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(08/1/18作成)

(08/1/29掲載)


ハイライト (英):highlight
 たばこの銘柄ではありません。もっとも、あちらは「hi-lite」という綴りですし、本当は「ヒライテ」と発音するのだそうです(ウソ)。といっても、今の世の中、たばこを吸う人など殆どいなくなっていますから、こんなネタが通用するわけはありません。
 そもそもは「光が強く当たる部分」という写真用語だったのですが、それが「重要な部分」という意味が強調されるようになります。そして、これが音楽関係で使われるときには「重要な部分だけを抜き出したもの」という意味になりました。つまり、オペラやバレエなどの長い作品の中の、いくつか重要な曲だけを抜粋して演奏したものを指し示す言葉となったのです。それがしっかり固定した形で出版されたりしたときには、「組曲」と呼ばれることにもなります。
 さらに、録音の世界でも、オペラの全曲を聴くのは時間的にも体力的にも辛いという人のために、有名なアリアだけを抜き出して編集されたレコード(CD)は「ハイライト盤」と呼ばれています。

 その「ハイライト」の精神を極限まで追求したのが、「P・D・Qバッハ」でおなじみのピーター・シックリーでした。そのP・D・Qバッハプロジェクトの始まりとなった歴史的なアルバムは1965年に発表されたのですが、その中に収録されている「小さなオーケストラのためのクオドリベット」という作品で、彼はベートーヴェンの交響曲第5番「運命!」の第2楽章を、たった10秒で演奏出来るように編曲してしまっていたのです。こんな感じです。

 始まったかと思ったらすぐ終わってしまうという、なんとも情けない曲ですね。しかし、こういうことをやったのは、何もシックリーが初めてというわけではありません。例えば、あの、上演するには4日かかるという長大なオペラ「ニーベルンクの指輪」を作ったリヒャルト・ワーグナーは、彼のやはり有名なオペラ「トリスタンとイゾルデ」を、シックリーと同じ、最初と最後だけを抜き出すという手法で、究極のハイライトを作ったのです。そう、それが、現在でも多くのコンサートやCDで親しまれている「前奏曲と愛の死」ですね。オペラ全体の最初に演奏される「第1幕の前奏曲」と、最後の最後で主人公のイゾルデによって歌われるアリア(とは言いませんが)「愛の死」を続けて演奏するようにしたもの、普通に上演すれば正味4時間はかかるという(バーンスタインの録音などでは、4時間半もかかります)作品が、ほんの20分足らずで聴けてしまうのですから、こんなありがたいものもありません。
 でも、せっかくですから、この曲を聴くときにはせめてあらすじだけでも頭に入れておくようにはしませんか?

トリスタンとイゾルデの主な登場人物
マルケ王
König Marke
トリスタン
Tristan
イゾルデ
Isolde
クルヴェナール
Kurwenal
ブランゲーネ
Brangäne

あらすじ
 「トリスタンとイゾルデ」の台本は、中世の「トリスタン伝説」を元にワーグナー自身が書いたものです。そこでは、ストーリーが始まる前の出来事が、折に触れて登場人物によって語られています。それはこういうものです。
 アイルランドの王女イゾルデは、母親から授かった秘薬の術に長けています。ある日、彼女のもとに怪我を負った男が治療に訪れます。その男は「タントリス」と名乗っていますが、実はブルターニュ地方、カレオールの城主トリスタン、戦いでイゾルデの許嫁を殺したときに、自分も傷を受けたのです。その傷を見たイゾルデは、この男が許嫁の仇であることに気づき、刀を振り上げますが、その時にはすでにこの男のことを愛してしまっている自分にもまた気づき、その刃を力無くおさめるのでした。
 それから月日は流れ、第1幕はアイルランドからイングランド南西部のコーンウォールへ向かう船の上です。この船の舵を取るのはトリスタン、彼は主君であり、また伯父でもある老いたマルケ王が后を亡くして寂しい思いをしているのを慰めるため、以前顔を見知ったイゾルデを妻にと、アイルランドまで迎えに来たのです。その時には、トリスタンは自分の心の中にイゾルデに対する恋愛感情が潜んでいることにはまだ気づいてはいませんでした。イゾルデにしてみれば、心を通わせたと思っていた相手がいけしゃあしゃあと「他人の嫁さんになれよ」とやって来たのですから、平静でいられるわけはありません。素知らぬふりをしているトリスタンに復讐するために、これまでのいきさつを侍女ブランゲーネに話し(ブランゲーネも「あれがあの時の男!」と驚きます)、毒薬を用意させます。それをトリスタンに飲ませ、自分も死のうと決心したのです。
 しかし、そんなイゾルデを不憫に思ったブランゲーネは、毒薬ではなく媚薬を酒に混ぜて持ってきます。それを飲み干した二人は、互いに激しく愛し合っている自分に目覚め、固く抱き合うのです。その時、船はマルケ王の待つ港に到着しました。

 第2幕はコーンウォールの城の中です。王の花嫁に対するトリスタンの態度に不信感を抱いた家臣の1人が、さもトリスタンのためであるかのように装って夜中に王を狩りへと誘いました。その間に、たっぷりイゾルデとの逢い引きを楽しんでおけよ、というわけです。もちろん、これは不倫の現場を押さえようという罠なのですが、愛し合うことに夢中になっている二人がそれに気づくわけがありません。先に密会場所で待つイゾルデに、ブランゲーネは用心しなければいけないとたしなめますが、そんなことに耳を貸すイゾルデではありません。トリスタンの訪れを今か今かと待っています。程なくして現れたトリスタン、いかに媚薬を盛られたとは言っても、この二人の愛の語らいの激しさは常軌を逸しています。二人は現世である昼の世界を激しく呪い、夜の世界へのあこがれを歌います。そして、その思いはいつしか死へのあこがれとなっていくのです。
 夜明けを告げるブランゲーネの忠告の声も耳に入らぬまま、二人は陶酔に溺れ、法悦の世界をさまよいます。そこへ、突然マルケ王の一団が現れます。信頼しきっていたトリスタンの不義を目の当たりにして、王の哀しみはいかばかりのものだったでしょう。王に代わり、家臣の抜いた剣に、トリスタンは力無く身を任すのでした。

 第3幕はトリスタンの故郷カレオール、瀕死の重傷を負ったトリスタンを、彼の忠実な従僕クルヴェナールがここまで連れてきていたのでした。来る日も来る日も眠り続けるトリスタンを、クルヴェナールは献身的に看病しています。やがてかすかに目を覚ますトリスタン、しかし、イゾルデを失った今となっては彼にはもはや生きる気力は残ってはいません。
 実は、クルヴェナールは、トリスタンの傷をいやせるのはイゾルデ以外にはいないと分かっていたので、イゾルデを呼び寄せるよう手配していたのでした。そのことを告げられ、喜びにうち震えるトリスタン。しかし、イゾルデの乗った船の近づく気配はありません。と、突然沖に船が見えたことを伝える牧童の笛の音が響き渡ります。ついにイゾルデが来てくれたのです。難破しやすい岩場で一瞬舟影が途絶えるものの、無事港に到着するやいなや、矢も楯もたまらずトリスタンは包帯をかなぐり捨て、イゾルデに走り寄ります。しかし、それがトリスタンの気力の限界でした。彼はイゾルデの腕の中で息絶え、イゾルデもまた気を失います。
 その時、マルケ王を乗せたもう1艘の船が到着します。ブランゲーネにすべてを打ち明けられて、トリスタンたちを許そうと、イゾルデの後を追ってきたのです。そうとも知らず、クルヴェナールはトリスタンに対する最後の忠義とばかりマルケ王たちに斬りかかり、あえなく死んでしまいます。それを見て、マルケ王は「みんな死んでいく」と嘆き悲しみます。わずかに意識を回復したイゾルデが、「彼は死んではいません」と歌うのが、「愛の死」です。ここで彼女は、やっとトリスタンとともに訪れることの出来た至上の快楽の世界を讃え、こときれるのです。


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