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(04/3/15作成)

(04/5/18掲載)


マトリックス番号(英:Matrix Number) 

 「2」は「リローデッド」、「3」は「レボリューションズ」・・・。というのは、キアヌ・リーブスが主演した近未来SF映画「マトリックス」の話です。ここで述べようとしているのはその大ヒット3部作とは全く関係はありません。
 そもそもマトリックス(Matrix)とは「鋳型」という意味です。LPレコードやその前のSPレコードなどは、樹脂を熱した鋳型(金型)で圧縮して製造されます。その際に使われる金型に刻まれた番号が、「マトリックス番号」と呼ばれるものなのです。

 まずその前に、LPレコードの製造過程をここで確認しておきましょう。マスターテープに収められた音声信号は、カッティング・マシン(カッティング・レース)によって、金属の表面にラッカーを塗布したラッカー盤に溝の形で刻み込まれます。これがラッカー・マスターと呼ばれるものです。ラッカーマスターの溝は柔らかく、保存には適さないので、これに銀メッキを施して剥離させ、溝が凸状の鋳型を作ります。これがメタル・マスターと呼ばれるものです。これは、保存用のマスターとなりますから、製造に当たってはそこからもう1度凹状の溝のメタル・マザーを作り、さらに凸状溝のスタンパーを複製します。このスタンパーで塩ビと酢ビのコンパウンドを圧縮して(プレス)、LPレコードが製造されます。スタンパーはある程度プレスを行うと使えなくなる消耗品ですから、メタル・マザーからは複数のスタンパーが作られます。さらに、メタル・マザー自体も、メタル・マスターから複数作られています。

 ラッカー・マスターが出来た時点で、内周の無音溝の部分に、識別のための番号が打たれます。これがマトリックス番号です。メーカーによって製品としてのLPの品番と同じもの(ただし、A面とB面は区別されます)である場合もありますし、独自のものである場合もあります。通常、1枚のラッカー・マスターから製造出来るLPレコードは数万枚といわれていますので、それ以上製造する場合には、新たにカッティングをやり直すことになります。その時点で、マトリックス番号も新たに打ち込まれます。その他に、メタル・マザー、スタンパーがそれぞれ何番目のものかを表す情報も、この部分に刻印されています。
A
B
C
 写真にあるLPの番号を見てみましょう。レーベルの真下【A】がマトリックス番号です。「ZAL-11747-4G」のうち、「ZAL」はステレオ、「11747」は音源、この場合は2枚組、4面からなるドラティ指揮のメシアンの「わが主イエス・キリストの変容」の第1面をあらわします。最後の「4G」は、4回目にカットされたラッカー・マスターであることをあらわします。ちなみに「G」というのはカッティングに当たったエンジニアのイニシャルだそうです。また「4回目」とは言っても、これはカッティングを4回行ったということで、必ずしも実際に製造に使われたラッカー・マスターの4枚目のものという意味ではありません。レーベルの左側【B】には「1」という刻印があります。これは、その4枚目のラッカー・マスターによる、1番目のメタル・マザーが使われたということです。そして、右側【C】に刻まれているのは、ちょっと分かりづらいかも知れませんが「K」という文字です。これは、そのメタル・マザーからの4番目のスタンパーであることをあらわしています。なぜ「K」が4番目なのかは、参考サイトを参照してみて下さい。
参考サイト:Vinyl Corner(http://www.yasuk.plus.com/vinylcorner2.htm)

 このように、内周の無音溝の間に刻まれたマトリックス番号などは、そのLPの素性を知るための重要なデータとして、マニアの間ではよく知られているものです。そんなマニアの心をくすぐるものが、最近登場しました。それは、江崎グリコから発売されたおまけ付きチョコレート「タイムスリップグリコ」の最新バージョンです。昨年第1弾が発売されたこのチョコレート、おまけとして付いているシングルCDが、かつてのEPレコード(ドーナツ盤)をそっくりコピーしたものとして、大評判を呼びました。ジャケットや歌詞カードだけではなく、CDには、ドーナツ盤そっくりの印刷が施され、音溝まで忠実に再現してあったのですから。ただ、この第1弾では、こちらで指摘したように、若干の問題点がありました。しかし、今回第2弾として発売された製品では、その問題がかなり改善されていたのです。しかも、それだけではなく、第1弾では見られなかった「マトリックス番号」までが、再現されていたのです。ここまでやってくれれば、もはや何も言うことはありません。

 マトリックス番号は、CDにも存在します。CDを製造する際にも、LP同様、フォト・マスター→メタル・マスター→メタル・マザー→スタンパー→CDという工程をとりますから、それを管理する番号は当然必要になってくるわけです。今ここで紹介するのは、同じ品番のCDでありながら、マトリックス番号の異なる2種類のものが存在するという実例です。
 これは、先日、2月21日に発売になったゲルギエフの新譜、ショスタコーヴィチの交響曲第5番と第9番がカップリングされたCDです。「大幅日本先行発売」ということで、まだ輸入盤が出る前に、日本だけで発売になったものです。これには、マトリックス番号の異なる2種類のものが、確かに存在します(トリビア風)。
 さらに、これらのCDのジャケットの裏側を見てみると、第9番の第3楽章と第4楽章の時間表示が異なっています。
 第3楽章が「4:16」となっているのが、「UCCP-1083」のマトリックス番号を持つCD(上の写真)です。ご存じのように、この曲の第3楽章というのは、とても早い技巧的な楽章、そこから切れ目なく(アタッカ)第4楽章につながります。この第4楽章は、金管楽器のファンファーレにつづいて、ファゴット・ソロがレシタティーヴォ風のパッセージを演奏するというもので、そのパターンが2回繰り返されます。ところが、このCDでは、マスタリングを行ったPHILIPS(もしかしたらDECCAかも知れません)のエンジニアが、何を勘違いしたのか、その2回目のファンファーレの部分に第4楽章の頭のトラックナンバーを打ってしまったのです。ですから、このCDを何も知らない人が聴けば、第3楽章の最後にファンファーレとファゴット・ソロがあって、第4楽章は、その全く同じパターンを繰り返すところから始まるものだ、と思ってしまうことでしょう。
 メーカーがこの事実に気付いたのは、発売の2日前のことでした。しかし、「もしかしたら、これはゲルギエフ本人の意図なのかもしれない」と考えたメーカーが、その確認に手間取っている間に、もはや商品の発送を中止することは出来なくなってしまいました。メーカーが小売店にこのCDの回収の指示を出したのは、すでに店頭に現物が並んでしまったあとだったのです。
 そして、2週間後には、正しい位置にトラックナンバーが入った製品が出回ります。それが、「UCCP-1083-2」というマトリックス番号のCD(下の写真)なのです。回収前に最初のCDを買ってしまった人には、もちろん無償でこの正しいCDと交換出来るという告知もなされました。しかし、こんな珍品、マニアだったら絶対手放したくはないでしょうね。私もそんなマニアの一人、そのお陰でこんなコンテンツまで出来てしまうのですから、このようなミスは大歓迎です。

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