オコサマたちのしがれっと――2




「……そんなこと、思ってないです」
「そうですか?」
「思ってないったら!」
「――銀次クン?」


たしかにこの人だって、殺す人間ぐらい選ぶだろう。腹が立ったからってすぱっと斬り捨てる、なんてことはあるまい。
だけど実際、この殺人鬼を一体誰が、心から信用できるというのか。
一緒に仕事をしていたレディ・ポイズンさえ、この死神の仕草ひとつひとつに神経を尖らせ、視線があっただけで緊張するというのに。
まるで信じきっているかのように、ごくあたりまえのように――シガレットチョコなど口につっこんで、皮肉のひとつも言える男が、この人の傍にはいるのだ。


拳を握り締めて黙り込んでしまった銀次を、不思議そうに観察している赫の瞳を見上げ。
「赤屍さん、」
「――何ですか?」
「オレ、……オレも、」
言いかけて言葉が見つからず、沈黙する。
「……銀次クン?」
用がないならさっさと進みますよ、と視線が問いかけてきたのに気づき、
(――子供だ、オレって……)
なんとなく、情けなさに泣きたい気分になる。
もっとも、この視線の前で泣きたくはなかったから、涙のかわりにつっけんどんな声を出し、
「――なんでもない。行きましょう」
く、と口をへの字に曲げて隣をすり抜けた。


「ねぇ銀次クン、」
「はい」
この人はまるで猫のようだ。気まぐれで全然言うことなんて聞いてくれないくせに、こうしてこっちが邪険になると、不思議とすり寄ってきたりする。
「溶けますよ」
「え?」
「シガレットチョコ」
「……」
手の中に握り締めた煙草の箱は、少し、曲がってしまっていた。中の煙草も折れ曲がっていることだろう。
「――溶けちゃえばいいんだ」
思わず声に出してつぶやくと、不思議そうに赫瞳が覗き込んでくる。
「食べないんですか?」
「食べません」
「せっかく私があげたのに?」
少し声が不機嫌になったようだ。一瞬腰が引けるが、踏みとどまって、
「食べないよ」
ぷい、と横を向いた。
「じゃあ、返してくださいよ」
「返してどうするのさ。赤屍さんだって食べないでしょう」
「食べますよ」
「嘘吐き」
「どうして嘘をついているなんて思うんです?」
「とにかく、返さないから」
「なぜ?」
「何だっていい!」
「良くありません。私が馬車から貰ったんですから」
『馬車』――ミスター・ノーブレーキ!?
銀次の歩みが止まる。
明確な攻撃対象を持った負の感情は、はっきりと、「嫉妬」という形をとって銀次に押し寄せた。
「――その赤屍さんからオレが貰ったんだから、これはオレのだよ」
「じゃあ、食べなさい。もったいない」
「オレの勝手でしょ」
「――銀次クン?」
何度目か。名を呼ぶ声の響きは、極上の微笑と裏腹にひどく物騒だ。
いい加減にしなさいよ? と無言の圧力をかけてくる赫瞳から、ふいと視線を逸らし。
黙って一本取り出すと、溶けかかったそれを、紙を剥いて適当に口に放りこんだ。


「――最初からそうやっておとなしく食べていればいいんです」
つん、と顎を上げて見下ろす微笑の形の唇。
返事の代わりに、不意に手を伸ばしてうなじを無遠慮に捕える。
「――銀次クン?」
先程とは違う、おかしげな、不思議そうな声。
「――食べるんでしょ」
「何をです?」
「シガレットチョコ」
「ああ、それは――?」
その唇が小賢しいへ理屈をこねる前に――銀次は自分の唇でそれをふさいだ。


「――ン、」
さすがに少し驚いたように身体が離されかけたが、渾身の力を右手に込めて離さずに、軽く開かれたままの歯列の間に舌を割り込ませる。
溶けかかったシガレットチョコが、砕けて舌に乗ったまま、絡んだ赤屍の舌になすりつけられた。
逃げる舌を追い、閉じる歯をこじ開け、やわらかい口内をカカオに染めていく。
「――フ、」
振り切るように唇を離した赤屍が、うっすらと赤く染まった目元できつく銀次をにらんだ。
「何の真似ですか」
「馬車さんって人がせっかくくれたチョコレートなんでしょう。食べてあげなきゃ」
「なんでキミに食べさせられる必要があるんです」
「美味しくなかった?」
「銀次クン、」
「はい」
「――もういいです」
何を言っても無駄だと悟ったらしく、音を立てて翻された黒の長衣は、素晴らしいスピードで遠ざかっていく。
それを小走りに追いかけながら、
「もう一本、いります?」
「結構です」
「赤屍さん、腹立てました?」
「ええ、それはもう」
「……オレのこと、斬る?」
「……」


じろり、と睨まれたが、メスが手に出現する気配はない。
銀次は気がつくと声を立てて笑っていた。
「――何を笑っているんですか」
「嬉しくて」
「ですから、」
「美味しかったから」


「美味しかったから、すごく」


「――チョコレートが?」
「うん」
「……子供ですね」
「そう思う?」
「ええ、抜群にそう思います」


怒る気力も失せました、と憎まれ口を叩いて先に進む、見事なボディラインを慌てて追いかけながら、胸中に誓う。
見ていろよ、ミスターノーブレーキ。
子供には子供にしかできないやり方ってものがあるんだぞ、と。


その頃、阪神高速上のトラックの運転席で、ひとりの運び屋が盛大にくしゃみをしたかどうかは――定かでない。


Fin