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(02/9/7作成)

(02/10/29掲載)


ヴァイナル(英:vinyl) 
 クイズ番組の司会者が、答えに自信のない回答者に向かって、「これが最後の答えですね?」と、凄みをきかせた顔でプレッシャーを与えるもの・・・ではないですね(「ヴァイナル・アンサー」って)。
 「ヴァイナル」という言葉、もしかしたらちょっと馴染みがないかもしれませんが、その筋(どんな筋?)の人たちがLPレコードを呼ぶ時に使います。「ヴァイナル盤」という言い方をする時もあります。しかし、これはもっぱらクラブDJあたりが好んで用いるかなり特殊な、というか、気取った呼称です。クラシック関係者の間でこんな言い方をすると、眉をひそめられるのがオチですから、普段は「LP盤」と言っておいたほうが安全ですが。

 「ヴァイナルvinyl」そのものは、実は私達には大変馴染み深いものです。つまり、きちんと英語風の発音をするとそうなるだけのことで、一般的には「ビニル」あるいは「ビニール」という発音で日常的に使っているものなのです。「ビニール袋」とか、「ビニール本」などというのもありましたね。
 この「ビニール」、正式には「ポリ塩化ビニル」という化合物です。略して「PVC」とか、「塩ビ」とも呼ばれます。これで作った服が「塩ビ服」・・・。それはウソですが、ここで、ちょっと化学のお勉強。
 これが「ビニル基」と呼ばれる、有機化合物のパーツの一つです。
 このパーツに塩素が一つくっついたものが、「塩化ビニル」です。これはガス状の化合物です。
 この「塩化ビニル」の二重結合を開いて、1本の鎖のようにたくさんの分子をつなげた(「重合」といいます)ものが、「ポリ塩化ビニル」です。このように、単位となる分子(この場合は塩化ビニル)を重合させて作った高分子化合物のことを、「ポリマー」といいます。それに対して、単体の化合物は「モノマー」。
 ついでだから、もう一つ、「酢酸ビニル」というモノマーをご紹介しましょう。先ほどの「ビニル基」に「酢酸」がついたものです。
 同じように、これを重合させたものが「ポリ酢酸ビニル」、通称「酢ビ」です。
 LPレコードの原料となるのは、この「塩ビ」と「酢ビ」の「共重合体」、つまり、モノマーとしての「塩化ビニル」と「酢酸ビニル」を、一定の割合でつなげた高分子化合物です。これは粉状になっていますが、熱を加えることによってドロドロの状態になり、自由な形に成型することが出来ます。このように、成型して使われるポリマーのことを「合成樹脂」あるいは単に「樹脂」と言います。ただ、実際は、塩ビや酢ビのような樹脂は大変熱に弱いので、「安定剤」というものを加えて、熱による化学変化を阻止する必要があります。さらに、適度の柔軟性を持たせるために「可塑剤」、成型する際の金型とのすべりを良くするための「滑剤」、製品の静電気を防止するための「帯電防止剤」などが混入されて、原料となる「コンパウンド」となるのです。

 このコンパウンドを原料に、加熱・成型されて作られたのがLPレコードです。しかし、この原料には致命的な欠陥があることが明らかになったのは、皮肉にもCDの出現によってその存在価値が根底から崩れ去ってしまうのとほとんど同じ時期でした。例えば、電線のコードとか、オーディオのケーブルなどを思い浮かべてください。これらのものは軟質塩ビで銅線を被覆したものなのですが、長い間使っていると表面がベタベタになっていることがありませんか。これは、「ブリーディング」という現象で、樹脂に混入した添加剤が、経時変化で表面にしみ出してくるために起ります。これと同じ現象が、やはり、添加剤を多量に混入した樹脂を原料としているLPレコードにも起るのです。
 私も、CDができる前は、もちろんLPレコードで音楽を楽しんでいました。折に触れて買い求めたレコードは数百枚に達したものです。ある時、しばらく聴いていなかったオペラのレコードを引っ張り出してかけてみたら、スピーカーから出てきたのは醜く歪んだ音でした。買って最初に聴いた時の、あのみずみずしいソプラノの声は、見る影もなくザラついたものになっていたのです。これは、まさに「ブリーディング」のなせるわざ、レコードの中の添加剤が時と共に表面にしみだしてきて、ノイズの原因となっていたのです。
 これは、別に私の家のレコードが特別保存状態が悪かったということではなかったようです。当時のFM放送でレコードを使用した番組を注意深く聴いてみると、やはり、大なり小なり音が劣化しているのです。つまり、LPレコードというものには、素材に由来する、「何もしなくても、時間がたてば音が悪くなる」という、致命的な欠陥があったのです。CDの黎明期には、FMで、このような「傷んでいない」音を聴けるのに感激したものです。もっとも、CDにはCDなりの欠点があったのですが、それについてはいずれまた。
 ところで、そんなことはだれも気にしていなかった頃、さるメーカーでは「ほこりが付かなくて、いつまでもきれいな音を楽しめる」といううたい文句で「エバー・クリーン」という製品を開発しました。これは、ほこりが付着する原因となる静電気の発生を防ぐために、帯電防止剤を多量に添加したもの、それを特徴付けるために、レコード盤には赤い色が着けられていました。しかし、このレコードは、メーカーの目論見とは裏腹に、片面を演奏すると針の先にはべっとりとほこりがついてしまうという欠陥商品だったのです。これは、もちろん帯電防止剤の「ブリーディング」によるものです。おそらくメーカーもそのことに気が付いたのでしょう。数年もしないうちに、「エバー・クリーン」は市場から姿を消してしまいました。
エバー・クリーン

このエッセイは、15年以上前に、「レコード芸術」誌上に掲載された私の投稿が元になっています。その原文を起こしてアップしましたので、ご覧になってみてください。

「レコード芸術」への投稿



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