この戦いが終わったら
苦痛に満ちた闘いは、いつ終わるともしれなかった。エルフとドワーフとドゥネダイン。種族も年齢も違う彼ら三人は、その闘いの中、終始行動を共にした。一行の離散、死別、常に変動したメンバーの中で、ギムリとレゴラスだけは、アラゴルンの傍らを離れることがなかった。
森の中で火を囲み、ふと一瞬の穏やかな沈黙が訪れた時。あるいは、テントの一隅にうずくまり、エルフの歌に耳を傾けた時。馬上で粗末な食事を取りながら、はるか稜線の向こうに思いを馳せた時。
そんな時、彼らは互いの種族について聞き合い教え合い、互いの家族や習慣に聞き入りまた語り、そして、互いの身に訪れる未来について思いを巡らせた。そんな時、闘いは苦ではなくなった。
彼らは決して口には出さず、だが心の中で時折そっと、この悲しみと憎悪に満ちた空気に感謝の言葉をつぶやいた。彼らが出会えたのはこの空気のゆえだった。闘いが続く限り、彼らは共に在ることができる。
……闘いが続く限り、共に在る時間もまた続く。
彼らはそんな、迷信じみた想いに狩られ、そんな自分に困惑した。そして願った。願わくば、他のふたりも少しでいいから、同じ想いを抱いていてくれますように――と。
ドゥネダインは船に分乗した。だが、ギムリとレゴラスは未来の王の船に同乗した。アラゴルン自身が、強くそれを望んだこともある。また、彼らはそれぞれの種族を代表してこの闘いに参加していた。互いに、ひとつの国の王の子であった。それがゆえに、アラゴルンは王権を主張する己の傍らに彼らを置いておかなければならなかった。ふたつの異種族が、彼を支持していることを示し、ふたつの異種族を、彼が重く用いていることを示すために。
ミナス・ティリスは遠く、赫々と不吉に照り映えていた。エルフの輝ける瞳はそれを確かに見つめていた。あまり熱心に見つめているように見えるので、アラゴルンはとうとう声をかけた。
「レゴラス、なにか見えるか」
返答はなかった。
常に共にある双子、エルロヒアとエルラダンが、顔を見合わし、ついでそっとレゴラスの肩に触れた。彼らには、レゴラスが眠っているわけではないことがわかった。
レゴラスは少し驚いて振り返り、ゆっくりとまたたいて一同を見渡した。
「……レゴラス、」
「あ、すまない……少し考え事を」
その瞬間、クァ、と夜気を破る声が聞こえて、エルフ3人ははっと顔を上げた。
「鴎…」
ギムリが口元を歪める。
「…もうじき朝だ」
「風が変わると良いが…」
何かを振り切るように双子が言い合う。
それも聞こえぬかのようにレゴラスはただ、空を見上げて鴎の姿を探していた。熱病のような光がそこにある。
「……見えないよ、レゴラス。闇が深すぎる」
手を伸ばし、アラゴルンはそっと、背後から手探りに、レゴラスの目の上に両手を置いて彼を引き寄せた。
しばらく、誰もが沈黙していた。彼らは知っていた。このエルフの身の上に、起こらざるべき変化が起こってしまったのだということを。
「なぁレゴラス、この戦いが終わったら――」
その格好のまま、アラゴルンがぽつりと切り出した。炎上するミナス・ティリスへ、向かい風の中絶望と戦いながら、逆巻く河を渡っている。なのにこの船の上は、奇妙な静寂に充たされていた。
「終わったら、何です? アラゴルン」
やわらかな声とともに手が挙がり、そっと、目の上のアラゴルンの手をなぞった。それは何となく、周囲の人間の顔を赤らめさせるような風景ではあった。レゴラスは、アラゴルンが「馴らした」せいで、その手のスキンシップに抵抗を感じはしなかったが。
「この戦いが終わったら、」
おだやかに繰り返したアラゴルンの瞳の真摯さに、物堅い一面を持つギムリは口を差し挟むことを控え、船べりへとひとり、背を向けて歩き去ろうとした。だが、聞こえてきたアラゴルンの返答は、ギムリの想像の範疇を大幅に逸脱した。
「私の愛人にならないか?」
次の瞬間、ギムリはうつぶせに倒れていた。