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 あかりは退屈していた。ドライブのときにカーラジオでクラシックをかけてしまうという初歩的な間違いをおかしていることにすら気づかないばかりか、「今度うちのオケでこの曲をやるんだよ。ほら、ここのフルートはすごくむずかしいんだから。」などとひとりで舞い上がっている晶の無神経さには、もう耐え切れないとさえ思いはじめていた。かんべんしてほしい。エブリ・リトル・シングやブリリアント・グリーンには夢中になれても、クラシックと演歌だけはどうにも好きになれないのだ。
 今FMでかかっているのは、「惑星」という曲らしい。「これが作曲された当時はまだ冥王星は発見されてなかったんだ。あと地球も抜かした太陽系の7つの惑星について1曲ずつあるんだよ。」という晶のゴタクも、半分しか耳にはいってはこない。それよりも、やたらにぎやかだったり急に落ち込んだり、これを書いた人はもしかしたら躁鬱病だったんじゃないかしらなどと考えていた方がよっぽど気が紛れる。
 と、突然よく知っているメロディーが聞こえてきた。
 思わず「この曲『もののけ姫』に似てるわねぇ。」と言ってみる。(賢明な読者は、この辺ですこし嘘くさいと思い始めているのではないでしょうか。いまどき「わねぇ」はないでしょうよ。かつて女性ことばの代表とも言えた「わ」という感動助詞は、いまでは完璧に若い人の語彙から消え去っているのです。)
 晶のリアクションは「どこがぁ」という素っ気ないものだった。「まあ似てなくはないけどちょっと苦しいんじゃないの。」
 どうしてなのだろう。出だしのソ・シ♭・ド・ミ♭・レというメロディーは「ものの〜け〜たち〜だけ〜」と全く同じ音だというのが、晶にはわからないのだろうか。オーケストラに入っていると言っていたが、こんな鈍感な耳でやっていけるものなのだろうか。
 もうあかりは、すっかりこの男に興味を失っていた。考えてみれば、こんなド派手なメタリックの車に乗せられた時から、こうなることは判っていたはずなのだ。

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