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(07/6/13作成)

(07/7/19掲載)

(17/7/27追記)


作品番号(拉:opus

Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy(1809-1847)

 今回(200710月)ニューフィルではメンデルスゾーンの「交響曲第3番」を演奏します。メンデルスゾーンには「交響曲」というタイトルの曲は全部で5つありますから、これは彼の「3番目」の交響曲だ、とふつうは考えるはずですね。もう少し物知りな人でしたら、「交響曲第1番」が作られる前に弦楽器だけの編成による13曲の「交響曲」があったことを知っていますから、「正確には『16番目』の交響曲なんだよ」などと蘊蓄をたれるかもしれませんね。
 しかし、それは間違いです。次の表のように、彼は交響曲を決して「番号通り」には作ってはいなかったのです。
作曲年 No.
1824 1
1829-1830 5
1833 4
1840 2
1830-1842 3
 このように、「交響曲第3番」は構想を練り始めたのこそ、最初のイギリス訪問のあとの1830頃ですが、作品として完成するのは1842年のこと、結果的に彼の「最後の」、つまり「5番目」の交響曲となっているのです。
 なぜ、こんな実体のない「番号」が付いてしまったのでしょう。それは、このような「番号」が、作曲者ではなく出版社によって付けられたものだ、という事情によります。メンデルスゾーンは「4番」と「5番」については生前は出版する意志がなかったため、実際に出版されて番号が付けられたのは彼が死んだ後、つまり、最後の「3番」の後だったからなのです。出版年と番号は、こんな風に符合しています。
出版年 No. Op.
1829 1 11
1841 2 52
1843 3 56
1852 4 90
1868 5 107
 「Op.」というのは、もちろん「Opus」の略号、「オプス」と読んで、ラテン語で「仕事」とか「作品」という意味を持つ言葉ですが、音楽関係ではもっぱら「オーパス」という「蛸」みたいな読み方(それは「オクタパス」)になって、「作品番号」という意味で広く使われています。
 ここで注意しておかなければならないのは、「Op.」というのはほとんどの場合出版された作品について番号を与えられたものであるということです。したがって、このメンデルスゾーンの交響曲の場合のように、必ずしも作曲された順番にはなっていない、という事態が生じることもあり得るのです。そうなってくると、交響曲の「番号」などは何の意味も持たないことになってしまうのですね。

 「Op.」という、ある意味正確さに欠ける番号ではなく、もっと体系的な作品番号を与えられている作曲家もいます。その代表はJ・S・バッハ、1950年代にヴォルフガング・シュミーダーという人が、「作曲順」ではなく「ジャンル別」に番号を付けたカタログ「バッハ作品目録Bach Werke Verzeichnis=BWV」を出版することによって、全作品の概要が把握できるようになりました。例えばBWV1からBWV200までは教会カンタータ(ちょうど200曲というのがすごいですね。もっともBWV200というのはアリアが1曲だけですが)、続いてBWV201からは世俗カンタータ、BWV225からはモテットと、連続して番号が付けられています。そして、最後がBWV1080の「フーガの技法」となるわけです。もっとも、一番最後こそ遺作となったものですから番号的に意味があるものですが、その他のものは全く作曲年代とは無関係な何の意味もない番号だということは、しっかり認識しておく必要があるでしょう。例えばこちらにあるように、教会カンタータの番号は、作曲順に並べると106131711964150という、全くランダムな数列なのです。
 バッハの作品研究は近年飛躍的に進み、今まで知られていなかった作品も発見されることになりました。当然、それらの作品にも番号が必要になってくるのですが、研究者たちはBWV1080の後にそのまま続けて番号を与えるということを行いました。その結果、1998年に刊行された最新の目録では、最後がBWV1126となっています(2009/8/12追記:現在では、BW1128までに増えています)。この曲は、「Lobet Gott, unsern Herren」という、16小節、ニ短調のコラールです。したがって、それらの4桁の追加番号は、あるいはBWV250から始まる「4声のコラール」のページや、BWV525から始まる「オルガンのための作品」のページの中で、異様に大きな数字をさらして、肩身の狭い思いを強いられているのです。

 このような「ジャンル別」ではなく、あくまで「作曲順」にこだわっているのが、ご存じ「ケッヒェル番号」です。元々は1862年にオーストリアの植物学者ルートヴィヒ・フォン・ケッヒェルという人が出版した「ヴォルフガング・アマデ・モーツァルトのすべての音作品の、年代順によるテーマ目録Chronologisch-thematisches Verzeichnis sämtlicher Tonwerke Wolfgang Amadé Mozarts」というものなのですが、タイトルに「年代順Chronologisch」と表記してしまったために、その後の改訂では大きな混乱が伴うことになりました。研究が進むにつれてこの「ケッヒェル番号」にはかなりの誤りがあり、順番を入れ替える必要があることが判明してくるのですが、その際に研究者たちはなるべく元の番号はそのままにして、変更した番号には末尾にアルファベットを加えるという方法をとりました。例えば、「K287」だった変ロ長調のディヴェルティメントは、1937年の「第3版」(いわゆる「ケッヒェル/アインシュタイン番号」)ではもう少し前、「K271」と「K272」の間に入るべきだとして「K271b」という番号を与えられました。実は、この前にもう一つ別の作品が入っていたので、「K271の次の次」という意味で、小文字の「b」が入っています。しかし、その後の1964年の「第6版」になると、今度はもうほんの少し後の「K271g」と「K271h」の間だということで再度新しい番号が必要になったのですが、「g」と「h」の間にはもうアルファベットはありませんから、大文字「H」が与えられ「K271H」と変えられてしまったのです。

 確かに、学問的にはこれ以上正確を期す表記はないのでしょうが、慣れ親しんだ番号が、改訂のたびにこんなにコロコロ変わってしまうのでは、使う方としては不安になってしまいますね。現に、この楽譜のように、改訂の表記をまじめに行ったために、見事に恥をかいてしまったようなものもあるのですから。

 これは、1973年に発行された国内版のポケットスコアです。おわかりのように、ベーレンライターから出版されていた「新モーツァルト全集」のリプリント版なのですが、ケッヒェル番号としてカッコの中に書いてある「162a」というのは実は「第3版」の番号、これが発行されたときにはもう「第6版」の改訂によって「161b」と変わってしまっているのです。元になったベーレンライター版は1960年の発行ですから仕方がありませんが、国内版が1973年に出た時点ではもはや何の意味も持たなくなってしまった番号を堂々と印刷してしまった音楽之友社っていったい・・・。

 賢明なレコード業界は、こんな不安定な番号には最初から関心がないように見えます。例えば「K313」と「K314」だった2曲あるフルート協奏曲は、「学問的」な表記は「K285c,285d」ですから、「K285,285a,285b」である3つの「フルート四重奏曲」と同じ時期に作られたことがよく分かるという非常に便利なものなのですが、家中のCDを探してみてもこの第6版の表記(「K6」と呼ばれています)に従ったものはたった1枚しかありませんでした(もちろん、カッコ付きです)。このジャケットのCDのように、本来なら最新の楽譜の情報を取り入れるはずのオリジナル楽器の演奏家によるものでさえ、「K6」が使われることはありません。

 現在では、この「K6」自体がすでに改訂を迫られている状況に陥っています。それこそ2006年のモーツァルト・イヤーに向けて、「新ケッヒェル」が発表されるのではないかという噂が飛び交っていましたが、今のところ具体的なものは何も出ていないようです。果たしてどのような形になるのか、楽しみですね。出来れば「a」とか「H」みたいのが付かない方がいいのですが。

 ハイドンのホーボーケン番号のように、ジャンルの親番号の後に個別の番号を付けるというのが、作品番号としては理想的なものなのかもしれません。メンデルスゾーンの作品も、いずれはそのようなきちんとした番号が付けられて、交響曲もしっかり作曲順にカウントされるような時代が来ることでしょう。シューベルトだって、以前は「8番」だった「未完成交響曲」が、かなり時間はかかりましたが何とか「7番」と呼ばれるまでにはなったのですから。

(追記)
メンデルスゾーン生誕200年となる2009年に、「Felix Mendelssohn Bartholdy: Thematisch-systematisches Verzeichnis der musikalischen Werke (MWV) 」という、メンデルスゾーンの作品をジャンル別、年代順に整理した目録が出版されました。編者はラルフ・ヴェーナーという人です。この目録では、全作品が「A」から「Z」までの26のカテゴリーに分類されていますが、「交響曲」は14番目の「N」のカテゴリーに入っています。その中には、いわゆる「弦楽器のための交響曲」も含まれていて、先ほどの「交響曲第1番」は「MWV N 13」になっています。そのほかの交響曲のMWV番号は、以下の通りです。なお、「交響曲第2番『賛歌』」は、「大編成宗教声楽曲=A」とカテゴライズされて「MWV A 18」という番号が与えられ、「交響的カンタータ『賛歌』」というタイトルになっています。
これまでの番号 MWV
交響曲第1番 N 13
交響曲第5番「宗教改革」 N 15
交響曲第4番「イタリア」 N 16
交響曲第3番「スコットランド」 N 18
「N 14」と「N 17」、さらに「スコットランド」以降に作られた「N 19」は、いずれも未完の交響曲の断片です。これで、合理的な番号はしっかり用意されました。これが浸透するには、あと何十年かかることでしょう。


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