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P.D.Q.バッハの正体

(98・5・19掲載)


 前回のP.D.Q.バッハのお話はいかがでしたでしょうか。音楽史に埋もれてしまって、今まで正当には評価されてこなかった一人の天才の業績をご紹介できたのは、私としても大きな喜びです。
 ところで、最近私はこの件ついてとんでもない噂を耳にしました。
P.D.Q.バッハなぞは実存しない、あれは全部ピーター・シックリーがでっち上げたものだというものです。確かにシックリーのこんな写真を見れば、彼が相当にアブナイ人であることは想像できますし、もっともらしく架空の作品を捏造しても不思議ではないと思えてきます。しかし、ちょっと待ってもらえませんか。そう簡単に外見だけで人を判断してしまって良いものなのでしょうか。バン!(机をたたく音)
 
と、意気込んではみたものの、本当のことを明かしてしまうとこの噂は100%真実なのです。そもそも“P.D.Q.”というのは「大至急(Pretty Damned Quickly)」という意味の、アメリカ人なら誰でも知っている略語で、これを見ただけでたとえば“C.P.E.(カール・フィリップ・エマニュエル)・バッハ”あたりのパロディーだと気がつく仕組みになっているのです。
 前号でご紹介した作品のリストをご覧になっていただければお分かりのように、曲のタイトルにしてからがもうパロディーのオンパレード。なかでも私が個人的に気に入っているのは、「オーケストラ曲」の中にある“Serenude”ってやつです。もちろん“Serenade”と“nude”をくっつけた造語ですね。そのシックリー番号(これももちろんでっち上げ)が“36-24-36”ってのも笑えますよね。分かりませんか?これは実はインチ表示で、メートル法に直せば“91-61-91”。とても立派なスリーサイズですね。いったいどんな曲なのかぜひ聞いてみたいものですがあいにくCDにはなっていません。これはとても残念なことです。
 ちなみにこのリストは、世界的に有名なアメリカの出版社セオドア・プレッサー社(あの中川良平氏の楽譜もここから出ています。)のホームページに掲載されていたものです。このような大出版社がインターネットという公の場に発表しているのですから、まちがいなく本当に出版されているのでしょうが、もしかしたらこれも全部パロディーだっつーことになってたりして。

ピーター・シックリーの作品
 
P.D.Q.バッハという、いってみればほとんど同じネタの繰り返しであるプロジェクトを30年の長きにわたって展開させてきたピーター・シックリーの根性には、毎月編集後記で頭を悩ませているjurassic@かいほうげん.jpとしては、大いに勇気付けられるものがあります。継続は力なり。
 ところで、このシックリーという人ですが、実はとても幅広い分野で活躍している音楽家なのです。数多くの映画やテレビのサウンドトラック、ジャズバンドのオリジナル曲などを書くかたわら、かつてはジョーン・バエズのアルバムにアレンジャーとして参加したこともあります。そして、3管編成・演奏時間
27分の「交響曲」を含むオーケストラ曲が29曲、吹奏楽曲が4曲、演奏時間41分の「カンタータ」を含む合唱曲が28曲、独唱曲が7曲、ピアノ曲が18曲、オルガン曲が3曲、室内楽曲にいたってはなんと71曲という、合計160曲もの作品を持つ「現代音楽」の作曲家でもあるのです。詳細はこちらを参照してみてください。
 さらに作品リストには「パスティーシュ・ピース」として、前号でご紹介した
P.D.Q.バッハのCDに「シックリー教授」名義で収録されている次の曲が挙げられています。
タイトル CD番号
Bach Portrait, for Narrator and Orchestra Telark:CD 80210
Chaconne"Son Gout", for Orchestra Telark:CD 80376
Eine Kleine Nichtmusik, for Chamber Orchestra Vanguard:79399
Last Tango in Bayreuth, for 4 Bassoons Telark:CD 80307
Quodlibet, for Chamber Orchestra Vanguard:VBD 79195
The Unbegun Symphony Vanguard:VBD 79223

 

この中の"Last Tango in Bayreuth"というファゴット4本のための曲などは、KochMD+Gといったレーベルからも別の演奏でCDが出ており、この特殊な編成における代表曲にすらなっています。このタイトルはもちろん映画"Last Tango in Paris"のパロディーで、バイロイトゆかりの作曲家ワーグナーの「トリスタン」と「ローエングリン」をタンゴに仕立てたものです。この曲といい"Eine Kleine Nachtmusik"をもじった"Eine Kleine Nichtmusik"("nicht"は英語では"not")といい、いったいどこからこんなアイディアを思いつくのでしょうね。"ジュラシック・ハープ"の作者ごときにはとても到達できない境地です。

パウル・ヒンデミットの場合

 ここでいきなりドイツ新古典主義の重鎮、P. ヒンデミットなどという場違いな作曲家が登場したのにはわけがあります。見るからに無骨でくそまじめっぽい風貌からはとても想像できないのですが、実は彼はとてもおちゃめな素顔を持っていたというのです。
 ここでご紹介するCDは、ドイツのヴェルゴという現代音楽専門のレーベルの「ヒンデミット全集」に含まれる1枚です。弦楽四重奏を主体にした3曲が収録されており、1曲目はまずはまともな曲なのですが、2曲目の「ミリタリー・バンドのためのレパートリー」はブラスバンドのパロディー(たとえば有名なタイケの行進曲"旧友
Alte Kameraden"をもじった"Alte Karbonaden-古いカツレツ"とか)、そして3曲目の「温泉地のへたくそなオーケストラが朝の7時から演奏する音楽」という副題がついている "さまよえるオランダ人序曲"はナンセンスの極みという仕組みです。ワーグナーの序曲をわざとむちゃくちゃなアンサンブルで演奏しているこの曲をたまたまFMで初めて聞いた時は、マジで笑い転げてしまいました。これだったらそのまんまP.D.Q.バッハとして使えますよ。ヒンデミットこそは、まさに19世紀生まれのピーター・シックリーだったのです。
Wergo:WER6197-2

P.D.Q.バッハおよびピーター・シックリーについては、こんなサイトもありますよ。

P.D.Q.Bach:Discography
Schickele Mix
P.D.Q.Bach Conserts in New York City

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