同じ時代を生きるということ 



死者のようだ、と思った。きらきらと瞳に星の叡智を宿したまま、天を見上げて横たわるエルフの姿を。


「眠れないのかい、ギムリ」
唐突にその唇が開く。
覗き込んでいた顔をのけぞらせたドワーフは、何とも言えない照れを感じてぶっきらぼうに、「そんなことはない」と髭の中でつぶやいた。
「なら少しでも寝ておきたまえ。夜が明けたら、わたしは容赦なく君たちを起こすからね!」
レゴラスの声はひそめられていた。隣で眠るアラゴルンを、起こすまいとしてのことである。
ピピンとメリーを探してオークを追う旅は、3日目に突入していた。ギムリもアラゴルンも、疲れきっていた。ただひとり、普段と変わらぬたたずまいを見せているのがこのエルフだった。頑健さを売りとするドワーフにとっては、なんとも悔しいことであった。
「……あんたは本当に、どこにいたって変わらないな」
ドワーフはごろりとその場に転がった。本当に、このエルフは常に闊達で、そして美しかった。多少埃にまみれはしても、体機能がそも通常の生物とは違うのか、どう考えても、汗や垢に汚れた様子はまったく見られなかった。
「変わっていくんだよ、前にも言ったろう。わたしも変わっていく。ただそれ以上に、恐ろしいスピードで周囲が変わっていってしまうんだ」
レゴラスは両手を胸の上で組み、行儀良く横たわった姿勢でじっと天を見上げていた。
ギムリはそれを見て、船に乗せられ流れていったゴンドールの子の骸を思い出した。アンドゥインは彼を受け入れたであろうか。その魂は、やすらかに旅立っただろうか。
(本当に骸のようだ)
夢見るように開かれたままの瞳を、じっと見る。それが不意にくるりと、顔は動かぬままこちらを見た。また少し、うろたえる。
「あんたは、」
うろたえながらギムリは口を滑らせた。
「あんたは、その、ちゃんと息はしてるだろうね?」
彼が崇敬してやまぬガラドリエルは、第一世代のエルフだという話だった。つまりそれは、10000年近い時を過ごしているということだ。彼女は10000年前から、ああも生きとし生けるものを超越した存在であったのだろうか? いやそんなことはありえまい。
だがガラドリエルは、森の奥方は、この1000年間はきっと、あのままの彼女であったことだろう。
今から1000年後と言えば、ギムリが子を育み、死に、子が孫を育み、孫が……ひ孫がやしゃ孫が、死んだ頃にやっと、たったかたたないかといったところではないだろうか。彼女はそんな長い間、不変の存在であったのだ、
……ではこのエルフは?
「あんまりあんたが変わらないもんだから、わたしは時々、あんたが息をしてないんじゃないかと思ってしまうんだ」
名の如く緑葉の瑞々しさを保つ、第3世代のこの、もっとも若いもののうちに入るらしいこのエルフは、1000年後にも若々しく瑞々しいままなのだろうか?
爪も髪も伸びず、穏やかに腰掛けているだけで一週間が過ぎ去るこの美しい生物は、


……それは、このギムリと共に、同じ時間を生きてくれていると、いえるのだろうか?


「ギムリ、」
両手を突いてひょいと、うつぶせに身体を起こしたレゴラスはそのまま、ギムリの顔を覗き込んだ。
「すまない、変なことを聞いたねわたしは」
背を向けようと寝返りをうちかけて、肩を掴まれる。
「レゴラス?」
気がつけば目の前に、おそろしく綺麗な顔が迫っていてギムリは度肝を抜かれた。
ふっ、と触れ合わんばかりに近づいた唇が唇に、軽く息を吹きかける。
「してるだろう?」
「え?」
「息、だよ」
眠気を誘うような、それだけで奇蹟のような、魔法のような声。
「……あ、ああ、」
「ギムリ、ギムリ、いったい君は何が不安なんだい? 君には、わたしが死んでいるように思える?」
「わたしにもよくわからないよ」
少しだけ離れた、だが相変わらず眼前にある顔に、宿る星の光を見ながらギムリは話し出す。魔法にかけられたように、よく心でまとめていないことさえも。
「でもレゴラス旦那、わたしには何だか、あんたがあまり長く生きすぎて、生きているのか死んでいるのかわからなくなったりしないかと、不安になるんだ。わたしや、アラゴルンや、皆が死んでしまっても、あんたひとりが何も変わらず生きていって、いつか、エルロンド卿やガラドリエル様のように、他の人からかけ離れた、とても高いものになってしまったら、
 ……なんだかそれは、生きているあんたとは、言えないような気が……したんだよ」


レゴラスは、つっかえつっかえ話すギムリをじっと見つめていたが、ややあってやんわりと笑って言った。
「でも、わたしには君がいるもの」
「どういうことだい?」
「ねぇギムリ、君は、うすぼんやりとしてじめじめした洞窟――ああ、いや、君はドワーフだね、ではこう言い換えよう、うすぼんやりとしてじめじめした森林、を一ヶ月間さまよっている間、ある一日だけ、強烈に陽光の差し込む美しい花畑を見たら、その記憶は一生忘れまいね?」
「忘れまいとも」
「わたしも君を一生忘れはすまいよ、ドワーフ殿!」


レゴラスの微笑は壮絶におだやかで美しかった。


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