなさい、腕を斬られるのはもっと痛いわよねぇ? でも、首を斬ったらもう、痛みも感じなくなると思うわ」 にこやかに少女は囁いて、剣の如く伸ばされた爪を擦り合わせた。ユーグの腕を、幻痛が走る。妹のように美しい髪の、だが、妹を攫った奴等と同じ種族の化物。悪夢のような光景だった。 「さぁ、楽になりましょうね?」 なすすべなく見上げるユーグの顔に、爪が振り下ろされようとする―― 「“ソードダンサー”!」 叱咤の声は驚くほど近かった。そしてその叱咤がユーグを金縛りから救い上げた。 膝をついたまま、それでも片膝を下げて大きく身体をのけぞらせる。同時に黒衣のひとひらが割って入り、ユーグの視界を金の悪夢から覆い隠した。黒と、……赤い色彩で。 翻る僧衣、片手にユーグの刀を携え、もう片手を――ユーグの顔をかばうように大きく広げたその片腕。 そこに生えているのは、吸血鬼の爪の剣だ。 跳ね散った赤がユーグの頬を汚す。 いささかもたじろぐことなく、ユーグを己の身体でかばった同僚は――トレスは、貫かれた腕をねじって吸血鬼を爪ごとよろめかせる。そうして恐るべき怪力を見せつけておきながら、もう片方の手でユーグの膝に、携えた刀を投げ出した。 「ガ……“ガンスリンガー”!」 呼びかけられて振り返った顔は、感情の死に絶えた眼差しをユーグに向けた。何ひとつ、感慨も苦痛も抱かぬ瞳だった。己の身を投げ出しておいて、冷ややかにその負傷さえ眺める瞳だった。 作り物の唇が開いて、ユーグのコードネームを繰り返す。 「……“ソードダンサー”。義手は動くか? 動くなら速やかに反撃を――」 断ち切られたようにトレスの声が消える。 ユーグをかばったその腕が、根元から消滅し――地上に、ごとり、と重い音をたてて落ちた。 「……なぜ、だ、“ソードダンサー”」 鮮血ならぬ皮下循環剤を、飛沫の如く撒き散らしながら、トレスの身体は揺らぐ。 その作り物の眼差しは、わずかな――だが確かな驚愕をはらんで、振り返ったその先の光景を眺めていた。 片膝立ちの体勢のまま、膝の上の刀を引っつかみ……トレスの腕一本ごと、吸血鬼の身体を二つに割った男のことを。 「邪魔な腕だな」 トレスより更に平板な、うつろなほどに冷えた声が、かすか、トレスの瞳を見開かせる。 「邪魔な――身体だ」 義手はユーグの怒りに怯えたかのごとく、従順になめらかに動き、死の舞人は音もなくゆらりと立ち上がった。 切り口のあまりの鋭さ滑らかさに、循環剤の流出を止めることもままならぬトレスが、それでも、残った片手を腰にまわして銃を引き抜く。 だが、その銃口はユーグに向けられることはない。 よろめきながらも、戦術思考の命ずるままにトレスはユーグに背を向けて、残った敵の掃討のためにその銃を撃ち放した。 眼の前に晒された背を、ユーグの灼けつく眼差しがねめつける。 あと一刀で断ち割れるその身体――だが、ユーグの腕はすぐ眼の前の背を切り裂かず、その身体に迫る吸血鬼の拳を斬り飛ばした。 室内を重苦しい沈黙が支配している。カテリーナが拾い、常に傍らに在るよう命じた鋼鉄の人形は、今、彼女の斜め後ろにはいない。それどころか室内には、彼女の心身に気を遣うことを仕事の半ばとさえしている、心優しきシスターの姿さえ存在しなかった。 若き女枢機卿が今、怜悧ながらも全身に静かな圧力をたたえ、ひとりきりで対峙しているのは彼女の特務スタッフ――それも、現在のところ、“ガンスリンガー”を除けばもっとも若く、そして“ガンスリンガー”を除かずとももっとも扱いにくい特務スタッフだった。 「……確認します、“ソードダンサー”」 4歳年上の青年を、執務室の椅子に座ったまま見上げ、若干20歳の彼女は、低い声を押し出す。黙って敬虔に瞳を伏せた美貌の青年――ユーグは、机を挟んで彼女の前に、背筋を伸ばした直立不動の姿勢で佇んでいた。 その手には、昨日機械化歩兵の血を吸ったばかりの刀が、鞘に収まって携えられている。佇むだけで優美さを相手に伝える彼は、ダンサーの名を享けるに相応しかった。 「あなたは『目の前の腕が邪魔だったから』、それごと敵を斬り捨てた……そうなのですね?」 「――はい」 寡黙な青年は最低限の返事をしただけで、また、沈黙に戻ってしまう。物静かながら、時に狂気めいた激情の宿る、慇懃ながら、時に手のつけられない気位の高さを見せる――この野の獣のような青年を、カテリーナは掴みかねていた。本来ならば、4歳も年下の彼女に対して、ユーグは何らかの譲歩を見せるべきなのだろう。だが、陰鬱な眼差しのこの青年は、誰に対しても決して妥協せず、そして、打ち解けようともしなかった。……唯一、彼の心酔する剣の師を除いては。 実のところカテリーナは、乱心したとしか思えぬユーグの行動を掴みかねていた。“教授”に任せるべきだっただろうか……かすかな疲労と共に、そう思いつつ椅子に沈む。ふと、ユーグの伏せられたままの視線がそらされた。己の圭角を羞じたような、淡い眼差しだった。 剃刀のごとき己の鋭気を抑えきれず、覚える苛立ちや焦燥について、カテリーナは覚えがあった。この男にも、自分でもどうしようもない「何か」があるのかもしれない――どこか似通った境遇の青年を見上げてだが、彼より更に幼いカテリーナに何が言えるはずがない。室内の沈黙が膠着状態に陥りかけた時、イヤリングが鳴った。 「シスター・ケイト?」 耳に手を当てて首を傾げる。 <お話中に失礼致します、カテリーナ様。ヴァーツラフさんから通信が入っておりますわ> ――ヴァーツラフ? 意外といえば意外な名に、カテリーナは眉を寄せる。 「繋いで頂戴。――ごめんなさい、通信が入ったわ」 何となく救われたような気分になって、カテリーナはユーグに頷いてみせた。一礼したユーグが待機するその前で、あの深く穏やかな声を待つ。 <失礼致します、猊下> 流れてきた声が、カテリーナの身体からかすか、力を抜いた。 「構いません。何か問題ですか?」 <“プロフェッサー”から話を聞きましてね。……苦労しておいでではと、彼が心配しています> 「まぁ……」 おそらくヴァーツラフは――“ノーフェイス”は今、教授の実験室にいるのだろう。親友たる彼ら二人が、眠るトレスを前に、低い声で言葉を交わすその姿が、まざまざと浮かび、カテリーナの目元をほころばせた。やわらかなその表情を認め、ユーグが少し驚いたように目を見張ったが、カテリーナはそれには気がつかなかった。 「よくわかりましたね。苦労しているのは確かです」 <よろしければ、神父ユーグにもこの回線を繋いでいただけませんか? 何分、ウィリアムが先ほどから苛立っているらしく、パイプの煙がこちらまで――> 会話が一度途切れる。回線の向こうで、何か一悶着あったらしい。ふと、彼らの出会いの頃を思い出し、カテリーナはやわらかく溜息をついた。今ごろ、回線を仲介しているケイトは笑いをこらえていることだろう。 「わかりました、許可します。――シスター・ケイト、聞こえていますね? 回線を“ソードダンサー”に開いて下さい」 <承りました> 名を呼ばれたことと、ケイトの涼やかな返答が己のイヤーカフスから聞こえてきたことと、どちらにより驚いたのだろうか。ユーグは弾かれたように顔を上げる。 だがその驚きも、続いて聞こえた声への動揺に比べれば軽いものだった。 <神父ユーグ、聞こえていますね? 神父トレスの命に別状はありません。ウィリアムが今様子を見ています> 「……ハヴェル神父」 動揺と、与えられた報告に対する安堵と、そしてくすぶる眼の奥の怒り――……刹那、主君の面前であることも忘れた様子の“ソードダンサー”を、カテリーナは黙然と眺めやる。 <神父トレスは貴方を護りましたが、己を護ることはできませんでした。貴方は己を護ることもできず、神父トレスを護ることもできませんでした。どちらにより非があるかは、わかっていますね?> 「それはっ――」 <後ほど、神父トレスから貴方へ謝罪をさせます。貴方は神父トレスの所有者であるミラノ公に、そこで謝罪すべきです。……違いますか、ユーグ?> 穏やかに問い掛ける、深沈たる声の奥、思わずすくむほどの厳しさを感じてカテリーナは眉を寄せる。少なくとも、主たる女性の面前で、先輩が後輩に言うべき言葉でもないような気がした。一度ユーグを下がらせ、説き伏せてからもう一度、カテリーナの下へ赴かせればすむべきなのに。 苦労人たるヴァーツラフのやることとも思えない。 ユーグはその不自然さにも気づかぬ様子で、ぎしり、と歯を噛み締める。だが、空気が緊張で飽和するその一瞬前に、何気なく付け加えられた、“ノーフェイス”の一言がユーグに、そしてカテリーナに息を飲ませた。 <……己の無力に憤るならば、訳知らぬ子供の腕ではなく、己の腕を斬り落とすべきだったのですよ……神父ユーグ> 「――申し訳ありませんでした」 俯いたまま、搾り出された若々しい声は、打ちひしがれて掠れていた。 かけるべき言葉が見つからず、カテリーナは黙って手を振る。一礼し、逃げるように部屋から去りゆくその背中に、だが、言わなければならない言葉がもうひとつだけ残っていた。 「“ソードダンサー”」 びく、と、扉の取っ手にかけられた手が震える。……持ち主の言うことを聞かぬ、作り物の手が。 「貴方が斬り落とすべきは、“ガンスリンガー”の手でもなく、“ソードダンサー”の手でもなく、私の手だったのかもしれませんね」 「……何を……」 掠れたままの声が震え、振り返る前に、カテリーナは視線をそらしてユーグの翠瞳から目を背けた。彼女にはわかっていた。“ノーフェイス”が敢えて、カテリーナにも回線を開いたそのわけを。……彼が彼女に突きつけた、彼女の傲慢を。 「彼に、己の安全より“同僚”の命を優先して護るよう命じたのは、私ですから。貴方の怒りの責任は、持ち主である私にあります。 ……今度から、斬りたくなったら私の腕をお斬りなさい」 世界そのものよりも大切な、すぐ命を粗末にするたったひとりの、銀と蒼の孤独な人。 その人さえ護れるならば、彼女は己の手に入れた人形など、何度でも壊してためらいはない。 そしてトレスは、カテリーナの命に決して逆らいはしなかった。 返る言葉はなく、ただ、よろめくように軋んだ扉が、音立てて閉められる。 優美と無音を誇る“ソードダンサー”が、扉の音で無様に空気を震わせる様を、カテリーナははじめて聞いたのだった。 ヴァーツラフが、イヤーカフスを弾いて実験室内に戻ってきた時、室内にはもうひとり客人が増えていた。 「神父トレス? ……もう起きていて大丈夫なのですか?」 「肯定。損傷部の断線は完了している」 小柄な身体、その僧服の左腕に実体はない。ただ袖だけが、頼りなく空調に揺れていた。 ケイトは“ノーフェイス”“ソードダンサー”そしてカテリーナにのみ回線を開いていた。だが、“ガンスリンガー”の鋭敏な聴覚センサーは、室外の“ノーフェイス”の声を聞き取っていたかもしれない。だが、トレスはそれを表明せず、ヴァーツラフもまた、問おうとはしなかった。 「……またきついことを言ったんだろうね、ヴァーツラフ?」 パイプの煙を吐き出すことで、うまく溜息を押し隠した教授が、ヴァーツラフを上目遣いにちらりと眺めやる。 「貴方だったら、あの状況で慰めて欲しいと思えましたか、ウィリアム?」 対象を隠しての会話には、限界があった。教授は黙って肩をすくめ、それから、佇んだままのトレスをデスクから見上げた。 「神父トレス、ユーグがまたヴァーツラフに叱られたようだよ」 「……」 反応を選ぶような沈黙が、隻腕の派遣執行官の上に降りる。だがやがて、新米の機械化歩兵は無表情なその顔を、先輩の機械化歩兵へと向けた。 「ハヴェル神父。卿が『叱った』というその詳細は? 俺に聞く権限があるのであれば、回答の入力を」 トレスにとっても、ユーグの突然の暴走は理解しがたいものに映ったのだろう。対してヴァーツラフの返答は、穏やかにして実にわかりやすいものだった。 「神父ユーグは、己の義手の不調を己自身でカバーすることができず、結果、貴方の片腕を喪いました。その結果に対して私は、少し反省を促しただけですよ」 「なぜユーグがトレスの腕を飛ばす必要があったのか」という点には触れず、ただ結果だけを述べたヴァーツラフの言葉を、トレスは分析する。だが、ヴァーツラフの説教は、ユーグ相手だけにとどまるものではなかった。 「そして神父トレス、貴方は神父ユーグの義手の脆弱性を事前にレクチャーされていながら、五体満足にそれをカバーすることができなかった。……そうですね?」 「肯定」 驚くほどあっさりとしたトレスの返答だった。事実を事実以上のものとして「感じる」ことができないHCシリーズだからこその、潔さであったろう。 「ヴァーツラフ……」 珍しく苦い顔をした教授が、パイプを噛むその歯の間から、親友の名を呼ぶ。 「何です、ウィリアム?」 どうもこの「義父」は「息子たち」に甘い。そう感じてはいたが、ヴァーツラフはそれを口に出すことなく、ただ、名を呼び返すに留めた。「息子たち」のことを知り尽くしているからこそ、きつく言えないこともあるのだろう。今も、教授は己を納得させられないままに、口を開かざるを得ないのだった。 「神父トレスの行動はいわば仕様だ。実際、ユーグの生身の身体より、神父トレスの腕一本の方が安上がりなんだ。その件で彼を責めるわけには――」 「私は、神父トレスが神父ユーグをかばったことを責めているわけではありません。もっと良い方法があっただろう、と主張しています。……わかっていますね、トレス?」 若い頃に激論を戦わせた時のように、ゆるやかな手振りで教授を黙らせて、ヴァーツラフはトレスへと視線を振る。トレスはしばし、返答しようとしなかった。やがてどこか気乗りしない様子で開いた口は、ヴァーツラフへの抗弁を放った。 「――2014分前の戦闘記録について32通りの代替案を分析したが、いずれも、あの状況で“ソードダンサー”の刀を拾い、同時に彼の安全を確保するにおいて、俺がとった行動以上の成功確率は見込めなかった」 最上の策だった、とトレスは主張する。だがヴァーツラフの返答は冷ややかだった。 「ですがそれに対して、神父ユーグは貴方の片腕を斬り飛ばすという行動に出た。……それは最上の結果でしたか?」 「――――…………否定」 通常の人間ならば、「他人のことなど知ったことか」と反論していたかもしれない。だが、それは“ガンスリンガー”には許されぬ返答だった。 「生きた人間と共に行動するということは、気心の知れた――同じ思考回路を持ったHCシリーズと共に戦うようには行きません。敵のみならず味方からも、思いもかけぬ反応というものは返ってくるのです」 「俺は通常人(ノーマル)と共闘した経験に乏しい」 感情は死に絶えたように素っ気ない――だが、どこか困惑したようにも取れるトレスの声だった。 「特にヴァトー神父は行動を推測しにくい。……俺では二人一組(ツーマンセル)での任務に適していないということか?」 戦闘のために生まれてきた人形が、戦闘に向かぬと断定されることは、存在意義を否定されることに等しいのだろう。さて、どうしますか、と視線で尋ねられて教授はヴァーツラフを、ひそかに睨み返した。彼が教授に花を持たせようとしていることに、気づいたのだ。 ヴァーツラフは無言で、片方の眉をかすかに上げてみせる。わかったよ僕から説得するよ、と顰めた眉で伝えておいて、教授はトレスに向き直った。 「……神父トレス」 パイプの煙と溜息を吐き出し、教授は小さく肩をすくめる。無表情に見返すトレスの顔を、覗き込むと彼は、噛んで含めるように言い聞かせはじめた。 「ユーグはなかなか気性が烈しい上に気分屋で集団行動も得意ではなく、しかも落ち込む時は恐ろしい勢いで落ち込む子でね。君には実に扱いにくいと思うが、それでも、彼は与えられた課題にふさわしい実力を示しているだろう?」 「肯定。俺も“ソードダンサー”の戦闘能力を低く評価してはいない」 「だが人間と機械が共同作戦を取るためには、互いに譲歩や協力が必要だ。それも理解できるかね?」 敢えて、トレスが理解しやすいようにトレスを「機械」と表現した教授に対して、トレスはやはり素直に「肯定」と答える。 斜め後ろから穏やかな眼差しに見守られていることに、言いようのないくすぐったさを感じながら、教授は最後の一歩を畳み掛けた。 「では、どの行動が最適であったか、ユーグと話し合ってみてはどうだろうね?」 HCシリーズにしては実に長い、3秒半の沈思ののち、トレスは「了解した。これよりヴァトー神父の捜索に向かう」と律儀に宣言して立ち上がり、二人の年長の神父に内心、ほっと安堵の吐息をつかせたのだった。 |