同じ時代を生きるということ
「ねぇギムリ、ギムリ、君の鼓動が1日に1度しか動かなくても、君は確かに生きているね? わたしの変化は何千年としてゆるやかだけど、わたしは確かに生きているよ!
こうして君と話した一夜は、すぐにはわたしを変えないかもしれない、けどね、ギムリ、君は数千年後のわたしをまったく変えてしまっているだろうよ!」
ドワーフは疲れを忘れ、横たわったまま手を挙げてレゴラスの髪に触れた。甲冑を纏ったままの身体は、レゴラスの髪を甲冑の狭間にひっかけた。焦って退こうとしたその手をしっかり掴まえて、レゴラスはもう片手でギムリの髪を撫でた。
「レゴラス……レゴラス、わたしにはわからないよ、わたしは200年もしたら死んでしまうだろう、それだってドワーフには長い生ではあるのだけど。
その後あんたはどうなってしまうんだろう? わたしは不安なんだよ、レゴラス、あんたを置いていくのが不安なんだ」
言ってギムリははじめて、自分がそう思っていたことを自覚した。日毎、旅の仲間に出会えたことを恥じらいなく真っ向から喜び感謝する彼を、見るにつけて、ギムリは不安だったのだ。自分たちはこんなに愛されて良いのだろうかと、いつか置いてしまう者たちをレゴラスはこんなにいつくしんで良いのだろうかと。
「ああ……わたしにもそれはわからないよ、だってわたしはこんなに誰かを好きになったことはないのだもの」
レゴラスは困ったように笑った。
「けれども、わたしはきっと大丈夫だよ、薄暗がりをずっと歩き続けるエルフの身に余るほどの、まぶしい光を今、わたしは毎日浴びているもの。君は、君たちはわたしの、一瞬だけ差し込んでくれたとてもまぶしい光だよ、それはきっと、この先数千年、思い出の中でわたしを照らしてくれるもの」
レゴラスは、ギムリの手を髪に添えさせたまま、不意に体を折って、鎖帷子をまとったギムリの胸に頬を当てた。
「レゴラス! 余計髪が、」
「いいんだギムリ、いいんだよ、」
祈るように体を折ったまま、頬を鎖帷子に押しつけて髪を絡ませたまま、レゴラスはじっと、眠る時も閉じぬその瞳を閉ざしてしばし、己の尖った耳を傾ける。
「ドゥリンの子よ、君はわたしの喜びだ」
ギムリの鼓動が早くなったことを、エルフの敏感な耳は聞きつけただろうか。
「君の生はわたしには一瞬だ。けどね、ギムリ、
……わたしの中に喜びは永遠に続くんだよ、君という風変わりなドワーフと出会えた、というそのたったひとつの事実がもたらした、喜びがね」
思わずギムリは、手甲のままで、レゴラスの髪をきつく握りしめた。
(しょうがないエルフだ)
土とのみ岩とのみ、向き合ってきた己がこんなに誰かを愛しいと想っている。
仇敵のはずのエルフをこうして腹の上に、頭など乗せさせて撫でてやっている。
エルフの魔法に惑わされたとしか思えない。
(しょうがない、本当にしょうがない馬鹿エルフだ)
よりによってドワーフを、よりによって人間を、よりによってホビットを、どうしてこんなに好きになってしまったのかこのエルフは。こっぱずかしいほどに、全身から「好き」が溢れかえって垂れ流しになっている。
(しょうがない)
溜息をついて天を見上げる。
(しょうがない、わたしも一生この馬鹿につきあうとしようかね)
歌いながら森をさまよい、雨が降ればたのしげにずぶ濡れになり、果実酒は樽ごと抱えて呑み、歩きながら目を開けてぐーぐー寝る生物など、誰かがついていなければ、自分の森はともかく一般社会でやっていけるはずがない。
(つきあおう)
魅入られたのが運の尽きだ。
いきなり人の中に飛び込んで来て、しっちゃかめっちゃかにすべてをかき回してごちゃごちゃにしたこのエルフに、一生をかけてやるのは奇妙に、悪くないことのような気がしてギムリは笑った。
「グローインの息子、ギムリ」
冷ややかなアラゴルンの声に眼が醒める。
いつのまにか東の空に深紅の太陽が昇っていた。
起き上がろうとして、腹の上で悲鳴があがる。
見ると、鎖帷子に髪を挟まれてぐちゃぐちゃに絡ませた金髪のエルフが、目に涙をためてギムリを見上げたところだった。
その頬には見事に、鎖の輪の跡がびっしりとついている。
「仲が良いのは非常に結構だが、こんなくだらんことで追跡の手をゆるめなければいけない私の気持ちにもなってくれ。何より、君は友情というものをなんだと心得ているのだ。三人一緒に行動しているのにふたりだけ抜け駆けでいちゃつくのはやめてくれ。私も混ぜるのなら問題ないが」
何気なく、最後の方で思いっきり本音を吐いてアラゴルンは、起き上がることもできないレゴラスの髪に手を伸ばし、一本一本、丁寧にそれを外しはじめた。
「わ、わたしも手伝――」
「あイタ!」
「寝ていたまえ、棒キレのように」
黙々と作業を続けるアラゴルンと、べそでもかきかねない勢いのレゴラスの下で、ギムリはおろおろとふたりを見比べた。だがそのうち、レゴラスのでこぼこした頬がおかしくてつい、笑いはじめる。
「笑い事じゃないぞ、ギムリ」
「笑い事じゃないよギムリ旦那!」
同時に起こった抗議の声に、一泊の沈黙が流れ、そして、弾けるような三人揃っての笑い声がたちのぼった。
太陽が頭上高く上った頃になって、一行はやっと出発の準備を整えた。
まだうっすらと環の跡をつけているレゴラスが、前に立って歩きはじめた一瞬の隙に、ギムリにかがみこんだアラゴルンが早口で囁く。
「私が死んだら、しばらくはあんたの一人占めと思うと、ひどく悔しいよ。
可愛がってやらなかったら、わたしが化けて出ると思いたまえ」
レゴラスが振り返った時には、アラゴルンはすでに何事もなかったような顔でギムリの横をすり抜け、彼の方角へと歩き出したところだった。
「……アラゴルン!」
後を追って駆けながら名を呼ぶ。
振り返ったアラゴルンに、手に持つ斧を、何かを切り払うように横に薙いでみせて言った。
「そういう物言いを、我がドワーフ族では『言わずもがなのこと』と言うがゴンドールでは?」
「……フ、」
笑ってアラゴルンは背を向けた。
「たしかにゴンドールでも、『言わずもがなのこと』だ」
「何のことだい?」
レゴラスがふたりに割って入る。ヒミツだと笑うアラゴルンに本気で腹を立て、
「ひどいね、ふたりでいちゃつくのは禁止だって言ったくせに!」
駆け出すレゴラスとそれを追うアラゴルンを、ギムリは眺めて少しだけ、変に泣きたいような気分で笑ってゆっくり後を追いかけた。