オコサマたちのしがれっと――1




きゅるるるるるるる――……ぅぅぅぅ


車のエンジン音か、と立ち止まって怪訝そうに、その細い眉をひそめた赤屍は、振り返って顔を真っ赤にした銀次の姿を認めた。
「……どうしました、銀次クン」
にっこり、と笑ってみせる。MAKUBEXの元にたどり着くまでの、一時的なパートナーは、うなだれてひどく言いにくそうにもぞもぞしている。
「――……お手水ですか?」
「お、お調子?」
「お手洗いですか?」
「あ、い、いえ、違います」
「では、他に何か困ったことが?」
「ええと、」
更に言いよどむが、ちらり、と赤屍が目元に苛立ちを見せると、それだけで戦々恐々たる様子で銀次は言葉を継いだ。
「あ、っあの、さっき、音がしたの気にしてたなぁって、赤屍さん」
「? ……ああ、ええ。何の音か気になったものですから。それが何か?」
「あー……あれ、あの、オレなんです」
「……は?」
「オレの。……オレの腹の音、……なんです」
「……キミの?」
さすがに意表を突かれた表情で沈黙する赤屍に、銀次はますます真っ赤になる。髪の生え際までゆでだこのようだ。
別に腹の音ぐらいで――たしかにちょっと人並みはずれた音だったが――そんな赤くなることもなかろうに、と呆れる赤屍は、銀次が自分に対して、かなり複雑な感情を抱いていることに、まったく気づいていない。ただ、赤くなったり蒼くなったり、急に良いところを見せたがったりやたら自分を制したがったり、かと思うと怯えて逃げまくったりするのを、面白がって観察しているだけだ。面白いことは面白いが、逆に言えば、ただ単に「面白がっているだけ」だとも言える。
赤屍の呆れた表情を、自分の腹の音に対するものだと解釈した銀次は、急に、ややむきになって反論を始めた。
「だ、だってしょうがないじゃないですか、オレ、電撃飛ばしたら腹が減るんだし、そ、それにほら、腹が減っては――ええと、」
「戦はできぬ」
「そうそう、戦はできないんですよ!」
「してくれるんですか?」
「――え?」
「イクサ」
「――ちょ、ちょちょちょっと待ってください、いいですか、オレと赤屍さんは味方同士なんですからね! 戦ったりはしないでいいんですからね」
ここで、「ベッドの上でなら」とか即座に返せたならば、赤屍も多少は「オトナの男」として銀次を見てくれるであろうに、真っ青になって後ずさったりするものだから、雷帝銀次にしか注目してもらえなくなるのである。
果たして赤屍は、つまらなさそうに鼻を鳴らすとくるり、と背を向け――
少し考え込むと、コートのポケットをまさぐった。
「あのぅ――あ――赤屍さん?」
「ああ、あった」
銀次を無視して赤屍がポケットから引っ張り出したのは、煙草の箱らしきものであった。
「……赤屍さん……煙草、吸う人なんですか?」
「意外ですか?」
「すごく意外です」
「でしょうね。吸いませんから」
「……………………」
「どうぞ、銀次クン」
無造作に投げられた煙草の箱を受け取って、銀次は途方に暮れた。
「……あの、赤屍さん、これをオレにどうしろと……」
「お腹が空いているんでしょう? よくご覧なさい」
言われて箱をしげしげと見やる。ややあって、ぱか、と開けてみて、しばし絶句した。
「ね?」
「『ね?』って言われても……なんでこんなもの持ってるんですか、赤屍さん?」
箱の中に綺麗に詰まっているのは、昔懐かしいシガレットチョコだ。
「もらったんです」
「……誰に?」
なんとなく不安げな面持ちになった銀次を、不思議そうに見返して赤屍は答える。
「よく仕事で一緒になる運び屋ですよ。ヘヴィスモーカーで、仕事の時まで吸うものだから、車の中がひどく煙くなるんです」
言われてふ、と思い出す。蛮の煙草の匂いに慣れていて気づかなかったが、そういえばこの人は、煙草をまったく吸わないにも関わらず、時々ふわん、と煙草の匂いを漂わせることがあった。
「……それで……なんでその人がこれを?」
箱をいじりながら、視線をそこに落としたまま尋ねる。
「歩きながら話しましょう」
ワーカホリックの死神は、ふわりとコートを翻して歩き出す。
歩き出した瞬間、やはり、かすかに香った煙草の匂いが、なぜか、銀次の胸を一瞬つまらせた。


『私も吸ってみて良いですか?』
『――何を』
『煙草ですよ。煙いんです。自分でも吸うようになったら、ましになるかもしれないでしょう?』
『煙たがっちょうようなら、吸っても美味くは感じん』
『そんなの、吸ってみないとわからないじゃないですか。一本くださいよ』
『あかん。俺のぁキツイきに』
『良いですから。ほら寄越しなさい』
『――やれやれ』


「――結局その日は、頑として彼は煙草を寄越さなかったもので、私はひどく不機嫌になったらしいのですが……」
「らしい?」
「自分では自分の機嫌などわかりませんよ」
「……その人は、わかるんだ?」
「なぜでしょうね? 非常によくわかるそうです」
「オレだってわかるよ」
「え?」
「赤屍さんの、機嫌」
「……そうですか?」
それが何か? と、隣で歩をゆるめぬままにおっとり首を傾げられ、「いや、何でもないです」とがっくりうなだれた。自分でも、何にこだわっているのか、いまいちよくわかっていないらしい。
おかしな子供ですねぇ、という視線を向けられ、ちょっとへこみつつも「それで、どうなったんですか」と先を促してみた。
「え?」
「シガレットチョコ」
「ああ、その話でしたね……」


『――なんですか、これ?』
『チョコレート』
『――いえ、ですから何の為にこれを? ……って、ちょっと、』


「……彼は私の口にシガレットチョコを突っ込んで、おまえは玩具を欲しがる子供みたいなものだから、これで充分だ、と言ったんです」


「――赤屍さんに?!」
「ええ。――それはどういう意味の驚きですか?」
「い、いえ。それで、赤屍さんはどうしたんです?」
「? ……腹を立てましたが」
何を言ってるんです? と言いたげな視線を寄越されて、そりゃあ腹は立てたでしょうけど、と口の中でつぶやく。
そんなことが聞きたいのではない。
「それで、赤屍さんは、相手をどうしたんですか?」
「どうしたって――どうもしませんが?」
「――!!!」
「……ああ、」


納得したように頷いた黒衣の死神は、はたり、と不意に歩みを止めた。
すわ敵か、と前方を見た銀次を、斜めに見下ろし、口元に微妙にものうく微笑を浮かべた。


「――私だって、誰でも彼でも、腹を立てたら斬り殺すというわけではないんですよ、銀次クン?」