(00/6/26作成)
(00/8/1掲載)
モーツァルトのレクイエムは、作曲者が曲を完成する前に他界してしまったため、別の人の手によって完成されたということは、この欄でさんざん申し上げてきました。未亡人の依頼によって作られたジュスマイヤー版を皮切りに、現在までに楽譜が出版されているものだけでも6種類の版が知られています。
そのような「モツレク」の市場に、このたび新製品が登場しました。1936年生まれのデンマークのオルガニスト・指揮者のクヌド・ヴァド(Knud Vad)という人が1999年にCDに録音して発表した「ヴァド版」です。
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Knud Vad |
ヴァド自身のライナーノーツによりますと、この版のベースとなっているのはジュスマイヤー版で、細かいところでヴァドが手を入れているということです。その詳細は次の表のとおりです。
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確かに、ヴァドはSanctusとBenedictus以外は、ジュスマイヤー版のオーケストレーションに少し手を入れているだけのようですね。しかし、実際に音を聴いてみると、私の耳にはジュスマイヤー版と全く変わっていないように思えるのですが、どうでしょうか。ただ1箇所、Kyrieの最後から2小節目のTpのリズムがTimpと同じになっているように聞こえなくもありませんが。(もちろん、同じ音楽を使いまわしているCum sanctis tuisでも同じことです。)
ヴァドの改訂の結果がはっきり現れているのは、SanctusとBenedictusという2つの楽章です。
■Sanctus
ジュスマイヤー版は全曲を通してf なのですが、ヴァドは5小節目と6小節目との間にpのパッセージを4小節挿入しました。
続くOssannaでは、従来のフーガに加えて、新たにオーケストラに対旋律を導入して、二重フーガにしました。さらに、ちょっとした経過的なパッセージをはさんで、またもとのテーマが戻ってくるという構成になっており、最後は壮大に終わります。その結果、全体で28小節長くなっています。
■Benedictus
B-Durの曲ですが、23小節から27小節までの5小節間の調性(F-DurあるいはFの7th)をヴァドは気に入らず、f-Mollとc-Mollで8小節のパッセージに置き換えました。
さらに、Ossannaの調性を、Sanctusの後のものと同じD-Durにしたのですが、そこに続けるために最後の部分に1小節加えて、強引な転調を行っています。
ヴァドが行ったこれらの改訂は、ヴァド自身によればジュスマイヤー版の不自然な部分をよりモーツァルトらしくしたということですが、私が聞いた感じではそれほど成功しているとは思えません。気持ちはわかるのですが、ヴァドが作ったフレーズというのが、いかにもとってつけたようなもので、これだったらオリジナルのジュスマイヤー版のほうがずっとましな気がするのですが。
さらにいけないのは、演奏と録音があまりにもお粗末なこと。このCDでヴァドは自分が創設した「Chorus Soranus」という合唱団を指揮していますが、これがとてつもなくヘタなのです。ジャケ写を見ると、合唱団員はみな高齢者ばかり。見るからに良い声が出そうにもない人たちです。そして、とてもプロの仕事とは思えないひどい録音。さきほど「TpのリズムがTimpと同じになっているように聞こえなくもありません。」と書きましたが、この程度のことすらはっきり聴き取ることができないほどのクォリティの低さなのです。
おそらく、これから先この版を使用した演奏など出てくることはないでしょう。そういう意味では、このCDは将来極めてレアなものになるに違いありません。コレクターズアイテムとしての存在価値だけはやたらに高いという、面白いCDでした。
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Knud Vad/ Chorus Soranus Torunska Orkiestra Kameralna CLASSICO CLASSCD 288 |